◇時流想戯曲 三国志演義・呉
  第六 あかねの手料理の巻 
しょーすけさま作


十八、赤壁ののち



 先日の大戦、曹操軍と孫権・劉備軍との長江での激突は、その終焉、河全体が火に包まれたことから「赤壁の戦い」と呼ばれるようになった。その直後に劉備軍が曹操を追撃、それを追うように周喩・甘寧ひきいる軍も追撃をおこない、曹操は大打撃を受けることとなった。

それから周喩こと乱馬が帰還。なんと彼は追撃のさなかに左の鎖骨を弓で撃たれ、大怪我を負った身だった。急いで治療を受けたので大事には至らなかったものの、鎖骨が完治するまでの間はトレーニングはできそうにないようだ。乱馬いわく「これくらいなんともねぇって!」だそうだが、明らかに腕肩に力が入っていない様子。



 さてそんな乱馬と彼の身を案ずる仲間たちをよそに、ひとりの居候がなにか考えごとをしているようであった。



孫堅「むぅ………………かすみ君。カレーというものを知っているかね。」

大喬「はいっ?」

孫堅「およそ20種類もの香辛料をブレンドして大鍋で肉野菜とともに長時間煮込むのだそうだ。はるか西のかなた、天竺の国に伝わる料理だという。」
大喬「あら…よくご存知ですのね。」
孫堅「暇ですからなぁだははははは。ぁ最近は健康に気を遣っておるのでな、こういった情報を集めるのにこっておるのじゃ。」

玄馬、この男はすでに退職をして居候の身なので、正直ヒマなのである。呪泉郷にてパンダに変身する体質になってしまったが、仕事で忙しい乱馬たちと違ってこの男ならばいつでもまた呪泉郷に足を運び、男溺泉を入手して男に戻ることができるはず。…しかし本人がそれをしないのは、ひとえにパンダが気に入っているから男に戻る必要がないということなのだろう。きっとそうに違いない。

大喬「じゃあ、材料はどうしましょう?」
孫堅「うむ。南蛮ならあるやも知れん。南蛮へ使者を派遣して、カレーの材料になるものを貿易で売ってもらえるよう交渉するのじゃ。」

カレーの材料になるもの…米は地元で獲れるのでよし、牛肉も問題ない。要は香辛料が欲しいのだ。中国大陸には唐辛子があると思われる方もいるかも知れないが、実は「唐」と名に付いていながら、これは唐…つまり中国が原産のものではない。胡椒は「胡」とあるとおり、これは中国原産であることを示しているが。…つまり塩コショウぐらいしかないのである。カレーには程遠い。

孫堅「交渉の役は、かすみ君とあかね君にやってもらう事にしよう。」
大喬「はい。あかねにも伝えておきますね。」
孫堅「うむ。よろしく頼む。」

南蛮一帯を治めるは、南蛮大王と呼ばれる孟獲(もうかく)という男。この大王は美女に大変弱いことを、玄馬は知っていた。

 所変わってこちらは救護室。上半身を起こすことはできるようになったものの、まだ体力が戻りきっていないので安静にさせられている乱馬の姿があった。左肩から右の脇をとおってぐるぐる巻きに包帯が施されている。鎖骨は、普通なら複雑骨折が必至なところなのだが、本人が日々身体を鍛えている為ひびが入った程度で済んだらしい。乱馬はまだ暴れ足りないとでもいうかのように、力の入らない腕をだらんとさせながら半分駄々をこねるように隣のあかねに話しかけていた。

周喩「ったぁく!こんなとこでゆっくりしてる場合じゃねえってのによー。」
小喬「乱馬ったら無理しすぎよ…そもそもなんで曹操軍の追撃なんかしたの?」
周喩「へん、なびきのヤローにオイシイとこ持ってかれるのがやだったんでえ。」
小喬「…それで鎖骨を弓で撃たれて、それでもまだ無理して戦って帰ってきたってわけ?あんた下手したら死んでたかも知れないじゃない!」
周喩「だぁいじょうぶだって。腕の一本動かなくたって戦うことぐらい出来らぁ。…けど確かにおれに弓を当てやがったあの曹仁とかいう奴…明らかにこっちが優勢だったのに、ついに討ち取れなかったからな。この借りはいつか返してやるぜ。」
小喬「ちょっ…、ちょっとは自分の身の心配もしなさいってばっ。」

