◇らんま1/4  PART2
しょーすけさま作


三、おれに食わせろ


 ここは学校4階に位置する調理室。そう、午後の最初の授業は男女共同での調理実習である。
作るメニューは鶏と卵の上湯…いわゆる中華スープの類。それで以前から張り切って料理の練習をしていた少女がここにいるのだが、どうも相方との折り合いが付かないため、作ったところで誰に食べてもらおうかと困っているようだった。

「ねぇねぇ、あかねはやっぱり乱馬くんに食べてもらうんでしょ?」

「ふん、あんなやつに食べさせてあげるもんですか。」
二人の関係どーのを茶化すつもりはさほどなく、当然のことと思いつつ聞いたさゆりであったが、意外にも、というかまたいつもの調子でか、あかねの返事はNOときた。
「え〜でも昨日はおいしいって言ってくれたんじゃないの?」
「あたしの気のせいだったみたいよ。どうせあたしは不器用の味覚音痴ですよーだ。」
まな板の上に置かれたのは茹でるための一玉のキャベツ。それが「しゃあっ!!」の掛け声とともに真っ二つに割れ、どんどんブツ切りに刻まれていく。
「天道さん、キャベツは一枚ずつ剥いてから重ねて切るのよ。」
「あ、はい…。」
果てさてこのコはどうしたもんだろうかと、溜め息を付く同班のメンバー達。
そこへ少し遅れて調理室にやって来た乱馬が、緑色のエプロンを身に付けて腰ひもを結びながら出てきた。
「あかね、間違っても白ワインを大量に入れたりするんじゃねーぞ…。」
「なによそれ?隠し味に白ワインは料理の常識じゃない。」
「また酔っ払って記憶が飛ぶのは御免だと言っとるんだっ。」
「……?ばっかじゃないの。誰があんたに食べさせてあげるなんて言った?」
「………」

「おーい、乱馬はこっちの班だぞ。」
ひろしの呼び声に引かれ、乱馬はあかねの前から退いた。
「…けっ。別に食いたいわけじゃねえよ。」
細目をむいてぼそっと呟く。ふと視線を先の相手にやると、向こうも同じような表情でこちらを見ていた。
思わず目が合い、一瞬のちには目線の電撃が走った。そして「ふんっ!」と鼻息を荒くして、各位置に直る。
「だれがあんな奴に食べさせてあげるもんですか。」
「まーた言ってる。それで、この料理が出来上がったらどうすんのよ。」
「どうって…」
そこで言葉が途切れる。

さて、すこし調理が進んだところで、さっそく怪しい匂いが鍋の方から漂ってきた。
お酢のツンとした匂いだ。しかしあかねは、それに関しては特に動揺せずただ黙々と他の班員に混ざって調理を続けている。
そして鶏のムネ肉を苦労の末に切り分け、過剰の塩コショウをまぶしたところで、一言。
「あ、さゆり食べる?」
「乱馬くんに食べさせたげなさいっ。」


 調理実習というものは終始あわただしく進行するもので、やれ何分たったら次の作業がどーのとノンストップで制限時間、すなわち授業終了までに完成させるため誰もが動き回っている。そして出来上がった班から提出を済ませ、自分達で食べ始める。
「乱ちゃ〜ん!うちの班の作った分も食べてんか。」
「え、いいのか?出来上がったらそれぞれの班で食うもんだろ?」
「みんなお腹へってないさかい、こんなに食べきれへんのよ。」
一番乗りで調理が終了していた班の右京はやはり、乱馬にも食べさせようと考えていたようだ。当の乱馬も、食欲は旺盛なのでいくらでも胃に入る。しかし彼および一部の食欲旺盛な運動部員以外はというと、「食べれる」というよりは「食べなきゃいけない」ということでみな苦笑いであった。
「…考えてみたら昼休みに飯食ったとこだもんなー。」
「間違いなく授業の設定ミスだよな…。」
食欲に乏しい生徒達であったが、出来上がった料理はちゃんとしたものであった。ひとつの班を除いて…。

