◆それぞれのメリー・クリスマス
砂くじらさま作


  ―ある小さな町のケーキ屋の女主人、かく語りき―

はいはい。ああ、あの子ね。よぉく覚えていますとも。あたしゃ、記憶力だけは良いですからね。
5・6歳くらいかねぇ…冬だってえのに、町中だってえのに、柔道着を着た男の子が、クリスマスの為にささやかに飾りつけたうちの店のウインドウに、べったあ〜っと張り付いていたんですよ、30分くらい。
それでまあ、ずうっと…飽きもせずに、ちかちか光るクリスマスツリーの飾りを眺めてましてねぇ。
気になったもんだから、外の掃除をしながらその子を見てたんですよ、それとなく。そしたらまあ、すっごい真剣に見てるのね、その子。鼻の頭、真っ赤にして。ほっぺも真っ赤でねえ。
その子がまた、本当に可愛いのよもう!いや男の子だったんだけどね、目なんかこう…くりくりっとしてて。あの時にはめずらしく、お下げの子だったねぇ。今でこそ、あれ…ロンゲっていうのかい?長い髪の男の子なんざ、そう珍しくもないけどもさ。とにかく、目立つ子だったねえ。
それで、その子があんまり可愛いもんだからさ、あたしもつい話し掛けちゃったのよ。
「ぼうや、そのクリスマスツリーがそんなに珍しいのかい?」ってね。
そしたらその子、何て言ったと思うよ?「クリスマスツリーって、なんだ?」って言ったのよ?
こんなおばあさんのあたしでも知ってることだよ?それに、あの子くらいの年だったら、毎年クリスマスを楽しみにしてるようなものじゃないか。それなのに、あの可愛い子は知らなかったんだよ!
「ぼうやは、今までクリスマスをお祝いしたことないのかい?って聞いたら、「クリスマスってなんだ?」って、あのくりくりした目をまんまるくしながら、あたしに尋ねてきてねぇ…
一通り教えてあげたら、目ぇきらきらさせながら…「ふうん、クリスマスって何だか、すっげぇ楽しそうだなっ」って言うのよ。
「ぼうやもお父さんお母さんと一緒に、クリスマスをお祝いしなさいな」って言ったら、ちょっと寂しそうにねぇ。「でもおれ、今修行中だから…おやじがきっと、ダメって言うだろうなぁ…」って言うのよ。もう…きゅーんとなっちゃってねぇ。
「お掃除手伝ってくれたら、おばさんとこのクリスマスケーキ、ご馳走してあげるよ」って、あの子を誘ってみたんだよ。
そしたら目ぇ、またきらきらさせてねぇ。「けーき?食いモンなのか?うんっ、おれ手伝う!何すればいいんだ?」って。
いやあ、良く働く子だったよ。良く気が付くし、飲み込みは早いし文句も言わない。もう…あんないい子は今のご時世、なかなかいないね。
あの子がクリームをいっぱいつけて、ケーキをひたすら食べる姿のまた可愛いこと!
「おれ、こんなうまいモン、はじめて食った!」って、ねえ。嬉しいじゃないか。

それっきり、その子には会ってないけれど…こうして10年以上経った今でも、クリスマスになると思い出すんだよ。
そうだねぇ…もう、14年も昔のことになるんだねぇ。今は、その子何してるんだろうねえ。あんな可愛らしい子だったんだ、きっと、物凄い男前になっているだろうさ。
その子の名前?それがねぇ…それだけが、どうしても思い出せんのさ。
また、会いたいねぇ。あの子にまた会いたくて、あたしは今でも、このケーキ屋をやってるようなものなんだよ…




