◆お引越し。
砂くじらさま作


 「…っぜーっ、はぁーっ、…で、この階の何処だ…?」
 「さすが乱馬君にあかね。やっぱ持つべきものは力持ちの義弟と妹ね♪」
 「…もう、なんでもいいから…早く…おねーちゃ…」
二人共、「義弟」という言葉にツッコミを入れる気力すら失せていた。
 「もう、二人共鍛えてる割にはだらしが無いわねぇ…此処よ。」
 「おめー、それがさんざ人をこき使った奴の言う台詞か…?」
 「キチンとお金払ってるから良いじゃない。一人頭一万円分、今日はきっちりみっちり働いて貰うわよ。」
ガチャリ。なびきが鍵を取り出し、真新しいドアを開けた。
 「ハイ到着。ここがあたしの新居よ」

天道家の次女・なびき。幼い頃から抜け目無くコツコツと金を貯め、金銭感覚に関しては誰にも負けないと、誰もが太鼓判を押す彼女。彼女は、大学入学と共に自らの手で会社を興した。
未だ設立して間もないものの、時代のニーズを確実に捉えているその会社は、確実に軌道に乗りつつある。彼女はそこで、手狭になった自らの部屋を去り、天道家からそう遠くないところに新しく出来たマンションに、一人で住むことにしたのだ。
で、今日はそのお引越しの日である。
ぜーっ、ぜーっ、ぜぇっ。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…
その彼女の新居に、肩で息をしている男女が一組。一日一万円でなびきに雇われたあかねと乱馬の二人は、微妙に引き受けたことを後悔しつつあった。
 「…つ、次は何だ…?」
 「…おねぇちゃん、この荷物…一体なにが入ってんのよ…」
 「んー、そうねぇ。リビングとかは後であたしがゆっくり片付けるから、あそこの部屋の片付け、やってくれるかしら?あ、乱馬君。その荷物、悪いけどついでにその部屋に持ってってね」
 「でえぇっ、またコレ持つのかよ俺!」
ご愁傷様である。

あかねと乱馬が案内されたその部屋は、ただ空の本棚がズラッと並んでいるだけの、なんとも奇妙な部屋だった。所々に重そうなダンボール箱が置かれている。
 「此処にあるダンボール箱の中身を、この本棚の中に全部移し変えて頂戴。あたしはこれからちょっと出かける用事があるから、この仕事が終わったら勝手に帰って良いわよ。ドアはオートロックだし、出れば勝手に閉まるわ。じゃ、宜しくっ」
 「うん、わかった…行ってらっしゃい。」
パタン。
 「…最後の作業は、楽で良かったな…」
 「うん。ちゃっちゃと済まして、早く帰ろ?乱馬。」
 「そうだな。…それにしても、このダンボール箱の中身、何なんだ?なびきってそんなに読書家じゃねーしなぁ…」
そう言いつつ乱馬は、先ほど自分が死ぬ思いで持ってきたダンボール箱を開けてみた。

『らんまちゃん 秘蔵写真ファイルC』
『あかね プライベートフォトG』
『小太刀用乱馬くん写真集 B』


 「…なびきの奴…」
乱馬の頭には、怒りのマークがついている。あかねは、手近にあったダンボール箱を開け、中のアルバムを取り出して眺めてみた。
 「…こんな写真、いつ撮ったんだろう…」
顔を真っ赤にして呟くあかねに気付いた乱馬も、身を乗り出してあかねが眺めている写真を見てみた。
 「ぶっ。コレ、なびきが許婚になりかけた時のっ」(※らんまコミックス17巻参照)
葉っぱまみれで、照れた笑みを浮かべ見つめ合う二人の写真。てっきりあのまま帰ったものと思っていたが、なびきはこんな時でもカメラを懐に忍ばせていたらしい。
 「うわっ、何時撮ったんだよコレっ」
 「あたし、この時こんな顔してたのね…」
しばし時を忘れ、なびきの隠し撮り写真を見ていた。そのアルバムの最後のページに貼られていた写真を見て、二人は固まった。
 「…コレ、ロミオとジュリエット演った時の…」(※らんまコミックス8巻参照)
ガムテープ越しのキスシーンも、なびきはばっちり撮っていた。しかし、この写真ではガムテープが見えない為、傍目からは本物のキスシーンにしか見えない。
ぼっ。
二人の顔から、同時に火の手があがった。
「あの時は、本当にキスをした訳ではない」と、当人達が一番良くわかっている。わかってはいるものの、「第三者視点」であるこの写真を見る限りは、本当にキスしたようにしか見えない。…まぁ、だからこそ「中国の旅行さんご招待」と相成ったのだが。

 「…で、でも、嘘のキスだもんね、コレっ」
あははは、と無理に笑ってあかねが言う。実は何度か人目を忍んで唇を合わせた経験があるまでになった二人だが、未だ「慣れ」とは無縁のままでいた。
 「な・なのに、視点を変えれば本物っぽくなるなんて、なんかスゴいねっ。嘘、なのにねっ」
真っ赤になって、誰に対してだか良く解らない弁解を続けるあかねを見ていた乱馬の中で、何かが音を立てて切れた。
 「……じゃ、ホンモノ…する?」
 「えっ」
二人の距離が、ゆっくりと確実に縮まっていった。


 「…(何て予想通りに動いてくれる二人なのかしら…)」
ドアの外でニヤリ、と不敵に笑うなびき。手には最新型のデジカメと、「乱馬とあかね・愛の軌跡」とタイトルのついたアルバム。
 「(この前は撮るのに失敗しちゃったけど、今度こそ良いお金になるわ…二人のバイト料の二万円、無駄な投資にはならなかったわね♪)」
噂の二人は、なびきに撮られたことに気付く筈も無く、真っ赤な顔でアルバムを本棚に入れる作業を黙々とこなしていた。


壁に(家族の)耳あり、障子に(なびきの)目あり。
二人の受難は、まだまだ続きそうである。








作者さまより

〈作者戯言。〉
呪泉洞のお引越し記念作品を送ろう!と考え、タイトルが「お引越し」の作品を作ろう!というところから決めていった作品です。
前回の作品「metempsychoses」の「砂くじら」のイメージを引き摺って読むと「私の時間を返せぇぇ」と叫びたくなる程に作風を違えて度肝を抜いたろかい、というスケベ心を出して書いた作品です。案外簡単に出てきて、書いた作者が一番びっくりです(笑)
テーマはずばり「バカップル」(笑)お目汚し誠に失礼致しました〜(逃)
 
砂くじら 拝。


 これを誰に売りつけようと思っているのか、なびきちゃん・・・
 二人の決定的瞬間を待ち侘びる、父親たちか、それとも、二人の関係に興味津々の同級生たちか・・・
 案外、乱馬とあかねに提示して「バイト料相殺ね・・・。」とか言ってくるのでしょうか?
 どっちにしても、気をつけなきゃ、乱馬くんとあかねちゃん(笑

 素敵な引っ越し祝い短編ありがとうございました。
(一之瀬けいこ)


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