◇らんま1/4 PART.3
しょーすけさま作


六、りょーが1/4?


 日も暮れてきてここは天道家・屋根の上。車が道路を通るのが真下に見える。上を見あげれば空は暗さを持ち始め、きらりと一番星が光っているのがわかる時間となっていた。
そこで良牙、ムースと、先ほどの九能帯刀との暴走デートから開放されて戻ってきた乱馬が、三人で小円陣をつくってまるで密談のように話を始めた。

「つまりおれは、何かのせいでもっと変な体質になってしまったみたいなんだ。」

胸中複雑な気持ちで語る乱馬。
「………それで、なにか心当たりはねえのか?乱馬。」
良牙がその経緯を問う。
「さあ…よくわかんねーんだけど、ただひとつ、ハッキリと判明したことがある。」



冷たいものを飲むと性格が変わり、温かいものを飲むと元に戻る。
これはまさしく、水をかぶると女になり、お湯をかぶると男に戻るのと同じ法則性。
つまり呪泉郷のなにかが関係しているんだと思う。
だが、


…一体どこでそんなものを?




「みなさーん。肉まんが蒸しあがりましたよー。」
かすみがぞうりを履いて庭に出、屋根を見上げて呼びかける。
屋根の上の三人は、進行に詰まった会話を中断し、下へと降りた。

「お二人もどうぞ召し上がれ。」
ほくほくと湯気をあげた山積みの肉まんが用意され、三人にすすめられる。
「あ、どうもすみません…。」
「かたじけないだ。」
「いっただきまーす。」
さてここで乱馬は、その肉まんを手にとって、食べる前にふと思った。
「(…あかねのお手製とかすみさんのお手製じゃ、やっぱ違うよなぁ。)」
その間に残りの二人は何の気なしに肉まんにパクつき、あっという間におひとつぺろり。

そして、二人は突然何かに目覚めたように、がばっと立ち上がり叫んだ。

「………かすみさんっ!!この恩義は必ず返させていただきますっ!!」
「おらはこんな所で油を売っている場合ではなかっただ!!そうじゃあ、たとえ閉店時といえども一分一秒でも猫飯店の手伝いをせねば…ぅおおおおおおお」
「なっ…ちょ、ちょっと落ち着け!どーしたってんだ二人とも!?」

「お茶をどうぞ。」

興奮やまぬ人に、かすみさんのお茶。これがあれば話の勢いがすべてクリーンナップされて、会話の輪をもち直すことができる。
この突然叫び出した二人にも、あったかいお茶が白い瀬戸焼の湯呑みで出された。
さて良牙、ムースも正気に戻り、一息ついたところで乱馬が冷静に質問を立てた。
「かすみさん、何を肉まんに混ぜたらこんな……?」
その肩越しに指差された後ろの二人はがさつに抗する。
「こんなとはなんじゃ。」
「おれが何をした。」
もちろん乱馬同様、どうかしてしまった時の自覚はないのだ。
「新しいだしの素を使ってみたのよ。猫飯店からいただいた…」
そう言われてみて、乱馬がはっとする。
「それか!?もしかしてそれが…」

だしの素だと思って使ったが、実はだしの素ではなかったのではないか。
最初から添え書きには『お湯に入れるよろし』としか書かれていなかったのだ。

乱馬が台所からその疑惑の元である粉を取り出し、茶の間のテーブルに置く。
「もしかすると乱馬、これは即席溺泉の素なのでは…」
「まぁ…。」
「い、一体なに溺泉なんじゃろうか。」
「そうだな…さっきのおめーらの言動からするとこれは…」




  善  男  溺  泉  。 




善人になってしまう呪い的泉、善男溺泉(シャンナンニーチュアン)であろう。
当初はシャンプーも「男溺泉」のつもりで天道家に贈ったのだろうが、なんだか余計な一文字がくっついたモノを買い取らされてしまっていたようだ。…いちばん悪いのは、かの行商人のようである。


