◇純 愛 後編
さわやかなほか弁さま作


〜そして天道家の夕食時〜
[お父さん、あたし、九能さんと結婚しようと思うんだけど。]
突然切り出したあかね。
[何だ?いきなり。噂は本当だったのか。あかね。]
[そうよ、もう心に決めたの。]
[だってお前はまだ高校1年生だろう?]
[九能さんのお母様が高校卒業後でいいって結婚は。]
[とりあえず婚約者という事でお願いしたいって。]
[婚約者も何も早すぎるだろう。どうして急に。]
父、早雲との押し問答がその後も続く。

そして、かすみが初めて口を開いた。
[それで、あかねちゃんは九能さんの事が本当に好きなのかしら?]
[だっ、大好きだよ、うん、九能さん大好き。]
かすみに心の奥を見透かされたようだ。言葉のアクセントがおかしい。
[乱馬君はどうなるの?あかねちゃんは彼の事が好きじゃないの?]
かすみが優しく続ける。
[だって、だって、結婚しないと、だって・・・。]
あかねの目から涙の雫が音符のようにポロポロとこぼれ落ちてきた。
[もう、炭鉱がなくなるかもしれないって。お父さんも、お姉ちゃんたちも・・・。]
言葉にならない。
[なんとなく感じてはいたよ。]
父、早雲は閉山に気づいていたようだ。
[もう、石炭の時代ではないし、近場の炭鉱もここ2〜3年で閉山してるのが目立つしな。]
[あたしは高校出たら・・・、東京行くつもりだから、あたしの事何か九能ちゃんに吹き込まれても無視していいよ。]
九能と同じ学年のなびきは大体の事情は知っているらしい。
[閉山したらしたで、なんとかなるさ。お前が一人で背負い込む事じゃない。]
[自分の気持ちに素直に生きなさい。]
[あたしたちの事はこの先何かあったとしても、あなたには迷惑かけないし、九能さんのお世話になるつもりもないわ。]
[そーゆーこと。断りなよ。そんな話さ。]
家族の言葉が心に染みる。
“自分の気持ちに素直に”そう決めたあかね。

〜翌日九能家へと向かう車の中〜
あかねにとって2度目の訪問だ。
今日は九能の両親に答えを迫られるだろう。
[いやー、あかね君に会えるのを父も母も心待ちにしていたんだよ。]
九能は脳天気に喜んでいた。
[そう・・、ですか。]
少し心の奥が痛む。でも、仕方ない。
このままだと九能と結婚しなくてはならないのだから。
−部屋へ通されたあかね−
九能の両親との対面だ。
[ああ、ようこそいらっしゃった。]
[それで早速ですが、帯刀との結婚、まあ今の段階では婚約か。この話は受けてもらえますね?]
開口一番、帯刀の父はあかねに帯刀との結婚話の返事を求めてきた。
[申し訳ないですけど、この話、お断りします。]
きっぱりと迷いもなくあかねは帯刀の両親を見据えて言った。
[ほほう、楽しいお答えですな。それで本当にいいんですか?]
あかねの返事にさして驚いたような表情も見せず、帯刀の父は言い放った。
[構いません。後悔はしません。]
[ふむ、わかりました。二言はありませんな。]
[ありません。]
[おい!お客様のお帰りだ!]
[それでは失礼します。]
あかねは帯刀の父とのやり取りの後、部屋を出て行こうとした。
[ちょっちょっと、考え直せよあかね君。]
[僕と結婚する事が一番幸せへの近道なんだよ。それに父上を怒らせるとこの町では生きていけなくなるよ。それでもいいのかい?]
おろおろする帯刀。未練がましく女々しさをさらけ出している。
[いいんです。幸せへの道のりがたとえ遠くても。]
[楽して幸せになりたいとも思いませんし、それに・・・、父も姉たちそれでいいと言ってくれたんですから。]
そう言い残すと、あかねは九能家を後にした。

ところが数日後、天道家を揺るがす大事件が勃発した。
あかねの父、早雲が突然炭鉱を解雇されたのだ。
理由もはっきりと告げられずに。
ある程度の嫌がらせ等は予想していた。
しかし、こんなにも早く、それも非情な手段で来るとは家族の誰一人思っても見なかった。
九能の父がよほど腹に据えかねたのだろうか。
彼は、県や町の役人、有力者は元よりも、怖い人達、すなわち暴力団との結びつきも強いと言う。
炭鉱を運営している会社に裏から手を回すことなんざ、朝飯前ということか。
悲嘆に暮れる父、早雲。
いずれ、こうなるであろう事は予測は出来ていた。
しかし、実際に事が起こってみると、辛い。
父、早雲は会社の上役等と掛け合ってみた物の、まるで相手にされなかったらしい。
それどころか、自分たちにも火の粉が飛んでくるのを恐れて、職場の仲間たちも誰一人味方になってくれる人はいなかったらしい。
もう、この集落では孤立したにも等しい天道一家。
卑劣な手を躊躇なく下してくる九能の父。
あまりにも現実は悲しすぎる方向へと転がっていく。

