◇時流想戯曲 三国志演義・呉
  第五 赤壁の巻 下

しょーすけさま作


十五、苦辛の果て


 強引にあかねとの話をつけ、胸をなでおろして気をとり直した。勝手な奴だな、おれ…そんな風にも思ったけど、今はそれどころじゃねーんだ。勝たなきゃいけない勝負が控えている。さっき目の当たりにした恐怖にまた向かっていきながら、神経が高まってくる感覚を噛みしめて歩きつづけた。
そして岸辺へと着く。再びあの大船団が目に入ってきたときは武者震いのようなものが起こった。
…なんだか、さっきよりも少しだけ視界が悪くなった気がする。霧が出てきてるんだな…。そして霧が出はじめたということは、これから霧が晴れるまでの間、船は下手に動かせなくなる。おれ達にとってはいい時間かせぎってことだ。今のうちに敵を打ち倒す方法を考えねえと…。

周喩「相手の船は、板と鎖で全部つないでるのか。船の揺れを少なくして酔うのを防ぐためってとこか?」

双眼鏡をのぞきながら、おれはしばらく相手の船を観察した。なんせまともに戦ったんじゃあな…。だから、どうにか敵のウラをかくいい戦術を考え中だ。

諸葛瑾「…何かいい案は出そうかい?」
周喩「金之介、何してたんだ?」

おれの横にやってきたのは、あの諸葛亮の実の兄。おれとは以前から知り合いだけど、なんか変なイメージついちまったなぁ…多少あやしげな奴だし、あの妹にこの兄ありってとこか…?

諸葛瑾「ちょっと劉備どののところまで、お話をしに行っていたのさ。ホートーどのはもう既に作戦を実行して、還ってきていたよ。」
周喩「あん?…ホートーは何をしてたんだ?」
諸葛瑾「連環の計、だってさ。」
周喩「連環…?何かと何かを、つなげるってことか?」

つなげる…何をっ?物体か?それとも人間関係か?呉軍と劉備軍の関係とか?
金之介はそれだけ話すと満足したらしく、岸辺のはずれに設置した陣の方へと戻っていった。
こっちも水軍の布陣が整い、形だけは戦闘体勢はできた。もちろん、そこに乗っている誰もが絶望に打ちひしがれた表情をしているのだろうけれど…。
とにかく、一刻も早く、状況を打破する策を考え出さねえと。

周喩「(…そういや、なびきのやつが気になること言ってたよな。ホートーが何をしてるかは言うまでもないって…)」

それでヒントが「外」…というかこの光景だろう。この大船団を相手にするために、何かしなければいけない事があるとしたらなにか。
霧が少しばかり濃くなってきた。よりいっそう視界が悪くなる。…そうはいっても、この目の前に広がる敵…。やはり見ていられない程に多い。
こっちの岸辺にある味方の陣地から少し離れたところで、おれはひとりひたすら考え続けた。
しばらく悩んでいると、今度は重い足どりで、また誰かが近づいてきた。

周喩「………うっちゃん?」
周泰「乱ちゃん………。」

章安から召集を受けてきた将軍もいる。うっちゃんもその一人だ。良牙もそのうちこっちに来るはずだよな…。
うっちゃんも完全に動揺していた。困り果てたような、うろたえたような面持ちで何かを話しかけようとしているようだった。

周喩「どした?怖気づいちまったか?」

笑えない状況なのに、冗談とも取れないようなことを口走ってるおれもおれだな…。
だが次の瞬間には、うっちゃんの目に涙がたまり、ぼろぼろとこぼれ出した。本当に怖気づいていたんだ。

周泰「あかんねん…乱ちゃん………どうにもならへん…」
周喩「お、おいおいうっちゃん…気を落とすのはまだ早いんじゃねえか。」
周泰「あかんねんて…あの敵の船………板でつないどる…あんな戦法を知ってるのが、うち以外にいるやなんて…」
周喩「………!」

…つまり、海賊並みに水上での戦いの知識が豊富な参謀が敵にいるってことか?…要するに、ウチの特製の水軍も期待外れだと…。

周喩「…でも、うっちゃんも知ってる戦法なんだろ?なにか弱点とか知らねえか?それか、せめてどういう時に用いる戦法なのかとかくらい…」

近くの岩に腰かけさせて、後ろから背中をさすってやりながら話を続けるかたちになった。もしかしたら、皆こんな感じなんだろうか…シャンプーも?小太刀も…?…ちょっと想像はつかねえけど…。

