※この作品は、前作「闇夜の恋人達」のネタバレをかなり含んでいます。
  そちらを読んでいない方は先ずそちらからどうぞ。

◇闇夜の恋人達―Another angle (1)
砂くじらさま作


もう、夢は見ない。そう思っていた。
誰かを愛し、誰かから愛されるなんて、そんな馬鹿げた夢は。
ヴァンパイアであるおふくろが死んだ日。その日から俺は、この国でただ独りのヴァンパイアになってしまったから。




 「――ったく、ドジったな…日にちを間違えるなんて…」
ぶつくさ言いながら、一人帰る仕事からの帰り道。“この日は夜通しで謝肉祭をやるから、いつものパトロールはやらなくても良い”と牧場主から言われていた日を明日に勘違いしていた俺は、いつものように仕事に出掛け、広場に大勢の人が集まってどんちゃん騒ぎをしている光景に面食らって、今こうしていつもよりかなり早めに家路についている、というわけだ。
謝肉祭に参加しようと思えば参加できた。いや寧ろ、牧場主からかなり強く参加を求められていた。しかし俺は、参加しなかった。…したくなかった。

――きっとこの優しい人たちも、俺に半分ヴァンパイアの血が流れていると知ったら、石を投げるのだろう――

そう、わかっていたから。倍の悲しみを得ることになるのなら、最初から喜びを知らないで過ごした方がいい。あの人たちも、余計な恐怖を味わわなくていいだろう。相容れないものたちは、なるべく関わらないで居た方がお互いのためだ。
俺はもう、誰かから愛されたいなんて夢を見るのはやめたんだ。



家の近くまで来たところで、俺は家の中に誰かの気配を感じた。俺は、神経を尖らせてその気配を読んだ。どうやら一人…殺気は発していないようだから、ヴァンパイアがここに居ると知った誰かが俺をひっ捕らえに来た、わけではないようだ。俺が警戒して中の様子をうかがっていると、中にいる奴が声をあげた。
 「…誰も、いませんかぁ?」
鈴を転がしたような可愛らしい女の声。大方、迷い込んできた家出娘だろうか…
開け放たれていた扉からするりと入り、声の主である女の腕をがっ、と掴む。何て細い腕なんだ…力入れすぎたらぽっきりいっちまうんじゃねえか、コレ?
ちょっと脅しをかけるつもりで、そのまま強く言い放つ。
 「お前、誰だか知らねぇが…俺の家の中に、勝手にあがりこんでんじゃねぇっ!」
女は案の定驚いてこちらを向いた。月光に照らし出された、その顔。

きっと柔らかく、さらさらしているのだろうと否が応にも想像させるような、艶やかな短い黒髪。
どこまでも白い肌。
ぱっちりと見開かれた、少し潤んだ黒目勝ちな瞳。
はっきりとした目鼻立ち。
形の良い眉。
ピンク色につやつやと光る、小さなくちびる。
―そして、細くどこまでも白い、今にも折れそうな首筋―

 …ドクンッ。

 「(…なっ…何だ…?!この感じ、今まで…一度も…ッ)」
俺は、全身の血が熱く煮えたぎるような感じに襲われた。俺の本能の奥底が、「何か」を要求している。
それは、熱く――甘く、赤い……

 「!」
突然、目の前の女が意識を失った。
 「お、おいっ!」
すんでのところで、女が床に倒れこむ前に抱きとめた。額に手をかざして体温を診る。…少し熱い。手首の脈拍―少し速い、かな。全身から漂う気が微弱だから、おそらく酷く疲れきっているのだろう。
まぁ、当然と言えば当然だ。俺の家は、近隣の村からは1日近く歩かないとたどり着けない。ここから一番近い、俺の仕事先の牧場にこんな若い女はいなかったしな。この女は、一日中ほぼ歩き尽くめだったんだろう。
 「…しゃあねぇなぁ…」
そう呟き、俺は自分のベッドまでこの女を運んで寝かせた。ま、この女がどうしてこの家に迷い込んで来たのか、理由を問いただすのは後で良いか。多分また家出娘だろう…その場合の説教も後回しだっ。
…熱が少しあるんだったら、濡れタオルくらい額に乗っけといてやってもいいだろうか。
そう思って、台所で濡れタオルを用意し額に乗せる。ついでに少し顔が汚れていたので、別のタオルで汚れを綺麗に拭ってやった。
…こいつ、睫毛長ぇなぁ…
タオル越しに伝わってくる、肌のなめらかさ。やわらかさ。ちょっとした出来心で、俺は直にその肌に触れてみた。
久し振りに触れる人肌。こんなにもすべすべなものだったっけ?無意識に、手が首筋の方へと向かう。鎖がかちゃり、と指先に当たって、その鎖の先にくっついてるモノが出てきた。

