◇風林館高校ピアスウォーズ 2
   プレリュード「前代未聞」
いなばRANAさま作


 授業時間が終わると、あかねは急いで乱馬の側に行った。
「ちょっと、あんた・・・その耳まさか・・・」
 あかねの囁きに、乱馬はギクっという表情になる。
「何考えてるの!・・・と、とにかくそれじゃ見え見え、どうして外さないのよ?」
「外れないんだって・・・後で鬼平に取ってもらうことになってんだ。」
「もう少し何とかしなさいよ。隙間から見えてるんだから。・・・あ、ちょっと待って。」
 あかねは鞄からポーチを取り出すと、中から絆創膏を出した。
「早くトイレにでも行って見えないように貼ってらっしゃい。」
「お、おう」
 渡された絆創膏を手に、乱馬は立ち上がりかけた。が・・・

「早乙女くん、ちょっと待ちなさい。」
 その前に立ちふさがる二ノ宮ひな子。その手には闘魚の入った丸い金魚鉢。
「あのね、あれだけ盛大に遅刻しといて、とっとと帰れるとでも思ってるの?」
「あ、あの先生・・・後でちゃんと先生のところに行かせますから、今だけちょっと・・・」
「天道さん、甘すぎよ・・・いくらあなたの言うことでも、早乙女くんが大人しくお説教されに来る訳ないでしょう。」
 超教育的指導モードに入っているひな子。あかねが何とか見逃してもらおうと言葉を継ごうとした時、乱馬がこそっと動いた。押し問答になってる隙に抜け出そうという魂胆。だが、それを充分に予想していたひな子はさっと構えた。
「そうは問屋が卸さないわよ・・・八宝つり銭返しインドアバージョン!!」
 気持ちだけ押さえ気味の闘気の塊を至近距離でぶつけられ、たまらず乱馬は教室の壁に叩きつけられた。周囲の生徒のまたかよという視線が集中する。
「いってえ〜、いきなりそれはねえんじゃねえの?」
 大したダメージを受けずに立ち上がる乱馬。その姿にあかねはハッと息を飲んだ。
「あらあ、早乙女くん・・・それ、なあに?」
 ひな子は自分の耳を指した。

 やっべー、絆創膏がはがれた!!

 乱馬はあわてて耳・・・勿論ピアスがはまっている方・・・を手で覆って教室を飛び出した。

「おい、見たか?」
「ねえ、あれってどう見ても・・・」
「ピアス、だよな。」
 一番恐れていたことが現実のものとなり、あかねはその場に立ち尽くしていた。その背後で一人の生徒がそそくさと教室を立ち去ったことも、それらの様子を鋭い目で見つめていたまた別の生徒がいることもまるっきり気がつかなかった。


 休み中の登校日は基本的にホームルームだけで後は解散となるが、どうせ学校に来たんだからと部活を予定している生徒も多い。そういう訳で3年F組でのちょっとした騒ぎから10分と経たないうちに放送が流れた時、ほとんどの生徒はまだ校内にいた。

『A〜、A〜、ATTENTION PLEASEデース。』

「何だあ?」
「まーた変態校長の思いつきか?とっとと下校しときゃ良かった。」
 嫌〜な予感にうへえという顔をする生徒たちの間をスチャラカな声は通り抜けていった。

『みなさんに緊急かつ重要なお願いがありマース。今、学校内である重大な校則違反を犯した生徒が逃亡中デース。みなさんでぜひその生徒を発見、そして捕まえてくだサーイ。その生徒の名は・・・』

 恐らく9割以上の生徒が次に上がる名前を予測しただろう。それも自信を持って。

『3年F組、早乙女乱馬デース。』


「ちょ、ちょっとそれ、どういうこと!?」
 当然のように3年F組は騒然となった。思わずあかねも叫んでいた。乱馬と校長の間でのいざこざは今に始まったことではないが、いきなりの狙い打ちは納得がいかなかった。
「先生!」
「あたしだって何も聞いてないわよ。まさか今日の遅刻で?」
「ええっ、遅刻で校内に指名手配するかあ?」
「なあ、ひょっとしてさっき耳にしてた・・・あれ?」
「はあ?・・・けどさ、校長に伝わるの早すぎないか?」
 ここにいても埒があかないと思ったあかねは教室から出ていこうとした。
「何処に行くの、あかね?」
「決まってるでしょ、校長のところよ。どうして校内で指名手配されなきゃならないわけ?横暴もいいところだわ!」
「よしなさいよ、あかね。こんなのいつものことじゃない。」
「そうよ、関ったらバカを見るだけよ。・・・乱馬くんなら大丈夫よ。誰があんな校長の手伝いなんか・・・」
 クラスメートたちがあかねを引き止めているところに、また放送が入った。