とどのつまり、呪泉郷の呪い的泉の水とは。
その水に溺れると身体が変化し、その水を飲むと性格が変化するものである、と。
そんな事実が発覚したのであった。


「そうか…ということは、もし呪泉郷で落ちたときに水を飲み込んでしまっていたら、俺は身も心も豚に…」
「おらは身も心もアヒルになってしまっていたとゆーわけだか…。」
「「おそろしい…。」」
確かに思い返してみれば、見た目だけでなく中身まで変貌する人物もいたように思われる。自然を愛する僧正だとか、さる国の闘神だとか。
「それにしても、おめーらも食っちまったな。即席溺泉入り肉まん…」
そう、もはや乱馬だけの問題ではない。良牙、ムースも被害者となってしまったのだ。
「…てめーのせいだっ!」
「な、なーんでおれがっ!」
「おのれが早く気付いていればおら達も巻き添えを喰わずにすんだはずじゃあ!」
どつき合い勃発。
ここでかすみは「お夕飯の仕度しなくちゃ。」とその場を退いた。
「ちくしょう、乱馬に付き合ったせいでおれまで余計ヘンな体質に…」
良牙は気をためている。
ムースと取っ組み合いしていた乱馬がそれに気付き、とっさに後ろへ1歩さがる。
「あああなんておれって不幸なんだーーー!!」
「それは、こっちのセリフだぁーーー!!」

「「獅子咆哮弾ーーーー!!」」

二人同時に発射。あわれ間に挟まれたムースがその餌食となってしまった。
「のぎゃぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
はるか遠くへ吹っ飛ばされ、場外ホームランとなった。一丁あがりといったところか。
さらに良牙は乱馬の肩をつかみ、殴り倒そうとかかるが、すかさず乱馬はつかまれた勢いでそのまま池に飛び込んだ。
女と小ブタがしばらく争いを続けるが、やがて「観念しやがれっ」の声と共に小ブタは黄色のバンダナをつかまれ、ひょいと持ち上げられてしまった。
ケンカが一段落ついたところで乱馬は軒にあがり、その良牙をつかんだまま座り込む。
「おれもおめーもムースも、身体1/2性格1/2で、1/4だ。」
宙吊りにされたまま良牙は、まだ抵抗の目つきで相手をにらんでいる。
「おめーのばあい、良牙1/4ってとこだな…」
「量が1/4?何のはなし?」
「でぇっ!?あかね!?」
「クィーーーーーッ!」
背後から突然あかねの声がしたため、乱馬および良牙は心臓が飛び出るくらい驚いた。もしかすると良牙の変身体質、見られたかっ!?動揺しながら乱馬が後ろに立っているあかねに尋ねる。
「い、いつからそこにいたんだよっ?」
しかしあかねは、良牙がもっとも恐れていること…つまり往年の変身体質にはまったく気付いていないようで、何気ないそぶりで答えた。
「今2階から降りてきたところよ。って、Pちゃんに何やってのよっ!」
そう言って「Pちゃん」を乱馬の手からひょいと取り上げ、自分の腕の中にもぐらせる。

「あ、乱馬、あのね…」
「な、なんだよ」
あかねもその場に座り込み、乱馬と面向かったところで、思い出したように気まずさを表に出して話し掛けた。
「乱馬…あたしの料理が下手になった原因、さがしてくれるって言ってたけど、やっぱりあたしが自分で何とかするわ。」
「ん?」
乱馬の頭上には「?」が点灯している。なにせ乱馬が「おれが原因をつきとめてやるっ!」と言ったのは、当人の性格が善人になっていた時、つまり記憶がない部分の話なのである。
とりあえず、そんな事を自分が言ったとして、それとてズバリお門違い。悪いのはあかねの料理ではなく、自分の体質なのだから。
考えながら乱馬は言葉を返した。
「……あ、ぃゃあかね、それはだなー、おめーが悪いんじゃなくて…」
「いいのよ、気にしないで。それよりね、乱馬…」
その乱馬の言葉をさえぎって、気にしないでと返す。なにせ「あかねは悪くない。」も乱馬の口から既に聞いているセリフである。さらにあかねは何かを話そうともち掛けた。
しかし、少しためらっているようだ。
2、3秒の間があいて乱馬が口をきいた。
「な、なんでえ?…」
その言葉にうながされて、あかねは思い切って乗り出した。

