◆こわいもの
いなばRANAさま作
「だ〜、もうたりぃな〜、あんで夏休みなのにがっこーぎょーじなんぞに付き合わなきゃなんねーんだよ!」
やっと夏休みに入って間もなく、林間学校なんぞが開かれた。学年全員参加っつーうざってえ話。臨海学校とは違って校長が参加しねーだけありがたい。ちょっと郊外の山の麓にある保養施設を使った二泊三日の行程。到着早々オリエンテーリングとか言って集合かけられ、日程やら注意事項をくどくどと並べられる。で、うんざりしてきた俺があんまりこれみよがしにぶーたれたもんだから、あかねと珍しくアダルトチェンジしているひなちゃん先生に睨まれる。ま、うだるような暑さの東京にいるよかマシと思えばいっか。
林間学校というくらいだから、やるここといえばお決まりの野外実習やアウトドアスポーツ、キャンプファイヤーなど・・・大定番の肝試しだけは昨年けが人が出たとかで取り止めになった。ただ怪談というのもまたこの手の行事には付き物というか、やっぱ好きなやつが多いのか、かわりに有志で百物語が行われることになった。俺に言わせりゃくっだらねーの一言。それでも同室のやつらや普段てきとーに遊んでいる面子がこぞって行くっつーもんだから、付き合う羽目になった。それにこの手の怖い話には目のないあかねのことだ、止せと言っても来るだろうし・・・怪談好きなくせにめちゃくちゃ怖がる。いい年して泣きべそなんかかくくれーなら、最初から聞かなきゃいいのに・・・どーにも理解し難い。
「いらっしゃ〜〜い、天道さん、早乙女く〜〜ん・・・はい、蝋燭。」
企画および進行役の五寸釘(当然といえば当然だ)が蝋燭を嬉しそうに差し出す。妙に存在感を増した五寸釘は、下手な怪談よりもよっぽど怖い。泊まっている施設の集会場が百物語の会場となっていたが、照明が抑えられていることもあってかなり雰囲気が出ている。
「みなさ〜〜ん、蝋燭は行き渡りましたか〜。本当は百個の怪談をしてもらって、話が終わる度に一本づつ蝋燭を消していくんですけど、時間の関係で一話につき、5本づつ消していきますのでよろしく〜。では最初は僕から〜」
自他ともに認めるオカルトマニアだけに、五寸釘の怪談はかなりインパクトがあった。俺ですら少々気味が悪くなったほど。当然あかねは既に青ざめていた。何人か話を続けるうちに、あかねはたまらなくなったのか、隣にいたゆかの腕にしがみついた。
「あかね、大丈夫?ここまでして怪談聞きたいかなあ・・・」
しがみつかれたゆかは呆れ顔で言う。全くそのとーりだぜ。
「ねえ、こんなに強くつかんだら痛いよ・・・抱きつくんだったら、乱馬くんにしなさいよ。」
「だ、誰があんなやつに!」「こっちだってじょーだんじゃねえ!」
別に抱きつかれたいわけじゃねーが、やせ我慢の一言がすっげー可愛くねえ!ムカッときた俺もつい声を荒げた。
「ちょおっと〜、困りますよ〜せっかくの雰囲気が台無しですよ〜」「ひぃ〜〜っ」「あかね、痛いっ」
ぬっと現れる五寸釘にびびりまくるあかね。蝋燭の残りも少なくなり、会場はかなり暗くなっていることもあって、あの痩せくぼんだ面は不気味なことこの上ない。
「くぉら、いきなり出てくるんじゃねーっ」
やたらあかねをびびらせるなっつーの。どれだけ後が厄介か知ってんのか?
