◇心に映る情景 後編
satsukiさま作
「そうか・・やっぱりあいつらの仕業だったんか・・・」
やっと証拠とも言える‘証言’をもらい完璧に確信を持つと同時に乱馬は怒りが溢れてきた。
(いくらなんでも、こればっかりはやり過ぎだ!許せねぇ!)
東風は乱馬を「落ち着いて」と言って軽く制し、話し続けた。
「‘眠り薬’と‘痺れ薬’これを一気に吸ったんだ、あかねちゃんは目が覚めた後も最悪な状態だったと思うよ・・」
「最悪って・・?どういう意味ですか?」
「簡単に言えば、後遺症だね。きっとヒドイ頭痛・吐き気に襲われたと思うよ。強力な物だったら痺れも残ってただろう。
しかも今日は久しぶりにかなり天気が良かったからね・・照らされたままじゃ、目眩もあっただろう。それであの高さからの落下・・。
意識を失っても当然だね。落ちる時ってほら、なんか嫌な嫌悪感ってあるだろ?」
流石に医学の道を進んだだけあって、東風は見事にあかねの状態を撃ち当てた。
乱馬は東風の言葉の一つ一つを頭の中に少しずつ飲み込み整理しながら、ぶち当たった疑問を声に出した。
「でも、なんで記憶喪失になんか・・・」
乱馬の問いに東風は少し口をつぐんだが、やがて「僕の憶測だけどね・・」と言って話し出した。
「あかねちゃんはね、落下の途中までたぶん意識があったんだよ。でも体は動かせない、受け身は取れないで絶望的だった。
その時思ったのさ。‘自分は死ぬんだ’とね。乱馬君、‘死ぬ’ってどういうことだか分かるかい?」
「えっ?(っていきなり言われてもなぁ・・)」
乱馬は東風がどういう解を求めているのか分からず考え込んでしまった。
東風はそれから静かに自分の意見を言った。
「乱馬君。僕はね、こう思うんだ。‘死ぬ’ということはもうこの世にいられないことであって、つまり‘大切な人たち’に会えなくなることだ・・ってね。」
「・・・?」
乱馬は首を傾げた。東風の言っていることが分かったような、分からないような微妙な感じだった。
「分からないかい?あかねちゃんは、その‘死’と直面する境界線に君を思い出したんだよ。もう会えなくなるかもしれないと思った・・あかねちゃんにとって、乱馬君、君はもうかけがえの無い存在だったんだね。そんな人と一生会えないことほど辛い事は無い。だからあかねちゃんは忘れてしまったんだ。その思考から離れるために・・・」
「・・・直す、方法はあるんですか?先生・・・」
「初めてだからね・・はっきりしたことは言えないけど・・あかねちゃんの閉ざされた壁を壊す‘鍵’を持つのは、君だということだよ。体に強いショックを受けたわけではないからね、ちょっとした拍子に記憶はきっと戻ると思うよ。
僕も、書物で調べて見るから・・。あかねちゃんの意識も戻ったし、外傷も無いみたいだからもう大丈夫だろう。
今日はひとまず帰りなさい。」
「・・いろいろ迷惑かけてスミマセン・・・」
「気にすることはないさ、医者の仕事だからね。さっ、一緒に帰りなさい。」
乱馬は東風と知り合いで本当によかったと思った。
忙しい身でありながらもこれ程、自分達のために力を貸してくれる人は・・医者はいないだろう・・・
乱馬はぺこりと一度頭を下げると、あかねを呼びに診察室に戻った。
ーーー数分後ーーー
「んじゃ、お世話になりました。」
「先生、ありがとうございました!」
