◇心に映る情景  中編
satsukiさま作


 「次はシャンプー達か・・・。ど〜すっかなっ・・・。」
  らんまはお湯をかぶって男に戻り、再びキョロキョロ探し始めた。
  流石に乱馬も良牙達を見つけるより難しいと悟っているらしい。さっきより真剣に気配を探っている。
  
  しばらく歩き回っても影すら捕らえる事が出来ないので、乱馬は最後の手段として立ち止まり、そして・・
  大声で叫んだ。
 「あ〜〜あ。腹、減ったなぁ〜〜!」
その場に他に誰かいたならば思わずずっこけてしまいそうな台詞だが、当の乱馬は数歩先行ったところでにやりと笑みを浮かべた。
 (かかったな!!)
  その足元には、まだ作られて間もないほかほかの‘お好み焼き’‘肉まん’そして‘○○のフルコース’が競うかのように
  並べられていた。
 (まだ、かなり熱いな・・。つーことはこの辺りか・・)
  ‘腹が減っては戦はできぬ’
  ありがたく戦利品?を頂戴(しっかり小太刀が作ったらしいフルコースは残したが・・)してから、乱馬は再び気を集中し始めた。
  ・・が、彼女達もそう簡単に捕まるわけにもいかなかった・・
  なにせ、この決闘にはありがたい‘賞品’がついてくるのだ。
  近くにいることがバレてしまった以上、これから動くことも出来ないため今までより更に気のガードを堅くしたのだった。
 (くそっ・・俺ともあろう者が、女の1人や2人の気配も読めねぇなんて・・まだまだ修行が足りねぇーな・・)
  ぎりっと歯軋りを立てたが、乱馬は次の瞬間にはすでに作戦を考えていた。
  ここら辺は流石ズルの帝王?、玄馬の息子と言えよう。
  ・・・カエルの子はカエルである・・・
 (このくそ暑い中、歩き回ってたらその内倒れるぜ。たくっ・・)
  乱馬は小走りにいかにもいそうな木が何本の重なり深く茂っているところまでくると、真実を告げているような
  口調で話始めた。
 「・・しっかし、まぁ、あかねも見つかったことだし、あとはあの3人か・・・。早く見つかんねぇーかなぁ〜・・」
  乱馬は‘あかね’と‘あと3人’と言う単語を微妙に強調するように言い放った。 
  気配の無い居心地の良い日陰の空間・・・
  しんと静まりかえった場に、乱馬の凛とした声は風と共に真っ直ぐ響き渡った。
  しかし、それだけでも3人には十分過ぎる刺激を与えた。
 (あかね、見つかたか!もう乱馬は私の物ね!)
 (あかねちゃん、見つかったんかぁ!勝利は目前やな!)
 (天道あかねが見つかった・・・乱馬様!私達の障害はもうなにもありませんわ!お〜ほっほっほっ!!)
  3人同時に同じことを思い、そのまた瞬時に同じことを思考した。
 (ならば、あとは目前の敵を倒すのみ!)
  一気に押さえていた彼女らの闘気が無意識のうちに爆発する。
  ‘残るのは自分だ’と言う思いだけが頭の中を支配しているせいか、その溢れ出る自らの闘気に気づいていないのが誤算となった。
・・つまりムースの二の舞となったのだ・・
  
  これを待っていたとばかりに乱馬の体中が近辺に渦巻く熱い闘気を感じたのは言うまでも無い。
 (ビンゴっ!!)
  ぱちんっ・・と指をならし、最も強く気が集中しているところを検索し出した。
 
