◆魔法☆びん
いなばRANAさま作


「あーーっっ、無いーーーっっ!!」

 3年F組の教室に叫び声が響く。
 プール授業から帰ってきたばかりの乱馬だ。当然、女に変身したまま。

「どうしたの、乱馬。そんな大声を出して・・・ってまさか」
「そのまさかだ、あかね。ちっくしょ〜!!まただぜっ」

 既に乱馬は血相を変えている。

「待って、私も持ってきているから。」

 あわてて自分の机に向かう。ところが・・・

「え〜〜っ、私のも無いわ、そんなぁ」
「あかね、何探してるの?手伝おうか?」

 クラスメート達が集まってくる。

「多分、見つからないと思うけど、一応教室の中、探してもらえる?・・・乱馬と私の魔法びん。」


 魔法びん・・・その中身はちょっと熱めのお湯。乱馬の変身を解くただ一つの方法。


「ええっ、この前もどっかに隠されていたって言ってたじゃない?」
「ひでーことするよなぁ・・・いくららんまちゃんを見たいからって、なあ」
「あ、じゃ俺、用務員室でお湯もらってくるよ。」
「お願いね」

 またこういうことか・・・
 最近、だんだんひどくなってる。

「あれ、もう戻ってきたぞ・・・おい、お湯は?」
「そ、それがさ、やかんもどっかいっちゃったって、今探してるんだ。」
「マジかよ!?シャレになってねーぞ。他にお湯の沸かせるとこは・・・」

 乱馬の顔からあからさまな怒りが消えていく。これは・・・良くない兆候。
 机に置いてあった消しゴムを手に取ると、指先でお手玉のようにしていたが・・・

ビシッ
 気を込めた消しゴムが廊下の方へ飛ぶ。

ガシャッ
「わ、わわ・・・」

 二人の生徒が転がるように逃げ出す。下級生だ。その手にカメラらしきもの。

「あれは・・・待ちなさい!」

 後を追おうとする私の背中に、乱馬の妙に感情の入ってない声がかけられる。

「止せよ。キリが無いぜ。」

 そうかもしれない。でも私だって・・・私だって許せない。
 ちょっとシメてやらなくちゃ、気がすまないんだから。
 私は逃げた生徒の後を追った。



 1年生の時は気軽に変身していた乱馬。変身体質をポジティブに考えようとしていたのだろう。
 内心は穏やかじゃない時だって多かったはずだけど。
 でも、お母さんと同居するようになって、乱馬は変身を控えるようになった。
 変身体質そのものはともかく、変身後やることは大抵男らしくないことだから。
 いつからか、乱馬はお湯を入れた魔法びんを持ち歩くようになった。

 滅多に変身しなくなって、同級生や先輩達は残念がったものの、特にどう、ということはなかった。
 せいぜい九能先輩が騒いでいたくらい。
 でも、3年に上がって、乱馬の周辺に怪しげな動き。
 体育の授業中に、いきなりグラウンドのスプリンクラーが作動したのは序の口で
 水入り風船がいきなり降ってきたり、呼び出されていった用具室の入口に水バケツが仕掛けられていたりと
 どう考えても、変身させようという悪質ないたずら。
 乱馬の反射神経が、ほとんどの仕掛けを粉砕したけれど・・・
 どうしようもなかったのが、プール授業。

 今日も授業中にフェンスの陰に隠れていたカメラ小僧が何人か、先生に追い払われていた。
 全く、見世物じゃないのよ!!

 と、私が怒っても仕方ないのかもしれないけど・・・

「無理もねーよなあ、下手なグラビアよりずーっとイケテルもんな、らんまちゃん」
「たまに見るとどきっとするくらい、綺麗になったよな・・・学年上がってから特に」
「ちょっとあんたら、勝手なこと並べくさって、ヤキいれたろーかっ!!」
「う、うっちゃん、俺らは何も・・・」
「そ、そうそう、あんな姑息なやり方は俺たちだっていい気しねーよ」
「ホンマにそう思っとるんやったら、許したるわ・・・あー、気分悪っ」

「・・・右京」
「あかねちゃん、乱ちゃん、本気で怒らせたらまずいで。うちらで何とかせんと・・・」
「そうね。いい方法、ないかしら・・・キリが無いのよ、ああいう連中は。」
「いちいちとっ捕まえてヤキ入れるわけにもいかへんな・・・ほとんど、下級生やろ、あいつら。」
「噂だけは聞いてるのよ・・・乱馬の変身体質。私たちの学年は慣れっこになってるけど。」
「面白半分かい、乱ちゃんは見世物ではあらへんで!ウチの大事な許婚や、あかねちゃんだってそうやろ」
「う、うん」
「照れてる場合では無いで。気合入れてかからんと、ナメた真似されて黙ってられるかいっ」