[この町を出て行くしかないか。]
ポツリと早雲は3人の娘たちに告げた。
[仕方ないわね、お父さん。早いうちがいいかしら。]
かすみがくったくのない笑顔でみんなを和ませようとする。
[ごめんなさい、ごめんなさい。あたしのせいだ・・・。]
あかねは自分を責めた。
[そんな事はない。お前が悪いんじゃない。九能一家が卑劣なだけだ!]
九能家への怒りをあらわにする早雲。
しかし、正面からぶつかっても分が悪すぎる。
火の粉が自分だけならまだしも、さらにかすみやなびきにまで及んでしまっては元も子もない。とりあえず耐える。ひたすら耐える早雲だった。

しかし、嫌がらせはこれだけではすまなかった。
あかねへの未練がありありの九能はついに自分の手を汚さず、あかねを手に入れようとしていた。
魔の手があかねに忍び寄ろうとしていた。

父の解雇騒動から数日後の帰宅途中、あかねの背後に変な車がずっとついて来ていた。
人気のなくなった路地裏で車はあかねに猛チャージをかけ、あっというまに車の中にあかねを屈強な男数人で押し込んでしまった。
口をふさがれ、声の出せないあかね。
そして車は人気のない邸宅へと吸い込まれていった。
[やあ、あかね君。]
なんとそこには九能帯刀がいた。
[九能さん!どうして・・・。]
驚きのあまり声に詰まるあかね。
[ん〜、君に断られてやっぱりそうですかという訳にもいかなくてね。]
[どうしても僕は君が欲しいし、父は顔に泥を塗られたと痛くご立腹のようで、このままだと・・・、ねぇ、君のお父さんだけでは済まなくなるかもしれないよ?]
遠まわしに何かを言いだけな九能。
[で、あたしにどうしろと?]
九能をにらみつけるあかね。
[おいおい、怖い顔するなよ。あかね君。]
[君のかわいい顔が台無しではないか。早い話、まだ僕の父に謝れば、何とかしてあげようじゃないかということだよ。あかね君。]
[僕はもっともっと、君に夢中になってしまったよ。その気の強い所なんかたまらないね。][だから、君の卒業までとは言わず、僕の卒業と同時に結婚しよう。]
執拗に食い下がる九能。
[何言ってるんですか?九能さん。]
[心配は無用さ。僕は高校を出たら、父の持つ関連会社で働くのさ。ゆくゆくは父の後を継ぐから何の心配もいらないよ。]
自分勝手な男だ。つくづく。
[イヤ・・・だと私が言ったら?]
あかねが問う。
[さあ、どうなるかな?何とも言えないけどね。僕の口からは。]
[ただ、父はもう動いてるらしいがね。]
嫌味たっぷりに九能が言い放つ。
[まあ、今日はこの辺にしておこうか。オイ、丁重にお送りしろ。]
屈強な男たちは無言で九能の指示に従い、あかねを車に押し込み、元来た道を帰っていった。
“また何か企んでる”この九能の言葉が脳裏に焼きついて離れないあかね。
車から降ろされた後も放心状態だった。

乱馬はあのあかねとの行き違いの後、一人悶々としていた。
乱馬の父、玄馬はあかねの父、早雲とは昔からの親友なので、集落の中でも彼だけは天道家の味方だった。
しかし、表立ってかばいだてすると自分たちにも火の粉が飛んでくるため、微妙な関係でもあった。

乱馬はじれていた。思い切り九能とか言う奴をぶちのめしてやりたい。
しかし、あかねとは気まずい関係にある。
“俺にとってのあかね”日増しに想いは募る。
乱馬は一つの決心をした。
“何とかあかねや、天道家を救いたいと。”

