◆サマータイム・ラプソディ
いなばRANAさま作


 照りつける日差しの中、良牙はとある川べりにたたずんでいた。
「やっと梅雨も明けたな。それにしてもここはど・・・」
「よっ、良牙!」
 目の前のフェンスにちゃっかり乗っている乱馬。どうやら今何処にいるか悩む必要はなさそうである。

「お前、どこから湧いて出た!」
「おっと」
 良牙のあいさつがわりの一撃を乱馬はひょいとかわす。
「良牙、今日は遊んでる暇はねーんだ。でもお前に会って良かったぜ。これ、預かっててもらえねーか?」
 そう言うなり、乱馬は細長い小箱を差し出した。
「何だ、こりゃ・・・それよりも、何で俺がお前の頼みごとを聞かなきゃならんのだ!」
「お前だってこれには関わりあんだけどな・・・」
「?・・・その箱には何が入ってんだ?」
 それの対する乱馬の答えに、良牙は顔色を変えた。


「・・・っつーわけだ。良牙、いいか、絶対にそれを取られるんじゃねーぞ!」
「わかった。俺の命に代えても守り抜いてみせる!」
 乱馬から受け取った箱を良牙は懐に入れる。
「何ならしばらく旅に出ていてくれ。・・・お、いけねえ、来やがったか!じゃあな!」
 横丁に飛び込む乱馬。踵を返した良牙の前にちんまりとした人影。しかしそれが放つ気は、この世のものとは思えないような邪なものだった。
「は、八宝斎・・・」
「何じゃ、お前・・・確か良牙とか言ったな。乱馬のやつを見たじゃろう、どこに行きおった?」
「今さっきえらくあわてて通り過ぎていったぜ・・・ま、俺には関わりないことだが。」
「そうか」
 あっさりそう言うと、八宝斎は良牙が適当に指した方へとひょいひょい跳ねるように駆けて行った。
「成る程、俺はノーマークらしいな・・・さて、来たばかりだがまた北海道にでも行くか。」
 懐に手をやって良牙は遠くを目指して旅に出た・・・つもりだった。



「今日はここで休むか・・・明日は北海道の地を踏めるぞ。」
 夕方近く、散々歩いた良牙は手頃な空き地にテントを張ろうと足を止めた。
「お、おめー、まだくぉんなところにいやがって〜!!」
 聞き慣れた声に振り返ると、そこには全身に激闘の名残を留めた乱馬が立っていた。
「ら、乱馬・・・お前も北海道を目指しているのか?」
「なーにあほうなこと言ってんでぃ、ここわ東京だっ!」
「東京だとぉ〜!!」
 がっくりする二人。
「ま、まあいい・・・それよりあれは無事だろうな?」
「勿論だ」
 乱馬の問いに、懐から箱を覗かせた良牙。
「そっか・・・ならもう少しだけ持っててくれ。あのジジイの秘薬、残るはあと一個。それさえ処分したらもう安全だ。」
「任せておけ。・・・でもちょっと意外だったな、乱馬。」
「何が」
「お前が後生大事にこれを持っていたことさ。やっぱりお前・・・」
「う、うるせえっ、俺はただ・・・」
「気が咎めてんだろ、今でも・・・俺もそうさ。」

 鋭い一閃と共に、宙を舞う黒髪。地面に落ちてさえ、美しい光沢を失わず、束ねているリボンから流れるように広がっている・・・

「自分でもよくわかんねーけど、拾っちまって捨てらんなくなって・・・今さらあいつには返せねーしな。」
「俺も忘れられないんだ、あの時のあかねさんの顔・・・あれ以来、俺はあの技を使ってない、というかとても使えない。」
 二人はしばし互いの心を惹いて止まぬ少女に思いを馳せる。
「でも取っといて失敗だったぜ、まさかジジイに悪用されそうになるとは。」
「うだうだ言っても始まらん。ともかく俺たちで守り抜くしかなかろう。」
「お、おう・・・ともかく良牙、お前は一旦ここから離れろ。北海道でなくてもいーから。」
「そうしよう。お前も頑張れよ、じゃあな。」
 乱馬と別れ、良牙は再び旅支度を始めた。と、その手が止まる。
「む・・・!!」
「げへへへっ」
 振り返った良牙の目に、邪悪パワー全開の八宝斎が映った。


