◇花の雨
  1.隠し事

桜月さま作


 ざわっ
 闇の中で淡い紫色の藤の花が揺れた。ねっとりと重く湿り気を帯びた闇。落ちた一房の藤の花が生き物のようにざわざわと蠢く。地を這いずり回る花びら。それはやがてゆるゆるとおぼろげな女の形を成して、白い透き通った細い首をもたげた。豊な長い黒髪に闇と同じ濡れた光を放つ紫の瞳。人間というにはあまりにも禍々しい異形の美。
 …サムイ…

 雲一つ無い冴え冴えとした三日月の夜。星々は月の輝きに遠慮がちに瞬いていた。山の間を吹きぬける生暖かい風がどこからか鳥の鳴き声を運んでくる。
 「まだ、来てないのかしら…」
 人気のない温泉旅館から程近い藤の花が咲く場所。グループ旅行の最中の婚約者からの逢引の待ち合わせ場所だった。しかし、胸をときめかせて少女きょろきょろと辺りを見まわしても、何処にも婚約者の姿はない。
 かさっ
茂みが乾いた音を立てた。
 「哲也?いるの…」
 不安げに声を出した少女の廻りの木々がざわざわと揺れた。山が作り出す漆黒の闇。それは昼間見た景色と違って押し迫ってくるような不気味さがあった。
 (…気味悪い)
少女は旅館の襟元をぎゅっと合わせた。背中にぞくりとする感覚が走る。
 (5月なのにこのぞくぞくとする…寒さ)
 「もう、帰ろう!…哲也のやつあとで懲らしめてやるんだから…人を呼び出しといて。」
 不安と恐さに耐えきれなくなって、少女はわざと明るい声を出して呟くと、来た道を引き返すべく足早に歩き出した。その時だった。
 ぴちゃっ
 背後で微かに気配がした。同時に微かな衣擦れの音。先ほどまで吹いていた風がぴたりと止んだ。なのになぜか周りの木々や草むらがざわめく。
 (何かいる…ここにいちゃいけない)
 少女は恐怖に駆られて振り返りもせずに旅館に向かって走り出した。不安が危機感に変わる。本能が振り返るなといっていた。
 (やだ・…恐い…)
 がむしゃらに小道の枝が自分の腕や足を傷つけるのも構わずに走る。けれど、ざざっと草木が揺れる物音と共にそれは追ってきた。クスクスと笑いながら。
 少女の背筋に冷たい汗が伝う。走りながら背後をチラッと見た。その瞳が恐怖で見開かれた。それはいた。闇の中にぼぅと光り漂いながら…少女はへびに睨まれた蛙のように足が竦んで声も出すことができなかった。そんな彼女の眼前に女の白い手が突き出される。
 …ニガサ…ナ…イ…
(やめ…て…)
 少女を捕らえようとした暗闇の女の腕がびくんと内から響いた声に反応した。一瞬動きが止まる。
 ・…ウル…サ…イ……ヒメ…ノタメニワラワハ…
(こんな…こ…とし…ほ…し…ないの…に…)
 闇の声は微かな意識の下の声を強い念で封じ込めた。邪魔はさせないと振りきるように。
 「はぅ…」
 恐怖にひきつるような微かな悲鳴を残して少女は混沌とした闇に引きこまれた。辺りには甘く強い香りだけが漂っていた・…