「できたぁ!何とか授業終了には間に合ったわねっ。」

「そ、そーねっ。あとは誰かが食べるだけ…」
そう、あかねの班である。明らかに他とは違う、違和感あふれる香りを漂わせている。
さてそれを誰が食べるのか。先生は採点のため、必須。あとは班員が分け合って食べるところなのだが。
「あ、あたしはちょっと遠慮しとくわ。お腹すいてないから。(お昼休みの後でよかった…。)」
「ごめん、あたしも…(お昼ちゃんと食べといてよかった…。)」
そういった感じでさすがに誰も手が出せない。
「そうね…ちょっと味付けが失敗したかも知れないから、これはあたしが責任もって一人で…」
「待てあかね、早まるなっ。」

「なによ乱馬。あんたにはあげないからね。」
「む………」
喧嘩の心理、あげないと言われればいらねえと返したくなるところだったが、先程のなびきの指令で「食わねばならん」という建前が乱馬にはあった。
「おれが食ってやるってば。他に被害が回らねえうちにその皿よこせっ。」
「あげないっつってんでしょ。」
しかしあかねは断固拒否の姿勢である。乱馬が腕を伸ばしても、「あげない」の一片通し。
「いいからおれに食わせろっ。」
「なんでそんなに食べたがるのよ?」
「そりゃあなびきがだなー…」
「なんでなびきおねーちゃんが出てくるのよ?」
「いやっ、…別にっ。とにかく、被害を拡大させんのだきゃやめろっ。」
二人でずっと続く会話。
この会話に完結の二文字をもたせるべく、あかねと同班の一人としてゆかがタイミングを見計らい割って入った。
「あかね、乱馬くんがこんなに欲しがってるんだから、食べさせたげなさいよ。あたし達のことは気にしなくていいから。」
ゆかの説得に反応し、少し言葉が詰まったのちにあかねはついに乱馬の試食を承認した。
「…しょうがないわね。そんなに食べたいんなら、食べたいって始めから言えやいいのに。」
「るせぇっ。」
そんなわけで乱馬の義務は果たされたが、考えてみれば仲直りも兼ねて味見するつもりだったはずなのに、思いっきり喧嘩しっぱなしである。
「(ったくなんでこーなっちまうんだろうな〜…。しゃあねぇ、どうせ上手かねーんだろうけど、フォローのひとつでもして…)」
乱馬の考えるフォローとはすなわち、心外なれども「おいしい」と言うことである。それで彼女の機嫌が少しでもよくなれば。
で、席に座って自分の前に置かれたスープの皿。こうやって対峙してみれば、改めて厳しい匂いに泣けてくる。
「(一口食っておいしいって言えばいいんだ。とりあえず水も用意したし…)」
クラスメイトが見守る中、乱馬は決行に乗り出した。
スープを一口、ぱくっと。一瞬にしてもの凄くきつい酢の感覚が襲ってきたが、水と一緒に胃に流し込む。
そして一言。

「………おいしいですヨ。」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!?」
クラス騒然。
「よかったじゃない、あかね!」
「う、うん…」
「本当かっ!?」
「本当に天道あかねの料理がうまくなったのか!?」
「匂いはすごいんだけど…」
立ち込める異臭とは違い、乱馬の表情はさわやかな笑顔に包まれている。そう、今朝まで見せていたあのスマイルである。
そしてその笑顔のまま、もう一口。
ところがその瞬間に乱馬の顔は豹変し、思わずコップに手を伸ばした。しかしコップの水は一口目のときに飲み干してしまったため、彼の顔はへのへのもへじ状態と化し、その場に崩れてうつ伏せになってしまった。
「なんだ?」
「やっぱりうまくなかったのかっ?」
水を飲めば笑顔、スープを飲めばこの表情。
「あ…あかね、もういいだろ。この辺で調理実習お開き…」
「乱馬のばかぁー!!」
「でぇっ!?」

どこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんん

「もおっ、喜んで損したわ。」
「そんなに怒らなくてもいいのに…」
結局、おいしいと言ってくれたのは全部嘘かと、あかねにはそう思われたのだ。

 ガラス割れ、風吹き抜ける 余波の昼かな。(字余り)さてここでチャイムが鳴り、授業は終了となった。各自片付けを済ませ、教室へと戻っていく。


…実はこの様子を始終見張っている目があった。それには乱馬とて、知るよしはなかった。


「……けっこう、がんばって食ったのにな〜。」
中庭までドツキ飛ばされた乱馬は、「風林館高校(悪の)校長」の銅像の前に逆さで着地していた。頭を地面につけたまま、腕を組み足を組みしてしばらくむすっとしていた。




四、誤解がとまらない


「白ワインのせいじゃなかったかー…。」
思案に腕を組みながら、教室の方へと向かう。その足取りはゆっくりとしている。

「なんせ記憶がとんだり、性格がおかしくなったり…今までにねえひどい症状だ…」

本当にあかねの料理は不思議だ。この早乙女乱馬の脳内を乱すには充分な代物といえる。こうして考え込みながら歩き、校舎に入るドアにさしかかった時、彼の中にひとつの説がひょっこりと生まれた。

「まさか、これにはもっとこう、根本的な理由(わけ)があるんじゃ…」

彼の足が止まった。
彼は凍りついたように、その場で固まってしまった。
その目に浮かんでいるのは恐怖か、驚愕か…

「まさか………」
顎に触れていた右手が下にさがり、震える唇から、声が洩れた。


「あかねの料理が、もっと下手になったってことかぁぁぁぁぁ!?」


「大声あげて言うことかーーーっ!!」
前面から消火器が飛んでくる。それを顔面にくらった乱馬は後ろに倒れ、校舎の外に頭だけはみ出た状態で小さなお星様をくるくる回している。
「なによ!そんなに下手だ下手だって、わざわざ人前で言わなくたっていいじゃない!だからあんたには食べさせたくなかったのよ!」
怒り泣きの顔を見せるあかね。

「やっぱり駄目だったみたいね、あかね。」

「、なびきおねーちゃん…」
そのあかねの背後に前触れもなく現れたのはなびきだった。本日2度目の校内出現である。
「でもね、あかね…一生懸命やっているのは分かるけど、たまには乱馬くんの体の心配もしてあげた方が…」
いくらか気を配った言い回しであかねに話しかけているが、つまりは晩飯の心配をしているのである。
「そーだぜあかね、おめーは食った者が自我を見失うくらい強烈な料理を作るようになっちまったんだ。」
なかなか口の減らない乱馬。とはいえ今回はただ単に喧嘩口を叩いているのではなかった。
真面目な目つきで面と向かって言葉を発した。
「あかねっ、事態は深刻だぜっ!原因がつかめるまで、おめーは飯を作らない方がいい!」
「(でかした、乱馬くん!)」

「…もう、いいわよ!!」

最後にその少女が見せたのは、実に直情的な姿だった。…自分が努力をすればする程、悲しい方向へと向かっていく…。大粒の涙を浮かべ、辛さゆえに歯をくいしばってその場を立ち去った。足音を荒げながら肩を鳴らして歩いていたが、しまいには身を隠すかのように走り出して階段を上っていった。

「あかね……」
「…あんまりいただけない展開になっちゃったわね。」
涙の眼差しをぶつけられた乱馬は、その辛さが大いに伝わっていた。隣に立っているなびきもまた、苦虫を噛み潰したような表情で、去っていく妹の後ろ姿を見つめていた。

少しの間、沈黙が流れた。ほんの数秒だったかも知れない。そののち、なびきが口を開いた。
「悲しいことを悲しいと思う、本っ当にストレートなのよねーあかねは。」
「………………」
「このままでいいの?乱馬くん。」
もう視界に彼女の姿はない。しかし乱馬の目線は遠くの方をずっと向いていた。
「あたしは次の授業、移動教室だから、そろそろ行くわね。」
断ち切るように、場面の幕を閉じる。つかつかと歩いていく中で、なびきはなびきなりの心を巡らせていた。


