◇5月の3日間  the first Day  Part1
いなばRANAさま作


 土曜日の昼下がり、ファミリーやカップルで賑わうゆりかもめのお台場駅に、少々目立つ二人連れが降り立った。雑踏の中でも、すれ違う人々の大半が振り返り、連れにそっと囁く。
「うっわ、超イケテルって感じー」
「ひょっとして・・・芸能人?局近いしー」
「モデルかも。ほら、グラビア撮影とか。」
「えー、電車で来るかな〜」
「ねーねー、写真撮っとこうか?カレシめちゃカッコいいし。」
「やっぱ恋人?連れの娘、ハンパじゃなくかっわい〜」
「そーに決まってるじゃん、あれ、どー見てもペアルックしてるし。」
 話題の張本人たちにその囁きが伝わっているわけはないが、それでも周囲からの無遠慮ともいえる視線の集中に居心地の悪さのようなものは感じていた。
「やっぱ・・・目立つかな、この格好。ね・・・だ、大介。」
「気にしたってしょーがねーだろ。普通にしてりゃいいって・・・あ、ゆ、ゆか。」
 勿論、そんな名前の二人ではない。

 すっきりと晴れた青空の下、それとなく寄り添ってアクアシティの方に歩いている二人。日差しはやや強いものの、海からの爽やかな風が暑さを感じさせない。
「すいませ〜ん、あのっ写真いいですか?」
 唐突に掛けられた声に答える間も無く、いきなり数人の制服の女子学生が二人を取り囲むようにしてカメラのシャッターを切る。並んでピースサインをするやら、記念撮影よろしく仲間と替わりばんこに集合写真を撮るやらして気が済んだらしい一団はまた元気な声で口々に礼を言うと、歓声を上げて走り去った。
「さっすがお台場だよねー、あんなおっしゃれーな人がいるんだもん。」
「タレントだったりして〜」
 半ば呆気にとられてこの修学旅行で来たらしい一団を見送る二人。
「いくらお台場でも目立ち過ぎかな・・・」
「まるでブティックのショーウィンドーからそのまま出てきたみたいだもん。」
「だから着替えて来ようったんだよ。それをあかねが・・・」
「あ〜〜っ、今日はその名前言わないって決めたじゃない。はい、約束通りパフェ奢りね。」
「でえっ、しまった〜」
 思わず頭を抱える乱馬。しかし余程彼を見慣れた人間でも、すぐにはそうとわからないかもしれない。トレードマークのおさげ髪もチャイナ服もない。少し明るめの紺のトラッドっぽくもある上下に、品のいい薄いピンクのシャツを合わせて小粋に着崩し、ポケットチーフなどの小物も抜かりなく、帽子にやや色のついた丸いサングラス。ちょっと後ろに傾けた帽子からのぞく耳の片方には、小豆大の薔薇色に輝くピアス。かなり洒落たスタイルであるが、ちゃらちゃらした印象が無いのはやや少年のようなあどけなさを残す端正な顔立ちと、鍛えぬかれた体の持ち主だけが出来る無駄の無い身のこなしのためだろう。
 その傍らにいるあかねもまるで海外のファッション雑誌から抜け出てきたような姿である。乱馬と同じ素材のジャケット。その下にはビスチェスタイルに近い短いワンピース。ピンクの愛らしい小薔薇の模様があかねに良く似合う。かなり短いスカートの裾からはオーガンジーのペチコートが花びらのように何層も重なってのぞき、まるでバレリーナのような雰囲気。少し大きめの帽子とジャケットの衿には小さな薔薇のコサージュをあしらい、大きく開いた胸元には銀の鎖に通したペンダントが淡い薔薇色に輝く。乱馬がしているピアスと対になっている石である。帽子から下がるビーズを編みこんだ付け毛が、ともすれば清楚に過ぎるあかねのイメージに遊び心を加えている。
 勿論、そんな格好で家を出てきたわけではない。



 5月の最後の週末は高校のよくわからない記念日のために3連休となった。「中間テストが近いのに」というあかねの声をよそに、やったとばかりにトレーニング以外はのほほんと過ごそうとした乱馬だったが・・・
「乱馬、起きなさい。」
「うにゃ・・・へ、おふくろ?」
 いつもとそれほど変わらない時間に起こされ眠い目をこする乱馬に、のどかは微笑みながら、しかしきっぱりと申し渡した。
「お休みの日に悪いけど、届け物があるの。手伝ってくれるわね。」
「・・・はい」断れるような乱馬ではない。
「さ、支度して朝ご飯食べて・・・しゃんとしなさい、あかねちゃんも一緒に行くんだから。」
「へーへー」
 無関心を装いながらも、何となく心が浮き立つのを感じる・・・用事が済めばあかねとデート出来るかもしれない。一緒に暮らしているとはいえ、二家族の大所帯の中、なかなかゆっくり話など出来たものではない。18歳の誕生日騒動からこっち、二人に対する過干渉は減ってきているものの、周囲の目に対しては過敏過ぎるほど神経質な乱馬とあかね。

