◇らんま1/4
しょーすけさま作

一、かえってきた即席溺泉


「…ぁだ〜か〜ら、コレ水に混ぜる・その水かぶる・その人、たちまちパンダになる!とても不思議な魔法の粉なのよこれが。」
「かぁっ!そんなこたぁわーっとるっ!呪泉郷の水から採った即席溺泉じゃろうに。」
「あいや〜おばあちゃん知てたのか。さすが、人並以上に背がちぢんでないね。」
「わしを誰だと思っとる。それよりその粉、ずっと前から販売しているものではないのか?」
「ぁコレ、今までの即席溺泉シリーズとは質が違うのよお客さん!」
「ほぉ……では、効果は一度きりといわず、水に混ぜてすぐに入らんと効き目がないともいわぬと?」
「そのとおりあるよ。ワタシの店、お客さんのニーズに合わせて品物の追究どこまでもするね。よりカンペキな即席溺泉、いつか作てみせるあるよ!」
「…つまりこれもまだ不良品なんじゃな?」
「あいやーお客さん、万里の長城も一歩からよ。」

 ここは都内某所・さくら通りアーケード街の一角に構える中華料理亭、猫飯店。中国からやって来たとある行商人が、この店の名物、否、店主である可崘(コロン)ばあさんに商売を持ちかけていた。
「ただいま、ひいばあちゃん。」
商談が煮詰まっている頃に、出前から帰ってきたのは当店の看板娘・珊璞(シャンプー)。空になったおかもちを左手に持ち、軽快な身のこなしでそれを戻しにいく。
丸眼鏡をしたアヒル(もちろん中身は人間)がやかましい声をあげながら厨房から出迎えるが、この娘はそれをひらりと避わし、長く艶のある髪をしなやかになびかせて奥へと入っていった。
かと思うとアヒルが後ろを振り返った瞬間にまた出てきて、今度はその頭を軽く踏み越えてみせる。
盆には香茶が用意され、来客者へとすすめられる。
彼女は今日も元気にお仕事中。疲れ知らずのその躍動感あふれる姿、表向きとしてはまさに快活という言葉がよく似合う娘である。店に立ち寄るお客からの評判もとてもいい。
「おおシャンプー、ちょうど良かったわぃ。果たしてこれを買うべきかどうかと思っての。」
「是非お試しすることオススメするねお客さん。」
テーブルの上に差し出された、まるで永○園のお茶漬ふりかけのような紙袋。デザインは一新されているが、勿論、シャンプーにもこの商品には心当たりがある。
「あいやぁ、また即席溺泉あるか。」
「ちょっとはましになったそうじゃが…」
「どんな風にか?」
「効果が長持ち馬力なのたよ!コレ使う、最低でも一年は効き目が持続するね!」

即席溺泉の素…それは以前、同じく中国の怪しい品を取り扱う行商人が、一度ならぬ二度もこの猫飯店に売りに持って来ては、やはり不良品だというオチに終わっていたものであった。いつになれば「完璧な即席溺泉」が出来上がるのかはわからないが、ともあれ今回はバージョンアップしているらしい。もし本当だとしたら、呪泉郷関係者にとってはいくらかありがたい事である。

「一年…。」
「まあ上出来かも知れんの。…どーする?シャンプー」
「もちろん購入するねっ!」
「謝々。謝々。では商品はこちらになるね。」
商談成立し、行商人が鞄の中から取り出したのは一箱のセット。
「…これが新しくなった即席溺泉の素かの?」
パッケージを見ればそこには“浅草名物”と書いてある。
「ぁぃゃ、コレは土産に買ったしょうが煎餅だったね。失礼っ。」
そう言ってそそくさともうひとつ取り出したのは、同じサイズの箱。
「ほぉ、これはお歳暮か何かかの?」
「ぁぃゃ、これはP○kkaブレンドコーヒーだたか。あー、商品はずっとここに置いてあったね!」
「それは熊猫溺泉じゃ!パンダではなく男になるものを貰おうか。」
「男!?おばーちゃん今ごろ異性に興味を持つよーになたあるか!」
「だまらっしゃぃ!男溺泉の素はあるのか、無いのか!?」
ずいっと前に出て圧力をかけるおばば。おふざけはこの辺にして、品物を出して欲しいところである。
「ぁあぁ、そんな恐い顔しなくても充分迫力はあるねおばーちゃんっ。ほいな、コレが本当の男溺泉の素ね。試供品なのでお安くするね。」
そうしてようやく、効き目が一年は持続するという男溺泉の素が猫飯店側の手に渡ったのであった。