  3人は乱馬が近づいて来ることすら忘れて、誰が残るのか勝負して決めようと間合いを取り、動き始めた時・・・
 「見ぃ〜〜つけたっと!」
  バッっと乱馬が木の陰から飛び出した。
  とたんに3人は硬直する。
  もう決闘どころではない。
  一斉に乱馬の前に詰め寄り、揃って口走る。
 「乱馬ぁ〜〜誰を一番最後に見たよろし!」
 「らんちゃん!!・・誰を最後に見たんや?」
 「乱馬様!最後に見たのは私ですわよね?」
 「はぁっ・・??」 
  一瞬、乱馬は何を言っているのかさっぱり分からなかったが、シャンプーの言葉でやっと理解した。
 「乱馬、この3人最後に見つけた。だから、この3人の中で最後に見た者、優勝ね。さっ、誰最後に見たか?正直に言うよろし!」
 (はは〜ん、なるほどな・・)
  乱馬はぴんっ・・ときた後、どこか楽しげに3人に笑いかけた。
 「ざ〜んねんだったな。おめーらが最後じゃねーんだよな。お生憎さま。」
  ぴしっ!!
  3人は再び硬直する。
  パクパクと口が動いていても、先ほどの乱馬の言葉をはっきり理解するのにしばらく時間がかかった。
  
  やっと頭の中で繋った右京が乱馬に静かに問いた。
 「ら・・らんちゃん・・つまり、さっき言うてたことは・・ウソやったんか・・?」
 「そっ!あれから、おめーらの闘気ですぐ居場所が分かったぜ。ご協力感謝感謝!」
  その言動にガックリと3人とも肩を落とした。
  それと同時に自分達の‘夢’も崩れ去っていった。
  まんまと乱馬にはめられたのだ。
  
  だが絶望もつかぬ間、何か思いついたらしく、はっとした感じでシャンプーが顔をあげ乱馬に言った。
 「では、乱馬。まだ見つかてないのは・・・本当は誰なのか・・」
  とたんに右京と小太刀も顔を絶妙のタイミングで上げる。
  乱馬はまだ正確に‘あかね’が‘見つかっていない’とは証言していない。
  思いは1つ。
  ‘残っているのがあかね(だけ)でないこと’
  そうなれば、まだ自分達にも望みはある!
  しかしそれも乱馬によって打ち砕かれた。
 「ああ、あとはあかねだけ見つけてねーな。まっ、楽勝だぜ!」
 「!!」
  乱馬自身はたいして気にしていないようだが、シャンプーら3人は言いようの無いショックと、焦りが全身を襲った。
  ・・右京だけは、それに‘悲しみ’が+された・・
  どっ・・と吹き出る汗を悟られないようになんとか努力し、動揺を押さえながら次々と去っていった。
 「私、もう見つかたね。あっちに行てるよろし。」
 「うちも、完敗や・・。」
 「今回は見逃してさしあげてよ・・」
  あまりにあっさりしていたので、「なんだぁ〜?」と乱馬はきょとんとした表情でしばらくその場で見送った。

 「予想外的展開ね・・どうするね。」
 「私、悔しいですわ!!もう少しで乱馬様は私の物でしたのに!!」
 「何、言うか!乱馬は私の婿殿ね!お前の物無い!」
  シャンプーと小太刀が言い合っているのを、右京はぼ〜と聞いていた。
  いつもなら入ってくるはずべき喧嘩に黙っている右京を流石に変に思ったのか、シャンプーは口を右京の方へ向けた。
 「右京、なに考え込んでるか?らしくないあるな。」
  右京はその問いに、ふっ・・とため息をつくと、静かに話し始めた。
 「・・あんたら、さっきのらんちゃんの言葉、ちゃんと聞いてへんかったな?」
 「さっきの乱馬様の言葉?」
 「それがどかしたのか?まだショック受けてるのか?」
 「アホっ、うちらは初めから勝ち目のない勝負をしていたんかもしれんと言いたいんや!」
 「どういう意味ね?」
  右京は一旦、口をぎゅっと結び、やがて覚悟を決めたように言い出した。 
 「・・らんちゃんのさっきの言葉、思い出してみぃ。こう言ったやろ?あかねちゃんはまだ‘見つけてない’て。
  これがどういうことか、分からないんか?らんちゃんは、そう考えていたのか、それとも無意識なのか・・それはうちにも
  分からんけどなぁ、初めからあかねちゃんを最後に見つけよう思っていたんかもしれん・・。」
  ここまで言うと一度口を閉じ、目を閉じた。
  乱馬の唯一の幼馴染みである右京の言う事には反対できない何かがあった。
  そのためか、シャンプーも小太刀もただ右京の次なる言葉を待つことしか出来なかった。
  それから右京は再び目を開き、澄み切った青空を見上げながら言葉を1つ1つ区切りながらハッキリと言った。
 「・・つまり・・つまりや、この決闘は気配を消すことよりも、‘らんちゃん自身の気持ち’が大切やったんかもしれんな・・。
  それに、うちらは知らず知らずのうちにあかねちゃんに手を貸しておったんかもな。痺れ薬に眠り薬・・。一気に吸えば、
  気を失っても当然や。」
 「気を・・失う・・乱馬様でも探せなくなると言う事ですわね・・・」
 「それは・・誤算やたな・・。」
   