 ゆっくり二人でいられる時間が欲しいな・・・

 これが乱馬の偽らざる気持ちだった。


 のどかの言っていた届け物は結構な分量で、力持ちの二人で丁度いいくらいだった。初めから二人をデートさせよう、という魂胆ではないらしい。
「さ、駅まで頑張りましょう。あかねちゃん、こんなことお願いしてごめんなさいね。」
「いいえ、おばさまにはお世話になりっ放しですから。このくらい平気です。」
「そーそ。こんな時じゃないと役に立たないからな、おめーのバカ力は。」
「なんですってぇー!」
「二人とも相変わらず仲がいいのね。」
「・・・そう見えます?」
 あかねは空いている方の手で乱馬の口をぐにゅっとつねり上げながら苦笑する。

 のどかに連れられて駅に向かう途中、3人は自転車で飛ぶように走ってきた少女に遭遇した。
「あら、シャンプーちゃん、こんにちは。」
「アイヤー、乱馬のおかあさま、こんにちは。」
 なごやかに挨拶を交わす二人。
「シャンプーちゃん、いつもお仕事頑張っていて偉いわー。」
「おかあさまに褒められて大歓喜ね。」
 のどかを「おかあさま」などと呼ばれて内心穏やかではないあかねだったが、ここは賢く黙っていた。乱馬に至っては抱えた荷物で顔を隠すようにしている。それはそれで情けないような気があかねにはするのだが。
「今日はこれから茶会のお手伝いなの。またそのうち遊びにいらっしゃいね。」
「それは残念。乱馬、また会いにいくね。ばいばーい」
 小さなストームのように来て去っていくシャンプーに手を振って見送ると、のどかはおっとりと言った。
「シャンプーちゃん、日本語上手になったわねー。」
「そうですね、おばさま。」あかねも努めて笑顔を返す。
「あかねちゃん、『おばさま』はなくってよ。あかねちゃんにこそ、『おかあさん』って呼んで欲しいわ。」
「えっ」思わず荷物を落としそうになるあかね。
「わっ、何してんだよ!」
 あわてる乱馬に構わず、のどかはおかしそうに笑う。
「さあ、行きましょう。」
 頬を上気させながら、あかねは面映いような暖かな気持ちでいっぱいになる。

 私のこと、考えていてくださるんだ、おばさま・・・ううん、おかあさま・・・


 電車を乗り継いで、一行は銀座を目指す。
「これから行くのは私のお弟子さんのところでね、銀座や表参道にブティックを持っている方なの。」
「そうなんですか、すごい方ですね。」
 とりとめのないのどかとあかねの会話に入らず、乱馬は地下鉄の路線図を何気に眺めていた。二人は本当に仲が良い。ずっとうまくやっていくだろうな・・・未来図を空想すると、くすぐったいような気持ちになる。いずれそれが現実のものとなることは、もう疑っていない。問題はそれがいつか、ということだ。

 高校卒業時じゃ時間が足らねぇ・・・俺には片付けなきゃならないことがあるんだ

「乱馬、降りるよ!」
 あかねに声を掛けられ、乱馬ははっとしてドアに向かう。
「ぼーっとしてたら迷子になるよ。」
「俺は良牙じゃねー」
 延々と痴話喧嘩を続ける二人を従えて、のどかは銀座の町並みを歩いていく。その顔には満足げな微笑み。
「着いたわ、ここよ。」
 のどかが指し示したのは、大通りを一本入ったところにあるスタジオだった。
「あれ、ブティックとか言ってなかったっけ?」
「新作コレクションの撮影とかで、和風の小物を小道具に使うんですって。さ、入りましょう。」

