◇時流想戯曲 三国志演義・呉
  第二  小覇王の巻

しょーすけさま作



五、この身を投じて



 劉表との戦いから帰還した夜のこと。おれとオヤジ、東風兄、良牙、それからおれと同じく軍師の肩書きをもつ者ども数名が本殿に集まった。領主の座のこと、それからこれからの方針について、話し合ったんだ。

孫堅「さて、孫策よ。わしはもはや戦えぬ…それに歳も歳ゆえ、以前から引退を薄々考えておったのじゃ。唐突な形になってしもうたが、わしの後………継いでくれるな?」


一同、しんとして誰も口を開こうとはしなかった。


食事の時とはガラっと変わって、東風兄も正常に戻っている。
体中が包帯だらけのオヤジと面向かって立っている東風兄…その表情は、どちらも真剣で、妙な程に固く、そして無念さをまとっていた。

孫策「………………はい。父上の意思を継ぐことに、…異存はありません。」

答えが出された。
東風兄は、このおれが見てきた限りでは、元来おとなしい方だ。だから本当は、天下統一を目指すなんて真似は、したいとは思っていなかっただろう。だが自分の父親がこうも無念のうちに夢破れてしまったのを見て、何かが変わったのかも知れない。
腕や額、腹などに巻いた包帯は、誰の目から見ても確かに痛々しかった。

孫堅「おお!やってくれるか!わしの意志を継ぎ、見事天下をその手に奪ってくれるのだなっ?」

孫策「長い戦いになると思いますが…やってみます。」

孫策…長沙の太守、孫堅の長男。その領土を受け継ぎ、さらに天下統一のために戦うことをここに宣言した。

周喩「(そっか………東風兄、本当に決意したんだな。)」

内心ちょっとばかり驚いた。でも、一緒に修行を積んできた仲として思うんだが、この腕を何のために使うのかって考えると…不自然な話じゃあないよな。
おとなしいけど、頼れる男なんだよ。心身共に強靭で、攻撃性はないけど、信義を貫いて戦いに身を投じた。これからは、おれ達はますます東風兄を頼り、ときに支え、共に戦うんだろう。

拍手がわき上がった。この場にいる全員が、新しい君主を迎え入れた。



 それから、具体的な方針の話に移った。天下統一のためには、戦いは避けられない。どこから制圧して、どこと外交をかわして、どこに注意しなければいけないか。ここで軍師連中がいろいろと意見を出し始めた。

軍師A「ここから西南に位置する‘南蛮’とは、当分の間仲良くし、貿易のお得意先とした方がよろしいかと。」
軍師B「現在は中国北方にて袁紹と公孫讃がにらみ合いを続けております。その隣の曹操にも注意を払った方がよろしいでしょう。いずれはこの中のどれかが頭角を現し、我らにとっても脅威となり得るはずです。」
軍師C「東の方では、豪族たちがあれこれ好きにやっているようです。中には「東呉の徳王」とかなんとか名乗って王様ごっこをしている者もいるとか。私見ではありますが、どの者も、さほど大した器とは思えませぬ。いかが致しましょう。」

周喩「…ってな具合だ。どうする?リーダー」
孫策「リーダーって…。う〜ん、そうだねぇ。南蛮には確かにお世話になってるから良しとして…今はなんとか軍の強化を図りたいね。」

東風兄の考えに、腕を組んでこくこくとうなずくオヤジ。

孫権「やはり戦乱の世を感じるな…。周りの連中に対抗できる力を築き上げ、近辺の制圧をしていきたい…そういったところか。」
周喩「この際、江東一帯をおれ達で平定した方がいいんじゃねえか?」

ちょっとおれからも意見をば。さっき言ってた「東呉の徳王」とかゆー奴を始め、まだまだ勢力が整っていない地方が東の方にはたんまりとある。面積にすればけっこうな広さだ。中国全土の、3分の1近くになるんじゃねーか?それをいっきに制覇してしまえば、人材の数も相当にふくれ上がる。北にいる強者たちとも十二分に戦えるようになるはずだ。

