◇5月の3日間   the second Day   Part2
いなばRANAさま作


「いらっしゃあい」
「お邪魔しまーす。」
 さゆりとゆかは天道家の門をくぐった。
「急に呼び出して悪いわね。」
 あかねは冷たいお茶を二人に勧めた。
「構わないよ、どうせテスト勉強しなければならないんだし、みんなでやった方が楽しいじゃない。」
「そうそう、でも、ま、乱馬くんに出かけられちゃった代わりっていう気もするけどね。」
「か、関係無いわよ。」
 相変わらずのあかねの反応に、二人は顔を見合わせてくすくす笑う。
「大介とひろしに途中で会ったから誘っちゃったけど、いいかな?」
「こっちは全然OKだけど。」
「ぼちぼち来るんじゃないかなあ・・・」
 三人が教科書やらノートやら一式を広げて出題範囲を確認していると、ひょいとかすみが顔を出した。
「あかねちゃん、これから出るけど、遅くなるからお夕飯は適当に食べてね。」
「あ、そうか、友だちの結婚祝いに行くって・・・うん、大丈夫だからゆっくりしてきなよ、お姉ちゃん。」
「ありがとう、あかねちゃん・・・みなさん、ごゆっくりしていってね。」
 かすみはにこりと微笑みかけると、居間を出ていった。
「あかね、どうせだからみんなで食べない?だってお父さんたちもみんな出ちゃってるんでしょう。」
「そうよ、適当に買い出してきてぱーっと。」
「面白いかもね。明日も休みだし、そうしようか。」
 女三人で盛り上がっていると、玄関の方から声がした。

「ちわっ」
 居間に入ってきた大介とひろし。手には何やら大きな包み。
「なあに、それ?」
「うっちゃんちに寄ってきたんだ。今日は半端な時間に食ったもんだから腹減っちゃって。」
「もう、しょうがないわね。」
「いいわよ、何か飲むもの持ってくるからここで食べなよ。あたしたちもちょっと甘いものでも食べようか。」
「さんきゅ〜、あかねって優しいなあ〜」
「すぐ調子に乗っちゃって・・・あかね、あたしも手伝う。」とゆか。
「じゃああたしはテーブルの上をちょっと片すわね。あんたたち、ちょっとは手伝いなさいよ。」とさゆり。

 ゆかと台所に入ったあかねは大介たちの分のお茶と、有り合わせのお菓子を用意した。
「ねえ、あかね。」
「なに?」
「あなた、ひょっとして昨日、お台場に出かけなかった?」
「えっ」
 あかねは努めて平静を装いながら、ゆかに笑いかけた。
「昨日は銀座には行ったけど・・・どうしてそんなことを?」
「今日の昼前、フミTVでやってた番組なんだけど・・・『レースDAお台場』っていうやつ。それにあかねに良く似た娘が出てたのよねえ・・・」
 ゆかの探るような視線。あかねは内心ではどぎまぎしながらも、何とか表情を取り繕う。
「ふーん、そうなんだ。そういうことってあるんだね。」
「・・・確かに偶然ってあるわね。たまたまその娘のパートナーがめちゃくちゃ運動神経のいい、ちょっとカッコいい系の長髪の男の子だったこともね。その二人、どう見てもペアルックしてたし、まさかよね〜」
 あかねはコメントを避けた。
「もう、そんなに意地にならなくても・・・わかった、あかねにばっかり聞くのは不公平だっていうなら、あたしも自分のことちゃんと言うから。」
「えっ、ゆか、まさか・・・」
「うん・・・もう大分うわさになってるから言うけど、あたし、今、大介とちょっと付き合ってるんだ。」
「そうなんだ、うわさだけかと思ってた。」
「まだ付き合いだしたばかりだしね。・・・一応、大介の方から声掛けてきて付き合いだしたんだけど、あいつ、まだあかねのこと引きずっているような気がして・・・だからあかねに聞きたいの、乱馬くんとはどうなんだって。」
「どうって言われても・・・」
 あかねは戸惑う。友人の悩みを解消してあげたい気持ちは強くても、自分たちのことをどう説明してよいかわからない。
「お台場に行ったの?」
「うん・・・実はね。」
 あかねは銀座からお台場に出た経緯を簡単に話した。
「そういうことってあるのね・・・で、それからは?」
「招待券もらって食事して帰ってきただけだよ。」
「ちゃんとデートにはなってるじゃないの。で、それだけ?」
「それだけって、他に何よ。」
「ああ、勘違いしないで・・・変な意味で聞いてるんじゃないの。でも二人っきりでいい感じになって話とか出来たでしょう?少しは乱馬くん、はっきりしてくれなかったの?」
「はっきりって・・・」

