◇終わらないENDマーク
史部狛さま作


「なぁ。もう後戻り、出来ねぇんだよなぁ。」
「そうやろな。」
天道道場を出てきた2人。右京と良牙。道場で繰り広げられるどんちゃん騒ぎに自分達も参加しつつも心の中は空白だった2人。高校1年の終わりの頃。鳳凰山で繰り広げられたドラマ。これで確定した乱馬とあかねの将来。すでにこうなる結末は頭でわかっていつつも、なんとなく過ごしてきた2年間。何か心に引っかかりつつも、それまでとあまり変わらなかった日常。でもとうとうそれも終了の合図。高校の卒業。
「お前、これからどうするんだ?」
前日の疲れ。睡眠不足。道場を出る2人の目に太陽の光がまぶしく包む。腫れぼったいまぶた。考える事を拒否した頭と、それでも感じる色んな感情。
「うちは、大阪に帰る。家業を継がんとな。」
膨らみつつある桜のつぼみ。太陽の日差しはあたたかくも吹き抜ける風の刺すような冷たさ。梅の匂い。コンクリート三面張りの川面に映る青空。優しい風景が優しければ優しいほど痛みに触れる。
「そっか。」
別れの季節ということはわかっている。ぽっかりと開いた穴。すでに鳳凰山で開いた穴。けどその穴は、やや縮小された日常という蓋でほとんどふさがっていた。その蓋がいよいよ取り除かれた。
「じゃぁ、オレはこれで。」
突然良牙はふと、思い立ったように言う。
「…。帰れるんか?」
良牙を送るつもりだった右京は不思議そうな顔をした。
「家に帰るつもり、今はないんだ。」
家で独りになることは極端に怖かった。特に今日みたいに何の変哲も無い日には。
「そっか。うちは引越しの準備があるから。ほな、な。」
「ああ。元気でな。」
スズメの鳴き声がする。ウグイスにはまだ少し早い季節。乱馬とあかねの結婚の前には小さな小さな名残惜しさ。少しの沈黙でそれを身に浸しながら別れ2人。
独りで歩く住宅地。春一番にはまだ弱い風が電線を切る音。空を見るか、地面を見るか。真っ直ぐ前を見られない。うっちゃん店舗にかかる「本日休業」の札とその下に貼られた「閉店のお知らせ」の張り紙。引き戸を開けると中の空気がひんやりと流れ出る。
ふと気を抜いた瞬間、溢れ出る涙。電気をつけない店内。カウンターに独り座り、涙も拭かず、何も映っていないTVをぼんやりと見る。東京に来てからの3年が走馬灯。いっそ良牙についていった方が気がラクだったのかもしれない。
TRRRRRR。TRRRRRR。TRRRRRR。…。
「はい。お好み焼きうっちゃん…。あ、乱ちゃん?どうしたん?うん。うん。3日後に帰るけど。うん。え!?わかった。」
乱馬からの電話。あかねが国立大学の後期試験を控えているため、新婚旅行とか言っていられないらしい。乱馬からどこかに行けないかと誘いの電話だった。正直迷う。確かにそうだろう。「忘れよう」という気持ちと「最後に綺麗な思い出を」と言う気持ちと。


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2日後。お台場。乱馬と右京。これでいいのかわからない両者。やはり乱馬も名残惜しいのだ。虫のいい話なのかもしれないが、否が応でも流れるのが時間。仕方なさ。やるせなさ。ずっと続いて欲しかった日常。乱馬にとてもあかねにとってもこれが必ずしもハッピーハッピーな訳ではない。
海から吹き付ける潮風。言葉がなかなか見つからない。
「明日、か。」
「そう。明日。」
「見送りに行って、いいか、な…。」
「あかねちゃんは?」
「あいつにも了解を取ってある。あいつも受験で忙しいけど見送りに来たかったんだ。」
最後の一言は右京にダメージを与える。今更。そう今更。本当は3人で来たかったのだ。最後まで想い、とどかず。か…。完全敗北。
時間は徐々に夜になっていく。東京の夜空。光害で星はほとんど見えない。でもレーンボーブリッジなんかの夜景はとても綺麗だ。綺麗…。綺麗だからなんなのだろう。景色の綺麗さも、いろんなオブジェや美術品、アクセサリー、ライトアップとかイルミネーションの綺麗さ。どれもそのときの心持次第。心が空白なら綺麗なものもな〜んも感じない。常に心がいくのは、虚無。心のブラックホール。
ちらと横を見れば乱馬も景色を見つつも何か、どこか、心ここにあらず、だ。
その視線に気がついたか。乱馬もこちらを向く。ふっと、視線をはずしかける右京。下を見たあと、ぐっと視線を元に戻す。乱馬も視線をはずしていない。外から見れば立派なカップルだろう。
「オレ、に何か言う資格とか……。無いかも知れん…。」
乱馬は何か言葉を探り、探りながら話そうとしている。背後のレーンボーブリッジ。周りの華やいだ雰囲気。しかし両者の氷のような心持。何もかもがギャップ。
「オレは、あかねを選んだ。納得して欲しいとは思わない…。」
口ごもりつつも何か告げたい乱馬。しかし乱馬自身も何を告げたいのか、告げるべきなのか、この心の冷たさは何なのか、そのどれもがよくわからなかった。
-最後に綺麗な思い出を…
甘かった。痛いだけだ。目の前の男は自分の心を踏みにじった男。忘れるべきだった。負け犬。最後に吠えようとしてたのか。
「でもオレとうっちゃんが幼馴染であるという事は変わら…。」
パンッ。
乾いた音が響き渡る。
「そんな事、言ってどうなるんや?」
今度は外から見れば立派な別れ話。
初春の夜の肌寒さ。綺麗な周囲に綺麗じゃない2人。でも、綺麗じゃない思い出がいつか綺麗に…、なる…、のかも。でも、今は、痛いし、寒いし。


