◇心に映る情景〜序編〜
satsukiさま作


「あかね、おめー本気でやるのか?さっきのやつ」
  夕食前の道場で手合わせをした後、乱馬は柔軟しながら少し不機嫌な声を出した。
 「あったりまえじゃない。もう返事しちゃったんだから、引けるわけないじゃない。」
 「おめ〜なぁ〜・・・。(ほんっとーに突っ走る奴だな・・)・・巻き込まれるのはゴメンだぜ。俺は。」
 「なによっ!別に乱馬のためにするんじゃないわよ!自惚れないでよね!!」
  ぎくりっ・・
  少しは期待していたのかもしれない。
  乱馬は顔を少し赤らめながら、いつも通りの強気な口調で言い返した。
 「ばっ、バカヤロー!!勘違いすんじゃねぇー!俺はなぁ、おめーらの勝手で振り回されるのはゴメンだと言ってんだ!」 
 「何言ってんのよ!だいたいね、あんたがいっつもハッキリしないからこーいうことになるんでしょ!巻き込まれてるのは私の方よ!」
 「っんだと!言わせておけば好き放題言いやがって!」
 「何よ!やる気?」
  武道家としての本能からと言おうか・・2人は睨みあいながらバッと立ち上がって構えた。
  お互い、本心の奥底では心底不安なのだ。
  それを紛らわすための喧嘩は、不器用な2人なりの愛情表現であり、それぞれの安心できる居場所なのだ。

  ーーーさて、乱馬とあかね。この2人が期待したり、不安になったりしながら言い合っている原因は数時間前にさかのぼるーーー 
 「乱馬ぁ〜〜!」「らんちゃん!」「乱馬さまぁ〜〜!!」
  乱馬にとって、何事も無い平和な下校・・と言うものはほぼ毎日と言っていいほどこの3人によって破壊される夢のまた夢の出来事。
  今日もまたその1日で、未来の夫となるべく乱馬にそれぞれのモーションをかけてきた。
  ・・いわゆる‘押しかけ女房’ね・・・(なびき談)
 「げっ・・・」
  乱馬は当然のごとく逃げ出した。
  この後降ってくる武器の嵐や、飛んでくる許婚の鉄拳を避けるために・・・
 「待つねっ!らんま。逃げる理由ない!私とデートするある」
 「らんちゃんはうちと帰るんや。あっ!まちぃや、らんちゃん!」
 「私からお逃げになるなんて無駄なことを・・・さぁ、恥ずかしがらずに私をお選びになって!お〜〜ほっほっほっ!!」
  皆それぞれお決まりとなった口説き?言葉とは正反対の態度(攻撃)を上手くかわしていた乱馬にも限界はあった。がっ・・
 「おめぇ〜らなぁ〜、いい加減に・・・おわっ・・・」
  くるりの振り向いて‘いい加減にしやがれ!’と言い終わる前に小刀太のリボンが足首に巻きついて不覚にもバランスを崩した。
  乱馬は体勢を立て返す前に素直に重力に従った。
  不運は真下にいるあかねにも降りかかった。
  ‘乱馬の、ばか〜’と1発殴ってから帰ろうと思っていた矢先の出来事。
  こちらも咄嗟に避ける事が出来ずに、落ちてくる乱馬の姿をスローモーションで目前にして、硬直してしまった。
 (ぶつかるっ!!)
  この後来るだろう痛みに耐えるためあかねは目をぎゅっとつぶったが、フワっ・・と体が瞬間浮いたのを感じ、
  とすっ・・と何かに受け止められた。
  予想していた衝撃とは全く違う暖かさにあかねはおそるおそる目を開けた。
 (あっ・・・)
  あかねは言葉にならない感嘆の声を心でつぶやいた。
  あかねがそうなるべく場所に、乱馬がいたのだ・・・。
 (かばって、くれたんだよね・・・)
  つかまれた腕に残る乱馬の力強さと、ときおり見せてくれる優しさを全身で感じながら状況を理解して、あかねは笑みを浮かべる。
 「ってぇ・・・」
 「あっ!らん・・・」
  打った頭をおさえている乱馬に、あかねは素直にお礼を言おうとしたが・・・
 「ったく、なんだってんだよ!んっ?あかね、お前また太ったんか?少しは色気身につけて、その寸胴直せよな!」
  ぷちっ・・・
  へらへら笑いながら癇に障ることを平気に言ってのける乱馬に、あかねは全体に闘気を張り巡らし、その全てを拳に集めた。
 (こんの男はぁ〜〜、人がせっかく謝ろうとしてるのに〜〜!!!)
  どかっ!ばきっ!
  1秒も経たないうちに、乱馬の顔面に怒りの一撃・・いや数撃を見事にヒットさせた。
 「ぶっ・・・なにしやがるっ!」
 「あんたね、そーゆーことしか言えないの!」
 「俺が何言ったてんだ!」
 「寸胴って言ったじゃない!」
 「寸胴に寸胴って言って何が悪いんだよ!」
 「あんたって人はぁ〜〜〜(怒)」
  ・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・
  これから激しさを増したであろう言い合いは、2人以上の闘気によって沈下した。
 ((はっ・・殺気・・・))
  そっと振り返ってみると、すっかり‘2人の世界’に入っていた乱馬とあかね(特にあかねの方)を鋭く睨み、仁王立ちしているシャンプー・右京・小太刀の3人の姿があった。
 「いつまで、そうしてるつもりや?お2人さん・・・」
  低いドスのきいた右京の声に、乱馬とあかねはハッと現実の戻った。
  いつも通りの喧嘩をしていたつもりだったが・・その状態と言えば、あかねが乱馬の上に乗ったまま。
  これではただいちゃついているようにしか見えなく、元々の原因が押しかけてきた3人にあるにせよ激怒するのも頷ける。
  すぐに赤面して離れたものの、時、すでに遅し。
  結局罵声を浴びたのは言うまでも無いが、その中でもシャンプーの提案に話は狂い始めた。
  