 「…!!く、くそっ…!」
それは金の十字架だった。十字架なんてここ十年見てなかった…くそっ、耐性が弱まってるっ…!
久し振りに感じる頭を突き抜けるような痛みに、俺はそのまま気を失った――







 「きゃあぁあぁぁあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」
どばちーん。

耳を劈くような叫び声と頬の痛みで、俺は昼ちょっと過ぎに起こされた。
十字架を見て倒れた時、俺は無意識のうちに(あくまで無意識、だ!)こいつの…ム、胸を掴んでしまっていたらしい。いくらなんでも、無意識にやったことに罪はねぇ…よなぁ?
…まぁ、目を覚ましてからほんの数秒だけ感じたその胸の感触が、ホントにやーらかかったことには敢えて言及しねえ。
と、とにかく。もうかれこれ数十分間そのことについて言い合いをしてるから、俺はさらりと話題を変えてみた。昨日のこいつの行動について少しなじってみたら、面白ぇくれーにトーンダウン。すっげえ素直な女だな、こいつ。さて、本題に入るとしますか…
 「…大体、お前何でこんなトコにいるんだよ?普通の女なら、まずこんなトコはうろつかねぇし…」

無言。やっぱこいつも家出か、若しくはあんま無いけど迷子の類か?そう思っていたら、女は突然リストバンドを外して手首を俺に見せた。その、両手首にあるどす黒い証は――
 「…聖痕…?!…ってことはお前…ヴァンパイア・スレイヤーか…」
舌打ちをして顔をしかめる。まずった…こんな近くまで、天敵の侵入を許すなんて。
…でも、俺を殺しに来た割には殺気が全然ねえ。俺はいつでも身体にGOサインを出せるようにしておくだけに留めておいた。握った拳の中で嫌な汗が出てきた。こんな緊張、久し振りだ。
 「…そうなの。昨日、村を出てきたばっかり。…この黒い森の果てにいるっていう、相当に武芸に秀でているという男に会って、修行を積む為にココに来たの。…あんた、その男…知らない?」

…なんでえ。みならいスレイヤーな上に、俺がヴァンパイアだと思ってもいねえみてえだ。少し脱力。
それにしても、こいつの言う“相当に武芸に秀でている男”って…多分、俺のことだよなあ。この黒い森には俺以外住んでねえし。伊達に体、鍛えてるわけじゃねえもんなぁ。

どうする?適当に誤魔化して追い出すか?
それとも、俺がヴァンパイアだということを隠し、ヴァンパイアを殺す為の修行とやらにつきあってやるか?

俺はこの女をちら、と横目で見る。俺の答えを律儀に待っているのだろう、じっと俺を見つめている。
その、疑うことを知らない澄んだ目を見ているうちに、俺の心になんとも言えない奇妙な感覚が湧き上がってきた。
…この変化の無い生活にも飽き飽きしていたところだ。ひとつ、こいつのママゴトに付き合ってみるのも、暇潰しには悪くないかもしれない。
見たところ、あまりカンの良い奴ではないようだ。俺がそいつの捜し求めているヴァンパイアだとは、夢にも思わねえだろう。まあ俺自身、人の血は口にしねえと誓ってるしな。多分、大丈夫だろ。
俺はゆっくりと口を開いた。

 「多分その男ってのは、俺のことだな」

 「えっ?!」

お、信用してねえなその目は。
…まぁ確かに、普段から傷痕を隠す為に体の露出は極力避けた格好してるし。この格好じゃ、筋肉なんて見えねーもんなぁ。その上さっき、思いっきりこいつに流れるままに殴られたし――くそぉ、まだ頬痛ぇ!

