◇半分づつのラブソング(悪夢のプロム編)
いなばRANAさま作


ピィーッ
鋭いホイッスルが鳴り響く。
高校男子バスケットボール地区予選決勝、風林館高校対若葉学園の試合はクライマックスを迎えていた。
残り10秒、同点。
風林館高校の選手がシュートを放つ。どっと歓声が上がる。が、ボールは無情にもゴールリングに弾かれた。
ほうっと残念と安堵のため息が入り混じる。誰もが延長戦を確信した。その時・・・
ガッ
ゴールリングをボールが通過した。素晴らしい跳躍力でリバウンドをキャッチした選手が、そのままダンクシュートを決めたのだ。
間髪を入れず、試合終了のホイッスルが鳴った。
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「やったー!!」歓喜の声を上げながら、風林館高校の選手達は決勝ゴールを決めた選手を取り囲む。口々に賞賛やねぎらいの言葉をかけてくるチームメートに応じながら、彼は後ろに一つに束ねた髪を解き、結い始めた。
その様子を見咎めた若葉学園の選手があわてて仲間をつつく。
「おいっ、あいつまさか・・・」
「ん?あのおさげ髪・・・間違いない、早乙女乱馬だ!」
「ちっくしょー、髪型変えてたから気がつかなかったんだ・・・とんだ秘密兵器だぜ」
「おいっ、反則じゃねーのか、あいつ登録選手かよ?」
「いや、聞いたところじゃ、風林館の全ての運動部に仮入部しているそうだ、剣道部を除いて・・・だから出場資格だけは持ってるらしい。部活にはまるっきり出てこないようだが。」
「しっかしすごいジャンプだったぜ、聞きしに勝る運動神経だな。」
「全く、悔しいが俺達のかなう相手じゃない。」
「そーいやあいつ、すっげーかわいい婚約者いるんだって?」
「ああ、天道あかねって言うんだろ。来てるんじゃないか、そのへんに。」
「そーだな、3月14日だったっけ、今日は・・・」

 賛嘆と悔しさが入り混じった視線を尻目に、乱馬はとっととロッカールームに引き上げようとしていた。その目の前にタオルが差し出された。天道なびき・・・許婚であるあかねのすぐ上の姉。
「お疲れ様、乱馬くん、大活躍だったわよ。」
「お、サンキュ、なびき」気の無い返事をして、乱馬はタオルを受け取る。
「いいの、これから表彰式よ。MVPは固いんじゃないの?」
「俺は助っ人だ。ちゃんと勝ったんだからお役目ごめん、さ。」
「それもそうね。安心して、報酬は確かにキープしてあるわよ。」
「ったくうまくのせられたぜ。けっこーきつかったんだぜ、日程的に。」
「あら、そんなこと言ってもいいの?むしろ感謝してもらいたいくらいなのに・・・今日のホワイトデー逃したら、 今度いつあかねと仲直りできるかわからないわよ。あの日のこと、まーだ根に持ってるんだから。」
「そのことは言うなって!!」
乱馬は思わず真顔になる。その様子を見てなびきは笑いをかみ殺す。公式試合で応援の生徒は皆制服姿だが、なびきは私服・・・春物のスーツ姿だった。つい一週間前、彼女は風林館高校を卒業したばかりである。そして卒業式の日の夕方開かれた卒業記念パーティー、通称プロムが、とんでもない騒ぎの舞台となってしまったのだ。
「くっそー、校長の奴があんなくっだらねーもん思い付かなきゃ俺は・・・」
わなわなと震えだす乱馬の姿に、なびきはその日の出来事を鮮明に思い返す。というより強烈過ぎて忘れようにも忘れられない、と言ったほうが本当のところだが。


 プロム・・・アメリカの高校や大学で公式に主催される舞踏会のことである。よくあるのが卒業記念のプロムで、ハリウッドの青春学園ものでは定番と化している。舞踏会といっても結局のところはダンスパーティーなのだが、それなりに盛装してパートナー連れで参加となると、参加対象者達にとっては一大事である。
 本来、アメリカの風習であるプロムがなぜ風林館高校で催されることになったかといえば、あの真冬でもハワイな校長の思い付きからであった。当然、卒業式を主催する側も参加する側も大騒ぎとなる。主催者側の段取りは何とか間に合ったものの、参加者達のパートナー争いは熾烈なものとなった。男女比率は当然同じではないから、参加資格は卒業対象者以外にも在校生、届け出れば他校生も認められた。とはいえ、そんな規定など、最初から眼中にない者も風林館高校には確かに存在した。