『俺は、お前の許婚でいたいんだ。』

 潮風に吹きさらされる黒い髪。自分を見つめるダークグレーの優しい瞳。しなやかな腕がそっと、でも確かな思いをこめて自分を包み込んでくれた・・・

「あかね・・・綺麗になったね、本当に。」
「えっ」
「ちゃんと進展してるんだ、聞くだけ野暮だったかも。」
「あたし・・・」
 あかねはますます頬を濃い薔薇色に染めてうつむいた。潮風の追憶が、既に全身を甘やかに包み込んでいる。
「とっても綺麗で、幸せそう・・・羨ましいな。時間はかかったけど、しっかり愛されてるんだ。」
「まだ・・・よくわからないよ。」
「そう?・・・でもキスくらいはしてくれたんでしょう?」
「・・・」
 消え入るようにうなづくあかね。
「それなら・・・あれだけ奥手なんだもん、いい加減な気持ちでそんなことはしないよ。あれで結構義理堅いというか、責任感強いところもあるし・・・だからそれ以上はなかなか、ね。大切にしてもらってるってことだよ・・・今時滅多にないくらいに。」
「ゆか・・・あの、ありがとう。あたし、まだ落ち着いて考えられなくて・・・でもそう言ってもらえると、嬉しい・・・」
「少しは自信持てた?」
「かな?」
「言っちゃって、このぅ〜」
 二人の少女は軽やかな笑い声をたてる。

「ね、そうなると一つだけ気になることがあるんだけど・・・」
ゆかがふっと笑顔を引っ込める。
「今度は何?」
「乱馬くんの気持ちがはっきりあかねに傾いた、とわかったら黙ってない人たちがいるでしょ。」
「確かに・・・」
 未だに乱馬のことを諦めようとしない少女たちの顔が浮かぶ。
「右京は何となくだけど、乱馬くんの気持ち、わかっていると思うの。はっきりとした態度を取ったら意外に納得してくれるんじゃないかなあ・・・というよりその方が絶対右京の為だよ。このまま宙ぶらりんじゃ時間の無駄ってもんだし。」
 あかねも同感だった。右京を見る乱馬の目は幼馴染み、友だちの域を出ていない。だからこそ優しい態度が取れるのだろうが。そのことでは何度となく、あかねは心かき乱されたものだった。
「小太刀はもともと乱馬くんにとっては論外だったし、校長とあれだけやり合ってるんじゃ将来も見込めないしね。何を言っても無駄だから相手にしないのが一番よ。この二人はまあいいとしても・・・」
「シャンプーね。」
 あかねはため息をついた。凡そ相容れない価値観の持ち主。親の勧める相手にすら猛反発を感じたあかねにとって、部族の掟を楯に結婚を無理強いしてくるなど、想像を絶する行動だった。一旦は命を狙って追いかけ回していた相手を、次には結婚相手として迫る。自分が乱馬でも、とても受け入れられないだろう。勿論、それを補って余りあるものをシャンプーは持ち合わせている。美人で器用で好きな相手には素直で可愛らしいことこの上ない。どんなに冷たくあしらわれようとも彼女を諦めないムースを見ればよくわかる。
 ただ・・・乱馬の心はとらえられなかった、ということ。人を好きになるということは、そういうことなのだ。誰を選び、愛するか・・・自分自身にも決定権はないのかもしれない。自分の心は手なずけられない。それがシャンプーに分かれば・・・
「気をつけてね、あかね・・・あたし、何だか心配なの。本当の意味であの娘、手段を選ばないような気がして・・・」
「大丈夫よ、ゆか。ちゃんと分かってるから心配しないで。」
「そうね、乱馬くんだっているんだし・・・あたしが気を回すこともないか。」
 ほっとした表情を浮かべるゆか。
「おーい、飲むもん、くれよ〜!」
「はいはい」
 二人はお茶とお菓子を手に、連れ立って台所を後にした。