 「そろそろ、誰が乱馬に一番ふさわしい女か決着つけるね!」
  
  こうなってくるともうこの3人は止められない。‘我こそが!’と乗ってくる。
  しかしあかねはこの手の話は苦手だった。
  ふさわしいとか、ふさわしくないとかではなく好きな相手は乱馬自身が決めることであって、他人ではない・・・
  それがあかねの考えだったからだ。
 (でも、ここで1人選べ・・なんて言っても、はっきりしないだろうな・・・この男は・・・)
  しかし・・自分の気持ちにもウソはつけない・・・あかねはおろおろしている乱馬を横目に心の中で深いため息をついた。
  張り切りながら着々と話を進めていく3人をしばらく無言で見ていたが、やがて決着がついたらしく当然のように一番の強敵:あかねにも話を振ってきた。
 「あかねも、もちろん受けるね?これ許婚として当然的ことね!」
 「ちょ・・ちょっと!私は・・」
  あかねは否定の姿勢を見せようとしたが、かえってそれが裏目に出てしまった。
 「あかね、逃げるのか?」
 「せや、これ受けんっちゅうことは、らんちゃんの元を去るってことや。」
 「私には好都合ですから構いません事よ!ホーッホッホッホッホ・・・」
 「・・・・・。」
  あかねも‘武道家’逃げる事を最も嫌う性質だ。
  つい理性が逆流してしまい、勢いついて言ってしまったこの言葉・・・

 「・・乱馬の事はともかく、私は逃げも隠れもしないわよ!この勝負、受けてやろうじゃない!」 
  結果、話は現在進行形となった。
 (たくっ・・冗談じゃねーぞ・・おいっ・・)
  1人取り残された取り合いの対象:乱馬の心の声は届かずじまいで・・・