 「まだ、あるで・・。うちらは、取り返しのつかんことをあかねちゃんにしてしまったのかもしれん・・・あんたらも
  分かってるやろ?もし、あかねちゃんに何かあったら・・ましてや、命に関わる事になったら、うちら、らんちゃんに・・
  何されるか分からんで・・。・・もう、引き際、かもしれんな・・・。」
「・・・・・。」
  周りの風景とはまるで違うどんよりした風が3人の中の吹き荒れ始めた。

  ーーー時刻は11:53分ーーー
  カチッ・・ガチッ・・カチッ・・
  あかねは聞きなれない歯車の回る音でうっすらと目を覚ました。 
 (あ・・頭・・イタ・・い・・ここ・・どこ?私・・)
  厳しい頭痛の中、あかねは少しずつ記憶を探り始め、コチッ・・という音と共に微妙に揺れる自分の体を見回し、やっと
  つじつまがあった。
 (そうか・・私・・シャンプー達に、はめられて・・でも、なんでこんな、ところに、いるの、かしら・・・)
  しっかり結ばれているロープを切る力は出なかった。 
  小太刀の強力な薬を、しかも2種類も一気にかがされ、おまけに太陽に照らされたまま約30分・・。
  あかねの今の現状は、ひどい頭痛と吐き気に襲われ考えるだけで精一杯だった。
 (あ〜い〜つ〜ら〜・・・。今度、あったら、承知、しないからね・・・)
  あかねはシャンプー達への怒りの大きさと等しいぐらいの惨めさも沸いてきた。
 (きっと、嫌な、予感・・これ、だったんだわ・・・。これじゃあ、乱馬に、すぐ、見つかって、しまうわね・・)
 (私の・・負けね・・・)
  どうしようもない気持ちが押さえられずに、あかねの目の下は次第に熱く熱をもってくる。
  手で拭うこともできず・・ただただ自然のままに落ちていく雫の行く末を見つめることしか出来なかった。

  ぎゅう・・ぎゅう・・ビチッ・・
  ふと、あかねの頭上から変な音が漏れ始め、あかねを現実に連れ戻した。
  収まりきらない涙を一生懸命止めながら、霞む目でその音の矛先を見つめる。
 「!!」
  あかねはそれが何なのか、すぐに悟った。
  と同時に頭の中がすっきり・・いや真っ白になった。
  そう、時計の2つの針が共になろうとするため、邪魔者を消そうとしているのである。
 (ロープが・・・ちぎれる・・・!こんな、ところから、落ちたら・・)
  さぁ・・と血の気が引いていくことさえも分かるぐらい長く・・短い時間だった。 
  コチッ・・
  また2針の距離がせばまる。
 (あと・・1分・と、どれくらい・・?分からない・・分からない・・・)
  気は焦る一方で、良い案が思いつかない。胸の奥に刻まれる秒数より早く鼓動が先を行く。
  
  ・・そして、時は来た・・・
  がちっ!
  それを待っていたかのように長針と短針が合い、当然のようにあかねを繋ぐロープはぶちっ・・という音と共に引きチギレタ。
  そのため手は自由になったが、体に残っていた痺れと目眩が場所を考えずに起こり、ぐらっ・・とあかねの体重を下へと誘った。
  とっさに両手で塀をつかんだが余力は、すでに0に近かった。
 「(ら・・ん、ま・・)」
  あかねは助けてくれるであろう者の名を叫んだ・・・何回も、何回も・・
  しかしそれはちゃんとした発音として外へは出なかった。その代わりに母音に濁点のついたような声が小さく響いただけだった。
 (声が・・出ない!!)
  痺れていく全身、薄れ始める意識・・・
  あかねは一時自分の‘死’を覚悟したが、そのたびにはっきりと目の奥に映る乱馬の姿に必死になって自我を保った。
 (そう、よ・・私は、乱、馬の、許婚、なのよ・・これぐらいで、諦めちゃ、いけない、わ・・。乱馬、だったら、決して、
  諦め、ないわ・・・私・・だって・・)
  あかねは最後の力を振り絞って腕に力を加えた。
  己の意識が無くなるまで・・・
  乱馬が、来てくれるまで・・・

