◇半分づつのラブソング(そして二人は雪の中)
いなばRANAさま作


 3月14日、東京は凍りつくような白い雲に厚く覆われていた。文字通りのホワイトデー・・・

「えーと、この店かな、なびきが言ってたのは。」
 とある洒落た門構えの店の前で、早乙女乱馬は足を止めた。風林館高校のバスケ部に助っ人に入り、見事に地区大会優勝を果たした報酬・・・バスケ部副キャプテンの実家のアクセサリー屋でのお買い物・・・それは彼の一番大切な人への贈り物になるはずであった。
(バレンタインデーも先週の卒業記念パーティーでも、ろくなことなかったからなあ・・・今日くらいちょっとは優しくしてやらねーと・・・あいつ、最近喧嘩もしてくれねえ・・・)

 バレンタインデーは相変わらずシャンプー達に追いかけまわされ、肝心のあかねからのプレゼントをてっきり手作りチョコだと思い込んだ乱馬は、いらぬ予防線を張った挙句、プレゼントを台無しにするところだった。
(まさか、あんなプレゼントを用意してくれるなんて、夢にも思わなかった・・・)
 年末からあかねが乱馬の母であるのどかと、時間をかけて用意してくれたプレゼント・・・暖かなドテラ。以前のどかが作ってくれたドテラを失くしたことを聞いたあかねが、のどかに教えてもらいながら、悪戦苦闘の挙句作り上げたドテラ。見栄えは確かに良くなかったが、サイズはぴったりだった。
(「・・・そりゃ不器用で上手に出来なかったけど、あそこまで言うことはないでしょうっ!!・・・乱馬のばかあっっ」)
 涙にくれるあかねの顔、悲痛な叫び・・・のどかの機転でプレゼント自体は無事に乱馬の手に渡ったものの、あかねの心に大きな傷を残してしまったことは、乱馬にとっても痛恨の事実だった。
(何とか埋め合わせ、しようとしたんだけどな・・・)
 今年、なびき達は卒業を迎えた。その記念ダンスパーティー、アメリカ流にプロムと呼び習わされたが、あかねに一緒に参加するようにと執拗に迫る九能に、乱馬は(久々に変身して)身代わりを申し出た。結局あかねも同伴することになり、3人で参加したのだが、その席で何と乱馬は猫化してしまった。それを取り押えるのにあかねがどれだけ苦労したか・・・その時あかねが着ていたドレスがぼろぼろになっているのを見て、乱馬は愕然とした。猫化した時の記憶は全く無いだけに、事の顛末はわからず、聞くに聞けず、あかねにきちんと謝ることも出来ずじまい。ここ数日というもの、あかねの周りには”近づかないで”、”話し掛けないで”と書かれている見えない壁が存在していた。バスケの練習に打ち込む、という形で自分の気持ちを紛らわしてきたものの、苦しいことには違いなかった。

(これで仲直り、してもらえるかな・・・)乱馬は気を取り直して店のドアを開けた。

チリンチリン・・
 ドアを開けるとかわいいベルの音が響く。ベージュとホワイトゴールドを基調にした、いかにも若い女の子が喜びそうな店内には様々なアクセサリーが所狭しと並べられているが、ディスプレイの巧みさがごちゃごちゃした印象を与えない。店内には3人ばかりの客がいたが、プレゼント選びに夢中、といった様子で入っていた乱馬に気づきもしない。店員はそれぞれ接客中である。
(さてどうするか・・・やっぱこういうとこ、苦手だ・・・・)
 この期に及んで思案にくれる乱馬は、いきなり背中をどやしつけられた。
「おうっ、来たか、早乙女!」
「お、鬼平・・・いや、コーチ!?」
 振り返った乱馬は、そこにバスケ部の鬼コーチ、非公式通称”鬼平”・・・風林館高校の非常勤体育講師でもある・・・の姿を見て驚いた。
「なんだ、知らなかったのか、俺はここのオーナーだ。共同経営者というわけだ。今日はご苦労だったな、ま、奥へ入れ。茶くらい出してやる。」
「は、はあ・・・」学校では型破りの最たる乱馬も、この壮年にして筋骨逞しく、豪放磊落で口の悪い親分肌の男には頭が上がらない。鬼と言われるくらい厳しい指導の一方で、生徒達の話にはきちんと耳を傾け、人望も厚い。なかなかの酒豪でもあり、時々天道家に訪れ、早雲や玄馬達と酒を酌み交わすこともある。本人の前では決して口に出さないが、乱馬のことは一目置いており、2年の秋の進路調査で”修行に出る”と書いた乱馬のことを、苦笑一つしなかったのは担任の二ノ宮ひな子と、鬼平くらいであった。何かと騒ぎを起こす乱馬が今まで何とか学校を続けられたのも、この鬼平によるところが大きい。