 間もなく次の授業が始まる。その前にまずはひといき入れ直そうと、冷水機の水を飲んだ。
そしてチャイムが鳴るのとほぼ同時に教室のドアを開け、自分の席に座った。程なくして国語担任の、眼鏡で少々くちびるが特徴的な先生が入ってきて、授業は始まった。

窓際の、午後の陽射しが差し込む席にあかねは居た。
目はまだ少し赤くはれている。板書を写す手が少し重い。自分の不甲斐なさを、授業中は横に置いておこうと、気持ちを切り替えるのに四苦八苦しているようだった。

「(あかねちゃん、ほんまに料理の方はなんとかならんのかなー。)」
すくなくともこのクラスでは誰よりも料理が上手い右京は、当然調理実習でも大活躍だったわけだが、あかねの悲愴な様を見てはさすがに気の毒になっていた。同列でやや離れた席から、右ひじをついて眺めていた。

乱馬はというと、あかねよりも後ろの方の席であるためその表情は見えない。しかし先程までのいきさつからして、胸中おだやかでないのは分かるところだ。
ただしあかねのことを心配しながらも、
乱馬は授業に集中していた。

「虎穴に入らずんばなになにを得ず、この問題わかる人。」
「はいっ。」
「はい早乙女君。」
「虎の巻です。」
「違います。」

この授業、彼は何か改心したかのように真面目に取り組んでいた。他の生徒たちは目と目を合わせ、彼が手をあげて先生の出す問題に答える様に目と耳を疑った。もちろんその点は右京も、あかねも同じであったが、あかねは己の気の沈みようが引っかかって、後ろの彼の席を振り向く気にはなれなかった。


「おれが悪かったよ。」

授業が終わってすぐに、その声がした。
「………っ?」
後ろを振り返ると、赤い服の胴が大きく目に入る。
「あかねがあんなに一生懸命、料理を作っていたのにおれってやつは…」
視線を上げると、表情を曇らせたその顔がよく見える。こう素直に謝られると、いつもの均衡がとれなくなってしまう。
「いいのよ別に…。全部あたしが悪いんだから。」
「あかねは悪くないっ。それに…」
思いつめたように、彼は話を続ける。しかしその言葉の上からかぶせるように、あかねが言った。
「それよりさっき言ってたみたいに、あたしはもっと料理が下手になっちゃったのよ…もう人に食べてもらう資格なんてないわ…。」
思いつめているのは自分の方、そのままの勢いで何もかもしょい込んでしまう。全部、自分が悪いと。
「おれが原因をつきとめてやる。」
「えっ?」
停滞していた思考回路に、潤滑油でも注してくれたような言葉が彼の口からとび出た。
「おれがあかねを、治してみせる。」
肩にでも触れるかと思うような距離で、眼前で拳を握って頼もしさを表現する。
「乱馬………」
あかねの目の前に居るのは、「いいひと」と言わしめられるような眩しい男であった。
ただここで、その眩しい相手に負けん気でも持ったか、それとも自責の念をしてか、おとなしくなろうとはしない彼女がいた。
「(乱馬に頼ってるだけじゃいけない…自分のことは、自分でなんとかしなきゃ。でも…)」

   本当に、なんでこんな事になってしまったんだろう。

                         ごめん、乱馬…。




五、ねえあかね


「…良牙くん、九能ちゃん、ムースくん。この3人でいいのよね?乱馬くんはモデルとして美術部に貸し出ししておいたし、わたしの仕事はこれで終わりね。」

日がやや地平線の方に降りてきて、陽射しが強くなる時間帯。
第14校長室―
窓から射し込んでくるわずかに黄金味を帯びた白光が、天道なびきの背後を覆っていた。

「イエースイエース。ご苦労でした〜Ms.なbき。報酬は、アレでOKですネっ?」
「もちろんよ。下手に現金いただくより、金の生る木をもらった方が、ね。」

すこし嬉しそうに含み笑い。なびきは鞄を片手に、ドアを開けて早々と出ていった。


「あかね、ちょっと寄ってかない?」
独りでの下校、ぼんやりとファッションショップのウインドウを眺めていると、隣に並んで声を掛けてきたのは何気ない顔をした姉だった。
「なびきおねーちゃん…」
指さしているのは、よく立ち寄る甘味処。