 ストレートな右京の怒りが、私の気持ちを代弁してくれる。
 そう、乱馬が怒って手を上げたら大ごとになってしまう。
 いや、私があげてもまずいだろうけど・・・そうしてやりたいのは山々だ。
 水をかけようとする仕打ちも許し難いけど、それ以上に許せないのが、変身を解かせまいとする姑息な企み。
 既に校内の湯沸し施設が何者かの手で壊されたり、やかんが行方不明になるなど、増長する一方だ。
 男に戻ろうとしても戻れない、という状態は、乱馬にとっては悪夢以上だ。既にトラウマと化しているかも。
 だから、早く手を打たないと・・・私はこれ以上乱馬が傷つくのを見たくない。

 みんな、何もわかっていない。
 あの変身体質は紛れも無い呪いの結果。いくら美少女になれるといっても。
 少しでも男らしい男であることを誇りに思っているなら、耐え難くなるはずだ。
 それに自分で自分のことを面白がるならともかく、他人にそうされたら・・・
 私なら絶対に許せない。



「待ちなさい!」

 足には自信がある。3階から2階に下りたところで、私は逃げ出した男の子たちに追いついた。

「どういうつもり?ちゃんと説明してもらいましょうか」

 思いっきりきつい声で訊く。
 多分、1年生だろう。青くなって謝りだす。

「魔法びんを隠したのもあなたたち?」
「ち、違います。で、でも誰がやったかは知りません、本当ですよっ」
「もうカメラなんて持ってきませんから、許してください、で、出来心なんです・・・」

 もう泣かんばかり。ウソをついている様子もない。ただの便乗犯らしい。

「あなたたちの顔、覚えておきますからね。」

 これで懲りただろう。踵を返す私の後ろから、おろおろする声。

「ほ、本当にすいません。僕たちも探すの手伝いますから・・・」

 結局、魔法びんは使われていないロッカーから見つかった。ご丁寧にも、中身は捨てられて。



 帰り道、乱馬の機嫌は・・・良かったら不思議だ。
 今は男に戻っている。学校の近くに住む生徒が、わざわざ家からお湯を持ってきてくれたのだ。
 私の隣を歩いている乱馬。はっきり怒っているわけではないが、どうにも取りつくしまが無い。
 とっとと帰るとばかりに、足早に歩みを進める。

 川べりの道。とある家を過ぎたところで、いきなり乱馬は側のフェンスに飛び乗る。
 あ、そうだ・・・確かこの先、あの水かけお婆さんの家。
 ここで何度も思わぬ変身をしたんだっけ。
 でも乱馬はお婆さんのこと、恨み言一つ言わない。
 だけど、今日は・・・警戒したい気持ち、わかるよ。

「大丈夫よ、乱馬。今日はお婆さん、水撒いてないよ。」
「・・・別に、それでここ歩いてるわけじゃねーよ。」

 やっぱり、思いっきり今日のこと、気にしてる。口を利いてくれるだけ、まだマシだけど。

「乱馬は・・・変身したって乱馬だよ。」
「ったりめーだろ」
「例え女の子の服着ようが、女言葉使おうが、女の子みたいなことしよーが、中身は乱馬のまんまだって、私、ずーっと思ってきたんだから。これからだって、そう、思うよ。」
「あのな・・・何言ってんだよ。訳わかんねーぞ」
「だから、つまらない連中のことなんか、気にしないで・・・」
「俺は別にどーも思ってないぜ」

 そう言うと、乱馬はフェンスの上を歩くスピードを上げた。
 相変わらずの強気。絶対に弱味を見せようとしない。でも・・・
 響いてくるの、痛みが。私も・・・胸が苦しくなる。


 家に帰ると、私は右京に電話をかけた。

「うん、明後日プールあるし、多分これなら・・・じゃあ、何人か・・・お願いね。」


 翌々日、私は家のありったけの魔法びんにお湯を入れて学校に持っていった。
 プールをエスケープしないかちょっと心配だったけど、乱馬は平然と授業に出た。
 そして・・・

「ちょっと、あかねから預かった魔法びんが無くなってるわ」
「げ、俺の分もだぜ」

 またしても起こる魔法びん消失。

「右京のは?」
「ウチのもや。腹立つな〜」

 乱馬は変身した姿で、腕を組んで机に腰を掛けている。押し黙ったまま。

「やっぱりそう来たわね。」
「ふん、ウチらもナメられたもんや。」

 私と右京の目が合う。どちらからともなく、うなずく。

「ほな、持ってきてくれたの、出してやー!」

ドン、カタン、トン
 乱馬の目の前に、色も形もまちまちの魔法びんがいくつも並べられる。

「どれでも好きなの使ってね、乱馬くん」
「俺の、持ってこようか?他のクラスのやつに預けてあるんだ。」
「私のは妹に持たせてるの、1年生だけど。」
「俺ん家はすぐそこだぜ。足りなくなったらいくらでもお湯、持って来るぞ。」