 所かわってこちらは天道道場。玄関の前をこの家の主と図体の張ったパンダが箒を掛けている。たまに思い出したように見られる光景ではあるのだが、誰に頼まれてやっているわけでもないようだ。むしろ、こういうことをしている時は大抵の場合、何か理由がある。
「いや〜たまには家族の一員として掃除を手伝うってのも悪くないよね早乙女くん。」
「パフォ(異議なし)。」
「ようし、この調子で町内全体を掃除しちゃおうかなぁ早乙女くん。」
「パンパパフォパフォ(そーこなくちゃ◎)」

「おとうさーん、早乙女のおじさまー、お昼ご飯出来たわよー。」

「それぃ!」
「あっっ!ちょっとおとうさん、おじさま!」
「すまないあかね!わしらにはやらねばならん事があるのだ!」
「バッフォ!(町内掃除だよーん)」

「…ぇぇ〜〜〜〜〜〜え?」
納得いかないあかね。
「もうっ、たまに休日だからってご飯作ってあげたらこれなんだから。今回は結構うまくいったと思うんだけどなあ…。」
言うだけ言ってみるものの、実際のところあかねの作った手料理はどうにも上手くいってはいない。その程度の酷さは、立ち込める異臭で判断できてしまう。…台所から異臭がただようのである。料理中に…。
「あかね…頼むからたまには「わぁ!おいしそうな匂い」って言える料理してくれよ。」
「わ、わかってるわよ。」
本日、家に残されたひとりの乱馬。いかにも残念だという顔をしている。
「あかねちゃん、まずはおだしを作るところから掛からなくちゃね。」
もうひとり、乱馬の母のどかである。
「そっかぁ〜。味噌だけじゃ味噌汁の味にならないのね。」
「味噌汁…?焦げたビーフシチューじゃねえのか…?」
出来上がった料理の鍋を見れば、中身はどす黒い、わずかに「かつて茶色だった」ことを思わせる残骸が。
「よぉしっ!晩ご飯こそちゃんと作ってみせる!」
「晩飯もやんのかよ!?」
「あっとその前に、」
「?」

「はい、お昼ご飯。」






「この粉、お湯に入れるよ・ろ・し…これで充分あるな。」
シャンプーはそのメッセージだけを書いて添え、即席溺泉の素を乱馬の所へと贈るよう準備をしていた。これは一種の作戦の模様…。
「乱馬、男に戻るついでにあかねも男溺泉の餌食にしてくれるね…。」


☆シャンプーの・乱馬的惚情奪取作戦・解説☆
(極めてディフォルメな想像図でお送りしております)

乱馬、粉を受け取る。
「お、お湯に入れるといいだって。入浴剤かな?」
さっそく、使ってみる。乱馬、風呂から出てくる。
「なんだかわからねーけど、風呂は気持ちよかったぜ。」
そしてそれが男溺泉の素であったことに気付かないまま、一家全員風呂に入る。
翌日、学校の帰りに思いがけず雨がふる。
「ああっ、乱馬が女にならないっ!」
「ああっ、あかねが男になってる!」
ダブルびっくり。さらに乱馬がつづける。
「そんな…おれは男なんて愛せねえっ。さらばだあかねっ。」
「あうっ。乱馬〜〜〜〜」
以上。