「どうだ、他流試合もたまにはよかろう。なんなら、合宿に参加して、本選も出てみるか?」
 店の奥の落ち着いた応接室でコーヒーと茶菓子・・・びっくりするくらい大きく切ったシフォンケーキに泡立てた生クリーム、バニラアイスに苺まで添えられた豪華なもの・・・を出され、実は甘党の乱馬は喜んで食べ始めた。
「遠慮しときますよ・・・俺、ちょっと山ごもりして修行する予定ですから。」
「本業に精を出すか。惜しいが仕方ないな。やっと使い物になってきたところだったんだがな。・・・まあ食え、お代りならいくらでも出すぞ・・・とすると、お前の抜けた穴を埋めんといかんな。今度の合宿で鍛え直すか・・・」
 春休みの合宿は地獄になるだろう。参加する部員達のことを考えて、乱馬は首を竦めた。
「あの・・・ところで・・・」3度目のおかわりの後、さすがにここを訪れた目的を思い出し、乱馬は重い口を開いた。
「そうだったな、天道なびきからちゃんと話が来とるぞ。今時の若いものも大変だな。・・・だが、人からもらったら、きちんと返すのも礼儀だ。物に限った話ではないぞ。お前、えらい迷惑かけたんだろう、あかねに。」
 それを言われるとぐうの音も出ない。
「あの子は今時滅多にいない、いい子だぞ・・顔形の話ではない、お前がどんな馬鹿な騒ぎを起こしても、なんのかんのと結局はお前のことを心配して力になってくれている。お前になんぞ勿体無いくらいだ。」
 他の人間からこんなことを言われようものなら、決して黙ってはいない乱馬だが、借りを作りまくっている鬼平相手では、神妙にせざるを得ない。
「ま、今日のところはこれで勘弁してやる。とっとと選んで早くあかねに渡してやれ。」
どんっ
 大きなケースがテーブルの上に置かれた。鬼平がぱかりとケースを開けると中には指輪・ネックレス・イヤリングなど様々なアクセサリーが並べられ、目も彩な輝きを放つ。
「ほれ、似合いそうなやつを見繕っておいたぞ。どれでも好きなやつを持ってけ。お代はいらんぞ。ちゃんと指輪のサイズも合っておる。」
「俺、こういうのは全然わからないけど、けっこう高そうな・・・」
「ばかもん、これはお前の優勝カップみたいなもんだ。地区予選とはいえな。安物を出せるか、俺の沽券にかかわる・・・それにどうせお前が持つのはわずかな間だろう。」ぐっとコーヒーを飲み干すと、鬼平は立ち上がった。
「俺はこれから打ち上げに行って来る。お前は明日の祝勝会の方には出ろよ・・・あとはうちの母さんに頼んであるから、決まったら声を掛ければいい。じゃあな。」部屋を出てドアを閉めると、鬼平はふっと頬をゆるめた。
(全く面白い奴だ・・・普段はブレーキの壊れた車みたいに突っ走っているのに、好きな娘の前ではブレーキ踏んだままアクセルをふかしてやがる・・・エンストするなよ、今日くらいは・・・)