「天道あかねーーっっ」
「九能先輩、その話ならお断りしたはずですっ!!もう90回目ですよ!!!」
「照れることはない・・・共にプロムに出て僕らの愛の頂点を・・・ぐはぁっ」
 最初のうちは半ば呆れ、半ば笑いながら傍観していた乱馬だったが、あまりの執拗な誘いにあかねが苛立ち、次第にげんなりしていく様子を見てじっとしてもいられなくなり、そして・・・
 あかねが九能帯刀を150回目に殴り飛ばした時、乱馬は水をかぶり、女のらんまに変身した。
「・・・代りに俺が行ってやるよっ」「おおっ!お前はおさげの女ではないかーーっ!!」
 久々に現れたらんまに狂喜する九能を容赦無く足蹴にしながら、らんまは身代わりを買って出た。その様子をあかねは最初のうちはほっとした様子で見ていたが、次第に心配そうな表情に取って代わった。
「・・・あたしも行きます」「あかね?」「わかってくれたか、天道あかねーーっ」
 喜びのあまり闇雲に二人に抱きつこうとした九能を、今度こそはるか彼方に蹴り飛ばし、らんまはあかねの方をきっと見た。
「せっかく人が代りに行ってやろーってんのに、なあに考えてんだよっ!」
「鏡を見なさいよ、鏡を・・・ったくあんたときたら・・」「へ?」
 不思議そうに水飲み場の鏡を覗き込むらんまを置いて、あかねは歩き去った。恐らくらんまには、いや乱馬にはわからないだろう・・・あかねが何を心配しているか。乱馬とらんまは背中合わせ、コインの表と裏。乱馬が変身した自分の姿をどう思っているにせよ。男の乱馬が少年から青年へとめきめきと強く逞しくなるにつれて、女のらんまも少女から乙女へと艶やかに花開いていく。
「あんなに舞い上がった先輩と二人っきりにしたら、危ないじゃないの・・・」
「あら、そんなに心配?」
「なびきお姉ちゃん・・・」
「ま、確かにほうってはおけないわよね・・・女の私から見ても危なっかしいくらいに綺麗だもの。」
「乱馬ったら、無頓着すぎるのよ。」
「でもねえ・・・」なびきは意味ありげにあかねを見る。「あかねにもそうなった責任の一端、あると思うんだけどなー」
「??・・・何よそれ」
「だーかーら、女の子は恋すれば綺麗になるって言うじゃない。らんまちゃん、だーれに恋してるんでしょう?」
「・・・あたしが知るわけないでしょっ」言葉とは裏腹に真っ赤になるあかね。
「せいぜいらんまちゃんを守ってあげなさいね・・・あ、これでますます綺麗になっちゃうかも・・」「お姉ちゃんっっ」
 かわいい妹をからかうのを止めてなびきは気持ちを切り替えた。おもむろに手帳を取り出す。何やら数字と記号がぎっしりと書き込んである。
「さーてと、そろそろ入札を締め切ってもいいかな・・・」
「入札?・・・ってお姉ちゃん、まさか・・・お金でプロムのパートナー引き受ける気!?」
「そうよ、衣装代も持ってもらえるし、あんた達も九能ちゃんにねだりなさいね、そのくらい。」
(あんた達の番になったら、ちゃんと二人でパートナー組みなさいよ・・・ま、いらぬ心配か)