孫策「しかし、そんな事しようにも、ぼくらの兵ではまだまだ数が少ないよ。」
周喩「あ。」

…そーだった。隣も大したことないかも知れんが、ウチも言うほど軍を持ってない。

孫権「焦りすぎじゃねえのか、乱馬。」
周喩「う、うるせいっ。」

しかし、あんまりゆっくりしてると周りに先を越されてしまう恐れもあるぜ。かつて今から400年前、かの光武帝・劉邦は「先んずれば人を制す」という忠言を聞き入れてうまくやったって話じゃねーか。

孫堅「ふむ。わしの知り合いに、袁術という男がおる。そやつから兵を借りればよい。」

不意にオヤジが口を開いた。

孫策「父上、いいんですかっ?」
周喩「おお、それなら話が早えーじゃねえか。」

オヤジの話によるとその袁術という男は、ここから北どなり…つまり中国のほぼ中心に位置する場所を治めているんだそうだ。以前にオヤジとは、なんかいざこざがあったらしくて仲は良くなかったが、次第に和解するようになったんだとか。

孫策「では、袁術どのに使者を送ろう。兵を借りる許可が下り次第、江東一帯の制圧に乗り込むことにする!各自、武器と心の準備を怠らないように!」

そして一同は礼をして退出していった。

孫権「あ、そうだ兄上。」
孫策「何か?」

良牙がふと東風兄に尋ねた。

孫権「近くの農村で100歳になるばあさんが居るそうだ。何か表彰した方がいいかな?」
孫策「…君にまかせるよ。」






 話が済んだ後。おれは自分の部屋に戻ろうとすると、部屋の前で誰かが立って、おれの帰りを待っていた。
あかねだ。

小喬「乱馬、けっこう長いお話してたのね。」
周喩「ああ。色々とな…。」
小喬「色々って?」
周喩「ん?…ぃや………」

深刻な話をしてきただけに、おれの表情はたぶん固かったと思う。その顔をそっちの方に向けると、相手の方はというと何も考えていないかのような面持ちだ。なんだかちょっとだけ拍子が抜けてしまった。
あかねはまだ知らないんだ。これから、おれ達は本気で戦いに身を投じなければいけないことを。
ただ、その真っ直ぐな瞳を見たとたん、一瞬にしておれは人の温かさというものを感じた。…今まではまだ、少なくとも自分のまわりは平和な方なつもりだったけど、これからは違う。でも、この戦乱を乗り越えた先には、また平和が待っている。いや、今度こそ本当に、争いのない世界が実現できるかも知れないんだ。それを得るために、オヤジも立ち上がったんだ…。

小喬「ねえ乱馬ってば。何を話してたの?おじさまもいらしたんでしょう?」
周喩「ぁ、ああ。いちから話す。中、入りな。」

いけね、あかねの目を見たとたん急にぼうっとしちまった。

ちょっとドギマギしながら、おれはあかねを部屋の中に入れて、事の始終を話した。あかねは特に、あれだけ元気だったオヤジが領主…というか天下統一のために戦う君主の座を、東風兄に渡したことに驚いたようだ。

小喬「おじさま…やっぱり自分が負けたことがショックだったんだわ。」
周喩「そうなのか?」
小喬「救護室で治療を受けている間も、うなされてたの。「わしには八宝斉ひとりも倒せんのか」って…。」
周喩「オヤジのやつ…。」

相手がわるかったのかも知れない。けど確かに、敵の策にもしっかりはまったわけだしなぁ…オヤジの武命はそこで終わったんだ。
ただ、
オヤジの遺志は次の代に継がれた。オヤジの無念の借りは、おれ達が必ず返す。
できれば一世一代で、オヤジが生きてるうちに、太平の世を見せてやりたいものだ…。

周喩「あかね。」

小喬「何…?」

周喩「おれ達はこれから、戦いどおしになる。天下を統一する日まで。」

小喬「………………。」

周喩「だからだな、その…それまで、………………」

小喬「………………。」

周喩「それまで、………………一緒に………」

どたっっぼてぼてぼてっっどんがらっしゃっっっっ

周喩「んっ?でぇぇええええっ!?」
小喬「ぇえっっ!?」

部屋の入り口の方で、兵が数人ころがって倒れている…。

兵「し、失礼しました〜っ!」
兵「いや、ちょっと通りがかっただけで…失礼しました〜!」

………見られたーーーーーーーーーー!?