そうこうするうち、九能家はまたなにやら密かに行動を起こしていた。
かすみが困った顔をしていた。
[どうしたのかすみお姉ちゃん?]
珍しく暗い顔をした姉を心配したあかねが気遣う。
[ん、なんでもない、ごめんね、あかねちゃん。夕ご飯の支度しなくちゃ。]
何事もないように振舞うかすみ。
あかねも薄々感づいてはいたが、近所の商店などで、商品の購入を拒否されたり、まったく根拠のない噂話をばら撒かれたりと、かすみは精神的にノイローゼになりつつあった。
父、早雲も無気力状態で家でぼーっとしている。
[もう許せない。直談判してやるわ。私はもうどうなってもいい。]
悲壮な覚悟であかねは九能家へと向かった。

〜九能家にて〜
[いい加減にしてください!嫌がらせも度が過ぎます!]
怒り心頭のあかねは九能の両親に食ってかかった。
[何も後ろ暗い事はしとらんよ。私達は。警察に行ってもいいですよ。]
そんな話は何処吹く風の帯刀の父。
確かに彼らが直接何かをしたという証拠はない。
[変な言いがかりはやめて頂きたいですな。]
[何か証拠でもあるのかね!]
逆に怒り出した帯刀の父。
[父上、それくらいにしてあげてください。僕のお嫁さんになる人なんだから。]
帯刀がしれっと言う。
[あー、こんなに気の強い女がいいのか?帯刀は。おまえがしつこく言うから承諾したんだ。本当はこんな炭鉱育ちの娘と結婚だなんて。もっといいお嬢さんをお前には見つけてやる。]
帯刀の父の本音が見えた。
[僕はこの娘がいい。決めたんだ。父上。]
[まったく仕方のない息子だな。このお嬢さんには多少手荒な方法を取るしかないか。]
と言うや否や、応接間の扉を開けて見るからに人相の悪そうな男が数人、あかねの手を取り、無理矢理何処かへ連れて行こうとした。
その時!

“[ウギャッ]、ドカッ!”
“ガチャ!”
[無差別格闘早乙女流、早乙女乱馬参上!]
入り口から数々の屈強な男をなぎ倒し、乱馬が乗り込んできた!
“ドカッ、バキッ!”
[同じく玄馬参上、無差別格闘天道流、天道早雲参上!]
更に玄馬と早雲も加勢してきた。
[ら、乱馬、おじさんにお父さんまで!]
驚いたあかね。
[さあ、乱馬、あかねちゃんを連れて逃げるのだ!追手が来るかもしれん!]
[わかったぜ、親父、おじさん!]
そう言うと、乱馬はあかねの手を引いて全力で九能家を出て行った。
[どうして来たのよ、乱馬。]
[どうしてもこうしても、嫌なんだろ?九能の嫁になるのがよ。]
[それだけで危険を承知で追いかけてきたの?]
[そっ、それだけって・・・。]
照れくさそうな乱馬。
[おじさんたち大丈夫かしら?]
振り返ると小さく見える九能家の方が心配なようだ。
そう言ったそばから、パトカーが何台も九能家へと向かっている。
[私・・・どうしたら。]
困惑の色を見せるあかね。
[今は逃げるんだ!九能の追手をかいくぐるんだ!]
あかねを一喝する乱馬。
日も暮れ、暗闇の道を息を殺して歩く二人。
[見つけたぞ!ウオラァァ!!]
九能の息のかかったチンピラ連中に見つかってしまった。
[くそ!人数が多いな。]
[任せて乱馬。]
数人の男が二人めがけて飛びかかってたきた。
“ドカッ!”乱馬の拳が炸裂する。
[ヤァッ!]あかねの腕をつかもうとするチンピラをあかねはひとひねりだ。
[私も天道流の伝承者よ。本気出せばこんなもんよ!]
ものの数分でチンピラどもをやっつけた二人。
しかし、危険が去ったわけではない。

[私達・・・これからどうしようか?]
意味深にあかねは乱馬にたずねた。
[どうするもこうするも、あかねは俺が守るよ。]
[だから、心配しなくていい。]
乱馬が力強く、あかねに言う。
[バカ・・・。]
そう言うと、あかねは乱馬の腕の中へと飛び込んだ。
[離さないで・・・・・お願いだから。]
そうつぶやくあかね。
愛しげにあかねの髪をなでる乱馬。
乱馬とあかね、二人の安らぎの時。

肩を寄せ合い夜の道を宛てもなく彷徨う二人。
とそこへパトカーがやってきた。
[おお、探してたよ二人とも。家にも帰ってないみたいだったし。]
警官が声を掛けてきた。
[取り敢えず署に来てもらおうか。]
署に来るよう促す警官。
[私達、捕まるんですか?]
恐る恐る警官に聞くあかね。
[え?どうして?お父さんたちが待ってるよ(笑い)]
パトカーに乗り、警察署に連れて行かれる二人。
あかねはずっと乱馬の手を握りしめたままだ。
[仲がいいなぁ二人とも。]
パトカーの中で冷やかされてしまった。

