◇5月の3日間   the second Day  Part4
いなばRANAさま作


「あ、あかね・・・あかねーっっ!!」

 ぴくりともしないで倒れているあかねの姿に、らんまは心臓が凍るような恐怖を覚えた。そのまま飛びつくように駆け寄る。

「あかね・・・しっかりしろ、おいっ、目を開けてくれっ!」
「あかん、乱ちゃん!頭打ってたらマズいで!そっとや、そっと。」
 たまらず抱き起こそうとするらんまに、右京はあわててストップをかけた。
「いったい何があったんだ!?相打ちか?・・・大介、お前見てたんだろう、あかねたちはどうしたんだ!?」
「こら、大介!しゃんとせんかい!」
「・・・あ、ああ、うっちゃん・・・で、でも俺にもわけが・・・」
 まだ呆然としている大介。右京は大介をしゃんと座らせると、両肩をどんと叩いた。
「しっかりせいや、あんたも男やろが!・・・ええから見たまんま、話してみいや。」
「う、わかった・・・俺が見たのはあかねがシャンプーのボディに一発入れて、それから・・・いきなり倒れてしまったんだ、二人とも。」
「何だと?・・・シャンプーはともかく、なんであかねまで?」
「だから俺にも何が何だか・・・」
「ともかくそれじゃわからへん・・・やはりあいつに聞かなあかんようやな。」
 右京の視線の先にはシャンプーの傍に立ち尽くすムースの姿があった。

「大介、もうええから救急車呼んで来な。」
「あ、ああ・・・い、いやマズい、あかねは推薦控えてんだ。ここで事件になったら・・・」
「そんなこと言うとる場合か!」
「だ、だけど・・・」
「・・・無駄だ。」
 らんまはきっと面を引き締める。その腕にはそっと抱き起こしたあかね、
「今・・・何と言った、ムース。」
「無駄だと言った・・・普通の病院に運び込んだところで、何も出来ないだ。」
「どういうことや、ムース・・・見ればシャンプーだってこの通りや、ぼやぼやしとらんと何とかせんかいっ!」
 詰め寄る右京にムースは静かに応じた。
「ならば確かこの近くに小乃東風とかいう医者がいるそうだな。」
「東風先生か・・俺が行ってくる。」
 やっと鎖を外した大介が立ち上がる。
「頼むで、大介。大急ぎや!」

「ムース、どうやらお前は全てわかっとるらしいな。・・・これは一体どういうことや。」
「お前がそれを聞いてどうする、右京。」
「うちはともかく、乱ちゃんには話す義理があるはずや。何や、乱ちゃんが居ぬ間にこないなこと起こしおってからに!」
「気に入らんか?だが、それもこれも全てそこにいる男女のせいだ。」
「何だと!?」
 らんまの目に怒りが閃く。
「良かろう、全てを聞かせてやろうではないか、早乙女乱馬。だが先に言っておくぞ。おらの話を聞いたら、お前は必ず後悔するだ。」
「訳のわからんことを・・・とっとと話しやがれ!」

 紙のように白いシャンプーの顔に痛ましげに目をやると、ムースは静かに事の次第を語り始めた。それを聞くらんまと右京の顔から、だんだんと血の気が引いていく。殊にらんまは腕に抱きかかえているあかねと大差ないほど蒼白になっていた。


 日が急速に傾く。その放つ暖色系の光はしかし、その場にいる者たちの心身に温もりをもたらすことはなかった。


「そ、その話がホンマなら、シャンプー、お前なんちゅうあほな真似を・・・そないなことして何の意味があるんや!阿呆や、どあほや!・・・ムース、お前もそれを知っててなんで止めんかった!おんどりゃ、おのれの命よりシャンプーの方が大事やったんちゃうか!」
「お前に言われるまでもないだ!おらだって止められるものなら止めただ!!」
「・・・待ってくれ、うっちゃん。」
 やるせない怒りに身を任せて睨み合う右京とムースを留めたのは、らんまの静か過ぎる声だった。
「もういい・・・そいつの言う通りだ。全ては俺のせいだ。」
 ぐったりとしたあかねを抱えているらんまからは、いつものあふれんばかりの生気がまるで欠けていた。その大きな瞳は虚ろな洞窟のように、何も映していなかった。
「乱ちゃん・・・」
 右京はそんならんまから目をそらした。痛ましかった。そして何もしてやれない自分が情けなかった。それが出来るのはこの世でただ一人・・・らんまの腕の中で固く目を閉じて動かない少女だけ。


「乱馬ーっ」「乱馬くんっ」「東風先生呼んできたぞーっ」

 東風を先頭に駆けつけてくる大介たち。あかねとシャンプーの容態をチェックしながらムースの話を聞いた東風は顔色を変えた。
「ムースくん、それは本当かい!?・・・尸気、尸気を使ったって・・・!!」
「はい・・・」
「なぜこんな年端もいかない娘が・・・ともかくここじゃダメです、すぐに僕のところへ・・・それとムースくん、コロンさんが戻って来たらすぐ連れて来てください。さ、行きますよ。」
 シャンプーを抱え上げて東風は出来るだけの急ぎ足で接骨院へ向かう。その後にあかねを抱えたらんま、右京、大介たちが続く。



