高 校 3 年 生 ・ 夏
後編


夕方の公園はもう誰一人居なかった。
目に入ったベンチへ向かって歩き、腰掛けると、気持ちを押さえ切れず、更に涙を流していた。

…何が悲しいのか。

乱馬がはっきりしない事?
乱馬の気持ちが解らない事?
あたしの気持ちが誰にも解って貰えない事?
あたしが何も言えない事?

…あたしはこんなに弱かったの!?

弱気になっているあたし自身が許せない。
そう思うと何もかもが悲しくて、どうしようもなかった。
「…ひっ………」
あたしは気持ちを押さえ込む事が出来ず、思いっきり泣いた。






ひとしきり泣くと、気分が楽になった。
もやもやしていた気持ちが、少しだけど、涙と一緒に流れてくれた気がした。
鏡を取り出して、自分の顔を見ると、目が赤いし、腫れていた。
少しでも抑えてから帰ろうと思って、そのままあたしは公園のベンチでぼんやりとしていた。



どれ位経ったのか、気が付くと公園入り口の方に、見慣れた姿が目に入った。

「あかねっ!」

あたしの前に乱馬が立った。


「あかね…おめぇ、どうしたんだ?…泣いてた…みたいだし……」
心配…してくれたんだ。
でも何に対して泣いていたのか、あたしにもわからない。
自分の事なのか………シャンプーの事なのか。そう思うと気持ちにまた少し陰りが出た。
「乱馬こそ…シャンプーとのデートはどうしたのよ。」
そして咄嗟に出たのは憎まれ口。
心配してくれて、そしてここにいる事を見つけてくれて、本当はスゴク嬉しいのに、気持ちとは裏腹な言葉。
「ったく!第一声がそれかよ!本当におめぇはかわいくねぇな!人が心配してるってのに!」
「どーせあたしはかわいく無いわよ!…心配してくれなんて、頼んでないもん!ほっといてっ!!」
あたしの言葉に乱馬はむっとしてしまった。わかってる…素直じゃない事。
本当はこんな事言いたくないのに、口が勝手に動いてしまう。
「一体何だってんだよ!?ヤキモチならもうちっとはマシに…」
「誰があんたにヤキモチ妬くもんですか!自惚れないでよね!」
これも……ヤキモチと八つ当たり…自分で充分わかっている。
でも、言わずにはいられない。
「ったく、シャンプーの事なんていつもの事じゃねーか…」

"いつもの事"
その言葉が更に、あたしのくすぶっていた気持ちを燃え上がらさせた。

「いつも!?そうねいつもの事よ。でも、あんたずーーっといつまでも、あんな状況続けるつもり!?あたし…あんたが一体何考えてるかわからないっ!」
「あ、あかね?」
「現在(いま)の事も…将来の事もっ!何も言ってくれないから、何もわからない!!」

あたしはズルイ……。
言ってしまってからすぐに後悔した。
あたしは今まで聞く勇気が無く、聞けないでいたくせに、そして何より自分の気持ちはきちんと言えていないくせに、でも乱馬からの回答を求めている。
乱馬を見ると、あたしの言葉に困惑している様だった。
黙り込んでいる乱馬の姿は、あたしを益々後悔させた。あたしは俯く事しか出来なかった。






しばらくの沈黙の後、乱馬はあたしの隣に座ると、口を開いた。
「今まで黙っていたわけじゃなくて、はっきり決まってなかったから……。いつ言おうか、とは思っていた。あかね…俺は卒業したら、すぐに中国へ行くつもりだ。」
俯いていた顔を上げると、いつになく真剣な表情をしている乱馬がいる。
その姿に、あたしは取り乱さない様、ゆっくり口を開く。
「そう…。中国へ…。」
「あぁ、変身体質解きてぇからな。」
「…そうよね。」
予想通り、乱馬は中国行きを決めていた。
「…中国…行ったらどうするの?呪泉郷で男に戻れたら…。」
あたしはその先の言葉が気になっていた。
「そりゃ、時間ある限り修行をするさ。」
「時間ある限り…?…その時間はいつまでなの?」
「どれ位かわからないけど、…でも…」
「ねぇ…それじゃ…あたしは…」
どれ位か、わからない…。
その言葉を聞いて、あたしは不安になった。
あたしは待っていていいのか…待っていて欲しいと言ってくれるのか。
それとも…。