 その日ゴールデンウィークの初日は文字通り五月晴れだった。空は蒼く澄み渡り、初夏の陽射しがグリーン色の葉を透かして山道に柔らかな木漏れ日を作り出していた。辺りには新緑の清々しい香が立ち込め、登山者の疲れをしばし忘れさせる。都心の普段の生活では味わえない心地よさだ。
 「ん〜っ。気持ちいい!!」
 木々の合間を抜け、展望の開けた処であかねは新鮮な空気を吸って伸びをした。眼下には素晴らしい景観。自分達が利用した駅の赤い屋根が小さく見える。
 「おいっ…あかね。何してんだ…親父達行っちまったぞ。早く来いよ」
 「あっ。ちょっと待ってよ。乱馬」
 (もう。せっかく二人っきりなのに…もう少し気使ってくれたっていいじゃない。馬鹿。)
 先に行く大きな荷物を背負った逞しい背中を恨めしく思いながらあかねは膨れっ面で睨みつけた。まあ、あかねも先を行く許婚に雰囲気を求めるのは無理と知ってはいるが、そこは年頃の乙女。やっぱり手くらい握って欲しいと思っても無理はない。
 5月のゴールデンウィーク。今年の大型連休は天道家では居候の早乙女一家を含めて全員で山の温泉旅館に宿泊することになった。普段、家族旅行といえば、お金にシビアななびきがどこからか格安の宿を探しだして計画を立てるというのがパターンなのだが、今回はいつもと違って修行から帰ってきた早雲と玄馬が家族会議の中で突然に発表したのだった。それも、宿代はただ、食事付きという旅館の方から申し出があったらしい。
 (なにか胡散臭い…のよね)
 当の早雲と玄馬にそれとなくあかねがいろいろ尋ねても、例によっていつものようにスチャラカな態度ではぐらかすばかりという処が気になる。そんなパターンの時はお気楽な早雲と玄馬が得てして安請け合いをして隠し事をしていることが多い。
 (なんにもないといいんだけど…)
 早雲と玄馬の隠し事に関わってろくな目にあったためしがない。あかねはふぅと溜息をつくとのろのろと乱馬の後をついて歩いた。
 「はは〜ん。なんだぁ?お前もう、へたばったのか?口ほどにもねえ。」
 あかねの溜息を聞きつけたのだろう。乱馬はちょっぴり小馬鹿にしたように振り返ってあかねの顔を覗きこんだ。
 「ばっ馬鹿!そんなんじゃないわよっ!」
 みしっ
 「痛てえなっ!何しやがるこの強暴女。」
 「あたしはねっ!乱馬みたいに単純じゃないの。なんか今回の旅館曰くがあるかなぁーって思って考えてたのよっ」
 「けっ。お前は相変わらず心配症だなっ。そんなに心配ばっかしてると早く白髪が出ちまうぞ。」
 「な゛っ。ぬ゛わんですってえー」
 喧嘩が始まる寸前。山道を上がりきった処からなびきの声が二人に注がれた。
 「ちょっとあんた達なにしてんのよ。あかね、乱馬君。着いたわよ。いつまでもじゃれ合ってないで早く登ってきなさいよっ」
 「ばっ馬鹿言ってんじゃねえ!誰がじゃれついてるだとおっ」
 「そうよっ!誰がこんなやつと…」
 同時に叫んでお互いふんっと顔を背ける。
 「はいはい…まったく。あんた達いっつもそうなんだから。そんなことしているうちに玄馬おじさんがお茶菓子、乱馬君の分食べちゃっても知らないからね」
 なびきはぶつぶつ言いながら引っ込んでしまった。相手してもしょーがないと思ったのだろう。いつもの二人の痴話喧嘩に付き合っていたら馬鹿をみるとでも思っているのかもしれない。
 「あっ。なびき待てよ」
 乱馬もなびきの言葉が気になったのか慌てて後を追う。
 「まぁーったく。食い意地が張っているんだから…」
 修行と食い物以外のことは頭に無い乱馬に雰囲気を求めたのが馬鹿だったわ…と諦めの境地に達してあかねは呆れながらゆっくりと足を進めた。もっとこの素晴らしい緑や小鳥の囀りを二人で楽しみたいというささやかな願いはどうやら当分お預けらしい。
 その時だった。今まで吹いていたそよ風と違う嫌な感じの風があかねの髪を撫でた。被っていた帽子が突然の突風に飛ばされそうになる。慌ててそれをあかねは手で押さえた。
 …サムイ…ウバワネバ…
 「えっ?」
 ゾクリとあかねの背筋に悪寒が走った。振り返って後ろを見た。が、誰もいない。辺りは木々がさわさわと揺れているだけだった。
 (空耳…?やだ。風邪でもないのに…早く温泉に入って温まろ…)
 「ちょっと待ってよー」
 しんと静まり返った山道。辺りにはふわりと甘い香が漂っていた。