  一方、乱馬は残りがあかね1人と言う事だけあって、気楽に探し回っていた。
 (やれやれだぜ・・。全く。これでちったぁ気がすんだか?付き合いも大変だぜ・・でも、さっきのあいつら、何だったんだ?)
  乱馬は妙にそそくさとしたシャンプーたちの態度にいささか疑問を改めて感じ始めたその時・・・
  ぞわっ・・・
  全身、逆立つような悪寒が乱馬を貫いた。
  そして、ふとワケも無くよみがえる出かける前の記憶。
  ‘あかねから目を離さない方がいいわよ’
  なびきの忠告に対し、乱馬ははっ・・とした。
 「まさか、あいつら・・あかねに何かしやがったのか?・・俺の直感は、外れた事がねぇんだ!ちくしょう!」
  乱馬は今までに無いほど気を集中し、あかねの気配を探り出した。
 (考えてみれば、確かに変だよな。あいつの気配を感じることなんて朝飯前のはずなのに、ちっとも分からなかった・・・。
  くそっ!無事でいろよ!あかねっ!)
  彼女にしてはあまりにも弱々しい気配だったが乱馬はしっかり見分け出し、それと同時に走り出した。
 「!!あかねっ!!!」
  数秒後・・乱馬はあかねを見つけたが、ほっとする前に絶句した。
  あかねは時計台からまっさかさまに落ちていく途中だった・・・

 「あかねっ!」
  乱馬からあかねまでの距離はゆうに200m〜300mは離れている。
 (普通にいってたんじゃ、間に合わねぇ!!)
  それでも、乱馬は休まず足を動かした。自分で出せる最高の速度で・・
 (何か・・・何か、ねぇのか・・・なんか、あるはずだ!)
  あかねが地に届くまで、あと10mも無い。
  自力と引力。
  比べ用の無いほどの巨大な力は、乱馬を嘲るようにその真理を突きつける。
  乱馬の中で苛立ちとも焦りとも言わない葛藤が繰り広げられる。
  あかねを守れないかもしれない怒りと恐怖・・
  あかねがいなくなるかもしれない絶望・・  
 (くそっ!何も、思いつかねぇ!こんな時に!・・だめか・・・いや、これだけは、諦めちゃならねーんだ!)
  その思いが通じたのか、天は乱馬に見方をした。
  ふと乱馬の目の片隅に見えた‘爆砕点穴’の跡が、ヒントを与えた。
 (そうかっ!あれで距離を稼いで、そこに風を送り込めば・・・考えてる余裕はねぇ!やるなら、今しかねぇ!)
  乱馬は立ち止まりぐっ・・と指先に力をこめて・・・
 「爆砕点穴!!!(マスターしといて良かったぜ)」
  ずどぉぉぉ〜〜〜ん!!!
  乱馬の期待に答えるかのように1発で深い亀裂が入り、大穴が姿を現した。
  それに伴い、あかねと地との差もわずかだが開いた。
 (時間がねぇ!)
  乱馬は次に全身に残っているありったけの闘気を瞬時に集め、そしてそれが頂点に達し、渇っ!と目を開いて叫んだ。
 「飛竜昇天破・獅子咆哮弾合体版!飛竜漂風弾!!!」
  とたんに気弾が乱馬の両手から飛び出した。
  そしてほんの数十センチとなったあかねと地との間に入り込んだとたん、その気弾は炸裂して上昇気流を巻き起こした。
  あかねは再び地から遠く離れた。
 「やった!」
  技の成功と共に、乱馬は余力を振り絞って今度はかなり余裕のある高さであかねの体を見事にキャッチした。