「あたしは…乱馬の帰りを待ってていいの?」

手をぎゅっと握り締めて、乱馬に問い掛けた。
顔を見ず、下を俯いて言い放ったと言った方が正しいかも。
誰を想っているのか判らない乱馬。あたしが待つ事で乱馬にとって縛られる事になるのは何よりもイヤだった。
見えない乱馬の表情が怖い。

「…え!?」
するとあたしの言葉に乱馬は驚いた様な声を出した。
その驚きが何を意味するのか、あたしは不安にかられる。
「………」
再び訪れる沈黙の時。
乱馬、早く何か言って……。
祈る様な思いでいると、ようやく乱馬が口を開いた。

「ごめん…。」
「え…?」
「ご、ごめん…って何?それって…」
あたしはその言葉に、乱馬の方へ顔を向けた。
断りの台詞……?
そう思うと、自分からいっそ言ってしまった方が楽かもと口が勝手に動き出した。泣くのを堪えながら。
「そ、そうよね…どーせあたしは親が決めた、ただの許婚だし…。」
「なっ…ち、違うっ別に俺には…いつもと変わらないとそう思っていたから……」
「何…言ってるの?…今回はいつもと違うじゃない!もう…高校を卒業するのよ!?離れちゃうのよ!?」
「あかね…。」
「あたし……」

−あたしは乱馬が好きだから………何年も離れてしまったら不安なのに、あたしはずっと離れたくないのに…。乱馬とってあたしはその程度!?

「…あかね?」
言いかけて、言葉は途切れてしまった。
そう言ってしまって、どんな言葉が返ってくるのか。
こんな時まであたしは、立ち向かうのではなく、恐れる事しか出来ない。自分の弱さがまた見えてくる。

「お、おい、あかね!?どうしたんだよ。」
乱馬にそう言われて気がついた。
あたしの体が震えている。
「ごめん……な、何でもない…の大丈夫。」
「何でも無い事ないだろ!?おめぇ…最近変だぞ!?何かあったのかよ!?」
乱馬の回答に怯えている自分を悟られたくなくて、ひたすら大丈夫を繰り返す。
「本当に大丈夫!ごめん…何も無いの。あたしが悪いの。だから大丈夫。」
周りの雑音や、不安定な気持ちのせいか、震えが止まらない。
乱馬はきっと困ってる…乱馬を見る事が出来ないあたしは、俯いた。






すると急に震えが止まった。
気がついたら暖かい気に包まれていた。

「ら、乱馬…!?」
「もしかして…俺のせいか?俺が悪いのか?」
「ち、違っ…だから…あたしが弱っ……」
「…ごめんあかね。」

乱馬はそう言うと、益々腕に力を入れた。
あたしは今、乱馬の腕の中にいた。乱馬に抱きしめられている。
不思議とその腕の中では、全ての不安を取り除いてくれる様な暖かさだった。

乱馬はそのままあたしに語りかける。
「俺…あかねに何も言わなくても、待ってくれていると思い込んでいた。今までいつも迎えてくれるのはあかねだったから。」
その言葉にあたしの心は震えた。
「それはあたしが、それを勝手に望んでしていただけ。……乱馬がどう思ってるなんて判らないよ。待っていて欲しいって乱馬が思ってくれなかったら……もしかしたら、シャンプーの方に右京の方に…って思ったらあたし……。」
そう言って乱馬をふと見上げると、真剣な眼差しの乱馬があたしを見ていた。そして一呼吸置くと、乱馬は言った。
「シャンプー達には悪いが…俺は……俺は、あかねだけが待っていてくれたらいい。」
どくん…と心臓が跳ね上がった。
「ほ、本当?親が決めたとか…」
「そんなの関係ねぇ。俺自身の気持ちだ。これからもずっと、あかねの所へ帰って来たい。」
その言葉に高鳴りだした鼓動。熱くなる頬。
「な…泣くなよ…。」
「だって…。」
今度の涙はわかる。
「嬉しいんだもん…。」
そう言うと、乱馬はあたしを抱きしめてくれた。
ぎこちない、抱きしめ方だけど、暖かい。
その暖かさが胸を熱くする。
乱馬は抱きしめたまま、あたしの背中を優しく撫でてくれた。
そしてその暖かい手を感じながら、あたしは乱馬に言った。
「…何年かかっても、あたし…ずっと待ってるから…あたしの所に帰ってくるって約束よ。ムリしないでね。」
あたしはもう大丈夫…安心してもらうつもりで元気にそう言うと、乱馬の手がぴくっとしたと思うと、止まった。


え?何?


