◇プロムナード
いなばRANAさま作


「副委員長、いる?」

 秋の始め、まだ日差しは強いながらも風の中にやや爽やかさが感じられる日の放課後、風林館高校の一角を占める立派な図書館の貸し出しカウンターに、きりっとした顔立ちの背の高い女子生徒が現れた。肩線で揃ったセミショートの髪を軽くかきあげ、カウンターにいる図書委員たちに気さくに呼びかける。
「はっ、はい・・・少々お待ちを。」
 一年生らしい女の子があわてて書庫の方に走っていく。待つことしばし、一人の女子生徒がひょっこりと書庫の入口に顔を出した。
「先輩、お待ちしてました・・・中にどうぞ。」
 すぐにカウンターの隅の出入り口が開けられる。
「ありがとう」
 果断な光を瞳にきらめかせながら、風林館高校オーケストラ部部長にして元生徒会副会長、女ながら3年F組の筆頭的存在である市瀬恵子はさっとカウンター内に入ると、奥の書庫へと入って行った。

 その姿が見えなくなると、カウンター内の委員たちはすぐに集まった。
「ねえ、恵子先輩が来たってことは・・・また何かあるの?」
「まっさか〜」
「そういえばさっき副委員長のところに、新聞部と写真部が来てたよ。」
「そうそう、黎奈先輩、やたら写真集めてましたよ。」
「今度は何を始めるんだろう?」
「さあ・・・」
 そこに貸し出し希望の本を抱えた生徒がやってきて、委員たちは噂話をひとまず打ち切った。



「恵子先輩すみません、わざわざ来ていただいて。」
 意外に広い書庫の片隅。窓際には簡素なテーブルと数脚の椅子が置いてある。天窓からも光が降り注ぎ、庫内は明るい。背中にかかるくらいの髪を少々うざったそうに振り払い、副委員長と呼ばれた少女は椅子を先輩である市瀬恵子に勧めた。
「気にしないで、黎奈。ここ以外じゃ落ち着いて見れないしね・・・で、首尾はどう?」
 風林館高校では女子は先輩後輩の間でも姓ではなく名の方で呼び合うことが多い。黎奈と呼ばれたのは二年生の稲原黎奈。図書委員の副委員長をやっている。見かけは目立たない本好き少女に多い地味系だが、その目にはいたずらっぽい輝き。
「ふふ、ちょっとばかり頑張ってみました・・・新聞部に秘蔵資料出させましたから。」
 楽しげに言うと黎奈は書庫の片隅からみかん箱くらいのダンボールをよいしょ、とばかりに持ち上げてテーブルに置いた。
「へえ、やるじゃない。・・・そういや部内でお家騒動があったって聞いたけど。」
「私は別に何も・・・面白い新聞作ってくれればいいなって言っただけですよ。」
「な〜るほど・・・ま、今までつまらなすぎだったわね。面白い記事になるようなネタ貯め込んじゃ、校長に売りつけて。」
「だから代わりにうちで引き取ることにしました。」
「それは公正かつ気の利いた処置だわ。」
「いえいえ、先輩のおかげでもあります。あの時徹底的に部長一派・・・今は元、ですけど・・・をへこませたのは大きかったですよ。」
「で、これがその戦利品ってわけだ。」
 箱から取り出したどっしりしたアルバムを軽々と片手でかざすと、恵子は片目をつぶってみせた。
「じゃ、遠慮なく見させてもらおうかな。」

 アルバムの中はぎっしりと写真が貼り付けられていた。そのどれもに写り込む三人の人物。一人はショートカットの清楚で、それでいて人目を惹いてやまない美少女。もう一人はおさげ髪にチャイナ服というどんな大集団の中にいても目立つ、不敵な目をした少年。最後の一人は滅多に見ない愛くるしい顔立ちの少女。これまたおさげ髪にチャイナ服。後者二人が同一人物であることは、風林館高校では公然の秘密である。