 一人残された乱馬はアクセサリーとにらめっこをしていた。
「・・・ちょっと派手過ぎないか、これ・・・」意識していたわけではないが、乱馬はあかねの清楚なイメージを好ましく思っている。派手なアクセサリーや化粧は似つかわしくない、と思う。
「鬼平のやつ、自分の好みで選んだんじゃねーのか・・・ん?」ケースの左隅にある小さな箱に入った一組の天然石が乱馬の目に留まった。淡い薔薇色とも乳白色ともつかぬ微妙な色合いが、周囲の青いビロードに映える小豆ほどの石。
「・・・イヤリングか。・・・いいかも」一瞬あかねの嬉しそうな顔が浮かぶ。その両耳には薔薇色に輝くイヤリング。
「おーし、これに決めたぜっ」

十数分後・・・
「おいっ、早乙女の奴、ちゃんと選んでいったか?」
「あらあなた、打ち上げは?・・・ええ、さっき帰ったわよ、ちゃんと持って。結構趣味良かったわよ・・・あなたと違って。」
「いらんお世話だ。ところでどれを持ってったんだ?」
「その隅に入っていた今月の新作・・・たしか桜をイメージした・・・」
「あれか、悪くは無い・・・お、あれは確か・・・おい、電話だ。」

 同じ頃、乱馬は天道家に帰り着いていた。ポケットには金色のリボンをかけた桜色の包み。あかねの顔を見るのが楽しみなような面映いような、ここしばらく感じなかったくすぐったい幸福感。
「あら、お帰りなさい、乱馬くん・・・まあ、電話かしら・・」
 優しく出迎えてくれたかすみが、あわてて電話をとる。
「はい、ええ、こちらこそいつもお世話に・・・乱馬くんならちょうど帰ってきたところです。今代わりますね・・・」
 かすみから電話を受け取った乱馬は、怪訝そうな顔をした。
「はい、お電話かわり・・・え?・・・あれ、ピアスなんですか?・・・交換は・・・ちょ、ちょっと考えさせてください。」
 乱馬はあわてて電話を切った。どこで誰が聞き耳を立てているかわからない。
「まあ、乱馬くん、ピアスを買っちゃったの・・・」「しーーーっ、しーーーっ」
 必死に制止する乱馬の様子に気づかないように、かすみは言葉を続ける。
「でもピアスはダメよ・・・あかねが嫌だって・・・前にあかねのお友達がピアス穴を開けたら化膿して大変だったらしいの。」
(・・・返品して他のにするしかないな・・・くそっ、ちゃんと確かめるんだった)
「ちょっと行って来ます・・・今の話、誰にも言わないでくださいよ。」

 乱馬は再びアクセサリー店に向かっていた。既に日は傾き、辺りは薄暮に包まれている。肌を刺すような寒さはますます増していたが、道を急ぐ乱馬にはまるで感じられなかった。とある曲がり角に差し掛かった時−−
ザバッ
「うわっ、ちめてぇっ!!」
 乱馬は洗車中のホースの水をもろにかぶってしまった。
「だ、大丈夫ですか?お嬢さん」あわてて駆け寄ってくる男に向かって、変身したらんまは怒鳴りつけた。
「ばっかやろーっ、こんな日に洗車なんかするんじゃねーっ!!」
 次の瞬間、らんまはあることに気が付き、あわててポケットに手をやった。桜色の包みは、びっしょりと濡れている。
(なんてこった・・・これじゃあ返品もできやしねえ・・・)
 目の前の風景がみるみる色あせていく。寒さに震え、その場を立ち去ろうとした時、聞き覚えのある声が響いた。
「あれ、乱馬くんじゃないか・・・どうしたの?」
 振り返ると、穏やかな笑顔の東風が立っていた。