六、出陣



孫策「袁術どのから兵3000を借りることができた!これより我らは東方の制圧に乗り出す!」
兵「オーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

本日は晴天なり。兵も集まった。城の前にずらっと並んで、確固たる意気込みをみせている。
城に残る者たちも全員見送りに出てきていた。

小喬「本当に兵を借りることができたのねっ。一体どんな取り引きをしたの乱馬?」
周喩「ふ。劉表から取り返した伝国の玉璽、あれを担保として渡したのさ。」

そう、取り引きってのはやってみるもんだ。まさかオヤジ以外にも玉璽を欲しがるようなのがいるとは思わなんだ。
が、その事を口にした瞬間、おれの背後からものすごい気配が…。

孫堅「…ぶわっかも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んんん!!取り返したばかりの玉璽をまた手放すやつがあるか〜〜〜〜〜〜〜!!」
周喩「だぁぁっっっ!?だ、大丈夫だって!兵を借りた分だけ返せば、ちゃんと玉璽は返ってくるんだからよ。」
孫堅「たかだか兵3000と伝国の玉璽では、重みが違うわぁっ!」

そこまで大げさな言い方しなくてもいいだろうよ…仮にも人の命あずかってんだから。

孫策「じゃあ行くよ。乱馬くん、準備はいいかい?」
周喩「あ、ああ。じゃあ、行ってくるぜ。」

ちょっと後ろをふり返ってみた。
みたんだけど…。

小喬「みんなーーー!ちゃんと生きて帰ってきてねーーー!」

いつの間にかあかねは前に乗り出して、兵たちに応援をとばしていた。兵の方からも歓声が上がってやんの。

大喬「みなさん、がんばってくださいね。」

かすみさんは早雲おじさんをはじめ、武将たちの方に声をかけて回っている。

孫策「カ、カスミサンッッ!いぃ行ってきまス!」
孫堅「うむ、行ってくるがよい!わが息子たちよ、戦果を期待しておるぞ!」

「おおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」




さて、馬に乗って、おれ達は行進を始めた。赤く染まる「孫」の旗を掲げ、目的地へと…。
しばらく、おさげ髪のままでいることにするか。これがおれのメインの髪型になりそうだ。




黄蓋「さあ、ここからは敵地だ。気をひきしめていこうぞ。」
孫策「できれば無血入城、といきたいくらいだけどね。」
周喩「なんせ相手も血気にはやる豪族どもだ。そう簡単にはいかねえだろうな。」

まあ前回の劉表と同なじこった。おれ達の目の前にそびえ立つひとつの城。恨みはねえが、いっちょ蹴散らしてやるか。

孫策「我こそは長沙の太守、孫策なり!これより、江東一帯を我が地とし、呉郡を得て‘呉の国’を建てるものとする!城の者よ!異存がなければ投降されよ!さもなくば、全力でお相手しよう!」

東風兄の宣告が、敵の城へと響き渡る。そしてしばらくすると…。

どどどどどどどどどどどどどどどどどどど

敵兵「ふざけるな〜!」
敵兵「この地は誰にも渡さ〜ん!」
敵兵「敵の主将の首を獲れ〜!」

出てくると、いうわけで。

周喩「おおしおめーら、敵が参ったというまで叩くぜ!」
味方兵「おお〜〜〜〜〜〜!」
味方兵「いくぞ〜〜〜〜〜〜!」
味方兵「負けるもんか〜〜〜〜!」






翌日。
速攻で決着はついた。
というのも、敵の将軍のうちの2人組がこちら側に寝返ったからだ。
城の前まで攻めのぼるや、いきなり内側から門が開けられた。そこからは敵も混乱して、あっという間にカタがついたってわけ。

孫策「いやあ助かったよ。おかげでずい分と早く勝負がついた。君達の名前は?」
周泰「うちの名前は周泰(しゅうたい)、あざなは右京やっ!このたびは孫策どのの門下に入れてもらいたく、参上つかまつった。」
蒋欽「蒋欽(しょうきん)ですっ。あざなは翼(つばさ)、よろしくネっ。」