 「こちらでございます。」
 女将に案内されるままに、渡り廊下を渡って別棟の離れの部屋に通された天道家一行は驚いた。ただで食事付きと言うからには寂れた利用されない部屋あてがうのだろうと皆予想していたのだ。しかし、案内された部屋はまったくそれに反していた。
 昔風の作りでどっしりとした風格の部屋。いくつもある部屋のゆったりとした間取り。天井の高さは言うに及ばず、玄関だけでも天道家の玄関の3倍はある。ここまでくると部屋というよりは家一軒分といった感じだ。立派な飴色をした大黒柱に飾り棚の彫り物。床の間に飾られてある掛け軸は素人目に見ても由緒がありそうなのは一目でわかる。とてもただで泊まれるような旅館ではない。
 「うわぁ。素敵。」
 女将が客室の障子を開け放った眼前にこの離れの部屋専用の日本庭園が広がった。四季折々の花を楽しめるように散策できるようになっている。そしてその向こうには庭園と織り成す部屋から一望できる山々の景観。まるで、一枚の絵画のようだ。
 「一人一泊5万円は下らないわねえ…うわっこれなんか高く売れそう…」
 景色よりも金勘定のなびきが花を生けてある花瓶を丹念に見て驚嘆の声をあげた。
 「本当に素敵だわ。こんな風情のある旅館初めてだもの。あの…旅館をやられてからどれくらい経つんですか?この素晴らしい風格では昔からでしょうね。」
 のどかが差し出されたお茶を飲みながら女将に尋ねた。
 「はい。当館の先祖はその昔、源平の合戦で破れた平氏一族の末裔が落ち武者狩りを逃れてこの山奥に隠れ住んだそうです。現在の建物は旅館業を始めた江戸時代のものですが…この辺りにある古木は数百年という時を刻んだものが多くて訪れる皆様、気に入られます。」
 「…ただ…」
 急に女将が言いよどんだ。
 「何かあるんですか?」
 「はい。その中に1本だけ悲恋にまつわる呪われた藤の木がありまして。ここからも、あそこに花が咲いているのが見えますが…」
 「悲恋にまつわる呪われた藤の木?」
 「私は良く知らないのですが・…先祖から伝わる古文書によりますと、源平の合戦に関わりがあるとか…」
 「それこの間、日本史で習ったばっかりだけど…平氏が滅亡したのが壇ノ浦の戦いだから…そうするとえっすごい…」
 あかねが驚きの声をあげた。
 「あん?何がすげえんだ。あかね…」
 「もう。乱馬日本史の授業爆睡してたんでしょっ!寝てばっかりいると落第しちゃうわよ。そうでなくたってあんた校長に付け狙われてるんだから…」
 「しょーがねえだろっ。眠いもんは…それより教えろよ」
 「だから…壇ノ浦の戦いが1185年の出来事だから800年以上の樹齢の藤の木ってことよ…普通じゃ考えられないわ…」
 「っていうことは…藤の木に化けもんでも取りついてるってことか?」
 乱馬の問いに、
 「おっしゃる通りです。その昔、徳のあるお坊様が通りかかった時、ただならぬ妖気を藤の木に感じて悪さをしないように祠にお札を納めたと書かれてありました。ですが…先日ありがたい祠を壊されてしまって…」一瞬、言葉を止めて玄馬たちの方をちらっと見ながら女将は言葉を続けた。
 「これは大変なことになったということで、いろいろとお払いやら祈祷やら…してきたのですがどれも効き目がなく…今回無差別格闘流天道道場の当主早雲さまに妖怪退治をお願いした次第です。」
 「妖怪退治?」
 乱馬が身を乗り出す。
 「はい……藤の花が咲き始めた頃から…泊まられたある特定の若い女性が魂を抜かれたようになって一部の記憶を失うという事件が相次ぎまして…」
 「あーいやーぁ。大丈夫ですよ。女将。安心して下さい。私達も武道家です。大船に乗ったつもりでいてくださって結構!はっはっは。」
 早雲が女将の言葉に自分の声を被せるように大きな声で引きつった笑いを浮かべながら言ってのけた。しかし、言葉とは裏腹に手をぶんぶんと振り回して動揺しているのが周りに見え見えである。その側には「大丈夫です」と書かれたプラカードを掲げてジタバタとうろつきまわるパンダ。怪しいことこの上ない。