その反応に思わずあたしは顔を上げると、乱馬は複雑そうな顔を一瞬させた。
そしてあたしに向かって言った。
「あかね…おめー…。何、勘違いしてるんだ?」
「え?勘違…い?」
「解いたら修行をするが、4月までに、帰ってくるつもりだ。」
「え、えーーーーーっ!?」
何?それじゃあたし……数週間の別れと数年の別れを……。
あたしは自分の早とちりに全身が熱くなったけど、恥ずかしさより安心が勝ったのか腰が抜けた。
と言ってもベンチの上なので、乱馬の方に体が崩れて倒れたと言った方が正しい。
「お、おいっ!」
乱馬はそう言うと、あたしを再び抱きとめてくれた。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。」
何だか張り詰めていた気持ちが、ぷつんと切れた様に楽になった。
「勘違い……」
「ったく…相変わらず早とちりだよな。」
乱馬はそう言うと、笑っていた。
あたしも自分の勘違いがおかしくて、一緒に笑っていた。

乱馬の未来にあたしはいる…。
近い未来だけど、高校を卒業してもあたしは乱馬の隣にいる。
そう思うだけで、あたしは最初に感じていた不安を取り除くことが出来ていた。
結局、あたしの不安は大切な人…乱馬の事がほとんどを占めていたみたい。
あたしは乱馬の背中に手を回すと「もう少しこうしていたい」そう言った。



しばらくそうしていて、あたしはふと1つの疑問が浮かび上がった。
「ねぇ…じゃぁ帰って来たらどうするの?」
「あぁ…その事なら…」
そう言うと乱馬はあたしから身体を離すと、前を見据えて言った。

「俺は自分のルーツである日本の…日本古来の格闘を学んだ事が余りねぇ。中国拳法は色々見てきたがな。色々な武道に触れる事は、俺自身のスタイルをも組んだ流儀に、発展させるヒントにもなると思う。レベルの高い奴等が集まって来るならば、そこで揉まれるのも悪くはねぇ。それに日本でも海外のヤツとも、充分やりあえる環境はあるハズだ。整えてくれてるって言うし。」
あたしはその言葉の続きに、期待が膨らんだ。その施設が整っている所と言えば……
「それって…。」
「そうだ。俺はあかねが志望している大学の兄弟校へ行こうと思う。」
乱馬はあたしを真っ直ぐ見ると、そう宣言した。
言葉に全くの揺らぎはない。
「え!?本当!?」
「…俺は一生格闘家でありてぇが、無差別格闘流をもっと広めたいとも思っている。でも指導者となった時、武道理論や、スポーツ学といった事を学んどくのも悪くねぇかと思って…大学なら可能だからな。呪泉郷には真っ先に行って、その後そのまま修行するつもりではいるが、それも大学が始まるまでだ。」
「それなら何で早く大学行くって言ってくれないのよ!」
「だからちゃんと決めたのは最近なんだ!聞きもしねぇで、勝手に悩むからだろ?」
「なっ悩んでないもん!!」
「ふーん!?……まぁいいさ。」
乱馬は珍しくそこで引くと、
「どっちにしろ、おれの事、ずーーっと待ってるつもりでいてくれたんだもんな。」
そう言って、いつもみたいにいたずらっぽく笑った。
「も…もうっ!」
あたしはそう言うとぷいっと顔をそむけた。



しばらくベンチで乱馬と2人で座って、学校のことや色んなことを話した。
こうしてゆっくり話すのは滅多に無い。
そうしているうちに、あたしは自然に今までの気持ちを吐露していた。乱馬に聞いて欲しかった。

「悩んでないなんて嘘。」
「え?」
本音がまた一つあたしから漏れた。
「……あたし、ずっと不安だったの。自分の事…現在(いま)の事も、将来の事も…。受験もあるけど、色んな声も気になって……"将来決まってるから何も考えなくていいね"とか、"安心だ"とか……あたしだって未来はまだ決まってないのに。でもね、乱馬があたしから離れて行くんじゃないかっていう不安が一番だったみたい…。」
「ったく、しょーがねーヤツだな…。大体何で俺が離れるって発想になるんだ?」
「だってシャンプー達が来ても断らないし、中国行ったらあたしの事忘れる気がして…。」
「俺ってそんなに信用ねーのかよ…。」
そう言うと苦笑いをしながら溜息をついた。
「それに周りの言葉なんか気にするなよ。」
「だって…道場があるし、許婚が…乱馬がいるから気楽だねって……」
「んな事言ったら、俺なんざ、他人から見りゃ勉強もしないでと思われてるぜ?授業もろくに聞いてなかったしな。」
「何言ってるのよ!推薦を貰ったのは、乱馬が小さい頃から誰よりも、格闘を頑張った成果についたものじゃない!そんな事言う人がいるなんて…!!」
格闘に関しては自分を甘やかさない乱馬。
あたしは充分解っているだけに、そんな事言われてるなら悔しい…。