周泰「…船と船を板でつなげば、馬でも移動ができるようになるさかい、陸にいるのと同じことになるんや。それに加えてあの船の数………ある意味、河を埋め立ててるようなもんや………あのままこっち岸に向かってきたら、そっくりそのまま…陸の大軍と戦うような状態になる。」
周喩「なるほどな………」
周泰「…ついさっき、良牙はんがこっちに着いて、やっぱり愕然としとったで。…でも、あの男はえらいなあ。いまは自分が君主やからゆーて、必死になって回りの士気をあげようとしてたわ。」
周喩「………………」
周泰「うちにはもう、なす術はない…。お願いや乱ちゃん、なんか全部をひっくり返すような大技でも考えたって…頼むわ………」
周喩「うっちゃん…。」

悔しそうだった。自分にできることがない…そのことが、とにかく悔しそうだった。

周喩「(全部をひっくり返すような…か。)」

一撃必殺…全体破壊…君主暗殺…敵兵説得?………いろいろ考えてはみるものの、上手くいきそうなのがあるかどうか。だまし討ちってのもあるかな…しかしどう考えても、全滅させる前に全滅させられちまう。となると、やっぱ自然の力でも借りて………

周喩「………ぁあああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
周泰「…?…???」
周喩「思いついたぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!なははははは思いついたぜうっちゃん!!」
周泰「ほ、ほんまにっ!?」

周喩「火だ!!野焼きと同じ原理で、板をつないだ船も、一発つければ全部焼けるってハナシだ!!曹操のやつ、自分がそんな危険な目にさらされているってことに気付いてねえっ!」
周泰「じ、じゃあ勝てるんっ?うちらは勝てるんやなっ?」
周喩「勝てるっ!!」

諸葛亮「ふふっ。やぁっと気付いたようね。」
周喩「ぅおっ!?なびき、いつの間に…」
諸葛亮「まぁ敵が攻めてくる前に気付いたんだから上等かしら、大都督さん。」

出た。自分のが優位だといわんばかりの態度…えらく時間がかかって悪かったなっ!ぢぐしょ!

諸葛亮「ちょっとこっちに来て。」
周喩「なんだよっ?」

なびきはおれを別の所に案内し出した。ついていくと、崖になっているところに、ひとつの祭壇が出来ていた。こんなもん作って何をしだすってのか?縁起かつぎに、天に祈りでも奉げるのか?
おれが訝しげな顔で祭壇を眺めている間に、なびきはそこに上っていった。

諸葛亮「ねーー乱馬くん、あなたは妖術って信じる?」
周喩「な、なんだあ?」

妖術だとっ?それってあの化け猫が使ってたアレみたいなののことかっ?

周喩「一体何をしでかすつもりだっ?」
諸葛亮「あたしが、追い風を吹かしてやろ〜ってのよ。」
周喩「風だとぉっ?んな事できんのかよっ!」
諸葛亮「あたし妖術は得意だもーん。張角とか于吉とかと同じ村の出なのよ。」
周喩「う、于吉と同郷だったのか…。本っ当にできるんだろうなー?」
諸葛亮「ちょっとおまじないをしてやりゃいいのよ。いまからやれば今日の夜には、東南から大風が吹くわ。」

東南から…つまりおれ達の真後ろからってことか。しかし今は季節的に、北西からしか風は吹かねえはずだぜ。どう間違えれば東南から風が…?そんな大それた妖術が存在するってのか…?

諸葛亮「あともひとつ言うとねー、今日の夕方には霧がやむはずだから。曹操が攻めてくるから、風が吹くまで耐えてちょうだいねー。」
周喩「おめーはお天気予報士かっ!」
諸葛亮「…ねー、うかうかしてていいのかしらー?早いとこ皆に話して、安心させたげなさいよ。」
周喩「ぅ………わーったよ!ここに呼んでくるからおめーはまじないでもやってろ!」

そうしておれは味方の船団へ走った。案の定シャンプーや良牙ら、皆その場でそれぞれが色んな顔つきをして落ち込んでいた。その皆をこの祭壇の場所に連れてきて、今回の戦略と、そしてこれからおれ達のやるべきことを話した。

