◇T think she is …  前編
しょーすけさま作



思い込みが人を動かすことがある。勇気を与えることもある。当然、迷惑なこともある。



「早乙女乱馬、覚悟〜〜〜〜!!」

それが九能(センパイ)の挨拶のようなもんだった。いっつもいつも同じパターンで、この自称風林館高校的蒼雷男はおれの前に現れる。夏休みの間も何回か、何処からともなく襲ってきた。それが休みが明けたら明けたでまた、性懲りもなく学校にて定期的に(今んとこほぼ毎日だぁ)現れるようになった。

「さあさあこの九能帯刀満18歳、風林館高校の紅い疾風が今日こそ貴様を成敗してくれる!」
「ぉ? 蒼い雷はやめたのか?」
「ちょっと気まぐれに変えてみただけだ。袴を新調したのでな。」
見れば九能の袴は深藍色ではなく緋色。そして上は紺ではなく白。ん〜なんかまるで神社の巫女さんみたいだな。しかし最近はいつも紺色だったのに、突然白の道着を着てくるとは、なんでまた…。
「あー九能センパイ、まさか格落ちでもしたのか?」
「違うわっっ!つべこべ言わず勝負だ!」
格落ち説は否定する九能だった。とはいえものの2,3秒もあれば勝負ありだ。決め手は脳天ふみ落とし。いきなり大振りでかかってくるからだぜ。
「まあいつもと変わんねーかな。」
ふっ九能…刺し面か小手あたりで始めるのが戦術ってもんだろうに。おれが相手となるともはやそんな余裕もないってかな?

お、チャイムだ。

てなわけで今日も程よく騒いで一日が終わった。ひろし・大介と少しだけ話し込んだところで、帰ることに。そうそう、さっき九能の服が替わってたのは…ひろしが言うには、

どうやら何者かに燃やされちまった、とかって話だ。

「九能家内の騒ぎとは違うみたいだな…お、あかね。」
靴箱にてあかねと合流。早速聞いたばかりの九能の話を持ちあげるが、どうやらあかねも同じ事をクラスの女子から聞いていたらしい。
「そー、その話でしょ。あたしもさゆりから聞いたわ。犯人は知らないけど。」
「物騒な野郎がどっかにうろついてんのかもな。」
「放火魔かしら…怖いなあ。」
確かにな。


…あ〜、もし無差別に建物に火を付けるような野郎が九能の家に忍び込んだとでもいうのなら、これはただ事じゃねえだろう。無差別犯罪の恐ろしさは無差別格闘流のこのおれが保証するさ。うん。

「早乙女〜っ、もう一度勝負だ!」
門を出る手前で、後ろからその声がした。ちょうどアレだ、本人に聞いてみるか。
「よおセンパイ、噂になってんぜ。放火魔にでも遭ったのかよ?」
「放火魔と…?ほう、そんな的外れな噂が出回っているのか。」
「違うのか?」
苦笑いを浮かべながら木刀を帯刀(たいとう)する赤袴の九能。
「・・・この勝負に勝ったら教えてやる!」

「…それで、何があったんだよ?」
「ふんっ。響良牙、あの男が僕の家に忍び込んで来たのだ…。」
地に伏した九能がむくっと起き上がってその場に座り込み、事態の説明をする。

九能の話によるとこうだ。まず、昨日の夜に良牙が九能の屋敷に、迷い込んだ。それで泥棒の類と勘違いした九能が成敗しようとしたらしいが、何でも相手(良牙)が炎を出して攻撃してきたとか…それで燃えたってわけだ。去っていく笑い声を聞いて初めて良牙と判ったらしいが、なんにせよ物騒な話じゃねえか。
「良牙のやつ、また変な技でも覚えてきたのか…?」
「でも、良牙くんなら悪用する心配はないわね。よかったぁ。」
うーむ、安心していいやらか。もし良牙が新しい技を会得して来たとすれば、そう、まずはおれの身に火の粉が降りかかってくるだろう…あいつにもガールフレンドができたおかげで、あかねにはそう易々と手出しはしなくなった(そうでもないか?)が、やっぱり良牙はおれが認めた、本当のライバルだ。まずはあいつも、おれに勝負を挑んでくる…まあ結局はおれが勝つんだけどな。へへっ。