 「えぇえええ〜〜〜〜〜〜っ?!」
うわっ何てデカい声だっ!!
耳塞いでもまだ頭ん中で響いてやがる…くっそ耳痛えっ!
 「…お前、つくづくやかましい奴だな…」
この年頃のオンナってモンは、もー少し慎ましくあるもんじゃねえのか、このじゃじゃ馬娘っ!
 「…あんた、本当に…強いワケ?」
信じらんない、という顔で俺を見る女。
…ははん。こいつ…中途半端に強いから、今まで負けたことねえってやつかな?世界の広さを知らなくて、自分の周りの世界で一番自分が強いもんだから、世界で一番自分が強いんじゃねえかって錯覚してるヒヨッコだな?とんでもねえじゃじゃ馬だぜっ。こいつの周りの男どもに同情してやりてえな…
…そのじゃじゃ馬を、大人しくさせてみるってのも面白いかもなっ。
 「おう。何なら、試してみるか?」
余裕たっぷりに答えた。まぁ、並みの人間なら多分俺に敵う奴はいねぇだろう。伊達に五十年近く、強者ぞろいのスレイヤーから逃げ回ってきたわけじゃねえし。毎日、修行を欠かしたことはねえしなっ。
女の顔がみるみる疑いの色に満ちてくる。…ホント面白ぇなこいつ。嘘なんかつけねえ性格、なんだろーなぁ。
 「…お願いしようじゃない」
 「そうこなくっちゃな。ついて来いよ…」
そう言って、家を出た。さすがに家ん中で戦うわけにもいかねーし、広場に行くか…あそこは少し日が当たるんだが、まぁハンディ・キャップとしておいてやるか。何より陽の光の下でこいつを見てみた…
…ん?何を考えてるんだ、俺は…


広場で、俺と女は対峙した。陽の光が目に入り、ズキズキと痛み出す頭。女の白い肌が眩しい…
亜麻色…って言うんだっけな。女の髪が光にすけて、綺麗な色だなぁ、と思う。
視線を顔の方へと移す。こいつ、戦闘意欲剥き出しの顔してやがる。本当に面白ぇ。いっちょ、挑発でもしてみましょーかねっ。
腕を組んだまま、俺はわざと意地悪く言った。
 「…どうした?俺はいつでもいいぜ。打って来いよ」
途端に怒りでかっ、と赤くなる顔。面白ぇ、っつーか寧ろここまで素直だと可愛く思えてくるねぇ。苛めてやりたくなる可愛さというか。
…俺はガキか、おい。

 「やあぁああっ!」

気合と共に、一直線に俺へと駆け出す女。おうおう、熱い“気”だけはいっちょまえじゃねえか。
…ただ、攻撃が素直すぎんだよ!
俺の予想と寸分違わぬ形で拳を打ってくる女。軽く飛び上がり、俺は余裕でそれを避けた。次は蹴りが来るか?やっぱ来たよホラ。これも余裕で避ける。もうちっと遊んでやりてえけど、頭痛がそろそろキツくなってきたし、ここらで止めときますか…
そう思って俺は女の後ろへとまわる。なるべく軽く、女の首筋を掴んだ。だって力入れたら折れそーだもんなっ。
 「…で、首筋にかぷっとやられて、ハイお終い。」
噛み付くフリをしてみせる。女は顔を真っ赤にして俺の顔を押しのけようとするが、残念でしたそれも予測済み。同じく、なるべく軽くその手首を掴む。やっぱ力入れたら折れそうだ。昨晩も確か同じようなこと考えたけど。
その掴んでいた手を離し、真っ赤な顔のまま悔しそうに美しい顔をしかめるそいつの顔を覗き込み、俺は厭味たっぷりに言った。
 「どうやら俺の下で、修行が必要なようだねぇ?」
笑いを抑え切ることが出来ず、くすくすという笑いが俺の口から漏れる。女は俺を、真っ赤な顔で睨みつけている。
 「“よろしくお願いします”はどーした?」
 「…よ、よろしく…お願い…しますっ」
女のそのいかにも悔しそうな言い方に、俺は我慢していた笑いを一気に放出させてしまった。
こいつ、飽きねぇ。凄い久し振りに、新鮮で面白い日々が過ごせそうだ…



俺は家に帰ると、女と一緒に牧場へ食料を受け取りに行くことにした。今日からこいつの分も追加だってこと、了承してもらわねえとな。今は無理だろうけど、後々にはこいつも「仕事」に連れて行きてぇし。
それに今は太陽が出ているせいで、俺の身体はちょっとでも気を抜くと力を無くしてしまいそうだから…それを防ぐ為ってのもある。うん。
女はあんまり楽しくは思ってねーだろうけどっ。ま、修行の一環だとでも言っとくか。