「もう一回、料理作っていい?」

眼はどこか潤い濃く、その言葉を口にしたとたん、何かを恐れたように身体が勝手にこわばり、血の気が引くような感覚をあかねは覚えていた。それまで暗黙の了解のように保たれていた均衡を破る時などに、いつも訪れる感覚。言葉と同時に自分のすべてが投げ出され、無防備になってしまう。あとは相手の返答を待つだけ。そして返答次第で、自分はどうとでもなる。
この真剣な眼差しのあかねに対し、乱馬はきょとんとした表情に変わった。ちょっと後ろにもたれかかるように背筋を伸ばし、頭をかいて答えた。
「別におれの許可を得なくても…」
「作っていいのっ?ありがとう乱馬!頑張るからねっ!」
言うや否や、彼女は笑顔で台所へと走っていった。
「…なんで??」
ぽつねん、と残された乱馬。口が開いている。
性格がおかしくなってしまうのはあかねの料理のせいではない、ということはもうすでに分かっている。
そのため別にまた作っても、これ以上の問題は起こらないからいいかと思って、OKを出したのだが。


…なんであんな真剣に?
ありがとうって…どっからでてきたんだ?


「…あ、あかねのせいじゃなくておれの体質のせいだって、言うのを忘れてたっ。」
いま伝えに行こうかと思ったが、程なくして奥の方から「でりゃりゃりゃりゃりゃ」の声が聞こえてきたので、一旦置いておくことにした。料理のお邪魔をしてもいけないし、掛け声からして鬼気迫って近付くにも近づけないものがあるからである。

「…乱馬くん。」

「ぉ、なびき。なんだよいきなりうしろからっ。」
背後から現れたのは、今度はなびき。眉をしかめて冷や汗を浮かべている。
「なんであかねが作ってんの…?」
「へっ?ぁいゃぁ、それは…………………………あぁ〜……。」
台所から響いてくる気合の叫び。
乱馬、なびき、二人してあちゃ〜の顔で力なく溜め息をつく。なんだか任務失敗のような気分である。
「大丈夫よなびき。乱馬くんの分だけを作ってるみたいだから。」
いったん手を休めてかすみが台所から出てきた模様。いやむしろ場所を占領されてしまったか。
「あ、ほんとー。そりゃよかったわ。」
「おれはどーなるっ。」
「あんたは喜んであかねの手料理をいただきなさい。」
がくっと頭をうなだれる乱馬。
かすみは何か家事をし残した点はないかと茶の間を出ていった。
軒下に座り込んだままの乱馬。だいぶ暗くなってきた空が自然と視界に入る。それは一日の終わりを告げられているかのようで、遠くからのあかねの声、左横に居るなびきを尻目に「はぁ。」とひとつため息がおちる。
彼にとってみれば、今日という日はろくなもんじゃねえ一日だったような。思えば疲れることの連続だったのだ。
「くっそ〜なんでこうなるんだよー…人格が変わるせいでわけわかんねーことになっちまうし、校長は校長でうっとーしい真似しやがるし。」

「そうね…確かに、あたしも校長に頼まれていくらか裏操作はしたんだけどね。」

「な、何?」
愚痴をこぼすようにつぶやいていた乱馬に合わせて、いくらか憂いを帯びた口調で、なびきがふと自分のした事を打ち明け始めた。
振り向けば彼女は、軒下から、星が見える空を眺めている。
思いもよらぬ発言に、乱馬は驚いた。校長の騒ぎになびきが関与しているとは、乱馬はまったく気付いていなかったし、なぜそれを自ら白状するのか?と理解しかねたということもある。
しかしなびきは、しっかりとした目つきで右を振り返り、乱馬と向かい合って話を続けた。
「今だから言うわ。」
すっと右の人差し指を立て、説明をする。
「乱馬くんは今日一日、校長の計画にしっかり振り回されていたのよ。」
「校長の、計画だとぉ?」
「そ。乱馬くんに強・制・的に罰を与えるための、計画。それを実行するためにあたしが任された仕事は…」

とりあえずあかねと乱馬くんがケンカするよう仕掛ける。
その様子を終始、監視カメラで撮る。
放課後「ココナッツトロフィー前」を通過させるために、乱馬くんを美術部に貸し出す。
トロフィー通過予定時刻にあわせて、乱馬くんに日ごろの恨みがあると思われる人物(九能ちゃん・ムースくん・良牙くん)を呼び出し、現場に居合わせる。

「、とまぁこれだけよ。」
「これだけって…」
説明された側としては思いっきり不満のある話である。このやろう、と。
「なぁんで校長に肩貸したりしたんだよっ?」
「そりゃ報酬がいいんだもの。ごめんなさーい乱馬くん♪」
怒りマークが見てとれる乱馬を「まーまー、もう済んだことじゃない。」と諭して、用が済んだかのようになびきはまた2階へと早々と上がっていった。






