◇metempsychoses(後編)
砂くじらさま作


ACT.6

いくつもの季節が過ぎていった。
あたしたちの子供は、逞しく、力強く、確実に成長していっている。
乱馬はそれを少し寂しそうに、でも嬉しそうに見ていた。
 「へぇ、未来のヤツはあいつと結婚したのかぁ。高校の頃から怪しいと思ってたけど、やっぱりなぁ。」
 「ええ。…父親として、寂しいんじゃない?」
 「ばーか。」
あたしをぎゅっ、と抱きしめる乱馬。
 「俺にはもう、あかねが居るもん。」
でもその後、寂しそうに呟いた。
 「…でも、初孫は抱きたかった、かな」
無言で、あたしは乱馬を抱きしめ返した。


独り身になったあたしに、次々と舞い込んでくる再婚話。
何処の世界にも、余計なお節介を焼きたがる人というのはいるものだ。
 「ああ、コイツ!昔お前にべったべったしつこく纏わりついてたヤツじゃねぇか!まぁだ懲りてなかったのか!」
 「うん。何処からか話を聞きつけてきたみたい。毎日押しかけてきて…大変だったわ。…でもね、ホラ。」

――あのな。何度でも言うけど、お袋が愛してんのは、生涯親父一人なんだ!
――てめぇが今さら付け入るよーな隙間は、親父とお袋の間にゃねぇんだよ!帰れ!
――どーしてもお袋を掻っ攫って行きてぇのなら、俺らが相手してやる。
――お袋がどれだけ親父を愛しているかは、俺ら骨身に染みて知ってんだ。
――親父と約束したんだ、お袋は俺らが守るって!俺たちは、てめぇなんかにゃ負けねぇかんな!

日々訪れるしつこい求婚者に、あたしの代わりに出てあたしを守ってくれた龍馬と天馬。
 「まるで親衛隊、だな…」
嬉しそうに苦笑する乱馬。
 「でもこいつら、まるでマザコンだよなぁ。…嫁、来たのか?」
 「うん。…二人共あんたの若い頃そっくりで、優柔不断だったけど」
 「うぐっ」
 「龍馬はホラ、若菜ちゃんと。天馬は、うちの門下生と。龍馬はこのまま家に残って、天馬は隣町に道場出したわ。」
 「…そっか。無差別格闘技も安泰だなっ」
 「…こうして見ると、あたし、お父さんの気持ちが今さらながら、良くわかったわ…」
愛する人を早くに亡くしながらも、娘3人をきちんと育ててくれたお父さん。
お父さんもきっと、あたしと同じ気持ちを味わったのだろう。
 「…そうだよな、お義父さんも…」
乱馬はあたしを、ますます強く抱きしめた。まるで、「ごめん」と言っているかのように。


日々はあっという間に過ぎ去り、ついに「その日」。
あたしは、朝からなんだか眠かった。
龍馬に『すこし横になる』と告げ、布団を敷いて横になる。目を閉じた。
鳥のさえずりが、やけに大きく聞こえる。ふっと目を開け、窓の外を見遣った。
…早咲きの桜が、蕾を綻ばせている。暖かな陽の光が眩しい。
   <このせかいは、なんてうつくしいんだろう>
そう思って、笑って目を閉じた。

 『お母さーん、ただいまぁ。』
 『おばーちゃーん、こんにちわぁー!』
未来と、孫の元気な声が、遠くで聞こえる。
ああ、また遊びに来てくれたのね。
桜がそろそろ、咲きそうだよ。桜が咲いたら、また皆で見に行こうね。
若い頃、乱馬と見に行った桜。また、今年も…綺麗に……
 『おばあちゃん…?』

きっと、あたしは、笑っていた。


ACT.7

長い長いフィルムが終わった。場内が、次第に明るくなっていく。
乱馬とあたしは、無言だった。乱馬はまだあたしを抱きしめている。

 「なぁ…」
乱馬が突然口を開いた。
 「あかね…幸せだったか?」
あたしは乱馬を見つめた。
 「乱馬は?幸せ…だった?」
突然キスをしてきた。これまでには無い程、甘く長いキスを。
 「…<幸せ>って言葉じゃ足んねぇ位、幸せだった。」
あたしは乱馬の耳元で囁く。
 「…あたしも。」
そのまま2人、幸せを噛み締めるように抱き合っていた。