 さてなびきが学校を後にして、しばらくした頃に風林館高校の中庭にてこの男たちが集まっていた。いや、かの人物によって集められたといった方がいいか。
「天道あかね…このような人目につかぬ所に僕を呼び出すとは、まさに愛の告白に違いないっ。」
「シャンプー…こんなお客の目につかぬ所におらを呼び出すとは、まさに愛の告白に違いないだっ。む、おぬし何故ここにおるのじゃ?」
九能帯刀、あんどムース。なびきの工作とも知らず、二人並んで芝生の上に立っていた。
「それは僕の台詞だっ。きさまこの僕の愛を冷やかしに来たのだなっ。」
「なに言うだ。きさまこそおらとシャンプーの…」

どがっしゃ!!

「「んんっ?」」
突然、窓越しの校舎の中から何かが壊れる音がして、二人はそっちの方を向いた。
「OH!!マイ・ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「あの声は我が校の変態の校長…」
「なにがあったんじゃ?」
窓の鍵はしてなかったので、がらりと開けて中を見る。
そこに居たのは、美術部から解放されて靴箱の方へ向かっていた最中の乱馬と、校長であった。
「…おれじゃねぇって!」
「NO,NO,NO!ユーとしか考えられないのでーす。この、我が校に代々受け継がれしココナッツトロフィーを壊したのは、間違いなくユーの仕業で〜す!」
んなもん代々あるわけねーだろっ!おめーが勝手に作ったんだろがっ!と心の中でツッコミを入れる早乙女乱馬であったが、残念ながらここに居合わせた中に常人はいなかった。
「…僕が証人だ。」
「おらが証人だ。」
「でえっ?ぉ、おめーらなんでここに…」
乱馬に恨みを持つこの二人、うまいこと校長に調子を合わせて彼を不利に追いやろうと考えたようだ。
「早乙女乱馬、きさまの様子がおかしいとは天道なびきから聞いていたが、ついに気がふれて器物損害行為に走ったか。」
「おお、これは非道い壊しようじゃあ。人間の風上にもおけねえ奴だ。」
「だからおれじゃねえって…」
「中庭は何処だぁぁーーーーー!!」
話に割って入るように、上から降ってきた男が。
「り、良牙…」
窓から中を覗いていたムースの背に着地した良牙は、そのままの姿勢であたりを見回す。
「な…なにするだ……」
「ここは中庭かっ。」

校長が咳払いをひとつ。

「あ〜〜、そして、ここに、ユーの本日の行動を収めた監視カメラのテープがありま〜す。これが動かぬ証拠でーす!」
「なにおうっ!?」
校長が取り出したのは、朝から今しがたまでの乱馬の様子を始終収めた、数本のビデオテープ。何が起きているのかと、良牙も窓越しに覗きこむ。
「しか〜し、トロフィーの近辺には監視カメラが設置されてなかったので、破壊現場を確認することはできないのでーす。」
せこい逃げ方をする校長である。
「僕が証人だ。」
「おらも見ただ。」
「そうだったのか乱馬…。」
「良牙は遅れて来たんだろーがっ。」
「すなわち、ユーはテンドー・アカネとファイティングっもといケンカをし、それでたまったストレスエナジ〜で見境がなくなって近くにあったこのトロフィーを壊したのでーす。日頃からケンカばかりしているから、ストレスがたまってしまうので〜す。実にノーグッドねっ。」
これが、校長が示したトロフィー破壊事件までのいきさつであった。