周喩「とにかく夜まで耐えるんだ。そしてこいつが東南の風を吹かせたときこそ、すべてが逆転する!敵の船に火をつければ、それだけで曹操軍は一網打尽にできるんだ!」
程普「どーも信用できないねっ。この女、本当にそんな能力あるというのか?」
諸葛亮「あ〜ら見くびられたものね。じゃあちょっと実技をお見せしましょうか?」

シャンプーを始め、誰もなびきのいう「妖術」だけは信用できないようだった。おれはというと、東風兄が骨抜きにされちまった実例を目の前でみてるから、妖術自体は信じるけど…でもなびきにその能力があるかってーと別の話だよな。

諸葛亮「じゃー今から、一発カミナリを落としてあげるわ。」
程普「雷、この晴天でかっ?冗談にも程があるねっ。」
諸葛亮「まぁ見てらっしゃい。」

たしかにシャンプーの言うとおり、霧は出ていても雲はほとんどない。しかしなびきは、その空にわずかに浮かぶ雲を見つめながら、扇を真上に掲げた。そして、息を大きく吸い込んだ。

諸葛亮「………………はぁっ!!」

ピカッ!!

…ドォォォォォオンンン………………

周喩「………………落ちた…。」

霧がかった河の流れのど真ん中に、まぶしい閃光が突き落とされた。かなり近かったので、そのあとすぐに耳を打つ轟音が追ってきた。

孫権「雷………やつは鬼神か…?」

この瞬間に、皆はなびきの能力を認めるより他なくなってしまった。
だが、これでおれ達は戦えるんだ。勝てる…それが確信という形に近づくにつれて、皆に士気が戻り始めた。

黄蓋「我らに、勝機はある…か…。」
太史慈「勝てる………勝てるぞ!俺達は勝算を得た!」
韓当「戦いましょう!曹操めを倒すのです!」
周喩「おおし、それじゃ霧がひくまでに準備するか!各人は徹底防御態勢、おれはまぐさを積んだ小船を用意するからあとは頼む!」

全武将「おーーーーーっ!!」

もう誰も不安な顔はしていなかった。
夕方には霧が晴れる…それが開戦の合図だ。東南の風が吹くまでの間もちこたえて、うまく敵船に火をつければおれ達の勝利、できなければジ・エンド。
やってやろうじゃねえか…そう、希望があるなら、たとえどんな厳しい戦いになろうとも、おれ達は立ち向かってみせるんだ。




十六、そして戦いへ



周喩「………こんなもんでいいかな?おじさん」
黄蓋「うむ、このまぐさを積んだ船に乗り、わたしだけが白旗をあげて投降したと見せかけ、敵に近づく。そしてまぐさに火をつけ、船ごと敵船にぶつけてわたしは河に飛びこむ!」
周喩「頼んだぜおじさん…この船にすべてがかかってるんだ。」
黄蓋「まかせておきたまえ乱馬くん。」

これで、こっちの準備は整った。時間はまだあるようだから、他の様子も見て回るとするか。
陣営の前に並んだ船。曹操軍の数にはとうてい及ばねえが、こっちだって力がないわけじゃねえ。国を守るために一致団結した者達が、この船にぎっしり詰まっているんだ。
大都督であるおれと副都督のシャンプーは後ろの方でかまえる。一船だけを陸につけ、それ以外は岸辺から切り離す。船をつたって曹操軍が陸までのぼって来ないようにするためだ。そして陸では良牙が補充部隊を率いて待機する。

周喩「…あれ、なんでムースがここにいるんだ?」
陳武「ふふふ、聞いておどろくなかれ。ここはおらがシャンプーの代役として、シャンプーから直々に任されたのじゃあ!」

…なっっ、なんじゃそりゃ!?