『OH、言い忘れてました。今回の捜索に非協力的な生徒にはPenaltyもありマース。妨害行為などを行った場合には出席停止もありえマース。』

「何ですってえ〜!!」
 呆れと驚きと怒りで三分されたあかね。クラスメートたちも思わず顔を見合わせる。
「ええっ!?」
「おいっ、冗談じゃねえぞ!」
「こりゃ乱馬を探し出さないと、俺らにお鉢が回るってことかよ・・・」
「ちょっとあんたたち、乱馬くんを校長に差し出すつもりなの!?」
 浮き足立って外に行こうとする生徒と、さすがに姑息なやり方に反発する生徒が睨み合う。
「ちょっとちょっと、みんな落ち着いて・・・」
 間に入るひな子の声など誰も聞こうとしない。
「真似だけだよ、大体俺らに捕まえられるわけないしさ。」
「そういう問題じゃないだろう、仮にもクラスメートなんだぞ。」
「じゃあ出席停止食らってもいいのか?」
「誰もやらなきゃいいでしょうが。全員出席停止にするわけにはいかないんだから。」
 平行線を辿る両者。次第にその視線はあかねに集まる。
「ちょっと、あかねを巻き込むのはやめなさいよ。難しい推薦控えてるんだから。」
「それは無理ってもんじゃないか?一応許婚なんだし・・・」
「だよな。俺らはともかく、校長が放っとかないと思うぞ。」
 あかねはきっと面を引き締めると前に進み出た。
「わかったわ。あたしが校長と直談判してきます。」

「それはどうかと思うな。」
 教室の片隅から響く流麗なアルトの声。一斉に皆はその方向を見る。
「そんなバカなペナルティは実現しないわよ。生徒の親が理事会に文句言い立てたら問題化するに決まってるでしょうが。」
「そ、それは・・・」
「さすが恵子さんね。」
 場の雰囲気が一気に収まる。女ながら3年F組の筆頭的存在である市瀬恵子は、あかねの前にゆっくりと歩いていった。
「今校長のところに行ったら向こうの思うツボよ。早乙女くんを釣るのに、あなた以上の餌はないからね。」
 あかねより頭半分も高い背。きりっとした生気にあふれた整った顔立ち。決してボーイッシュではないのだが、並みの男子生徒には太刀打ちできない胆力の持ち主であるため、よく女にしておくのが勿体ないなどと言われている。
「でも、このままじゃ・・・」
「この程度のことで音を上げるようなタマじゃないでしょう、早乙女くんは?ま、それは置いといてと・・・」
 恵子はぐるっと一同を見回した。
「もっと大きい問題があるわ。放送じゃぼかしてたけど、校則違反ってどう考えても早乙女くんがしてたピアスのこととしか考えられないわ。だとすれば・・・」
 鋭い光をたたえた目が教室中に注がれる。
「どうして校長はそれをこんな短時間で知ったか・・・考えてみればおかしいし、恐いことでもあるわね。そう思わない、新聞部の横田くん?」
 いきなり名指しされた男子生徒が飛び上がる。
「な、何で俺に聞くの?」
「ひな子先生が早乙女くんを吹き飛ばしてから放送が入るまでの間に、ここから出てったのは横田くんだけなのよね。」
「ま、まさか俺が校長に言ったとでも?」
「いいえ・・・校長室にまで行って帰ってきたとしたら、戻るまでにもっと時間がかかったはず。だからといってトイレでもない・・・出てった方向は反対だから。」
 ゴク、と喉が鳴る音が響く。思わず後ずさった横田という男子生徒は、後ろにいた大介にがしっとばかりに肩をつかまれた。
「よう、俺もお前が出てくとこを見てたぞ・・・確かお前、いつもカメラ持ってたよな。それに新聞部部長とつるんでたっけ。」
「じゃああの噂は本当だったのか・・・新聞部と校長が繋がってるという・・・」
「お、俺は何も知らないよう〜〜」
 情けない声を上げる横田の前に、すっとあかねが立った。
「それ、本当なの?横田くんが乱馬のピアスのことを話したの?」
 大きな瞳に見つめられて、へなへなと横田は座り込んだ。
「じ、実は・・・そうです。でも校長にじゃない、部長に話しただけです・・・信じてくださいよう〜〜」
「ま、そんなところでしょうね。」
 恵子はうなづくと一同に向き直った。
「うちの高校は曲がりなりにも生徒による自主・自律・自尊・自由の校風を守ってきてたわ。だけどこれはもう裏切り行為も同然。放っておいたらどこまでやられるか・・・
「で、市瀬、どうするつもりなんだ?」
「そうね・・・いい機会だから卒業記念に大掃除でもしておこうかしら。後輩たちのためにも。」
「まさか、校長とやり合うのか!?」
「それも面白いけど、その前にやっとかないといけないことがあるわ。」
「なあに?」
 あかねの問い掛けに、恵子は軽くウィンクしてみせた。
「校長室のすす払いよ・・・かな〜り汚れているみたいだからね。それが終わらない限り、あなたを校長のところに行かせるわけにはいかないの。」


