◆愛のしくみ
砂くじらさま作
「言っとくけど、ついてきてくれなんて誰も頼んでないんだからねっ」
「うっせえなぁ。俺だって好きでついてきたわけじゃねぇっ」
夜のコンビニへ、乱馬とあかねの二人は買い物に出かけている。空気はきぃん、と凍て付いていて、吐く言葉はすぐに白い息へと変わっていった。
「大体お前、ノートとかって昼間のうちに買っとくモンだろーが(夜道に女一人で歩くの、すっげぇ危ねぇじゃねぇかよっ)」
「う・うっさいわねぇ(乱馬と一緒に出かける口実が欲しかっただけって、何でわからないのよっ)。あたしは誰かさんと違って、ノート一冊にもこだわりがあんのよ、こだわりが!そういうアンタも何よ、いつも飲んでるスポーツドリンクが切れたからって。今日は水で我慢すればいいでしょ!」
「お・俺にもこだわりがあんだよ!(夜道は危ねぇからついてってやってるって、何でわかんねぇかなっ)稽古の終わりにアレを飲まねぇと、稽古が終わった気がしねぇんだっ!」
「何よ、最近寒いからって、稽古サボり気味の癖に!(ああもうっ、何でこんなこと言うのよあたしは〜!)」
「なんだよ、やるかっ?!(あああなんでいっつもこうなるんだよッ!)」
ぎろ、と睨み合う二人。しかし、すぐにお互い溜息をついて、また歩き出した。
「ふぅ…(せっかく二人っきりなのに、コレじゃムードも何もないじゃない…)」
「はぁ…(どぉして“お前一人じゃ夜道は危険だから、ついてってやるよ”みてぇな事が言えねぇかな、俺は)」
ちーん。
「ありがとうございましたぁ〜」
うぃーん。
買い物を済ませた二人がコンビニを出た。乱馬はあかねの買い物袋を覗き込んで言う。
「なんだよお前、またケーキ?太るぞっ(まぁ俺としちゃ、ちょっとくらい太っても全然平気なんだけどなっ)」
「そういうアンタもチョコ買ってんじゃない…知らないわよ、虫歯になっても(でも、虫歯になって弱ってる乱馬、ちょっと見てみたいかも)」
「へっ。俺は生まれてこのかた、歯医者にかかったことはないんでいっ(あかねと一緒に食う為に買ったんだけどな…あかねのケーキも、ちょっと食いてぇし)」
「でもこの先はどうなるかわからないじゃない。虫歯って、ホント痛いんだからね!(もし乱馬が虫歯になったら、乱馬も歯医者のあのキーンって音、駄目なのかな)」
「なんだとう?!―――」
「星が綺麗ね、河豚男さん」
「でも、どんな星もキミの美しさには敵わないよ、海胆子さんっ」
「きゃ☆河豚男さんったらっ♪」
一つのマフラーを二人で巻き、人目もはばからずイチャイチャする、俗に言う「バカップル」が、乱馬とあかねの目の前を通り過ぎていった。
「―――…帰るぞ。」
「…うん」
帰り道、二人は無言だった。白い息とやけに響き渡る靴音が、この世界を支配しているかのようだった。
「…(あの男みてぇに、気のきいた言葉が簡単に言えてたなら、もう少し前進できてたんだろーかなぁ…)」
「…(いいなぁ。あんな風に、一つのマフラーを二人で巻いてみたいなぁ…)」
まだ憎まれ口を叩き合うばかりの二人には、あのバカップルは遠い遠い存在に見えた。あかねはまだ見えぬ遠い未来に思いを馳せ、ふっ、と空を見上げる。
あかねの足音が止まったことに気付いた乱馬が振り返ると、あかねが空を見上げている。
「…どうした?あかね…」
「…きれーい…」
「…?」
あかねの視線の先にあったのは、漆黒の空に浮かぶまっ黄色の三日月。
「…ホント、綺麗だ…」
乱馬の視線は、月より月の光に照らされた、あかねの顔に注がれていた。
「…(よしっ)」
冷え切った空気にさらされて、すっかり冷たくなっていたあかねの手を、乱馬はそっと握った。
「…!」
「か、帰るぞ。…さ、ささ寒いしっ」
触れている乱馬の手は、ほこほこと温かい。
「…うん。」
「…(焦ることはないさ。こうして少しずつ…距離を近づけていければ)」
「…(焦ることないよね…これが、あたしたちのやり方だもん)」
繋がれた手から、ゆっくりとゆっくりと、お互いの温かさが染み込んでいくのを感じていた。
完
作者さまより
〈作者戯言。〉
30分もかけずに思いつき書ききった、言わば「インスタント小説」です。
一緒に送らせて頂いた「お引越し。」を書いている最中に、山崎まさよしさんの「愛のしくみ」という曲を聴いていたのですが、そうしたらこの曲がまぁ…乱あサイドで見ると非常にそれっぽい!(笑)
「そして僕たちがうまくやれるまで 時間かかるけれど 闇をくぐり抜けていこう 三日月の今夜も」ってとこらへんとか、すっごく意識して書いてます。
興味を持たれた方、是非聴いてみてくださいな。まさやん、ハマると深いです。
砂くじら 拝。
夜のコンビニは不思議空間です。昼間と違って辺りが暗い中に浮かび上がるコンビニは暖かい感じもします。
原作、アニメが盛んなりし頃はまだこれほど普及していなかったコンビニですが、アニメに乱馬があかねの牛乳を買いに出かけたシーンもあったけれど二人でコンビニというシーンは記憶にないです。
今やコンビには乾いた都会のオアシスなのかなあ…。
少しずつ近づくお互いの距離。プラトニックラブな二人には、これくらいが丁度良い進行度なのかもしれませんね。
(一之瀬けいこ)
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