◆ビー玉
いなばRANAさま作
春の大掃除、というわけでもないのだろうけど、たまたま乱馬の部屋の前を通りかかると、珍しく部屋中に荷物を広げて片付けの真っ最中だった。もともとそんなに持ち物の多い乱馬ではないのだけれど、さすがに2年も家にいるうちに、増えてきたのだろう。散らかっているのが性分に合わないようだし。
「すごい店開きねえ・・・」
「お、あかねか・・・いらねえもの処分しているところだけど、何か欲しいものがあったらやるぜ。」
「欲しいものって・・・がらくたばっかりじゃない。」
「だからいらなくなるんだって。」
思わず二人で苦笑してしまう。どうでもいいもらい物や古い教科書、参考書、ノートの類。
「さっき八宝斎のじじいが来て、だいぶ持っていってくれたぜ。」
「それってまさか・・・」
「ま、若気の至りってやつかな・・・おかげですっきりしたけど。」
聞くまでもなく、それはしょうもない変装用の小道具とか、おばかな思い出がいっぱい詰まった品々だろう。多分今見たら笑ってしまうけれど・・・その時には怒って乱馬を引っ叩いたことが山ほどあったっけ。
「なーに笑ってんだよ・・・」
「だって・・・それよりいいの?おじーさんにあげちゃって。忘れた頃に引っ張り出されたら恥ずかしいでしょうに。」
「本当に困るようなものはやってねーよ。特に欲しいもんが無いなら、捨てちまうぞ。」
「どーぞど−ぞ・・・手伝おうか?」
「・・・逆に仕事が増えちまいそうな気がすっけど。」
「悪かったわね〜」
「わ、怒るなって。いちおー仕分けしてあんだから、崩されたらたまらねーよ。・・・じゃ頼む、これ、紐で結わえてくれ。」
「最初からそう言えばいいものを・・・いっつも一言多いんだから。」
乱馬が寄越した本やノートを紐でくくる。でも・・・なかなかうまくいかない。何度も何度もやり直しているうちに、乱馬は他のものをとっとと片付けていく。何だか・・・うまくはめられたみたい。
「まーだ出来ねーのか?しょーがねーな。」
「う、うるさいわね〜」
「もういいから寄越せって。俺がやるから。」
「あ、ちょっと!」
乱馬がひょいと手を伸ばしてまとめかけた本の山を持っていく。せっかく人がやりかけたものを・・・!
取り返そうと立ち上がって足を踏み出した途端、足の裏にごろごろした感触・・・
ずるっ
「きゃっ」
どたっ
「あかね・・・何やってんだよ・・・」
思いっきりこけた私に呆れる乱馬。咄嗟に受身を取ったおかげで、どこも打たずに済んだけど。でも一体私は何を踏んづけたんだろう・・・
「あっれー、これ、もしかして・・・」
乱馬が小さな布袋を持ち上げた。もう地の色がわからないくらい変色した袋。何やらころころしたものが入っている。
「なあに、それ?」
「ん?ああ・・・ちょっと手、出してみろよ。」
よくわからないけれど、片手を差し出す。乱馬が袋を開けて手の上で傾けた。
ざあっ
掌にあふれる色とりどりの輝き・・・
「ビー玉ね・・・」
「そ・・・ガキの頃の俺の宝物さ。」
「結構綺麗なものね。」
「ああ・・・手に入れるのに、えらい苦労したんだぜ。」
「わかるなあ・・・私もガラスの綺麗なおはじき欲しくて、一ヶ月なびきお姉ちゃんの使い走りしたもん。」
「それもお前らしいや・・・なびきもなびきだけど・・・でもそんなもんじゃ無かったぜ、これ手に入れるのは。」
「そうね・・・これだけ大きくて綺麗な色のビー玉って、男の子の間ではレア物、だったし・・・あ、これすごい、中にお花が入ってる。私も一度か二度しか見たこと無い。」
「へえ・・・見る目あるな・・・お前って小さい頃、女の子より男の子と一緒に遊んでいたんじゃねーのか?」
「そ、そんなことないわよ!」
実を言えば、男の子と外を走り回っていた方が多かったかもしれないけど。女の子とおままごとやっても、たいていお父さん役、だったしなあ・・・
「これだけ集めるの、大変だったでしょ。」
「そりゃもう・・・やっとの思いでここまで集めたんだからな。」
私の手から一個取り上げて自分の掌で転がす。目の覚めるようなマリンブルーのビー玉。
「一個一個、どうやって手に入れたか、今でもはっきり覚えているよ。これは確かパチンコにどんぐりの玉100個つけて交換してもらったやつだ。」
「パチンコ?何それ」
