◆あなたと過ごす秋の夜
山花さま作

澄みきった太陽がそそぐある秋の日。
木々に囲まれた泉の前に立つ、まだあどけない顔の少女の姿があった。

彼女の名前は天道あかね。
今日は早乙女家と天道家で泊まりがけの旅行に来ていて、散歩に外に出たあかねが、偶然森に隠れた泉を見つけたのだった。
「…きれい…。」
あかねがため息と共に感賞の声を漏らす。
泉は青に緑がかった色を保ちながらも、底が見えるほど澄みきっている。
そしてその泉はうまく周りの木々と調和していた。
「お姉ちゃん達とこれば良かったな…。」
そう呟いたあかねの頭に、ふと乱馬の顔がよぎる。
「…なんであいつの顔なんか浮かぶのよ。
 あんな奴知らないんだから!」
あかねがパシャッと水を蹴った。
水にできた波紋は綺麗な円をえがいて消えてゆく。
(乱馬のばか…。せっかく旅行に来たのに。これじゃあいつもと同じじゃない。)

実は今日、早乙女家・天道家と一緒に何故かシャンプーまでついてきていたのだ。
(なので無論、ムースもついてきている。)
シャンプーはいつも通り、乱馬にベタベタとひっついて離れない。
これだけでもあかねは充分苛立っていたのだが、
乱馬も乱馬できっぱりとシャンプーを離さないのであかねは余計に苛立ち、
『そんっなにシャンプーと一緒にいたいなら2人でどっか行っちゃえば?』
と普段のケンカ口調になってしまったのだ。
そして乱馬も
『ヤキモチやくならもっとかわいーヤキモチやけよ!』
とあかねを逆なでするような言葉を発してしまい、ついには口論。
最後にあかねの
『乱馬のばかっっ!!もう知らない!!』
という一言でケンカは締めくくられた。
そうしてあかねはさっさと外に出て、今に至るというわけである。

(…いつまでもここにいちゃダメよね。もう戻らなきゃ。)
乱馬と顔をあわせるのが気まずくて嫌だったが、
少し色あせてきた空を見上げ、あかねは自分達が泊まる旅館へと足を運んだ。

部屋に戻ると、相変わらずシャンプーは乱馬にべったり。
あかねを見るとご丁寧に「べーっ。」と舌をだしてきた。
あかねはそれに気づいたが、わざと乱馬とシャンプーを無視してなびきに近づいた。
「なびきお姉ちゃん、お風呂入ろ!」
作り笑いを浮かべて話しかけてきたあかねを見て、なびきは顔を曇らせた。
(まーたこの子達は…。こんなとこまで来てもケンカ?大概にしてほしいわ…。)
そのあかねとなびきの様子を、乱馬が横目で見る。
(あいつ…まだ怒ってんのかよ…。たく、かわいくねー奴。)
そしてあかねは、
(乱馬の奴、まだシャンプーと一緒にいるなんて…。ほぉんと無神経の粗忽者!)
お互い意地っ張りで頑固者。どっちかが無視を決め込んだら、
相手も必ず無視をつらぬく。
この2人、こんな性格なので状況がなかなか変化しない。
これには両家も心底困っていた。

「はい、じゃ、温泉に浸かってきましょーか!」

なびきの一声が、険悪なムードのこの部屋に明るく響いた。

50分後ーー…
あかね達が風呂からあがり、浴衣姿でロビーをうろついていた時だった。
「お嬢様っ。お嬢様っ。」
元気よくそうしゃべりかける仲居さんの姿。
「え…?」
きょろきょろと辺りを見るあかねに、
「やだっ。お嬢様ってあなたのことですよ、お客様!」
と言いながら、仲居さんがぽんぽんとあかねの肩を叩いた。
「わ、私ですか?…あの、何か…?」
困惑したような顔であかねが聞く。
ちらりと横を見ると、なびきがさっさと部屋へ戻っていく姿が目についた。
「ふふ。あなた昼間に、森の奧の泉を見たでしょ?」
「え?あっはい!」
いきなりの質問に驚いたが、あかねはすぐ答えた。
すると仲居さんはあかねの耳元に寄り、ぼそぼそと話し始めた。
「あの泉、実は古い言い伝えがあってね……」