「ふーん、それは災難だったね。」
 接骨院の一室でお湯が沸くのを待ちながら、らんまはとりあえず東風から借りたタオルで体を拭いていた。
「お待たせ、お湯が沸いたよ。」渡されたやかんからお湯をかぶり、再び乱馬は変身した。
「ありがとうございました。それじゃあ・・」
「ああ、待って・・・服がびしょ濡れだよ。乾かしていきなさい、風邪をひいてしまう。」
「・・・はい。」どうせ急いでも仕方が無い。乱馬は東風が出してくれたお茶をすすり、上着を脱いでストーブのそばに干そうとした。ポケットに手が触れる。中の濡れた包みを取り出し、乱馬は無言でそれを見つめた。 
「・・・とんだ骨折り損だぜ・・・もういいや、その辺でキャンディーでも買ってくか。」
「それ、薬局の前のアクセサリー店で買ったの?」
「まあ、そうですけど・・・俺、ドジってピアスなんか選んじゃって、これじゃあ返品も出来そうに無いし。」
「・・・そう、ま、ちょっとそこにいてね。」
 何かを思い付いたように東風は部屋を出て行く。話し声が聞こえてきたところからして、電話をしているらしい。
「諦めたものでもないよ、乱馬くん。もうしばらくここで待ってなさい。」「?」
 数分後、接骨院の玄関口に銅鑼声が響いた。
「東風先生、来たぞー」
「あの声は・・・鬼平?」
「いやあ、平さん、わざわざどうも・・・」
 意表をつかれた乱馬の前に、鬼平はぬっと姿を現した。
「早乙女、お前何やっとるんだ・・・こんな間抜けとは思わなかったぞ。」
「・・・」憮然とする乱馬に、鬼平はにやりと笑いかけ、大きな手を出した。
「どれ、貸してみろ・・・うん、きれいな石だ。」
「・・・ピアスじゃだめなんですよ。」
「俺のとこにあるのはこれだけだ・・・さてどうするか・・・ふむ、先生、ちょっと作業台に出来るところはあるかい?」
「ええ、こちらにどうぞ」
「ようし、ちょっくらやるとするか」

 10分後、ピアスの片方はペンダントヘッドに変わっていた。

「すっげー、鬼いやコーチがこんな特技を持っていたなんて」
 たくましい腕が繊細な作業をこなすのを目の当たりにして、乱馬は目を丸くした。
「学校の奴らには言うなよ。俺のささやかな趣味なんだからな。ほれ、鎖だ。これに付けろ。」
「良かったね、乱馬くん。これなら大丈夫だね。」
「すいません、東風先生。」
「こら、礼を言うならこっちだろう・・・しょうのない奴だ。お、片方余ってるな。」
 残ったもう片方のピアスをつまみ上げ、鬼平はしばし考えていたが、ふと乱馬に視線を移し、再びピアスを見ると小さく頷いた。
「先生、ちょっと」
「何です、平さん・・・ふむ、そういうことなら・・・ええ、出来ますよ」
「なーに話してんだよ」目の前で大人二人に内緒話をされ、乱馬は思わずジト目になる。
「ああ、ごめんごめん、ところで乱馬くん、君、金属アレルギーは無い?」
「・・・無いと思いますけど、何で?」
「それは良かった。ねえ、やっぱりあかねちゃんとしっかり仲直り、したいよね。」
「・・・まあ」(そのためにこんなに苦労したんだし・・)
「そうだよね。じゃあ我慢できるね、そんなに痛くないから。」
「・・・へっ?・・ちょっ・・何を・・」