―あれだけひどい事になるとは思わなかったんだけどね………。

「ねぇあかね。」
あんみつを前に、なびきが会話をきり出した。
「あれから乱馬くんと、何か話したりした?」
声のトーンはすこし低い。たくさんの話し声が交わる店内、割と抜けのいい声なので聞こえることは聞こえるが、あまりぱっとしない言い方をした姉にあかねはちょっと一瞬、戸惑った。
「…もしかして、心配してくれてるの?おねーちゃん」
素直に相手の情に乗れない性質ゆえの返し言葉。
「ん、いやぁあなたが大丈夫ならあたしから言うことは何もないのよ。でもね、つらい時とかはさー、こう…あんまり一人で抱え込まないで、吐き出した方がいいってものよ。」
持て遊んでいたスプーンを口に運び、一口。それから言葉を付け加える。
「そーゆー悩み悩みした顔見てると、これぐらい言いたくなるわ。」
「…………。」
同じメニューを頼んだが、あかねはまだ一口も付けていない。うつむいて胸の痛きを持て余しているようだった。
「大丈夫じゃないって様子ね。ほら、今考えてることを白状しなさい。いま吐かないでいつ吐くのかしら?」
普段は相談役というわけでもないこの姉が、今日は積極的に話に乗ろうとしてくれている。それが何故かはわからないし、相手に直接尋ねるようなことでもなさそうなので、とりあえずあかねは正直に胸の内を言葉に述べることだけをした。
「…あたし、料理がもっと下手になっちゃったのよ。」
「うん、聞いた。」
それは乱馬くんがでっかい声あげて言ってたからね、と添える。
「…だから、どうしたらいいのかなと思って。」
「う〜〜ん、ずいぶん抽象的な質問ねぇ。自分のしたことを思い返してみるとか、そういうこと?」
どうしたらいいのか、というのに対する答えをさぐるなびき。
「自分のしたこと…やっぱり、あたしの中で何かがいけなかったのかな…?」
「(そりゃまー色々いけない部分はあるんだろうけど…普段から…)」
「キャベツの切り方が悪かったからか、それとも隠し味のつもりの白ワインが合わなかったとか…」
「むつかしいところねぇ。」
悩みの話し合いから、調理の反省会になってしまった。
「それで、乱馬くんはどうしたの?」
「乱馬は、あたしがこーなった原因をつきとめるって言って…」
「へぇ。じゃ仲直りはしたんだ?」
「え、ぁうん。まあ。」
会話のテンポが、徐々にはずみ調子になってきた。ここであかねもあんみつをいただき始めた。
「でもね、別にあたし、助けてくれなんて言ってないんだからねっ。乱馬にも。あたしのことはあたしでなんとかしてみせるわよ。」
「いまさら言うことかしら…。」
開き直ったように語る妹に、いま相談に乗っていた自分は何だったのだと問いただしてやりたくもなったが、なびきはその元気が戻ってきた様子を見て、ひとまず良かったと息をついた。
「いつもまずいもの食べさせちゃって…わるいな、とも思ってるんだけど。」
あかねはそんな言葉を口にした。
とれないのは罪悪感。これに対し、なびきは述べた。
「だったら、はやいとこ原因をつきとめて治すまでよ。その勢いでおいしい料理のひとつでも作れるようになりゃあ、乱馬くんも喜ぶってもんよ。」