 ―あるアクセサリーショップの元バイト、かく語りき―

3年前のクリスマス・イブ?もっちろん覚えてるって。
あたし、クリスマスイブだってーのにバイト入っちゃって、かなりブルー入りながら仕事してたもん。他のバイト仲間はみぃんなカレシとラブラブでさっ。独り身のあたしは独り寂しく店番。
こんな日にこんな店に入ってくるのって、やっぱカップルばっかじゃん?もお、いい加減ウンザリきてた頃だったのよ。
5時くらいかな?人がいなくなった頃に、突然ガーッって自動ドア開いてさ。かったりぃ〜とか思いながら「いらっしゃいませぇ〜」って挨拶しようとしたら、固まっちゃったよあたし。
もう…入ってきた人がマジ男前っ。めっちゃカッコ良くてぇぇ〜!!あたし女子高だったからさあ、イイオトコに飢えてたんだねー、あはは。
赤いチャイナ服にお下げ髪?けっこー変わったカッコしてたんだけど、それがめっちゃ似合ってんの。
もう、足とかスラッと長くて!手ェとかめっちゃがっしりしてて。何かで鍛えてたんだろーねぇ。でも、半端な鍛え方じゃあんなになんないよ多分。あたしも昔、似非スポーツマンと付き合ってたことあるけどさぁ、あんなじゃなかったもん。
すっげー真剣なカオしてさあ、その人がペンダント見てたのよ。もうその横顔…うっとりもんだったわ。
でもね、そのヒトそのまま10分くらい動かないのよ。ペンダントのコーナーの前で、腕組みしちゃって、キッレーな眉寄せて、うんうん唸ってんの。きっとホンットーに迷ってたんだろーね。
さすがにあたしも仕事しなきゃ、って思って。この人男の癖して睫毛長っ、とか思いながら、近づいて営業スマイル120%で、「何をお探しですか?」って言ったのね。
そしたら顔真っ赤にしてさあ、「あの…プ、プレゼント用にっ、ペンダント…探してるんですけどっ」…って。めっちゃどもってたねぇ。いやーカワイイ。純だよねー純。イマドキさあ。ピュアだよ。
「彼女にプレゼント、ですか?」って言ったら、もっと顔真っ赤にして。「そ、そんなんじゃ…ないんですけど…」ってさあ。
こりゃ、カノジョじゃないけど「彼女になって欲しい人」にあげるんだなあって、ぴーんときたわけ。貰う人幸せモンだよねえ、こぉんな男前にここまで好かれて。
ん?ああ、一緒になって選んであげたよ。“天使のたまご”だっけ、確かそれのペンダント、買ってったよ。
会計の後に、「うまくいくといいですねっ」って囁いたらさあ、そのヒト照れて笑ったの。そのカオ…めっちゃ可愛かったのよう!!
今だったらぜったい写メールで撮って永久保存にしてたね。ベッカム様と一緒にっ。

…そういやさあ、去年だったかなあ。その人…テレビに出てたよね。テレビっ子の友達がさあ、この格闘家カッコイイよって、テレビ誌のスポーツのページ開いて見してくれたのよ。見た瞬間あの人だー!!って。
K-1だっけ、プライドとかいうヤツだっけ?あたしそういうの疎いから、良くわかんないんだけどさあ、それに出てたんだよね。もう、テレビの前に正座しちゃったよ。
もう…かっこ良さが増してたねっ。前は何処かしら幼い?ってカンジしたけど、オトナの魅力むんむんでさあ。胸板厚ぅー!その胸に飛び込ませてぇー!!みたいなね。あはは!
1ラウンド、30秒でKO勝ちだっけ。マジ感動しちゃったよ〜。
そういや、セコンドにいた奥さんがチラッと映ってたけど、しっかりあの時あたしが一緒に選んだペンダント、してたのね。いやーもう、その奥さんが美人で可愛くてっ。すっげ美男美女カップルだね。
神様ってモンは正直だよねえ。はーぁあ。あたしも早く、あんなカッコいいダーリンが欲しーなあ…