無理をするのはいつもの事なのかも知れない。どだい1人の人間が軍の総指揮をおこない、かつ自身も戦い、なにより‘身を休める’という行為を忘れて前線に姿をさらし続けるなど、それ自体が無茶なのだ。

なにが彼をそうさせているのか。
どうして彼はいつもそうなのか。

その真意を知ることは、そばに居るあかねですらも未だ出来てはいない。周喩乱馬という男はいまでも何かをしょい込むようにして、“戦わなくてはいけない”…そんな念に駆られているようだった。

周喩「はやく治れっ、このバカ鎖骨」

思うように身動きがとれない乱馬は小さな声で、吐き捨てるように、ぽつりとつぶやいた。
しかしその言葉を、己が思ったよりも深刻に受け留めている人が真横にいると気付いたのは、力の入らない左手を握られた瞬間だった。一瞬なにがあったのか察しかねた乱馬だったが、その手がかすかに震えているのが伝わり、それを感じたとたんに自分が彼女をひどく心配させていることを悟った。

小喬「乱馬………………。」
周喩「…ぁ………………ぃゃ、………そのぉ…」
小喬「お願いだから、…無茶…しないでよ………。」
周喩「だっ、そんな別におれは………」
小喬「これ以上、身体を壊すような事はしないでって言ってるの!このままだと乱馬…死ぬまでやめないんじゃないかって…」
周喩「………………。」

負けてもいい戦いなら、ここまで心配することなどないのだ。無茶する前に帰ってこいと、つがえなく言えるはずだから。でも今は国を守り、そして天下統一を狙うという重い重い責務がある。その事実がなおあかねの心を苦しめていた。負けるわけにはいかない…それは解っている。しかしだからといって、乱馬ひとりがここまではたらかなければならないのか。他にも実力のある人物は呉の国にはたくさんいるはずなのに。

どうして乱馬は………………

小喬「………お願い…」
周喩「…、わぁったよ。わかったって!おれが死ぬわけねーだろ、余計な心配しなくていいから…」
小喬「なにがわかったのよ!?いい加減自分を大切にしてって言ってるのに!それを余計な心配とは何よ!?」
周喩「おめーがんな顔してたら意味ねえじゃねーかよっ。」
小喬「…?」
周喩「………………だから…もいいから飯でも食ってきなって!」
小喬「なんなのよ一体………。」
周喩「何でもいいだろがっ。」

あんまりぶっきらぼうに言い返す彼に、あかねの方とてもう少し言い返したくなる。とはいえ相手はしがない患者なのだ、機嫌を損ねさせるのも悪い。
いつもならここから無欠完全なる口ゲンカの方程式が展開されていくところなのだが、さすがに今はそれははばかられた。

小喬「………じゃあ行くからね。あんたは安静にしてなさいよ。わかった?」

ぶっきらぼうに返していた彼は、あっちの方を向いてどこか決まり悪そうな顔をしていたが、あかねはそれ以上の言足しはせずに救護室を後にした。


周喩「誰にも…苦しんでほしくねぇんだよ…」




十九、女の戦い



 乱馬が怪我で動けない、という一報は城中の者々を驚かせ、動揺させるのに足る話だった。あの乱馬が、あの乱馬が…と誰もが目を見開いて、相手も死に物狂いだったに違いないとか、自身が功を焦りすぎたのだとか噂を立てていた。
これと同時にかの居候の要望で、南蛮地方へと大喬かすみ・小喬あかね姉妹が貿易の交渉役として赴くことになり、厨房と乱馬の看護の役が空いてしまう。この席を率先して捕らえたのは程普ことシャンプー・韓当こと小太刀・そして周泰こと右京の3人であった。