「カンペキねっっ!」
どうなんだろうか。ともあれシャンプーは乱馬へと直接の手渡しではなく、珍しく郵送という手段をとったのであった。






「それじゃあ、私はお夕食の材料を買いに行ってきますから、二人でお留守番お願いね。」
「いってらっしゃい、おばさま。」
「あ、あんまり高い食品買わなくていいぜおふくろ。」
昼飯はただ焦げていただけで、もとはだしの入っていない味噌汁だったので健康を害するまでには至らなかったようだ。だがしかし夕飯はどうなってしまうのだろう…早くも乱馬の脳裏には、腹を抱えて倒れこむ自分の姿がよぎっていた。

「ちはーっ宅急便でーっす。」
「はーいっ。」

「天道乱馬様…だって。」
天道道場早乙女乱馬様…これでは確かに長い。乱馬宛に贈るには、こう書くのが手っ取り早い、ということか。
送り主であるシャンプーの母国、中国では結婚しても苗字を変える習慣はない。それゆえシャンプーにとっては大した抵抗もなく理論上で考えて書くだけ書けたのかも知れないが、これを読んだあかねとしては少しどきっとしたようだ。
「…中身は?」
「何かの粉みたい…あ、これシャンプーからじゃない。」
「試供品って箱に書いてあるな…しかし何の粉だこれ。」
袋のデザインが一新されたゆえ、〜溺泉の文字は表示されていない。
よってまだ二人はこれが即席溺泉の素であることに、気付いていない。まずは箱に添えてあった紙に書いてある端的な説明を読む。
『この粉、お湯に入れるよろし。』
「ほぉ…。」
お湯に入れる粉…このキーワードをもとに正しい使用方法を頭の中でさぐる。
「お湯に入れるといいってことはだな…」
「あ、分かった!」


「これはきっと、だしの素よ!」
「そうか、猫飯店の新製品か!」


…この二人がひねり出したあっぱれな解答が原因で、これより天道家および周辺人は大混乱の渦に巻き込まれていくことになるのであった。




二、乱馬の異状〜誤解の入り乱れ



 お日さまが暮れ、そろそろ晩ご飯の仕度を始める家庭がぽつぽつと。道端にまでほのかに漂ってくる、食欲をそそる香りにノラ犬だって上機嫌。

一軒の、道場のあるお屋敷の横をとおる。

「…ぎゃわんっ!わん!わぅ!わぉ〜〜〜ぅ」
突然の驚愕、逃亡。原因は思いも寄らぬ異臭であると考えられる。…何かに必死に努力していることは、屋内から轟いてくる「でりゃりゃりゃりゃりゃりゃ」の掛け声で分かる。しかし、結果は犬に逃げられる始末なのか。なんだか気の毒である。
「っっできたぁ〜〜〜!」
台所で食材と格闘をしていた少女が、ついにその功績を茶の間にさらけ出した。
「で?これは何なんだあかね?」
「中華フルコースよ!シャンプーから届いただしの素を何通りか分けてつかってみたの。」
並んだ皿上には、黒こげのもの、素材のままのもの、もの凄い形相をしたもの等々が。
「これは?」
「玉子スープよ。」
「これは?」
「酢豚…のつもり。」
「これはっ?」
「お手製肉まん。」
「このネギが刺さっとるのは何だっ?」
「チャーハンよっ。いいから食べなさいっ!」
あかねの剣幕に押され、せわしなく料理を自分の皿にとる乱馬。母のどかは笑顔でその様子を見守っている。
「い…いただきます」
おそるおそる、黒こげになった「あかね曰く酢豚のつもり」の一片を口に運ぶ。
「…ぐはぁぁぁぁぁぁっ!」
「どおっ?おいしいでしょ?」
いい反応であるわけがないのだが。
「ま・ず・いっ。」
「どうまずいってのよ?」
「とにかくまずい。」
「まずいまずいって、具体的にどんな味なのかはっきり言いなさいよっ。」
「そんな事いったって、よくわかんねえ味なんだよっ。」
「じゃあ分かるまで食べてっ。」
「あのなあっっ。」
笑顔の母。やっきになる料理の作り主。死にもの狂いの乱馬。これだけは本当に見逃してっと言いたそうな表情だが、そうはいかさないぞと監視を続けるはあかねである。
「じゃあ次この玉子スープ食べてっ。これは自信あるんだから。」
「自信…ねぇ。うーむ…」
思い切ってスープを口に運ぶ。
「どう?だしの味利いてるでしょ?」
「うぅ…う〜んそうだな…確かにだしの不思議な味が利いていてこれは…」
「おいしい?」
「……おいしいですヨ。」
「ほ、本当!?きゃ〜隠し味に白ワイン使って正解だったんだあ〜よかったぁ〜。」
「はは…あかねの手料理がおいしくないわけ、ないじゃないですか…。」
乱馬はさわやかな笑顔を掲げ、壊れそうな味覚とは裏腹な言葉を口走っている。
どうも乱馬の様子がおかしい…と思って然りのところなのだが、
「そ、それじゃこの肉まんもっ。」
「…うん、おいしい。」
母ホロリ。あかね感激。どうやらあかねは自分の腕前が上がったものだと思っているらしい。なんにせよ彼の異変に気付く者はこの場にはいないのであった。