―ただ、あんたたちのケンカがあんまりひどい方向に走っちゃったから、ちょっとは味方になったほうがいいかなと思っただけ。敵役ばかりやってると、本当に悪い人みたいだから。
自己満足っぽいけど、とりあえず白状もしておきたかった。あたしがやりましたーって。人間、後ろめたい思いをするのはまっぴら御免よね。






「あぁなんてあたしっていい人なんでしょう…」
なびきは部屋でひとり満足げに呟いた。
台所ではまだあかねが声をあげて奮闘していた。




七、いいひとだらけ


 さて台所から抜け出してきたPちゃんが、風呂場へと向かい出した。何か思うところあって人に戻ったようだ。
しかし。
茶の間に辿り着けない。良牙は家の中で迷っていた。
「………乱馬ー!乱馬はどこだー!?」
「なにやってんだ阿呆。」
階段の手すりにちょこんと座った乱馬が、きょろきょろしている良牙に声をかける。
「乱馬、それで即席溺泉の素はどうするんだ。」
「どうするって…」
シャンプーからの贈り物、即席溺泉の素。
とりあえず贈り物なので、捨てるのもなんだか悪い気がする。しかしだからといって使い道があるわけでもない。むしろ使った分だけえらい事になるという、なんとも処理に悩む代物である。
「そーだな…う〜む。」
手元の即席溺泉の素が入った袋を眺め、乱馬は困っていた。
と、横を歴年のエロ妖怪・八宝斉が通りかかった。

「…じじいだ、じじいに飲ませろっ!」

いいターゲットが見つかったようだ。
何も知らない八宝斉は頬被りを付け、こそ泥スタイルでいつものように家を出た。
乱馬と良牙がその後を追う。乱馬は即席溺泉の素を混ぜたお茶を湯呑みに入れ、持って走っている。
「へっ、相変わらず下着泥棒なんざしよーと企んでやがるな…だがその腐った性根もこれまでだっ。おーい!じじ〜ぃ!」

「う〜む今日は家を出るのが遅くなってしまったわい。まだ残っとるかのぅ…ん?おぉらんまちゃ〜んでわないか〜。」
「じじい、コレ飲んでみなっ。」
「ん?ただのお茶ではないか?」
「いいから、ほら。」
屋根上でじーさんに追いついて早速、乱馬は単刀直入に善男溺泉入りのお茶を飲ませようとけし掛けた。何も考えていない様子の当人はただ湯呑みを受け取る。しかし。
「では失敬していただ…むっ!!」
何やら異状に気付いたらしい。それは鋭い直感ゆえか、お茶を飲む前に手を止めた。そして、
「…シャンプーちゅわ〜〜〜〜〜ん!!」
「あ、待てじじー!」
お茶を放っぽり出して、まっしぐらに屋根上からシャンプーのいる道路へと降りていった。良牙があわてて宙に飛んだ湯呑みをキャッチする。
シャンプーは今日も元気にお仕事中。自転車に乗ってカラのおかもちを背に、出前から戻っていくところと見て取れる。
「はぁ、今日の出前これで108件目だたね。早く帰て一息入れてから、店の手伝いせねば…」
ちょいと疲れた様子の猫娘。自転車をひたすらこいで、後ろから迫ってくるエロ妖怪にはまだ気付いていないようだ。

「シャンプーちゃぁあ〜〜〜〜〜〜〜んん!!」
「やめぃ!!」
乱馬のジャンプキックで、かろうじて飛びつくのは阻止される。その間にもシャンプーは何も知らずに前進してゆき、ささっと角を曲がって猫飯店へと戻っていった。
しかし八宝斉はあきらめが付かないらしく、「シャンプーちゅあああ〜〜〜〜ん」と声をあげつつその後を追って行く。
「でぇい往生際の悪いじじいだぜっ!待ちやがれっちゅーに!」
ついには猫飯店にまで乗り込んでいった。
「お茶かせ良牙っ、こーなったら無理矢理でもじじいにこのお茶を飲ませる!」
店の中には当然、女性の客もいる。八宝斉がここで悪さをする前に、この善男溺泉の素入り茶を飲ませなくては。
当のエロ妖怪は一直線に奥にいるシャンプーの所へと向かっていく。そしておかもちを下げて出てきた彼女に飛び込んでいき、