「え?」
仲居さんの話を聞いて、あかねのつぶらな瞳がぱっと見開いた。
「それ、ホントですか?」
「ええ。あなた、気になる人がいるみたいだしね。試しにやってみたらどう?」
「き、気になる人なんて……。」
あかねの顔がほんのりとピンクに染まる。
「じゃ、がんばってね。」
そう一言言うと、仲居さんはフロントの奧へと入っていってしまった。
「………。」
あかねはロビーの壁に掛けてある時計を見つめると、
足早に部屋へと歩き始めた。

部屋では、シャンプーが風呂に入ったのでやっと自由になれた乱馬が寝ころんでいた。
何か物足りなさそうにごろごろと畳を転がる乱馬。
そんな乱馬に眼鏡をかけていないムースが足を引っ掛け、
どすんと豪快な音を出して床に伏してしまった。
「こりゃっ。乱馬!こんな所でごろごろするでない!危ないじゃろうが!!」
怒った声に反応して、乱馬がムースをちらりと見た。
「眼鏡かけりゃいーじゃねーか、ど近眼野郎。」
「むっ。わしは今シャンプーがいなくてイライラしておるのじゃ。
 そんなわしを余計に怒らせるつもりか!」
(…シャンプーがいても相手にされてなかったじゃねーか。)
「ん?何か言ったか?」
「別に。」
素っ気ない返事をすると、乱馬はここまで来て
請求書を書いているなびきの方に向き直った。
「おい、なびき。あかねはどうした。おめーと一緒に入ったんだろ?」
「ふっ。知りたかったら…」
「500円。」「1000円。」
乱馬となびきが同時に情報提供料を挙げた。
「980円!」「くっ…!550円!」
「……!」「……!」

…ー結局650円で収まった情報提供料。
「…で、どこ行ったんだよあかねは!」
「そーねー、多分今頃…」
その時ー…

がちゃっ

少し下をうつむいた、どこか考え深げな顔のあかねが帰ってきた。
「な…!あかね…!」
「毎度〜、乱馬くん!」
なびきの特上の笑顔が乱馬の心を打ち砕いた。

ちくしょーーーーーーー!!!

そんなぼろぼろになった乱馬をよそに、あかねは風呂道具一式を部屋に置き、腕時計を持って何も言わずに出て行ってしまった。
(え……。)
「あれぇ?あかねまだ怒ってるのかしら?」
あかねが出て行ったドアを見つめたままの乱馬に、なびきが言った。
「乱馬くん、そんなにケンカの内容悪かったの?」
「いや…。おれは別に……」
乱馬の言葉が途中で途切れた。
いつもならどんなケンカをしても、風呂へ入ったらすっきりした顔で出てくるあかね。
まだ少し怒っていても、必ず何か文句をつけてきた。
(…なのにどうしたんだよ、あかね…。おれ、そんなに傷つくこと言っちまったのか……?)
次の瞬間、乱馬は部屋から飛び出していた。
「ちょっと乱馬くん!」
そんななびきの声も、走り出した乱馬の耳には届かなかった。

…その頃あかねはちょうど旅館を出た所だった。
少し辺りを見渡し、昼頃入った泉へと続く小道を見つけると、
さっきよりも速い足取りで森の中へと入っていった。

その直後ーー…
あかねの姿が見えなくなった瞬間、乱馬が旅館から出てきた。
見ると外へとのびる小道は何本もあり、
どれも『〜散歩コース』と書かれた看板が立てかけてある。
「くそっ…。見失っちまった。たくあかねのヤロー…。こんな時間にどこ行ったんだ?」
そう呟くと乱馬はまた走り出した。

「あと10分…。」
あかねはすでに泉の前に立っていた。
昼間とはうってかわり、辺りは暗闇に包まれ、ただ月の光を浴びた水面が
キラキラと輝いていた。
怖がりのあかねでも、その幻想的な情景には心奪われる。
「…本当にやっていいのかしら…あたし…。」
あかねに不安がよぎる。
『…ー夜の8時ピッタリに泉を覗くとね。』
先程の仲居さんの言葉が響く。
『水面に、自分の好きな人の意中の相手が映るのよ。』
好きな人ーー…
乱馬は好きな人がいるのだろうか。
もしいるなら……ー知りたい。けど知りたくない。
そんな思いがあかねの心を交差する。

…もしシャンプーや右京だったら、あたしはきっと乱馬のそばにいられない。
もし、あたしだったとしても…あたしは…どんな顔して乱馬に会えばいい?

