◇5月の3日間  the second Day   Part3
いなばRANAさま作


「乱ちゃんやないか。」
「お、うっちゃん。」
 らんまは塀の上から降り立った。
「珍しいなあ・・・その格好でおるんは。」
「ま、ちょっとな。」
「何か・・・並んで歩くの、嫌やなあ。」
「えっ」
「乱ちゃん、最近ごっつう綺麗や。・・・あ、その格好の時の話やで。」
「そっかあ・・・ま、不細工よりはいっけどな。」
 らんまは苦笑いする。
「・・・あかねちゃんもえらい綺麗になったな。」
「え、あ、そ、そっかな・・・はは、うっちゃんだって綺麗になったぜ、な。」
 顔を赤くして要領を得ない答えを繰り出すらんまの様子に、右京は寂しさを感じる。こうやって仲良く話していても、らんまの瞳の奥底にあるのは自分ではない。それがわかっているのに、勝ち目の無い戦いだとわかっているのに、降りられない。

「帰る途中か?うちもや。最近一部のお得意様に出前をしとるん。今その帰りっちゅーわけや。」
「相変わらず商売熱心だなあ、うっちゃんは。」
「自分の食い扶持は自分で稼がなあかんしな。乱ちゃんかて学校出たらよう気張らんと・・・やっぱ道場、継ぐんか。」
「そ、そんなの、決めてねーよ。それに・・・」
 らんまは自分の体に目をやる。
「このフザけた体質、こいつをどーにかする方が先だって。」
「そやな、今のうちはまだええかもしれん。けどずっとそのまんまは確かにあかんわな。」
 とするとらんま・・・乱馬がはっきりした態度を取って、ややこしい三角だか四角関係にピリオドを打ってくれるのはその先のことだろうか?
 それまではずっとこの状態が続くのかもしれない・・・右京は心の中でため息をつく。あかねは勿論待っていられるだろう。シャンプーや小太刀は絶対に降りない、見込みの薄さを我の強さでねじ伏せて。でも、自分は・・・
 潮時、転機・・・何でもいい、きっかけが欲しい。他の力を当てにするなど、滅多にないことだった。自分の力で生きてきた、それを誇りにしている右京にとっては。
 それが意外に間近に来ていることを、右京も、そしてらんまも知る由はなかった。




 涼しい夕風が通り過ぎる。だがその心地よさを楽しむものはここには一人もいない。

「決着ってどういうことかしら。」
 あかねは声を励ます。シャンプーの出方がわからないにせよ、最初から飲まれるわけにはいかない。
「知れたこと。それとも説明が必要か。」
 揶揄するような言葉とは裏腹に、シャンプーの顔はほとんど表情が動かない。その口元にはアルカイック・スマイル。美しく謎めいた、そして底知れない微笑み。
「そう・・・でもあたしたちが戦っても決着にはならないわよ。誰を選ぶか・・・決めるのは乱馬なんだから。無理強いする権利はあんたにも、あたしにもないわっ!」
 凛としてあかねは言い放つ。戦いを避けたいというより、この戦いの無意味さをわからせたくて。
「そんなことはわかっている。」
 透き通るような肌にそこだけ鮮やかな色の紅の唇。両側を流れ落ちるつややかな黒髪がいっそうそれを引き立てる。シャンプーはこんなに色白だっただろうかと、あかねはその際立つコントラストに不思議な当惑を感じる。
「だが、私はお前と決着をつけたい。」
 あかねの頬に血が上る。戦いはもう避けられない、意味があろうと無かろうと。
 だしぬけにあかねは悟る。シャンプーの白すぎる顔・・・血の気と言う血の気が全くないのだ。そこまで決意が固いということだろうか。
「わかったわ・・・で、どんな決着をつけようというのかしら?」
「あかねっ」
 たまらずさゆりが声をかける。
「その手に乗っちゃダメよ!勝てば勝ったで命を狙われちゃうんでしょ。どっちにしたって乱馬くんからあかねを引き離す陰謀よ!」
「そ、そうだ、こんなの決着でも何でもないぞ!やめとけよ、あかね、こんな勝負なら断ったって恥じゃないっ!」
 ひろしも及び腰ながらさゆりに加勢する。
「うるさい取り巻きね。そこで大人しくあかねの応援でもしてるよろし・・・邪魔は許さない。」
 シャンプーの目配せでムースがすっとひろしたちの方へ動く。
「やめて!・・・勝負は受けるわ、みんなには手を出さないで!」
 たまらずあかねが叫ぶ。シャンプーが微かにうなづくと、ムースは動きを止めた。まだ四人を牽制する空気は消えていないが。
「人の話をよく聞くね、簡単なこと。お前が私に有効打を一つでも入れたら、私は中国に帰る。」
「えっ!?」
 あかねは当惑する。中国に帰るというのは、即ち乱馬を諦めるということ。自分にこんなに不利な条件を出してくるなど、シャンプーらしくない。これも何かの罠だろうか。
「女傑族の女に二言は無いね。」
「な、ならあんたが入れたらどうするって言うの?」
 あかねの問いに対して、シャンプーは笑みを深めただけだった。明らかに答える必要は無い、と言わんばかりの態度。あかねは無意識に構えに入る。既に勝負の幕は切って落とされていた。