 それからというもの、彼は性格が一変してしまった。朝寝坊せず、父と食卓で争いもせず、そして何故か敬語を遣うことが多くなった。

「あ、なびきさん、今日は三人で登校できそうですね。」

「…乱馬くん何か変なものでも食べたんじゃない?」
「そうそう、昨日はあかねちゃんがご馳走してくれたのよ。お夕飯まで。」
罪なき傍観者、のどかの説明に何となく納得してしまうなびき。
「変なものなんかじゃないわよ、おねーちゃん。昨日は本当にうまくいったんですからね。」
「…えっ?」
一瞬箸を止め、うそでしょ?という表情をあかねに向けるなびき。
しかしその視線には直接応じず、あかねはこう繰り出した。
「だからね、あの…今日もあたしが作っていいかな?」
誰かに顔を向けこそせず、家族全員に言うような素振りを見せた。
「僕はかまわないですよ。」
乱馬はというと、家庭の一員として意見を言う感覚で返答をしている。その顔には、やたらさわやかな微笑み。
しかしそれでも、あかねの頬を紅潮させるには充分だった様子。少しうつむいて、その表情はほころんでいた。

「それでなんで乱馬くんは敬語なのよ…。ねえかすみおねーちゃん?」
「そうねえ。」
「…んん〜いい朝だねえ早乙女くん。」
「あらおとうさん、おじさま、おはようございます。」
しかし乱馬の不可解なる言動はまだ続く。それは彼が味噌汁に手をつけた直後のことであった。
「っったく昨日は散々だったぜ!晩飯まであかねが作ってよー、変な味の玉子スープとか飲まされて、しかも冷製でやがんの!それから後は記憶がとんじまって…」
「な、なによ!?昨日はおいしいって言ってくれたくせに!」
「あら、元に戻ったみたいね。はいおじさまお茶をどうぞ。」
「パホ。」
「…俺んなこと言ったのか!?」
「言ったわよっ。全部食べれたのが何よりの証拠じゃない。」
「何ぃっ!?乱馬くん、本当かね!?本当にあかねの料理をぉっ…!ということは、これで二人の仲に障壁はなくなったということになるのではぁぁぁぁぁ!!」

「はいおとうさんもお茶どうぞ。」

「あ、うむすまないねえ。…そうかあ〜ついに二人の愛が通じ合うようになったんだなぁ〜うんうん。」
…確かに昨晩、乱馬はその料理を完食していた。その時は終始笑顔だった。が、実は彼の部屋に保管されてある早乙女家に伝わる万病に効く貴重な薬、万金丹の巾着袋が空になって転がっている。つまりあかねの手料理が上手くなったわけでは、ない。のである。
「(おかしい…俺があかねの料理をうまいと言いながら食うなんて、そんな馬鹿な…。)」

しかし乱馬が笑っておいしいと言いながら食べていたのは紛れもない事実。これ如何に?

