◆Moonlight Serenade
桜月さま作


昔から月満ちる時、愛しい人への想いが溢れるという…

もし、願いが叶うなら…月明かりによせて伝えたい。君への溢れる想い。

はぁ…バレンタインデーか…
早乙女乱馬は自分の許婚の姉かすみに頼まれた買い物を終えて、溜息混じりに商店街の通りを歩いていた。辺りの店はどこもかしこも「バレンタインデーフェア」の文字。
2月14日を明日に控えて、最後の総力戦といった感じだ。
 2月14日。世間一般では恋人が楽しく一緒の時を過ごす日。はたまた、世の中の乙女が好きな男性に対して告白する特別な日だ。商店街の中をすれ違う女性達もどこか明るい表情でチョコレートを抱えて足早に通りすぎていく。が、世間の華やいだ雰囲気とはかけ離れて、乱馬の表情は反対に暗かった。
乱馬にとってはバレンタインデーは一年で最も覚悟のいる一日なのだ。

…あいつ嬉しそうに作ってたしなぁ…
俺は買い物に出る前、台所を通り過ぎた時に見えたあかねの姿を思い浮かべた。
今日の放課後、いつも一緒に帰るのにあかねは顔を赤らめて「先に帰って」と言った。そんなあかねの様子に俺は今年は手作りかなと思った。あかねが友人達とチョコレート作りの話を夢中でしているのを隣の席で耳にしたからだ。
 案の定、帰ってくるなり、あかねは台所に入り浸って、かすみさんから教わりながらなにか作ったらしかった。時たま台所から聞こえてくる激しい物音と異臭がする度に、俺がビクッとしたのはいうまでもない。この調子じゃ期待薄だな…なんて思っていたらその裏付けにかすみさんから頼まれた買い物リストの中に『胃薬』としっかり書かれてあった。
…覚悟を決めろって言われたようなもんだよな…
 そう、あかねの不器用さは半端じゃない。その手で作り出される代物は激薬に匹敵するほどの凄まじさだ。以前、俺はあかねが作ったクッキーを食って卒倒し、2日間寝込んだことがある。普通のやつなら天国の扉を開けてしまうだろう。だから、天道家では、あかねの料理に関しては禁句になっている。
 俺だって正直本音を言えば、勘弁願いたい…けれど…

 俺の複雑な思いをよそに、翌日の2月14日は珍しく天気予報通り、青空が広がった。
雲一つない快晴。きっとこの分だと、天気予報のお姉さんが言ってた通り、今夜はきれい
な満月の月夜に違いない。
「恋人と月夜を楽しむと一層バレンタインデーをロマンチックにしてくれるかもしれません」なんて嬉しそうに言ってたっけ。月を楽しむなんて、俺の柄じゃないけど、きっとあかねと一緒に見上げる月は綺麗だろうな。そんな考えが俺の頭を一瞬過った。

 喧嘩が日常茶飯事の俺達にとっては恋人とは程遠い仲だけど…月夜の散歩にでも出掛けて二人になれたら、素直になれるきっかけがつかめるかもしれない…そう、きっかけが大事なのだ。こういうものは…気持ちを渡す方、貰う方、どちらも勇気のいることだから…

(ったく。今から心臓バクバクさせてどうすんだよ…情けねぇ)

俺は小さくぼやきながら、悟られないようにチラッとあかねを見た。
(居候の身の天道家じゃ、『壁に耳あり障子に目あり』状態だしな。自分の気持ちをあかねに伝えるなんて無理だ。よしっ決めた。放課後、あかねを誘うか。)

 そんな俺の思いをよそに、あかねは登校する道すがら始終上機嫌で、少し上気した笑顔で俺に話しかけてきた。いつにない可愛い笑顔に、俺は朝からドキドキさせられっぱなしだったことは言うまでもない。

