◆karma
翠玉さま作
「殺してやる!!」
漆黒の長い髪を後ろで一つに束ねた十八,九くらいの少女は目を据えて、吠えた。
「絶対に殺してやる!!」
少女の、真っ黒でありながら、燃えたぎる炎のような色を放つ瞳は、ただその男に据えられていた。
男──少女より二,三歳年上であろう──は、無表情だった顔を一瞬ゆがませると、また少女の髪を
引っ張る手に力をいれた。手には、先の立派にとがった刃物が握られている。
日本刀ってやつだろう。男は思った。生まれてこの方、人を切ったことがなかったのだ。刀を手にすることも。
それまでは幸せだった。そんな争い事とは無縁に至極つつましやかな生活を送っていた。
少女がもう一度、吠えた。
「殺す!!絶対に!!」
「・・・」
男は、何も答えず、迷いなく、その日本刀とやらの尖った先端を少女の腹に当てた。
少女は声こそ出さずにノドを鳴らしただけだったが、険しい目つきを変えることはしなかった。
男がその体勢のまま動かないのを、少女はじらしているのだと受け取り、腸が煮えくり返る思いだった。
「優柔不断!やるならとっととやれ!!」
男は少し水っぽくなった手で刀の柄を握りなおした。少女の殺意と怨みに満ちた目をのぞき、
一瞬──ほんの一瞬だが、刀ごと投げ捨ててこの場から去ってやろうかとも思った。
そして、まだ少女の髪をつかみ、刀の先を腹に当てた、まさに「じらした」状態のまま、目だけを移動させた。
男の視線の先に、少女の数メートルばかり後ろの方で血みどろになって倒れている中年の男の姿があった。
その中年に限らず、あたりには血だらけの人間の死体が転がり、あちこちで喧騒──いいや、殺戮──の
騒音が立っている。そして、その殺戮の指揮をとり、今、まさに髪をつかんでいる少女の親父を殺ったのは、
まぎれもなくも、その日本刀を手に少女の命を手中に握っている男だった。
「人殺し!!殺せ!!早く!!」
少女は、今にもその男を頭から食いつくさんばかりの勢いで怒鳴った。
「だけど!!だけど、絶対に私はあんたを見つける!!・・それで、殺してやる!!」
男は顔の筋一つ動かさずに、それを聞いた。感情がないわけではない。表情が作れないわけではない。
男もまた、ただの人間だった。人殺しや奇襲に抵抗をもつ、普通の人間だった。
しかし、男は「義」に背くことはできなかった。そればかりか、これには立派な理由付けまであったのだ。
「ちきしょう!ちきしょう!!」
殺意に満ちた少女の目から、弱さの雫が姿を現した。自分といくらも変わらない少女の命を自分が握ってるという
事実に今更ながら、男は反吐がでそうな、胸くそ悪い気持ちになる。
しかし、男に少女の腹に押し当てた刀の先を引かせなかったのは、男の愛する家族たちの顔だった。
その不安に満ちた顔を再びほぐしてやるためには、この奇襲を無事成功させる必要がある。
男は再び、少女の髪を力をいれて引っ張った。その様子に、自分の最期をしかと感じ取った少女は、
しっかりと男の顔をにらんだまま、声をあげた。
「殺してやる」
「殺しに来い」
少女が眉根を寄せて男の顔を見上げようとした時、それは一気にきた。
「う・・」
思ったより痛みはなかった。けれども、命が削られていく感じがよく分かる。のど元にいろいろな言葉がこみあがってきては
吐き出しそうな勢いなのに、しゃべることなど、およそ不可能だった。
刀の食い込んだ腹からは茜色の液体が流れでてきて、ポタポタと地面を乱れ打っていた。
体がぴくぴくと跳ね上がる感じがした。
「今、俺はお前の命を奪った」
男はグッと力をこめると、少女を串刺しにしていた日本刀を抜き取った。
髪をつかんでいた手を離すと、少女の体は地面に倒れ、男の乗ってきた馬の足元に頭を押し付けた。