「それ。」
「え?」
「それだよ。理解して欲しいヤツが、解ってくれりゃ、別に他人の言葉は耳に入れなきゃいいじゃねーか。あかねは、自分の為に勉強頑張ってるんだろ?自分の信念を持ってる姿を俺は見ている。だから周りがなんて思うとほっとけばいいじゃねーか。それとも……俺が理解してるだけじゃだめかよ…」
乱馬はそう言うとぷいっと後ろを向いてしまった。

そうだ、乱馬の言う通り…。
皆にあたしの気持ちをわかってもらう必要性はない。
乱馬が…大事な人が、あたしを解ってくれようとしているだけで充分なはず。
乱馬の言葉は、あたしが一番欲しかった言葉。そして一番必要な気持ちを教えてくれた。

「乱馬…。有難う。ううん、充分!…乱馬さえ解ってくれれば…。もう大丈夫。」

あたしは乱馬の言葉が嬉しくて、チャイナ服の端を持ち、こっちを見て欲しくて引っ張った。
その気持ちが通じたのか、乱馬はあたしの方へ体を向けると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「ふ、不安になったら…また俺に言えよ。俺も…これからはおめーに言うから…。」
「うん…。」

また不安になったら…こうしてくれると言う事なのかな…。
あたしは乱馬に抱きしめられて、力を与えて貰った気がした。


今まで、こうしてもらったこと、全然なかったのに、我慢していた分たくさん触れ合えた様な気がして、幸せな気持ちでいっぱいだった。
はじめから素直になってれば……もっとこういう気持ちになれたのかもしれない。
ううん。素直になるのにあたしにはこれ位の時間が必要だったんだわ。








「ところでなんで、栄養学なんだ?」
泣き腫らした目も大分マシになり、公園から出て、家に向かっていると乱馬が聞いてきた。
もちろん、
「料理が好きだから…それを活かせる様に。でも…一番は…。」
「一番は…?」
全然検討もつかない、といった表情であたしを見る乱馬。
「誰かさんが、格闘家になっても、指導者になっても栄養管理が必要だと思ったからよ…。」
「へーーっ。そっか。じゃその誰かさんは頑張らないとな!」
「別に期待してないわ?そこそこで。」
「なにおう!?」
「何で乱馬が怒ってるの?あたし、誰かさんの為にって言ってるでしょ?」
「ぐっ…急に元気になりやがって……かわいくねぇっ!」
「べーーっ。」

あたし達はいつもの様に喧嘩しながら帰った。
険悪ではない、いつもの軽い喧嘩。


今日の乱馬の言葉があたしに元気をもたらせてくれた。
自分の一番の理解者が、好きな人でもあれば幸せ。
あたしはきっと受験に成功出来る…ううんしてみせる。



 不安定な気持ちの時に、何気ない周囲の言葉が、重荷というか、心を狂わせたりするんですよね〜(汗
 だからそんなツライ時こそ欲しい言葉があって…特に一番欲しい人から貰えたら励みになるし
 その人からだったらつまんない事で、簡単に立ち直れたりするんですよね。はぁ…。

 そんなこんなで(?)情緒不安定なあかねを書いてみたく…。
 元々は1人悶々すんごい悩むあかねを書いていましたが、余りにも暗くて修正。
 そうしたら何を書きたかったのかテーマがずれつつ……うーんいつまで経っても成長しない(汗
 ちょっと、あかねが乱馬に頼り過ぎた部分もありますが、彼の優柔不断さが招いた事も踏まえて。
 言葉はないけど何気に二人にしては大進展しすぎ!?

 それにしても気がつけばこれって4ヶ月前に書いたもの……お待たせいたしました(汗←誰か待ってるのか!?
 とにかく初完結!良かった良かったvv次はバイト話だっ!
2003.7.13




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