ほぼ同時にお礼を言って玄関から去ろうとした乱馬に東風は一言付け加えた。
「乱馬君、君が怒るのは当然だと思うけど、彼女達ばかりを責めてはいけないよ。元々の原因はなんなのか、それを君はしっかり考えなければいけないよ・・」
・・それに、まだ‘鬼ごっこ’は終わっていないんだ。君もあかねちゃんも自分自身と格闘しながら‘心’を探すんだ。
あかねちゃんも君が探し出してくれるのを、きっとどこかで待っているよ・・
乱馬達2人が帰った後を、おだやかな笑顔で見つめながら、東風はひっそり乱馬に向かってつぶやいた。
決して聞こえることのない声を、暖かい夕方の風に乗せて・・・
「ねぇ・・」
夕日の逆光を浴びているせいか、あかねは目をやや細め、フェンスの上を器用に歩いている乱馬を珍しそうに見つめ、話しかけた。
だが、声をかけても黙ったままの乱馬に痺れをきかせ、あかねは同じ言葉をリピートした。
「ねぇっ!聞こえないの?あんた、耳悪いわねぇ!」
どうやら、記憶を失っても乱馬に対する言葉遣いは健在のようだ。
流石にこの言葉にはカチンときたようだ。乱馬は膨れっ面で、ふんっっとばかりにそっぽを向いたまま「あんだよっ!」
と言い返した。
今度はあかねがぷぅっと頬を膨らませ、「何、怒ってるのよっ・・」とつぶやいたが、話を進めた。
「・・あんた、うちの居候なんでしょ?・・東風先生とも仲良さそうだったし・・。結構長く私の家にいるんでしょ?だから、なんて呼んだらいいかなって思って。だって今さら呼び方変えたら気持ち悪いでしょ?私は構わないけど・・」
あかねの素朴な問いにしばらく乱馬は黙っていたが、やがてぼそっと小さく返した。
「・・・・・乱馬・・」
「乱馬、ね。へぇ、結構仲良かったんだ。」
そう言うとあかねは乱馬の前方に出て、くるりと振り返りながらにこっっと笑った。
ドキッ・・っとしたが、何時もと違い、鼓動の高鳴りはすぐに収まってしまった。・・なぜか寂しさを感じたから・・
しかし口から出てくるのは何時もの憎まれ口。
「けっ!どわぁ〜れが、おめーみたいな色気も可愛げもねー女なんかと・・・うわっ!」
案の定、ぷちっ・・と切れたあかねによって、乱馬はフェンスの内側・・つまり川の中へとご案内。体は女体へと変化する。
「ぶはっ!!なにしやがるっ!冷てーじゃねーか!」
(女に、なった・・そうか、早乙女のおじさまと同じなんだわ・・それはともかく・・)
「誰が色気がないだってぇぇ〜〜!!ふんっ!自業自得よっ!」
そう言うとあかねはさっさと先に行ってしまった。
「かっ・・かわいくねぇ〜〜〜!!」
ごい〜〜ん・・
上から(あかねの投げた)ブロックが見事命中して乱馬は三つ指立てて水面に浮かんだ。
天性の回復力を持つらんまは数秒も経たぬうちにむくっと立ち上がったが、表情にはさっきまでの‘強気’は無かった。
行動も表現も・・いつものあかねのままなのに、自分の知っているあかねでは無い。
・・・なにかが、違う・・・
「けっ!・・喧嘩にもなりゃしねー・・。」
忘れたことで乱馬に対する意識が180度回転してしまい、向けられた笑顔からそれがはっきり分かってしまった。
あかねにとって今の自分は居候そして‘ただの友達’のなのだと。
「元々の原因か・・・」
言葉と同時によみがえる、まだ記憶のあるあかねの‘ヤキモチ’から出る決まり言葉。
‘だいたいねー、あんたがいつもハッキリしないからでしょ!’