 いつも、可愛くねぇとか、色気がねぇなんて悪態ついちまうけど、ほんとは俺はあかねがたまに見せる笑顔に一番ドキッとさせられるんだよな…

ちょっぴり悔しいけど負けず嫌いの俺も『負け』を認めてしまう唯一の瞬間だ。
…もう少しだけ。俺だけにその笑顔見せていてくれよな…

しかし、俺のささやかな願いも虚しくその笑顔は長くは続かなかった。放課後、右京やシャンプー、小太刀の3人が俺にしつこくチョコレートを渡そうとし始めた時からあかねのヤキモチが燻り始めたからだ。見る見るうちにあかねの顔が不機嫌になっていく。
「モテル男はいいわよね。」と喧嘩をふっかけてきたあかねに俺はつい
「可愛くねぇヤキモチ焼くなよな」と突っかかってしまった。しまったと思った時はもう手遅れ。
「どーせ可愛くないわよ」の言葉を皮きりに、あかねはいつものようにムキになってしまった。お互い激しい言葉の応酬の末、結局下校は別々。俺はあかねを誘うどころでなく、3人から逃げ切るために夕暮れまで外を走り廻るはめになってしまった。

(ったく。あかねのやつ。人の気もしらねぇで)

悪態をついてみるがやり場のない気持ちはどうしようもない…自業自得というやつだ。

気まずい夕飯が終るとあかねは縁側に座り込んで物思いに耽っていた。夕闇の中でぽつんと佇む後姿がどこか寂しげに映る。…あれは泣きそうな時の後ろ姿だな…
 俺はなかなかページが進まない愛読書の「元祖格闘本」から、目を逸らしてチラッとあかねを見た。あかねが落ち込み始めると止め処も無い。すぐ、自分の殻に閉じこもってしまう。泣き虫なくせに、意地っ張りだから、なかなか感情を吐き出すということしないからだ。まぁそれも、小さい頃母親が亡くなって、家族に心配かけたくないという気持ちが培われたものなんだろうけど…
 その家族といえば、後は任せたとばかり、なびき以外はさっさと逃げている。いや、隣の部屋に篭って襖の辺りからこそこそと様子を伺っているようだ。

…あ゛――。どうすりゃいいんだよ。…

声をかけて謝りたいのは山々だけど…家族の手前、俺は躊躇していた。けれど、もう限界だ。
元気のないあかねの姿は、俺にとって耐えがたいものがある。

…もう、これ以上ほっとけねぇ…

「乱馬君。さっきから同じページを開いてるのね…」

…バサッ…

突然、なびきに声をかけられて、俺は本を思わず本を落してしまった。
「な゛っっ。別に気にしてるわけじゃな…」いいかけてハッとした。思うつぼだ。
「あら、私はなにもいってないわよ」なびきは思わせぶりな笑顔でいった。俺の考えていることはお見通しといった感じだ。たちが悪い。
「……」
「素直じゃないわねぇ。今日は渡す方も貰う方も勇気がいる日でしょ。」
なびきはそういって、俺の額をコツンと突つくと
(世話がやけるわね。)と呟きながらさっさと居間を引き上げていった。もちろん、去り際に(ホワイトデー期待してるわよ)と忘れずに言ったところがなびきらしい。彼女にとっての相談料といったところか。後には俺一人。
…しょうがねぇな…(結局、俺はこいつに弱いんだよな。悔しいけど…)
小さく呟くと俺はあかねの側に近寄って声をかけた。
「あっあかね…」
あかねは振り向いて俺を見るとプイとそっぽを向いた。完全に拗ねている。