 マズい・・・よくはわからないけど、これは猛烈にマズい気がする。

 大介の首に、冷たいものが流れる。傍らのゆかは既に真っ青な顔で、身を震わせている。自分では武道はやらないものの、数々の対決場面に立ち会ってきた大介には、この場の異様さがひしひしと感じられる。

 ゆかの言ったように、あの二人を戦わせちゃダメだ。これを止められるのは乱馬だけだ。しかし・・・

 大介はちらっとムースに目をくれる。この場を離れて乱馬を呼びに行くことなど、到底許してはくれないだろう。大介は必死に考えをめぐらす。
「ゆか、真っ青じゃないか、大丈夫か?」
 今気がついたように、大介はゆかに声を掛けると、いたわるように側に寄った。
「・・・聞いてくれ。俺がムースの気をそらす。お前はひろしたちと乱馬を呼んで来るんだ。」
 ゆかがはっと顔を上げ、大介の目を見てそっとうなづいた。

 大介はゆかの側から一歩離れてタイミングをうかがう。対峙したまま動かないシャンプーとあかね。ムースはその様子に気を取られているように見える。

 今だっ

 大介は地面を蹴る。足は遅い方ではないが、ムースにはとても及ばないだろう。
「待てい、どこに行くだ!」
 背後から鋭い声。
「冗談じゃないっ、俺は誰か呼んで来る!」
「そうはさせん!」
 風を切る幾つもの音。次の瞬間、大介は分銅付きの鎖に足を取られて転倒した。手や胴にも巻きつく鎖。
「ゆかっ、早くっっ!」
 鎖をがっきと握り締め、大介は絶叫した。ムースが振り返った時には、残り三人は既にその場から遠ざかっていた。
「絶対に、絶対に乱馬を連れて来いよ。・・・俺はここで見届ける、何があっても・・・」
 大介は顔を上げる。かつて、そして今でもあこがれている少女の姿を見るために。これが自分なりのけじめ。あこがれをあこがれで終わらせるための・・・
 きっと見開いた二つの目に信じられない光景が映った。



「俺は天道道場に行く。さゆりっ、お前は商店街の方、ゆかは・・・」
「適当に探すわっ」
「急いで、あかねが心配だわっ」
 何とか戦いの場を抜け出した三人。別々の方向に散って乱馬を探す。
「乱馬くんは何処に?・・・なびきさんと一緒ということは・・・」
 ゆかは懸命に頭を働かす。脳裏から離れない大介。投げられた暗器に捕らえられ、地面に倒れ伏す姿。
「大介のためにも、何とか乱馬くんを・・・そうだ、ひょっとして!」
 いくつもの角を曲がり、ゆかは求める姿を発見した。

「!!・・・な、何よ、のんびりと変身しちゃって・・・おまけに右京と一緒なんて!」
 かあっと頭に血が上る。それまで頭にあった急を告げる言葉が全て抜け落ちる。そのままの勢いで、ゆかはらんまに突っかかっていった。
「あれ、ゆかじゃ・・・」
「こんなとこで何やってんのよ!あんたのせいで今大変なんだからね!」
「どないしたっていうのや、それじゃわからへん。」
「右京じゃない・・・乱馬くんよ!あんたのせいであかねが、あかねが・・・」
「あかねがどうしたって!!」
 今度はらんまの方が顔色を変える。
「よ、四丁目の空き地で、シャ、シャンプーと・・・」
「まさか、決闘か!?」
「乱ちゃん、急ぎっ!」
 らんまと右京は駆け出した。二人のペースについていけないゆかはあっという間に後ろに取り残される。

「今頃何だってんだ、くそっ」
「心当たりはないんか、乱ちゃん?」
「んなもん、ねーよっ」
「・・・潮時っちゅうわけか。」
「えっ?」
「もっと急ぎや、こらヤバいで!」
 それは直感かもしれない。何かが動き出している。何かが起きようとしている・・・
「あの女、思い詰めよったかもしれんのや!あかねが危ないで!」
 らんまの血相が見る間に変わる。走るスピードがぐんと上がり、右京は振り切られそうになる。

 ・・・乱ちゃんがそないな顔するの、初めて見たわ。そこまで思い込んどるんやね、もう決めとるんやね・・・ほならなんで、なんでもっとはよう、はっきりせえへんかったんや!あかねに何かあったら、乱ちゃんこそあかんなってしまうやろが!
 