周泰「はいはいはい、これからかすみさんが戻って来るまで、しばらくの間はうちらが料理するさかいなー。遠慮せんとどんどん食べてや〜。」
程普「たくさん食べて、疲れとるよろしね。」
韓当「わたくしどもが幾らでもおもてなし致しますわ。」

「おお〜〜〜」

和やかに拍手がわく。
この三人娘、それぞれ料理の腕があってかつ三人とも趣向が違うため、実に様々なメニューが飛び交うことになりそうだ。そして趣向が違うということは、当然、食材も多種の揃えがないと適わないところなのだが、なんといってもここは建業。思った以上にスムーズに必要な食材が手に入るため、三人共いくらでも己が流の食事をもてなすことが出来ると悦んで張り切っていた。



 中でも右京には、この一時において何やら考えるところがあるようだった。
それは、赤壁の戦いの前、章安に居た少しの間にあった事。



孫権「そうか………お前、乱馬のことが…」
周泰「十年前から変わってへん。乱ちゃんは気付いてないみたいやけど。」
孫権「…。」
周泰「うちが呉に入ったんは、孫策はんの強さに惹かれたからやった。けどまさか、そこに乱ちゃんがおるとは思ってなかったわ。…奇跡やな。」
孫権「そーだったのか…。………実はおれもな、…」
周泰「………え、そうなん?でも今のそのご身分なら、嫁にする!って一言いうたらいけるんとちゃう?」
孫権「馬鹿いえ。そんな事であかねさんを奪っても、おれ自身が納得いかねえよ。それに、あかねさんには乱馬がいるからな………あ、…その…お前も確かに大変だよなっ。その…恋敵がいるってのはなんつーか…」
周泰「そやなあー。乱ちゃんにはあかねちゃんがおるもんなあ。………うちが入りこむ余地なんて、あるんかな…」
孫権「それはおれだって同じこった。…応援するぜ右京。おれも、あかねさんのことをあきらめるつもりはまだないし…」
周泰「…おおきに、良牙はん」
孫権「良牙でいい。父上も兄上も居るんだから、おれだけやたら敬われるのはしっくりこねえんだ。」
周泰「そか。…じゃあ、お互いうまく協力して、うちは乱ちゃんを、良牙はあかねちゃんを手に入れるで!」
孫権「おう。」



良牙は政治についての参考書の到着を待ちながら、右京は水軍を養成するトレーニングの合間に、二人でそのような会話をしていたのだ。
また良牙は、山賊に襲われた際に右京に恩を被った礼にと、右京と手合わせをすることを考案した。
もともと乱馬と日々渡りあってきた実力があるのだ。その腕で右京にいくらか手ほどきをすることで、恩返しになればと思ったのだろう。
そして章安での調理係は、やはり右京が担当していたため、良牙もまた右京の腕前に感心することが多かったようだ。
そうやって互いに応援し合ったことが、いまの右京の背を押していた。

程普「右京、なにを嬉しそな顔しているか?」

料理の最中、右京が妙におっとりした顔をしているので、思わずシャンプーが声をかけた。

周泰「こーやってな、うんと心を込めて、おいしいお好み焼きを作るんや。」
程普「どしてそんなに張り切ってるのか?」
周泰「ん?まぁこれは乱ちゃんにあげる分やねんけど…乱ちゃんともっとお近づきになれたらな〜思て。」
程普「………………」
韓当「………………」
周泰「………???」


その瞬間、すべての空気が変わった。
右京とシャンプー、および右京と小太刀の間においては何という争い事はなかった…今の今までは。
しかし!その発言が、右京のその発言が、残りの二人の顔つきをフレンドリーモードからバトルモードへと変換させてしまったのだ。


程普「そうだたのか。おまえも乱馬狙う、わたしの敵だったのだな。」
韓当「残念ですわ。あなたとは刃を交える気はございませんでしたのに…」

言いながら二人は出刃包丁を掲げ、右京の方へと仕向けた。

周泰「…えっ?ぇええ!?」
韓当「お覚悟っ!」
程普「破っ!!」

ガキィィィンン!!