どこっっっ


「なにするかっ!」
シャンプーみずからに蹴りで撃ち落されてしまうのであった。
このシャンプーとて、かつてのコロンの血を引いている女傑族の娘である。そう簡単にハッピーこと八宝斉の手にかかることはないようだ。
「お、チャンスだっ。今のうちにこのお茶を飲ませれば…」
シャンプーの足元でのびているところを、乱馬がお茶を飲ませようと駆け寄る。しかし、そこでかがもうとした時だった。

「あいやー乱馬、お茶を持てきてくれたのか。気が利いてるね〜大歓喜っ!」
「げ!?待てシャンプーそれはっ…!」

お疲れ気味のシャンプーが、とんだ誤解をしてそのお茶を乱馬から受け取り、飲んでしまったのだ。
その途端、ふっとシャンプーの体から魂が抜けたようになり、それからはこの上ない親切そうな笑顔で振る舞い始めた。
「はい皆こっちに座て、好きなだけ注文するよろし。今日はわたしのおごりね。」
空いている円テーブルの椅子を引き、座るよう勧める。
「…お、本当かシャンプー?」
えらい事になってしまったのだが、思いのほか良い方向に転んだような。こういう誘いにはけっこう弱い乱馬である。とくに危険なものを食べさせられる恐れもなし、ここは乗り気のようだ。
ついでにシャンプーの好意で、乱馬はやかんのお湯をかぶって男に戻った。
「勿論ね。乱馬だけない、皆においしい料理ふるうね。」
その後ろに居た良牙、倒れこんでいたハッピーにも声がかかり、仲良く円を囲むことに。
「シ、シャンプ〜。シャンプーの手料理なら、おらも食べたいだぁ〜。」
ねだるムース。仕事中というに、いつもならばお許しが出るはずもないのだが。
「それならムースもここに座る。わたしがしばらく店の接客もやるね。」
「本当だか〜!あぁシャンプーがこんなに優しくしてくれるとはっ……!」
完全にいいヒトと化したシャンプーは、ムースの分の仕事まで気前よくうけ負ってしまった。いや、ここはムースも少し遠慮をもった方がいいと思われるが…もはや頭の中がお花畑でいっぱいのこの男には冷静な判断が出来ない、といったところか。まだまだ修行が足りないようである。
「(すげぇなシャンプー…出前108件から戻ってきて今度は店内全域を受け持つとは…善男溺泉おそるべしだぜ…)」
元来、体力は人並みでないものがあるだろう女傑族の娘・シャンプーだが、これだけハードな仕事ぶりを見せられては乱馬もたじたじである。
「烏龍茶用意しておくね。」
手慣れてかつ気の利いた接客。ガラス細工が綺麗なコップによく冷えた烏龍茶が注がれる。いやーわるいねとばかりにコップを手に取り、それぞれ各人一口ばかりゴクリと飲む。


「はっ………!!」


「乱馬ーっ!観念してあたしの料理食べなさいっ!」
遅れてやって来たのは、先ほどまで台所で奮闘していたあかね。果たしてどこから引っぱり出してきたのか、レストランで料理を運ぶ用のカートをがらがらといわせて、出来たての料理を天道家より猫飯店まで出前におもむいた模様である。さぁ覚悟、と勢い込んで乱馬の目の前に乗り出す。ところが、乱馬は思いがけない返事でそれに応えた。
「お、あかね。わざわざ持って来てくれたのか。」
「へっ…?」
いつの間にか家から姿を消していたもんだから、また食べずに逃げ切るつもりなのかと思っていたのだが。
そういえば、今一度料理をすることをOKしてくれたのだから…やっぱりもともと食べてくれるつもりだったのか、とすこし照れくさいような、勝負腰だった自分が恥ずかしいような気分になる。
「あいやー、美味しそうな料理ね。一口いただいてもよろしか?」
「え…ど、どうぞ。」
あかねの作った料理に興味を示したのは、なにも乱馬だけではなかった。
「そ、それじゃあおらもいただくだっ。」
「あ、じゃあおれも一口いただきます。」
ムース、良牙もそろって味見を希望してきたのだ。そして乱馬も合わせて4人で、箸をとって皿をつつき始めた。