周喩「………………ん!?」

孫策「どうしたの乱馬くん?」
周喩「…もしかして、うっちゃん?」

周泰「久しぶりやな、乱ちゃん!」

そこにいたのは。同じ姓をもった、いとこの右京だった。
確か屋台ひとつで父親と旅をしていて、おれとは小さい頃に会ったきり…それが今は、となりの城の将兵になっていたとは。
懐かしいなぁ〜。しみじみ。

蒋欽「右京さまの、知り合いですか?」
孫策「乱馬くんのお知り合い?」

周泰「そや。」
周喩「まぁな。」

なまりのある喋り、それを聞くだけで紛れもなく、うっちゃんだと分かる。長い歳月のへだたりを全く感じさせないくらいだ。
そんなわけでこれからはうっちゃんもよろしく、と。つばさってコもうっちゃんを慕ってついて来たみたいだ。

周泰「また仲良うな、乱ちゃん!」
周喩「おぉ!また昔みたいに一緒に稽古しようぜっ。それからこっちも…」
蒋欽「…ふんっ、葉隠突撃流・蒋欽翼よ。人はわたしのことを紅のつばさと呼んでるわ。」

ん?
何故か挑戦的なもの言い…おれ何か悪いこと言ったか?
服装が赤で統一されてるから、紅のつばさって呼ばれそうなのはわかる。
しかし目の中に炎がメラメラと立ってるのは何故だ。

蒋欽「あなたには負けなくてよ。じゃあね。行きましょ右京さまっ。」
周喩「…?」

うう〜ん…わからん。




 さて、まだまだ戦いは終わったわけじゃあない。ひとつ城を制覇して、ちょっと手持ちの兵が増えただけだ。この勢いで東の端までいけたらな。
新しく仲間になったうっちゃん・つばさコンビにも、即戦力の将軍として1小隊を与えた。つってもまだ新参者だから、今回はおれが付きっきりってことになる。
ところで、うっちゃんとは昔の知り合いだから積もる話もあった。どういった経緯で屋台商人の子が軍に入ったのか。それから、うっちゃんの服装…中国のものじゃない。和服ってやつだ…これがど〜も気になる。
移動の休憩中に、ちょっと尋ねてみた。

周喩「なあうっちゃん、今までの間、何があった?」
周泰「うちか?…そーやな。色々あったわ。」

おれは、ずっと長沙に住んでいて、代々が軍人の出だから何を考えるでもなくに軍に入り、それからは…あかねを経由して、たまたま東風兄と出会って…おかげ様でずい分な職に就くことができている。うっちゃんはどうなんだろう。
うっちゃんは、人群れから外れたところで空を仰ぐようにして座り、しみじみと語り始めた。

周泰「うちは迷い子や。今の今まで、ろくな事はなかった。屋台は海賊に奪われ、その仇を討つために腕を鍛えて殴り込んだつもりが…結局は捕まって、もともと帰る所もなかったうちは、そのまま海賊になった。ミイラ獲りがミイラになってもたんやな。それから数年、海賊どもに囲まれて、うちも喧嘩強くなったつもりや。そしてそこで、つばさとも出会った。」
周喩「海賊…やってたのか。じゃあその服は………」
周泰「そや。これは、倭の国(今の日本)との貿易でもろた代物や。海賊ゆうたかて、なんでもかんでも強奪して食い寝してたわけやないさかいな。でもやっぱり、これでええんかって思うようになって…正面きって海賊やめるって申し立てて、抜け出したんや。そこで付いてきてくれたんは、つばさだけやった。」
周喩「そういう仲だったんだな。つばさは単なるおっかけではなく…。」
周泰「そやなあ。ちょっとしつこすぎる部分もある気もするけどな。びっくりするくらいどこまでも付いてきてくれるやっちゃ。…それで、うちとつばさに出来ることといえば、倭の国の変わった料理と、あとは喧嘩くらいなもんやったから、どっちをやろうか思て。しばらく悩んだけど、考えてみたら屋台があらへん。っちゅーわけで、生まれ育ちのことは一切忘れて、軍に入ることにしたんや。」
周喩「それで今に至る、ってか。しかしなんで、ウチの軍に寝返ったんだ?」
周泰「それは………そやな………強い男に惹かれた、それだけのことや。今も昔もそーゆーとこだけは変わらへんから。」