周泰「ちょっと待たんかいっ!あんたら一体どーゆー…」
程普「乱馬はわたしのものね!邪魔する奴、許さない!」
韓当「乱馬さまはわたくしのものですわ!邪魔立てするのであれば、戦うしかございませんことよ!」

さし迫る刃物を二本のコテで受け止めた体勢で、1人対2人はしのぎの削り合いを始めた。
もはや今までのそこはかとない仲良さは何だったのだろうかと、そう思いたくなるくらいに三人は完全な訣別をみせていた。

周泰「…ええいこないな事してても埒があかへんわ!」

しばらく押し合いを続けていたが、右京が外側にはじき返して間合いをとった。

周泰「そやったらここはひとつ、料理勝負でどやっ!三人とも同じお題で作って、乱ちゃんに食べてもらって判定してもらうんや。」
程普「同じお題…?」
韓当「我ら各々まるで文化が違うというのに、同じメニューを作るのですか?して一体何を…」
周泰「お題は、カレーや!」




二十、カレー



周泰「孫堅のオヤジはんが食べたいゆうてはる、カレーっちゅう料理をうちらで作るんや。もちろんこの勝負には、あかねちゃんも参加してもらうっ。よって日時はあかねちゃんが南蛮から帰って来次第とする。これでええな?」
韓当「異議はありませんわ。」
程普「カレーという料理を知るところから、もうすでに勝負は始まってるね。」

 お昼どきの建業の城の厨房、この三人は皆の分の食事を作っていたことなど全く頭に残っておらず、そのまま勢いで料理勝負へと乗り出してしまった。
三人共、カレーという名の存在を知るべく、図書室に向かって走り去ってしまったのだ。残された食事待ちの人たちは、焼きかけの魚のグリル、あとは茹でるだけの麺、片面だけ焼けているお好み焼きなどをそれぞれ何とか最後までつくり終え、はたしてこの厨房はちゃんと自分たちのために機能してくれるのだろうかと大いなる心配を胸に抱えながら昼食をとったのであった。

 図書室。以前よりここに毎日通っている一人の男がいる。
今日もまた、宛てのない旅をするかのように資料探しをつづけていた。
現在は重い本を取り出してくれるお手伝いさんが不在なので、軽い本ばかりをあさって回っていた。
その人は、「賓」の文字を額に刻まれた、孫策東風。

孫策「…だめだなぁ。これだけ探しても、猫妖術なんて代物はどこにも載ってやしない。呪いを治すツボとかがあればいいと思ったけど、そんな事について触れた医学書も見つからない…。」

至極、困った表情をしていた。もはやこの城にある図書だけで調べるには限界がある、とも考えられた。もっとこの件について、妖術、もしくは医学の観点から掘り下げることができる場所を訪ねなくては。

孫策「………そういえば、諸葛亮どのは妖術が使えたんだっけ。」

赤壁の戦い、あのとき曹操軍を追い払うことができたのは、諸葛亮が奇跡の風を起こしたからだった。…そのような所業が為せるのであれば、貧力虚脱の呪いなど、軽く吹き飛ばせるのではないか?

孫策「行ってみよう…かな。」

諸葛亮といえば、劉備の携える軍の軍師である。
そしてその劉備軍はというと、赤壁の戦いののち、拠点の場所を大きく移動させ、ここ呉の国の西どなりにあたる益州へと引っ越してきていた。
それもただの引越しではなく、なんと同じ‘劉’の苗字をもった…つまり同族である劉璋(りゅうしょう)の城へと攻めこみ、これを我がものにしてしまったのだ。これについては、劉備自身は反対したが諸葛亮・ホートーの二者の説得によって実行されたのだという。
そして益州一帯、蜀の国と呼ばれていた地域はすべて劉備の領土となったのだ。
それと程なくして曹操は北部一帯を完全に制圧、魏の国を建てていた。