___そういうものだと思っていた。三日後に、良牙が天道家に来るまでは。


「あら良牙くん、いらっしゃい。」
良牙が着いたのは三日後の夕方ごろだった。玄関を上がり、茶の間にて座談を始める。
「実は、インドまで修行の旅に出ていたんだ。」
「ええっ!?」
「とか言ってまたカレーハウスにでも迷い込んだんじゃねーのか?サン〇ルコか?メー〇ウか?」
「ち、違うっ!確かに印度島と現地の人が言ってたんだっ。」
インドは島じゃねえ…。案の定、相変わらず日本の何処かをさまよっていたらしい。

だが今回の良牙は、明らかに見た目が変わっていた。服が赤い…先日の九能の袴みたいな緋色じゃあない。真っ赤だ。バンダナも。色違いの服に身を通した良牙は、どこか神妙な感じが漂っていた。

「これ、土産です。」
そう言って良牙がとり出したのはひとつのお守りだった。まだあかねに対していい奴キャラを演ってやがるが、下心があるのやら無いのやらあるのやら…まあいいけどよ。
「火の神のお守りってやつで、これを身に着けると護身用としても使えるんだ。」
「護身用って、何かが直接守ってくれるの?」
「ああ。炎の力が身の危険から…」
「ちょっとまて良牙、ひょっとしてそのお守りで九能を…?」

このお守り、どうやらただのお守りじゃないらしい。むしろ火なんか出てくるんなら逆に危険な代物じゃねーのか??おれはまずそう思ったね。
「九能か。確かに先日手合わせをしたが、このお守りのおかげで、俺は無傷で勝つことができたんだ。」
そう言って腰に付けている自分のお守りを見せる。にゃろう、あかねとお揃いのグッズ持とうってか。あかりちゃんはどーしたっ!

「へっあかねに護身用のお守りなんてあげても意味ねえぜ、良牙。」
「ん?」
「なんでよ?」
「なんでって、そりゃあオメ…」
鈍感っ!
「おめえみてーなかわいくねー凶暴女、襲う奴がまずいねえっつーの。」
「なんですってえ!」

「あー、俺はあかりちゃんの所にも用事があるんでこの辺で…」
「あ、じゃああかりさんにもヨロシク言っといてね。」
「はい。それじゃ。」
そして良牙は公認の仲の相手、雲竜あかりの所へと向かって出発した。

「本当に効果あるのかな〜?このお守り」
さっき良牙から貰った、火の神のお守りとやら。見た目は普通の、ひもの先まで赤いお守りだ。「天竺」と、もろにうさんくさい文字が書かれている。
「やめた方がいいんじゃねえのか?それが物騒の元なんだろ。」
「使い方次第よ。あくまで護身用だもの。」
んで、結局つけるわけ。鞄のキーホルダーの輪にひもを結びつけて・・・


ぴかっっっっっっっっっっ


「え…!?」
「ぉぉ!?」

なぜかお守りが光りだした!そして光は部屋の天井へとのぼり、龍…いや大蛇か?のような形になって、あかねへと降りていく。
「え?え?」
別にこれは危険な状況、とかじゃないよな…?何が起きているかもよく分からんが、とにかく光があかねを包み込んでいた。おれはただあかねの様子を見守っていた。

・・・・・・・・・

「あ、あかね…」
「何?どーなったの一体?」
「赤いぜ…」
「え??」
赤かった。お守りを付けた鞄が、ハイネックのニットが、黒髪の中に反射する艶が。鏡を見て本人もびっくりだった。
「こ、これがお守りの効果…」
「そーか付けた者を赤く染めちまうのか。なるほど良牙のやつも赤かったわけだな。」
あかねはどうしようとばかりに困っているが、おれは別にいいと思う。いや…よく見るとやっぱり神妙だな。人間ばなれというか、それとも新鮮な感じがするだけなのか…

「…なにじろじろ見てんのよ。」
「へ?ぇいやぁ、か、考えごとしてただけだっ。」
「ふーん?…でもどうしよう。これじゃ、あたしまで変身体質になっちゃったみたいじゃない。」
「だったらやめときゃいーじゃねぇか。ぇ?」
良牙もろくな物よこしゃしねえよな〜ったく。
「う〜ん。でもやっぱり良牙くんの厚意なんだから、しばらくの間は着けておこうかな。」
・・・。

あ〜あ〜あ。面倒なことが起こらなきゃいいんだけどなー。  とはいっても、あかねの変貌した姿を見りゃ何かありそうなのはアカラサマだ。絶対なにか、やな事が起こる。と思う。