とっくに絶命していた。しかし、男は少女の魂にでも話し掛けているのか、言葉を続けた。
「今度はお前にくれてやる。俺を見つけてみろ。その時、俺の命はお前のもんになる。」
『その言葉を忘れるなよ』
少女の周りの空気が、振動して、そんな言葉を自分に伝えてきたように男は感じた。
「お前のお陰で・・・」
男の脳裏に、昨夜、かゆを馳走してくれた少女の笑顔がやってきた。少女がこの一週間、自分に向けた数々の表情を思い出す。
その表情は、ただ憎しみと殺意に変わり、命失った今も、自分に向かって牙をむいていた。
男はその先を言わず、黒と茜色のまじった血とも涙ともつかない液体を、鉄かび臭い汚れた手でぬぐうと、
少女の凄惨な死体に背を向けた。
そのまま、次の戦慄を繰り広げる気を失ったわけではなかったが、何かがその場に男をつなぎとめていた。
ふと、入り口の壊された小屋に目を移した時、少女を染めてる色と同じ色──茜色の花が目に付いた。
無意識のうちに、男はそれをつかみとると、少女の死体の場所に戻っていた。
また、昨夜のかゆの味を思い出した。うまかった。
そして、男は先の言葉につなげるようにして言った。
「・・俺は元気にお前とこの村をぶっ壊すことができた。」
少女の頭をふみつぶしそうになっていた馬の足をどけると、男は少女の髪に茜色のその花──ひなげしを
そっと飾ってやった。
「今度は、もっと違った風に会えると・・いいな・・」
男はそう言うと、地面をけって馬に飛び乗り、総仕上げにかかりに、村を駆け回った。今度は容赦なかった。
男の視界が茜色に染まっていく度に、それは男の心を乱し、男はさらに馬を速く駆らせた。
何世紀を超えただろう。宇宙が何回生まれ変わった後だろう。それとも、数十年の話なのか。
男と少女は出会った。
──今度は、もっと違った風に──
すっ裸の出逢いは、確かに違った出逢いを二つの魂にもたらした。
長いブランクは「命」を「心」と翻訳し、以前よりも長い長い"戦い"を二人に課したのであった。
「何よ、恥知らず!!」
「不器用。寸胴。カナヅチ。」
前世より、低次元な、しかし確実に幸せへと向かっていく"戦い"を。
(karma・完)
作者さまより
・・・これは何でしょう。本当に、乱あ小説?
大した長さじゃない(むしろ短すぎ)ですが、せっかく付き合ってくださった皆さん、申し訳ありません。
全般の描写も血なまぐさい上に、全くをもって意味不明だったと思います。
乱馬とあかねのそれぞれの名前の理由づけと見られる一節、ひなげしの引用、あかねの料理下手の起因説めいたものなど、
ところどころ不快感をあおったかもしれません・・・。
タイトルのkarmaは"因縁""前世の約束"という意味をあらわす単語です。
なぜか突発的に書いてしまったものなのですが、読む人に楽しんでもらうためというよりは、
ただの自己満足小説になってしまいました。
前世での乱馬とあかねの絡みに、激しく引いてしまった方、拒絶反応を起こしてしまった方、ごめんなさい。
でも私的には前世で恋人だったから現世でも・・・という展開はあまり好かないのです。
むしろギャップを楽しむ方なので・・。結局は前世でもある種の愛で結ばれていたことは事実なんですけどね。
どうも私はまともな乱あのラブストーリーが書けないようです(汗)
そして再び始まる、恋の闘い・・・。
立派な乱×あ小説です。
夫婦は二世の契りと言いますが、こういう前世もひとつの可能性としてあるのかもしれません。
何も甘い作品だけが乱あ小説ではないと思います。
ここから続く世界はハッピーに…と願いたいものです。
(一之瀬けいこ)
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