「も〜雰囲気ぶち壊しですよ〜、責任とって次は早乙女くんに話してもらいましょうか〜。ラストですから思いっきり怖〜い話をお願いしますね〜・・・あ、ひょっとして出来ないですか〜」
ちょっと小馬鹿にしたような言い方にカチンと来る。
「へっ、バカにすんなよ。おんもしれえ、思いっっっきり怖〜〜い話してやろーじゃねーか。」
怪談自体にはさほど興味はないが、修行して回っているうちに人から怪談を聞かされた経験は山ほどある。その中から1、2を争う話を俺は思い出した。
やにわに壁に寄りかかって腕を組む。
「いーか。俺はガキの頃から山に何日もこもって修行したことがあるんだ。おめーらが話したような嘘話てーどでびびることなんかありゃしねえ・・・だがな、この話を聞いた時にはさすがにいい気はしなかったぜ。」
静かな声で俺は話を始めた。奇妙な臨場感を感じてか、周囲の生徒は息を呑んで聞き入る。
「俺にこの話をしてくれたのは、もと山岳救助隊にいたっていうおっさんだった・・・」
俺が話したのは冬山を舞台に、さ迷い歩く身の毛のよだつものたちの話。季節こそ違えど、それまでの怪談とは恐ろしさの格が違う。五寸釘を除く生徒たちはすっかり青ざめ、中にはそっと逃げ出す者まで現れた。さすがにやり過ぎたという気がしてきて、恐怖のクライマックスを前にして、俺は一旦話を止めた。他の連中はともかく、あかねはもう限界。ここでやめたいくれーだが、さすがにそれは許してもらえなさそうだ。
「こっから先は相当度胸がねーと聞いてらんねーぜ・・・自信のないやつはここで帰りな。臆病だなんて思わねえよ、この話に限ってはな・・・おい、ゆか、あかねを連れて行け。おめーみたいな怖がりがきゃーだのひーだの言っちゃあ、話の腰が折れちまうからな。」
こんなことを言おうものなら、いつもは格好の冷やかしの種になるが、この時ばかりは引きつり笑い一つ起きなかった。
「だ、大丈夫よ!」「あかね、やめとこうよ・・・もう涙目じゃないの。」
意地を張って嫌がるあかねをゆかとさゆりが何とか連れ出すのを見届けると、俺は話の続きを始めた。周りにいた生徒たちは最初の半分もいなかった。五寸釘が残っているのはいうまでもない。こいつなら何があっても最後まで残るだろう。
「・・・ところがそいつは助け出してから、一言も口をきかねえ。やっとおこした火にもあたろうとしないで、小屋の隅にじっと座っている。きっとショックで気が動転しているんだろうと、その時は思ったそうだ。吹雪は強まる一方で、小屋全体があおられてギシギシいってる。窓なんかガタガタ外れそうなくらい揺れて、隙間から入る風はヒューヒューと気味の悪い音を立てている・・・まるですすり泣きのように。・・・ともかくこんな時は寝るに限るって、連れに話しかけたそうだ。そいつは返事をしなかった。窓がガタガタいう音がすごかったから聞こえなかったのかと思って、もう一度言ったそうだ。そしたらそいつは首を振った。そして指を差したそうだ。自分に向かってではなく、その後ろの窓を・・・見ちゃいけない、と思ったが、つい振り向いてしまった。そして見てしまったんだ・・・窓を叩いている無数の手を・・・」
ガタンッ
俺と五寸釘を除くその場の全員が飛び上がった。
「ぃぃぃぃぃ・・・」「落ち着けよ、何だってんだ・・・」
音のした集会場の出入り口の方を俺はうかがい見た。明らかに複数の人の気配。
「誰かそこにいるのか?」
「ら、乱馬くん・・・」
さゆりがひょこっと顔を出す。
「あれ、おめー、そんなとこで何やってんだ?」
確かさっきあかねを連れて出て行ったはずじゃあ・・・
「お願い・・・は、早くこっちに来て・・・」
見ると半べそ状態。仕方なく俺はさゆりの方に歩いていった。
「何だって・・・え゛」
薄暗い扉の影に座り込んでいる人影。
「あかね・・・気絶しちゃったの・・・」
ゆかが途方にくれた顔で、倒れているあかねの頭を抱えていた。
「帰ったんじゃなかったのか〜!」
あわててぐったりしているあかねを俺は抱え上げた。
「だって、どうしてもって・・・」「まさか気絶するなんて・・・」
おろおろするさゆりとゆか。同感だ。いい年して怪談くれーで気絶すんなよ。
「ったく、怖がりのくせに・・・おい、先に部屋行って布団を敷いとけ。それとひなちゃん先生を呼んできてくれ。」
「大丈夫か?」
「ああ、気を失ってるだけだ。寝かしときゃそのうち目を覚ます。」
3割くらいは俺にも責任はあるか。いや、9割方悪いのはあかねだが、放っておくわけにもいかない。とっとと部屋に連れてって、こんなしょうもねえ騒ぎからは抜け出すに限る。
「さ、早乙女くん・・・」
五寸釘が哀れな目をしておどおどと話しかけてくる。せっかく企画したイベントにとんだ味噌がついちまった。こいつにとってもえらい災難だ。
「わりぃな、五寸釘、今晩はお開きだ。」
「あ、あの・・・続きは?」
「あのなぁ〜〜」
程なくあかねは息を吹き返して一件落着となったが、来年度から百物語も禁止になることは確実だろう。怪談好きな後輩から恨まれるかもしれない、って俺が悪いわけじゃねーのに!
