◇とおりゃんせ
史部狛さま作


###

あれが見えたのはいつやろ…。17になった秋や。店は休みやったから、水曜日、やろなぁ。雨が振り込めて12時位でも夕方遅くみたいな暗さやった。

なんや、妙にもの寂しなってなぁ。気ぃ紛らわそ、思うてちょっと違う道、通ったんよ。うちのあまり行かんかった、都心の方向に歩いてみてん。来たこと無い町よ。けど妙に来たことあるような気ぃしてな。きょろきょろ周りを見回したけど、確かにきた事あらへん。デジャヴー(既視感)ってやつやなぁ。

川沿いに歩いて見たんよ。川はもう濁流になっとった。暗い中ざあざあ音を立てる水って、なんや気味悪いなぁ。中から何か出てきそうやない?引きずり込まれそうな感覚もするなぁ。そんな道を傘さして歩いとってん。

するとな。細い路地があって、中をのぞくと提灯が2つ見えるんよ。初めてのとこやよ。けどな。なんやえもいわれぬ懐かしさに教われてな。中、入ってみてん。

中にはな。小さな祠があってん。それだけや。周りは古い家のさびたトタン板に囲まれた、昔からある場所っていう感じのとこやった。雨はまだ降りつづいとったな。うちはただ傘差してたたずんどった。

しばらくそこにおってな。すると傘、さした婆さんが入ってきてん。着物着て。
「見慣れん顔じゃが。」言われてな。ちょっと話しこんでん。

帰りがけにふと足元に石があるのに気づいてな。何かの碑みたいになっとるからふっ、と足をとめたん。なにか妙に物悲しいような気がして、せやけど、懐かしいような気もして、変な気分やった。

「胞衣塚がどうかしたのか?」
「胞衣塚?」
「出産の時に赤ん坊をくるんどる胎盤やら膜やらを埋めるつかじゃ。お前さん、関西の人じゃろ。関西ではそういったものを忌んで遠ざけるそうじゃが、関東ではな。人の踏むところに胞衣塚を作るんじゃ。」

「や。なんといってええのか言葉がようわからんけど、なんや、物悲しいような、懐かしいような、なんともいわれん気分になったんや。」
「そうか。お前さんにはこの塚が見えるか。」
「え?お前さんにはって…。」
「そういえば名前を聞いてなかったが、名前は?」
「右京。久遠寺右京や。」
「ほう。右京。後ろを向いてごらん。」

うちはさっきまで背を向けていた祠の方をふりむいたんや。すると鈴の音が聞こえてな。着物を着た小さな子が、何人か、遊んどった。うちの足元に古風な鞠が転がってきた。もうあたりは真っ暗でな。祠も提灯がぼうっと浮き上がってかすかに見えとるくらいやった。

子供たちは、ぼーっと光を帯びて見えとった。そしてみんな、うちを見てな。
「おかえり。」
って、言った。

うちもなんやわからんけど、帰ってきた気がして、
「ただいま」
って、言った。

「間違いない。お前さんは、わしの子じゃ。そうか。大阪で新しい生を授かっとったか。」
「わしの子って?」
うちは思わず振り返った。

「間引き、知っとるかの。そりゃあ、酷い話じゃ。じゃがそうせんと食べてゆかれん。わしも220年も前になろうかの…。産まれたばかりのお前の顔に濡れた絹を…。」
「じゃあ、あの子供達は?」

うちはまた祠の方を見た。もう誰もおらんかった。また、婆さんを見た。するとな。婆さんもだんだん光を帯びてきてな。姿かたちが若くなっていったんや。そして光の中に消えていった。気がつくと、うちは一人暗い祠の前に立っとった。

うちもよう説明がつかん出来事やったけど、最後にな。
「10年遅かったのはわしの行いへの報いじゃの…。」
って、聞こえた。うち、17歳や。10引くと、7歳。今は秋やから、七五三や。あのばあさんは、うちをずっとうちを待っとったんや。あの子供達も胞衣と一緒にあそこに埋められたんやないやろか。

家に帰って調べてみると、220年ほど前は丁度天明の大飢饉、なんや。あのばあさん。天神様の胞衣塚で、ずっとうちをまっとったんや。17になって、その日、うちは。いや、うちの前世は10年遅れの七五三をやったんやなぁ。それほど子を大切に思うのに、生きるために間引かなならん。悲しい話や。

いまもあそこにたまに行くけどな、あのばあさんに会ったことは無いなぁ。けど不思議と親和力がわくんやよね。あそこの前を通ると。落ち込んだ時にも元気が沸く。そして、うちが乱ちゃん追って東京に来たのは、ただの偶然やないのかもなぁ。220年ぶりの再会、か。乱ちゃんがあかねちゃんと結婚きめてもうて「東京来た意味、ないやん」って思っとった時やったからえらい元気がでたなぁ。

今もあの塚は東京の街角に寝むっとる。次に尋ねてくる誰かを待ってな。

###








作者さまより

妙に最近土俗的なものに凝ってて、で、とおりゃんせで怪奇譚を一席。そして関西の方。ゴメンナサイ。私が右京好きというのもあるけど、それよりも遠くから縁あって東京に引き寄せられた人で話を構成したかったのでうっちゃんを主人公にしました。独白形式にしたかったから自然、関西弁に…。従兄弟に関西人がおおくて盆暮れ正月はいつも一緒に遊んでたからまぁ、それなりに関西弁に親しんではいるものの拙い方言を使ってしまったことにゴメンナサイ。従兄弟に京都人がいるため、京都弁が混ざってるような気がしないでもないです。大阪人に知り合いがいないか、大阪人でも大阪弁使わない人しか知り合いがいなくて…。

というわけですが、話の内容に触れれば、因縁物です。すごく土俗的なものを表現したかったので童謡を使いました。とおりゃんせの歌詞からです。


とおりゃんせについて
元はといえば現在埼玉県の川越城内にあった三芳野神社の事を歌ったとのことです。そこに祭られている天神様を7歳のお祝いにお札を上げにいく。門番がいて、入るのはいいが、かえりの取調べが厳重なので行きはよいよい、帰りは怖いんだそうです。でも、いろいろ言われてますよね。この歌。黄泉の道を暗示した歌ってのが多いですね。行きはよいよい、帰りは怖い。死ぬのはいいけど霊が帰ってくると怖い(いや、ちと違うと思うが…)。


 実はあとがきにとおりゃんせの歌が挿入されておりましたが、著作権がどこにあるかわからないので割愛させていただきました(ぺこ)
 詩歌の挿入は著作権が絡みますのでご勘弁くださいませ。
 童謡だからクリアできるのではないかとは思うのですが・・・。もしクリアできないと大変なことになりますので、ごめんなさい。

 とても不思議テイストな作品ですね。乱あが大半を占める中、こういう作品も趣きがあっていいと思います。

 右京の関西弁はちこっと変なところがあります。(声優さんではなくて。原作の表記にも。)
 右京はおそらく生っ粋の大阪人ではないのかもしれません・・・原作を読み渡すとどうしても京都人に近い言葉だと思ってしまう私です。
 浪花っ子の使う言葉じゃないんですよね…。関東の人が思い込んでる大阪弁なのかもしれません。(留美子さんは新潟ご出身の方ですし。)
 その辺どうなのかなあ・・・右京は放浪生活が長そうだから、どっかで大阪弁も訛ったのかもしれませんが…。
 一之瀬的見解でした。
(一之瀬けいこ)


Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.