「HAHAHA〜、これで校内中で早乙女乱馬HUNTINGが始まりマース。」
 ご満悦な校長の傍でこれまたニヤニヤ笑いを浮かべる一人の男子生徒。細い色白の顔。いかにも弁が立ちそうなタイプ。
「僕の策も捨てたものではないでしょう?」
「全くデース。ミスター鮫島がMEの特別相談役になってから、生徒たちはMEの言うことよく聞いてくれマース・・・あの早乙女乱馬を除いては。」
「それも時間の問題です・・・そういえば遅いな、そろそろ彼女がここに来てもいい頃合なのだが。」
 ちらりと時計に目を走らせると、鮫島と呼ばれた生徒・・・現在新聞部部長の三年生・・・は首をひねった。
「あら、天道さんの代わりにあたしじゃご不満かしら?」
 よく通る声に入口を見た二人はぎょっとした。
「YOUは確か3年F組のミス市瀬!?」
「覚えていてくれたとは嬉しい限りですわ。」
「勿論デース、YOUのような優秀な生徒は忘れまセーン。・・・で、何か用ですか?」
 恵子はにっこりと微笑んでみせた。
「中々今回は面白いゲームじゃありませんか・・・でもルール改正をする必要がありそうですわね。」
「ゲームとは何です、これは真面目な・・・」
「あら、あたしは真面目よ、鮫島くん。それが証拠にちゃあんと理事会の承認も取ったんだから。」
 うげっという表情が校長に浮かぶ。さすがのやりたい放題校長も高校の運営を実質左右する理事会は無視できない。
「そ、そ、それは手回しの良いことで・・・」
「当たり前じゃない、こういうことはきっちり筋を通さないとね・・・影でこそこそやるんじゃなくて。」
 痛烈な皮肉。鮫島の笑顔が引きつる。
「それで、ルール改正とは?」
「そうそう、まず出来もしないペナルティはやめましょ、理事会の却下は目に見えてるし・・・代わりに報奨制を導入、味方が欲しかったらね。あと教職員の参入もなし。完全自由参加制・・・帰りたい人は帰してあげないとね。」
「ま、まあいいでしょう。それだけですか?」
「いいえ、本題はこれからよ。」
 さっと片腕を上げると恵子はピッと鮫島を指した。
「風林館高校の伝統に乗っ取り、私、市瀬恵子は新聞部部長鮫島伴彦にフェーデを申し込むわ!・・・もうあんたみたいな姑息なコバンザメにはうんざりしてるの。さ、かき集められるだけの人脈使ってかかってきなさい。」
「待ちなサーイ、ミス市瀬・・・本当にいいのですか?フェーデとは学校全体を巻き込む決闘デース。負けたらここにいられなくなりマース。」
「勿論覚悟の上です・・・それに負けるつもりはありません、生徒の総意というものをはっきり示してさしあげます。」
「ふ、ふ・・・市瀬さん、いくらあなたでも喧嘩を売った相手が悪すぎですよ。」
「それはこっちの台詞だわ。早乙女くんに喧嘩売るなんてねえ・・・寝た子を起こすなんてもんじゃないわよ。」
「そう言えば君はかな〜り早乙女くんに入れ込んでるんだって?」
「あら、そのくらいのことは知ってるんだ。・・・じゃあこれはどう?むかーし高校一のマドンナにすっごく入れ上げてるカメラ小僧がいて、散々カメラで追い回した挙句、彼女の許婚に首根っこ捕まれて二度とやりませんって一筆書いて謝って許してもらったんだって。」
「そ、そ、それは誰のことかな。」
「今でもその一筆は残ってるそうよ。」
 どちらも一歩も引かない舌戦。
「市瀬くん、君だって叔父さんが理事をやっているから大きな顔してられるんだろう!」
「ま、それは否定しないけど、目立つからにはそれなりの責任も引き受けてこなしてきたわ。少なくても生徒の利益を損ねるようなことだけはしてないわよ。ましてあんたみたいに情報と引き換えに自分を売り込むなんて真似はね。」
「それは誹謗だ、証拠もないのに・・・」
「じゃあ上げましょうか?去年の学祭のゲリラコンサート潰し、あの黒幕は新聞部よ。他に情報の洩れどころは無いし、後で良心の呵責に耐えかねた元新聞部員が告白文を寄越したわ。」
「ふ、ふ、ふ・・・そこまで知られていては仕方ない。市瀬くん、君にはここにいてもらおう。」
 言うなり鮫島は傍らの紐を引っ張った。