それから二時間後、消灯時間になって一旦は各部屋の電気は消されたものの、大人しく寝るやつはよっぽどの変わり者か具合の悪いやつくれーだろう。俺も同室のやつらも当然多数派だ。こーゆー時くれーは団体行動しなくちゃな。
「やっぱカードゲームは消灯後が本番だぜっ♪」
「次、ドボンいこー」
「やだよ、お前とやるとカードが傷むもんな〜」
うるせーっ
「UNOもあるぜっ」
「大貧民やってから!」
「大富豪って言わない?」
小さな電球一つ点けてわいわいがやがや。ゲームが佳境に入ってきた時、部屋のドアをそっとノックする音がした。
「おい、まだ誰か呼んでるのか?」
「いやあ・・・ちょっと出てみろよ。」
「先生・・・ならノックなんてしねーよな。」
ドアに近い一人が怪訝そうに立ち上がって見に行った。
ぼそぼそと話し声がしばし続いた後・・・
「おい、早乙女、ちょっと。」
「俺?」
今頃いったい何の用だ?ともかくドアのところに行くと、何人かの女子が固まって立っているのが見えた。
「あ、早乙女くん」
「何だよ、こんな夜中に。」
せっかくゲームが盛り上がって来たってーのに・・・うざったそうに応えると、そのうちの一人がむっとしたように詰め寄ってきた。
「何だよ、はないでしょう。あかねのことよ・・・もう大変なんだから。」
「あかねが?」
さすがに俺は身を乗り出しかける。まさかあん時のショックで具合でも悪くしたんじゃあ・・・が、次の瞬間、同室のやつらの面白げな視線を感じて、俺はけっという顔をしてみせた。
「それが俺と何の関係があるんだよ。」
「大有りよ、これも全部早乙女くんのせいだからね!」
いきなりいて〜一言でびしっと釘を刺すと、その女子生徒・・・あかねと同室のメンバーの一人・・・は事情を説明しだした。
「・・・要するにだな、あかねがびびって暗いところじゃ寝られねーって騒いでるだけだろう?んなもん子供じゃあるめーしほっとけよ。」
「同室の身にもなってよ。電気消させてくれないのよ・・・一晩これじゃ身が持たないわ。」
呆れた話だ。なんつーわがままをこねてんだ、あいつわ。
「だからといって俺にはどーしよーも・・・」
「あるわ。もとはと言えば早乙女くんの怪談話のせいなんだから、あかねに付き添ってあげて。私たちは別の部屋で寝かせてもらうから。」
「ば、バカやろう、ん、んな真似ができるかよ!」
こ、こいつらもめちゃくちゃ言いやがる!思わず真っ赤になって叫んじまったじゃねーか。途端にシイッと周囲からの教育的指導が飛ぶ。
「じょ、冗談じゃねえ。」
「あ〜、いいなあ乱馬くん、替わってもらいたいな〜」
「く〜、林間学校の思い出作りだ〜」
「お、お前ら〜」
ぬわ〜にが思い出作りだ、ぬわあにがっっ
不謹慎な会話に呆れた顔の女性陣。
「あんたたち・・・真面目な話なんだからね。」
「そうよ。乱馬くん、これなら問題ないでしょう。」
びしゃ
いきなりペットボトルの水をかけられる。当然俺は女に・・・
「ちめてぇっ、なあにすんだよっ!」
「はい、タオル・・・じゃ、あかねのことよろしくね。」
「お、おい、ちょっと待て!」
ご丁寧にもタオルを俺に渡すと、女子の一団は用は済んだとばかりに引き上げていった。
「・・・ったくもう誰が行くか、んなもん・・・ん?」
部屋に戻ろうとした俺は、ドアのところにずらりと並んだ同室メンバーの一団に押し留められた。
「な、何だよ、おめーら・・・」
「悪いけど、その格好じゃ入れるわけにはいかないな。」
うんうんと一同が頭を縦に振る。
「はあ?」
「お前、今女だろう?いくら何でもそりゃマズイよ。」
「な、何言ってやがんでぃっ、おかしなこと考えてんじゃねーぞ!」
いくら女の姿でもおめーら程度、簡単にぶっ飛ばせるんだかんな。なめられてたまるかってーんだ!