「そんなわけで、このココナッツトロフィーはもう粉々にくだけてしまいまーしたっ。うっ。うっ。罰として、ユーには厳しいきびしい教育指導を与えま〜す!」
「おれじゃねえってのにっ。」
「僕が証人だ。」
「おらも見ただ。」
「乱馬、お前ってやつは…」
「ヘイ!ユー・ガッタ・パニ〜〜〜〜ッシュ!!まずはそのおさげヘッドを丸坊主にしてあげまーす!!」
「…冗談じゃねえっ!」
強引にすすめられる嘘話に、これ以上つき合ってはいられない。乱馬は廊下を走り出し、逃亡を図った。
靴箱までの直線をいっきに駆け抜け、瞬時に履き替えて昇降口を出る。
すると。
「どぇっ!?」
足場がなくなり、突拍子もなく出来上がっていた小型プールにはまってしまった。
「けほっ。けほっ。くっそー…」
思いもよらずプールにはまった勢いで、水を飲んでしまったらしい。淵にしがみつき、むせ返る乱馬。
「見つけただ!早乙女乱馬っ…」
「おお!おさげの女〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「乱馬っ!」
「HEY!HEY!HEY〜〜〜!」
遅れた4人が追いついて来る。
プールから這い上がってきた乱馬の胸に飛び込もうとする九能。
しかしその動きは乱馬の左足顔面蹴りによって止められ、そのまま一定の間合いで前進できなくなる。
「ぁ、ご、ごめんなさいっ。つい反射的に…」
「ふっ、気にするな。いつもの挨拶ではないか。」
とっさに謝る乱馬。そしてしっかり顔に足形がついている九能だが、もはや気にも留めていないようだ。前髪をさらりと上げ、すました笑みを浮かべている。
「OH!サオトメ・ランマはどこに消えたのですか〜?」
「知らんな。」
「早乙女乱馬っ!きさま校長から逃れるためにわざと…なんと男らしくない奴じゃあっ。」
勘違いムースが乱馬に追い討ちの言葉をかけるが、乱馬は「きをつけ」の姿勢で、正面から言い返した。
「おれは男ですっ。」
「男ですって…」
この中では正常な方であろう良牙は、その乱馬の言葉遣いのおかしさに気付いた。なんで敬語?しかも姿勢よく?ついでに言うとお前いま女だぜ?とまぁ乱馬の言動にツッコミ満載であった。
「さあおさげの女、デートだっ!」
いつもの調子で、九能が乱馬を抱きかかえる。しかし乱馬はなぜか落ち着いた様子で、そのまま九能の顔を見上げて尋ねた。
「センパイ、デートがしたいのですか?」
「言うまでもなかろうっ。」
九能は遥か遠くの方を見据えている。もう頭の中はデートコースのことで一杯なのかも知れない。
乱馬は、仕方がないですねっと小さく呟くと、前の方を指差し、威勢よく声をあげた。
「それじゃあ行きましょうっ。」
「「なにぃぃぃぃぃぃーーーーーーーー!?」」
良牙、ムースが驚く中、九能はお姫様を乗せた白馬のごとく「はーっはっはっ!」と雄叫びをあげて猛スピードで走り去ってしまった。
「行っちまっただ…。」
「乱馬のやつ、とうとうおかしくなっちまったか…。」
血の気がひいた顔で、校門の先の地平線を見つめる二人。ちなみに校長はこの状況を理解していなかった。
「OH!タッチィ、不純異性交遊はいけませーん」
右手を額に当て、ただ肩をすくめるのであった。

「はっはっは。どうだおさげの女、楽しいだろう!」
「はい、とっても楽しいですっ!」
暴走の末、腕を組んでスキップで街を歩くおさげの女と九能帯刀。周りから見れば剣道男とカンフー女のバカップルとして映るのだろうが、かたや本当のバカ、かたや半分病気ののような状態である。
「(どうしたわけかおさげの女がこんなにも素直でやさしい…これは九能帯刀、人生最大のチャンスではないのかっ。)」
コーヒーショップで一息ついている時。乱馬はたのんだホットコーヒーを口にし、一瞬にして我に返った。
「はっ。何やってんだおれ…」
気付けば目の前・数センチの距離に顔面が。
「寄るなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫び声とともにあがる轟音。

「(いま、コーヒーを飲んで意識が元に戻った…さっきは水を飲み込んじまって、また変なことになっていた…そうか、そういうことだったのか!)」

吹っ飛ばされて壁にさかさに張り付いている九能。
そしてここにきてついに、というかやっとというべきか、乱馬は自らの症状の原因に気が付いたようだ。
「あかねの料理が下手になったんじゃねえっ。おれがもっと変な体質になってしまっていたんだっ…!」



つづく




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