…つまり、いまの世はすでに曹操の魏・劉備の蜀・そして孫権の呉という三国が張り合う形となっていたのだ。

また呉の国がいつも世話になっている南蛮地方はというと、蜀の国の南どなりにあたるため、これからはいつ蜀軍が南蛮に手を出すかなどが呉の軍師の間で問題とされていた。

そんな中で、孫策は蜀の国に赴き、諸葛亮にアドバイスを求めにいくというのだ。正直、本人にも抵抗はあった。だが赤壁で共に戦ったというよしみもあるにはある。孫策という名のかつての将軍は、とっくの前に死んだと報じられたのだから、いまはその名を隠して行動することになるが。
 行くだけ行ってみよう、と孫策が図書室を切り上げようとしたときだった。なにやらものすごい闘気をはらみながら、三人の客人が入ってきた。

韓当「まさか他の者の本を横からのぞく、などという姑息な真似はしませんことですわね?」
程普「それ、オマエが一番やりそな手段ね。」
周泰「うちはこっちの方を調べる。ついてくるんやないで!」

どたどたとなだれ込んでくるや、肩をいからせたままそれぞれに本の捜索を始める。

韓当「ちょっと失礼あそばせっ」

そういって小太刀がすれ違おうとした時だった。
ゆっくり横をとおったのだが、せまい通路ゆえ少し背が当たってしまったようだ。
しかしそれが…

どんっ!!バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ

韓当「…まぁっ、誰かと思えば孫策殿ではありませんこと!」

ちょっと当たっただけのはずが、相手は思いっきり吹っとばされてしまったのだった。
そのまま目の前の棚ごと倒れ、両手の人さし指と小指を立てた状態で床に突っ伏した形になっている。

程普「小太刀!図書室ではも少し静かにするよろし」
周泰「あらまぁずいぶんな暴れようやな。」

そんな台詞を背後に聞き、そこから三人が争う様子を肌で感じながら、ひとり意識のとおざかる孫策東風なのであった。



その翌日には、彼は蜀の国へと向かい、建業を発った。



二十一、ダーリン!浮気すると…



 一方、南蛮では。

「かーーーーのじょっ。僕といっしょにお茶しな〜い?」
小喬「へっ?私?あ、あの、えっと…あなたは?」

「ダーーリン!!浮気すると、許さないっちゃ〜〜〜〜!!」

ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ

「のぁああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?…くぉらラム!か弱いレディの前で乱暴な技つかうのやめんかっ」
「ダーリンが悪いっちゃ!!どうも申し訳ないっちゃね、わざわざ来てくれたのに…」
小喬「あ、いいえ…そのぉ、貴方は??」
「うちはダーリンの、ぁ、いやこの地方の主人の、この人と一緒に暮らしてる者だっちゃ。名前は祝融(しゅくゆう)、あざなは羅夢(ラム)、よろしくっちゃね。」
大喬「あら、じゃあこの男性がここの王様なのね。」
小喬「私は小喬、あざなはあかねよ。こっちはかすみお姉ちゃん。」
大喬「名前は大喬と言います。初めまして。」
祝融「どうも初めまして…ほら、ダーリンも自己紹介するっちゃよ。」

 大喬、小喬の姉妹が訪れたこの南蛮という所は、ヤシの木が生えているような熱帯雨林地方で非常に暑い。このような気候だからこそ農作物も豊富で、貿易の相手としては非常に助かる場所なのだ。そしてここの住人と同様に、かすみ、あかねの二人は袖のない薄手の麻服を着ていた。それから案内役の者に招待されて宮殿にやって来たまではよかったのだが、入ってみるや否やいきなり見知らぬ男に声をかけられ(いわゆるナンパで)、しかもその男こそが南蛮の王、孟獲であるときたのだ。驚いたのはあかね、何があっても驚かないがどこか不思議そうな目で見ているのがかすみである。

孟獲「ぉおっほん!我こそはこの地域の大王、孟獲であーる。あざなは中(あたる)。ヨロシクね〜んかーのじょっ」
祝融「………………」

バリバリバリバリバリバリ

孟獲「ぎゃああああああぁぁぁあああああ!!」
大喬「…なんだかとっても変わったコミュニケーションをとる人たちなのね。」
小喬「うう〜ん………。」

これがほぼ毎日行われている事なのかと思うと、この孟獲大王という男もけっこう丈夫な人間…いや、人間業を超えた存在のようにすら思われたのであった。女好きのある種の根性なのか。