 ―ある産婦人科医院の看護婦、かく語りき―

あぁ、504号室の早乙女さんですか?ええ、おとつい入院されたばかりです。
もう…びっくりしましたよ!若くて美人な方で、どこかで見たことあるなぁって思ったら…今話題の格闘家の早乙女乱馬さんの奥様、だったんですねっ!
ウチの医院に早乙女乱馬さんがはじめていらした時は、もうパニックでしたよ!大病院だったら、今ごろ医療ミスの1つや2つ、起こっていたでしょうねえ…
幸いウチは小さめのとこなんで、マスコミが押しかけてくることもなく、ファンが殺到するでもなく…平和ですよぅ。ただ、早乙女乱馬さんがいらした時だけ、ナースセンターの中の人口が増えるよーな気がするんですけどねっ。
奥様のあかねさんもお綺麗な方ですから、先生たちとかすっごいにこにこしちゃって。最近入った若い薬剤師くんなんか、あかねさんに見惚れちゃって薬の配合まちがえちゃってましたもん。
…あ、大丈夫ですよぉ。患者さんにはお出ししてませんし、その後きちんとやり直させましたから。でも今ちょっと色々うるさいですし、内緒ですよぉ。なーんてっ。
乱馬さんのたっての希望で、あかねさんの担当者は女性ばかりなんですよ。凄いですよねえ、「医者といえども、俺以外の男があかねに触れるのはたまらなく嫌だ」って、いきなり言うんですよ?どこかの週刊誌が「格闘界のおしどり夫婦」とか書いてましたけど、本当そうですよ。
乱馬さん、一日と空けずにいらっしゃるんですよ。この前もあの、えーと…何て言いましたっけ。今まで負けなしだった空手家さんを、あっという間にKOしちゃって。マスコミがただでさえ注目して、テレビとか雑誌とかに引っ張りだこだっていうのに、必ず時間を無理にでも空けて、出来るだけ奥様の傍にいらっしゃるんですよ。
奥様とウチの医院に迷惑がかからないように、この医院の近くにはマスコミを近づかせないように、完全シャットアウトして。かっこいいですよねえ。

ええ、先程もいらっしゃってました。あかねさんのお腹に手を当てて、これから産まれてくる子供に、いとおしそうに話し掛けてたり。あかねさんのお腹に耳をつけて、子供の心音を聞いて、お二人で何かを離して笑い合ってたり。
まるで一枚の絵画を見ているような…そんな光景なんですよ。
ええ…はい。そうなんです。予定日が、ちょうどクリスマス頃なんですよ。生まれてくるのは男の子のようなんですけど…
キリスト様が産まれちゃったり、するかもしれませんね。あかねさん、本当マリア様みたいですもの。ふふ…


 「あかね、見ろよ…雪だぜ。」
 「本当。きれい…」
 「…今年は、はじめて“3人で過ごすクリスマス”になる、かなぁ…?」



現在・過去・未来。変わらずに、祝われ続けるクリスマス。
この二人にとって、今年のクリスマスは一体どんな日になるのだろう――

ともかく、メリークリスマス。








作者さまより

 視点もの、というヤツでございます。
 ジャンルとしては乱あ、なのでしょうか…多分乱あです。
 この前某小説家さんの短編集を読んでいたら「おっ、こういう書き方もアリかも?」
 と思いついた書き方で書いてみてます。
 似非インタビュー方式とでも命名しておきましょう(笑)
(作者さまのメール本文より引用)


 なるほど・・・。こういう書き方もあったのか。いろいろな方が語る乱馬とあかねの風景。
 幼き少年の乱馬、高校生になった乱馬・・・。そして大人になった二人。
 格闘家ですよね。やっぱり。マスコミに追っかけられるんだろうな(一本止めてたプロットを思い出した奴)
 クリスマスに結婚という話やファーストキッスという話はありますが、う〜ん、クリスマスに子供かあ。
 でも実際知り合いに何人か居たな、私の初恋の人もイブ生まれだったっけ。
 イブ生まれの別の友人がぼやいていました。「イブに生まれると、誕生日ケーキは決まってクリスマスバージョンしかない!」と。
 12月26日生まれの友人は更に「売れ残りケーキしか食べたことが無い!」とぼやいておりましたが…。

 クリスマスの読み物・・ごちそうさまでした。
(一之瀬けいこ)



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