◆初めてのお買い物
桜月さま作


 今日こそ買わねぇとな…
 俺は強い決心を胸に秘めて、立ち読みしている本屋からチラッと、通りを挟んだ店を盗み見た。
 俺の目当ての店。そこは俺のような格闘一筋に育ってきたやつにはまったく無縁の店で、通りのガラスから見える店内は女子高生や、カップルで来て彼氏に物を買ってもらっているなんて光景が見えたりする店だ。
 (ったく。大介のやつ良く入れたよな…)
 俺は深い溜息を吐いた。
 実は昨日、俺は例の店に入っている。女の変身した姿でだ。
 その方が女性の多い店には躊躇わずに入って品物を買えると思ったからだが、思わぬところに伏兵が出現。
 品物を選ぶ段階になって、恰幅のいい店員さんが
 「あらぁ。これなんか似合いますよ」
としつこく薦めてきたのにはほとほと困って、結局退散するはめになったのだ。
 だから、今日は男の姿で、わざわざ夕暮れ時の客が少ない時を狙ってきている。
 (よしっ!誰も知っているやつはいねぇな…)
 こそっと周りを見まわしながら俺は急いでその店へと向かった。

 カランカラン
 ドアを開けるとカウベルが鳴り響いた。
 同時に
 「いらっしゃいませ」
の声が掛かる。
 一斉に周りからの注目を集めた気がして、俺の顔は一気にかぁっと熱くなった。
 振返って今来た道を引き返したくなったが、まさか逃げるわけにもいかない。
 3月14日はもう明日なのだ。
 ふぅと息を吸って呼吸を整えると俺はギクシャクしながら店内をゆっくりと見まわした。
明るい店内には数人の女の子がいて、アクセサリーやぬいぐるみを夢中になって見ている。
 あの様子じゃ、男の俺がいても気にもかけないだろう。昨日の恰幅のいい苦手な店員さんもいない。
 (この時間に来て、正解だな…)
 俺はほっと胸をなでおろして、カウンターのレジの方を見た。
 目指すはカウンターの奥の戸棚にある髪飾りを入れてあるケースだ。その中に、綺麗な細工をしてある髪飾りが入っているのを俺は昨日チェックしてある。
 ごくりと唾を飲み込むと俺は優しい感じの店員さんがいるカウンターへぎしぎしと体を強張らせながら歩み寄った。
 一歩踏み出すごとに俺の心臓がバクバクと鳴り出し、握り締められた手がじわりと汗ばむ。
 (まったくなんだってこんなにあがっちまうんだか…これじゃ、格闘で強い相手と対戦する方が何百倍も楽だ。格闘の時だってこんなにあがったりはしねぇのに。
 やっぱり、あいつのプレゼントを選ぶからなんだよな…)
 そう、要は送る相手が問題なのだ。だからこんなにドキドキするのだ。
 一瞬、俺の脳裏にあかねの笑顔が浮かぶ。
 慌てて俺は頭をぶんぶんと振ってそれを追い払った。今は、買い物に集中しなければいけない。
 「あのう…なにかお探しですか?」
 きっと、俺の様子を変に思ったのだろう。店員さんが遠慮がちに尋ねてきた。
 このチャンスを逃す手はない。
 (よしっ…)
 俺は意気込むと勇気をだして言った。
 「あっあのう…あれを見せて欲しいんですけど!」
 必死になって目を伏せてケースがある方を指差す。
 「はい。どちらの種類がよろしいでしょうか?」
 「え゛?…」
 俺の目の前に差し出されたもの。それは2種類の可愛いキャンディーの詰め合わせだった。罪の無い詰め合わせの缶についている小さなパンダのぬいぐるみが嬉しそうに俺を見上げる。
 (あ゛―――!!なんでこうなるんでぃ)
 俺は恨めし気にキャンディーの缶を見た。ぬいぐるみがパンダというところがまた小憎らしい。
 「あっ…一種類づつ…お願いします。」
 (しょうがねぇ。これは強制的に約束させられたシャンプーと右京にやろう…)
 俺は気を取り直して再度ケースを指差しながら叫んだ。
 「あっあと…それを」
 (そのケースを…でぇ――!!)
 声にならない俺の絶叫が胸の内で響き渡る。
 笑みを浮かべた店員さんが次に俺に差し出したものは綺麗に包装されたクッキーだった。
 「……」
 (なびきとかすみさんにあげるか…)
 もう、失敗は許されない。
 このままではあかねのプレゼントを買う前に財布が空になっちまう。
 どうしても言わなければならない。
 俺はケースを睨み付けるように見ながら覚悟を決めた。
 それと同時に俺の心臓は店員さんに聞こえちまうんじゃないかと思うくらい激しく脈打ち始める。もう、自分の心臓の鼓動しか耳に入らない。
 「そっそのっ!髪飾りが入っているケースを見せてください!!/////」
 思わず、耳鳴りに負けないようなうわずった大きな声で俺は言ってしまった。
 しまったと思った時はすでに遅く… 一瞬静まり返る店内。
 俺が恥かしくなってそれこそ穴があったら隠れたい心境になったのは言うまでもない。
 