「いってきまーす。」

朝食を終えた時点で、乱馬はすっかり元のガサツな性格に戻っていた。






「…絶ーっ対なにかの間違いだっ!おれがそんな事を正気で言うはずがねえっ!」
「なによ!じゃあ結局あの料理は全部まずかったって言うわけ!?」
「玉子スープの後は、おぼえてねえ!」
「あんたよくもそんな事をぬけぬけと言えるわねえっ!本当のこと言いなさいよ!」
「おれはいつだって正直に話してらあっ!」
「どーだか!」
教室に辿り着いてからも二人の口喧嘩は、発展することもなく、いたちごっこのように続けられていた。どちらも引かないので話に決着が付かない。
「朝から仲睦まじいよな、あの二人。」
「まったくもって。当分止みそうにないな。」
いつものことだ、と思いながら遠まきに見ているクラスメイトたち。もちろん、乱馬が今朝まで性格一変していたことなどは知らない。
「…じゃあ、なんでおいしいって言ったのよっ?」
「おおかた頭がおかしくなってたんだろーよ。」
「ばかぁっ!!」
どこっ と音を立てて、ケースに入ったままの英和辞典が相手の額に直撃する。まともに喰らった乱馬はそのまま後ろに倒れ伏してしまった。
「おお、決着がついた。」

 所かわってこちらは風林館高校の、屋上に構える *常夏仕様* の校長室。
今ここに一人の生徒が、隠密に呼び出されていた。

「…とゆー事でどうデスかMs(Msとかいてミズとよむ).なbき」
「誰がなbきよ。」
「この計画に協力してくれれば、報酬はそれなりのモノを用意しマース。これもすべて打倒サオトメ・ランマのため。」
早乙女乱馬を校則違反(おさげも含め)で取り締まるためにと、校長はとある計画を立てているらしい。そしてそのプロジェクトを発動させる上で、是非とも必要だとして参戦要請を持ちかけた先は天道なbき、もとい天道なびきであった。
「(打倒・乱馬くんの計画ねぇ〜。まぁ校長も乱馬くんには躍起になってるとこあるし、これはいい儲けになるかしらん。)」
金儲けのためならこんな事にも協力する、それがなびき、それでこそなびきである。校長とてそれを見越したうえでこの女に白羽の矢を立てたわけで。今まさに邪悪女王の復活せん、といったところか。
もっとも、校長の計画がそう成功はしないだろうというところまで見越しているのが天道なびきなのだが。
「じゃ、取り引きから始めましょーか。」
「WHA、WHAT?」
「報酬の件よ。あたしの方から指定しちゃってよろしいかしら?」
なびきはにこりと笑ってみせ、頭を横に傾けてご愛想を校長にあてた。


「乱馬くん、ちょっと。」
「なんだ?」
昼休みになって、食事も終えた頃になびきは乱馬の教室に現れた。
「(なびきおねーちゃん、どーしたんだろ?)」
あかねもその様子を見ていたが、なびきは乱馬ひとりを呼び出し、教室の外へと。そして招かれるがままに、乱馬は屋上へと連れられてきた。
「なんだよわざわざ三年棟から出てきたりまでして。家じゃ言えねー話でもあんのか?」
「そりゃーね。ここで話すのがいいと思ったから呼んだまでよ。」
あごを少し上に傾け、眉を上げてふふんと小さく笑ってみせるなびき。一体何を考えているのか、乱馬には到底わかりはしない。
「…で、何の用でぇ?」
「あかねのことでちょっと。」
「?」
そしてこの二人のやり取りを、密かに隠れて見届けている者がいた。
「HAHA。動き出しマシタね〜。ジャストナウより、あの憎たらしいサオトメ・ランマを罠に陥れていきマース。ランマが、取り返しのつかないトラブルを必然的・確実的に巻き起こし、その罰として丸ボーズにするのデース。名付けて、こぼれたミルク盆に返らーずプロジェクトで〜す。」
と言いながら二人を見ているは、もちろん校長。しかし屋上には隠れ場がないので、大時計の短針と長針に足を乗せて、ギリギリ張り付いた状態で頑張って横を覗いている。少々、足がプルプルいっているようだ。
「今朝のあかねの話、本っ当なの?乱馬くん本っ当においしいって言って…」
「んなわけねーだろっ!あいつの作るメシは食わなくてもまずい!」
「でもあかね、いつもと様子が違ったみたいだけど?」
「へ?」
朝、交わした会話を思い出してみる。乱馬の覚えている限りではこうだ。