「わしの目をうまく誤魔化したつもりだろうが、そうはいかん。さあ、あかねちゃんの髪、渡してもらおうか〜」
「断る!何かは知らぬが、邪な企みに使うつもりだろう。」
「わしはただあかねちゃんとちょっとだけ仲良くなりたいだけじゃ。短い老い先、そのくらいの楽しみがあってもよかろう。」
「よくも抜け抜けと・・・話は聞いてるんだ、おかしな薬であかねさんをどうこうしようなど、絶対に許せん!」
「せっかく手に入れた恋慕丹、使わでおくものか〜!あと必要なものは相手の一尺以上の髪の毛のみ。嫌でも渡してもらうぞっ、八宝大華輪!!」
「うわわわ〜っ」
ドカーンッ
 もうもうを立ち込める煙。それが薄らいだ時、良牙の姿はどこにも無かった。
「うぉのれぇ!逃げおったか〜」
 地面には爆砕点穴で開けたと思しき大穴。八宝斎は地団駄を踏む。


「はあっ、はあっ、はああ〜」
 八宝斎から逃れるため、猛烈な勢いで穴を掘り進んだ良牙。地上に出るとそこは川にかかる橋の手前。もう少し掘り進んでいようものなら、川に落ちていたかもしれない。それは最悪の事態を意味する。
「良牙、無事か!?」
「乱馬か?俺はこの通りだ。だがこれで俺もマークされてしまったな。」
「くっそう、ジジイのやつ、何てしつこいんだ!」
 疲労の色が濃い二人を夕日がじりじりと照らし出す。
「なあ乱馬、これはお前に返す。・・というよりお前が持って守るべきだ。違うか?」
「良牙、おめー・・・」
「あの頃の俺だったら、お前を押しのけてでもこれを持ち続けただろうさ。でも、今の俺にはその資格は無い、他に守りたいものが出来てしまった俺には・・・」
 目を伏せてぐっと拳を握り締める良牙。やにわにきっと顔を上げ、乱馬に箱を突きつける。
「何も言わずに受け取れ、乱馬!貴様の本気、見せてみろ!・・・くだらん照れ隠しなんぞしやがったらぶっ殺すぞ!!」
「へっ、言ってくれるじゃねーか!言われるまでもねえ、俺の本マジってやつを見せてやるぜ!」
 良牙の手から箱を掴み取ると、乱馬は橋を渡った向こう側をぎりっと睨みつけた。

 逢う魔が時・・・まさにその言葉通りの邪悪な影が夕日に揺らめき立っていた。


「お遊びは終わりだ、乱馬。素直に渡せば良し、そうでなければ・・・」
 巨大な邪気が立ち昇る。が、乱馬は一歩も引こうとしない。触れただけで焼き尽くされそうな闘気がその全身から湧き立つ。
「ジジイ、これ以上あかねに手を出したら・・・俺はてめーを絶対に許さねえ!」
「ひよっこが!・・・喰らえ、八宝大華輪!!」
「いつも同じ手を喰らうかよ!」
 投げつけられた火薬玉を悉く気弾で打ち落とす乱馬。下は川。一発も炸裂することなく八宝大華輪は川面に消えていく。
「うぉのれ、小癪な真似を!」
「てめーにあかねをやってたまるかっ!」
 二つの闘気がぶつかり合う。その様子を見詰める鋭い目。良牙は静かに来るべき時を待っていた。


「どーした、ジジイ、老いぼれてもーろくしたかあ?」
「何じゃとおっ」
 邪悪たっぷりの闘気が吹き上がる。規模ではかなわないが、乱馬は己の闘気を鋭く収縮させ、八宝斎の巨大な闘気を巧みに切り裂く。
「いー加減引退したらどーだ!」
「ぐぬう〜〜!!」
 八宝斎の攻撃をかわしながら挑発を続ける乱馬。
「師匠に対するその態度、むぉうくわんべんなら〜ん〜」
 それまでとはスケールの違う強大な邪気が辺りを覆い尽くす。構えた乱馬の目がすっと細まる。
「くぅ〜らあ〜え〜い!」
「今だぁっ!」
 乱馬は瞬時にそれまで放っていた闘気を収める。
「飛竜昇天破ー!!!」
 巨大な竜巻が戦いの全てを飲み込んだ。