そして、本当の騒動はこれからだった。

「あら良牙くん、まだこの辺に居たの。」
「え?あ、あかねさんっ!馬鹿な、ちゃんとバスまで利用したのに…」

翌日金曜日の学校の帰りに、おれ達はまた良牙と遭遇した。
「あかりさんの所へは辿り着いたの?」
「いや、それがまだ…」
「よお良牙。今日も赤いじゃねえーか。その服はお気に入りか?」
良牙の腰にはやはりお守りが。
「服を替えたわけじゃねえ。この、火の神のお守りの効果だ。」
そう言って自慢げにお守りを見せつけやがる。
「あ、そういえばあかねさんも…」
あかねもまた同じようにお守りを着けている。よって良牙と同様で赤い。なろぅ、おれだって水かぶりゃ赤くなれるんだぜっ!服だって赤も持ってらチクショっ!(いまは青なんだけど)
「うん。あたしも着けてるから。」
言いながら、鞄につけたお守りを良牙に見せたその時だった。


っぴかぁ――――――――――――――


「!?」
「また光が…!」

良牙とあかねのお守りが、共鳴した。そして総てを包み込む光の中で、その二点を、赤い糸が繋いだ。 そう見えた気がした。

「……うっ。」
目がチカチカする。暫くうつむいて治るのを待った。しかしその間にこの二人は…

「さあ…行こう!あかねさん!」
「ええ、良牙くん!」
「!?!?ちょちょちょと待ておめーらっ!」
いきなりダーッシュときた。良牙とあかねは手をつないで、天道家の方へと走り出したんだ。何が起こったのかわからねーが、おれも後を追おうと思って走った。しかし、まだ目が治ってなかったせいで…

ごんっっ

電柱に激突。いや、目くらで走るなとか貼り紙に書かれても困る。おれはその場に倒れ伏してしまった。




「乱馬ぁ〜〜〜!!」
おれを起こしたのは、メガホンのでっかい声だった。
「お、おやじっ!耳元ででかい声出すんじゃねぇっ!」
「乱馬よ!貴様あかねくんに何をしたぁっ!?」
「何って、それよりここは…!?」

見ればそこは、随分さびれたボロ部屋…を思わせるセット in 空き地だった。

「なんだよおやじっ!これじゃおれらが家なしみたいじゃねえか!」
「ばっかもーん!!ついさっき追い出されたんじゃぁ!!」
何ーーー?!!家を追い出されただとぉ!?
「お前を連れ戻し、あかねくんと仲直りさせん限り天道家の敷居はまたげんのじゃぁ。乱馬っ!何故こんな事になったんじゃ!?はっきり言うてみぃ!!」
「ぅうるせーー!!おれだって何がなんだかまるで解んねぇんだよ!あの二人に会わせろっ!」
「仲直りしてくれるのか?」
「してくれるのかって…もとより、べつにケンカしたわけじゃねえ。」
「む…。では何故、良牙くんとあかねくんが揃って交際宣言をしておるのだ。」

良牙が……一体どうしちまったってんだ。あかねまでその気になるなんてそんな馬鹿な…。

「っとにかく、会いに行くまでだ。………それと、 おふくろはどうしたんだよ?」
「かあさんなら、まだ買い物に出掛けとる。」


天道道場の看板、門をくぐって入る玄関、何も変わってやしなかった。おれ達の関係以外は。

「あかねー!良牙ーっ!」
襖を開けて茶の間に入った。っとそこには、本当に男女二人組が仲良く座って早雲おじさんと話をしていて…
「おとうさん、いいでしょ?」
「ぅぅう〜〜んしかし…ん?おお、乱馬くん!帰ってきたのかね。話はもう伝わったと思うが…」
「おやじから聞いたよ。…良牙、これもどうせお守りの効き目なんだろう?きたねぇ真似しやがって!」

「何の話だ乱馬。おれはあかねさんと、結ばれる定めにあるんだ。それの何が悪いっ。」
「てんめぇっ!悪いジョークは、おれを倒してからにでもするんだな!!」
「ふっ、今の俺には火の神の加護があるんだ。よした方が身のためだぜ。」
「…表へ出ろっ!」

こいつ、いや、あかねも、ひょっとしたら火の神とやらのせいで人が変わっちまったんじゃねえだろうか?