それだけ言い終えると、うしろの方を振り返り、立ち上がって新しい仲間のところへ溶け込んでいった。
うっちゃん…昔は毎日、商人の子でありながらおれの稽古相手をしてくれてたけど、好きで稽古に付き合ってくれてたのかな…昔はそんなこと一言も云わなかったくせに、ニクい男だぜ。






「いかん、孫策の軍が攻めてくるぞっ!」
「誰か止めに出る者はおらんか!」
「このままではこの城も乗っ取られるぞ!」

「俺が先鋒に出よう。」

「おお、そなたは…何て名前じゃったかな?まぁ誰でもよいわ、他に出る者はおらんのか!」







「いないようだな。まあいい、俺ひとりで孫策を討ち取ってこよう。」
「はっ?おぬし何を考えとるのじゃ…?」
「心配いたすな。すぐに戻る。…では行って参る!」
「………………行ってしもうた。猪武者とはあやつのことじゃな…。」




七、我が名は太史慈なり!



 しばらくの行軍の末、次の城の近くまでたどり着いた。この峠を越えれば城だという所で、おれ達は駐屯することにした。時が来ればこっから出陣する形になる。

孫策「乱馬くん、この峠の上にはかの光武帝を祀った廟があるそうだ。ちょっとお参りに行かないかい?」
周喩「峠の上って…敵が隠れてたりしたら危ねーんじゃねえか?」
孫策「大丈夫だよ。光武帝の御加護があるさ。」

ぉぃぉぃぉぃ大丈夫なのか本当に…まあ縁起かつぎと思ってちょっと寄るだけのことだから、敵に見つかることもないかとは思うけど…。

周喩「う〜ん…うっちゃんはどうする?」
周泰「うちは賛成や。」
蒋欽「右京さまが行くのなら、わたしも付いていきます。」
周喩「…おじさんは?」
黄蓋「私も賛成だよ。我らの成功を祈るべくお参りに行くのだろう乱馬くん?」
程普「わたしも行くねっ。」

…しゃあねえ奴らだぜ。おれひとりじゃ止めれそうにない。しっかしこれだけ主要メンバーが揃いにそろってお参りに行きたがるとは…。

韓当「わ・た・く・し・も!お連れになってもらいとうございます乱馬さま!」
周喩「でぇえええぇえ小太刀!?おめぇいつからついてきてたんだっ!?」

突然、目の前(10センチ)に姿を現したのは、早雲おじさん、シャンプーと同じくオヤジの旗揚げ当時から付き添っている韓当。あざなを小太刀とゆー…シャンプーとは似て非なる女武将である。とりあえず味方として見ても、何かがコワイ。

周喩「…わーった、わーったよ。じゃあ行きたいやつだけ行ってきな。おれはここに残っとく。」

「「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」」

周喩「………………………」

…結局、おれは小太刀に後ろ襟首をつかまれ引きずられながら、峠の上にある光武帝の廟へと赴くことになった。

程普「あいや、小太刀っ!おまえ乱馬をそんな猫みたいな扱いする、よくないねっ!」
韓当「何をいうっ!乱馬さま、もう間もなく峠の頂ですことよ。」
周喩「小太刀…ちょっと苦しい………息が………」
韓当「もう少しの辛抱ですわ。」
周泰「…乱ちゃん、いつもこんな感じなん?」
周喩「いやっ………ぐ、苦じ…」

しばらく小太刀に引きずられ、息の根あやうくしていたんだが…実際に峠のいただきに着くと、なかなか眺めがよくてちょっと感激した。

周喩「お〜〜〜すっげぇ見渡しいいじゃねえか。きれいな景色だぁすげーすげー」

黄蓋「乱馬くん………」
周泰「いちばん来たがってなかった割りに…」
程普「ものすごいはしゃぎようね。」

それで光武帝を祀っている所は、と。
ん?それらしいほこらがあるけど…なんだかずいぶんボロっちくなってんなあ。

孫策「…わたくし孫策が無事に江東を平定し、父の遺した地盤を確固たるものにできました暁には、ただちにこの廟の建物を修復し、四季おりおりの祭りを執り行ないましょう。どうか御見守りくださいますよう…」