「巻きこんじまったな・・あかねも、あいつらも・・」
ひょいっとフェンスの上に跳び上がり、のそのそ歩きながららんまは思った。
(あいつらも、バカじゃねーからな。やったことのヤバさぐれー分かってんだろうな。あとは、だ。俺、次第だな・・)
それからは、乱馬とあかねの微妙な関係以外は平凡に日は過ぎていった。
ただ、その中でも変わった事と言えば・・
1つは、自称:風林間高校の蒼い雷!の九能帯刀、17歳が
「許婚が嫌だから忘れたんだ!すなわち、婚約は解消だ!さぁ、天道あかね、今こそ僕と交際だぁぁぁ〜〜!!」
なんて言い出したものだから、あかねと交際したいがために登校時は忘れかけていたにぎやかさが戻った。
2つ目は、数日後にちゃんと謝りに来た3人を乱馬はあっさり(もちろん東風の言葉があったためだが)許したものだから、
‘やっぱり乱馬は自分が・・’と思い込み、再びモーションをかけてきたが、それを見てもあかねは
「あんた・・意外にモテルのねぇ・・」
と言っただけで、ヤキモチの‘ヤ’の字すら見せなくなった事だ。
何をされても‘条件反射’すら出てこない。
乱馬にとってはどちらも当然おもしろくない。
あかねの態度には流石にシャンプー達3人も初めは驚いたが、チャンスとばかりに一層激しくなる毎日。
ハッキリしよう・・と心の中で決めていても、気持ちの矛先にいるあかねは自分に無関心だし、シャンプー達は乱馬が口を出す隙すら与えないため、乱馬にとって本当に無駄な時間だけが過ぎていった。
その間に新しい風が吹いたのは、それから一ヶ月ほどたった頃だった・・・
記憶喪失以来、別々に帰っていた2人であったが、あかねが近所の公園のベンチにぽつんと座って上を向いている所を
帰宅途中であった乱馬が偶然見つけたのだった。
「おいっ!あかね、こんなところでぼ〜として、何やってんだ?もーすぐ暗くなるぞ。かすみさん達にあんま心配かけんなよな。」
ここで、ほっておくと後で痛い目にあう。正確には恐怖とも言えよう。
あかねの父:早雲の多大な娘思いは、時に巨大化した般若として現れる。
・・乱馬はことごとく、それが苦手だった。・・
たたたっと、軽く地を蹴って近寄りながら乱馬はあかねに声をかけた。
当のあかねは、‘うん’とも‘すん’とも言わず、全く関係ないことを口走った。
「ねぇ、乱馬。私、さ、昔、東風先生が好きだったんだよね・・・」
乱馬は体がさっと身が引いた気がした。
(今さら、何言ってやがんでぃ!)
あかねの記憶があったならば、きっとこう強く言い返していただろう。
これから何を言い出すのか・・焦りだけが全身を支配していたが、悟られないようわざと強気で言い返し、あかねの次なる言葉を待った。
「だから、なんだってんだよ?俺には関係ねーだろ!」
「うん・・。でもね、今日、先生にばったり会っちゃってお茶、ご馳走になってたらさ、かすみお姉ちゃんが来て・・後は乱馬も知ってるでしょ?・・東風先生が変わっちゃうこと・・」
「ああ、まぁな。」
「中学の時も、高校生になっても、その光景、私にとっては辛かった。すごく、辛かった。東風先生にはかすみお姉ちゃんしか見えてないんだなって。だけど、今日それ見ても全然辛くなんかなかったの。不思議でしょ?ただ、ただ・・2人を応援してあげたいなって、心から思った。変だよね?どうしてだろう・・・なんか、忘れてるような気がするの・・大切な事。」
「っ!!(こいつ・・もしかして・・)」
乱馬の鼓動が一気に高まる。あかねは何かを思い出そうとしている。あかねが、今、忘れているものを・・
何かを言おうと乱馬は試みたが、思考が麻痺してしまい分からなかった。
(くそっ!あかねが思い出すチャンスかもしれねーのに・・情けねぇ・・・)
乱馬が、自身の頭の中であーだこーだ考えていると、先にあかねが口を開いた。
「私にも・・いたのかな?そういう人・・・」
「はっ?どーゆー意味だ?」
「だから、私にもいたのかな?先生にとってお姉ちゃんみたいな人・・・」
「・・誰だか、分かんのかよ?」
「分かんないから、考えてるんでしょ?あっ・・・!」
「んだよっ!」
「それって・・・乱馬だったりして・・・な〜んちゃって!ビックリした?さっ、帰ろう!遅くなっちゃった!」
乱馬はさっきとは違う意味で硬直した。
言葉そのものにも驚いたが、久しぶりに自分に向けられた笑顔が前から知っていたものに近づいていたから。
とたんに不安も焦りも無くなった。乱馬の中にあるのは・・・
「乱馬ぁ〜、先に帰っちゃうよ?」
「おっ・・おい。待てよっ、あかね。」
「早くっ!」
走りながら、あかねは言った。
「今まで誰にも言えなかったことなのに、どうして乱馬には言えちゃうんだろうね?」
(もう少しだ!ぜってーに思い出させてやる!)