「こんばんはー、東風先生、お邪魔します。」
 接骨院の玄関に澄んだ声が響く。白いハーフコートに身を包んだ少女・・・あかねである。手には大きめの紙袋を下げている。
「いらっしゃい、あかねちゃん、待ってたよ。」ひょいと東風が奥から顔を出した。
「先生・・・すいません、また乱馬がご迷惑をおかけしたようで・・・」
「迷惑じゃないよ、全然。あ、着替え持ってってあげてね。奥にいるから。」
「はい」脱いだコートを手に、あかねは勝手知ったる接骨院の中に入っていく。診察室に入ると、奥で乱馬がぶすっとした顔で右ひじをつき、手を耳にあてて座っているのが見えた。あかねは息を深く吸い込むと、静かに声をかけた。
「乱馬、着替え持ってきたわよ。」
「ああ、さんきゅ」ひじをついたまま乱馬は答える。横柄な態度に見えて、あかねはかちんときた。
「全くドジなんだから。早く袋受け取って。私、もう帰るわよ。」
「あ、ちょっと待てよ」乱馬は慌てて立ち上がる。手は耳にあてたまま。
「乱馬・・・耳、どうかしたの・・・怪我?」
「な、なんでもねえ・・・」思わず乱馬は後ずさる。
「もしかして今日のバスケの試合で?・・・だから打ち上げにも行かずにここへ?」
「いや、その・・・」
「そうなの・・・ごめん、私ったらてっきり・・・大丈夫?」
 ここしばらく見たことのないような思いやりにあふれたあかねの瞳に、胸が早くなる。頭に一気に血が上ってくらくらしかけた乱馬は、思わず空いている左手を診察台に置いて体を支えた。
「乱馬!」あかねが急いで駆け寄る。「大丈夫なの?ね、座って。私、そばについてるから。」
「あ、これは・・・」違うんだ、と言いかけた言葉を乱馬は飲み込んだ。きちんと説明する自信はない。
「平気さ、心配するな。」「ならいいけど・・・でも少しこうしてましょう、ね?」「・・・」
 また一気に動悸が早くなる。あかねを取り巻いていた見えない壁は、今はきれいに取り払われている。
(今、しかないよな・・・)乱馬はポケットに手をやった。

「あかね・・・こ、これ・・・」東京タワーのてっぺんから飛び降りるような気持ち(?)で、乱馬は小さな箱を差し出した。
「た、確か今日、ほ、ホワイトデー、とかいったっけ、だから、こ、これ、やるよ・・・」
 一瞬目を見張ったあかねの顔が見る見るうちに薔薇色に染まっていく。
「・・・ありがとう・・・開けて、いいかな」「あ、当たり前だろっ」
 ゆっくりと箱を開けると、柔らかな薄桃色の輝きが広がった。
「・・・きれい・・・ペンダントね・・・」目を細めるあかね。
「は、早く着けてみろよ・・・に、似合う、とお、思うよ・・・」「うん」
 あかねはそっと細い銀色の鎖を持ち上げ、金具を外して首に巻いた。不調法者の乱馬には、自分の手でかけてやるという気の利いた考えはまるで浮かばない。もっとも、今はそうしたくても出来ない理由があったのだが・・・
「ちょ、ちょっと待ってね・・・金具が小さくて・・・なかなかはまらない・・・」
 もともと器用な方とは言い難いあかねは、首の後ろで金具を止めるのに四苦八苦していた。最初のうちは嬉しそうなあかねの様子に半ば見とれていた乱馬であったが、次第にじれったさが募り始める。
「あれ、だめだなあ・・・」「ああっもう、見てらんねえっ」
 ついにしびれを切らした乱馬は、あかねの後ろに回ると、両手でさっと金具を掛けた。
「ほんっとうに不器用だな、お前は」思わず出てしまう憎まれ口。
「何よっ、だいたい頼まれなくても相手の首にかけるくらい常識でしょうが!・・・え?」
 きっと乱馬に向き直ったあかねの目は今度こそ丸くなった。