周喩「なんでシャンプーが前に出るんだよ!?それにおめーがここに居たって意味ねえだろーがっ!」
陳武「シャンプーはあくまで前線で戦うつもりなのじゃ。おらが代わりに副都督の役をするから、お前も安心するといいだ。」
周喩「安心しとる場合かっ!シャンプーを呼んでくる!」
陳武「こらこらおらの腕前を馬鹿にされては困るぞぉ。これでも女傑族の男の中では右に出る者がおらんという…」

ムースの語りはおいておくとして、おれは先頭の船に向かった。シャンプーのやつ、気が高ぶるのはわかるが勝手な真似は正直困るぜ。

周喩「シャンプー!」
程普「乱馬?乱馬もここで戦うのか?」

先頭の甲板に立ったシャンプーは、とうに腹をくくった感じだった。こっちを振り向いた瞬間にいつもの表情に戻ったが…それまでずっと敵を睨みつけていたんだろう…眼元がほぐれるのが一瞬遅れたのが見えてしまっていた。

周喩「そんなわけねえよっ。おれらは全体の指揮をとらなきゃいけねえんだ、いつも通りやりゃいいってもんじゃなくてだなー…」
程普「納得いかないねっ!一人の戦士として、命懸けて戦う!」
周喩「それじゃあ誰がこの集団をまとめるんだよっ?おれもおめーも、良牙に信頼されてるからこの役を任されたんだろ。」
程普「わたしそのような理屈いらない。今までのわたしが、本当のわたしね。まとめ役はムースに任せた」

…ったく、今はこんな言い争いしてる場合じゃねえってのに。

周喩「仕方ねえな…」

最終手段。
おれは後ろを振り向き、わざと音を立てるように、刀を抜いた。
その刀を上に高くあげ、シャンプーの気配を背後に感じながら、ゆっくりと二歩、三歩あるく。
そして、誰もいない方に向かって、刀をいきおいよく放り投げた。


………ダンッ!


周喩「………………………勝負ありだ、シャンプー。」
程普「くっ…!」

相手の拳はおれの頭上、おれのかかとが相手の横あごの寸前をとらえた。
合図がわりの刀は床に突き刺さって、細かくふるえるようにしなり、その刃の腹に光景が映っていた。

周喩「おれの言い分に従ってもらうぜ。」
程普「…わかったね。」

腕ずくで、といったら聞こえが悪いが、シャンプーと話を着ける時はやはり勝負になってしまう。女傑族の女だから、と言ってしまえばそれまでだが、口だけでぐだぐだ言い合うよりは体でぶつかった方がいいとおれも思うし。とにかくこれで話は着いた。シャンプーも潔く元のポジションに戻ってくれたし、あとは曹操軍がやってくるのを待ち構えるばかりだ。
来るなら来やがれ、目にモノ見せてやるぜ…。









 空は金色に照らし出され、その瞬間にこの世のすべてを染めていった。目の前の霧は薄れてゆき、それまで霧が反射していた光を巻くしとるかのように、奴等は現れた。

兵「…曹操軍が来たぞーーーーーーーーーーー!!」

程普「来たねっ、乱馬!」
周喩「ああ、本番開始だぜ!みんな、この場を死守するんだ!!絶対に敵を陸へあげるな!!」

始まった!

韓当「来ましたわ!東南の風が吹くまでの間、ここを守り抜くのです!」

太史慈「臆することはない!我らいかなる時も死を恐れず戦うのみ!!」

周泰「心配することはあらへんで、うち等は勝つんや!!思いっ切りいてもうたれ!!」

蒋欽「弱音無用!情け無用!存分に暴れるのです!」

甘寧「曹操の犬どもめ、おれ達をなめるなよ………!」

陳武「おら達は無敵じゃあ!敵に不屈の矢を浴びせてやるだ!!」

なびき………風を頼んだぜ。

孫権「…始まったのか。我らも援助を怠るわけにはいかない、心して活動せよ!」
兵「はっ!!」




 こちら太史慈、此度は呉船団の先頭にて陣を構えている。もはやこの身が砕けようとも、最後まで戦う覚悟よ。たとえこの三刃槍が斬る数が、曹操軍にとって微塵とも足りぬ数であったとしても、最後には我々が勝つのだ。その勝利の瞬間に立ち会えるかはわからんが………俺は、俺の役目を果たすのみ。
…孫策殿、貴公の分まで、私が戦ってみせる。

 敵の船団、悪夢のような膨大な塊、それがついにこっちに接触した!敵味方双方から矢が放たれ、騎乗した敵兵がなだれこんでくる。

于禁「われこそは曹操軍の先鋒、于禁なり!!呉の雑魚ども、覚悟しろ!!」
楽進「おなじく曹操軍の先鋒、楽進なり!!死にたければかかって来るがいい!!」

太史慈「たかだか二人か!!我が名は太史慈、この三刃槍をもってお相手する!!」

他の船にも敵は乗り込んでいってるようだ。それぞれが複数の相手をせねばならんな…。

太史慈「悪いがとっとと決めさせてもらうぞ!喰らえい!!」
于禁「うおっ!?貴様、口だけではないようだな!」
太史慈「おちろ!!」
楽進「なんの!馬にも乗らずに、どこまで張り合えるかな!」

ちっ、一太刀二太刀では追い払えんか。ならば…!