「ぐぇへへへへ〜、笑止!お前がその技を使うことなど、百も承知よ!」
 竜巻の中心の安全地帯で呵呵大笑する八宝斎。
「返し技をかけられた以上、お前には最早打つ手は無い。これで終いにしてくれるわ〜」
 どこからか取り出したか、山ほどの大きさの火薬玉。
「あかねちゃんはわしが幸せにしてやる。安心して成仏せい、乱馬・・・乱馬?」
「何処を探してんだ、ジジイ!」
 頭上からの声に唖然とする八宝斎。
「ら、乱馬、お前まさか・・・」
「返されることは最初から承知でいっ!」
 冷気を放たず、上昇気流に乗って竜巻の頂上に飛んだ乱馬。完全に裏をかかれた八宝斎はそれでも諦めなかった。
「ならば竜巻ごと吹き飛ばすまでよ!」
「そういくかな?」
 背後からの静かな声。恐る恐る振り返る八宝斎。
「りょ、良牙・・・くん?」
「乱馬、構わないから一発かませ!こいつは俺が抑える!わかったな!」
「お、おう・・・行くぜっ!」

「獅子咆哮弾!!」
「飛竜降臨弾!!」

 小型台風スケールの破壊力が炸裂した。


「終わったな。」
「ああ」
 川べりの空き地に出来たばかりのクレーター。その中心に踏み潰された蛙よろしくへばりついている八宝斎。
「おっと。ジジイから最後の秘薬を取り上げておかねーと。」
 クレーターの底に飛び降りると、乱馬は足で八宝斎を引っくり返した。
「さてと、どこに隠し持ってんだ?・・・・・・ん?」
「にゃ〜」
 八宝斎の懐から顔を覗かすほこほこした物体。
「ね゛・・・ね゛ご〜〜!!!」
 ずざざざっと下がる乱馬。苦手な猫の出現に狼狽しきっている。地面に大の字になっている八宝斎の目がかっと開く。
「もらったあっ!」
「!!」
 チャイナ服の懐に持っていた箱が掠め取られる。
「何やってんだ、乱馬!早く上って来い!」
 叫びざま良牙は八宝斎の後を追った。


「げへへへへ」
 橋の欄干に仁王立ちになる八宝斎。
「そいつを返せっ!!」
 良牙が怒号と共に投げたバンダナカッターをひょいっとかわしながら、八宝斎は小瓶を取り出した。中身は間違いなく恋慕丹とかいう怪しげな秘薬だろう。
「良牙!」
「遅いぞ、乱馬!」
 駆けつけた乱馬を待っていたかのように、八宝斎は箱と小瓶を掲げてみせた。最初から己の勝利を見せつけるつもりで安全地帯まで逃げなかったのだろう。
「これであかねちゃんはわしのもんじゃあああー!!」
 小瓶の栓と箱の蓋が宙を舞う。
「やめろおおおー!!」
 良牙の悲痛な叫び。その時・・・

ボンッ
 箱から白煙が立ち昇った。
「な、何じゃ・・・あ〜〜っ!」
パンパンパパンパンッ
 盛大な爆竹の音と共に箱の中身が飛び出し、風に吹き散らされながら川へと落ちていった。
「あかねちゃんの髪が〜〜!何ということを〜」
 欄干の上から手を伸ばしてじたばたしているうちに、八宝斎も川に落っこちた。
「あ〜〜髪が〜〜あ〜〜秘薬が〜〜」
 川の真中で呆然と立ち尽くす八宝斎。当分立ち直れないだろう。


「乱馬、あれはどーゆーことだ。」
「ま、念には念をってな。」
「俺があの箱を開けるとは思わなかったのか!?」
「ああ・・・お前ならな。」
「ったく、足下見やがって。あのジジイの弟子だけのことはあるな。」
「それを言うんじゃねー!」
 口ぶりとは別に、川べりの道を歩く二人の足取りは軽い。大きな仕事をやり遂げた後の達成感に満ちた顔。
「・・・あれで良かったのか、乱馬。」
「何が」
「あかねさんの髪、あんな形で処分してしまって・・・」
「ああ、あれは偽物さ。」
「そうか・・・・・・な、何ぃ〜〜!」
 あっさりと言ってのける乱馬に思わずつかみ掛かる良牙。
「じゃ、じゃあ最初から俺に囮を・・・!」
「んなこと言ったって、おめーに会ったのは偶然だし、それに・・・」
 良牙の手を振り払うと、乱馬はすっとフェンスの上に飛び乗った。
「おめーの言う通り、俺が持って守るべきものだからな。」
「・・・はっ」