「乱馬・・・あなた、ピアスしてるの?」
「げっっ」慌てて隠すが、時既に遅し・・・
「こ、これはだな、鬼平の奴と東風先生が勝手に・・・だーかーら、俺の意思じゃなくて、だいたいこんなちゃらちゃらしたもの、俺は好きじゃねーんだからなっ」
 支離滅裂な乱馬の言い訳に耳を貸すでもなく、あかねはふっと俯いた。
「・・・や、やっぱおかしいよな、男がピアスだなんて・・・」
「・・・お揃いだね・・・」「ぃ?」
「このペンダントヘッドと、同じ石だね・・・何だかとっても・・・」
 あかねは言葉を途切れさす。乱馬がそっと覗き込もうとした時、あかねは顔を上げた。「嬉しい・・・」
 その大きな瞳には、真珠のような涙が浮かぶ。乱馬にとっては世界中のあらゆる宝石よりも美しく思えるあかねの涙。
「・・・そんなに嬉しい、か?」あかねはそっと頷く。「そうか・・・」
(東風先生が言ってたことって・・・考えてみれば、お揃いで持ってるものって無いしな・・・)
 あかねの指がそっとピアスに触れる。
「よく似合ってるよ、これ・・・本当に。」
「そ、そうか、そーだな、俺って何でも似合っちゃうからな・・・」あかねは思わず苦笑する。

「東風先生、さようなら」
「今日はいろいろありがとうございました。失礼します。」
 接骨院の玄関で二人は東風に頭を下げた。滅多に人に頭を下げない乱馬ではあるが、今日ばかりは感謝してもしきれない。
「いいんだよ、平さんにも伝えておくからね。乱馬くん、後のケア、忘れないでね。」
「は、はい」その耳にはピアスが淡い輝きを放っている。
「外はもう暗いから気をつけて帰ってね。さようなら。」
 とっくに日は沈み、辺りは暗かったが、厚く垂れ込めた雲が地上の光を反射するのか、町の風景は妙に白っぽい。
「やけに冷え込むな・・・雪でも降るんじゃねーか?」
「もう3月も半ばなのにね・・・乱馬、いつまでそうやってるの?かえって目立つわよ。」
「うるせー、誰かに見られたら、わ、笑われるだろーがっ」乱馬は耳にあてた手を下ろさない。
「も、もう外すぞ・・・だいたい、これ着けたまま帰れるかよ。」
「見栄っ張りなんだから、もう・・・あれ?」目の前にひらりと白い切片。「雪だわ・・・」
「本当だ・・・ってまじいっ」「大丈夫、傘あるわ・・・この程度じゃ変身しないわよ。それに・・・ピアス、目立たなくなったでしょ?」
「それもそうか」乱馬はほっとして手を下ろし、あかねから渡された傘を開く。「ホワイトデーに雪とはとんだ演出効果だぜ。」