 右京は唇を噛み締めて走るスピードを上げる。徒に過ぎる時間に自分が焦れていたように、シャンプーも限界に来てしまったのかもしれない。ただ乱馬以上に勝負にこだわるシャンプーのこと、少しでも自分が負けを認めるとか、退くとかいうことは絶対に許せないだろう。といって今さら引っくり返せる見込みはない。そうなると・・・

 シャンプー、お前、何を望んでいるんや・・・まさか、自分が勝てないなら、誰にも勝たせないつもりか!?

 総身にぞっとするような冷たいものが走る。それは確信と言っても良かった。
 四丁目の空き地まで、あと2ブロックに迫った。



 対峙したまま、あかねは動かなかった。有効打一つで勝負が決まるのだ、迂闊には動けない。下手に仕掛ければ間違いなく返り討ちに会う。甘い相手ではないのだ。
 しかしその相手の方は、軽く構えてはいるものの、相変わらず闘気をまるっきり感じさせない。

 こちらを誘い込もうという罠かしら・・・

 シャンプーの真意をつかみあぐねて、あかねは戸惑う。

『もう少し肩の力を抜いて場を読めよ』

 そうだわ、きっと乱馬ならそうする・・・そうやって戦いの中から勝機を見つけ出してきたんだから。

 あかねは自分の心と気を静めて、神経を研ぎ澄ます。

 !?・・・何なの、あの気は・・・あんなの初めて・・・黒い光?・・・冷たい炎?・・・

 異様な気をまとわりつかせたまま、シャンプーがじりっと間合いを詰める。背に冷たい汗がどっと噴出す。頭のどこかで警鐘が鳴り響く。

 危険だ・・・一発でも喰らったら恐ろしいことが起きる・・・

 原初的な恐怖がこみ上げてくる。だが、それに飲まれるほど、あかねの中の闘争心はやわではなかった。

 何かはわからないけど、得体の知れない一撃を待っている必要はない。どうせ向こうはあたしが真正面から打ってかかるとたかをくくっている。それなら・・・

 乱馬との稽古がもたらしたものの大きさを、あかねは今さらながら実感する。ただ稽古相手を務めていただけではない。強くなれ、という思いをこめて自分に出来る限りのものを伝えようとしてくれたことを。

 あたし、やってみせるよ、乱馬。・・・あなたを勝ち取るためじゃない、あなたをもう縛らせないために。だって自分で決めるものでしょう・・・誰を好きになるか、誰を愛するかは。あたしは決めたの、だからもう迷わない・・・


 シャンプーの顔に、初めて何かが動く。あかねが放つ気は、単純な闘気ではなくなっていた。静かな強さを秘めた澄んだ炎。敵として向き合っていても、その温かさを感じ取れるような・・・

 心の奥底に封じたはずの少女の目に涙が浮かぶ。だが、もう引き返せない・・・黒い炎が再び全てを覆い尽くす。


「来ないの、じゃあこっちから行くわ!」

 あかねの足が地面を蹴る。場の空気が大きく動く。

「たああああっっ」

 あかねの突進を待ってましたとばかりに、シャンプーは受け流しの体勢に入る。紙一重でかわして、カウンターを叩き込むつもりなのは明白。

「!!」

 間合いを詰め切る直前、あかねはさっと横に飛ぶ。だがシャンプーは動じず、にっと笑った。

「見え見えのフェイント・・・おしまいね、あかね。」

 シャンプーが拳を繰り出す。それはあかねを捕らえ・・・なかった。

「何っ!?」

 じっと黙視していたムースが思わず叫ぶ。

 さっと体を沈めたあかねのカウンター気味の拳は、シャンプーの胴にヒットしていた。最初からフェイントを読まれることを計算して、シャンプーの攻撃を誘ったのだ。


「やった、一発入ったぞ!・・・あかねの勝ちだ!!」

 今だに鎖に引き倒されたままの格好で、大介は歓喜の声を上げた。だが・・・

「えっ・・・!!!」

 鈍い音が二つ。大介の顔から血が引いた。



「あかねーっ」

 程なく空き地に駆け込んできたらんまと右京。

「!!!」「な、なんや!?」



 勝負は決した。勝者と敗者の上には、静寂が降りていた。

 夕風が黒髪を吹き散らす、月の面より白く冷たい頬の上に。


 まるで寄り添うかのように、二人の少女は静かに横たわっていた。



 to be continued・・・

 written by "いなばRANA"




作者さまより
 わ〜ん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・(猛虎落地勢)

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