お香を炊いてから、東風兄は光武帝に向かいひざをついてそう述べた。
そうして祈祷を終え、用は済んだ。
とはいえ、な。こんだけ見渡しがいいと、つい考えてしまうことがある…。

周喩「ぉ、もうちょっと向こうまでいけば敵の陣営も見えるんじゃねえかっ?」
孫策「乱馬くん、それはちょっと…。」

駄目か。



さて、お参りも済んで、なんとか無事に峠を下りられるかと思った矢先のことだった。
突然、真上の崖の方から声があがった。

「ふははははははっ!見つけたぞ、孫策!!」

敵襲かっ!?そう思い、一斉に構えたが、相手は一人だけだった。
崖の上から豪快に飛び降り、ずしんと音を立てて着地した。

「…どいつが孫策だっ?」

蒋欽「あんた誰?」

相手はどうやらおれ達の顔までは知らないようだ。東風兄がハイと手を上げるや、また声を張り上げて名乗った。

太史慈「我が名は太史慈(たいしじ)、あざなは子義なり!孫策を生け捕りにするためにわざわざ来てやったのだ、いざ勝負しろ!おまえ達が束になってかかってきても全員相手してやるぞっ!」

ほぉ、大した肝っ玉だな。イカツイ鎧に二本の角が飛び出た兜、手に持っている槍は刃が3つに分かれた形をしている。
あざなは子義か。聞いたことのない名だよな。

程普「ならばわたしが最初に相手するねっ!」

シャンプーが一番手を申し出たが、その時うしろから東風兄が乗り出した。

孫策「いや、皆はさがってて。ここは僕が相手しよう。」
程普「、本当によいのかっ?」
韓当「まあ!とのの御身に何かあられては…」

まわりは心配したが、ここは東風兄の腕の見せどころだ。

孫策「任せてよ。」

そう言って全員を押し止め、相手に合わせて槍を持ち出し、太史慈の前に出た。

周喩「…危なくなったら助太刀するぜ。」

とりあえず万一のときのために、おれらも場外で武器を構えておく。
東風兄の実力に敵う者はまだ見たことがないが、オヤジが八宝斉に敗れたことがおれ達の脳裏によぎる。早雲おじさんも顔つきは険しい。

太史慈「では、参る!」
孫策「いざ!」

両者は槍を構え、激突した。

ガンッ!!と大きく音をたて、ぶつかった反動を利用して互いに体を回し、また構える。重い金属同士がもの凄い力でぶつかるのだ。その度に火花が派手に飛び散る。その赤い閃光は何度となく放たれ、かけ声と槍の衝突する音が響く。

程普「(…どちらも相当な腕前ね。)」
周喩「(太史慈…やるなあいつ。)」

一騎打ちは長い時間つづいた。両者とも汗が顔を濡らし、手の痺れもそろそろ限界に近づいてきたようだ。
かと思うと、今度はそろって槍を投げ捨て、素手で戦い始めた。こうなると命の心配もなくなり、おれ達は応援の声をかけるようになった。

周喩「東風兄ぃー!負けんなー!」
程普「ファイトねーっ!加油(ジィアィオー)!加油!」
*加油:火に油をうんぬん、ということでファイト!の意味。
周泰「根性でっせ根性ー!」
蒋欽「頑張ってね〜〜!」

太史慈「ほぉ〜なかなか人気者ではないか。ふんっ!」
孫策「ぅぐっ!…まあねっ。これでもひとりの君主なのさ。はっ!」
太史慈「ぉごっ!………ふ・ふ・ふ…やるな。」

しばらく格闘戦が続いた。つかみ合いになったりして、互いの鎧の紐がはずれ、胴が外れたり、兜をとられたり。
太史慈がボレーキックを繰り出せば、東風兄は奪った兜を盾にして防ぐ、といった具合だ。

