◆食即是生(しょくそくぜせい)
砂くじらさま作


いつもの天道家(+早乙女家)の夕食風景。しかし、その日は少しだけ趣が違っていた。
 「…ごちそうさま。」
天道家の三女・あかねが、夕食に全く手をつけずに、席を立ったのだ。
 「あら、あかねちゃん…殆ど食べてないじゃない。どうしたの?」
長女・かすみが心配そうにあかねに尋ねる。
 「ダイエット、はじめたの。だから、今日から夕食は抜くわ。ごめんね、おねえちゃん」
そう言うと、あかねは二階の自分の部屋に行ってしまった。
 「…あの馬鹿。」
乱馬はそう呟くと、茶碗に残ったご飯をかき込み、かすみさんおかわりください、と言った。


部屋の中で、独りダイエット体操に勤しむあかね。
 「なによ!痩せて綺麗になって、ぜったい見返してやるんだからっ!」
いつも寸胴だの胸がねぇだのと言って、その都度あかねの鉄拳を喰らっている乱馬。今回のダイエットは、そんな乱馬のいつもの一言がきっかけだった。
女子の今度の体育は新体操で、レオタード着用の上行うという、授業内のものとは言え本格的なものだ。それを知った乱馬が、何時ものようにさらりと憎まれ口を叩いた。
 「不器用な上優雅さのカケラもなくて寸胴な奴に、新体操はキツいんじゃねぇの?」
…最近太った?と自覚していたあかねに、“ずんどう”の四文字は重くのしかかった。しかも、一番見返してやりたい相手である、許婚の乱馬に言われたのだ。ショックを受けない筈が無い。
 「見てなさいよぉ…絶対に、“ぼんきゅっぼん”のカラダになってみせるんだからっ!」
一人闘志を燃やすあかねの部屋に、乱馬はノックもなしに突然入ってきた。あかねは物凄い勢いで部屋に散らばるダイエット関連本を隠し、ぜーぜーと息を切らしながら叫ぶ。
 「な、何よ、ノックぐらいして入りなさいよね!」
 「あかね、お前ダイエットだか何だか知らねぇけど、メシだけはキチンと食えよっ!ホラ!」
そう言って乱馬が差し出したお盆の上には、おにぎりと漬物、湯気をたてている味噌汁が乗っていた。
 「な…い、いらないって言ったでしょ?!」
 「いいから食え!ずんどーだって言ったの気にしてんなら取り消すから、食えよ!」
だん、とお盆を置いた乱馬の顔は真っ赤だ。
 「いいか、わざわざかすみさんが作ってくれたんだから、残さず食えよ!」
そう言い残して乱馬はばんっ、と扉を閉め、どたどたと凄い音を響かせながら階下へ下りていった。


 「…な、何だってのよ、一体…」
味噌汁はまだ湯気をたてている。あかねは、一連の乱馬の行動が理解できず、あっけにとられていた。
そんなあかねの耳に、遠慮がちなノックの音が響く。
 「あかねちゃん。ちょっと…いいかしら?」
のどかの声だ。あかねは扉を開け、のどかを部屋に招き入れた。


 「びっくりしたでしょう?乱馬は、あの人に似て、思いを素直に伝えることが苦手だから…」
苦笑しながら、のどかは言う。
 「乱馬、一体どういうつもりなのかしら?“幾らダイエットしても無駄だ”とでも、言いたいのかしらッ?!」
顔を真っ赤にしつつ、ぷうっとむくれながらあかねは言った。
 「いいえ…それは違う。」
優しく、諭すようにのどかは言った。
 「乱馬が幼い頃から修行に出ていたことは知っているでしょう?修行中は、とても体力を使うから…“食べられない”ことは、そのまま“生きられない”ことに繋がっていた、と思うの。雪山に閉じ込められて、徐々に食料が尽きていったり…荷物を落としてしまって、食料が全て無くなってしまったり…そんな経験をしているんですもの。食と生との繋がりを、人よりも強く大切に考えているんだと思うわ、乱馬は」
ふっ、と一息ついて、のどかは優しい笑みを浮かべながら言った。
 「乱馬は、あかねちゃんを失いたくないから…あかねちゃんを、本当に大切に想っているからこそ、こうしてお夕食を運んできたのよ。…乱馬は、あかねちゃんに…“生きて”欲しい、と思っているから…」
 「…」
あかねは、乱馬が運んできたお盆に乗っているものを、じっと見た。
 「おばさんからもお願いするわ。おばさんも、あかねちゃんが大事だから…ご飯はキチンと食べて欲しいの。乱馬のために、美しくなりたいと努力してくれているのは、とても有り難いけれどね」
にこっと微笑むのどか。あかねは真っ赤になりながら、乱馬が持ってきたお盆を傍に引き寄せた。そして、手を合わせて呟く。
 「…いただきます。」

それは、当たり前だけど凄く大切なことば。
味噌汁はまだ湯気をたてていて、それはあかねの心まで染み渡る温かさだった。








作者さまより

作者戯言
タイトルは、「色即是空」という仏教のことばをもとに私が勝手に作った造語です。
普段何気なくしている「食べる」という行動。それは、そのまま「生きる」ということにそのまま結びついている、とてもとても大事な行動なのです。
「食べない」ということは、「生きることを放棄する」ことと、ほぼ同義なのです。
食べることを大事にすること。それは、生きることを大事にすること。だからこそ、私は食べることを大事にしていきたいと思っています。
…そう言いつつ、最近食生活が乱れているのは、一体誰なんでしょうね(汗)
でもまぁ、早乙女親子って、そろいも揃って食べ物の恨みを凄い引き摺るし、食い物につられること何百回だし…でもそんな行動は、全て「生きたいが故の当然の行動」の表れだと思ってます、私は。
食い物に意地汚いっていうのは、同時に生きるためには手段を選ばないってことなんだと思います。
食べ物にはいつも感謝の心を忘れずに。

砂くじら 拝。


  成長期に必要な栄養分を摂らないとツケは必ずきます。
 それが、自分に返ってくるだけならまだしも…妊娠した子供に異常が出てしまうことがあるそうです。
 特に十代後半は、子供を産み育ててゆくために必要なホルモンや栄養分が蓄積、形成されてゆく大事な時期でもあるので、間違ったダイエットは禁物です。また、体重は骨の重さも当然加わっているそうで、脂肪だけの重さではありません。体重の軽重を過信すると大変な事になるかもしれません。
 下手にダイエットすると、骨から痩せてしまうことが多いので、骨粗鬆症の遠因にもなってゆくそうです。ご注意あれ!

 乱馬にとっては健康美溢れる彼女が一番なんでしょうけれどね…。
(一之瀬けいこ)


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