あるのは、あかねに対する思いだけ・・・。
あかねの心中にも変化が起こり始めていた。
自分が走りながら言った言葉を思考しては、少しずつだが乱馬という存在が自分の中で大きくなっていった。
乱馬に言い寄ってくるシャンプー達を見る度に、モヤモヤした気分に陥るようになった。
(どうしたんだろ・・私・・・)
あかねはぼ〜っとしながら、先生に頼まれた大量のプリントを教室に運んでいた。
(う〜〜ん・・・何か、忘れてるの?何を・・?分からない・・)
そのままの状態で、普段行き来の慣れた階段を下り始めた時、さも当然のようにあかねは段を踏み外した。
「きゃっ・・!」
(あのっ、バカッ!!)
同じく職員室に(お小言で)呼び出されていた乱馬も瞬時に状況を悟った。
それからはスピードがモノを言わせた。
落下途中のあかねの手を引き、すばやく抱き上げてから段を踏み、一気に階下まで飛び降りた。
あかねの持っていたプリントを1枚も落とすことなく顎に挟んでいるのは流石と言えよう。
(あっ・・あれ・・この感じ・・・なんか・・気持ち・・悪・・い・・)
「ふぅ・・ったく・・危ない事きわまりねーぜ・・。おい、あかね!考え事しながらフラフラ階段下りてんじゃ・・・」
乱馬は途中で言葉を飲み込んだ。
あかねは目をつぶったまま、動く気配が無かった。
・・まるで、あの時を再現しているかのようだった・・
「あかねっ!大丈夫!!」
騒ぎを聞いて、出来始めた円の中にあかねの親友・さゆりとゆかが飛び込んで来た。
「あかねっ!乱馬君、あかねどうしたの?気を失ってるよ・・どうしよう・・」
「俺にもよく分かんねーんだけど・・とにかくこいつ、保健室に連れてくわ・・。これ、教室持ってってくんない?」
乱馬はあかねを再び抱き起こし、背にしょりながら2人にプリントを渡した。
さゆりがそれを受け取り、ゆかがあかねを覗き込みながら乱馬に言った。
「分かったわ。乱馬君、あかねのことよろしくね・・」
乱馬は返事の代わりに開いている片手を振った。
がららっ・・
「先生ー・・。いねぇーや。どこ行ったんだ?とりあえず寝かせとくか・・」
しーんと静まりかえった空間にきちんと並んだ3つのベッドから、布団のしいてある窓際のベッドにあかねを横たえ、布団をかけた後、乱馬はしばし考え込んだ。
(さ〜て、ど〜すっかな・・先生もいねぇし、絶好のサボり場所だよな。あっ!サボりじゃねーか。つきそいってやつでぃ。 あ〜〜得した!サンキュ!あかねっ!・・・まっ、氷でも用意してやるか・・)
一段落つくと、乱馬は思考通りに冷蔵庫から氷を出すと洗面台の方へ持っていきなるべく濡れないように作業をし始めた。
(ここ・・どこ・・私・・どうしたの・・?・・真っ暗・・)
なんでこんなとこに・・といくら首を捻っても一向に答えは見つからなかった。
ただなんとなく分かるのは、ここがとても暗くて、寒くて、現実ではないこと・・
あかねは妙な心細さを感じた。
それを何時もの強気で心底に押し固めながら、視界のはっきりしないその世界を走り出した。
(どこよ・・ここ・・誰か、いないの・・?誰も、いないの・・?)