「これはまた・・・秘蔵とはよく言ったものね。毎日あの二人の写真撮ってたんじゃない?」
 驚き半分、呆れ半分で恵子が洩らしたくらい、全ての学年、春夏秋冬に渡って綿密に撮られた写真。勿論学校行事は悉く網羅してある。
「まあ、うちの高校最大の話題でしたから・・・勿論校長の意向とやらでもあったんでしょうけど。」
 今現在は3年F組に在籍している早乙女乱馬と天道あかね。型破りな格闘少年と才色兼備のマドンナ的美少女の組み合わせはただでさえ注目を浴びるのに、その上この二人は許婚という今時珍しい間柄。二人が風林館高校に現れてから、主な話題は彼らをめぐるものがほとんど。興味を持たない者は皆無といっていいだろう。

「これだけあれば、あれは完成出来たも同然ね・・・あり過ぎてセレクトに悩むんじゃない?」
「ふふ、五寸釘先輩となびき先輩からいただいた分もあるんです。こんなものじゃないですよ。」
「なびき先輩から!?・・・はは〜ん、あの人の情報網の一端はここだったわけか。」
「あは、バレちゃいました?」
 ちょろっと舌を出す黎奈に、恵子はやれやれと肩をすくめた。
「確かにここの影のデータベースは半端じゃないからね。それと引き換えならあの先輩も頼みを聞いてくれるわけだ。」
「そんな大したもんじゃないですよ。みなさん過大評価ですって。」
「ご冗談でしょ、生徒始め教職員に至るまでの個人情報はおろか、校内のありとあらゆる勢力とその動きを網羅しきったDBなんて・・・実在してると知った時には冷や汗が流れたわ。」
 当初は図書委員たちがテスト時の参考文献の争奪に手を焼いて作り始めた、テストやレポートの傾向と対策といった情報のDB。それが成績を左右しかねないほどの情報量を備え出すにつれ、利用を望む生徒たちがその見返り情報を提供し、いつの間にか校内の全ての動向を把握するような規模にまで発展した。その危険なまでの充実ぶりにいつしか「風林館高校影のDB」とまで呼ばれるまでに至っている。その管理はごく一部の図書委員に限られている。職権濫用は厳に戒められているので、これが元で騒ぎになるようなことはなかった・・・ただ一度を除いて。
「それもここ一年で急に大きくなったというしね・・・誰かさんのおかげで。」
「そうですか?」
 アルバムをチェックしては気に入った写真に付箋を貼っていく黎奈。
「で、聞いた話ではそれもこれも・・・この二人のためだそうで。」
 ぴっと一枚の写真を恵子は取り上げると、黎奈の前にかざす。
「あ、それいいですね・・・チェック!」
 ぴとっと目の前に出された写真に付箋を貼ると、黎奈はにこっと微笑んだ。写真の中では珍しくも乱馬とあかねが機嫌よさそうに話している姿があった。

「確かにこの二人のファンは多い・・・どっちも嫌い、っていうのはいても超少数のひねくれ者だけ。でも二人とも、というのは意外に少ないものよ。大抵どちらかに入れ込んでるんだけど・・・黎奈は違うな。」
 写真ごしに、とぼけてるのか天然なのかはっきりしないボケぶりを見せて付箋貼りに精を出す後輩を恵子はじっと見据える。
「一度聞いて見たかったんだ、黎奈がなぜ彼らのためにここまでするか。」
 付箋を貼る手が止まる。
「言ってもいいですけど、ありがちすぎてがっかりしますよ。」
「結構真面目な質問だったりするんだけどな。」
「・・・すみません、誰かに話すと笑われそうで。」
「人のマジって滑稽に見えることもあるけど、調子に乗ってバカにしたら自分もバカの仲間入り・・・あたしはそう思ってる。」
 このあたり、生徒会、部活、クラスとどこでもリーダー的存在になる所以かもしれない。
「先輩にはかないませんね。聞いていただけますか・・・一度くらいは誰かに聞いていただきたいですし。」
 付箋貼りを止め、黎奈は椅子に座りなおすと記憶を確かめるように話しだした。