「まぁかかってきな。今にわかる。」
唐傘をだらんと構えて余裕そうにする良牙。
おれは容赦なく、タメなしで間合いを詰めて打とうとした。
打とうとしたんだが、拳がとどく前に、瞬発的な火の発生が、それを妨げた。

ッドォォォォォォォォン

「くっ……!」
これは、火というよりは爆発…まるで良牙の全身をバリアのように覆っている。
「今度はこっちからだっ。」

「喰らえ、神火炎舞!!」
炎が再びあがり、唐傘を広げだす。そしてそれをくるくると回し、傘に絡んだ炎はひとつの渦になって、しまいにこっちへ向かってくる。

「ぅああああああああっ!!」





火の勢いに押されて、池に落ちていたからまだ良かったものの、全身火傷を負った状態でおれは一晩中気を失っていたらしい。おれが目を覚ました時にはもう朝だった。

「ぅっ……」

「気が付いたのね、乱馬。」

見覚えのない部屋…なんだか小ぎれいな和室だった。ぼんやりとした意識の中で、おれは傍にいるおふくろに話しかけた。
「おふくろ…ここは一体?」
「ここはね、前にあった早乙女家。壊れたから建て直したのよ。」
「………。」

自分らがなぜここにいるかは、聞くまでもなかった。

…ちくしょう……。

良牙は火の神とか言い切っていたが、うさんくさい物だったじゃねえか。なのにおれは、そのお守りひとつのせいで今、この有り様でいる。…あかねが居ない。その上おふくろまで巻き込んでしまっている。

「許せねえ…絶っ対にあのお守りの効力を破ってやる!」
「乱馬、無理に動いちゃだめよ。酷い怪我なんだから。」
「とめねえでくれ、おふくろ。」
もう、居ても立ってもいられない気分だった。
「おれは、勝つまで決して諦めない主義なんだ。怪我ならそのうち勝手に治るさ。」
「でも、今はまださすがに…」
「行かせてやれ、のどかよ。」

「あなた…。」
「……あれが、乱馬なのだ。」





おれは、まずは冷静になって猫飯店に向かうことにした。あのお守りについて、ばーさんなら何か知ってるかも知れないと思ったからだ。まだ朝方だから店は準備中だったが、とりあえず中に入ってばーさんを呼んだ。

「残念じゃがシャンプーなら里帰りしとるぞ。」

「そおいう問題じゃなくって、ちょっと聞きたいことがあって来たんだ。」
「ほぉ…その怪我を見ればだいたい見当はつくが、聞くことにしよう。何があったんじゃ?」


おれが今までのことを一部始終はなし終えると、ばーさんは少し困ったような顔つきで応えた。
「う゛〜む知ってはおるのじゃが、あんまり教えたくないのぉ。」
「なんで」
「見たのであろう?良牙とあかねが結ばれたところを。」
「ま、まだ決まったわけじゃねえよっ。」
「しかしいずれはそうなるのじゃ。そのお守りのおかげで、ふたりは「燃える恋心」を手に入れたのじゃからな。」
「何っ!?」

「火の神のお守り…それはかつて諸葛亮孔明までもが欲しがったが、ついに手に入れられなかった悔しさの末に赤壁の戦いの戦術を思い付いたという伝説の品じゃ。それを身に着けた者は燃え盛る炎の力と、燃え盛る恋心のふたつを手に入れることができる。」
「……。」
「そしてそのお守りを身に着けた男女が出会った場合、運命の赤い糸に繋がれるが如く互いにひき合い、必ず結ばれるのじゃ。」
「…つまり、このまま放っといたら、良牙とあかねは本当に…」
「さよう。う〜むめでたしめでたしじゃて。」
「よくねぇーっ!良牙にはちゃんとガールフレンドがいてだなー、」
「婿どのとて同じことじゃよ。ほっほっほ」
「べ、別におれの場合は周りが勝手に騒いでるだけでえっ。」
「…兎に角、こんなよい話を妨害する手立てはわしにはできんて。」
ちっくしょぉ、このばーさんなら絶対あのお守りの効力を破る方法を知ってるはずなのにっ。
「へっ、効力については分かったんだ。あとは自力で何とかしてみせらぁっ。」
おれは猫飯店をあとにした。
絶対、この土日でなんとかしてみせる!このままじゃ学校であかねとも会いにくいしな…。



つづく




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