◆白い日傘
砂くじらさま作


すべてのことをうやむやにしたまま、あいつがここを出て行ってから一か月。
―全てのことはうやむやのままだけれど、あいつを責めるわけにはいかない。あたしとのこと、許嫁のこと、それ以前の問題で、あいつはおじさまと酷い喧嘩をして、それが原因でここを出て行ったのだ。
きっとあたしのことに構う心の余裕など、無かったのだろう。
あいつが出て行ってからというもの、あたしは白い日傘をさして歩くようになった。



あたしにこんな、お嬢様みたいな日傘は似合わないことは知っている。
でも、強い陽射しを見るとあたしは、あいつが出て行ってしまった日の強い陽射しを思い出してしまうから。
強い陽射しを見ると、泣いてしまいそうだから。
あいつなしではどうしようもなく弱いあたしを守るため、あたしは白い日傘をさした。


少しうつむいて歩いても、日傘に隠れて見えないから。
もし、あいつに似た後ろ姿を見かけて、それがあいつじゃなくて、涙を流したとしても。
人知れず、涙を流すことが出来るから。
あたしの弱いこころを守る、白い日傘。

この白い日傘が作り出す日陰は、あたしだけのフィールド。
あいつへの愚痴をこぼしたとしても、それはきっと独り言にしかならない。




夏の空気の中を歩き回るのが好き。
強い陽射しにきらきらと輝く水面を見るのが好き。
乾いた喉を潤すラムネの微かな音が好き。
プールの傍に行くと聞こえる、子どもたちの歓声が好き。
微かに香る蚊取り線香の匂いが好き。
陽炎も、夕立ちも、蜃気楼も好き。



――でも、傍にあいつが居ない夏の日は大嫌い。




ミュールの靴底から、アスファルトの熱さが伝わってくるよう。
あまりに熱すぎる夏の午後の空気は、ゆらゆらと頼り無くゆらめいて見える。
今年の夏に買ったミュール。あいつが見たことのないミュール。
遠出をするには、少し頼りないミュールだけれど。あたしはあいつに早く見せたくて、いつもこのミュールを履いて出かける。
…だから、早くあたしに顔を見せてよ。




ざああああ、という雨音。
涼しげな雨音も、今のあたしにはちょっと痛く感じる。
―雨が嫌いな、あいつを思い出させてしまうから。
 「…ついてないな…」
この白い日傘は、雨からあたしを守ることも出来る。でも、あまり強い雨の中は歩きたくない。
2・3度しか通ったことのない店の軒先で、雨宿りをすることにした。
傘を閉じて、雨が降り続ける空を見上げる。今頃あいつも、恨みがましそうにこの空を見つめているのだろうか。
雨を避ける為に走ったら、この弱いミュールのヒールは少し折れてしまった。
ヒールが折れたほうのミュールを手に持って、片足立ちであたしは途方に暮れた。
このミュールに合わせて塗ったペディキュアも剥がれそうだ。
―やっぱり、今日は…
 「…ついてねぇな、んとに…」
 「!」



いつの間にか隣に立って、空を見上げていたのは。
 「…乱…馬…?」
 「…あ、あかねっ?!」

一か月前と変わらぬ姿。ううん、会えなかった時間のぶんだけ、何だか逞しくなったような気がする。
 「お前…どうして、ココに?まさか俺の居場所がバレ…」
 「そんなわけないでしょっ!偶然よ、偶然!ここに来れば会えるって知ってたら、毎日来てたわよばかぁ!」
白い日傘も、新しいミュールも、綺麗なペディキュアも、お気に入りのワンピースも。
やっぱり似合わない、乱暴なあたし。

 「っ…ごめん。おれ…家飛び出してから、親父のやろうが居なくても、一人でも生きて行けるってこと、証明しようと躍起になっててさ…でも…」
少しうつむき、彼は小さく言った。
 「…親父のやろうが居なくても生きてはいけそうだけど、こいつが居ねぇとダメだって奴がいるってこと、痛いほど知った。」
力無くははっ、と笑ってみせるその顔は少し赤かったけれど、一か月前よりも少しだけ、素直だった。


 「…かえろうよ、うちに。」
 「…今は…駄目だ。雨が降ってるし…」
まだ迷っているような表情。今さらのこのこ帰れない、という、見つかってしまった家出少年の顔。
 「大丈夫。ほら…」

少し大きめの白い日傘は、あたしを泣きそうなくらい強い日差しから守る。
でも、この白い日傘は、あいつをこの雨から守ることだって、出来るのだ。



 「…お前、新しいミュール買ったの?」
 「うん。走ったせいでちょっとヒール折れちゃった。乱馬のせいなんだから、乱馬が直してよね。」
 「って、なんで俺のせいなんだよ…」



まだ弱いあたしたちを守る、白い日傘。
この日傘の中は、あたしたちだけのフィールド。








作者さまより

今回お送りした作品は「白い日傘」という作品です。またまた曲から発想な小説で、MY LITTLE LOVERというグループの「日傘-Japanese beauty-」という曲から発想しています。
ジャパニーズビューティ、で尚且つ日傘。途端に白い日傘を片手に佇むあかねちゃんの、寂しげな後ろ姿が脳内に浮かんできまして。おおっこれだ!とばかりに、がががっと書いてしまいました。
勿論曲の内容も微妙に絡めてあったりしますが…


 美しき日傘のお話。
 私も日傘は愛用しています・・・でも、全身焦げています。真っ黒け(苦笑
 あかねちゃんならやっぱり、白いレースの可愛い日傘が似合いそうな気がします。
 皆様もUVケアはしかっりと!
(一之瀬けいこ)


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