ぱくっ



「「「「おいしい…。」」」」




「………??? え、本当に…?」
目をぱちくりさせるあかね。この4人に、お世辞を言っている相はみられない。しかしそうはいっても、いきなりこんな良いリアクションがもらえる程の腕前が、自分にあっただろうか。
おいしいと言ってもらえて正直に嬉しい気持ちと、うっそぉ?と言いたくなる懐疑の気持ちが彼女の中では入り混じっていた。
「なんっっっって素晴らしい味なんだ!そう思うだろう乱馬?」
「勿論さ。あかねの料理はいつも最高だ。」
「世の中こんんんんんな上手い食べ物があったとは驚いただ!」
「これは猫飯店の新メニューとして加えてもいい位ねっ。」
「おお、シャンプーそれはいい考えじゃ。是非とも天道あかねからレシピをいただいて…」

「(つ、ついていけないっ…!)」

4人は目の中がお星さまになっている。なにをそんなにときめく事があろうか…やはり尋常ではないこの有り様に、あかねはただ困惑するのであった。
「なんと、あかねちゃんの料理が上手くなったのかっ!どれワシにも一口…」
同じくテーブルを囲んでいた八宝斉じーさんは4人の様子を見て、あかねの料理が本当においしくなったものだと信用してしまったらしい。試しに一口、黒く焦げて何だかわからない物体に箸を伸ばした。が…。
「まっず〜〜〜〜〜〜〜!」
思いがけず不味さが口の中に溢れる。あわてて手元にあった烏龍茶を飲み干し、げほげほと咳込む。
「ぇ…や、やっぱり駄目だった?」
嬉しくないリアクションなのに、なぜか一瞬安心してしまう。とはいえ不味いと言われるとゆーことは、自分はやっぱり進歩がないわけで。ちょっと安心ややガッカリ、なんだか複雑な気分のあかねであった。
「(そりゃそうよね…いきなりこんなに誉めてもらえるほど上手になるはずないもの。でも、それじゃあこの光景は一体………?)」
目の前には、自分の作った料理を囲んでにぎやかに盛り上がっている、目の中がお星さまの奇人が4人。
あかねとじーさんがその光景を見て呆然としていると、それに気付いた4人は立ち上がり、目をキラキラさせながら近付いてきた。
「あかねさんも一緒に談笑しましょう!」
「仲良く話し合う、とても良い事ね。」
「平和な空間を共に分かち合うだっ。」
「さーあかね…」
「だぁぁあぁぁぁぁっっっ!ちょっと待って!」


「おかしいわよ、あなたたちっ!」


思い切って指摘してみる。
すると4人は頭の上に「?」マークが点灯するが、一瞬のちにシャンプーの「?」が「!」に変わった。
「はっっっ!そういえば………!!」
焦った表情になり、後ろを振り返る。
「他のお客さまを待たせたままだたねっ。あー忙しい忙しい」
「あ、おれも手伝うぜシャンプー。」
「おらももうひと働きするだ。」
「おれも皿洗いぐらいならいくらでもやるぜ。」
完全にいいひと状態の4人。妙な連帯感が出来上がっている。
「やっぱりおかしいわ…ねえおじいさん、そう思わない?」
「むぅ…確かに。」
まだ戸惑っているあかねの横で、八宝斉はシャンプーのおごりのラーメンをしっかり食べている。
「…これは恐らく、あの男の仕業じゃろうな。」
「え?…あの男って?」
八宝斉じーさんは、この店内に‘あの男’が居ることに気付いていた。そこはかとなく、割り箸でその男の方を指す。
そこに座っているのは。
「あいや、ここの炒飯とても美味しいあるね。はぐっ」
中国からの行商人であった。…まだここに滞在していたのか。