「誰もお前に手を出そうなんて思っちゃいないよ。でも一緒の部屋にいられたら・・・なあ。」
「さすがに落ち着いてらんねえって。」
「俺、めんどーはゴメンだ。」
「その格好ならあかねの傍にいたって構わねーだろ、じゃあな。」
勝手なことを抜かしつつ、俺の鼻先でドアを閉めやがった。
バタン
「お、お前ら〜、ひとごとだと思いやがって〜!」
コンコン
「だ、誰・・・」
「俺だよ」
他に行く宛てがない俺は、仕方なく教えられたあかねの部屋に行った。明りが煌々と点けられている。あかねは一人で布団を体に巻きつけて座っていた。ぶすっとした顔をして部屋に入った俺に、あかねはほっとした顔を向ける。
「乱馬・・・」
「ったく、みんなのめーわくっつーものをだな〜・・・」
「ありがとう」
「へ?」
腹立ち紛れの憎まれ口をたたこうとした俺だが、あかねの思いがけない言葉に続きが出なくなった。
「だってわざわざ変身して様子見に来てくれたんでしょう?心配かけてゴメンね。」
いつになく素直な言葉。頼りなげに微笑むあかねに、舌先まで出かかっていた悪口雑言の数々がさっと引いていく。
「う、あ、ま、その何だな、人間誰だって苦手なもんはあるし、だな。ともかく、しばらくついててやるから寝る努力してみろよ。」
何だか舌を噛みそうだ。また素直にうなづくあかねに心臓がアクセルを踏む。ちょ、ちょっといい感じ、じゃねーか。
「眠くなるまで話でもしてるか・・・トランプくらい借りてくれば良かった。」
そうすりゃ少しは落ち着いた気持ちでいられただろうに。
「俺のした話なんか嘘っぱちに決まってんだろう。だいたい誰一人戻ってこなかったら、こんな話が伝わるわけねーんだから。」
布団の上に楽な格好で座って、俺はともかく元凶であるあの怪談のフォローを始めた。何とかあかねが怖がるのをやめさせねーと。明日も東京に帰ってからもこんな状態が続いたら、俺だって参っちまう。
「それに山にこもったのは何十回とあるけど、んな目に会ったことなんか一度だってねーし・・・お化けより落石とか大雨や雷の方がよっぽど怖いぜ。」
「本当かなあ・・・」
あかねは半信半疑だが、これは全くの本音。山に入って物音だの影だのにびくついていたら、とても修行なんかやってらんない。
「テントのすぐ側の木に雷が落ちた時には、この世の終わりかと思ったぜ。」
「それも・・・怖いね。」
いけねえ、また怖がらせちまったかな?ちょっと話題を変えねーと。こいつが好きそうな話は・・・
「よっぽどこえーよ。ま、それでも山は嫌いじゃねーけどな。季節によるけど空気はいいし沢で取った蟹や魚はうめーし、山菜の穴場なんか見つかった時は嬉しかったなー。そういや狸やウサギと追いかけっこしたこともあった。」
「やだ、食べちゃわなかったでしょうね。」
「その逆。親父に見つけられないように苦労したっけ。」
あかねの顔がだんだんほぐれていく。俺もだんだん気持ちが落ち着いてきた、最初は災難とばかりに思っていたが、これも悪くはないかも。一つ屋根の下に暮らしてるとはいえ、大家族の中、二人でゆったりと話す機会は無いに等しい。どーしても気になる周囲の目ってやつがあるし。だからこーやって話していると、素直にあいづちを打ってくれたり、じっと耳を傾けてくれたりするあかねの様子がえらく可愛く思えてくる。見とれてる場合じゃないけど、あかねの目に映る俺は女。そう思えば気も楽。
「あたしも見てみたいな、それ・・・あふ」
次第にあかねが眠たげな様子になる。
「そろそろ布団に入ったらどーだ?眠るまで電気点けといてやるから。」
「うん・・・そうしようかな。」
自分の布団に潜り込むとあかねはもう一度欠伸をした。この分ならじきに寝るだろう、やれやれだ・・・
あかねが目を瞑ってうとうとし出したのにほっとして、何気に周りを見ると、ポットが目に入った。
「ん?・・・ひょっとして中にお湯が?」