 (プレゼントを買うのってこんなに疲れるものなのか???)
 俺の疑問をよそに、やっと目の前に何種類もの髪飾りが入ったケースが2つ差し出された。いろいろな天然石が埋め込まれているものから、カジュアルな皮のものまで並べられている。どれも綺麗だ。
 (こっこんなにいっぱいあんのか…)
 正直、俺は迷った。こういう物を女の子に選ぶのはもちろん初めてだし、しかもこんなにいろんな物があるとなれば、迷うのは当たり前だ。増して、女の子の好みなんてまったくと言っていいほどわからない。
 本当のところ、あかねと一緒に来て、選べば一番いいのかもしれない。けれど、とても俺がそんなことできる柄じゃないのは自分でも充分承知している。
 (もう少し、買い食いを控えとけばよかったな…)
 どれも、中々、いい値段だ。俺の財布の中身では心もとない。
 「お決まりですか?」
 柔らかい物腰で女性店員がにこにこしながら俺に話しかけてきた。
 (げっっ…)
 「あっあの…まだ…迷っちまって…」
 俺はぽりぽりと頬をかきながら、言うと店員さんは心得たように言った。
 「ホワイトデーの贈り物ですか?予算は幾らくらいにしましょう?」
 金額をこっそり伝えると彼女は大丈夫ですよいうふうに頷いて、
 「あっまだもう一つケースがあるので…ちょっとお待ちください。」
 いそいで奥に引っ込むと、彼女はもう一つケースを抱えて持ってきた。
 「どんな感じの彼女かしら?」
 (え゛…彼女?)
 店員さんのなにげない問いに俺はドギマギした。
『彼女』という甘い響きを含む言葉に頭がくらくらする。
 (そっそうなんだよな…許嫁だし一応『彼女』なんだよな…)
 答えを待つ訝しげな店員さんの表情に俺はハッと我に返った。慌てて答える。
 「えっと…可愛い感じで…黒くて大きな綺麗な瞳…黒髪はショートカットで肌は薄い桜色で…」
 (でぇ――!俺なに言ってんだ…これじゃまるでのろけてるみたいじゃねぇか…)
 俺は自分の言ったことが恥かしくなって、赤面して俯いてしまった。まともに店員さんの顔を見られない。
 店員さんはそんな俺を見てクスッと笑うと
 「じゃぁ。これなんかどう?春だから…」
と髪飾りを3種類差し出してきた。それは、桜の形をした、水色とピンクと淡い桜色の髪飾りだった。
 (あれっ?この色…)
 俺は思わずその内の一つを手に取った。
 それは先日、あかねと見た庭先の寒桜の淡い桜色と同じで、あかねが寒桜を好きだと言っていたことを俺に思い起こさせた。
 とびきりの笑顔ではしゃいでたあかね。ちょっぴり子供っぽい仕草の彼女もすごく可愛くて、黒髪をふわりと揺らしながら花が咲きほころんだように笑っていた。
 その笑顔と、眩しいくらいの綺麗な桜色の頬に釘付けになってしまった自分は、思い出すだけでも気恥ずかしい。
 (…きっとこれならあいつの黒髪にも映えるな…)
 「決まったみたいね。」
 にっこりと店員さんは俺に微笑んだ。