しかししばらく二人の格闘に見入っていると、太史慈の後方からついに敵軍がやってきた。

黄蓋「むっ、いかん!敵が攻めて来おったぞ!」
周喩「おっ?いけねえっ!格闘観戦に熱中してて今の状況を忘れてたぜっ!」

孫策「あいにくだけどこれまでのようだね。」
太史慈「勝負は着かなかったな。残念だが、これで失礼する。」

太史慈は乱れた鎧を直しながら軍の方へと引き返し、東風兄も姿勢を立て直した。

周喩「…やべえな。敵軍、およそ千人はいるぜ。」
周泰「はやいとこ味方を呼ばな!」

こっちは東風兄とその配下の武将が顔を連ねているだけ。各武将の付き添いマネージャー君(脇役)を合わせても、たったの十四人しかいない。

周喩「じゃあ小太刀っ。一瞬でふもとに戻って援軍を呼んでくれ!ちょっとの時間ならおれ達で耐える!」
韓当「かしこまりましたわ!3分で戻ってまいりますっ!」

言うと小太刀は飛び降りるように坂を下り、交替するように敵の群れがおれ達を覆った。

敵兵「覚悟っ!」
周喩「そう簡単にくたばるかよっ!」

残った十二人で、押し寄せる群れを蹴散らしつづけた。
爆発的な勢いで、倒れた敵兵は山積みになっていった。
やがて小太刀が味方全軍を連れ馬に乗って攻め上ってきたので、そこで敵は散り散りになった。

孫策「もはや居場所はバレてしまった。我らが勝ちペースであるうちに攻めきろう!」

東風兄が檄をとばし、味方軍は一斉に峠を越えた。
敵の城にまで乗り込み、一息で制圧せんと全員が鬼のように戦った。
…ただその中で、太史慈が再び姿を現すことはなかった。そういや最初に出てきた時もたった一人だったが…あの甘寧みたいに、あまり重用してもらえてなかったのだろうか?

太史慈との再戦もなく、城は占拠された。

孫策「太史慈どのはどこに行った。もう一度会いたいんだ、探してくれないか。」

東風兄の頼みもあって、太史慈は捕らえられ、縄で縛られて連れてこられた。

孫策「あぁちょっと、こんな扱いすることないのにっ。」
兵「い、いやしかし…」
孫策「この人はもはや僕の知り合いだ。孫策が招いていると一言いえば、ここまで来てくれただろうに。」
兵「はぁ…。」

東風兄はあわてて太史慈の縄をほどき、話し始めた。

孫策「…君のような快人物が未だ出世していないなんて、おかしい話じゃないか。僕は君のことが気に入った。仲間となって、共に乱世を戦い抜こう。」
太史慈「しかし、俺はお前の命を狙ったんだぞ…?」
孫策「気にしてないよ。戦場ならよくあることさ。これからは、君とはいい関係を築きたい。」

東風兄の眼は、一人の武人として、乱世を戦う者として強く輝いていた。
以前は家で訓練をしているときとか、おれとかかり稽古をしているときに見られた眼に似ている。いや、今日この時の眼は、それ以上に力強く思えた。オヤジから受け継いだ意志が、そうさせているのか。

太史慈「………あい分かった。俺、いや私はこれより孫策殿に忠誠を誓い、身命を賭して戦うことを約束する!」
孫策「うん、よろしく!」

太史慈、あざなは子義。頼もしい仲間が出来たと、東風兄は心から喜んだ。
なんせ東風兄と互角に戦ったんだ。それだけで、力量は相当なものだとわかるだろう。






 ふたつ、豪族をこらしめて城を制圧した。制圧が済んだところから、そこの街に住んでいる民を安心させるべくちょっとした条例を敷いた。

『金品奪うべからず!』

うん。領土を占拠したからって、そこにあるものを洗いざらい奪い取ろうってわけじゃあない。民にはこれまでどおりの暮らしをしてもらうさ。
こうすることで住民はおれ達を自然と迎え入れてくれるようになり、兵に志願してくれる者も増えるってわけ。
おかげで我が軍は何万にも膨れ上がっていくことになったんだ。




ラストスパートをかけるように、東の端まで駆け抜けた。最後は「東呉の徳王」と名乗っていた厳白虎(げんぱくこ)の征伐に乗り込み、力を合わせてこれを倒すことができた。

厳白虎「ぐっ………この王ともあろう身が、このような輩に討たれるとは…」
周喩「おいおいこの期に及んでエラそ〜だなぁ。いい加減観念したらどーだっ。」
孫策「これ以上抵抗しないなら、命までとろうとは言わない。ただ武器と地位はあきらめてもらうけどね。」
太史慈「もはや貴様に味方する者もおらぬ!おとなしく降参しろ!」
厳白虎「………………無念!」