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乱馬の背後から歩み寄る男が一人。乱馬のお下げを無言で引っ張る。
「何やってんだ。お前。」
良牙。
「お前、今更右京と2人であって、どうするんだ…。右京も。」
返事に困る2人。
「綺麗な思い出作り…、か?」
バカバカしいと言いたげな口調。
「悪いか?」
「悪い。」
即答。
「オレはオレなりに関係を清算したかっただけだ。」
「綺麗に清算、なぁ。オマエも右京も大バカだな。」
-大バカ、か。
右京は2人のやり取りを見ながら良牙の放った言葉を心で反芻する。反芻。反芻。
「うちら、みんなバカでええやん。」
「?」
唐突な右京の発言。返答のし様に戸惑う二人。
「いつも大バカだったやんか。」
関西では『アホ』と言うのが普通だが、今回は『バカ』がピタッと来た。
-いつも。
そう。いつも。それが無くなる。ふっと涙が溢れる。あせる2人。
この3人組を周りはどう見るのだろうか。
「似あわねーな。こういうの。オレらに。」
「だろ。道場、使えるか?」
「ああ。」
「騒ぐか!!」
「じゃぁ、うちがお好み、焼く…、な、」
泣きっ面に笑顔。かっこ悪いけど。最後まで、オレら、うちらはオレら、うちら。
夜の電車。人ごみ。電車から見える街並み。人が多すぎて会話なんて出来ないけど、乱馬も良牙も右京もなにかこの日が続くような、そんな安心感。乗り継ぎでダッシュ。みんな電車遅れまいと必死に走る。怪談を昇る。乱馬と良牙が張り合う。その様子を右京が笑う。電車の中で荒れた息。
「おい。あかね。今晩、勉強なんてするんじゃねぇ。」
とつぜんあかねの部屋を襲う3人。あかねも入れて4人。まだ初春の寒々しい板張りの道場。ソースの匂い。懐かしい匂い。結婚だとか、恋愛だとか、余分なものが抜けた瞬間。ただ純粋に楽しい。お好み焼きの取り合い。あかねの「根性焼き」。そして…。朝。


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この日も平凡な日。青い空に白い雲。暖かい太陽に寒い強風。梅の匂い。そして沈丁花の甘い、甘い匂い。匂いは記憶を蘇らせる。2年前、鳳凰山から帰ってきた時の記憶。右京もみんなを迎えた。そうあれから2年。
そこから作ってきた毎日。今日でEND。でもTHE ENDじゃない。そう。今は辛いけど。
「良牙。大阪で迷ったらうちに来いや。」
「おいおい。うっちゃん。こいつ、どこで迷ったかわかんねぇんだから無駄だよ。」
新幹線のドアでのおしゃべり。
「『東京で見る雪もこれがさいごね』と…、か。」
「最後じゃねぇよ。東京から大阪なんて、これがあるじゃねぇか。」
新幹線の車両をドンドン叩く乱馬。あわただしい東京駅17番ホーム。
「ひかり423号。岡山行き。間もなく発車いたします。」
とうとう来てしまうアナウンス。
「じゃ、な。」
3人とも、何かしゃべりたいのに、面とむかうと何を言っていいのだろう。一人でいるときはあれだけいろいろ言いたいことが思い浮かぶのに…。最後は口数少なし。けたたましいベル。静かに閉まるドア。その瞬間からなにか、どこか、無音の世界。ゆっくりと、ゆっくりと動き出す新幹線。


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在来線の品川駅あたりで流れる、なにか優しげで儚げな音楽。車窓がどんどん速くなって行く。
「ばいばい。東京。」
来た時の目的からすれば、何も得られなかった。けど、いろんなものをもらった、東京。楽しかった、東京。いろんな葛藤もあった。けど。それはそれでまた、いい、と。


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「行ったな。」
「ああ。行った。」
残されるもまた空虚。昨日の今日騒いだのは夢のまた夢。続けばいいなと願うが夢。現世を生くるものに別れは必定。されど…。


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「ここは何処だ。」
「あれ?良牙やんか。」
現世を生くるものに再会もまたあること。
「もちチーズ玉、うまい!!」
みなに幸、あれ。



###END




作者さまより

めざましTVで映画「なごり雪」を、昼にNHKでドラマ「精霊流し」の話を聞いてなんとなく出来ていった話。まぁ、ひたすらしんみりと、しんみりと。という感じで。けっこう試行錯誤でした。体言止めを使いまくりました。なんだかその方が儚げな感じかな、と。後はるろ剣最終話とかネット上に出回るドラえもん最終話(笑)とか思い浮かべて書きました。


 個人的なことを思い出しつつ・・・読ませていただきました。
 実は私も関東在住経験があるので何となく右京の気持ちがわかります。弾なの転勤に伴い生まれ育った関西圏を離れ、関東平野に住んで。また転勤で関西に戻って。
 右京も私と似たような気持ち引きずって関西へ帰ったんだろうなあ・・・やっぱり、通天閣近辺の子なのでしょうか?右京は。
 で、私も実は観ていたドラマの「精霊流し」・・・その昔、高校生の頃、さだまさしさんやクレープのファンだったこともあるんで・・・LPも何枚か持っています。
(一之瀬けいこ)


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