「乱馬くん、あかねちゃんをここに寝かせて・・・そっとだよ。」
 診察室ではなく、二人部屋の病室にあかねとシャンプーを並べて寝かせる。雪のように白い顔が並ぶ。右京はぞっと神経を粟立たせた。
「悪いけど、乱馬くん以外はみんな待合室に行ってね。」
 東風に言われ、右京たちは待合室に降りていった。
「そりゃ俺たちがいても何の役にも立たないけど・・・せめて病室の外で待たせてくれたって・・・」
「あかん。うちらは乱ちゃんのように気を扱うことは出来へん。危険なんや・・・」
「危険!?・・・そりゃどういうことだ、俺たちが傍にいちゃあかねが危険なのか?」
「ちゃう、うちらに危険なんや。」
「??・・・わけがわからないよ。」
「あかねは・・・言うてみれば毒気に中てられてしもうたんや。」
「黒い炎よ・・・」ゆかがぼうっとつぶやく。
「ゆか・・・お前、気が見えるんか?」
「気、なのかはわからない・・・でも見えるの・・・黒い炎があかねを覆ってる・・・焼こうとしている。でもあかねからも炎・・・光の炎が出て戦っている。あかねは今必死に戦ってるの・・・」
「ゆかは霊感が強いの。だから私たちには見えなくても、ゆかにはわかるのよ。でも・・・黒い炎と光の炎の戦いって?」
「光の炎はあかねの生きようとする力や。生気っちゅうわけや。そして黒い炎の方は・・・」
 右京は口にするのが嫌そうな顔をしたが、続けた。
「その反対・・・死へ向かおうとする力や。それもあかねだけやない、シャンプーは自分の命すらその中に放り込んで・・・」
「そ、それって捨て身であかねもろとも・・・乱馬にフラれてやけになったっつーわけか!」
「やめてよ、ひろし!」
 さゆりが睨みつける。ひろしはあわてて口を閉じる。それを言ったら目の前の右京も当事者には違いないのだ。
「な、なあ、俺たちに出来ることは何も無いのか?それじゃあんまり友だち甲斐がないだろう。」
 場を建設的な方へ向けようと大介は慌てて言葉を継ぐ。
「ほ、ほら、あかねの家族に連絡しないと・・・」
「そやな、ここでたむろってても始まらん。さゆり、ひろし・・・あんたらはあかねの家に行くんや。ええか、余計なことは言わんと、とにかくここへ来てもらうんやで。うちは一旦店に行って小夏に後任せてから猫飯店に回る。どないなことしてもコロンの婆さんを連れて来んと・・・大介とゆかはここに残り。何かあったらすぐ知らせるんやで。」
「わかった。行くぞ、さゆり。」「連絡はあたしの携帯にね。」「ほな、頼んだで。」

 後に残された大介とゆか。待合室に降りた静けさは冷たく、重かった。




 自分は悪い夢でも見てるんだろうか・・・

 凍った月のように白い頬。額に力なくかかる漆黒の髪。色という色、彩りという彩りが欠け落ちた光景。

『全てはお前の蒔いた種だ。』

 遠くから響いてくる声。

『昨日のことだ、出前から帰ってきたシャンプーは・・・人が変わってしまった。』

 昨日・・・俺とあかねはお台場にいた。浮かれ気分で・・・

『怒りも喜びも悲しみも、全てを捨て去りただただ憎しみを募らせて・・・この世界全てを焼き尽くすような・・・自分の心さえ葬り去って・・・』

 そんなの、シャンプーらしくねえ・・・

『そして闇に覆い尽くされた心は、もっと深い闇を呼び起こす。・・・それが尸気だ。死へと誘う力。
 それを極限にまで高め、狙う相手に送り込む・・・尸気は内側から生気を滅し、やがて死をもたらす。だが、尸気を使った方もただでは済まない。尸気を高めることは即ち自身の生気を限りなく弱めること。高い確率で命を落とすことになる。』

 闇・・・尸気・・・死・・・あかねが?・・・シャンプーも?・・・嘘だろう

『どうしてこんなことになったと思う?・・・ええ?』

 それは・・・・・・俺のせいだ

『そうだ、ちゃんとわかってるじゃないか・・・お前が優柔不断な態度を取り続けた挙句の果てがこれだ。二年だぞ・・・二年も焦らされた上に他の女を目の前で選ばれたんだ。・・・おや、不思議そうだな。なぜ今になってと言う顔だ。そこがお前の浅はかなところだ。いつまでも隠し通せるとでも思ったのか・・・お前があかねに送ったペンダントのことを。』

 これが・・・原因だと?

