◇ミルク珈琲
  「夢 -side A-」

ソフィアさま作


太陽がうっすらと地平線から顔を出し、一日の最初の鳥が囀り始めた。
新しい光に満たされ、また今日も新しい一日が始まった。
人はまだ眠り、夢の中。今日という日のために。



――終わらな〜い!!――

何度目か分からない叫び声をまた上げる私。
よりによって、武道大会に出す書類その他、3つも終わらせなくちゃならなくて
よりによって全部は提出期限明日・・・今日になっちゃったわけだけど・・・
なかなか終わらなくて、結局徹夜することになって、
体力には自信がある私も流石に辛い。

ガタッ

部屋の戸が開いても、私には振り返る余裕なんてない。
それに振り返らなくったって、私には誰か分かるんだから。

「あかね、おまえ、徹夜したのかっ?!」

…やっぱり。
乱馬は呆れているけど、そんなことにかまってる時間は私にはない。

「徹夜すると肌が悪くなるんだってよ。おまえ、ますます可愛げがなくなっちまうぜ。」

慣れてはいるけど、やっぱりムッとくる。

なによ、誰の書類を書いてて遅くなったと思ってるのっ?

武道大会に出場するのは私だけじゃない。当然、乱馬も出る。
天然格闘馬鹿の乱馬は、こういう書類書きは大の苦手。
それで代わりに私が書くことになったわけだけど…
まったくもう、冗談じゃないわよ。


「ったく、徹夜する羽目になるなんてよ。お前って不器用だよな。」

乱馬の言葉は私の耳にはまったく入ってこない。
ただイライラして、私はただ黙々とパソコンを打ち続けた。
でも、そんな私の気持ちを知りもせず、乱馬は出て行く素振りも見せない。
それどころか、ベッドの上にあぐらをかいて座り込み、当分動きそうにない。

「でも、いい加減にして少しでも寝ろよ。体は武道家としての資本だぜ。
そんなにつらい大学なら、やめちまえばいいじゃねぇか。」



「……出てってよ。」
頭の中で駄目って思いながらも、私はもう抑えがきかなくなってしまった。

「寝ろよ、ですって? 何よ、人の気も知らないで。
あんたは格闘だけやってればいいんでしょうけどね、私はそうもいかないの!
レポート書かなきゃ単位落とすし。原稿書かなきゃみんなに迷惑がかかっちゃう。
あんたなんかに、分かるわけないわ!
出てってよっ!!」

バタンとドアが閉まる音。
乱馬は黙って出て行った。




――最低ね、私。本当に最低。――

乱馬に当たったってどうしようもないのに。
こんなに大変になってしまったのは、全部私の要領が悪いせい。
それなのに、乱馬に八つ当たりしたりして…

嫌われたかな?


もともと眠くてぼんやりとしていた頭。視界までがぼやけてきた。



 「ほらよっ」
 ついっと私に差し出されたのは、温かいミルク珈琲。
 「あんまりイライラしてると終わらねぇぜ。それでも飲んで、しゃきっとしろよ。」
 乱馬は照れくさそうな顔で、私にマグカップを渡した。
 「・・・うん。」
 砂漠にすっと水が吸い込まれていくように、ミルク珈琲の温かさが体中に染み渡る。
 さっと幕でも開いたように開ける視線。頭もだんだんはっきりしてきた。
 私はようやく気がついた。
 「ありがと、乱馬。でもこのマグカップ、乱馬のじゃ・・・?」
 「・・・・・・そ、それはだな。つまり、・・・そう、いつもの癖だ。つい間違えたんだよ!」
 まるで子供のように顔を真っ赤にさせる乱馬。思わず頬が緩む。
 可愛い。私は乱馬に悪いと思いつつ、そう思わずにはいられなかった。
 「ありがと。」
 私はもう一度お礼を言って、パソコンにかじりついた。
 「おう」
 乱馬は短くそう答えた。
 2杯目のお替りを持って来てくれた後は、私が終わるまでずっと側にいてくれた。


また元気が出てきた。
でも、これは珈琲だけの力じゃない。
乱馬がいてくれたから。
それが私にとって、何よりも一番の体力回復だったみたい。



いくら徹夜したって、いくら乱馬に止められたって、
大学をやめるわけにはいかない。
それは、私の夢をかなえるために必要だから。

知ってる?乱馬
乱馬の夢は、私の夢でもあるのよ。

あんたがいくら強くなったって、格闘に怪我はつきもの。
その時、きちんと手当てしてあげたいから。

そう、私は乱馬専属の白衣の天使。
すぐに手当てできるように、いつも乱馬のそばにいる。
離れろったって離れないんだから。
覚悟しときなさいよっ!///








「ミルク珈琲」あかね編いかがでしたか?
乱馬の夢はあたしの夢…そう言い切るあかねちゃんが健気です。
あかねちゃんに白衣って似合うだろうなあ…と、思わずにんまりしているのは、私だけでは無いでしょう。
乱馬のマグカップに入った、愛情たっぷりのミルク珈琲。羨ましいな。

どうでも良いんですが、私、一之瀬は夕刻、四時以降に珈琲を飲むと、寝付けません。
何故か、珈琲は完璧な眠気覚ましになっております。そのため、珈琲は殆ど口にしません(苦笑
この前も夕方の珈琲のせいで殆ど徹夜してしまいました。寝床に潜ったのに…。カフェインが効き過ぎる体質も困ったもんです…。
乱馬やあかねは大丈夫なのかな?
(一之瀬けいこ)