  とすっ・・
  乱馬は無事に降り立った。
  ‘バカ野郎!’と意気込もうとしかが、乱馬はその気迫と言葉を引っ込めた。
  代わりに心臓が止まったかのように自分の意志で体を動かせなくなるような錯覚に陥った。
  ・・・あかねの血の気のすっかり失せた全身はそれこそその全てを乱馬に預けたまま、ぴくりとも動かなかった・・・
  見開かれる両目、背中をゆっくりと伝っていく冷や汗。
  しかしふと正気に戻り、焦りながらも乱馬は口元やら手首やらで、‘生’を確かめ始めた。
 (息は・・脈は・・ある!)
  ほ〜〜・・と安堵のため息をついたが、目を堅く閉じたままのあかねに乱馬はいささか不安を持った。
 (なんで、起きねーんだよ・・・)
  頬をペチペチ軽く何度も叩いても、あかねは目覚める気配すら見せなかった。
 「とりあえず、東風先生の所に行って見てもらうか・・・」
  乱馬は動揺を押さえつつあかねをひょいっと抱きあげると思いっきり大地を蹴り上げ、屋根上を器用に駆け始めた。

  ・・・その様子を不安そうに行く末を見つめる3人と、校舎の影から心配そうに眺めるなびきの姿があった・・・  

 「東風先生!」
  乱馬は靴を脱ぐのも面倒・・と言うほど焦った様子でズカズカと‘小乃接骨院’へ入っていった。
  今、最も自分の助けになってくれるであろうこの病院の院長:小乃東風に一刻も早くあかねを見てもらうために・・・
 「乱馬君かい?どうしたんだい?そんなに慌てて・・・あかねちゃん・・?」
  東風はひょいっとドアからお茶のカップを持ったまま何時もの穏やかな顔を見せたが、乱馬の表情と、そしてなにより
  その腕の中でぐったりしているあかねの姿を一目見た後は厳しい医者としての目で話かけた。
 「あかねちゃん・・一体どうしたんだい?とりあえず、乱馬君。あかねちゃんをこっちに運んで!」
  有無を言わせない東風のテキパキした動きに、半ば乱馬も落ち着きを取り戻しながら東風に従った。
  
  あかねを診察するためのベッドに横たえると、東風はすぐに乱馬に質問し始めた。
 「それで、何があったんだい?それによって治療の方法も変わってくるからね。話してくれるかな?」
 「俺にも、正確には何があったか分からないんだ・・・けど・・」
  乱馬は今日何をしたのか、そして自分があかねを見つけた時の状況を分かるだけ細かく説明した。
  しかし、それだけでは不十分だった。
  実際、シャンプー達によって何をされたのか乱馬自身は見ても、聞いてもいないのだからしょうがないと言えばそうなるが・・・
  それでも、東風は乱馬を責めることなくその場で必要な対処を行った。
  
 「なるほどね・・。とりあえずどこか折れていたりしてないか調べてみよう。」
  人体のあらゆる骨格を知り尽くしているこの名医は、1分もかからないうちにあかねの体の全てを診察した。
  そして、しばらく考えてから乱馬に自分の思考を述べた。
 「う〜ん・・骨・筋・・異常はないね。大丈夫だ。でも・・乱馬君、変に思わないかい?女性とはいえ、あかねちゃんだって  
  立派な武道家。たとえ50mの高さだとしてもあかねちゃんなら受け身の体勢を取れると思うんだ。でも君の話から推測すると、
  落下の時にはすでに意識が無い事になる・・・。何か他にあったんじゃないかな?思い当たる節は無いかい?」
  乱馬はすぐにシャンプー・右京・小太刀を頭に思い描いた。
 (あかねの腕についてたこのロープの結び目・・。途中で切れてっけどあかねはがこんなに綺麗に結べるわけがねぇ!
  こいつは日本一の不器用だもんな・・・証拠はねぇが、確信は出来るぜ・・)
  ふつふつと沸いてくる怒りを押さえながらその事を東風に話し、東風は「ああ、あの3人ね・・」と苦笑した。
 「まぁ、今日はあかねちゃんをうちで預かろう。何かあった時すぐに見られるし、僕の家からの方が病院に連絡しやすいしね。
  乱馬君はどうする?とりあえず家に帰るかい?」
  東風の問いに乱馬はしばし考えてから首を横に振った。
 「・・いえ・・あかねの意識が戻るまでいてもいいですか・・?・・少しは俺にも責任があるし・・・」
  だんだん声が小さくなっていく乱馬を東風は微笑しながら
 「構わないよ。でも患者さんが来るからしばらく待合室で待っていてね。その間にあかねちゃんが起きたらちゃんと呼ぶから」
  と答えた。
  ・・・待合室のはすでに数人の患者が東風の治療を待っていた・・・