[さあ、着いたぞ。]
最寄りの警察署に到着したようだ。
[おお、乱馬君、あかね。無事だったか!]
通された部屋には玄馬と早雲がいた。
[お父さんたち、捕まっちゃったの?]
あかねが心配そうに詰め寄る。
[大丈夫だよ。あかね。捕まったのはあいつらの方だ。]
早雲が言う。
[え!あの人達が捕まったの?]
逮捕されたのは九能家の父などだった。
今まで散々悪事を働いてきたのがついに明るみになり、政治家、関連の企業、暴力団などからも逮捕者が出た。
天道一家も恐喝などの被害者というわけだ。
[まあ、お父さんたちにはちょっとお話なんか聞いてからお返しするから心配しないで。]
その場にいた警察官が心配そうな二人を見て言った。

翌日、この一件は新聞などでも大きく報じられ、天道家の日常は元へと戻っていった。
あかねの父、早雲も不当解雇ということで職場にすぐ復帰し、様々な誤解も解け、近所の人や炭鉱の同僚などが相次いで天道家に詫びに来ていた。
もちろん、乱馬とあかねにもいつもの穏やかな日々が。

一方の九能兄妹は、その日から学校へは姿を見せなくなり、一家共々、親類のいる土地へと逃げるように引っ越して行った。

〜それから幾月もの季節が流れた春〜

[お母さん、ただいま。久しぶりに帰ってきたよ。]
あの事件の後、結局九能の父の言う通り、炭鉱は1年後には閉山してしまった。
職場を失ったあかねの父も、炭鉱労働者も、その家族も皆、散り散りになっていった。

がらんとした炭住の廃虚の近くに、あかねが幼い頃に亡くなってしまった母親の墓標がある。
今日は久しぶりに墓参りにやってきたのだ。ある報告を兼ねて。

[お母さん、ごめんね。なかなか来れなくて。]
[今日はね、お母さんに報告したい事があるんだ。]
あかねが母の墓に語りかける。
[ご無沙汰してます、お母さん。近所に住んでた早乙女乱馬です。今日は実は、報告したい事があってここまで二人して来ました。]
あかねのそばにいた乱馬が語りかける。
[お母さん、あのね、実は、・・・あたしと乱馬、結婚したんだ。]
[その報告に来たの。今日は。]
[喜んでくれるでしょ?お母さん。乱馬だったら。]
[あたし、本当に今・・・幸せなんだよ。]
想いを紡ぐように一言一言、話すあかね。
[お父さんもお姉ちゃん達も元気だから心配しないで。]
[今度は家族みんなで来るからね。]
早雲も二人の姉も元気なようだ。

柔らかな春の日差し、桜の花びらが舞う午後。
あたりを静寂が包む。
[そろそろ行こうか、あかね。]
[はい、あなた。]

二人が出会い、青春時代を過ごし、喜びや悲しみを味わったこの町。
町の姿は時と共に変わってしまっても、乱馬とあかね、二人の思いはいつまでも変わる事無く永遠に。








作者さまより
今回はノンフィクションタッチです。
先日北海道の太平洋炭鉱が閉山され、この国から炭鉱という言葉が消えました。
昭和の一時代を築いた石炭、それにまつわる炭鉱、炭住、蒸気機関車。
どれもが私にとってはセピア色の世界です。
平成よりも昭和が好きな懐古主義な私。

モチーフは常磐炭鉱です。
実際ここは、その後、常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアン)
に炭鉱の従業員全てがここに雇用され、一人の解雇者も出なかったのですが、
方言など言葉のイントネーションからあまり地方へ話しの舞台を持っていくと、
難しくしてしまうので、比較的関東に近いここにしてみました。


力作ありがとうございました!!
長かったので、編集時に前後編に分けて掲載させていただきました。

こういう深い味わいのある、パラレル作品も大好きです。
乱馬とあかねはどんな切片からでも描ける素晴らしいキャラクターだと思っています。。
古きよき時代の日本・・・。
私が子供の頃、次々と閉鎖された炭鉱。私の住んでいたとある大阪の近郊都市にも炭鉱労働者がたくさん職を求め、引っ越して来られた公営住宅がありました。そこに住んで居た有人も数おりました。そんな、高度成長期が一段落着いた昭和40年代の己の子供時代の頃のことをふっと思い出しました。
人は去り年は流れても・・・きっと二人は幸せに愛し合っていることでしょう。
(一之瀬けいこ)

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