…泣きそうな顔してるくせに。意地っ張りだな…

俺はあかねの隣に座り込むと
「なぁ。チョコレートくれねぇのかよ…/////」精一杯勇気をだして言ってみた。顔が上気するのが自分でもはっきりとわかる。(まさか、他のやつにやってねぇよな…)
「だって、もうお腹一杯でしょ。右京やシャンプーの食べて。私のどーせ不味いもん。」
鈍感なあかねは俺の言った言葉の意味も気づかないらしく膨れっ面で答えた。
あかねはどうやら3人組みの言ってたことを気にしていたみたいだった。
 そういえば、俺を追い掛け回す時、「あかねの食べられないチョコレートより、自分のを」
みたいなこと言ってたよな…
あかねの半端じゃない不器用さはもちろん周囲に知れ渡っている。俺がなかなかチョコレートを貰わないものだから苛立ってそんなことを口走ったに違いなかった。
まぁ、小太刀の痺れ薬入りは別として、うっちゃんや、シャンプーの料理の腕はプロだから、あかねとは天と地ほどの差があるのは事実だ。けれど、そのことが、人一倍不器用さを気にしているあかねを傷つけたのかもしれない。
「食ってねぇぞ。俺は。」ぼそりと呟く。
「えっ?」俯いていたあかねが俺を見上げた。
「だっだから…食ってねぇよ。受けとってもいない。」

(お前の以外受け取らないって決めてたんだぞ。鈍感だな。)

「なんで?」あかねはきょとんとして俺に尋ね返した。以外だったらしい。
「な゛っ。お前なぁ。人がどれだけ苦労して断わったと思ってんでぃっ!」
「断わってくれなんて言ってないでしょ。無理することないじゃない!」俺とあかねはつ
い喧嘩腰になりかけたが、いつもの喧嘩と違って、すぐ気まずい沈黙が訪れた。

お互い本心とは裏腹の言葉が醸し出す虚しさだけが漂う。庭の木々のざわめきが二人の間を流れ、ゆっくりと静かな時間(とき)だけが過ぎていく。

(違う。俺はこんなこと言いたいんじゃねぇ。)

言いたいのは一つの言葉だけ。

あかねだけが好きだから……あかねの気持ちが欲しい。

素直に言えたらどんなに楽になれるだろう。俺だってわかっている。けれど、その一言が口をついて出てこない。馬鹿だな。俺が覚悟を決めて気持ちを伝えればいいだけなのに…
そうしたら、あかねだって少しは素直になるはずだ。
いろんな想いを吐き出すように、俺は深い溜息を月に向かってついた。

(綺麗だな……)
 重苦しい雰囲気の中、月を見上げて、俺は以前中国で修行していた村の言い伝えを思い出した。語り部の婆さんが言ったこと。それは、この村では月の精を恋の神と崇めていて、愛しい人に想いを伝える時、月に願掛けするというものだった。
言っていたことをふと思い出した。
(綺麗だな。こんな月夜の晩に月の精がいたずらでもすんのかな…)
言い伝えなど、信じる俺じゃないけど…
柔らかな月明かりを放つ満月の中に俺はあかねの微笑む幻影を追い求めた。

(もし、願いが叶うなら…)
そんな想いを抱えた俺を夜空の月は、だまって冴え冴えと見下ろしていた。

 どれくらい時間がたっただろう…ピクリともしない黙り込んだままのあかねを見やると俺の胸が微かに痛んだ。あかねの綺麗な漆黒の瞳は涙に潤んでいた。涙が月明かりを受けきらきらと煌く。今にも零れ落ちそうだ。
(俺、あかねの笑顔を見ていたいのに…泣かせてばかりだな…)
2月の冷たい夜風がそっとあかねの柔らかい黒髪を撫で、長いまつげがつくる影を頬の上でゆらゆらと揺らした。あかねの女らしい甘いシャンプーの香が風に乗って俺の鼻先をくすぐる。

(綺麗だな…お前どんどんこの頃、綺麗になっていくよな。俺、心配じゃねぇか)

俺は夢現(ゆめうつつ)の中で、今にも消えてしまいそうなあかねの存在を確かめるように彼女の頬に手を伸ばしていた。そっと指であかねの滲んだ涙をぬぐうと手に温もりが伝わる。あかねはこんなにも温かくて可愛い。誰にも渡したくない。どうやったらこの気持ちお前に伝わるんだ?あかね……