 かくしてプロムの日(卒業式の日でもあるが、大半の生徒の頭の中ではプロムの占める割合の方が大きい)が到来した。ちょっと背伸びした盛装をして、やや恥ずかしげにパートナーの手を取って会場に詰め掛ける卒業生達。その中にはもちろん九能帯刀&らんま&あかねと、なびきと入札を勝ち抜いた相手も入っている。浮かれる男性側に対して女性陣(?)は等しく(3時間かそこら我慢すれば済むんだから)と考えてはいたが。しかし現実は違っていた。
 お定まりの開会式に続いて、有志によるコンサート、プロムクイーン&キングコンテストその他の企画が次々に催され、合間合間にダンスタイムが設けられた。もっとも社交ダンスなど踊れる生徒は大していなかったので、適当なヒットナンバーに合わせて体を動かすのがせいぜいであったが。
 らんまと九能がプロムクイーン&キングに選ばれてしまったため、あかねは期せずして壁の花になってしまっていた。在校生という立場で参加していることもあって、あかねは気にしなかったが。九能の相手をするよりはずっと楽でもある。
(・・・でも来年一人っきりにされたら、絶対に嫌だな・・・)
 九能から送られた薔薇色のカクテルドレスを着たあかねの前を、なびきとその連れのペアが踊りながら横切る。連れの男はロン毛を後ろで結わえ、なびきも珍しく髪をアップにし、つけ毛も使って華やかな髪型にしている。淡い金色のドレスを翻して踊る姉の姿にいつしか自分の姿が重なる。そして連れの姿も・・・
(ダンス・・・習っておこうかな・・・あいつも練習しないと一緒に踊れないか・・・)
くるくるくるくる・・・あかねの見果てぬ夢の中で、華麗に装った二人が軽やかにステップを踏む。ふっと二人が立ち止まる。そして・・・
「あかね!ちょっと・・あかね!」なびきの切迫した声の響きに、あかねは現実に引き戻された。
「あれ見なさいよ、すっごくヤバイわよ・・・」
 なびきの指す方向を見て、あかねは凍りついた。先ほどまで何かの余興が催されていた舞台上で、恐らく罰ゲームであろう、巨大な水桶が用意され、クイーンとキングの二人が入るように強要されている。あかねは水桶から立ち上る湯気を見逃さなかった。
「あれ、お湯じゃないの!!」そばにかかっていたテーブルクロスと水差しをひったくると、あかねは舞台にダッシュした。

「あちーっあちあちあちっっ」あかねの目の前で惨劇の幕は切って落とされた。

ダーンンッッ
 緞帳が叩きつけられる勢いで舞台に下りた。近くにいた生徒達がわっと四散する。あかねが舞台袖のスイッチを蹴り倒したのだ。
「たあっ」舞台の上で硬直する九能に、あかねはテーブルクロスをかぶせた。そして同じく固まっている乱馬に駆け寄り、水差しの水を浴びせ掛け、悲惨な姿から解放する。もっとも変身のあおりで体にぴったりのチャイナドレスはあちこちが裂け、化粧も水に流れて散々な格好であることには違いなかったが。
「さ、さんきゅ、あかね」
「ばかっっ!!・・・ともかく九能先輩をうまく言いくるめなくちゃ・・・」
 そう言いながら九能の方を向いたあかねは思わず息を呑んだ。どこかで引っ掛けたのか、テーブルクロスには大きな裂け目が出来、そこから九能の限界突破した顔がのぞいていた。
「ふぅくぅふぁふぁふぅあ・・・」およそ文字で表現できないような笑い声を上げる三白眼の九能を見て、二人は言葉による説得(?)を諦めた。
「原始的方法で記憶喪失になってもらうか」「・・・そうね・・・」
 二人がゆっくり構えた時、背後からふにゃふにゃした声がかけられた。

「出番、まだかにゃ?せっかくの犬猫的雑技団、もう待てないにゃん」
大きな猫の影、そしてその後ろからは様々な毛色の犬と猫の大群が・・・

「ぎいいいいいいい・・・やっぱり猫が好きぃーーーーっっ」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉっっ 愛しているぞーーっっ おさげの犬ーーーっっ」

「!!ちょっと・・・乱馬の猫化はともかく、先輩はいったい・・・」
 後ほど判明したことだが、猫化乱馬に対抗すべく、犬を使っての荒修行(骨付き肉を体中に巻きつけ・・云々)に励んだ九能は犬化という特技(?)を獲得してしまった。いずれにしろ、目に入るあらゆる人と犬に無差別攻撃を加えるという迷惑千万なものには違いない。
「あかね、どうなってるの?」ひょこっと舞台横からなびきが顔を出す。
「お姉ちゃんっ、フライドチキンをいっぱい持ってきて!この二人を外に誘導しなくちゃ・・」