「あれは先輩方がまだ一年・・・私がここに入る前の話です。願書を貰いに来た帰り道、他校生に絡まれて・・・夕方川べりの人通りの少ない道で、気づいたら数人に囲まれてて逃げようがなかったんです。」
「それは災難だったわね。」
 先の展開を予想しながらも、恵子は急かすことなく耳を傾けた。
「・・・とまあここまで話せば見当つくと思いますが、その場から私を助けてくれたのが二人の先輩方だったというわけです。」



 涙でにじむ視界に鮮やかに映る赤と青。赤いチャイナ服に青い制服。さっきまでの恐怖も、地面に投げ出された時打った手足の痛みも忘れて魅入られる。あっという間に数人を颯爽と蹴散らす少年と、助け起こしてくれた優しく、そして凛々しい顔立ちの美しい少女。

『もう大丈夫よ。』
『怪我してねえか?』

 胸がいっぱいになってうなづくやら頭を下げるやらで精一杯。けれども救い主の少年と少女は限りなく優しかった。

『立てるか?』
『はい、鞄・・・まあ、風林館高校を受けるの?』
『そら物好きな・・・やめといた方がって、いってえ!』
『もう、余計なこと言わないの!』

 目の前で繰り広げられる仲良さげな喧嘩。この二人はどういう間柄だろう・・・恋人?友人?

『ほら、びっくりしてるだろうが!』
『あ、ゴメンね・・・歩ける?良かったらそこまで一緒に行きましょう。』

 隣を行く少女は安心させるかのように柔らかな笑顔をずっと向けてくれる。少年はというと・・・何とフェンスの上。危なっかしさのかけらもなく、トタトタと音を立てて歩く。

『じゃ、俺らはこっちだから。』
『気をつけて帰ってね。』

 夕空をバックに、フェンスの上と下で手を振る少年と少女。


「その時、私は見たんです・・・見間違いとか、光の加減とか、そう言われても仕方ないですが、確かに私の目には見えたんです・・・」


 深い紅の茜色の空に上げられた二本の腕。その間をすっと炎紅色の光が走る。先端と先端・・・まるで指先を結び合わせるように。

 目を瞬くとそれは消えた。けれども心の中からは消えなかった・・・



「そっか・・・それであの二人に思い入れるようになったわけだ。風林館高校に入って図書委員になって、テストやレポートのさり気ない手伝いはもとより、ちょっと危ない橋渡って二人をかばったり、無償で写真集めて卒業記念のフォトアルバム作りまでしようってまでに。・・・でもいいもの見たじゃない、黎奈。」
「笑わないんですか?」
「あながち外れてもいないから。」
「そう・・・思います?」
 すっと席を立つと、恵子は書棚に寄った。薄いスチール製のブックエンドを取り上げると、指でピンと弾いた。キィンという音が響く。
「黎奈、物理で周波数や振動について習わなかった?」
「はあ、少しばかり・・・」
「気というのは専門外だけど、音響については半端じゃない耳、というかセンスを持ってると自負してる。割と似てるんだよね、この二つって。」
「気と音がですか・・・」
「うん、どっちも波みたいなもの。あたしは気を扱えないけど、感じ取ることは出来るみたい。だからわかるわけ・・・」
 もう一度薄いスチール板を弾く。金属的な響き。
「周波数が同じ音が近づくとどうなるか知ってる?」
「確か・・・共鳴現象起こすんでしたっけ?」
「そう」
「ということは・・・まさか?」
「あの二人が近づくと聞こえない音が共鳴し始める。カンベンしてくれってくらいにね。」
 ブックエンドを棚に戻すと、恵子はアルバムをめくった。
「ま、喧嘩してると不協和音になってたりするけど。でもお互いヤキモチ焼いてたりすると、これまた見事に共鳴してるんだ。」
 ぷい、と二人で背を向け合ってる写真を指して恵子は笑った。