  仕事に一段落がつき、一服にお茶をすすっていた時、東風の横の窓が不自然に揺れた。
  とんっ・・かたっ・・
 「んっ?風・・じゃないね?誰だい?」
  東風は人の気配を感じて入れるようその窓を開くと、そこにはなびきの姿があった。
 「なびきちゃん・・・?どうしたんだい、こんな所から・・・」
 「しっ!東風先生。乱馬君来てるでしょ?」
 「・・聞いていちゃ、いけないことなのかい?それでどうしたんだい?」
  今度はやや小さめな声で話しはじめた。  
 「・・ちょっと・・話したいことがあって・・・」
 「・・あかねちゃんのことだね?」
 「・・そうです・・」
  なびきは東風が疑問に思っていたこと、知りたかったことの情報を簡潔に話した。
  シャンプー達が行ったこと。
  それにどのような思いがこめられていたかということ。
  あかねがどのような状況で、そしてどうして落下したのかということを・・
  
  東風は驚きと呆れを同時に抱きながら、「すごいねぇ〜」と感想を漏らした。
 「でも、これはちょっとやり過ぎだったかな?あの3人はね。乱馬君にはどうするんだい?」
 「先生から上手く伝えて下さい。・・きっとこれ聞いたら乱馬君、あの子達に何しでかすか分からないし・・・
  あかねのことになると、見境なくなるから・・・」
 「よく分かっているんだね?」
 「そりゃあ、もう何ヶ月も一緒に住んでるから・・とりあえず私の情報は終わり!」
  と言うと、さも当然のように片手を前に突き出した。
  東風はそれが何を意味するのかすぐに分かったが、少し抵抗を試みた。
 「え゛っ!お金とるんかい?ここまで言って・・・」
 「必要な情報を伝えに来たんですよ?私は。」 
 「・・・・・敵わないね・・君には・・・」
  静けさを取り戻した診察室。
  去っていくなびきの手にはしっかり‘臨時収入’が握られていた。

 「んっ・・・」
  なびきが病院を出てから1時間ほど経った。
  机に向かっていた東風の横のベッドから、ふと声が漏れた。
 「あっ。あかねちゃん。目、覚めたのかい?気分はどうだい?」
  ペンを置き、ベッドの横まで歩いていきあかねを覗き込んだ。
 「・・・・?東、風先生?ここ?病院?私、なんで・・・」
 「時計台から落ちて、意識を失っていたんだよ。乱馬君がここまで運んで来てくれたんだ。あっ、待合室にいるはずだから、
  今呼んで来てあげるね。」
  そこまで言うと、くるりと背を向けて出入り口の方で東風は歩いていった。
  あかねはその後ろ姿を不思議そうに眺めて、それから考え込んだ。
  頭がすっきりしているのか、それともその反対なのか・・とても妙な感じだった。
 (時計台?落ちた?私、何してたの?そんなところで・・今日、何かあったっけ?乱・・馬・・・?)

  東風が出て行ってからすぐに、1人の少年があかねの前に現れた。
  ひどく慌てているような、ほっとしているような、それでいて怒っているような・・いろいろな表情を組み合わせていたが、
  その目は決してあかねから離れる事なく真っ直ぐ見つめ、一定の歩みで少しずつ近寄ってきた。
 「よぉ、あかね・・大丈夫か・・・」
  ぶすくれた言葉は相変わらずだが、乱馬なりに精一杯の気遣いの言葉だった。
  何時ものあかねならば、そこら辺の乱馬の態度はお見通しなので、だいたいは喧嘩腰に言い返すか、素直に返すかのどちらかの
  反応が見られるはずだったのだが・・・
  今回はそのどれにも当てはまらない、とんでもない言葉が返ってきた。
  東風はもちろん驚いたが、それ以上に乱馬は体がそれこそ凍りつくようなショックを受けた。
  あかねは、きっぱり乱馬に言ったのだ・・・