 それから程なくして二喬姉妹は建業へと帰ってきた。それはもう大量の果物や香辛料などを貰い受けて。…言ってしまえばその量が孟獲大王の「また来てねかーのじょ」的なメッセージでもあるわけだが。棚ぼたよろしく思った以上の収穫に、良牙やひろし・大介をはじめとする城中の者たちが喜んだ。もちろん某パンダもこれでカレーにありつけるとにやけている。


小喬「ちょっと日焼けしちゃったかな…すごい暑かったし…。」
周喩「よぉあかね。えらい収穫じゃねーか」
小喬「あ、乱馬。ただいま。収穫っていうより、向こうのご好意でたくさん貰っちゃっただけなんだけどね。」

かの大王に大変気に入られたわけで、現代でいうところの貢ぎの行為に似たところも感じられる。

周喩「ほぉーぅ。何か変なことされたんじゃねーだろうな?」
小喬「変なことって?」
周喩「いやっ…なんつーか、あそこの大王は女好きって聞いてたからよっ。本当ならおれが女の格好でもして行くのが一番だったと思うんだけど…」
小喬「あぁ…確かにそうだったかも知れないけど、でもあの大王さまにはちゃんと制止役のひとが居たから。特に問題は起きなかったわ」
周喩「へぇ…。制止役ね………」

制止役がいた→制止されていたという事実があった→ということは

周喩「(やっぱり手ェ出されそうになってたんじゃねぇかあかねのバカ)」

ということになるわけで。あかねに罪はないのだが、乱馬としては内心オモシロクない部分もあったようだ。

小喬「?」
周喩「…ふっ。なんでもねえよ。」
小喬「何よ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃなぃ」
周喩「べーつーにー。これからはやっぱおれが交渉人として行った方がいいなーと思っただけでい。」
小喬「そう?」

彼女の日に焼かれて少し赤らんだ顔が、健康的でありながらちょっと動揺を誘うものでもあったのかも知れない。一息吐いて落ち着きをみせた乱馬ではあったものの、胸の奥の拍と何かに対する心配のふたつが未だ収まらないでいるようだった。


 そしてまた違う所で、あかねの帰りを大いに待っている者たちがいた。その者たちは、乱馬・あかねが食堂に入った瞬間に動き出した。

周泰「帰ってきたんやなあかねちゃんっ。…ちょいと唐突かも知れんけどな、これから勝負に付き合うてんか!」
小喬「ぇぇっ?どういうこと右京…?」
周喩「、うっちゃん…」
程普「料理の腕で勝負ねっ!お題は南蛮から手に入れた香辛料を使て、カレー作りということある」
韓当「これは乱馬さまを懸けた戦い、負けた者はすみやかに乱馬さまから離れるという約束ですことよ!」
周喩「な、何言ってんだおめーら…」
周泰「乱ちゃんには審判をやってもらうっ!一番おいしいカレーを作ったもんを正直に勝者として認めてんか!」
程普「これはきわめて公平な勝負ね、宜しく頼むねっ」
韓当「もちろん勝利は我が手に渡るに違いありませんわ!おーーーーーほっほっほっほ!」
周喩「ぉ…ぉぃ………」

もはやこの3人の闘気を抑えることが出来る者はなく、そして当の乱馬の声すら全く届かないまま「女の決闘」は行われることになってしまったのだった。




二十二、そしてカレー



小喬「(だからってなんであたしまで…)」
周泰「さァ始めるでぇー!!乱ちゃんは少し待っといたってな!」
周喩「へーいへぃ。…まったく穏やかじゃねえ奴らだぜ。」

それで、本当に料理勝負が始まってしまったわけであるが。
右京・シャンプー・小太刀の三人はあらかじめ『カレー』について調べていたので、とりあえずどんな料理かは理解している。
ところがあかねはというとまったく何の予備知識もなく、突然このような状況に放り込まれてしまったものだから、何をすればよいのやらまるで見当がつかないわけで。