スタジオの中は慌しかった。カメラや照明、衣装の係があたふたと駆け回り、時々厳しい叱責めいた声が飛ぶ。
「あらぁ、のどか先生、わざわざすいませんねえ。」
 恰幅の良い中年の女性が中に入ってきた3人に気づいて寄ってきた。どうやら弟子であるブティックのオーナーらしい。派手でリッチでなおかつセンスの良い格好がいかにもそれらしい。その辺にいたスタッフに合図して3人から荷物を受け取らせる。
「お安い御用ですわ。」のどかは軽く会釈すると後ろの二人を振り返った。「ご挨拶は?乱馬」
「どうも・・・早乙女乱馬って言います。」
「ま、こちらが噂の息子さん?思っていたよりずーっとカッコいいじゃないの。さすがのどか先生の息子さんね。それにこんなに可愛い彼女まで連れちゃって。」
「こちらはお世話になっている天道道場のお嬢さんであかねさん。息子の許婚ですわ。」
 さらりと言ってのけるのどか。
「て、天道あかねと言います。こんにちは。」
「まああ、そうなの・・・素敵よ、お似合いだわあ。」
 ころころと笑うオーナーに二人は思わず赤くなる。
「お式を挙げることになったらうちにいらっしゃい。素敵な衣装を作ってあげるから・・・いいえ、ぜひやらせて頂戴。創作意欲がかきたてられちゃうわあ。」
「良かったわね、乱馬、あかねちゃん」
 もはや二人は言葉が出なかった。

「先生、ちょっと・・・」
 スタッフの一人が駆け寄ってくる。顔色が青い。
「え、なーんですって!?事故渋滞でいつ来られるかわからないって、時間厳守っていってあるじゃないの!」
「双子の方はもう着いてるので、そちらから始めれば・・・」
「いつ来るかわからないような連中なんか、もうあてにしないわ。とはいっても双子ちゃんたちだけじゃねえ・・・」
「あの・・・お取り込み中のようですから、私どもはこれで・・・」
「あら、ごめんなさいね、のどか先生・・・ちょ、ちょっと待って!」
 はっとした顔でのどかを引き止めるオーナー。
「チーフ連中を集めてきて!大急ぎ!」
 まくし立てられたスタッフが転がるように走り去る。
「そうよ、これぞ天の助けってものじゃないの〜」
 オーナーの視線の先には、???でいっぱいの乱馬とあかねがいた。

「で、何でこーなるんだ。」
 セットの端でやれやれといった顔の乱馬。着ているのはチャイナ服ではなく、モノトーンのカジュアルな上下。
「人助けですよ、乱馬・・・でもよく似合うわ。たまにはお洒落もいいかもね。」
 事故で来られなくなったモデルのピンチヒッターとばかりに、乱馬とあかねは撮影に引っ張り込まれた。やれヘアメイクだのカメラテストだの当惑しっ放しの乱馬だったが、のどかの言い付けとあって大人しく協力している。
「Hey,らーんま、これおもしろーい。」
「でえっ、カイル!んなもん振り回すなっつーの。」
「これ、サムライアーマーだろ♪カッコいー」
 天道家から借りてきた鎧で遊んでいる少年・・・乱馬たちより少し年下の美少年。顔が日本人離れしているが、両親ともハーフという。撮影モデルとして参加しており、つい10分ほど前に紹介されたばかりだが、明るく屈託のない性格ですぐに乱馬たちに打ち解けてきた。
「ねー、らんまってカンフーやってんだって。ちょっとやってみせてよ♪」
「あーとーで。こんな格好じゃ出来ないよ。」「え〜」
 そこへカイルとそっくりの顔立ちの美少女が飛び込んできた。
「カイルったらオコチャマなんだから。sorryね、らんま。」
 カイルの双子の姉、アイリーン。つややかな栗色の髪と目。カイルよりはやや落ち着いた性格だが、明るく人懐っこい。
「ね、あかねってらんまのカノジョなんでしょ。」
「い゛」思わぬ方向からの攻撃に、乱馬は絶句する。
「ちがうの?steadyなんでしょー」
「おーれしってるぜ♪いいなずけっていうんだろー」
「いいなずけってなによ、カイルはしってんの?」
「いいなづけはいーなずけだよー」
「やっぱりしらないんだー・・・あ、ムトーさん、いいなずけってなーに?」
 ちょうど通りかかったスタッフにアイリーンは無邪気に尋ねる。
「許婚?それは・・・ああ、フィアンセって言えばわかるかな。」
「フィアンセ〜」ユニゾンで響く双子たちの声。
 乱馬は思わず引く。こうなったら最後、からかわれるやら笑われるやら・・・毎度のこととはいえ、うんざりする気持ちは隠せない。
「WOW!おめでとー、らんま」「あかねならきっとbeautifulなハナヨメになるよ、らんま、Luckyね!」
「へ?」口ぶりは軽いが、意外と真面目に「おめでとー」を連発する二人に乱馬は驚く。二人の母親はアメリカ人というので、文化の違いなのだろう。ほっとするような、それはそれで照れるような・・・
「OH,あかねにもいわないと・・・」そういってカイルは駆け出す。
「わ、いいって・・・カイル!ったくもう・・・」
「らんまもshyだね。あかねにらんまのこときいても、ちゃんといってくれなかった・・・どうして?ふたりでフィアンセになるってきめたんでしょう?なぜジシンをもっていわないの?あかねはかわいくてやさしいよ。すてきなフィアンセがいてhappyじゃないの?」
 アイリーンの真摯な問い掛け。ネイティブではない分、アイリーンの日本語には曖昧さがなかった。容赦のないストレートさ。
 思わず「それは親同士が勝手に決めた」と言おうとした乱馬はその言葉を飲み込んだ。アイリーンの言葉は発した当人にはわからない鋭さを持って、心に突き刺さってくる。
「その、日本じゃそーゆーの、良く思われねーんだ。ひけらかすっていうか・・・」
「Huuunn・・・」
 アイリーンは納得がいかない顔をしたが、その時ちょうどスタッフがアイリーンを呼んだ。そこで話は打ち切りとなったが、思わぬ一石が生じさせた波紋は乱馬の心からなかなか消えなかった。