 「はい。では早雲様、お約束の通りよろしくお願いいたします。お風呂は本館に露天風呂と普通の風呂がありますので…24時間いつでも入れます。ご自由にお使い下さい。夕食はこちらに懐石料理を運びますので…では失礼致します。」
 女将は両手をついてそそくさと下がって行った。一礼してからぱたりと襖が閉められる。それと同時に全員が血相を変えて二人に詰め寄った。
 「ちょっと。お父さんどういうこと。妖怪退治ですって?旅館に着いた時の歓迎ぶりからしてどうもおかしいと思っていたのよ!」
 あかね達が旅館に到着した時、玄関には無差別格闘流天道道場御一行様と書かれた札をはじめ、女将を筆頭に老舗旅館の従業員がビシッと出揃っての熱烈歓迎ムード。のぼりを立てて歩き出しそうな勢いだったのだ。
 「そうよ。説明してもらいましょうか?若い女性ばかりが襲われるってどういうこと?」
 当然のごとく、かすみとなびきもが目の色を変えて追求する。
 「ちょっちょっと落ち着きなさい。」
 「おいっ。親父。いつまでもジタバタしてるんじゃねえ!説明しやがれ。」
 「ばふぉ。ばふぉ。(パンダにはわっから〜ん)」
 「あっ。君ってやつは…早乙女君ずるいぞ!逃げる気かっ。君も賛成したじゃないかぁー!」
 しくしく泣きながらパンダと言い合いをはじめる早雲。一方玄馬は知らーんといいたげにプイとそっぽを向いてだんまりを決め込む。そこで、ドタバタといつものお約束の喧嘩が始まった。
 (まったく子供じゃないんだから)
 あかねははぁと首を振り呆れて溜息を吐いた。そのままお互い喧嘩を装って逃げようとした二人の襟首を掴むと、どしゃっと皆の眼前に引きずり戻す。
 「それで?封印の祠をお父さん達が壊したわけね…」
 ぎくっ
 あかねの言葉に二人の動きがピタリと止まった。同時に顔におもいっきり冷や汗が流れ体が硬直する。
 「まあ…お父さん達…分かりやすい性格だわ。」
 「ははは…かすみ、妖怪退治は武道家たる者の勤め。困っている人を見過ごせなかっただけだよ。ねっ。早乙女君?」
 「ばふぉっ!(まさにその通り!他意はないっ)」
 こくこく。とパンダが頭を縦に振る。
 「へえ。じゃ、この請求書の8万6000円という金額はなに?」
 「「えっ???」」
 なびきがひらひらと一枚の紙切れを振って見せた。それには請求書の文字。加えて但し書きには早雲、玄馬、八宝菜さまお食事代と書かれている。どうやら、祠を壊しただけではなさそうだ。不信感を募らせた女将が逃げないように釘をさしたのだろう。きっと、さっき女将が口にした「約束」の内容は妖怪退治が成功すればチャラになるというやつかもしれない。しかし、成功しなければ…考えるだけでも恐ろしい。
 「あー。なんだぁ?じじいも一枚噛んでやがったのか。人様に迷惑を掛けやがって。大方、食い逃げの修行でもさせてたんだろ。たまんねえな。結局この旅行はじじい達の尻拭いじゃねえかっ」
 「なにを言っておる乱馬。未熟者!師匠の面倒をみるのが弟子たる者の勤め。修行が足りん!」
 「ったく。ろくなもんじゃねえ。揃いもそろって。で、妖怪ってどんなやつなんだ?どーせ退治しなきゃ今回の代金も上乗せされて全額払わなきゃならねえんだろ。今更キャンセルも出来なさそうだしな…」
 尻拭い的なことは不本意ながら小さい頃から玄馬と修行してきたことで慣れている乱馬である。それよりも、武道家として妖怪に興味があった。
 「よっよく聴いてくれた!乱馬君。やっぱり君は将来天道道場の看板を背負って立つと見こんだだけのことはあるっ!」
 「さすがわしの息子!わしはうれしいぞ。」
 がばぁーっっ
 乱馬が抱きついてきた二人を離れんかいっとばかりに邪険に振り払ったことはいうまでもない。
 「さて、乱馬君。話を戻そう。その妖怪なんだが…どうやら襲われる女性客にはなぜか共通点がある。」
 「ほほう。わしは美人の妖怪なら大歓迎じゃっ♪」
 「黙ってろじじい。で、共通点ってなんなんだ?」
 ドサクサに紛れてあかねの胸に飛びつこうとした八宝菜を乱馬は足で踏みつけて耳を傾けた。全員がテーブルに身を乗り出して早雲の次の言葉を息を呑んで待つ。
 「…それが…なぜか、仲のいい恋人同士の女性が狙われるらしいっ!」
 「「え゛???」」