小喬「どうしよう…かれーって、一体漢字で書くとどうなのよ?どこの郷土料理なのかしら…」

この有り様である。

程普「(ふふ…あかね、やはり手こずっているようあるな。これであかねは脱落確実ね。)」
小喬「あ…そーだわ!シャンプーが「南蛮から手に入れた香辛料を使って」って言ってたんだから、きっと辛いものなのよね!」
程普「ぁぃゃ…しまた。」
韓当「(余計なヒントを…)」

 とりあえず得たヒントは“香辛料の使用”。これだけを頼りに、あとは何がどうなるのか自らも分からないまま手を動かすあかね。

小喬「ガラムマサラ…って、何に使うんだろ?と、とりあえずこれに合いそうな材料を混ぜればいいわよね!えっとはちみつと鶏ガラと…」
程普「ふふ…やはりあかね苦戦しているね。ワタシあとは煮込むだけ。」
韓当「わたくしもですわ。」
周泰「うちももうすぐやっ!」

あかねの無計画(無目的?)な作業とは対照的に、他の3人はもうじき完成の域まできている。

韓当「本当ならばここで一晩じっくり寝かせると、まろやかな仕上がりになるところなのですが…」
周泰「まぁ仕方ないんとちゃうか。乱ちゃんにまる一晩待ってもらうのも何やし。それでもうちは負けへんで。」
程普「何いうか右京!ワタシの力作に勝てるものないね!」

小喬「………できたっっ!!こんなんでどーかしら!」
韓当「まっ!?」

何が出来たかあかねの料理。味見もせず、ただひたすら食材をすりつぶしたり混ぜたりして最後に煮込んだ代物は、他の3人のそれとは明らかに違う香りを発していた。

周喩「あ、あかね…なんかものすごいバナナの匂いがするんだが…バナナなのかっ?」
小喬「うん、ここにある全部の香辛料にバナナとヨーグルトとはちみつを混ぜて、鶏ガラスープとトマトと一緒に煮込んでみたの。けっこうな自信作よ!」

カレーなのに。非常に甘ったるい匂いが漂っている。

韓当「鶏ガラスープとは、意外と当たらずとも遠からずなものを混ぜたようですわね。」
周泰「まぐれとちゃうかな。」
程普「何にしてもカレーっぽくはないね。」
小喬「うるさいわね〜、とにかく食べてみないとおいしいかなんて分からないでしょ!はい乱馬!」

周りに色々と言われながらも、炊きたての米(4人共通)の上にそのバナナフレーバーのルウをかけて乱馬の前のテーブルにどんと置く。それに合わせて3人も同時に乱馬の前へ自作のカレーを用意する。

韓当「わたくしのカレーは、現在欧州にて流行だというマッシュルーム仕立てにいたしましたわ。大人の味わいをどうぞ。」
程普「ワタシのカレーは特製・フルーツチャツネ入りのトロピカルカレーねっ!決してあかねのとは同類ではないね。」
周泰「うちのは和の国の山菜を使った和風カレーや!きっと乱ちゃんも気に入るでえ!」