「お茶ばっかりしてたら勉強進まないよー」
「お茶どころか激遅ランチしてる人もいるし。」
「うるせーなあ」
 わいわいと楽しそうにしている友人たちを見ながら、あかねは出かける間際の乱馬の様子を思い出していた。

『あかねを一人置いていくのが・・・嫌なんだ。』

 あの時は自分から離れて一人で出かけるのが嫌なのだろうと、乱馬の態度を子供っぽいと思った。だからあやすように送り出したのだが・・・武道家として気を読む修練は嫌というほど積んできている乱馬。あるいは場の変化を敏感に感じ取っていたのかもしれない。
 自分を気遣うような眼差し・・・あかねはいたたまれない気分だった。

 それなのにちゃんと話を聞いてあげずに、頬にキスまでしちゃって・・・何ておちゃらけたことを。
 帰ってきたら謝ろう。あたしのことを真面目に心配してくれたんだから。

 ・・・早く帰ってきてくれないかな、乱馬・・・




「おお、天道なびきではないか〜」
 がばっとばかりに抱きつこうとする九能帯刀を人差し指一本で押し留めるなびき。このあたりの扱いはお手の物。
「九能ちゃん、今日はらんまちゃんも連れてきたの。」
「何!?」
 ちょっと離れたところにむすっと立っているらんまに、九能は複雑怪奇な視線を向けた。驚きとも喜びとも恐れとも嫌悪ともつかぬ、あるいはそれが全部ごちゃ混ぜになっているかもしれない。
「よっ、先輩。久しぶりだな。」
 らんまは努めて男っぽく振舞ってみせた。この姿で会うのはプロム以来。九能がぐっと身を固くする。

 ひょっとしてこいつ、まだ俺に未練があるんじゃあ・・・

 らんまも片足を引いて臨戦体勢に入る。と・・・

「わはははは」
 いきなり呵呵と笑う九能。
「天道なびき、僕にこんな試練を課すとは・・・だが僕は動じないぞ。そこに立っているのはかつて見た夢の残り火のあだ花に過ぎぬ。今の僕には輝ける大輪の薔薇がいる。それは勿論、君のことだ、天道なびきよ・・・」

「うへぇ・・・」
 延々続く九能のこっぱすかしい賛美の言葉の数々に辟易しながら見ると、なびきは呆れ顔ながらも「はいはい」と合いの手をうちながら聞いている。いつもの醒めた冷笑するような態度はまるっきり見られない。
「こりゃあ、ひょっとして・・・」
 らんまはにやりと笑った。

 意外と相思相愛ってやつかもしんねーな。

「九能ちゃん、ご挨拶はその辺にして・・・どう、決心は着いた?」
「何を言う、君の頼みを僕が断るはずがない。丁度いい、早乙女乱馬、貴様が証人だ。天道なびきへの愛の証の第一歩をとくと見てもらおう。」
「嬉しいわ、九能ちゃん・・・ところでその前に喉が渇いたんだけど。」
「おおっ、僕としたことが・・・済まない、今すぐに用意させよう。」
「今日はらんまちゃんも客人だからね。」
「勿論、僕は紳士だ。客人に対する礼は心得てる。」
「さ、らんまちゃん、こっち。」
「もうすっかり尻に敷かれてやがる・・・」
「あら、人のこと言えるかしら。」