 呉郡はここに平定された。孫堅・孫策軍は‘呉軍’と名を替え、勢力は以前と比べ物にならないほど拡大された。
おれ達は長沙に凱旋し、一晩中大いに祝った。オヤジも手を叩いて喜び、早雲おじさんと一緒に酒を片手にわいわいやっていた。
これ以来、東風兄は「小覇王(若き覇王)」と呼ばれるようになるんだ。見事な功績だ。





孫策「みんなのおかげで、呉の国は成った。これで天下統一の夢も、もしかしたら実現できるんじゃないかって、思えてくるよ。」
太史慈「うむ、ごもっとも。とはいえ、これからは容易くはいくまい。北には劉備、曹操、そして呂布がまだ争いを続けている…。」
孫策「名門の出の袁紹、北の端の公孫讃にも注意は必要だってね。………………今宵は月が綺麗だよね。」
太史慈「………ああ。確かに。」

孫策「あのとき、もし君が僕を捕まえていたら、やっぱり殺したかい?」
太史慈「さあ…それはわかりませんなぁ?ははははっ。」



小覇王の巻・完




作者さまより

注釈:
さてここでも指摘しておきたい点がちらほら。

まず字の間違いから。軍師連中の話の中に、公孫讃(こうそんさん)なる人物が出てきますが、讃ではなく、…言べんではなく王へんです。個人的に応援したくなる人物なのですが、言う程いいトコロなかったみたいですね…。呉のシナリオではあまり縁のない人物なので、名前だけの登場となりました。

あと「城」がちょくちょく出てきますが、たいていは高い城壁があって、その中に街があって、その中央に宮城があるという…戦乱ゆえに城壁はすべての街に建てられたんでしょうな。そして城のイメージですが、実際に三国志のゲーム(特にパソゲーの方)をプレイされるか、十二国記などをご覧になってはいかがでしょうか。けっこう細かいところまで見ることができるので僕は好きです。

袁術と孫堅については、このストーリーが始まる前の段階、孫堅やその他の武将らが悪者を討つべく洛陽の都に上った時に、いざこざがあったのです。その辺は話すとすっげぇ長くなるので、今回は‘過去の話’ということで。

玉璽をカタにして袁術から兵を借りた、というのは本当ですが、これを提案したのは孫堅でも周喩でもなく(孫堅はもう死んでますからねぇ)孫堅の元従事だった朱治と、袁術配下の参謀・呂範という二人。実際の三国志にはこんな感じでたーくさん人物が出てくるんですなぁ。

太史慈の持っている武器、三刃の長槍ですが、これは袁術配下の将・紀霊のものをパクって考えたやつです。それぞれがどんな武器を持っていたかというのは情報がまちまちなので、勝手に考えることもたまにあります。ゲーム三國無双なんか太史慈は2本の棍棒ですしね。

それと、周喩と周泰の関係ですが…多分、いとこでもなんでもないです。偶然にも姓が一緒だったので、勝手な憶測で設定に付け加えてしまいました。あと周泰・蒋欽が海賊(本当は長江だから河ですけど)だったのは本当ですが、和服を着ていたかどうかは…そもそも日本はまだ邪馬台国の時代でしたっけ?

あと、孫策という人物像についてなのですが、ここでは東風兄こと東風先生を当てはめているために、おとなしい人になってしまっています。が、実際はむしろ正反対かも。かなり攻撃的で、でも仲間にはジョークをとばすような快活な人物だったそうな。江東制圧の際に、ひとりの武人としてのとんでもない武勇伝が生まれているのですが、ちょっと東風先生のイメージからは外れるのでここでは伏せておきました。


乱世の中に生まれる英雄。その影を支える人々。
様々な人間模様を重ねながら、乱世を生き抜く乱馬(周喩)の活躍。以後の展開も目が離せません。ご期待ください。
(一之瀬けいこ)

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