Presents by princee
chapter4


喧騒が途絶え、一人テーブルに残されたまま、あかねは乱馬の走り去る背中を見つめた。
(乱馬がウェーターか…)
二週間もの間、ギャルソン姿でウェイターをしている乱馬の姿を想像すると、思わずくすっと笑っていた。
愛想を振り撒く行為は、乱馬が得意としていないことはあかねには良く判っているだけに、今までこういうバイトをする姿など想像できなかった。
実際こうして見なければ、話だけ聞いたとしてもそんな姿は信じ難いと思ったに違いない。
だから最初、このバイトがちゃんとこなせたのか気になっていた。
しかし店長の乱馬への態度を見れば判る事。
そして何より、格闘やスポーツ以外の、自分の知らない場所でも乱馬に魅せられる人がいた事は、乱馬が仕事をきちんとこなしていた事を証明しているのではないかと思っていた。
そんな意外な乱馬の姿に自分自身も胸を熱くさせられた。
無意識とはいえ、乱馬に食べさせてもらったケーキの味が、あかねの中で一番甘くとろけるように感じ、フォークを差し出した時の目の前にある乱馬の悪戯っぽい笑顔が目に焼きついていた。


(それにしても……こんな事、出来るのね……。あたしの知らない所でしてたの寂しいな……)
心の奥底を覗くのは難しくても、いつも一緒にいるから、大抵の乱馬を見て知ってきたあかね。
そして何かをする時は、大抵一緒にしてきた。
本当なら、いつも一緒にいたり、一緒にしたりなんて難しい事。
特殊な環境が自分の知らない乱馬の姿などないと思っていただけに、バイト姿の乱馬はあかねにとって新鮮でもあり、そして寂しくもあった。
そばでその姿をもっと見ることが出来なかったから。

ぼんやりと考え事をしながら、紅茶を飲み干すと、あかねは帰る準備を整えた。
レジへ回ると、会計は先程ドタバタと帰って行ったさゆりとゆかが、どうやら全て済ませており、あかねはそのまま裏口へ向かった。






裏口に回るとそこには既に、家を出る前と同じ大荷物にチャイナ服といういでたちで、乱馬は立っていた。
「ったく…遅せぇよ。鈍くせーな。」
乱馬は開口一番そう言った。
「何よっ、そんな言い方しなくても良いでしょ?」
乱馬のぶっきらぼうな言い方に、あかねはムッとする。
先程の照れも残ってるせいか、いざ久しぶりに二人で帰ろうという時に相変わらずの態度である。
裏口で待ってろの言葉に一緒に帰れる嬉しさがあったのに、その言葉であかねの気分は台無し。
「あたし、別に待っててなんて頼んでないわよ!」
「おまえみたいな鈍い女、迷子になったら大変だろ?」
「誰が鈍いのよ!あんたみたいに優柔不断じゃないからフラフラしないわよ!」
いつもの憎まれ口を叩く乱馬に、あかねは日頃のうっぷんまでもが剥き出しになる。
「ったくかわいくねぇな!何だよその言い草はっ!」
「あんたがそんな言い方するからでしょ!」
「んだよ!人が折角心配してやってるのに!!」
「それはこっちの台詞よ!1週間以上も音沙汰ないんだから!その上、何してるのかと思えば黙ってバイトなんかして!こっちの気も知らないで!!」

「………!」

その言葉に突然乱馬が黙った。
「…な、なに黙ってるのよ…」
急に静かになってしまった乱馬の様子にあかねが首を傾げていると、乱馬はニッと笑うとあかねに向かって言った。
「…おまえ…俺のこと心配してたわけ?」
「え!?」
乱馬の言葉に突然顔がかっと熱くなる。
感情的になりつい出てしまった言葉に、あかねは負けた気がして恥ずかしくなった。
「…そっか…ふーん。俺のことそんなに心配してたわけ」
「ば、ばっかじゃないの!!!!自惚れないでよね!!もういいわよ!!」
人の気も知らず、楽しげに笑う乱馬にあかねは腹を立てそう言った。