 昼過ぎ、乱馬とあかねは一足先に撮影から開放された。
「助かったわー、乱馬くん、あかねちゃん。お礼といっちゃなんだけど、知り合いの店に電話してランチを用意させたの。食べていって。・・・それと、今着ている服、帽子も靴も一式ぜーんぶあげるわ。手前味噌なお礼で悪いんだけどね。」
 遠慮する3人は結局押し切られ、モデルさながらの格好でスタジオを後にした。紹介された店でお昼を食べ、再び駅に戻ってきた時、のどかは二人の方を振り返った。
「今日はご苦労さま。私は先に帰るから、二人でゆっくりしていらっしゃい。そうそう、これは私からのお駄賃。じゃあね。」
 素早く小遣いを握らせると、のどかは地下鉄の雑踏に消えていった。
「おふくろはああ言ってくれたし、ちょっとその辺でも歩くか。」
「うん」
 多少期待していたとはいえ、二人っきりで過ごせる時間が出来たことに、嬉しさがこみあげてくる。
「さて、どこへ行くかな・・・俺、銀座なんてわからねーよ。」
「あたしも・・・あ、そういえば乱馬、まだ約束果たしてくれてなかったよね。」
「約束ぅー?」
「やーっぱり忘れてる。」
 あかねはちょっとふくれると、いきなり手を伸ばして乱馬の耳を引っ張った。
「いってー!何すんだよっ」
 あかねは手を離す。入れ替わりに耳にやった手に、固い感触・・・
「あ・・・」「思い出した?」
 誕生日の騒動のあと、二人でした約束。二人の持つ一対の石がはまったピアスとペンダントがその証人。
「そういや、お台場・・・まだ行ってなかったっけ。」
「ちゃんと約束してくれたじゃない・・・」
 あかねは少し恥ずかしげに言う。指切りの代わりに、そっと交わしたキス。
「う・・・わ、わかった。じゃ、じゃあお台場に行くぞっ」
 あわてて地下鉄の駅に入ろうとする乱馬に、あかねは待ったをかけた。
「どうせなら、ゆりかもめに乗って行こうよ。」

 有楽町から新橋へ。そこでゆりかもめに乗り換える。ファッションモデルさながらのペアスタイルの二人に、行き交う人々の視線が集中する。それ以上に気になるのが、お互いが向け合う視線。口には出さないが、あまりにも決まっている姿に半ば見惚れ合っているというのが本当のところ。
「なあにじろじろ見てんだよ。」「そっちこそ」
 しばしにらみ合うように見つめ合った後、どちらからともなく、笑いがこみ上げてくる。
「何だかあかねじゃねーみてえだ。」「本当に乱馬なのかって思っちゃう。」
 同じ感慨にふける二人。
「そうだ、今日一日、別人になろうよ。」
「何だ、そりゃ?」
「違う名前を付けて呼び合うの。・・・もし間違えて本当の名前言ったら罰ゲーム。」
「ふーーん、ま、いいけど。」
「決まり!じゃ名前を考えましょう。」
 といっても大した名が浮かぶわけでもなく、それぞれ友人の名を取って「大介」「ゆか」と呼び合うことになった。最初に間違えた方がパフェをおごるという罰ゲームも決め、乱馬とあかねはいたずらっぽくにらみ合った。
「今日はよろしくね、大介くん」「こちらこそ、ゆか」

 ゆりかもめがお台場の駅に着く。一足先に降り立った乱馬はあかねに手を差し伸べる。一回り大きな手に自分の手を重ね、あかねは軽やかにホームに降り立った。



 to be continued...

 by "いなばRANA"




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