「あの、先輩・・・」
「ん?」
「それがわかってて何故?」
「彼に入れ込むかって?・・・ふふ、何か勘違いしてない、黎奈?あたしは右京たちとは違う。第一フリーじゃないし。」
「ええっ!?そうだったんですか・・・」
「さしもの影のDBにもこれはなかったでしょ。あたしは編入生だった、一年の秋からの・・・本当は留学して音楽の勉強をするはずだった。」
 指を組むとちょっと遠くを見て、恵子は続けた。
「考えてみれば贅沢な話よね、留学なんて・・・でもそのために、あたしは必死で努力してた。技術磨いて認めてもらって向こうの学校の入学許可取り付けて・・・勿論費用は親持ちだったけど。ところが向こうに渡って入学手続きをしている途中でいきなり呼び戻された。」
「どうしてですか?ご両親の了解はあったんですよね?」
「誰かがつまらないことを本家の祖父に吹き込んだらしいの・・・で、あえなく頓挫。祖父はカチコチの石頭で、もうどうしようもなかった。悪い人じゃなかったけどね、多分あたしに日本にいて欲しかったんだろうな・・・」
「それは・・・お気の毒です。」
「でもその当時は・・・留学が帳消しになってここに編入してきた頃はそれはもう、何もやる気がしなかった。ここだって叔父が理事なのが選ばれた理由だし、希望でも何でもなかった。投げやりな気分で、でも音楽からは離れられずここのオーケストラ部に入った。ちょうど定期演奏会前で、他の部員はみんな追い込み練習中。あたしはその中には入ろうとせず・・・入ろうと思ったら入れたけど・・・ただ好き勝手に練習してた。その時はヴァイオリン弾いてたんだ。この辺りの事情はDBに載ってるんじゃない?」
「いいえ・・・先輩に関する記録は二年以降がほとんどです。」
「かもね。一年の時ってあたしは目立たなかったから。だけど転機ってあるものね。あたしにそれをもたらしてくれたのが・・・彼だった。」
 一枚の写真・・・大きな黒いケースの前でどうだとばかりに得意げに立っている乱馬。
「あの頃、オーケストラ部ではおかしな事件が起きていた。チェロ、コントラバス、チューバといった大きな楽器のケースが軒並み紛失していて、問題になっていたの。」
「それ、聞いたことあります。」
「演奏会前でほとほと困り果てた当時のオーケストラ部執行部は助っ人を頼んだ。それがあの二人だった・・・」



『市瀬さん、体験入部したいって一年生がいるの。まるっきりの初心者なんだけど、お願いしていいかしら?』

 同じパートの先輩の後ろに立つ可愛らしい女子生徒。いかにもきゃぴっとした印象だが、そんなことはどうでも良かった。

『わかりました・・・予備のヴァイオリンで教えてみます。』
『あと、楽器ケースだけど・・・そこにまとめて置いてあるから、目を離さないでね。見張り番までさせて悪いけど。』
『いえ、降り番は私だけですから。』
『ねえ、一曲くらい出てみない?市瀬さん半端じゃなく上手だし、どう?』
『もう定演まで日が無いですから、いいです。』
『そう、残念ね・・・じゃ佐藤さん、市瀬さんから教わってね。』
『は〜い、よろしくね、あたし佐藤ラン、サトランって呼んでね、きゃ』

 気乗りのしない頼まれごとでも手を抜けない性格もあって、早速予備の楽器で自称サトランに教え出す。とはいえ、譜面もロクに読めず楽器も反対に構えるど素人ぶりに驚くやら呆れるやら・・・

『きゃは、やっぱあたしって才能ないみたい・・・そう思うでしょ?』
『・・・まあ、はっきり言っちゃえばそうね。』
『へー、結構ストレートに物言うんだ・・・あんまりしゃべらないと思ってたけど。』
『しゃべらないって・・・佐藤さん、あなた何組だっけ?ここ来ていくらも経ってないあたしを知ってるなんて。』
『え、あ、その・・・聞いたの、F組の友だちから。』