泣かないようにと顔をブンブン振るって速度を速めると、いきなり光が差し込んだ。
あまりの眩しさにあかねは反射的に目をつぶったが、やがて慣れてくると恐る恐る目を開けた。
(わぁ・・・綺麗・・)
目の前には見たことのない風景・光景。光輝くその世界。それに似合いすぎた底まではっきり見えるそんなに深くない川。
(こんなとこ・・初めて・・あれなら泳がないから私でも渡れそう・・)
あかねは少し心を弾ませながらゆっくり目の前に広がる美しい川に歩み寄り、一歩踏み出そうとした、その時・・
{あかねっ!だめよ!そこに入ってはダメっ!下がりなさい!}
あかねにとってとても懐かしく、暖かい声が頭の中に響いた。
(えっ・・お母・・さん?)
あかねがビクッっと足を引っ込めながら、遠い昔からずっと記憶の中にある声の主を体中で探った。
・・求めた姿は、川の向こう側あった。見知った姿を保ったままの母の姿が・・
{久しぶりね。あかね・・大きくなったわね・・}
(お・・母・さん・・本当にお母さんなの?)
確かめようとあかねの体は自然に元の体勢に戻っていくが、それを再び母は強く制した。
{だめよ!それ以上こっちにきてはダメ。あなたは、まだやらなければならない事が沢山あるわ。それにこっちに来てしまったら
悲しむ人が沢山いる。お父さんも、かすみや、なびきや、友達や・・あなたの、そして・・あかねを一番必要とする人も・・
思い出してあげなさい・・乱馬君のことを・・}
そう言って、にっこり笑うとそっと手をかざした。
‘川’という隔たりがあるとのに、あかねは母に優しく頭を撫でなれているような感じがした。
その瞬後、す〜・・っと全身に風が流れ込んだ。
全ての壁を打ち破る強く、優しい、不思議な風が・・
壊れた沢山の欠片は、その小さな存在の1つ1つに篭った大切な思い出をあかねに返していった。
戻ってくる記憶・・その度に大きくなるたった1人の存在。
(あかねっ!)
いろいろな表情を持ったその人の無邪気に笑う姿から、声も聞こえた気がした。
欠片の中で必ず自分の隣にいる、懐かしい人。
大嫌いなのに、大切な人。
(・・乱馬・・)
あかねは欠片を全てその身に受け取った。
目には見えなくても、他の何よりも価値のある、心に映る情景と共に・・・
「あらっ・・早乙女君?どうしたの?あっ、天道さん・・」
「こいつ、階段から落ちて、気、失っちまったんだ。」
「あらあら・・うん。顔色も良くなってるから大丈夫ね。氷、用意してくれたのね。ありがとう。帰ってきて早々、悪いけど先生、これから出張なの・・起きたら無理しちゃダメよと伝えといてね。あと、お友達が来るのはいいけど、あまり騒ぎ過ぎないように。病み上がりは大切にしないと・・。」
ペラペラしゃべる保健室の先生の話を呆然と乱馬は聞いていた。・・とにかくペースが速く、突っ込む間が無かった・・
「じゃあ、早乙女君、後よろしくね。あっ!くれぐれも、間違いは起こさないように・・・」
「え゛・・・」
乱馬は真っ赤になって、閉められた戸を唖然と見つめていた。
(ばっ・・ばっきゃろぉー!俺があんな色気のねぇ女に、手ぇ出すわけねーだろ!)
ふんっとばかしに話を無理やり片付けると、乱馬はあかねのベッドの近くに置いてあるイスに腰掛けた。
ふぅ・・と一息ついてからあかねの顔をちらっと見てみると・・
(!!こいつ・・泣いてやがる・・)
疑問に思って、乱馬はじ〜〜っとあかねの顔を覗き込んだ時・・
ぱちっ!!