“っったく、昨日は散々だったぜ!……”
“なによ!?おいしいって言ったくせに!”
“……絶ーっ対なにかの間違いだっ!”
“じゃあなんでおいしいって言ったのよっ?”

「…そーかあかねのやつ、既成事実をでっち上げようとしてるんだなっ。」

「そうじゃなくて!今日もまたあかねが晩ご飯作るって言ってるのよ?あの自信はどうしたのかと思って…それに乱馬くん、あんたOKっつったでしょ!」
「なにっ?!」
「あんたのせいで、あかねが晩ご飯作ることが決定項になっちゃったんだからね。そこでなんだけど…」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれっ。」
なびきが話を進めるのを制し、乱馬、額に手を当てて考え込む。
「(おかしい…おれがそんな事を言うはずがないってのに…しかもそんな記憶、まったくねーぞ…)」
必死で思い出そうとするが、何も出てこない。そういえば今朝の、起きてから食事につくまでの間の記憶がない。昨日の夜にあかねの玉子スープを飲まされたところから、今朝の食事をするまでの部分が抜け落ちているのである。
「(ひょっとしたらあの玉子スープ、酒でも入ってたのか…?隠し味に白ワイン〜とかいって、そのせいでおれは酔っ払って…)」
頑張って推理をしてみる。
「ぇぇ〜ぃ何をしているのデスか〜…。もう間もなくお昼休みが終わってしまいまーす。二人ともお授業サボリ状態ねっ。」
そしてついにチャイムが鳴った。そこでなびきが悩める乱馬に向けてきり出した。
「いい、乱馬くん?今日の夜あかねがご飯を作るとして、無事に食べれるのかどうか今一度確認してきてちょーだい。」
「な、何?」
「直ちにあかねに料理を作らせて、あんたが毒味するのよ。ちょうど次の授業は調理実習なんでしょう?それであかねが前の日からずっと張り切ってたのよ。だから、あんたがあかねの作ったのを食べて、それで駄目なようなら速急に早急に家族に知らせること。いいわね!」
そう言ってなびきはドアを開け、やや小走りで階段を降りていった。
「…ったく、あかねの料理がうまくなってるんなら、おれの記憶がとんでるはずがねえっつの…。………ま、ケンカ中だったから…いい口実にはなるか。」
少し肩重そうに、低めの声で呟いて溜め息をつく。そして彼も屋上を降りていく。
「んんーうまくいったようデスね〜。よもやミーのプロジェクトが始まっているとは、夢にも思っていないようでーす。サオトメ・ランマ、今日がユーの最期の日で〜すHAHAHA!…HA?」



がくんっ



1時5分。


「OH!NONONO!足場がっ!足場がっ!」



かくして校長の罠は、始動した。



つづく




作者さまより

はい、「らんま1/4」です。この16、7年間に誰か同じタイトルで書いてやしないかと少々びくびくしております。
確か夏…か夏の終わりごろにおおまかなネタだけ決定して、ずっと置いてたやつです。タイトル自体はそれこそずっと前から考えついてたやつで。一度は考えてまいますよね(笑)。
らんま1/256ってどこかにありましたっけ。らんまファン256人による投票と結果どうこうとか…。
こちらの「らんま1/4」も乱×あ、ですな。というか極力アニメに近いノリで書きたい、というのが自分の根底にはあるので。変なアドリブ的なセリフの言い回しもそれに起因するものです。
日本語間違ってるよ!と心の中でツッコんでやってください

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