「小遣いなんてほとんど無かったんだぜ。交換するものは自己調達するしかなかったんだ。その緑の筋が入っているのはクワガタのつがいと換えてもらったやつ。3日間山の中を探したっけ。その黄色い大玉は雀のひなと。これはえーと・・・」
本当に一個一個どうして手に入れたのか覚えているみたい。結構執念深いから・・・ううん、それだけ大事な宝物だったってことかな。
乱馬の話の向こう側に、風のように走り抜けていく小さな少年の姿が見える。山や川に隠された小さな宝物を懸命に探し求め、やっと手に入れたビー玉に目を輝かす・・・ちょうど今、話している乱馬の目のように、輝いていたんだろうな・・・
中には感心しない話もあったけど、あまりに乱馬が楽しそうに話すから、突っ込むのはやめた。まるで7,8歳の子供が話しているみたいで、微笑ましくてしょうがない。もう18なのに、中身はいくつなんだろう・・・
「お、こんなことしてたら片付かねーじゃないか」
我に返ったように、乱馬は話を切り上げた。ちょっと残念な気もしたけど・・・確かにこれではいつまでたっても片付かない。古ぼけた袋にビー玉をしまいながら、私はふと一個のビー玉を摘み上げた。中に紅い花が入っている綺麗な大玉。
「ね、これはどうやって手に入れたの?かなり珍しいし、大変だったんじゃない?」
「・・・ああ、それ。大変過ぎて話す気すらしねーよ。」
「ふーん」
あ、乱馬がそっぽを向いた。と、いうことは・・・
「女の子からもらったんでしょう。」
「あのなっっ」
顔に当たり、って書いてあるよ。しょうがないんだから・・・
「いいじゃない、昔のことでしょ。聞かせて。」
「わーった、わーった・・・あんまし、思い出したくねーけどさ。これ持ってたやつはとんだ根性悪、で交換条件にめちゃめちゃ吹っかけてきたんだ。それでも俺は頑張ったさ。どーしても欲しかったから。それでやっと言われたもの全部揃えて持っていったら・・・そいつ、約束した覚えなんかないって・・・最初っからそのつもりだったんだ。」
「・・・」
「で、大喧嘩になっちまってさ。そりゃ力じゃ俺の敵じゃなかったけど・・・かわりに親や小学校の先生やらに嘘放題並べやがって、俺の方がすっかり悪者になっちまったんだ。こっちの言い分なんか、誰も耳を傾けてくれなかったよ。おまけに親父ときた日にゃ・・・『そんな食えない物のために喧嘩なんぞするな』だと。ま、スチャラカ親父なりに、こんな泥試合のような状態を何とかしようとしてくれてたのかもしんないけど・・・ちったあ味方になって欲しかったぜ、その時にはな。」
悔し涙をこらえる小さな姿が見える。誰かに信じてもらいたいと必死に訴えかけても容れられない・・・とっても痛々しい。きっとこんな経験、他にもしてたんだろうな。『俺の信じるのは自分の力だけだ』って・・・そう思うほどに。
「そんな暗い顔するなよ・・・まだ話には続きがあるんだから。大体、こいつが今、俺の手元にあるってことは、それで終わらなかったっていうことなんだからさ。」
私の手からビー玉を取ると、乱馬は指でピン、と上に弾いた。再び落ちてきたのをキャッチすると、掌のビー玉をじっと見つめた。
「これ、くれたのはそいつのねーちゃんだった。一つか二つ上の。病弱でさ、いじめられてたの、何気に助けたことはあったけど、別に仲良かったわけじゃなかった。おかしなもんで意地悪な弟の面ははっきり覚えているのに、姉貴の方はまるで忘れちまった。・・・けど、くれた時の言葉と声は、今でも覚えてるんだ。俺の手にこのビー玉を握らせて『これはもともと私のなの。だから持っていてくれる?誰にも取られないように』って。・・・そっか、くれたんじゃなくてこれは預かりものか・・・」
「返しに行きたい?」
「・・・いや。・・・これを受け取ってまもなく俺はその土地を離れたけど、その時には入院してたんだ、そのねーちゃん。いつ退院できるかわからないって聞いたよ。・・・やっぱ、しまっといてくれ。」
「うん・・・」
乱馬の手からビー玉を受け取る。ちょっと悲しげな瞳。聞いて悪いこと、したかな・・・
「ほら、もう・・・いー加減片すぞっっ」
吹っ切るような乱馬の声。そうだね、くよくよ考え込んだって始まらない。
「えーと、あ、この箱はどうするの?」
私が手にしたのは30センチ足らずの細長い箱。ゴムの帯がしてある。軽くて、持つとかさかさいう。
「どれだよ・・・ぃぃ」
箱を目にした途端、乱馬に明らかな動揺が・・・いったいこの箱は?