 あははとわざとらしく大笑いしながら、サトランは練習などもうどこへやら、あれこれ学校のことを面白おかしく話し出す。本当はこういうタイプは苦手だったのに、なぜか噂好きな女の子にありがちな嫌ったらしさはなくて、いつの間にかその話に笑っていた。

『ねえねえ、恵子ってずっとヴァイオリンやってたの?すっげーうまい・・・すごく上手じゃない。』

 妙に男言葉が混ざる変な話し方。自分のことは言いたくなかった・・・はずだけど、いつの間にか話していた。留学のこと、それが挫折したこと・・・

 サトランは大きな目をくるめかせながら、『そっかあ』『そいつぁあったまくんなー』とかべらんめえ口調で相槌を打つ。

『わかるぜ、おめーの焦り・・・音楽はからっきしだけどさ、こういうの、熱いうちにガンガン叩かなきゃ置いてかれちまうもんな。俺だって早く呪・・・あ、いやあたしも今すぐにでも行ってやりたいことがあるから。』
『ふーん・・・なら、ここでこんなことしてていいの?』
『俺だって今までどんだけ・・・うぐ、と、ともかく諦めたわけじゃねーし、絶対にやってやるぜ!・・・おめーもそうだろ、諦めてなんかいねーだろ?諦めなきゃいつか絶対にチャンスは来るんだ!』

 お気楽そうなきゃぴきゃぴ娘は、いつしか目的に向かって闘志を燃え立たせる物騒なくらいの雰囲気をまとっていた。けれどもその落差にも増して、半ば叫んでいたその言葉が心の中で反響して消えなかった。

『うぉっと、もう薄暗いじゃん。・・・電気点けてくらあ。』

 そう言って座ってた机からひょいと降りたサトランの目がきらっと光る。

『へへ、来やがったか・・・よう、何か弾いてくんねえか?』
『え?』
『頼むぜ・・・出来ればのんびりした曲がいい。』
『わかった』

 よくわからないながらも、ただならぬものを感じて楽器を持つ。ちゃんとした曲を弾く気はしなくて、お気に入りの旋律を即興でアレンジして奏でだす。

 まるで演奏に聞き入るように、サトランは机に頬杖をつく。窓に背を向けて・・・その下に置いてある楽器ケース。程なく窓に気配がさす。どこからともなく妖気のようなものが漂い出し、指がすくむが構わず弾き続ける。サトランの目がすっと細まる。

『そこだあっ!』

 鋭い叫びと共に、畳んで置いてあった譜面立てが唸りを上げて飛ぶ。サトランがとんでもない速さで投げたのだ。それがいきなり空中で止まる。・・・違う、誰かがつかんだのだ。

『やっぱてめえだったか・・・ジジイ。』

 窓を背にして机に仁王立ちになる小さな影。ただ者じゃないことはわかった。弾くのを止めたのに、楽器に張られた弦がぴりぴりと唸りを上げている。

『よくぞ見破った・・・じゃが貴様ごときにつかまるわしではないっ』

 言うが早いか窓から飛び出す影。すぐにサトランが続く。

 あわてて窓に駆け寄る。そこで見たものは・・・


『乱馬、お湯よ!』
『おうっ』

 学校で知らぬ者のない美少女・・・天道あかねがヤカンを投げる。それをサトランは空中でキャッチした。

『いよっと!』

 夕空に舞う女子用の制服と飛び散るお湯。そして地面に降り立った時、サトランはもうサトランではなかった。

『まさか・・・』

 かつがれてるとばかり思っていた噂が、目の前で鮮やかな現実となる。真赤なチャイナ服を着た少年は、懐から何か白っぽいものを取り出すと空に投げた。

『おー、すいーと♪』

 小さな老人が飛びつく。それを待ち構えていた二人が地面に叩きつけ、ぐるぐる巻きに縛り上げた。

『カンベンしてくれんかの〜、わしはただコレクションを持ち運ぶ入れ物が欲しかっただけなのじゃ〜』
『てめえ、盗んだ下着入れにしてたのか!?』
『あっきれた・・・で、盗んだ楽器ケースはどこに隠してるの?返さないと・・・』
『わかった、教えるから許して、あかねちゅわん♪』