「らっ乱馬?/////」
あかねの上ずった声に俺はハッと我に返った。
(え?)自分の手に目をやると両手であかねの頬を包み込んでいた。あかねの顔が目の前にある。

(え゛――!)ぎしっ

「な゛っ。☆×○※!!!! こっこれは月が…」訳のわからないことを口走りながら俺は慌てて身を引こうとした。が、身体が固まってしまって情けないくらいぎこちない。
(なっなんだ。俺、今あかねに何しようとした?)
あかねを見ると顔を真っ赤にして俯いている。
「ごっごめん。/////」パニック状態のまま俺はあかねに謝った。
「……意気地なし…」
「え゛???あかね。お前…」
「知らないっっ!!」あかねは叫ぶと、また貝のように黙って俯いてしまった。耳まで真っ赤だ。
(まっまた怒らせちまったか?)俺は一瞬、焦った。が、どうやら思惑とは違うと悟って内心、ホッとした。

俺のチャイナ服の裾をそっとあかねの小さな華奢な手が握り締めてきたのに気付いたから。

俺とあかねを繋ぐ白い小さな手……


さっきまでとは違う甘く切ない空間が、二人の間に広がった。夜空に満月。月明かりが優しく揺れてそっと二人を後押しする。

…あかね。今、側にいて欲しいって言ったんだよな…

俺は息を飲み込むと、意地っ張りな許嫁の想いに答えるように、そっとあかねの手に自分の手を重ねて握り締めた。

(俺、まだ未熟で、あかね傷つけちまうけど。泣き顔の時も笑っている時も側にいるからな。これだけは誰にも譲らねぇから。)

あかねは手を握り締めてきた俺に驚いたみたいだが、おずおずと、俺の手を握り返してきた。あかねの温かさがしっかりと握られた手を通して俺に染み渡る。

…勝気で意地っ張りだけど可愛い俺の許嫁。…

俺はあかねへの愛しさが溢れるのを感じた。あかねに出会って初めて知った、言葉には言い表すことのできないほどの溢れる想い。愛しい人が側にいる充足感。どれもあかねじゃなければ意味がない。

「らっ乱馬。」あかねの小さな声に俺は現実に引き戻された。
「あ゛。なっなんでぃ」思わず照れも手伝って声が上ずる。
「…あっあのね…チョコレート食べてくれる?」あかねがほんのり頬を紅に染めて俺に言った。大きく澄んだ漆黒の瞳が心配そうに俺を覗いている。きっと手作りだから受けとってもらえるか不安だったのだろう。俺は素直なその一言に完全に打ちのめされた。完敗だ。
(馬鹿だな。断わるわけねぇだろ…)
「おっおう。あのな。俺が食いたいのは…あ…あかねのだけなんだから…な。」
俺が照れながらそっぽを向いて精一杯答えるとあかねは
「うん…持ってくるから待ってて。」と嬉しそうに笑顔で二階に駆け上がっていった。あかねの弾んだ足音が俺の耳に心地よく響く。
あの様子ならきっとあかねは、俺の大好きなとびきりの笑顔でチョコレートを渡してくれるはずだ。そんな場面を思い浮かべながら、俺は今日一番の難題を乗り越えるために覚悟を決めて、胃薬を取りに向かった。愛しいあかねの笑顔を見るために……

特別。特別。お前の笑顔は特別。お前の花のこぼれような笑顔を見れるならどんな覚悟もしてみせる。永遠に尽きることのない溢れるこの想い。いつか月明かりによせてお前に届けたい。そうしたら、少しでもお前の微笑みに近づけるか?今日はバレンタインデー。年に一度の特別な覚悟のいる日。








作者さまより

初めて小説を書いて投稿します。文章力がないのに書きたいという勢いだけで書いてしま
いました。駄文ですが初心者ということで許してください。m(_)m


処女作とは思えないほど、まとまった作品をありがとうございます♪
月の凌とした輝きと、あかねの頬に思わず触れて躊躇する乱馬の不器用さと・・・そのまま場面が目の前に展開するみたいです。
乱馬の心情が染み入るような作品、個人的にとても好みです〜私は不器用な乱馬が大好きなので(笑

なお、桜月さまはRNR隊員です。
(一之瀬けいこ)

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