 …ーわからないー…

あかねの心は迷いで押しつぶされそうだった。
だが時間は刻一刻と差し迫ってくる。
3分… 2分… 1分…
残り5秒となった時、あかねの瞳は水面をとらえた。
(できるなら…映らないでほしい…。)
3… 2… 1…

サァ…

月の光が一層輝いて、泉を明るく照らした。
と同時に、少し離れた水面に映ったものを、あかねは身を乗り出して見つめた。

…青いサラサラの…短い髪………?

それは一瞬だった。
あかねがその姿を確認する前に、
赤い髪でおさげの女のふくれっ面が、水面に映ったからである。
(あ……っ。)
気が付くとさっきの少女の姿はもう映っていない。
再び今映った女に目を戻すと、女は声と同時に口を動かした。

「…なにしてんだよ。」

ただ、その声はあかねの真後ろから聞こえてきたので、あかねは驚いて後ろの人物を振り返り、本物の女の姿をとらえた。
「…ら…んま…?」
「おう。」
そこに立っていたのは、びしょ濡れで少し息を切らした女乱馬だった。
「ったくおめーは!」
「えっ…?」
ちょっと怒り口調の乱馬。
(怒られる!?)
そう思ってあかねが目をつぶった瞬間、
「おれがどんだけ心配したと思ってんだ…。」
という呟くように小さい、さっきと反対の声が聞こえた。
意外な言葉に目を開けると、乱馬は力の抜けたようにあかねの側に座り込む。
「あの…乱馬…?」
「…ごめん。」
いきなり謝ってきた乱馬を、あかねが不思議そうに覗く。
「おれ、やっぱおめーを傷つけちまったか?」
「え……。」
あかねがきょとんとした声をだす。
「あかね、風呂から出ても機嫌悪かったから…。」
(…まさか乱馬…。そんな事でここまで追いかけて来てくれたの…?)
くすっ。とあかねが声を漏らした。
「な…なんだよ!悪いか!」
「ううん、違うの。うれしいのよ。」
それを聞いて顔を赤らめた乱馬を、あかねが優しい顔で見つめる。
「…それよりどうして濡れてるの?」
「ああ。おめーを探して道を何本もたどってたら池に落ちちまって…。」
「…そっかぁー。あたしのために。」
「あ゛。違…、そーじゃねー!!」
慌てて否定する乱馬が、あかねにはどこか可愛く見えた。
「はいはい。わかったわよ。
 ね、それよりここの景色、綺麗でしょ?」
「ん…。そうだな。」
泉は雲一つない空の月から照らされる光で、神々しく、そしてどこか優しく
輝いていた。
その景色を柔らかい笑顔で見る乱馬。その乱馬を見てあかねもにっこりと微笑んだ。

…ー泉に映った姿はよくわからなかったけど、でも、これで良かったのよね…。
だって………

「乱馬。」
「…なんだよ、あかね。」
「あたし、この景色を乱馬と2人で見れて、すごく幸せよ。」
ずりっ
どぼーーーーん!!
「ら、乱馬!?」
いきなりのあかねの言葉に驚いた乱馬は、見事泉に落ちてしまった。
「あ、あかね!おめーなぁっ!そゆこと平気で…へっ…へぶしゅ!!」
ぷっ。
「もう…。そんなに水に浸かっちゃ、風邪ひくわよ。旅館に戻りましょ?乱馬。」
「…おー…。」
濡れて冷たくなった乱馬の手を、あかねの柔らかく暖かい手が握る。


秋の月に照らされた2人の姿が

           今宵、輝き保つ泉に優しく映ったー…













作者さまより
 初投稿の山花です!これを送るまでにかなり苦労しました…。
 いかかでしたでしょうか?
 初めては何事もきついですね。改めて思い知らされました。
 が、また挑戦したいと思っておりますので、こんな者ですがよろしくお願いします。
 (次は良牙と右京を登場させたいなと密かに思っております…笑)

 初投稿です。
 受信にかなり苦労いたしましたが、何とか…。
 泉に伝わる神秘の伝説。月明かりに照らされた水面に映し出されたらんまの姿。きっと綺麗だったのでしょうね。

 拝見しましたところ、まだ、文章はお若いです。が、書くことに慣れて描写力がついてくれば、確実に腕を上げられていくことでしょう。という期待を胸に、次回作お待ちしております。

 掲載を待たせてしまいごめんなさい。
(一之瀬けいこ)

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