 唖然としてると、少年・・・同じクラスの早乙女乱馬が近づいてきた。

『ご協力感謝するぜ、これで一件落着だ。』
『え、ええ・・・あの、早乙女くん、だったの?』

 まだ半信半疑な問い掛けに、照れくさそうな表情が応える。

『ま、そういうわけだ。・・・おめーさ、いい度胸してるぜ。あのジジイの邪気にあてられてもちゃんと弾いてたんだから。』
『そ、そう?』
『だからさ、諦めねーで修行続けろよ。俺、あの通り音楽はからっきしだけど、いい音してたぜ・・・止めたら勿体ねー。』

 じゃあな、と軽く手を上げて去る後姿をただ見送る。ふとその手に楽器を持ったままなことに気づく。


 いい音してたぜ

 もう一度楽器を構える。自然と手が動く。弾きたい・・・久々にあふれる気持ちそのままに弓が弦の上を滑る。



「先輩たちが戻ってきた時、あたしは定演に出してくれって頼み込んだ。驚かれたけど、気持ち良くOKしてくれた。向こうも扱いかねてたんだろうね、あたしを。ともかくその日から高校に通うのが嫌じゃなくなった。それどころか面白くなった。楽器をヴィオラに持ち替えてもう一度修行しなおすつもりで、夢中になって弾いた・・・いつもどっかで聞いてるような気がしてね・・・彼、早乙女乱馬が。」
「そんなことがあったんですか・・・」
「こちらから聞くまでも無く、山ほど彼のことは耳に入って来た。許婚がいることも、どうやら相思相愛らしい、ということもね。でもあたしは彼から目が離せなかった。勿論横恋慕する気なんかなかった。他にちゃんと好きな人がいたし。」
「えっと、わかるようなわからないような・・・」
 首をひねる黎奈に、恵子は微笑みかけた。
「ありきたりな言い方だと、彼はあたしの元気とやる気の元ってこと。だから騒ぎばかり起こしても、いつも元気溌剌でいて欲しかった。」
「それで影ながら応援をしてらしたんですね。」
「影ながらって、黎奈ねえ・・・あたしはただ厄介ごとの芽を幾つか摘んだだけよ。」
「でも早乙女先輩のFCを表でも裏でも統括したじゃありませんか。」
「まあね・・・放っとくと過激なストーカー活動とか、それに対抗して親衛隊化するとか、ロクなことにならないと思ったから。自分がもてるってわかってる割には無頓着もいいとこだったしね、困ったことに。」
「そのへんの情報はしっかりありますよ・・・度を越した追っかけは認めなかったけど、一対一の告白は禁止しなかったとか。」
「だって人を好きになるのは自由でしょう。後は当人同士の問題。」
「それで許婚論争を止めたんですね。」
「そ・・・誰が彼の許婚にふさわしいか、なんて論じるだけナンセンス。要はどちらに肩入れしたいかという贔屓の引き倒しに過ぎないし、当人たちには余計なお世話以外の何者でもない・・・決めるのは誰でもない、彼自身なのに。確かにはっきりしないから、山ほど厄介ごとを背負い込んじゃうんだけど。」
「先輩からそう言えば早乙女先輩だって考えたんじゃないですか?」
「それこそ余計なお世話ってものよ。ま、いざって時にはちゃあんと大事な人を守ってたしね。それは黎奈だったわかってるでしょ。目の当たりにしたんだから。」
「この前のですか?・・・私は途中退場しちゃいましたし、よくわからない結末でしたから。」
「結局何があったか知ってるのはあの二人だけじゃないかな・・・あ、こーんな写真があったんだ。あの騒ぎの中でよく撮ったものね、お宝映像じゃない。」

 恵子が指した一枚の写真。真剣な表情で何かを見上げている乱馬。その耳には薔薇色の輝き。写真の下にはこう書かれてあった。

『高3、夏 風林館高校ピアスウォーズ』



 back to the summertime nightmare...