「二人共…丸聞こえだぞ。」
その時、裏口から先ほどの店長が顔を出した。
「「えっ!?」」
突然の店長の言葉に、乱馬とあかねは固まった。
「やっぱりお熱いね!全く仲良いのも困ったもんだな〜。」
「「なっ!!」」
「照れるなよ。ま、恋人も喧嘩してこそ本物だからな!お互い本音でぶつかりあわないと!それにしても羨ましいぞ〜〜!!」
「て、店長!!」「店長さんっ!!」
店長はそう言って笑うと、店から出てくると、乱馬に向かって言った。
「それにしてもこんな可愛いお嬢さんに向かって、そんな口の利き方しちゃダメだよ早乙女くん!『全然待ってないよ』位言わなくちゃ!」
そう言って店長は乱馬を諭すと、あかねの方に顔を向けた。
「お嬢さん、早乙女くんを長い事借りて悪かったね。実は彼に危ない所を助けてもらってね。そのお礼に、ケーキをご馳走するつもりだっただけなんだが……たまたま人手が足りなくてね。強引に手伝いを頼んじゃったんだよ。」

危ない所と言うのは、大荷物を抱えて歩いていた店長が、車にはねられそうになった所を助けたらしく、そのお礼にどうしても…というつもりで乱馬は来たはずのケーキ屋だった。
しかし店のマネージャーに乱馬が見込まれてしまったのが発端で、そのままずるずると二週間の間助ける事になったと、店長は事の顛末をあかねに向かって話してやった。



「折角の大事な休みの時に、お嬢さんにも悪い事をしたけど、今日で早乙女君お返しするから、またきて下さいね。今度は早乙女君と一緒に。男前だったんでついついバイト長引かせてしまって悪かったね!」
「あの…っその……はい……。」
にっこり笑う店長の顔にいつもの様に反発出来ずに、頷くあかね。
「早乙女くんもありがとうな!もしまたバイトしたくなったら、いつでも声をかけてくれよ!君ならいつでも歓迎するから。」
「あ、ありがとうございます。」
からかわれながら、褒めながらの言葉に戸惑いながらも、頭を掻き、照れながらそう答える乱馬。
「ありがとうはこっちの台詞だよ。強引に引っ張ったのはこっちだからな。その代わり例の件協力したんだからっ!」
「例の件?」
「店長!」
「判ってる!早乙女君しっかりな!お嬢さんもまたの機会に。」
「あ…は、はい。御馳走様でした。」
「折角友達が気を使って二人きりにしてくれたんだから、その好意に応えなきゃダメだぞ!」
そう言うと店長はあかねと乱馬の肩を軽く叩くと、ウィンクしてがははと笑った。
その勢いに負けた二人は反論もせずに、一言「「はい…。」」と揃えていってしまった。



「「さようなら!」」
「今度来た時は新作ご馳走するからな〜!必ず来るんだぞー!」
いつまでも大きく手を振る陽気な店長に見送られ、店長と店に別れを告げると二人は駅へ向かった。





「……わ、悪かったな。」
「え?」
駅へ向かう帰り道。
めずらしく素直に乱馬は折れた。
「だから…連絡しなくて。聞いた通りバイトは成り行きだったんだよ。1週間位って約束で、そもそも修行も1週間って言ってたから、わざわざ言うことじゃないと思って。」
「それにしたって連絡位できたでしょ?」
「大変でそれどころじゃなかったんだ。」
「………そ。」
慣れないサービス業で、乱馬は少々疲れているようだった。
それでも乱馬が自分を一時でも思い出してくれれば連絡位は出来たはずだと思わずにはおれない。
そして乱馬にとって自分はその程度でしかないかと思うと自分勝手だとわかっていても、その気持ちは言葉に憎まれ口として出てしまう。
「その割に別人の様だっだし、デレデレして…楽しそうだったわね。」
「仕方ねぇだろ、あの店のウェイターのコンセプトが"紳士"なんだから。わけわかんねぇぜ。良い店にするのに、接客も出来るだけ一流に近づけたいんだと。めんどくせぇマニュアル本読まされたぜ……って別にデレデレはしてねーぜ!!」
「紳士?」
確かに若いウェイターが多い割には言葉遣いも、仕草もスマートだった。
「今度はヤキモチで怒ってるのかよ。」
トゲのあるあかねの言葉に乱馬はそう言った。
「違うわよっ。ダラシナイ顔してるから言っただけじゃない。それになによ例の件って?今度はお客さんの女の子とデートの約束でもしたの?」
普段のあかねなら人助けをしたものなら、少々のことでここまで言わないハズだが、乱馬にとっての自分というものを考えると、悲しみで、憎まれ口が止まらない。
そして店長の残した、意味深な言葉があかねには気になっていた。
「今度はって何だよ!そんな事一度もしてねぇ!!ほんっとにかわいくねぇな。俺がああいう愛想笑い、苦手なの解ってるだろ?ったく人助けしったてのに労いの言葉位言えねぇのかよ。ほらっ例の件!!」
そう言うと乱馬は1冊の大学ノートを差し出した。
「何よこれ。」
「いいから中を見てみろよ。」
乱馬にそう言われて手渡された大学ノート広げるあかね。
広げてパラパラページをめくるにつれて、あかねの表情は嬉しそうになった。
「うわぁこれ……。どうしたの?」
「これがさっき言ってた例の件だぜ。」
先ほどとうって変わって嬉しそうにパラパラページをめくる。
「スゴイ…こんなにたくさん…これ……」
「おめーにやるよ。色んなレシピがのってるはずだぜ。」
あかねに自慢げに言う乱馬。
乱馬が渡したのはお菓子のレシピだった。
「こんなに沢山のお菓子のレシピ……まさか」
「そのまさかだぜ。ったく店長に感謝しろよ。これもバイト料のうちってくれたんだぜ。」
「ち、違うっ…これってまさか乱馬がわざわざ……?」
店長は先ほど"例の件に協力した"と言っていた。
となると、乱馬が頼んだということになる。
「なっ…何でもいいじゃねーかっ。と、とにかくこれでも見て勉強しろよ!」
乱馬はそう言うと、真っ赤な顔をしてそっぽを向いてしまった。