バターン
 重い扉が背後で閉まる。

「やってくれるじゃない。でも今までの会話、全て表に流れてるんだけどな。ほら、マイク。」
「それがどうした・・・いきなり敵陣に一人で乗り込んできた君が甘かっただけだ。さあ、降参したまえ。今なら学校追放などという無粋なことは言わないから。」
「そんなつまらない結末じゃみんな納得しないわよ。・・・そっちが実力行使で来たんだから、こちらも相応のことをさせてもらって構いませんわね、校長。」
「もうフェーデは始まってマース。MEは口出ししないデース。」
 校長は完璧外野に収まっていた。もう当初の乱馬いびりなど頭にないらしい。
「結構ですわ。」
 恵子は重たげな扉の前に立って、叩いたり、耳をあてたりした。
「市瀬くん、何をしようというのかい?その扉は君の力ではとてもとても・・・」
「あたしの専門は音。勿論美しい音を奏でるのは好き。でもね、音ってこんなことも出来るの。」
 少し離れると恵子は懐から何かを取り出した。どっしりとしたオカリナ・・・に見えなくもない。
「これは巌鳴らしの笛、ちょっと珍しいものよ。・・・さて、お立会い。」
 恵子はすっと息を吸うと笛に吹き込んだ。
「・・・何だ、その笛鳴らないじゃないか・・・・ん?」

ビリビリビリ・・・
 空気が重たく振動する。と・・・

ガラガラドグワッシャンッ
 扉は一気に崩れ落ちた。
「じゃ、頑張って味方集めなさいね。」
 唖然とする二人を尻目に、恵子は悠々と扉の残骸を越えて歩み去った。


「フェーデとはまた恵子先輩も大胆素敵な・・・」
 図書館の片隅で、一人の眼鏡をかけた女子生徒が苦笑いを浮かべた。
「なあ、俺ここにいていいのか?お前まで騒ぎに巻き込んじまうのは・・・」
「あ、先輩出てきちゃダメです。」
 書庫から顔を出した乱馬に、女子生徒はあわてて駆け寄った。
「私は先輩に借りがありますし、それにどのみち先輩方に付きますから。」
「なあ、稲原・・・フェーデって何だ?」
「この風林館高校伝統の生徒間の決闘方法です。互いに主張の相容れない二人の生徒がそれぞれを支持する勢力を糾合して戦うわけです。スクールウォーズといったところでしょうか。」
「ちょっと待てよ・・・それなら市瀬じゃなくて俺がやらなきゃいけないことじゃないのか?」
「いいえ、早乙女先輩はこう言っては何ですが、導火線に過ぎません。これは起こるべくして起こったことです。」
「あの鮫島ってやつ、思い出したぜ・・・確か一年の時にあかねに付きまとっていたカメラ野郎だ。あんまりしつこいんで一度シメてやったっけ・・・あかねは気づいてなかったようだけどな。」
「・・・それ以来先輩方の情報を校長に売ってたわけですね。タイムリーな嫌がらせとか、思い当たりませんか?」
「山ほど。ったく、なんつー逆恨み野郎なんだ。・・・ところで稲原、そりゃ何だ?」
 パソコン画面に現れる情報に、乱馬は見入る。
「これですか?・・・これは高校のいろんな情報を網羅したデータベースです。多分これこそが先輩方の最大の味方になります。知るは力なり、ですからね。」
 カチャカチャとキーボード上をリズミカルに指が動く。
「ほら、恵子先輩からの緊急メッセージが入ってます。・・・檄文という訳ですね。でもそれは表向き・・・」
「何だあ?」
 乱馬は首を傾げる。パソコン画面にはこうあった。

『鳶は鷹に変わる』


「了解、我が部はこれより恵子先輩の指揮下に入ります。」
「うちの部は分裂必至だ・・・さて、どうするか。」
「ほほ、これは面白い・・・私どもは高見の見物をさせていただきますわ。」
「我が部は・・・向こうに義はあれど、早乙女乱馬にだけは付けん。」

「これは裏コードじゃないか・・・市瀬のやつ、本気だぜ。」
「影のクラブ、裏同好会、隠れFC・・・そこまで動かすのか!?」
「新聞部だって秘蔵ネタを盾にあちこちの部を抱き込んでるそうだしな。」
「これはマジに学校を二分する争いになるぞ・・・」
 校内に風雲と言うのも容易い、ただならぬ空気が広がっていった。


 風林館高校の影の歴史に名高い、ピアスウォーズの開幕である。



 to be continued...

 by ”いなばRANA”




来たぜ〜来たぜ〜いえいいえ〜い
というわけで、皆さんっ!プロムシリーズの続きです!!
この先の大波乱はどうなるのか?・・・RNR隊員総出動なるか?…期待しております。
(一之瀬けいこ)


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