太史慈「うおおおおおおおお!!」
楽進「なっ…!」

ドンッ!!

于禁「…馬を、押し倒しただと!?」
太史慈「ふん、このようなせまい場所では走り回ることもできまい!観念しろ!」
楽進「おのれ、なめた真似を…!」
于禁「観念するのは、貴様の方だ!くらえ!!」

于禁とやらの得物は槍…楽進は戟(槍の先が大きくなっているもの。どちらかというと斧に近い)。
于禁も馬から落としてくれよう、この俺に槍を突き立てたが最後だ。

太史慈「もらったぁ!!」
于禁「なにっ!?まさか…うああっ!!」
楽進「于禁!…太史慈とやら、貴様なかなかの豪腕とみえるな。」
太史慈「槍をつかまれて馬から振り落とされるのがそんなに珍しいかっ?俺はしょっちゅうやっているぞ。」
楽進「くっ…!なんという奴よ………于禁、ここは退くぞ!増援を呼ぶのだ!」
于禁「ちぃっ!また挑ませてもらう!次こそは覚悟するんだな!」
太史慈「ああ十人でも二十人でも呼ぶがいい!我らが砦は絶対に陥とせんと思え!!」

敵将は退いた!ここは下の兵たちに任せて、俺は他の将の加勢に回る!



 こちら韓当小太刀、船団の左翼を担っております。先程よりこちらにも、曹操めの軍が押し入ってきた模様。わたくしも断固ここをゆずらず、戦う旨をここに示しておきましょう。
図々しくも馬に乗った敵将が、こちらに向かってきていますわ。

張恰「私の名は張恰(ちょうこう)と申す!痛い目に遭いたくなければ、即刻そこを立ち退かれよ!」
韓当「ふっ…、笑止!!我らの団結をみて、まだそのようなたわ言を口にするか!」
張恰「ここをそなた一人で担っているのが愚かしいと言っているのだ!そのような陣形で守れると思うな!」
韓当「何………!」

言うな否や、張恰の後方から敵将がさらに二人。

曹洪「おれは曹家の一人、曹洪だ!」
夏侯尚「夏侯家の一人、夏侯尚と申す!」

くっ、やはり数の違いは否めないようですわね。しかしわたくしとて呉軍の武将、なめてもらっては困ります!この鉄鞭で、打ちのめしてくれましょう!

太史慈「その勝負、おれも加勢するぞ!」
韓当「まあ、子義どのではありませんこと。先頭は大丈夫ですの?」
太史慈「うむ、早々に敵将を追い払ってやったぞ。ここも早く片付けて、他の応援に回らねば。」
韓当「いそがしい戦いになりますわね…では参りましょう!」



 こっちは船団右翼、周泰右京や!目の前には徐晃と名乗るでっかい斧をかついだ修行僧みたいなのと、夏侯淵と名乗る弓使いがいる。夏侯淵の方には近づくことはできへん、かといって放っておくと好きなように弓を撃ってくる実に厄介なやっちゃ。それに加えて徐晃の斧…刀や槍とは重さがちがう。あんなもん振り回しよって、ここはひとまず避けまわってスキを伺うしかない。

夏侯淵「どーしたぁー!降伏もせんくせに逃げ回るしか能がないのかぁ!」
周泰「じゃかまっしゃあ!その口二度と開けんようにしたるさかい、覚悟はええんやろなあ!?」
徐晃「減らず口よ!いまに討ち取ってくれん!」

ふん、討ち取れるもんなら討ち取ってみい!うちが船のこわさってもんを教えたる!

徐晃「成敗!!」

斧が上から振りおろされる。これをよければ…

周泰「これでどや!」

バキバキバキッ!!

徐晃「おおっ!?うおおっ!落ちる…!」
夏侯淵「徐晃!?」

ふ…あんなでっかい斧を振りおろしたら、木の床がさっくり割れるのは目に見えてる。そこにさらに力を加えれば、床がばきばきに崩れるってわけや。徐晃は見事にそれにかかって、あやうく下の階に落ちそうな状態を腕だけでもちこたえとる。

周泰「その首、もろたぁ!」

情け容赦は無用、討ち取る!