 ふと横を見ると、あかねは胸に手をやっていた。ちょうどペンダントヘッドがある所。その顔には夢見るような表情が浮かぶ。白いハーフコートに同じく白の帽子。雪明りに淡い桜色の頬が美しく映える。
 無意識のうちに乱馬の指もピアスの石に触れていた。そこからあかねの胸の鼓動が伝わってきそうな気がする。
(本当にあかねの気持ちが伝わってきてくれたら、俺、もうあかねを傷つけたり、悲しませなくて済むのに・・・)
 乱馬の視線に気づいたあかねが、ちょっと恥ずかしそうに微笑み返す。
「つい、ぼーっとしちゃった。だって・・・」あかねの頬が今度こそ薔薇色に上気する。「ここにも乱馬がいてくれるような気がして・・・」
「・・・そんなこと言われたら外せなくなるだろっ」乱馬はそっぽを向く。「俺だって・・・そんな気がするんだから・・」
「え?・・何て言ったの?」
「あ、あの、だからさ、雪が降ってえらく寒いし、お前がくれたドテラ、着てみようかなって・・・せっかくお前が一生懸命作ってくれたんだからさ。」
「・・・」
「俺、あの時のこと、すごく悪かったって・・・ずっとお前に謝りたくて・・・」これまで胸の中で溜まり続けてきた謝罪の言葉が、堰を切ったように溢れ出す。どうしても取り去ることのできなかったわだかまりがきれいに洗い流されていく。まるで二人が持つ石が、お互いの気持ちを共鳴させているかのように。
「それに卒業プロムだって・・・せっかくのパーティー、俺のせいでめちゃめちゃに・・・ごめんな。」
 ここまで言って乱馬はほっと一息ついた。あかねが本心から許してくれるかどうかはともかく、少しは償いが出来たような気がした。
「・・・ずるいよ」「へ?」
「ずるいよ、乱馬・・・ここで全部許してもらおうだなんて、虫が好すぎるよ。」
(・・・やっぱりそうは問屋が卸してくれなかったか・・・)
「じゃあ、どうすればいーんだよ・・・」乱馬の問いかけに、あかねは少々首をかしげたが・・・
「そうね、バレンタインのことは許してあげる。プロムのことは・・・あれはお姉ちゃん達の卒業記念だし、本番はちゃんとしてくれるなら、いいわよ。」
「本番?なんだ、そりゃ」まるっきりわからんという顔の乱馬に、あかねは呆れたように説明する。
「だから、私達の番よ・・・来年の。ちゃあんとエスコートしてね。」
「え、えすこーと?それ、着る物か?」
「・・・ほんっとうに常識ないんだから。パートナーをきちんとつとめ上げることよ・・・間違っても相手を一人にしたり、放っといたりしたら、駄目なんだからね・・・そうそう、ダンスの相手もするのよ。」
「だんすぅ?おいっ、俺はそんなもん・・」
「大丈夫、あと一年あるんだから、しっかり練習しましょ・・・それとも、私と踊るのは嫌?」
「い、嫌とかそういう問題じゃなくてだなあ・・・」
「やらなかったら許してあげないっ・・・大変だったんだから、猫化した乱馬、取り押えるのは。」
「わ、わかったよ・・・やればいいんだろう、やれば。」
「約束よ・・・これも忘れないでね。」
 あかねは手を伸ばして乱馬の耳に触れる。優しい光を放つピアス。この輝きがある限り、自分と乱馬の心も二度と離れない。ピアスをそっとなぞる指に、暖かい手が重ねられる。
「約束する・・・これだけは絶対に忘れない・・・」
 逞しい胸に引き寄せられながら、あかねはペンダントを引き出し、そっとそのペンダントヘッドを握りしめた。パールホワイトの傘が二人を外の世界から遮る。静かに降り積む雪と淡い薔薇色に輝く二つの石だけが見守る。優しく口づけを交わす幸せな恋人達の姿を。



    end

written by
"いなばRANA"




作者さまより

 拙筆者あとがき

 大暴走です。ここまで読まれた方、お見苦しい点は平にご容赦を。
 乱馬くんはピアスなんてちゃらちゃらしたものしないよっ、と思われる方も多いかもしれませんが。
 この話には私の失敗談が入ってまして・・・「あれ、ピアスなんですか?」というあたりが(苦笑)作中あかねちゃんと同じ理由でピアスを断念しましたので。でも東風先生ならこわくないかも(笑)
 鬼平さん(はせがわへいぞうという名ではありません・・汗)途中ですっかり主人公をくっちゃって・・・抑えられないところが未熟の為せるところかもしれません。
 プロムはアメリカの青春学園ものに良く出る学校主催のダンスパーティーです。実際参加したことがあるわけではないので、かなりいい加減なことを書いてます。風林館高校の行事ですから・・・大目に〈^^;
 来年のプロム、果たして乱馬くんはあかねちゃんを無事エスコートできるのでしょうか?ダンスの練習で何度足を踏まれるやら(笑)想像してお楽しみください。これは読み切りですから・・・(爆汗)
 でもこの話を書き上げたのが3月15日という事実が、一番情けなかったりして。


感謝多謝!
プロムのネタを振った私といたしましては、そこからこんな素敵な作品を堪能させていただき嬉しいです♪
ホワイトデー・・・いろんな想像が膨らむんですね・・・いいなあ。
耳たぶが殆どない私はピアスはおろか、普通のイヤリングさえできないです・・・すぐに落っこちるんだ、これが・・・
乱馬とあかねの卒業式時のプロムはどうなんでしょうね・・・いなばRANAさん(さりげなくネタふってみたりして)
(一之瀬けいこ)

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