女の姿でこのままあかねに付いていてもいいが、変に伝わって後で口さがなく言われるのも鬱陶しい。出来れば男に戻って自分の部屋に帰りたい。そう思ってポットの蓋を開けると、ほのかに湯気が立ち上る。もう俺はお役御免だし、ちょっとこれ借りて部屋に戻るか・・・
そう考えてポットに軽く蓋をして立ち上がりかけた途端・・・
ガラガラビシャッ
「!?・・・雷か?」
山の天気は本当に変わり易い。ポットを置いてあったちゃぶ台の上に戻してあかねの方に目をやると、怯えたような一対の瞳にぶつかった。あーあ、またこれで振り出しだ。
「雷だよ。大丈夫だって・・・」
しょうことなしに笑ってみせると、あかねもやや強張った笑みを返す。
グワラドシャーンンッ
「ぃっ、ち、近いな・・・あれ?」
飛び上がるような落雷の轟音。次の瞬間、電気が瞬き、パッと消えた。
「きゃああああーっっ!!」
「わわっ、あかね、落ち着けって!」
突然の停電にパニック寸前であかねが飛び付いてくる。バランスを崩した俺の背に何かが当たった。
「!?・・・あちちっ!」
お湯?そう思った時には既に変身が始まっていた。
こ、こんな時に・・・
やべえっ
「もういやっ」
俺の首にしがみついているあかね。変身してしまったことにも気が付かないほどの動転ぶり。普段は雷程度でびびるよーなあかねではないが、それだけ怪談のショックが根深いってこと。微かにしゃくりあげるような声。半べそ以上は確実ときた。
いや、俺だってかなりキテいた。思いがけず暗闇の中にあかねと二人きり、おまけにとどめとばかりに男に戻ってるし・・・このままではマズい。何がどうマズいかは思い付かないがとにかくマズい。とりあえずあかねに抱きつかれているのはマズい。
ひとまず首に巻きついてるあかねの手を外そうとするが、これは逆効果だった。
「いやっ、そ、傍にいてよ〜、一人にしないで〜」
普段の気の強さからは考えられないような涙声の懇願。心臓はオーバーヒート寸前まで加速する。こんなに怯えて自分にすがってくるなんて・・・むちゃくちゃに可愛い。めまいがするくらい・・・
思わずあかねの体に手を回そうとして、何か引っ掛かりを感じる。あかねは今俺が女だと思っている・・・これはフェアじゃない、いくら偶然に変身したとはいえ。
そっとあかねの手首を押さえるようにつかむと、俺はまだ温もりを残すこぼれたポットのお湯に触れさせた。
「・・・お湯?」
やや自分を取り戻したあかねの声。
「ああ、ポットが倒れてかかっちまったの。」
応えたのは男の声。あかねの手が弛む。
「そーゆーわけだ。俺、ここにはいられねーから・・・」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、窓に稲光が差した。カーテン越しに木の枝の影が、まるで広げた人の手のように浮かび上がる。
「ひ・・・いやああっ」
「うわっ」
一旦離れかけたあかねが、闇雲に飛びついてきた。バランスが崩れる。それでもあかねを下敷きにしまいと、俺は辛うじて体を入れ替える。受身など取ってる余裕はない。
ドサッ
二人分の体重がかかったとはいえ、落ちたのは布団の上。痛くも痒くもありゃしねえ。が・・・
あかねを庇おうと咄嗟に回した手。それが今はあかねを抱き締める格好に・・・こりゃマズいって
何がマズいってそりゃ腕に伝わる柔らかな感触、仄かに漂ってくる甘いシャンプーの香り、触れている部分から伝わる温もり・・・そして何よりあかねを放そうとしない、というより出来ない俺の腕!もうガチガチに固まっていやがる。
くぅ〜、このまんまじゃ俺のしんぞーかりせーかどっちかがぶっちぎれちまうっ、い、い、いや、りせーはヤバい、りせーわっ
こ、こ、こんなところできょーぼーでぶきよーでずんどーでかわいくねー女に手、手え出してみろ、わ、わ、わらいもんだぜ、お、俺・・・あは、は、は・・・でも、やっぱかわいーかも・・・うぐっ、だからそーゆーこと考えちゃやべえって、おい〜
たのむ、あかね、おめーから離れてくれ〜・・・もう舌の根も動かねえ、なんつー情けねーやつなんだ、俺わ