  そして決まった内容はと言うと・・・
  一般世間で言う‘鬼ごっこ’(乱馬的に言えば‘格闘鬼ごっこ’?)
  ルールは普通のと同じだが、並外れた武道の才能を持つ乱馬が鬼となるので当然隠れる方も簡単に見ていれば火傷をする。
  微動もせずに、なおかつそのまま気配を消し続けるというまさに精神力との闘い。
  そして更にもう1つ・・・それはまだ伏せておこう・・・
  これらが4人に請求されると同時に出来なければ完全に不利となる。
  もちろん最後に残った者、つまりこの勝負の勝者がシャンプー達の言う‘乱馬にふさわしい者’となる。
  唯一ルールとして付け加えられたのは、その勝者が最も望むこと1つを乱馬が必ず叶える事。
  この3人の望むことと言えばすでに先は見えているが、圧倒されつい頷いてしまった乱馬に拒否権はなくなってしまった・・
  その上、話が大方ついたところにお約束と言えばそうなるが、良牙・ムース・九能・八宝斎、挙句の果てには八宝斎を追ってきたパンスト太郎まで出てきたものだから、その場はある意味ドンちゃん騒ぎと化してしまったが・・・。

  その帰り道・・・
  太陽は沈みかけの中途半端な形をしていた。
  ちょうど乱馬とあかねの現状のような感じだ。
  さっきのこともあって、会話は進まずただただ無言で家路を急いだ。 
  乱馬は頭に両手を添えながらフェンスの上を器用に歩き、むすっと前方を睨んでいた。
 (冗談じゃねーぞ!たくっ・・だいたい良牙達はともかくシャンプー達が勝っちまったらどうすんだよ!こればかりは保証できねーぞ!んっとにあいつらの頭ん中はどーなってんだか・・・)
  ぶっちょう面のまま、乱馬は次にすぐ下を歩くあかねに目だけを向けた。
 (あかねが勝ったら、何、望むんだろ・・・)
  口にこそ出さないが、自分が本当の意味で認めた相手・・あかねに勝ってほしいと本心では強く思っているのに、素直になれないのが現実。
 (まっ・・一番まともそうだし・・・)
  乱馬はそう無理やり思考を変えていった。

  一方あかねの心は沈んでいた。
 (勢いとはいえ・・なんでこんなこと受けちゃったんだろ・・・。シャンプー達が勝ったら・・・)
  想像し始めると止まらない・・・嫌なことばかりが浮かんでくる。
  あの3人に今頃何を言っても遅いと分かっているが、出来れば勝者に対しての条件はカットしたかった。
  乱馬のためにも・・それ以上に‘自分’のためにも・・・
  後から後から迫り、覆い被さってくる後悔の念に押しつぶされそうになりながらも、隣を歩く乱馬に見透かされないよう必死に気丈を保っていた。
 
  決闘の日は次の休日、AM11:00。場所は風林館高校グランド。
 (乱馬、やと私のものなる!!)
 (元々許婚やもん、即祝言やな!)
 (必ずや手に入れて、私の唇を奪ってもらいますわ!お〜ほっほっほっ)
 (ふふふ・・乱馬よ、これであかねさんとの縁も切れるということだ!)
 (あやつを倒せば、おらはシャンプーとラヴラヴに・・・)
 (早乙女を亡き者にすれば、おぉ〜!おさげの女と天道あかねが自動的に僕の物に・・・)
 (この機会にあかねちゃんとらんまちゃんはわしのもんじゃ!!覚悟せい、乱馬よ!!)
 (あいつを使えば、あのじじいも簡単に捕まるはず・・ぐふっ!利用させてもらうぜ!)

  それぞれの計画のためにある者は真面目に稽古をし、ある者は不気味な物を作り、またある者達はなんとも言えない作戦を考え、休む間の無く時はちゃくちゃくと経っていった。
  
 (嫌な・・予感がする・・・)
  決闘の前日。
  あれから欠かすことなく精神統一を道場で行い続けているあかねだが、最も気を引き締めなめればならない前日に、なぜか集中出来ない。
  それは乱馬にも当てはまっていた。
  庭先でやっていた腕立て伏せを途中で中断し、壁にもたれかかった。
 (なんなんだよ・・この不快感は!くそっ!イライラする!)
  行き所のないわけの分からない重い気に鳥肌が立つすんでで身震いをして追い払うのを2人は何回も繰り返した。
  
  あかねの不安は何なのか・・乱馬の苛立ちは何に対してなのか・・・
  それは明日の決闘で明らかになる・・・。
  


つづく




Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.