どれくらい、そうしていただろうか。突然ドアが開いた。あたしが入ってきた入り口の、真向かいにあるドア。
 「…あっちゃあ、もうタイムオーバーかよ…」
 「タイムオーバー?」
 「行かなきゃ。次が…待ってる。」
 「次…って?」
乱馬はあたしの手を握って立ち上がり、答えた。
 「次の<イノチ>。…俺らはまた、何かに生まれ変わるんだ。輪廻転生…ってやつ。」
二人で出口に向かう。あたしはまた尋ねた。
 「次は何に生まれ変わるの?」
 「わからねぇ。神のみぞ知る、かな。」
あたしの足が止まる。
 「…もう、逢えない…の?」
乱馬は優しく微笑む。
 「…いや、逢うさ。探してみせる。」
いつもの、自信に満ち溢れた瞳の輝きが、其処にあった。
 「俺とあかねがたとえ別々の生き物になっても、俺はあかねを探し出す。そしてまた…共に生きよう。」
 「…うん。あたしも、乱馬を探す。探してみせる…」


あたしたちはまた抱き合い、長い長いキスを交わした。
 「…離さないで…」
 「離さねぇ。」
 「…また、逢えるよね…」
 「…また、逢うさ。」
二人、固く手を繋ぎ、指を絡める。
同じ場所に生まれ、同じ時間をまた共に過ごせることを信じて。
あたしたちは恐れずに、出口へと向かった。


二人だけの約束。
魂に刻み付ける。

産声が、聞こえたような気がした。


  『おめでとうございます。元気な女の子ですよ。』



                              《Never end.》



作者さまより

後編:
龍馬に天馬、ファザコンでありマザコンな性格にしてしまいました…一之瀬けいこ様、ほんとぉぉに…ごめんなさい。
でもあくまで、本当に「コンプレックス=劣等感」という意味での「マザコン」「ファザコン」なんです。

ラストが「Never end.」なのは、つまりこの「乱馬とあかねの愛」は、時代を変え世代を変えフィールドを変え、
脈々と受け継がれDNAに刻み込まれる「愛」なのだ…みたいな、大河ドラマ的壮大さを表したかったからです。

今まで自作の小説に「愛してる」の文字が躍る度「うををを恥ずかしぃぃぃぃ」の雄叫びと共に違う表現に差し替えていた私。
それを何の違和感も無く書かせ、尚且つ「キス」とか「共に生きよう(お前はア○タカかい)」とか「離さないで」とか。
ううむ乱あ、恐るべし。私からラヴ小説のリミッターを一つ外してしまったとは…タイトルの小難しい英語は、「転生」という意味の単語の複数形です。
「永遠」というものは存在しないものだ、と思っている私ですが、この小説の乱馬とあかねの様に「生まれ変わりその都度お互いを探し求め、愛しつづける」ことが出来るのなら、それを「永遠」と呼んでも良いかなとは思っています。
「運命」という言葉を使うのはちょっと嫌です。その二人以外の意思が働いているようなので。

「冠婚葬祭」のうち、「葬」を幼い頃一回体験したくらいしか経験が無いので、リアリティ全然無くてすいません。
「死」「永遠」というテーマを語るには、私はまだまだ若輩者です…(逃)
ここまでお読み下さった全ての方に多謝。 

砂くじら 拝。


また恐ろしい書き手が現れてしまった乱あWEBです。
呪泉洞がWEB初投稿という書き手の方で度肝を抜かされたのは半官半民さんといなばRANAさん桜月さんと夏海さんとかさねさんと…あ、いや、勿論たくさん居るんですが。
最初は並みでも、大きく化けていかれる方も大勢でございます。
いろいろな形の作品を読める幸せ。サイト運営をしていて良かったと思う瞬間です。

夫婦は二世の契りと申しますが・・・。でも、できることなら夫婦揃って長生きして目出度けれ・・・という風になりたいですね。
共に白髪の生えるまで・・・(なかなかそこまでの乱馬とあかねを想像する事はできませんが。)

この方の作品がこの先どう転じていかれるのか、それを読むのも楽しみの一つ。
(一之瀬けいこ)



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