 乱馬は黙って魔法びんのカラフルな列を見ていた。
 その頬に輝くような赤味が差す。

「さんきゅ・・・みんな」


 程なくして、魔法びんは見つかり、隠した犯人もわかった。
 たくさんの魔法びんを抱えてこそこそ歩いているのを、何人もの生徒に目撃されたのだ。
 2年からの編入生だった。アイドルや同級生をしつこく追っかけたという前歴があって、高校を替わったらしい。
 当然、右京はヤキを入れると意気込んだが、私は止めた。
 クラスはおろか、学校中から総スカンを食い、その生徒は現れなくなった。半月もたたずして、学校を辞めたとか。
 これで魔法びん騒動は幕を下ろし、盗み撮りをする不埒者も激減した。まあ、懲りない人間はどこにでもいる。

 その話はもう、終わり

 その日の帰り道、乱馬はフェンスの上をトタトタ歩いていた。
 足取りが軽いのが、私にはわかる。
 ちょっと後から歩いていく私の方を、乱馬は振り返る。

「あかね・・・お前が頼んだのか?」
「何人かはね。でも、自主的に持ってきてくれた人も結構いるんだ。」
「そうか・・・」

 言葉だけ聞けば、素っ気無い。でも・・・
 フェンスの上から私を見つめる乱馬。その顔に浮かぶ優しい微笑み。
 ・・・それで私には充分

「なあに、見てんだよっ」
「何でもないよーだ」

 うんと前に一度だけ言ってもらったことがあったっけ
 でも、今は私も同じこと、思ってる


 乱馬・・・笑うと素敵だよ



  the end of the story ・・・ continue?

  written by いなばRANA




作者さまより

拙筆者あとがき
 何だか、某中学生日記のような話になってしまいました(苦笑)
 ラストの一言が書きたかっただけじゃないのか〜、と突っ込まれそうですが(半分当たりです・・爆)
BR>  前からこんな話を書いてみたかったのです。守る側に立ったあかねちゃん。
 大きな事件の中では守られる側が多いあかねちゃんですが、日常の中では逆に何かと騒ぎのもとになる乱馬くんのフォローに奔走しているのではないかと。根はまっすぐで面倒見の良いあかねちゃんですから。好きになる以前からきっとそうだったのでしょう。恩着せがましいことはあまり言わないでしょうが、乱馬くんもきっとわかっているでしょうね、あかねちゃんの尽力。きっと校内では「世話女房」(ぉ)と思われているでしょう。この辺、一生徒の視点で見ると、面白いでしょうね(をっと)
 変身についてはかなり勝手な私的考察が入っています。やっぱりのどかさんの手前、やたらには変身出来なくなるのではと。それと、TVで「乱馬、呪線郷に行く」を見ていてはっとしたのですが、時間が経てば経つほど、変身体質を解くことに焦りを感じてくるはずです。あの話が乱馬くんの無意識の反映というのなら・・・まだプロットとして使いたいので、以下略にさせていただきますが(ぉ)
 バケツとやかんはらんま的重要アイテムですが、なぜか出番のない魔法びんを敢えて使いました。だって、やかんはもろに熱そうで・・・魔法びんはも少しお手柔らかな感じがして。あと、魔法びん、という言葉がすごく好きなのです。誰がつけたのか、とてもファンタジックなネーミングで。こんな呼び方、日本語だけでしょうね。ちなみに英語ではthermos bottleとかvacuum bottleとか呼ぶようですが、間違ってもまじっくぼとるとは言わないでしょう。手品の小道具になっちゃいますね、きっと。

 一応、高3の二人ということで、某シリーズの中でも外でも(?)


 乱馬くんと魔法瓶かあ・・・言い得て妙な取り合わせだなあ・・・
 魔法瓶って不思議な響きがある言葉だと思いませんか?(子供の頃からそう思っていた私)
 子供の頃は「大魔王」でも出てくるんじゃないかと結構真剣に考えたました(笑


 ところでプロムスの語源について・・・最近思い出したんで補足。
 「プロムス」とはイギリスのロンドンで夏に開かれる音楽祭の名前です。
 エルガーの作品の演奏に感動した観衆が曲に合せて歌い踊りだしたのがはじめの慣わしだったと思います。
 私の記憶が正しければ、エルガーの代表曲、行進曲「威風堂々第一番」ですね・・・その中間部に「栄光と希望の国」たらいうイギリスの第二の国家と言われる歌がついてるんですが、これに乗じて聴衆が歌え踊れになったんだそうです・・・
 「威風堂々」第一番はCMなどで、良く聴きます。最近も何かのCMに使われてたぞ・・・。
 それがアメリカに渡って。ジャズやブラズバンドと結びついてハイスクールのダンスとして定着したのだそうです。

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