『一対のものを、男と女が分かち合って持つこと・・・それは女傑族にあっては将来を誓い合った何よりの証。ここが日本だろうと関係無い。・・・シャンプーにとってはとどめに等しかったのだからな。』

 ピアスとペンダント・・・もとは一対だった・・・これを贈ってから、俺とあかねはお互いに素直になれるようになった・・・それなのに、今度はこれのせいで・・・

『どうした、ペンダントが憎いか?それともあかねをこんな目に合わせたシャンプーが憎いか?女傑族の風習が憎いか?・・・』

 違う、他人や物に当たったところで誤魔化せない・・・悪いのは俺だ、俺の優柔不断が・・・自分の気持ちを素直に出せなかった強情で臆病な俺自身が招いたことだ・・・

 憎いのは、憎むべきなのは他でもない、俺だ、俺自身だ!!



「乱馬くん!」

 東風に揺さぶられ、らんまは我に返った。

「先生・・・俺・・・」
「大丈夫かい、乱馬くん・・・危うく取り込まれるところだった。君なら大丈夫だと思ったんだが迂闊だったよ。尸気は人の弱った心に取り付き、蝕んでいく。いいかい、気をしっかり持つんだよ。君まで尸気に取り込まれたら、今懸命に生きる戦いをしているあかねちゃんはどうなる?」
「すいません・・・けどこんなことになったのも、全ては俺の責任で・・・」
「たとえそうであっても、弱気になってはダメだ。僕の知識では二人をもたせるのが精一杯だけど、絶対に諦めないよ。コロンさんが来るまで持ちこたえてみせる。それには君の力も必要なんだ、わかるね。」
「あ、ああ、俺の気を与えれば少しは・・・」
「それはまだだ。やってみたんだが、あかねちゃんには届かない。シャンプーちゃんには拒まれたよ。尸気が邪魔をしているんだ。でも尸気に対抗している生気の後押しなら出来るかもしれない。」
「どうすればいいんですか!?」
「あかねちゃんの手を取って・・・気を送り込んではいけないよ・・・励ますんだ。あかねちゃんに生きる希望が湧けば、それは尸気に対抗する力となる。言葉にはしなくていい、思いで充分だよ・・・君ならね。」
「はい」
「だけどいいかい、くれぐれもさっきのように暗い考えに沈まないようにね。逆効果になってしまうから。」
「俺、出来ることなら何でもやります。あかねを助けるためなら・・・」
「その意気だよ。シャンプーちゃんは僕が看るからね。」

 らんまはそっとあかねの手を取った。冷たい。尸気が壁のように二人の間に立ちはだかる。らんまは深く息を吸い込んだ。

 言葉にならない思いをあかねに一心に向けるらんま。その様子に東風はやや安堵の表情を浮かべる。

 乱馬くん、君ならあかねちゃんの生きる気力を繋ぎとめられる・・・だって君は一番の切り札を持っているのだからね。愛する者の呼びかけを押し止められるものは無いよ。尸気も例外ではない。あとは方法さえわかれば、必ずあかねちゃんは救える。二人とも今しばらくの辛抱だ。



「これはいったい・・・何たることじゃ!」
 猫飯店を前にして、コロンは愕然とした。
「やっと帰ってきたんか、コロン!・・・ともかくすぐうちと一緒に来るんや!話しとる暇はあらへん!」
「右京か?おぬし、何が起こったのか知っておるようじゃな。じゃがここをこのままにはしておけん、少し待て。」
「そんな悠長な・・・」
「時間は取らせん!」
 焦る右京を一喝すると、コロンはさっと店内に入る。
「これは明らかに尸気・・・それも増大する一方じゃ。」
 険しい表情でさっと室内を見回すと、コロンは奥の衝立に向かって杖を一閃した。
ガラッ
 衝立が倒れる。その向こうには座ってると思しき人影。
「ムース・・・おぬし、取り込まれておるな・・・」
 そこには蒼白な顔のムースがいた。その目には深い虚無。
「これ以上尸気をのさばらせるわけにはいかぬ。少々手荒じゃが・・・・・・かああああっ」
 強大な気がコロンから放たれた。

ガシャン、バンッ
「な、何や!?」
 店の扉が内側から吹き飛ぶ。右京は巨大なへらを構えた。もうもうと立ち昇る白煙。
「待たせたの、右京。」
 中から悠然と現れるコロン。後ろにはムースを従えている。
「尸気めが、こやつを増幅装置にしておった・・・じゃがもう済んだ。さあ、右京、案内せいっ!」

 三人は夕闇迫る中を駆け出した。



 to be continued・・・

 written by "いなばRANA"





作者さまより
 呪泉洞の一件というトラウマ持ってる乱馬くんにはあまりにもキツい展開・・・今回はうっちゃんに頑張ってもらいました(ぉ)ネイティブの方々にはけったいな関西弁の連続かもしれませんが、どうか大目に見てくださいませ(汗)

 しかしこのシリーズ、段々乱あでは収まらなくなっているような・・・ともすれば他のキャラに深入りしたくなるのを抑えるのに苦労しました。(どっかでサイドストーリーでも書こうかな<ぉぃ)

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