 夕日で顔色誤魔化しやがって・・・それ、あかねさんの前で言ってみろよ


「なあ・・・」
「あん?」
「じゃあ本物のあかねさんの髪はどこに・・・お前が持っているのか?」
「まあな。・・・木は林に隠せっていうだろ。」
 そう言うと、乱馬は自分のおさげ髪に手をやった。
「その中に編み込んでいたのか!お前にしては・・・上出来だ。」
「褒められた気がしねーな。」
「誰も褒めていない。」
 フェンスの上と下で睨み合うことしばし。やがてどちらともなくにっと笑う。
「さあて戻るか・・・おめーも一緒に来るだろう?」
「いや、俺は・・・」良牙は首を振った。「今日は止めとく。」
「何だよ、我慢なんておめーらしくねえ。」
「あかねさんに会ったら今日のこと、話してしまいそうだしな・・・何から何まで全部。いーのか?」
「・・・」
「それに今は他に行きたいところがあるんだ。そーだ、今日は貸しがあったな。そこまで案内してくれないか?」
「そこまでって、まさか北海道に行きたい、なんていうんじゃねーだろうな?」
「馬鹿言うな、せっかくここまで来たのに・・・俺にだって守りたいものはあるんだからな。」
 後の方はかなりのボリュームダウン。夕日に勝るとも劣らぬ顔色の良牙。
「・・・豚相撲部屋か。構わねーよ、行こうか。」
「すぐにか?悪いな。」
「おめーのためじゃねえ。あかりちゃんのためだ。」
「・・・」


「おい、乱馬。」
 少し前を行く乱馬に良牙は呼びかけた。
「どーした、豚相撲部屋はこっちだ、はぐれんなよ。」
「・・・それ、いつかあかねさんに返すんだろ、いや、返せよ。じゃないと・・・」
「もう気にするな、良牙・・・お前には終わった話だ。今日で借りを返したと思えばいい。」
「そうじゃない。」
「あんだよ。」
「俺やお前の気持ちなんか・・・あかねさんのためだ。」

 ね、Pちゃん、あたし前は髪長かったの・・・それで切っちゃったというか切られちゃった時、あたしの初恋も終わっちゃったんだ。
 でもね、思うの・・・それからもっと素敵なことが始まったって。だから今は切っちゃって良かったかなって思ってるんだ。
 切られちゃった髪、どうなったのかな?やっぱり捨てられちゃったとか。まあ、あってもしょうがないんだけどね・・・

 膝の上の子豚に、そっと教える秘密の話。それを語る少女の顔に悲しみや苦しみのくもりは無かった。

「大事にしろよ、ちゃんと返す時までな。」
「よけーなお世話だ!」
 素っ気無い口を叩きながら、手は無意識におさげに触れる。その様子を良牙は見逃さない。
「いっそのこと、編み込んだままにしておいたらどうだ?」
「なっ・・・バカ言ってんじゃねえ!」
「おっ、カツ錦の張り手街道だ。これを伝っていけば豚相撲部屋に着く。じゃあな、乱馬。」
 塀や電柱に綿々と連なるカツ錦の蹄の跡をたどりながら良牙は歩き去った。
「あの様子なら、そのうちあかりちゃんちかカツ錦に行き当たるだろーな。」
 乱馬は踵を返す。
「良牙のやつ、よけーなこと言いやがって。」
 おかげでおさげの辺りがこそばゆくて仕方が無い。
「おめーになんぞ、言われるまでもねえ・・・」

 これはあかねの初恋の終焉。そしてあかねへの自分の初恋の始まり。それはまたあかねのとっても何かの始まりだったかもしれない。

 いつか、ちゃんと返すさ。今はまだ出来ないけれど。でも・・・

 肩に揺れるおさげ髪に乱馬はそっと囁く。

「待っててくれるよな・・・いつまでも待たせはしないから。」



 end of the story

 written by "いなばRANA"




作者さまより

拙筆者あとがき

 かなり前に書いた「ビー玉」の続編(?)です。このシリーズ始まって以来の非突発作品(ぉ)だったりします。この続きは無い、というか難しいです。作中の乱馬くんとあかねちゃんにはまだまだ時間が必要でしょう。そういえば確かプロットお持ちだったはず>○○○さま(謎)あとはお任せということで(ぉぃぉぃ)
 ともかく良牙くんとハッピーのおじーちゃんが書けて楽しかったです(笑)


いつもながら読ませてくれますね・・・あかねちゃんが登場しないのに、しっかり乱馬×あかねだし・・・
 乱馬くん・・・あかねちゃんの想いの詰まった髪を自分の髪に編みこむなんて・・・大胆素敵です!!

 RANAさんの描く乱馬くんって、優しいんですよねえ・・・物語は書く人に投影されるそうですので、RANAさんも優しいお母さんなんでしょうね。
 瞳が澄んでいて、どこまでもあかねへの想いが真っ直ぐな彼が目に浮かびます・・・
(一之瀬けいこ)


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