◇ココアクッキー
きつねさま作


あかねは所々小さく火傷を負った手で机の引き出しを開けて、綺麗にラッピングされた包みを取り出した。
そして意を決した様に立ち上がって部屋のドアを開けた。

「おい、あかね」

突然後ろから声を掛けられたあかねは、振り向く時、無意識に包みを持った手を後ろに隠した。
声を掛けてきたのは乱馬だった。
一瞬、いつもと違う様な印象を受けたが、すぐに普段のチャイナ服ではない、Yシャツ姿だからだと気がついた。
上のボタンが二つ程外されていて、冬の間ずっとチャイナ服の下に隠れていた鎖骨が見えた。
タンクトップ姿の時と違い、時折見え隠れする程度のそれに、あかねは何故か顔がうっすらと赤らむのを感じた。
心臓の音も心なしか大きくなった様だ。

「なに?その格好」

何とか動揺を抑えた声であかねが聞くと、乱馬はよくぞ聞いてくれたとばかりに話し出した。
丁寧に身振り手振りまで付けて。

此処一週間ほど天候が悪く、たまりにたまった洗濯物にかすみは頭を抱えていた。
久々に晴れた今日、数回に分けて洗濯機を回す事にした。
第一段を干し終わり、次の物を洗濯機に入れる為かすみがその場を離れた数分の間に悲劇は起こった。
近頃天道家の近くに縄張りをはっている、乱馬の天敵であり恐怖の対象である猫が、全ての洗濯物に襲いかかったのだ。
哀れ、洗濯物は土にまみれ、猫の鋭い爪で切られてしまっていた。
かすみが物干し台の所に戻った時、猫は楽しげに汚れてしまった洗濯物と戯れていた。
それを見た瞬間、かすみの頭にまだ洗濯機の脇に積まれている洗濯物の山が過ぎった。
流石のかすみも、その猫には説教をせねばならない、と猫の前に立つと、ツン、と猫の額の辺りをつついた。
彼女は、流石に怒りすぎただろうかと考えながら地面に落ちた洗濯物を拾い、汚れ具合や切れ具合を調べた。
まだ竿に掛かったままで汚れていない洗濯物も所々切れている。
かすみはそれらを畳んで家の中に入っていった。
その間、額をつつかれた猫はポカンとその場に座っていて、暫くすると毒気を抜かれた様にその場を立ち去った。
暫くして同情で一汗流した乱馬が風呂に入りかすみに着替えの場所を聞くと、彼が道場に居る間に起こった事を話され、
そして何処からともなく取り出したYシャツを渡されたのだ。


「要は、他に着る物がない、と」

あかねは乱馬の話を黙って聞いた後、そう一言言った。
他の季節なら、かすみが縫い終わるまでタンクトップで過ごすのだろうが、さすがに真冬の今その格好は無理だろう。
いくら鍛えてると言っても、寒い物は寒いのだ。
家の中は暖かいが、かすみが縫い終わるまで外には出られないだろう。

「まあ簡単に言えばそうなる」

乱馬はそう言うと、結構似合うだろ、と言いながらシャツを掴んで見せた。
その拍子にまた鎖骨が覗いた。
それが目に入ったあかねは、また少し顔を赤らめた。
あかねの視線が一点に集中しているのに気がついた乱馬は、その視線を追った。
視線の先は、ボタンを外してあるYシャツにあった。
それによく見てみると不自然に片手を後ろに回している。
乱馬は少し考える素振りを見せた後、ニヤリと笑って見せた。

「そんなに見つめないで、あかねちゃん」

わざとシャツの合わせ目を握りしめながら、裏声を出して女言葉で喋ってみせる。
あかねは顔を赤くしながら否定しようと口を開いた。
その拍子に、後ろに回していた手を前に出してしまった。
しっかりと包みを握りしめたまま。
乱馬はその包みを見るとにっこりと微笑んで見せた。
そしてそれを指さしながら口を開いた。

「んで、その包みは何なのかな、あかねちゃん」

ニコニコと微笑みながらそう聞いてくる乱馬。
しまった、と思ってももう遅い。
あかねは小さく唸り声をあげた後、持っていた包みを乱馬に押しつけた。
乱馬は片手でそれを受け取ると首を傾げて見せた。
ほのかに香ばしい香りが漂ってくるという事は食べ物だろう。
いつもなら無理矢理口に放り込んででも食べさせるのが彼女のはずだ。
それが何故今回に限ってこの様な形で渡してくるのだろう。

「かすみお姉ちゃんに手伝ってもらったから・・・食べられる物のはずだから!」

あかねはそう言うと階段を駆け下りて行った。
その様子を乱馬はポカンと口を開けて眺めていた。
食べられる物の“はず”という事は自分で味見はしていないらしい。
尤も、それが彼女らしいと言えばらしいのだが。
今日は一体何かあっただろうかと思い、悪いと思いながらもドアが開いていたあかねの部屋に入ってカレンダーを見た。
2月14日。
それでようやく解った。
乱馬は部屋を出てきちんとドアを閉めると、包みのラッピングをといた。
中にはいびつな形のクッキーが入っていた。
恐る恐るその一つを口に入れる。

「苦っ」

色が茶色なのはココアクッキーだからだと思っていたが、此処は彼女らしく、しっかり焦げていたらしい。
しかし、それも食べられない程ではなかったので、もう一つ手にとって口に運ぶ。
どうやら今回は胃薬は必要なさそうだった。
頬が緩んできたのを誰かに見られてはならないと乱馬は懸命に何でもない、という表情を作った。
乱馬は先程あかねの指先が所々赤くなっていたのを思い出した。
火傷だったのか、と小さく呟くと乱馬は火傷の薬を探すべく階段を下りた。








 呪泉洞と統合した、「らんま一期一会」三周年を記念していただいたものです。
 鎖骨作文・・・メチャクチャ好みの乱馬君で嬉しいです、
 Yシャツからちらりと覗く鎖骨・・・あかねちゃんじゃなくても、ぽっとなりそうです。
 オバサンは見たいぞーっ、触りたいぞーっ!乱馬くんの生鎖骨!!(やめいっ!!
 うちにも一人男の子が居るんですが・・・息子のは絶対触らせて貰えないもんなあ。触ったら変態母扱いされますよね…さすがに。
(舞いあがり、一之瀬けいこ)


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