補完
いなばRANAさま作


 人から見れば、あたしはまあまあの人生を送ってきたかもしれない。

 鏡面のような窓に映る姿。半ば以上白くなった髪を柔かいブラウンに染め、背筋も年の割にはしゃんとしている。我ながらよくやってきたと思う、ここまで・・・でも自分を褒める資格など、あたしにはない。これまで犠牲にしてきたものを思えば。


 机に置かれた写真立て。中の写真はかれこれ40年近く前のもの。そう、家族揃っての写真。多分これが最後だったろう・・・みんなで楽しそうに写っている写真は。
 あたしの隣で愛らしい微笑みを浮かべている妹。その隣で穏やかな笑顔の姉。あたしたち姉妹の後ろで力強く静かな威容を見せる父。

 仲の良い家族だった。だからあんなことになってしまったのだと思う。

 父は武道家という、ちょっと変わった職業を生業としていた。小さな道場を懸命に守り、流派を維持していた。ただ、後継ぎには恵まれなかった。妹が自分が継ぐとばかりに頑張っていたけど、今ならともかくあの当時、女流武道家はあまり世間的に認められていなかった。それでもあたしたちみんなが力を合わせれば、何とかなったかもしれない。

 でも・・・あたしはそうしなかった。


 夢のままに走りつづけたあたし。一旗上げてやると意気込み、男達と張り合い、智略の限りを尽くして事業の世界を渡っていった。そしてあたしはそこそこの成功を収めた。当時はかなり持てはやされたもの。

 けれどその陰で、あたしという光の影で家族は幸せではなかった。

 妹は家のために結局不本意な結婚をした。財産家で妹に岡惚れだった男。妹を溺愛し、金銭的には不自由をさせなかったものの、妹の武道にかける情熱にはこれっぽっちの理解も示さなかった。
 今でも思い出す・・・結婚を目前に控えた妹との会話。

『お姉ちゃん・・・あたし、幸せになれるのかな?』
『当たり前じゃない、これで道場も安泰ってものよ。何しろあんたのためならいくら財産はたいても惜しくないくらい、あんたのことを熱愛してるんだから。』
『でも・・・あたしが道場継ぐのは反対だって。』
『お父さんの弟子の中でこれ、って人がいたら任せればいいじゃない。道場の経営は問題ないし。』
『それでいいのかな・・・』
『いいに決まってるじゃない。せっかくの玉の輿よ、これ以上何が必要なの?』
『・・・』

 あたしは強引に妹を言いくるめた。何て姉だったのだろう・・・妹の幸せではなく、自分の都合を優先させてこの結婚に賛成したのだ。というよりお膳立てしたと言って過言ではない。妹の夫となった男の経済的後ろ盾で、あたしは成功したようなものだから。

 ああ・・・でもその代償は高すぎた。

 自分の夢を砕かれ、金の鳥かごに入れられた妹。真っ直ぐな性格のあの子にはそれは耐えられなかった。生きる気力を失った妹は、花の盛りに病を得て呆気なく旅立った・・・亡くなったお母さんと同じ病気だった。

 妹を失って、あたしたち残された家族は心からの笑顔を失った。

 父は失意のうちに、道場を閉鎖した。あたしは続けることを勧めたが、父にはもうその気力がなかった。血統が全てではないにしても、父は妹を後継と見込んでその持てる全てを伝えていたのだ。その妹がいなくなった今、父の中で流派は断絶していた。

 姉は良縁に恵まれて嫁ぎ、暖かい家庭を築いていた。・・・多分、妹が作りたかったような。姉はひどく嘆き悲しんだ。妹は姉を母代わりに慕っていた。そして姉も妹のことを何より気にかけていた。姉は全ての事情を知った上で、でもあたしを責めようとはしなかった。代わりにあたしに向ける、いつもどこかしら悲しげな顔。それは責めたてられるより、あたしには辛かった。


 月日は過ぎていった。悲しみに彩られた家族は時の流れにも耐えられなかったように、あたしを残して逝ってしまった。今あたしは一人・・・結婚はしてもそれは計算づく。子供すら産まず離婚。山のような財産も今は虚しい廃墟にすら思える。

 このまま人生の落日を待つばかりかと覚悟を決めた時、あたしは驚くべきプロジェクトと出会った。他のものは皆笑った・・・その途方の無さに。でもあたしは笑わなかった。呆れられ、半ばバカにされつつあたしはその研究に投資を始めた。表向きはジョーク・・・でも裏では軍事機密ばりに極秘でその計画を推し進めた。

 その成果が今日、あたしの元に届けられた。


 静かなノックの音。あたしは手元の開閉スイッチを押す。中に入って来たのは白衣を来た青白い顔のいかにも研究者といった年齢不詳な男。

「準備出来ました。」
「そう・・・ご苦労だったわね、今まで。」
「いえ、あなたの援助がなければここまで来ることもなかったでしょう・・・でも本当によろしいのですか?」
「あたしに二言はなくてよ。」
「・・・わかりました。」
「もし、あたしが戻らなかったら・・・後のことはわかってるわね。」
「はい」