あかねが身じろぎをする。おっ、離れてくれるのか?どーやら俺の必死の思いが通じたらしい。ふう・・・
「あの・・・乱馬」
ちょっと声が固い。もしかして怒ってる?ま、まあ10発は覚悟しておこう。
「か、雷止むまで、傍にいて・・・」
え゛・・・
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ええええええええええええええええええええーっっっっ
あ、あ゛が ね゛・・・なんつ〜〜ことをっっっ
と、と、とどめをさしてど〜する〜
も、も、も、もうどーなっても知らねーぞっっ
「あたし、乱馬のこと・・・」
う、うわ、うわわわ〜っ、そ、そ、そこむわぁで、い、言う〜
「信じてるから」
へ
は、
はは
ははは
・・・
そう来るわけ
・・・・・・
信じられちゃったら、仕方ねえ・・・
俺は腕を弛めて体を起こす。先程までの緊張が嘘のように消え去っている。あかねは俺の腕をぎゅっとばかりに両手でつかんでいるが、どうやらそれで充分らしい。それでも微かにあかねの手が震えているのが伝わってくる。俺はつかまれてない方の手をそっと重ねた。
俺がついてりゃ、こわくねーだろ
手の震えが止まる。どうやら落ち着いたようだ。雷も収まった様子。そして前触れなしに電気がぱっと点いた。
「うっ、まぶしー」
やれやれ、これで一件・・・
「あ〜〜〜っっ!!」
素っ頓狂な声が響き渡る。驚いて入口の方を見た俺たちの目に映ったのは、こちらを指差して唖然としている一団。
「心配で見に来てみれば、あんたたちは〜」
やべえっ、ひなちゃん先生までいるじゃねーか!
「いや、こ、これには訳が・・・」
「訳って、早乙女くん、なんで男に戻ってるのよ!」
「ともかく、りょーけの親御さんが許しても、あたしは許しませ〜ん!!」
こーなったら何を言っても無駄。俺とあかねは山ほど説教を喰らった挙句、観察処分とやらにされた。おかげで林間学校は窮屈でつまらなかったのなんの。それでも他のやつらのめちゃくちゃなからかいやら当てこすりに比べたらずーっとマシだったけど。東京に戻ったらこの数倍、いや百倍のうざってえ騒ぎになるだろう。
俺が何したってゆーんだよ!!!!!
唯一の救いはあかねが俺の潔白をわかってくれていること。「ゴメンね」ってあんまり申し訳なさそーに言うから、俺としてもキツいことは言えねーんだけど。
「これでわかったろう?お化けよりよっぽど生きてる人間の方が怖いんだかんな!」
「うん・・・」
あかねが心底わかったという顔でうなづく。
「ところでいっくらあの話が怖かったとはいえ、お前、気絶までするか?」
ずーっと引っかかっていた疑問。こいつだって武道家の端くれ、それなりに肝が据わっているはずだが・・・
「・・・それじゃ言うけど、多分信じてもらえないよ。」
ぽつりと話すあかね。少し表情が強張っている。
「音がしたの。」
「あの時か?それでどんな音だ?」
「・・・窓ガラスを叩く音。」
「おめーの聞き違いだろう?」
「私もそう思ったんだけど・・・ね、覚えてる?あの集会所の扉、大きなガラスがはまっていたよね。」
「ん〜、そーいえばそんな気も・・・」
「実はあのガラス越しに中をのぞいていたんだけど、音がした時あたし周りを見回したの。それでもう一度中を見ようとしたら・・・」
あかねは俺の目をじっと見た。
「ガラスにいっぱい・・・手形がついていたの。」
それから俺が二度とあの話をしなかったのは言うまでもない。
end of the story
written by "いなばRANA"
作者さまより
けいこさまのキリリク・・・もうねぢ曲げ過ぎてリクの原型を留めていません(ぉぃ)
お化け屋敷は私のNGネタです(謎)こればかりは勅命でも・・・(滝汗)
リクエストは「怪談物」だった?ボケちゃって、何のキリかも忘れてる(笑
でも、もらえるものは何でもという「主婦根性」逞しく。
それが乱あ小説なら嬉しい・・・
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