いきなりあかねが目を覚ました。
驚いたのは乱馬の方である。ばっと勢いつけて顔を離し、ムキになって怒鳴った。
「お・・おおおおれは、ななななにも、やや、やって、ねぇぞ!いっ、いきなり目、開けるんじゃねぇ!ビックリすっだろっ!って、おめー何やってんだ・・?」
あかねは一切、乱馬言葉を頭に入れていなかった。
その代わりにペタペタ自分の体を触ってから、ぽつりと小さくつぶやいた。
「私・・生きてるの?私・・生き、てるの・・?乱馬・・」
「はぁ?おめー、何言って・・」
「私、ちゃんと生きてるんだね・・乱馬・・わぁぁ・・怖かったぁ!!」
あかねは乱馬にしがみつき、大声で泣き出した。
一方乱馬は、一度はぎしっ・・と音と立てて固まったが、あかねの変な言葉にぴんっと頭に信号が走った。
「おめー・・もしかすっと、思い出したのか!」
ぐいっと肩をつかんで体を離し、いつもより真剣さの増した低い声で聞き返した。
あかねはそれに肯定の意味を込めて頷いた後、乱馬がほっと、表情を和らげたのを見逃さなかった。
「心配してくれたんだ。私のこと。」
・・イタズラっぽい笑顔の奥に、精一杯の嬉しさの篭ったそのあかねの表情は、ずっと前から知ってるもの・・
乱馬自身の中に、久しぶりに湧き上がる喜びと安堵の気持ちと喧嘩腰。
素直に返すのはあかねの策略?に填まるようで面白くない。
「けっ!記憶のねーおめーの方が、ちったぁ‘色気’ってもんがあったがな、ま〜た、ガサツに戻っちまったぜ!」
「なんですってぇぇ〜〜!・・ふっ!なによ、男のくせに、女になった時プロポーションがど〜のこ〜の言ってる変態のあんたに言われるすじあいはないわっ!」
あかねはすとっとベッドから下りるとするりと乱馬の横を通り過ぎた。
「なんだぁ〜〜!てめー、言わせておけば、好き放題言いやがって!、待ちやがれ!寸胴女っ!」
「びぃぃ〜〜っだ!ここまでおいで〜〜っだ!」
一通り室内を走り回った後、乱馬があかねをドアの前まで追い詰め・・
「へっ!口ほどまでもねぇ!さ〜て、さっきの言葉、訂正しやがれ!俺は変態じゃ・・ぶっ!!」
一気に駆け出した時、あかねは閉まっていた戸を開け、乱馬が出てくる前にぴしゃっ!と閉めた。
案の定、乱馬はべんっと大きな音を立ててドアに張り付いた。勢いがあっただけに、保健室内にちょうど鳴り響く授業終了のチャイムをかき消す程だった。
あかねは乱馬がずずずっと床に伏せるのを確かめると、そっと戸を開けて一言。
「や〜い、ドジっ!」
「お・ま・え・なぁぁ〜〜!!(怒)」
乱馬は顔面を押さえながらむくっと立ち上がり言い換えそうと試みようとしたが、それはあかねの友人達によってかき消された。
「あかねぇ〜、もう大丈夫なの〜?」
心配げに顔を揃える友人にあかねはいつもの明るい笑顔で返した。
「うん、もう大丈夫よっ!心配かけてゴメンネ!」
「よかったぁ!」
言葉を飲み込んでしまった乱馬は当然面白くなさそうに膨れっ面をしていたが、やがて保健の先生に言われた言葉を思い出してとりあえず、それに従った。
「あ〜〜、とりあえずよ〜、あかね、おめーはまだベッドで寝てろよ。」
「へぇぇ〜!乱馬君、やっさしーねー。流石、許婚!」
「ちがっ・・ちがわい!これは保健室の・・」
「はいはい、先生が言ったって言うんでしょ?でも、一理あるから、あかねはあっちで横になって話そう。」
「うんっ!」
「あ〜、それから・・」
「分かってる、あまり騒ぎ過ぎないわ。それぐらい、じょう・・」
「天道あかねぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!!!」
‘常識よ’と言う言葉は、騒がしく出てきたお馴染み・九能によって見事に場は非常識となった。
「天道あかねぇ〜!気を失うとはなんともいじらしい・・僕の事を考えてそうなったんだな?よぉ〜し、この気持ち、確かにこの僕が受け取った!さぁ〜、交際、だぁ〜〜〜」
どかっ!ばきっ!