 乱馬とあかねが同時にすっとんきょうな声を上げた。周囲の視線が乱馬とあかねに集中し、しばしの沈黙が流れる。
 「なぁ〜んだ。じゃあ私は範囲外ね。よかった…」
 「なびきお姉ちゃん!そういう問題じゃないでしょっ」
 「…ヤキモチ妬き妖怪さんなのかしら…恋人同士の女性の方を襲うなんて…」
 とかすみ。
 「まあ。若い女性じゃ私はダメなのね…」
 (おばさんまで…もう、みんな人事だと思って!)
 「分ったわっ!お父さん。お父さんは私が危険な目にあっても良いってわけね…」
 「い、いや、だから仲のいい恋人と言っただろう。乱馬君とお前は許婚とはいってもよく喧嘩しているし…妖怪が現れなければ…退治の仕様がないっ!それなら女将も許してくれるだろう…」
 「なっなにそれっ!べっ別に私達は…」
 「ほう…それともやっぱり襲われる危険性が高いくらい仲がいいのかな?それならそれで父さんは嬉しいぞっ。あかね。」
 「おっお父さん!!/////」
 早雲の目がしてやったりとキラリと光る。そしてぽんぽんと乱馬の肩を叩いて言った。
 「じゃ、乱馬君よろしくね…」
 「え゛っ。ちょっ。ちょっと待ていっ!!あかねが襲われるわけねえだろっ/////こんな気の強い女。」
 ばかやろーと叫びそうな勢いで、照れから乱馬は顔を真っ赤にし、ムキになりながらわめいた。心の中では自分の気持ちはとうの昔に決まっている。けれど、家族にはもちろん、本人のあかねにすら自分の気持ちを素直に打ち明けたことのない乱馬なのだ。増してや、こんな状況で心の中では「あかねは俺が守る」とは思っていても、ともすれば自分はあかねが好きだと暴露するようなことは言えない。
 「いや、乱馬。あかね君が襲われなければ、お前達「許婚」という関係はただの表面的なもの。そんなことでは早乙女流の明日はないぞっ!」
 (ったくこいつは…いつもいつも)
 「ふっ。親父…だから、いつもそうやって人に責任を擦り付けるんじゃねえっ!結局、突き詰めれば原因はおめえだろがっ!」
 乱馬が怒気を漲らせた。小さい頃から何度この手で痛い目を見てきたことか。塵も積もれば…何とやらである。
 「それじゃ…なにかね?乱馬君。きみはあかねが襲われないほど、二人の仲が良くないとでも?」
 「え゛っ・…」
 ギロリと巨大化して睨む早雲に乱馬はたじたじとなってぐっと言葉に詰まった。
 (だからなんでそーなるんだよっ)
 心の中で絶叫する。ここで否定したら相手の思う壺だ。「そんなんじゃない」なんて言ったら最後、よかったこれで道場も安泰などと言って祝言騒ぎに発展しかねない。
 今回の騒動は祠の破壊と無銭飲食が一番の原因に違いないが、早雲と玄馬はなかなか進展しない乱馬とあかねにしびれを切らして気持ちを確認すべく、行動にでたということもあるのだろう。
 (まったく…少しはほっといてくれよ…)
 おせっかいな玄馬と早雲の横槍に乱馬は半分泣きたい気持ちで溜息をつきながらここははぐらかして…そう思った時だった。
 びくっ
 ごごごっーと漲る殺気が乱馬の後方から全身に差し迫ってきた。そして圧迫感。背中につーっと冷や汗が流れる。この前触れは …あかねが爆発する寸前の…
 (やべえ・…)
 と思った時は時すでに遅く。低い篭ったあかねの声が響いた。
 「そりゃそうでしょうよ。どーせ私達は喧嘩を四六時中している親が決めた許婚同士だものね…襲われるわけないわっ!!乱馬の馬鹿っ。」
 「わっ。馬鹿。やめろ」
 「あっあかね。やめなさい」
 「ひいぃ…」
 どかっ。
 男3人の絶叫で騒動は幕を閉じた。後にはぼこぼこになって倒れ伏す3人。
 「ちくしょー。なんで俺まで…」
 「やっぱり最強はあかねだわね…」
 なびきは白目をむいて倒れている3人をみて笑いながら呟いたのだった。



つづく




作者さまより

 初めて連載に挑戦です。桜月の藤の花のイメージが『綺麗』『妖艶』『切なさ』で…そこからこの作品を書き始めました。
 でも、出だしからいきなりこの3つのキーワードをぶち壊しているような…(泣




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