 小一時間後、あかねとなびきは校庭の片隅に座っていた。あかねの膝の上にはごろごろ喉を鳴らして丸まっている乱馬。なびきの足元には伏せの格好の九能が、嬉しそうになびきに頭を撫でられている。あかねは憮然としていた。薔薇色のドレスはぼろぼろである。
「大変だったわね、あかね。まさか九能ちゃんがあんたになつかないなんてね・・・」
「もうさんざんだわ、今日は・・・ってゴメン、今日はお姉ちゃん達のプロムだったね。台無しになっちゃった・・・」
「別に・・・もらうものはもらってあるし、相方は逃げちゃったし、これはこれでオッケーよ。そ・れ・に」
なびきは九能に掌を差し出し、「お手」と命令。「わおんっ」嬉しそうに九能はお手をする。
「この代償は後できちんと請求するからね、九能ちゃん。さてと、ちょっと保健室に連れてこうかしら。」
「先輩、犬化しても乱馬には勝てなかったね・・・なんか気の毒だわ。」
なびきが立ち上がると、九能は大人しく後に従った。しっかり四足で。あかねと乱馬の側を通った時には威嚇の唸り声を上げた。これに対抗して乱馬も毛を逆立てるのをあかねは必死になだめる。
「ダメよ、九能ちゃん・・よしよし、いいこね・・・ねえあかね、九能ちゃんがなつかなかったのはひょっとして・・・あんたから乱馬くんのにおいがしたからじゃないかなー」
「な、な、な・・・」あかねは絶句する。
「あら、不思議なことじゃないでしょ。一緒に暮らしてるし、二人でいる時間、結構長いでしょ。」
不服そうに黙っているあかねにウィンクしてなびきは歩き出した。「あんた達は先に帰ってなさいね。」


「・・・・・・俺、気がついた時は天道家の庭で松の木に登って爪研いでたんだぜ」
一緒にプロムの日の回想をしたらしく、乱馬は憮然とした顔をする。
「そうだったわね。ま、過ぎたことはしょうがないじゃない。それに悪いことばっかりじゃないわよ、現にこれから九能ちゃんの家にお呼ばれだし・・・」
「それはおめーだけだろう・・・すっかり九能を手なずけちゃって。」
「噂だけど、あれから九能ちゃん、あかねと女のあんたのこと、興味無くしたらしいのよ。」
「・・・ほんとーか?」
「今日行ったら確かめられるかもね・・・確かに写真買ってくれないし。」
「・・・おめー、まだ俺とあかねの写真を・・・」
「ま、それももう必要なくなるかもねー、さ、私はもう時間。ここに書いてあるお店に行ってね。バスケ部の副キャプテンの実家なんだけど、アクセサリー屋なの。結構いいものあるわよー。お店に話はついてるからそのまま行って大丈夫よ。何ならあかねも連れてけば?」
「よけーなお世話だ!」からかうとあかねに劣らず赤くなる乱馬。
「じゃあね、帰る時は裏口からこっそり出るのよ、あの3人に見つかりたくなかったら。」
「わあってるよ。せいぜい九能とのデート、楽しんできな。」
「そうするわ。」あっさりそう言うとなびきは席を立った。「GoodLuck!」

 首尾良く試合会場から抜け出すと、乱馬は足早になびきが教えた店に向かった。その日、東京は3月中旬とは思えない寒さであった。予報では夕方より曇りのち・・・雪。



to be continued ・・・
                             written by
”いなばRANA”




作者さまより

あとがき(書いた人のたわごと)

 お目汚し第二弾です・・・ひどい暴走ぶりです。特に九能ちゃんファンの方々、ごめんなさい。私的には好きなキャラクターなんです。でも私の”好き”はこんな形で出ることが多くて・・・乱馬くんもひどい目にあわせてますし・・・続きの話はまるっきり違う感じになるので分割しました。どぉぉんと乱×あ小説に・・・大暴走(爆汗)
 それからここに出てくるプロムは映画等で聞きかじった程度の知識で書いていますので、大ウソがあっても勘弁してください。あの校長が企画したものですから、多少の拡大解釈は可能かと・・・ともあれ、これで九能ちゃんもらんまちゃんから卒業、ということで。

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