 案内された優雅なサンルームに薫り高い紅茶が運ばれてくる。他にもミニサンドイッチ、ケーキ、ジャムを添えられたスコーンなどが、金の三段になった籠に綺麗に並べられている。
「アフタヌーンティーよ、らんまちゃん。」
「君の趣味は実に高雅だ。こうやって君と午後の優雅なひと時を・・・」
「九能ちゃん、それは後でゆっくりね。」
 これまた延々と続きそうな九能の口上を遮ると、なびきは優雅に紅茶に口をつけた。
「用意は出来ているかしら?」
「あと15分で完了する。」
 九能はちらりと傍らの豪華なアンティーク時計に目をやる。
「そう・・・ならそれまでお茶しましょう。」
 次から次へ出てくる英国風の様々なお菓子や軽食を平らげながら、らんまは二人の様子をそっと観察していた。半ば超然と、半ば陶然と九能の求愛の言葉の数々に耳を傾けているなびき。周囲のアンティークな雰囲気と相まって、不思議と絵になっている。
「おめーら、結構お似合いじゃん。」
 思わずそんな言葉がらんまの口からついて出る。
「おおっ、そう思ってくれるのか・・・貴様は意外と良いやつだったのだな。」
「もっちろんでしょう・・・いずれ弟になるんですもの、ね。」
ぶわっ
「げーほげほげほっ」
 思わず紅茶にむせ返るらんま。
「なびきよ、未来の弟にもう少しテーブルマナーを教えておく必要がありそうだな。」
「それは同感だわ、九能ちゃん。」
「おまいら〜」
 少し前までは信じられないような連携プレー。

「弟で思い出したけど、麗しの妹君はお元気かしら。」
「小太刀か・・・実は今、海外に行っている。今年いっぱいアメリカの名門ハイスクールに留学の予定だ。」
「あらそう・・・留学したがっているようには見えなかったけれど。」
「それなのだが訳があってな、この春父上のたっての希望で見合いをしたのだが・・・」
「小太刀が見合い〜〜っ!!」
 素っ頓狂な声をあげるらんま。
「相変わらずぶしつけなやつだ。話は最後まで聞かぬか。・・・とはいえ、貴様も小太刀とはひとかたならぬ関わりがあった身、気になるのはわからぬでもないが。」
「あのな、好きで関わってたんじゃねーっつーの!」
「まあいい、その見合いの相手が小太刀のことをすっかり気に入ってくれたのだ。」
「世の中、物好きがいるもんだなー」
「それは同感だが・・・ええい、話が進まぬ。その相手というのは家柄・年のころ・学歴・見た目のどれをとっても申し分はなかったのだが・・・肝心の小太刀がな。」
「それは仕方がないかもね。だって小太刀は乱馬くんにぞっこんでしょう、今さら他の男には・・・」
「いきなり付き合えといったらそうかもしれん。が、男にかしずかれるのはまんざらではないようだから、まあ友だちから始めさせようとしたのだが・・・一月も経たないうちに音を上げて逃げ出したのだ。」
「あの小太刀が〜!!??」
「それはびっくりだわ・・・相手は悪魔みたいなやつなの?」
「いや、言ってみれば・・・天使だ。」
 九能の話によると、その相手はどんな嫌がらせや卑劣な仕打ちをしてもまるっきり応えないどころか、逆に小太刀に対する好意を募らせていったのだという。
「そいつも変態じゃねーのか?」
「というよりも余りにも育ちが良すぎて、小太刀の悪意が通じんのだ。向こうにすれば小太刀のやることなすことが面白くて仕方ないらしい。それで小太刀の方が参ってしまったのだ。」
「なるほど、アメリカに逃げ出したってわけね。」
「まあそういうことだ。とはいえ、毎日のように花やら手紙やらが専用ジェットで空輸されて届けられているらしい。」
「は〜、金持ちのやることはわからねえ・・・」
「それじゃあ今はとても乱馬くんどころではないわね。」
 そう言ってなびきはらんまにウィンクしてみせる。これでお邪魔虫が減ったわよと言わんばかりに。
「そろそろ時間だ。」
 九能は立ち上がってなびきに手を差し出す。なびきも差し出された手の上にほっそりした手を優雅に重ねて、ゆっくりと席を立つ。そのまま手を取り合ってサンルームから出ていく二人。俺にはとても真似は出来ねーとばかりに肩をすくめながら、らんまは後に続いた。