自分の為に頼んだレシピ……バイト中でも少しでも自分のことを想っていてくれていたと思うとあかねの気持ちは急に柔らかくなった。
「うん…嬉しい……ありがとう乱馬!あたし、頑張るね!!」
「頑張れよ。」
(食うのは俺だからな…頼むからな……)
食うのは俺…ちょっとした本心も隠しつつあかねに応えるように微笑み返した乱馬。二人の気持ちが穏やかになったのと同時に道の両サイドにある咲き乱れた桜から、風に乗って花びらが舞い始めた。
「わぁ綺麗…!!」


花びらの舞を見ながらあかねは思う。
(春休みは乱馬とはもうどこにも行けそうにないけど、こんな綺麗な景色一緒に見れたし、ギャルソン姿も格好良かったし、最後にいい事あったからよしとしよう!)
さっきまで落ち込んでいた気持ちを思うと、余りのゲンキンさに可笑しくなる。
乱馬の一言が、行動が自分のココロをくるくる変化させる。
「何笑ってんだ?」
自然と気持ちが表情に出ていたのか、怪訝そうな顔をして言う乱馬。
「ううん…何も!ねぇそれより桜、綺麗ね乱馬!!」
「ん?あ、あぁそうだな。」
嬉しそうにはしゃぐあかねに乱馬は優しく微笑んだ。

「あかね、明日どっか出かけるか?」
「え!?」
突然の乱馬の言葉に耳を疑った。
乱馬自身も素直に出た言葉に驚き、我に帰るといつも通りの調子に戻る。
「い、いや、だからっそのー心配かけたようだしよぉ…バイト料結構弾んでくれたんだぜ。迷惑かけたからって。だからこれで出かけようぜ。あ、なびきには言うなよ。あいつ何を言って脅されるかわかったもんじゃねぇからな。」
そっぽを向いて真っ赤になりながら、捲くし立てるように言うが、あかねは嬉しかった。
「うん。連れてって!!」
いつも以上に満面の笑みを浮かべる。

乱馬の初めてのバイト。最初にそれを自分との為に使ってくれる。あかねにとってこんな嬉しい事はない。そして何より誘ってくれた嬉しさで満たされている。

桜の舞いが二人を素直な気持ちに導いたのか、二人は自然に手を繋ぎ桜並木を通り帰った。





 ナント4ヶ月ちょいぶり!?お待たせしました!!ご、ごめんなさい!!
 桜舞い散ってるだけに、終わらす時期がとても遅かった事を物語る〜(滝汗

 書けば書くほど、ドツボに嵌ったこのお話(笑
 当初1話完結だったのに、こんなに引っ張って…。
 いやーとにかく終了出来て、良かった良かった!
 あとはホテル話……でもデータが消えてからやる気が(汗)何せ長かったんで。これはいつになる事やら〜(泣

 この話、乱馬にギャルソン姿させ、あかねにレシピをプレゼントさせたい!
 という思いから書き始めました。
 終始乱馬をとても持ち上げた仕上がりになってしまいました。そろそろオバカな話が書きたいなぁ(笑
2003.9.11


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