「そ、それはこ、こっちにしまうから、くれないか・・・」
「へ〜、これも女の子からの預かり物、かしら。」
「そ、そんなんじゃねえっ」
図星だ。本っ当にしょうがないんだから。
「ど−ぞ、私には関係ないし。」
「あ、まーたヤキモチを・・・あのな、これはそーゆーもんじゃないんだ。ぜーーーっったいに違うって。」
「もういいわよ、気にしてないから。」
「ったく、少しは俺の言うこと、信じろよ!」
信じてくれ、と訴える小さな男の子の姿が、乱馬に重なる・・・
「・・・ん、信じるよ」「え゛」
目を丸くする乱馬。自分で言っておいて・・・もう
箱の中身が気にならないわけじゃないけど、私だって人に見せたくないものの一つや二つ、あるし、ね。
やっと荷物が片付く。結局最後まで付き合ってしまった。手伝いには・・・なったのかな。
「をーし、さっぱりしたところで、一息いれっかー」
「何か飲むものでも持ってくるね。」
「お、気が利くなー」
いっぱい話、してもらったしね。今日はサービスしとくよ。
「な、あかね・・・これ、いらねーか?」
「え?」
部屋の出口で振り向くと、乱馬がビー玉の袋を手に立っていた。
「いいよ、乱馬が持ってなよ。」
「何だかガキっぽくってさ、今さら・・・」
「じゃあ、子供にあげれば?」
「その辺のがきんちょにか〜、価値わからねーやつらに勿体ねーよ。」
「なら、早乙女流の三代目にでも」
がしゃっ
背後で物が落ちる音。ビー玉の袋、落としちゃったみたい。
just kidding ♪
the end of the story
written by "いなばRANA"
作者さまより
拙筆者あとがき
すいません、辞書はいりません。最後の意味は「な〜んちゃって」です。だってあかねちゃんの冗談てキツくて可愛いからつい(^^;
それにしても年がバレバレな話です。今現在乱馬くんと同じ年頃の方にはピンとこないでしょう(苦笑)連載開始時点で乱馬くんと同じ年頃だった方なら、子供の頃、結構遊んでいると思いますが<ビー玉転がしとか 結構あの頃は高かったです(お小遣いと比較して)、大玉とか模様入りとか・・・手に入れたら使いませんでしたね。すぐ取られちゃう。男の子が主流の遊びでしたけれど。いちおう下町っぽい育ちだったので・・・私(笑) パチンコ(ゲームじゃない方の)なんてあったし、作ったし(ぉぉ)使いませんでしたが(ぉ)
謎の箱・・・勘のいい方なら中身がおわかりかも(ぉ)いずれまた触れる機会も(ぉぉ)その際は良牙くんも呼ぼうかな(ヒント!?)
「早乙女流の三代目」はまさにjust kiddingです(滝ぉ)
押入れの中から何が飛び出してくるのか・・・整理ってドキドキしません?
私も実家が改装工事したとき、部屋からこっそり昔の老廃物を引き上げてきました・・・(過去の日記など)
何気に読んでいるとその頃の青春真っ只中の自分が浮き上がってきました、卒業アルバムなどは懐かしく。若かったあの頃に浸るのもまた一興。
若かりし自分の書いていたもの、それを元に作文しているものが多々あります。
私は低学年の頃、至ってボーイッシュで、男の子の方が友だちが多かったんです。誕生会も何故か男の子のばかり呼ばれていた記憶があります。だからビー玉とか牛乳瓶のフタとか集めてましたねぇ・・・。男の子と勝負して結構せしめたものです。
蛙つりやったりお玉じゃくしやドジョウ取りに行ったり・・・どぶ川にはまって怒られたこともあります。
ひざッ小僧はいつも傷だらけのお転婆娘でありました。
今もスカートは滅多にはきませんです、はい。私がスカートはくと子どもらに「熱あるか?」とか言われる始末でございます。
(一之瀬けいこ)
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