 すっかり暗くなってしまった帰り道を俺は満足して歩いた。手には綺麗に包んでもらったあかねへのプレゼントがちょこんと乗っている。
 (きっとこれつけたあかねは綺麗だろうな…)
 そんなことを思いながら歩くと自然に顔が微笑ぶ自分にちょっぴり驚く。
 人を好きになるとこんなに優しい気持ちになれるものなのか。
 許婚として出会ってから、どんどん惹かれて、気がつくといつも目で彼女を追っていた。最初は、『許婚』という言葉に戸惑わなかったといえば嘘になる。
 けれど、今は素直にそれを受けとめることができる自分。
 『許婚』として出会ったことよりも、何よりもあかねを好きという気持ちを大切にしたいという想いが俺を変えた。
 だから、以前よりも俺は少しは強くなったつもりだ。
 あかねの側にいていつでもあいつを受けとめることができる自分でいたいから。
 そして、いつかきっともっと強くなってあかねに俺の気持ちをハッキリと伝えたい。
 今度は髪飾りじゃなく指輪を渡して。

 「乱馬――!」
 突然、俺の思考を遮るように聞き慣れた明るい声が耳に届いた。
 通りの向こう側からあかねが手を振っている。
 首にタオルを下げているところを見ると、ロードワークの帰りだろう。
 俺は、そっとポケットにプレゼントをしまった。今見つけられたら元も子もない。
 「なんだ…ロードワークの帰りか?」
 走り寄ってきたあかねに俺は聞いた。
 「うん…乱馬こそ、ロードワークじゃなかったの?」
 「あっあぁ…俺はもう、済ませたからいいんだ…」
 「ふぅん…いつもより遅いと思ったら遠くまで、行ってたんだ。汗びっしょりじゃない」
 (ばっ馬鹿!これはあかねのためにかいた冷や汗だっ…)
 「な゛っなんだよ…」
 じっと俺の顔を覗き込むあかねに内心ドキドキしながら俺はぶっきらぼうに言った。
 「なんか…今日の乱馬変…」
 (ドキッ…いつも鈍感なくせに…こんな時だけカンよくなるなっ!)
 「べっ別に変わりねぇよ」
 「だってさぁ…なぁんかさっきから、にやけちゃって…」
 「こっこれはだな…いいんだよっ!いいことあったんだから」
 「なぁにいいことって?」
 「あかねには関係ねぇこと…内緒だ…」
 「なによー。教えてくれてもいいじゃない!」
 「あ゛――だから…教えられねぇんだよ。それより、もう夕飯だろっ!早く帰ろうぜ」 
 言いながら、俺は逃げるように先に走り出した。
 「なによ。乱馬のケチッ」
 あかねも膨れっ面で追いかけてくる。
 きっと明日にはこの膨れっ面も笑顔に変わるはずだ。
 横に並んだあかねの揺れる黒髪をこっそり見ながら、俺は笑みが出そうになるのを堪えようとしたが、その努力は徒労に終った。
 どうも、今日一日、顔が緩むのを止められそうに無い。
 (まぁ…それもいいか…)
 俺は、諦めて、あかねにプレゼントを渡す場面を想像しながら一人悦に入ったのだった。








作者さまより

 プレゼントを選ぶ時、私は結構ワクワクドキドキしてしまいます。相手の顔を思い浮か
べながら、喜んでくれるかなぁと思ったり、自分も楽しんだりして…
 それでホワイトデーに絡めてこの作品を書いてしまいました。
 照れ屋の乱馬があかねのためにプレゼントを選ぶとどんな感じになるのか…慌てふため
く乱馬の姿を書いてみたかった!…(ちょっと意地悪)
 しかも乱×あが好きな私なので途中暴走しかけているとんでもない作品です。(笑


 そうそう・・・プレゼントって買うときが楽しいですよね・・・そのワクワク感が・・・
 半分にやけてる乱馬くんを想像するのも楽しいです(^^)
 プレゼントを渡されたあとのあかねちゃんを想像するのも・・・こうやって妄想世界はどんどん広がっていくのです。
 いろいろなホワイトデーの情景・・・読むのが楽しいのは私だけでしょうか?
(一之瀬けいこ)


Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.