ビュン…ダダダダッ

夏侯淵「そう簡単にやらせるかよ!!」
周泰「…ちっ!弓が邪魔かっ!」
徐晃「すまぬ、夏侯淵どの!」



 船団わりと中部、甘寧だ。この辺りまで騒がしくなってきやがった。敵が攻め入ってきたのがよくわかる。…先頭は破られたのか?子義は?

于禁「やいやい!太史慈とかいうブ男はどこへ行ったぁ!?」
楽進「先頭をがら空きにするとは愚かな奴よ!」

何ぃーーーーーーー!!あの阿呆、一体どこで何してやがる!?
もういい!この俺がとっとと追い払ってくれる!

甘寧「俺の名は甘寧!貴様ら、俺と勝負しろ!」
楽進「むぅっ?よかろう、1対4でどこまで頑張れるか見ものだな甘寧とやら!」
甘寧「!」
李典「私の名は李典と申す!于禁、楽進両将軍の助太刀に参った!」
曹仁「曹家の一人、曹仁と申す!同じく助太刀に来たぞ!」

敵将は4人か…面倒だな。水をかぶるしかねえ。

甘寧「てめえら全員、地獄行きにしてやるっ!」




十七、長江燃ゆ



孫権「………さすがに負傷者が多いな。城の救護室は間に合っているのか?」
兵「はっ!孫策どのを始め、処置のできる者はみな手伝いをしている状況であります!」
孫権「あ、兄上も手伝っているのか!?」

兄上…さぞ歯がゆいことだろうな。「賓」の呪いさえなければ、今頃ともに戦っていたはずなのに…。あかねさんも、救護室で頑張ってくれているはず。なんとか早く戦いが終わって欲しいものだが…。
おれはその場をはなれ、船の中へと走った。そして甲板に出て、そこに居た都督に尋ねた。

孫権「乱馬っ!戦況はどうだっ?」
周喩「………きびしい状況だ。どこも敵の侵入を抑えきれてねえ…」
程普「少しづつ、敵兵がこちらに向かって来てるある。このままでは、敵の船に火をつけるどころじゃないね。」
孫権「くっ…なんてこった…」
周喩「良牙、おめーはもとの場所に戻ってな。最後まで望みは捨てちゃいけねえ…。」
孫権「…わかった。」

あたりはもう真っ暗で、諸葛亮のいう「東南の風」はいつ吹いてもいい時間だ。もっともこの季節だから、北西からしか風は吹かないのが普通。ここは…奇跡を待つしかない。
戦慄の走り続ける中で、顔をあげて星空を見上げた。そして、天に祈った。

風………風を………………

孫権「………………」

…気のせいだろうか、ゆるやかに風が背後から吹いてくるような。
まさかな。ちょっと隙間風が吹いているだけだろう…。

そう思ったのだが。

周喩「…風だ!!東南の風じゃねえか!!」
程普「本当に吹いたねっ!」
孫権「…ええっ!?」
周喩「火だ!火をかけねえと!」
程普「でも乱馬、いまこっちの船にいる敵はどうするねっ?」
周喩「あっ…」

…いま「あっ」て言ったか…?まさかその辺は考えてなかったとか…。

周喩「は、ははは。こりゃろくでもねえ事になりそーだな…」
孫権「お、おい乱馬!なんとかしろー!」
周喩「だぁっ、わかってるて…。良牙、ここはひとつ、おれ達で大芝居をうつしかねえぜ。」
孫権「芝居っ?」

なにか、思いついたのか?しかしろくでもねえ事って…?

周喩「名付けて、“参りましたゴメンナサイなーんちゃってヒット&アウェイ作戦”だっ!」
孫権「…。」

参りました…なーんちゃって…って、分かりやすいな!つまり降参したふりをして敵を呉の船団から引き返させ、タイミングを見計らって敵の船団に火をつけるってことか。

孫権「わかった…白旗をあげろー!!」
兵「し、白旗ですか!?」
孫権「これも作戦だ!早くしろ!東南の風がおさまっちまう!」
兵「は、はいっ!!」

これで、勝負がつく!!