食料を受け取った帰り道で、女はやっぱりバテ気味だった。
でも、先程完膚なきまでに叩きのめされた俺には泣き言は言いたくねえ、ってか?気が強いねえ。まぁそんなとこが面白くてたまんねーんだけど。
多分別に、とでも返されるだろうけど、俺は一応振り返って聞いた。キツイか?と。
答えはやっぱり強がりの言葉。あんま無理しねえで、その荷物全部俺に渡しゃーいいのに。俺、食料全部持ってその上お前を背負って行っても大丈夫なのによ。
まあその強がりもいつまで続くかな?と思い、俺はまた歩き出した。

…そういや、未だこいつの名前、聞いてなかったな。
また振り返った。オーバーに驚いた顔を見せる女。
 「そういやさ、お前の名前…未だ聞いてなかったな。何てゆーんだ?」
女は答えた。
 「…あかね…」

あかね。
確か、茜色って色があったな。
俺はおふくろの言葉を思い出した。未だ親父がいて、3人で静かに人目を避けて暮らしていた頃の。
―乱馬。「赤」という色にはね、様々な色があるの…。緋色、朱色、朱鷺色、茜色…その全ての色を、夕焼けの空は含んでいるのよ…
 「あかね…あかねか。」
おふくろの言っていた、夕焼けの空の色のひとつ。俺は、丁度その色に染まりゆく空を見上げた。
 「…この空の色と、同じ名前なんだな」
おふくろはこうも言っていた。赤は、私達ヴァンパイアの生きる糧である血の色であり、私達を迫害する者達が燃やす松明の炎の色でもある…
「赤」という色は、私達にとって生死に関わる大事な色なのだ、と。
…このあかねという名の少女も、俺にとって生死に関わる大事な「色」なのだろうか…
あかねの色は、俺を生かす赤なのだろうか。それとも、俺を殺す赤なのだろうか。

 「俺は…乱馬。よろしくな、あかね」



つづく




作者さまより

小説の源である「小説のしっぽ」を掴んだときは、私は別に小説の構造なんぞ考えもしない(寧ろ一シーンだけ決めててそれ以外の予定は未定、なんてことも)んですが、その「小説のしっぽ」を紙の上にいざ「小説」という形にして起こす時、私は意地の悪い視点でその構造を組み立てる人間です。
最初の読者である自分はもう、この話がどうなるのかを全て知っているわけですけれども、この作品を読まされる一般の読者の方々には、「これからこの先はどうなるのか」なんていうのは全く未知数なわけですよね。
「あ〜このネタってちょっと●●っぽいかなぁ〜、やべぇな先が読めちゃうかも」と作者が感じるようなことも、読者は感じないかもしれない(寧ろ感じないことの方が多い)わけですよね。
私はそれを知った上で、「読者をここで“泣かせ”に入る!」「ここで一つ受けを狙ってみよう」という、ある意味「やらしい(笑)」視点で作品を書きます。
昔はそうでもなかったんですけど、ある時劇の脚本を書かされてからこうなりました。自分が狙ったところで狙った反応がきちんと来る快感!外れた時はそりゃーヘコみますが、ぴたっと思い通りになった時は、物語世界だけでなくそれを読む読者の世界まで自分が創造した気分になります(笑)

…で、結局何が言いたいのかと言いますと。
今回の作品は、事前に「闇夜の恋人達」の正規ヴァージョンにて、既に物語が完結してしまっているわけです。
「ここで読者を驚かす!」とばかりにラスト近くで明かした「乱馬=実はヴァンパイア」というオチが、この話では一番最初から「前提」としてあるのです!
さらに、読者の目からひた隠しにしていた数々の乱馬の行動の謎も、正規ヴァージョンのラストで既に明かしてしまっているわけです。
私は、本の冒頭部に「犯人は●●で、トリックは××です」と書かれたミステリを書いているようなものなんですっ!!
…そんなミステリを一体誰が読むんだぁぁあぁっ!!と、何度も叫びました…
得意技(?)を封じられた砂くじらの足掻きは一体どうなるのかっ!?ってな視点で、暖かく見守ってやってくださいませ。

砂くじら 拝(というよりやっぱりハイ)。


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