一方、せかせかと働いているシャンプー、ムースにそれを手伝う乱馬、良牙。厨房で調理を担当していたコロンばーさんが、横で皿洗いをしている良牙とフロアで接客をしている乱馬に気付いて、気を遣うように声をかけた。
「おお婿殿、わざわざ手伝ってくれておったのか。気持ちは嬉しいが客人に仕事をさせるわけにもいかんでな。ほれ、特大チャーシュー麺じゃ。遠慮なく食べなされ。」
「え、そうですか?それじゃあご厚意を無駄にするわけにもいきませんし、いただきます。」
「ほれ良牙もじゃ。皿洗いはムースに任せればよい。」
「あ、はあ…それじゃあ失礼します。」
二人は気前よく出されたチャーシュー麺を受け取り、再びテーブルに着いていただくことに。
すると。
もうお分かりであろう…この二人は熱いスープを飲んだとたん、元の性格に戻ったのだ。
「はっ、何やってたんだおれ…」
「ん、ここは何処だ…って猫飯店かっ。あ、あかねさん!」
気付けば天道あかねが店に来ているではないか。
実際には、そのあかねが用意した料理まで食していたことは、乱馬、良牙共に憶えていないであろう。
「二人とも、目が元に戻ったのね。」
「「目??」」
もちろん、先ほどまで目の中がお星さまになっていたことも憶えてはいるまいが。
「それよりあっち、見て。」
ひょいと行商人の座っている方を指す。
「ああーーー!あいつはっっ!」
乱馬にはよくよく見覚えのある顔。ちょっとばかり太った、黒ぶち眼鏡で天然パーマの行商人である。

人格の戻った乱馬と良牙は、見るや否やそちらの方に近付いていき、ずいっと乗り出て話しかけた。
「よお行商人のおっさん、ちょっと尋ねたいんだが…この粉に見覚えはねえか?」
「あいや、これは確かにワタシがこの店に売ったものね。どしてあなたが持ってるね?」
行商人は炒飯を食べ終えて、乱馬の話に取り合う。
「おれはこの店から贈り物としてこれをもらったんだ。それで、この粉は一体何だっ?」
「新しくなた即席溺泉の素ね。」
「やはり即席溺泉か!それで、何溺泉なんだっ?」
話の真意に詰めかかる良牙。これで「あいや、男溺泉を渡したつもりが、間違えて善男溺泉の素を渡していたね〜」などと言った日には、どう取っちめてやろうかといったところである。
「それはもちろん、お客さんがいつも欲しがてた男溺泉………………あぁっ!」
乱馬が差し出した紙袋をじっくり見た行商人、何やら気付いた様子。


「この袋の色からみて、これは善男溺泉のも…」

ごみゅっっっっ


「やっぱりかこの野郎。」
言い終えるよりも前に頭上に乱馬の‘踏み’。
乱馬の推理はみごと的中だったのだ。やはり、善男溺泉の素を溶かして飲んだり食べたりしたものだから、水を飲むと性格が変わる体質になってしまったらしい。
「てめ〜のせいで、おれや良牙、ムース、シャンプーがとんでもない事になっちまったじゃねえかっ!」
行商人に食って掛かる乱馬。
「粉を入れた水に、入ったあるか?」
「飲んだんだよ!」
「あぃやっはぁぁ飲んだときたか!それはおかしな話ね〜」
「笑ってんじゃねえーーーー!!なんとかしろっ!」
なかなかいい加減な行商人である。乱馬は憤慨して相手のえりをつかんでガクガクいわせ始めた。
「乱馬、こーなりゃ本当の男溺泉の素を出すまで、こいつにとことん付き合おーぜっ。」
「あぁぁあぁまままま落ち着くねっ!まずはどうしてそんな事になたかを話してちょうだいね。」
「ら、乱馬止しなさいよっ。あたしも事情をよくわかってないし、ちゃんと話してもらえるかしら。」
あわててあかねが制止に入る。



腹立たしければ、混乱したくもなるような状況におかされている乱馬だったが、確かにいくら相手の頭をガクガクいわせても解決しないものはしない。仕方なく、いちから事情を話してゆくことに。
それでだしの素と間違えて使った、と乱馬が言ったところで行商人は言葉をはさんだ。


「あいやー、沸騰したお湯に入れるなんてとんでもないねっ。そんな事したら呪い的効果が一緒に蒸発してしまうのよ。だから効力は弱くなて、割とすぐに尽きるあるね。」


「ほ、本当かっ?」
救いの言葉。まさに救いである。
助かった…と胸の内で呟く乱馬と良牙。ムースにシャンプーはというと、まだいいひと状態が続いているためしゃかりきに働いているが、じきに治るらしい。
「う〜ん本当なら効果は一年も続く長持ち馬力なのだが…改良の成果を証明し損ねたね。」
行商人はしくじったとばかりに頭をかいている。
「だったら男溺泉の素をよこせって…」
乱馬が催促するが、この男は肩をすくめ、首を横に振って答えた。
「残念ながら、今回は持ってきてなかったみたいあるね。次回をまた楽しみにしてちゃいな。」
「てんめぇ〜………」
「ぁぃゃ、くわばわくわばわ。それではワタシ失礼するね。おばーちゃん、ごちそうさまね!」
そのままテーブルの上に勘定を置いて、逃げるように行商人は去っていった。