周喩「おれはおじさんの所に行ってくる!テキトーに芝居頼むぜシャンプー!」
程普「あいや、冗談でも敵に頭など下げたくないあるが…乱馬の頼みなら仕方ないね。」
孫権「頼むぜ乱馬!」
周喩「ああっ!」






 東南の風は吹いた!なびきのやつ、結局本当にとんでもねえやつだったんだな…。そのおかげで命拾いできそうだ、あとは早雲おじさんに火をつけに行ってもらえれば…。
今おれがいるこの船までは敵は侵入してきてなかったが、外の方から敵の勝ちどきが上がっているのが聞こえてきた。そうだ…そのまま安心して引き上げてくれ…。

周喩「おじさん!」
黄蓋「乱馬くぅぅぅん、うちは負けたのかい?」
周喩「だあぁ違う!ちがうって!これも作戦の一部だから、あとはおじさんが上手くやってくれれば、すべてが決まるんだっ。」
黄蓋「む、そういうことだったのか。ではまだ戦いは続いているんだね?」
周喩「ああ。最後の一手、よろしく頼むぜおじさん。」
黄蓋「ふむ。そのことなのだが乱馬くん。」
周喩「ん?」

おもいっきり泣き顔だったおじさんだが、事情を説明したらぱっと直っちまった。それでおれに一本の棒を渡して、おじさんはおもむろに鎧を脱ぎ捨てた。

周喩「おじさん…?」
黄蓋「乱馬くん、これでわたしの背を強く叩きたまえ。」
周喩「ぇえっ?」
黄蓋「軍全体が降伏してしまった今、わたし一人が敵地まで向かっていくのは不自然であろう。だから別の理由を作らねば。…わたしは君に歯向かったことにして、百叩きの刑を受ける。そしてまるで逃げ出すように小船に乗り、敵地へと行く…どうだね、完璧な演技じゃないか。」
周喩「お、おじさん…」
黄蓋「さあ、構わずばしっとやってくれたまえ!呉の命運は我らにかかっているのだ!」
周喩「………………すまねえっ!」






 数十分後、敵の船団は火に包まれた。東南の風は勢いを増し、無数に広がる敵船を、いや見渡す限りの長江全体を赤く染めた。それはあっという間のことだった。

程普「赤壁………」
周喩「まるで火の壁だな…」

終わった………………敵を、倒したんだ。曹操軍はあわてて船から降りているところだろう。
おれの知った仲間は皆、生き残っていた。おじさんの安否だけが心配だった。

周喩「(怪我を負った状態で泳いで戻ってくるだなんて…おじさん………)」

演技のためとはいえ、仲間を傷つけたこの手に痛々しい罪悪感をもたずにはいられなかった。ましてや、おじさんが無事帰ってくるのを静かに待つことなんて。

周喩「黄蓋将軍の身柄を確保しろ!海にいるはずだ!」

おれも双眼鏡を手にして甲板から海をみつめたが、なんせ夜だ。赤壁が明かりとなって水面を照らしているが、海に浮かぶ人の姿などまったく見えるよしもなかった。
それでもしばらく探したが、見つからなかった。あきらめかけて双眼鏡を下ろした時、別の方で小太刀が声を上げた。

韓当「居ましたわ!!」

そうして、おれが振り返ったときにはもう海へと飛び込んでいた。もともと身軽な装備の小太刀だ。迷いもなくそのまま飛び込んで、泳いでおじさんを助けに行った。
無事に船にあげられたのを見たときは、さすがに胸をなでおろした。そして、おれはぐったりしているおじさんを背に担ぎ、応急処置をやっている良牙の所まで急いで行った。






諸葛亮「やーったじゃない。乱馬くんの大功績ね。」
周喩「…まーなー。」
諸葛亮「それで、反撃には出ないわけ?」
周喩「反撃って、このまま曹操を捕らえるのか?」
諸葛亮「いまなら兵達も喜んでるし、ちょっとはりきりさせれば頑張ってくれると思うけど。…まぁウチの別部隊がもう行ってるけどね〜。関羽さんが。」
周喩「関羽?たしか曹操に寝返ったはずじゃ…?」
諸葛亮「ふふ。関羽さんはね、曹操軍の追っ手を払ってウチに帰ってきたのよ。もともと本意であっちに居たわけじゃないから。」
周喩「…そうだったのか。」
諸葛亮「………ねえ乱馬くん、ちょっと相談があるんだけど。…荊州、もらえない?」
周喩「なっ…なに言ってやがる!あそこはウチの土地だっ!呪泉郷もあそこにあるんだから、渡すわけにはいかねえよっ」
諸葛亮「あそー。…ま、そのうち力ずくでもいただいちゃうけどね。」
周喩「〜〜〜…どっから出てくるんだ、その自信はっ!」