 「あなた・・誰・・?」
  と・・・。
 
 「誰・・って・・あかね、おめーふざけてんのか?おい!」
 「あかねって・・なんで私の名前知ってるのよ?どっかであった事ある?」
 「・・・・・。」(こいつ・・あの時と同じだ!シャンプーにやられた時と・・)
  乱馬はあかねの言葉に閉口した。
  ただ呆然とどうすればいいのか思考を巡らしている乱馬とそれを怪訝そうに見つめるあかねの姿をしばらく見つめていた東風が
  やっと口を開いた。
 「あかねちゃん、今日何をしていたか覚えているかい?」
 「えっ・・・と・・」
  東風のいきなりの問いと、その答えにあかねは戸惑った。
  ・・少し時が経ってから、あかねはひどく申し訳なさそうにつぶやいた。
 「・・すみません・・全然覚えてなくて・・なんで私がここにいるのかも・・・」
 「いやいや・・謝る事じゃないから気にしないで。じゃあ、あかねちゃんこの人に事、本当に忘れちゃったんかい?
  君の家の居候で、あかねちゃんの許婚の乱馬君だよ。」
 「えっ!!許婚?また、なんで・・・そんな・・」
  ずきっ!!あかねの言葉に乱馬は少し傷ついた。
  だが、ここまで原因不明にキッパリ忘れられると流石に言い返す気力も沸いてこない。
 (俺達、なんか初めて会った時に戻っちまったみてーだな・・)
  乱馬は今まであかねと共に過ごしてきた時間が崩れ去ったような気がした。
  気がつけば、乱馬はあかねから顔を反らせていた。
 「・・乱馬君、ちょっといいかい?あかねちゃん、後でちゃんと話すから、今は体を休めなさい。」
  乱馬の心情を悟ったのか、それとも何か思いついたのか、東風は乱馬を誘って診察室から出た。

 「・・東風先生、何か分かったんですか?」
  ちょっとした期待を抱いて乱馬は東風に詰め寄った。
 「いや、僕の専門じゃないからねぇ、ハッキリは分からないけど、あかねちゃんはおそらく‘精神的な’記憶喪失だと思うんだよ。」
 「精神的な・・記憶喪失??」
 「そう、ちょっとした精神の不安定が何かの拍子に頂点に達すると起こるって聞いた事があるんだよ。今のあかねちゃんにはそれが
  当てはまりすぎている・・・。でも、実際に僕も見たのは初めてだね。」
 「当てはまりすぎているって・・・まぁ、そりゃあ考えてみれば分かるような気もするけど・・あかねはそんなにやわな女
  じゃねーと思うけど・・・」 
  乱馬の口調に‘あかねちゃんも女の子なんだよ・・乱馬君・・’と言いたかったがそれは心の底に押し込み、代わりに苦笑
  しながら、東風は話を進めた。
 「いや、さっきなびきちゃんがね、詳しい話を聞かせてくれたよ。」
 「げっ・・なびきが・・?あいつ、見てたんかよ・・っんっとに油断もすきもあったもんじゃねー!先生、あいつに金取られただろ?
  ‘情報料’とか言って。」
 (本当に何ヶ月も一緒に住んでるとお互いが分かってしまうもんだね・・・)
  東風は「鋭いねぇ〜・・」と言ってあははと笑った。
  それからなびきの助言を乱馬に要点だけつかんで話し始めた。



つづく




作者さまより

やはり決闘ではないような・・・しかもシャンプーちゃん達の捕まり方がムース君似すぎているのでは・・それに乱馬君の新技も勝手に考えてしまった・・と懺悔しています。
・・情けない・・
あかねちゃんも無事で終わりにしようと思ったのですが、なんかしっくりこなかったのでちょっとした展開を作ってみました。
次回、やっと題名に沿った話が書けそうです。
(かなり)関係ありませんが、カエルの子はおたまじゃくしでは・・?といつも思ってしまう私です・・・。 


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