結局、

かの行商人が来るたびに、期待はするのだが、まだ上手くいったためしがない。

果たして「完璧な即席溺泉」が出来上がるのが先か、
自力で中国へ行くチャンスを得るのが先か。

………そういえば、ひとつ、疑問が残っていた。

乱馬は夜の帰り道の途中、その疑問からあかねに尋ねた。

「あかね、なんで「ありがとう」なんだ?」
家での会話のこと。あかねは料理をする際に、彼にその言葉を口にして台所へ向かった。それがよく理解できぬまま、気にかかっていたのだ。
「………?だって、治るまで料理を作らない方がいい!って、あんたが言ったからじゃない。」
「…おめー本気にしてたのか?」
目を丸くして彼女の方を見る。自分が学校で言ったことを、ずっと気にしていたというのだ。
「…本気で言ってたんじゃなかったの?」
彼女も、怪しむ表情で返す。
「いや、確かあの時は本気だったような…」
あの時、傷つけてしまったことは悪く思っていた。
ただ、本当にその一言で作りたくても作れない状態に陥っていたのかと考えると、申し訳ないのと同時に何か心をくすぶるような感覚をおぼえた。自分の言葉が相手に、ちゃんと響いているのかと。
「はっきりしなさいよっ。あんた冗談で言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「冗談は言ってねえっ!そーだおれは本気でおめーの飯がもっとまずくなったのかと思ったんだよっ。」
「減らず口を〜っ!」
傷ついていたかも知れないが、それはそれ、口げんかが始まればそれに身を任せて言葉が溢れ出てくる。
あかねにしろ乱馬にしろ、大変な目には遭ったが、どうやらいつもの調子に戻れたようだった。
「あんたなんかにありがとうなんて言うんじゃなかったわ!」
「なにおうっ!そんなとこ撤回しなくたっていいだろかわいくねえっ!」
「都合のいいこと言うなー!」

夜もすっかり更け、月がこうこうと町を照らしていた。

この月が沈んだころには、性格が変わる体質は治っているだろうか。

とりあえずしばらくの間は、冷たい水は飲まないように気をつけよう…残った課題はそれだけだった。






翌日。


「監視カメラぁ〜〜っ!?」

「校長からもらっちゃったのよ。」

乱馬、あかねのクラスになびきがやって来たかと思うと、その手には「一本3000円」と書かれた録画用ビデオテープが。
これが、校長と手を組んだ際にいただいた、もとい要求した報酬らしい。
「なびき、おめー写真だけじゃ飽き足らずエスカレートしてきてるだろ…」
「ふ。いまは動画の時代よ…。」

はてさて、これからは監視カメラに見張られたまま一日を過ごすのだろうか。
なんとかやめさせる方法はないものかと、これからしばらく対なびきで奮闘することになりそうだ。








作者さまより

るーみっくのコメディ系作品ってコメディというよりはコントだよなー、と思ったのがこの話にいくらか影響してます。その他にも完璧を見せない歯がゆさだったり、各登場人物の根底にある生きざまだったりと、色々と留美子先生の描くらんまの世界から見て取れるものを、少しはここに反映させた…つもりなのですが。でもやっぱり女乱馬とあかねの会話なんかは、映像付きじゃないと感じ出ないなぁ。


 脳内映像と、脳内音声を調整しながら、楽しませていただきました。
 文字という媒体から、作品を楽しむというのは、平面的なコミックや、動画世界とは、また違った魅力があると思います。いやはや、脳内で、乱馬やあかね、シャンプーや良牙、ムースたちが、縦横無尽に動き回ること。
 自由気ままに、己の頭の中で、映像を作り上げていくのも二次創作の一つの楽しみでもあると思います。

 しっかし…。良い人だらけになった猫飯店を一度覗いてみたいような。
 原作者の留美子さんのコマであったならば、きっと、三白眼の天使なんぞが、後ろからラッパでも吹いて飛び回っているんでしょうね(笑
(一之瀬けいこ)

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