「さあ、ここだ。」
 案内されたのは広大な庭の一角に立つ大きな蔵の前。少し離れたところに演台のようなものが設置してあり、その上には大きな赤いボタンのついた箱が置かれている。
「何しようってんだ?」
「我らの未来のために、過去との華麗なる決別を告げる記念すべき第一歩だ。」
「その前に一応中を確認させてね。らんまちゃん、いらっしゃい。このために来てもらったんだから。」
 腑に落ちないながらも、らんまはなびきの後から蔵に足を踏み入れた。
「な、な、なんだよ、これわ〜〜!!!」
 巨大な建物の床から天井までそびえ立つ本棚。ぎっしりとその棚には本らしきものが並べられている。そして側の壁にはこれまたびっしりと写真やポスター、肖像画の類が所狭しと飾り立てられている。向かって右の壁にはらんま、左の壁にはあかね。
「そ。あんたとあかねに対する2年間の片思いの集大成ってわけ。」
 なびきはつかつかと本棚に歩み寄るとおもむろに一冊二冊引き抜き、らんまに渡した。
「ここに並べられているのはぜーんぶ二人の写真よ。よくも集めたもんねえ・・・」
「よく言うぜ、おめーが散々売ったんだろーが。」
 なびきに渡されたアルバムにはこれまたぎっしりと自分とあかねの写真。
「で、これをどーするってんだ。」
「終わった過去は清算しなくちゃね。」
「なびき・・・おめー、本気で九能のこと・・・」
「先のことはわからないわ。でも今なら報われる見込みの無い片思いをきっちり終わらせられそうだから。九能ちゃんのためにも、あんたとあかねのためにも。」
「なびき・・・そのう、正体のわかった俺はともかく、あかねのことは・・・」
「九能ちゃん、犬化するくらいだからハナが利くみたい。あかねの心にはあんたしかいないってわかったのね・・・誰も入り込む余地がないくらいに。あんただってそうでしょう?」
「・・・」
 何より雄弁な答えの沈黙。
「ま、そんなわけでこれから盛大にここを吹き飛ばすってわけ。どうせならあかねの写真、少し持って帰れば?」
「いらねえよ、そんなもん・・・」
 らんまは床にアルバムを投げ出す。
「そうね、写真は所詮写真、あんたの側にはいつもあかね本人がいるものね・・・さ、とっととこれを片付けましょ。もうあかねのところに帰りたいって顔中に書いてあるしね。」
「うるさいやいっ」

「お待たせ、九能ちゃん。」
「さあ、この爆破スイッチは君が押すのだ。」
 九能に導かれるようになびきは演台に上るとスイッチをぐい、と押した。

どどどどどど・・・
 土埃を吹き上げながら、一瞬のうちに巨大な蔵が崩壊する。

 呆気ないものだな・・・そう思いつつ何気に九能の方を見ると、うやうやしくなびきの手を取ってその甲にキスをしている姿。
「でええっ」
「何だ、無作法な輩だな。・・・まあお前に大人の愛の形を分かれというのはまだ無理な話かもしれんな。」
「それはそれで可愛いじゃないの・・・らんまちゃん、今日は立ち合ってくれてお疲れさま。」
「お、おう、俺はもう帰らせてもらうかんなっ。これ以上はとんだお邪魔だ。」
「あかねだって待ちくたびれているしね。」
「ほう、それは隅に置けないことだ・・・我々も負けてはいられないな。」
「も〜勘弁してくれっっ、出口はどっちだあっ!!」
 辟易し切ってらんまは絶叫した。



「ん?」
 あかねはふと教科書から顔を上げた。縁側越しに見える庭に人の気配。
「・・・ムース?」
 思わず立ち上がって縁側に出る。友人たちが何だ何だというように後から続く。
「どうしたの?乱馬なら今出かけてていないんだけど。」
「構わん」
 ムースは静かに口を開いた。いつものどこか外しているテンションが今日はまるで感じられない。
「お前に用があって来た、天道あかね。」
 びんぞこ眼鏡で表情はよくわからない。が、あかねは冷たい緊張感が背を走るのを感じた。
「15分後、4丁目の空き地で待っている、とのシャンプーからの伝言だ。」
「・・・ただの話し合いってわけじゃなさそうね。」
「確かに伝えたぞ・・・天道道場の後継ぎ。」
 その言葉にあかねはぐっと拳を握り締める。それを言われたら出ていかないわけにはいかない。
「わかったわ。」
 ムースは踵を返すとさっと塀を越え、姿を消した。