 主任研究員の案内で、巨大な地下施設にあたしは足を踏み入れた。眼前にそびえる複雑極まる構成のマシン。その下にしつらえられた足場にあたしは上った。円筒状の透き通ったガラスが降りてきて、あたしを包む。

「目的地に行きつけることはほぼ確実です。ですが、帰りは・・・保証できません。」
「構わないわ。指定した場所に行けさえすれば、あたしの目的は果たされる。」
「私の命に代えましても、必ずあなたをお望みのポイントに送り届けます。」

 まるで古典劇のように深々と頭を下げる研究員たち。お金に対する以上の情熱を注いで、家族以外に初めて得た心からの敬愛を向けてくれる人々。彼らのセッティングに、一抹の疑念もなかった。

「では始めて。」

 あたしの合図に、厳かに作業を始める。そしてマシンが命を得、あたしを包む世界は一瞬の光と共に暗転した。



 目の前に広がる雑木林。足元でがさごそいう落ち葉たち。深呼吸すると、冴え冴えとした森の香りがした。雑木林に見え隠れする小さな小屋。それが目的地。ゆっくりとあたしは足を進めた。

 小屋の戸がバタンと開き、金だらいを抱えた中年男があたふたと走り去っていった。多分、水でも汲みに行ったのだろう。好都合だ。あたしはそっと小屋に入った。
 粗末な小屋の一角。擦り切れた毛布に包まれた小さな姿。苦しげな喘ぎ声が弱弱しく響く。あたしが近寄っても、もはや見分けられないらしい。熱にうかされきった瞳は何も映していなかった。
 あまり時間はない。素早くその幼い男の子の体をあらためる。その子をくるむ大き過ぎるドテラの背に縫い取られた名前を見つけ、あたしの長い旅は終わりを告げた。

 携帯してきた最新式の医療診断マシンがはじきだしたデータを基に、生成された薬があたしの手元に出される。

「僕、これをお飲み・・・元気になって、あたしたちのところに必ず来るのよ。いいわね。」

 小さな喉がこくん、と音を立てた。


 あたしは小屋を後にした。予想はしていたが、あたしを取り巻く空間は歪みはじめていた。これでいい・・・目的は達成されたのだ。今ここにいるあたしがどうなるか、それはわからない。でもそんなことは問題ではない。

 あたしは成功したのだ・・・欠けたものを取り戻すのに。父の残した日記に記された一つの可能性、遠い過去に失われた別の未来への鍵。あの子がどんな未来をもたらすのか、それはあたしにはわからない。これはまさにあたしの人生全てを賭けた大博打。

 でもあたしは確信している。きっと家族みんなが笑顔を持ち続けていられる世界が来ることを。だってそうでなければ、どうしてこんなに気持ちが浮き立つのだろう・・・あたしの体は消滅しつつあるというのに。

 そうか・・・きっとあたしもその時間の中に取り込まれていくんだ。今度は絶対に間違いは犯さない・・・ずっと・・家族と・・仲・・良く・・・・・・





「待ちなさいっ、乱馬!!」「へへ〜んだ!」

ドタバタバキグシャガラガラグワッシャン

「あらあ、また大工さんに入ってもらわないと・・・」
「くうう〜、また修繕費がかさんでしまう〜・・・かすみぃ〜、お茶、頂戴。」
「はい、お父さん・・・そんなに泣かないで。」
「お困りのようね、お父さん。少し用立ててあげましょうか?」
「な、なびきちゃん?・・・でも利子つきじゃとても返せないよ。」
「ま、その分はあの二人から取り立てるわ。」
「も、持つべきものはしっかり者の娘かな・・・あは、は、は・・・」
「まあ、お父さんたら・・・」

 居間で繰り広げられるいつもの光景。なびきは素早く電卓を叩きながら、ふっと微笑んだ。

「最初はとんだ厄介者が来たと思ったけど・・・悪いことばかりでもないわね。何といっても面白いし、それに妙に毎日が充実して感じられるわ。」

 庭先で派手に、でもどこか楽しげに喧嘩をしているあかねと乱馬に向かって、なびきはこれでいいというようにそっとうなづきかけた。



 end of the story

 written by "いなばRANA"




作者さまより

 かな〜りビターなタラレバで失礼します(汗)ダークぢゃないです(ぉ)

 なびきちゃんは散々乱あを金儲けのタネにしてますが、その一方で二人のことを応援・・・というか認めてます。彼らが結婚して家と道場を継ぐことをもう折り込み済みで人生設計してるというか・・・クールな目線には変わり無いですが。
 うっちゃんのソース騒ぎでのあの名台詞が何よりですね・・・あのはったりはいずれ二人が、という確信があればこそでしょう(^^;

 しかし・・・乱あが少ない(滝汗)すいません、退却〜(こら)


 で?
 この続きは皆さんで妄想してくださいって逃げですか?
 だから題名が「補完」なのでしょうか?
 ずるこ〜!!(笑

 愚痴(?)はともかく、引越し祝いありがとうございました!
( 一之瀬けいこ)

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