というわけで、ここからは乱馬の試食タイム。とりあえず目の前に皿が置かれた順に、思い切って食べてみる。

はくっ

周喩「(…バナナだ………それ以外の何物でもねぇ…量の調節とか考えてなかったのかあかねのやつ…)」

パクッ

周喩「(これは…キノコか。確かに合うかも。)」

ぱく

「(甘っ!…いやでも、あかねのとは確かに違うな。ちゃんと味のバランスは整ってる。甘辛いっていうのか。)」

はぐっ

周喩「(あ〜うっちゃんっぽい味だなぁ。お好み焼きと同じダシでも使ったのかな。)」



周泰「…どや?乱ちゃん」
程普「乱馬っ!」
韓当「わたくしのが一番でしたでしょう乱馬さまっ。」

周喩「…う〜ん。」

最後に乱馬の口から、審判が言い渡されるのを待つ。当人はかなり考え込んでいるようだが。

周喩「うーーーん…」
小喬「はっきりしなさいよ乱馬っ。誰のが一番だったのっ?」
周喩「いや………」

4人が固唾を飲んで見守る中、乱馬はぽつりと言葉をこぼした。

周喩「カレーって何だっけ…。」

周泰「………」
程普「………」
韓当「………」
小喬「え…。」

周喩「どれが一番いいカレーなのかって聞かれても、考えてみりゃおれはカレーを知らない気がする。」

程普「…ぁぃゃ。」
小喬「ばっっ…ばっかじゃないのあんた!?それじゃなんで審判なんかやってるのよ!」
周喩「おれは勝手に連れてこられただけでぇっ!勝負の内容だってさっき聞いたところだし」

周泰「うちらがアホやった…最初から乱ちゃんにもカレーの存在を伝えるべきやったんか…」
韓当「うかつでしたわ…」

結局、まともな審査は出ることなく勝負は終わったのであった。




 その日の晩は、食堂全体でカレーパーティーとなった。
4人の作ったカレーに加え、かすみお手製のノーマルカレーが並んで皆で分け合って食べる。その中にはもちろん、最初に言い出した張本人である居候もいた。

孫堅「んまいっ!!この童心をくすぐるような何ともいえん味わいはどうだ乱馬!」
周喩「まぁ、うまいといえばうまいけどな…これ、かすみさんが作ったやつが一番普通な“カレー”なの?」
大喬「そうね。料理書に書いてあるとおりに作ったから間違いないと思うわ。」
周喩「おれ、これがいい。」
大喬「まぁ。お粗末さま。」

カレー勝負の行方はどこへやら、となってしまったが。食堂の方はかすみが戻って来たことによってそれまでの通りの再開となったが、一方でかの4人娘は、激しい争いを繰り広げることになりそうだ。

周泰「乱ちゃんはうちのもんやっ。」
韓当「乱馬様はわたくしのものですわっ。」
程普「乱馬はワタシの婿殿っ。」
小喬「(…なんでこーなっちゃったの?もう。)」



−あかねの手料理の巻、完−




作者さまより

注釈:

鎖骨…撃たれました乱馬くん。これは意外にも正史に載っている話なので、実話のようです。この辺もかっこよく書きたかったのですが、メモリの関係上カット(泣)その後のところから話をすすめてしまいました。

基本的に南蛮一帯を治めているのは、孟獲さまなわけですが、‘〜大王’という名で三国志に出てくる人物は色々いるわけです。あと‘〜洞主’というのも。これは名前というよりは通称、といった方がいいと思うのですが、それ以外に呼び名が伝わっていないんでしょうな。そしてその人たちはきっと面堂終太郎や竜の介といった人物が当てはまるに違いありますまいて…。

ちなみに祝融というのは大昔の伝説の、火を司る神の名前だとか。そしてその末裔とされた彼女(ここではラム)が、その名を受け継いで名乗っているわけです。でもラムちゃんだと火ではなく電撃ですよね…。むしろじゃりテンのが適役なのか。

カレーのレシピについては、自分が見てきた範囲で考えました。トロピカルカレーは、とあるカレー屋のオリジナルレシピなので具体的には書かない方向で。バナナカレーは友人が一回ネタで作ったものを、大雑把に書き表してみたんですが(笑


 私の母は、カレーにバナナを入れることが多々あります。また、健康に良いからと「カボチャ」がカレーに入っていたときはのけぞりまくりました。探究心が強い人なので、何でも挑戦したがるのです。料理にもそれを持ち込むことがあり、たまに、「何じゃこりゃ?」という料理が出てくることがありました。(一応、調理師免許を所持しているのですが…。)
 冷ご飯に残ったカレーにとろけるチーズをのっけて、オーブンで焼くと、カレードリアができます。これを作るほど、いつもカレーが残らないのが辛い我が家ですが(笑

 で、勝負は結局、どこへ?この時代の乱馬がカレーを知らなかったのも仕方がないかと思いつつ、楽しませていただきました。
(一之瀬的戯言)

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