「いやぁぁぁ〜〜!!」「おめーは出てくんなっっ!!」
ほぼ同時に炸裂した2人のパンチと蹴りに、言うまでもなく九能は真昼の星と化した。
「天道あかねぇ〜・・好きだぁぁ〜〜」
という聞きなれた台詞を放ちながら。
「あ〜〜、ビックリした・・いきなり出て来るんだもん・・まだ心臓、ドキドキいってるよ・・」
「ホントホント・・」
そして同時にあはははっ・・とあかね達は笑い出した。
乱馬はその尽きる事の無い談話を少し離れたところから大欠伸しながら見物していた。
そののんびりしたムードのつかぬ間、自分の周りだけに違った風が流れ込んだのを乱馬は敏感に感じ取った。
(なんだっ?)
何か分からないものに対して気づかれないように警戒の態勢をとろうとしたが、すぐに気迫は沈下して代わりに目が見開いた。
(あんた・・あかねに、似て・る・・?まさか、あかねの・・)
乱馬の心を読み取ったかのように、目の前に現れた女性は優しくにこっと笑うと、
{・・あかねを、変えてくれてありがとう。あなたも、あかねも自分の気持ちに自信を持って・・進むのはそれからだって遅くはないわ・・だって、あななたちは、まだ・・
若いのだから・・
素直じゃなくていじっぱりな娘だけど、よろしくお願いします・・乱馬君・・}
そこまで言うと、現れた時同様すぅ・・とごく自然に風と同化していった。
(あいつに・・あかねに会ってかないんですか?)
{さっき・・会ったから・・}
完全に視界からは消えてしまったが、声だけは頭の中にしっかり届いた。
{乱馬君・・あの子の流した涙・・・忘れないでね・・。あれは・・
あれは、あなたとの思い出の1つ1つを自分の力で取り戻していった時の、あの子の本当に想いだから・・・
・・・・・・あなたへの、あかねの答えだから・・・}
「・・・・・」
しばし、呆然と受け取った言葉をゆっくり飲み込みながら、乱馬は再び輪の中で嬉しそうに笑うあかねの姿を見た。
変わらない、自分の知っているあかねの笑顔・・
目を覚ましたすぐ後に食って掛かったあかねを思い出して、乱馬は苦笑する。
(やっぱ、こっちのほーが、あいつらしーよな・・)
忘れかけて、そして失いかけていた本当の‘あかね’と自分の気持ちが戻った快感は、乱馬にとって最も強力な‘力の源’となっていった。
あかねもそれは、同じ。
友人からこっそり聞いたナイショ話。
「乱馬君ね、あかねの記憶ない時、いっつもむっつりしてて話しづらかったなぁ〜・・・。でも、さっき、すっごい嬉しそうだった。なんか久しぶりに見たな、あんな表情・・・」
たったそれだけなのに、微笑みがこぼれてしまう。
友人も乱馬も、皆教室に戻って静まりかえった保健室。
あかねはベッドから見える、真っ青な青空と流れる雲に向かって、そっと呟いた。
「お母さん、私は、まだ、生きたいって思うよ。やりたい事も大切な人もいる(ある)から・・・だから・・ありがとう・・」
もうきっと会う事の無い天にいる母に代わって、高い高い空に浮かんでいる小さな雲が頷くようにゆっくり動いていった・・・
「寸胴女ぁぁ〜〜!」
「なによっ!恥知らずの変態男女!!」
「その言い方止めろって言ってんだろっ!」
「その言葉そっくりそのままお返しするわよっ!乱馬の〜バカ〜〜〜っ!!」
これが、2人の日常風景。
−−−追伸ーーー
その後、乱馬がシャンプー達にはっきりした態度がとれたかどうかは、ご想像にお任せします。
つづく
作者さまより
やっと完結しました。
まだまだ上手くまとまった小説が書けていませんね・・反省です。
半人前の私の小説を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
あかねにとって無二の存在。乱馬にとって無二の存在。
それぞれの気持ちの中に息づく二人の本当の想いは決して心から消え去ることがない真理の情景なのかもしれません。
これを期に少しだけ二人の距離は近づけたのではないでしょうか?
乱馬がはっきりとした態度を取れるのはそう遠からないことなのかもしれませんね。
(一之瀬けいこ)
Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights
reserved.