作者さまより

 タイトルはシリーズ名のもじりではありません(^^; 「ラ・ヴァルス」よろしくある名曲から取ってます(笑)

 オリキャラが語る「乱あと私」(?)・・・あれだけ大きな台風の目がいたら、校内は二人をめぐっていつも暴風警報。
 ちなみに市瀬恵子さんの絵的イメージはちょっと背の高めな辻本巡査♪(逮捕しちゃうぞの☆)もう片方のキャラは・・・ちょい髪の短い二階堂巡査かな(ぉ)

 ここに出た二人は乱あ二人のサイドに立ってますが、そうじゃない向きもあるはず。乱良の最初の対決でしょうもない化学部の面々が出ましたが、もっともっといろんな勢力がいるでしょう・・・で、これから彼らに大暴れしてもらおうかと♪

 肝心の乱あは・・・忘れないようにしないと(ぉぃっ) 


 お待たせしましたっ!!「プロム・シリーズ」再開です!!いいのっかなあ・・・こんな作品いただいちゃって♪

 私、ヴァイオリンも持っていまして、ちまっとだけなら弾けます・・・。が、この市瀬さんは私とはかけ離れてます。
 私を想像するには「めぞん一刻」の「一の瀬花枝さん」を思い浮かべていただくと一番よろしいかと。何せ、似ているということでラムクラさんからいただいたハンドル ネームの姓が「一之瀬」というくらいですから。
 背が低くてずんぐりむっくりしててだみ声で(まんまやんか・・・一の瀬さん!)
 雪だるまとか信楽タヌキとか好き勝手に呼ばれてます・・・旦那に(誰や?笑ろてんのは・・・)

 「プロムナード」。そう、ムソルグスキー作曲のピアノ連弾曲「展覧会の絵」の一曲目が浮かびますね。後にフランスの作曲家、ラヴェルがオーケストラ用に編曲して有名になりました。ラヴェルは「オーケストレーションの職人」と絶賛されております。皆さんが良く耳にされるのはラヴェル編曲のトランペットの旋律が印象的なプロムナードでしょう。
 ラヴェルはまた、RANAさんの作品名となった「ラ・ヴァルス」の作曲家でもあります。是非、一度原曲をどうぞっ!!
 さて、どう発展してゆくのか・・・次回作を待ってください♪

 RANAさんへ
某所で言ってた「ダッタン人の踊り」ですが、やはり、ハチャトゥリャンのバレエ組曲「ガイ−ヌ(ガヤネー)」の一曲ではありません。歌劇「イーゴリ公」の中の一曲でした。リムスキー=コルサコフ作曲と申し上げたのですが、私の記憶の混乱で、作曲者はボロディンです。尚、この歌劇、未完でして、後にリムスキー=コルサコフとグラズノフが完成させての初演となりました。(その辺で私の記憶が混乱していた模様です・・・)。組曲「ガイ−ヌ」の中にある有名な曲は「剣の舞」です、思い出したのでついでに(笑
 「ダッタン人の踊り」。ネーミングとはかけ離れた(?)美しい旋律を持つオーケストラ曲です。アレンジされてCMなどにも良く使われているようなので、どこかで耳にしたことがあるスタンダードクラッシック曲でしょう。あの有名な旋律がヴィオラにあるというのがとっても嬉しい。(目立たないヴィオラ奏者は旋律が弾けるだけで悦ぶ・・・。)
(一之瀬けいこ)

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