諸葛亮「………………あたしには、未来が見えるのよ。」

周喩「…………なっ……?」






赤壁の巻2・完










作者さまより

注釈:

赤壁の戦い、完結です。ながい前置きのわりにバトルシーンは割と短め?まぁもとの三国志がそうですしね。アクションなどまで細かく描写していると、長すぎて…。よってその辺は読者さまのご想像にお任せ〜でございます。

赤壁というのはもはや地名にもなっておるようです。その位置はといいますと、ここではおもいっきり建業の目の前の河の部分ってことになってますが、実際はもっと全然ちがう場所なわけで。むしろ長沙に近いあたりなのです。

周喩の思いついた「火計」ですが、ここでは乱馬くんは思いついた時点ではしゃいでますが、本当の周喩はというと、この瞬間にものすごいスピードで脳が回転していまして、これにはやはり東南の風が必要…しかし季節は冬で、北西からしか風は吹かない…ではもし一時でも東南から風が吹いたら?もしその時間を特定することすら、諸葛亮にできてしまったら…?と一瞬で思考回路がまわった末、風にあおられた旗が顔に当たったのに驚いて、発作を起こしてぶっ倒れてしまうのです…。つまり、作戦を思いついたと同時に諸葛亮への恐怖感もおそってきたんですな。それだけ、周喩は諸葛亮を危険視していたのです。将来、必ず呉に害を為す存在になると。

もうひとつ周喩について申しますと、この赤壁の戦いの最中に諸葛亮に勝るとも劣らん頭脳プレイでひとつの功績を立てていたりします。実は曹操軍からスパイが送られてくるのですが、周喩はそれを会った瞬間に見破り、ついでに「水上戦が得意な敵将を消すために」と、酒で酔っ払ったふりをしてありもしない事をしゃべりまくり、ウソの情報をもって帰らせて報告させ、曹操を怒らせて特定の武将を処刑させてしまうという…。やっぱり周喩もキレ者だったんですなぁ。

ここでは乱馬くんは結局ホートーが何をしたのか分かってなかったようなので…補足を入れておきます。ホートーが実行した「連環の計」、これはつまりホートーが曹操に直接会いに行き、船と船をつなげるといいとゆーアドバイスをおくったというものなのです。勿論これは火計に導くための作戦だったわけで…うっちゃんが落胆した「海賊並みの知識を持つ軍師」、それはホートーのことだったんですね。

ひとりだけ名前の説明を。張恰なる人物がいましたが、「恰」ではなく「合」におおざとを付けた字が正解。魏の代表五武将といえば、張恰・徐晃・楽進・于禁・そして張遼といわれるところ。張遼も今回の大船団の中枢にて、夏侯惇と共に構えていたはず…。

今回、小太刀が鉄鞭(てっぺん)を装備してますね。本当は黄蓋の武器なのですが、ムチ→リボン→小太刀という連想で小太刀に持たせてしまいました。他にもトゲの出る棍とか、刃物仕込みの円月輪とか持ってそうですよね。

そういえば甘寧なんですが、本作では序盤からずっと居てますが、本当のところは赤壁の戦いの直前に仲間になるのです…。だから今までパンスト太郎くんの出番があんまりなかったんですな。この辺は劉表をさっさと滅ぼしてしまったために前後しちゃってます。お許しを…。本当は劉表は、劉備をしばらく城に住ませたりといろいろやっているんですが…のちに劉表が寿命で亡くなり、その跡継ぎで争っているところを曹操に滅ぼされてしまうのです。


 まずは、かなり前に頂いていたこの作品を、落としていたという、阿呆な管理人をお許しください!(ひえええっ!)
 しょーすけさまにご指摘されるまでもなく、あれ?何か変だなとは思っていたのですが…。
 この前先にあげてしまった「あかねの手料理」はこの話の後に続きます。
 ボケるにはまだ早い年齢なのですが、オオボケをやらかしてしまったこと、平にお詫び申し上げます。

(一之瀬けいこ)



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