「あかねっ」
「いいのかよ、乱馬がいない時に・・・」
 心配して話し掛けてくる友人たちに、あかねはきっぱりと言った。
「あたしだって天道道場の娘なのよ。挑戦されたら逃げるわけにはいかない。それに・・・いちいち乱馬に頼っていたら天道流の面目ってものもあるし。」
「だけど、相手はシャンプーだぜ。いくら何でも・・・」
「あたしだって稽古は積んでるの。やれないことはないわ。」
 これは強がりではない・・・あかねは確信していた。乱馬がわざわざ女の姿になってつけてくれている稽古。あのスピードとパワーにはまだ及ばないものの、シャンプーを遥かに上回る強さの相手に、それなりの闘いが出来るようにはなっているのだ。
「でもさ、一応乱馬のやつを呼んでくるよ。」
「そうよ、あかねはよくても乱馬くんが心配するわよ・・・ねえ、何処に行ったの、乱馬くんは?」
「なびきお姉ちゃんと出かけたけど、行き先は聞いてない。でも大丈夫だから。」
 あかねは気丈に微笑んでみせ、友人たちは顔を見合わせるとしょうがないなとうなづき合う。
「なら俺たちも行く。いいだろう?」
「あかね、書置きくらいはしていこうよ、ね。」
「わかったわ・・・ゴメンね、勉強の途中なのに。」
 道着に着替えようと自分の部屋に向かったあかねに、ゆかがそっと声を掛けた。
「さっきの話じゃないけど本当に気をつけてね。あかねに何かあったら乱馬くんがどんなに心配するか・・・」
「わかってる、ゆか・・・適当なところで切り上げるようにするから。」
 それを許してくれる相手かどうか・・・ゆかの顔に浮かぶ不安の色は濃くなる一方だった。



 夕方が近い。空の色に黄味がかかる。指定された場所にあかねたちが来ると、そこには既にシャンプーとムースが待っていた。

「よく来たな、あかね。」
 妙に落ち着いた口ぶりのシャンプー。美しく整った顔に浮かぶ表情もこれから戦うという感じではない。不思議なほど静かで物憂げにさえ見える。その格好も戦闘服ではなく、動きやすそうなチャイナ服の上下。手には何も持っていなかった。
 ひょっとしたら果し合いではなく、本当は話し合いのつもりだったのではないかとあかねは思ったが、その考えは次の言葉で打ち砕かれた。

「お前との決着をつけに来たね。」
 シャンプーの口元だけがにっと笑う。あかねの背を冷たいものが流れ落ちる。挑戦状を突きつけながらも、シャンプーからはなぜか闘気を感じない。それは逆に不気味ですらあった。

「あ、あ、あ・・・」
「どうした、ゆか?」
 息を呑んで対峙する二人を見詰めていた大介は、傍らのゆかを振り返った。真っ青な顔で自分の体をぎゅっと抱き締めているゆか。
「あかね、ダメだよ・・・戦っちゃダメ・・・あの娘、あの娘、怖い・・・」
「お、おい・・・大丈夫か?」
「みんなわからないの?・・・あの娘、黒い炎をまとってる・・・ネメシス、そうよ、黒いネメシスよ・・・」
「ねめしす?・・・何のことだ、ゆか?」
 ゆかの言うことはまるきりわからなかったが、大介もこの勝負に尋常ではないものを感じ始めた。
「くそっ、こんな時に乱馬のやつ、どこ行ってんだよ!」
 ゆかは自分の体に回した手に力をこめる。心の内は既にあふれる不安で泣き叫んでいた。

 乱馬くん、乱馬くん、どこに行っちゃったの? お願い、早く来てあの二人を止めて!
 ・・・あたし怖いの、あれは・・・あれは憎しみの炎・・・あの娘はもう自分のことすら考えていない・・・!!
 このままじゃ、このままじゃあかねが・・・乱馬くん、早く来てよおっっ!!



 to be continued・・・

 written by "いなばRANA"




作者さまより

 ここで切るのは極悪ですが・・・この次で切るのはもっと・・・(以下略)

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