◇距離   
   第三章  「宴」 Akane&Ranma&Ryoga−ver.

朝日咲覇さま作


昼間地面を照り付けていた陽はすでに落ちている。
つい数時間前まで私がいた応接室には各界の著名人やらで埋め尽くされ、
私はは自分の家から誠二の部下によって持ち運ばれてきた服などを与えられた部屋で整理していた。
誠二の母親に今日のパーティーで着る洋服をやることが終わったら取りに来て、と言われ半ば焦りながらの作業。どこか怒っているような口調でもあったが気のせいなのか・・・。

「ふぅ・・これでひとまず片付いたわ・・・・。そうだっ、呼ばれてたんだった!」



もう30分も経っている。怒らせてないわよね・・・・?と思いながら私は長い廊下を目的の部屋まで走り抜ける。
なんども曲がり角で滑りそうになったけれど、持ち前の脚力を生かして一つの扉の前へと走った。

「あかねです、しつれいします」

「どうぞ」

パタンと両手で閉めると改めてこれから姑嫁という関係になるであろうそのひとが険しい表情で佇んでいた。
敵と対峙している時のような緊張感を持った。

「すみません、遅れてし・・」

「遅い!!!」

驚くより前にさっきの家族での会話を思い出す、が、人が変わっている。

「いわれたらすぐ行動するのが普通じゃなくって?
 それに、嫁となる者、夫の親のいう事を聞くのが当たり前でしょう?」

「ですが、終わったら取りにとおっしゃられて・・・」

「そう言われたからといって遅くてもいいという事じゃないでしょう!考えなさい。言い訳もしない!
 大善寺は日本でもトップの大企業・・。それなりにちゃんとしてもらわなきゃ困るのよ」

無茶苦茶な・・何と勝手ないいぐさなのだろう。なびきお姉ちゃんならばどんな事をしてでも嫁ぐのだろうか。
何故私だけなのだろう。ほかの人でもいいだろうになんで私なんだろう。


――― ・・私ってば嫌な女。なんで他の人に当たるのよ。馬鹿・・


「・・・ごめんなさい」

「まぁいいわ、今日は大事な取引先のご令嬢やら数多くの資産家が集まっているの。
 これはうちの会社の宣伝にもなるのよ、粗相のないようにしてちょうだいね」

「はい」

「じゃぁこのドレス着て会場にいってちょうだい。宮本に全部言ってあるから段取りは全て把握しておいてね」

「はい、しつれいしました」



――― ふぅ・・・って、あっ!もうあと15分しかないじゃない。さっさと着替えてトイレ行こうっと。





素早く着替えて会場近くのトイレに行った。ここに着いてからバタバタして行く時間がなかった。
手を洗っていると、ふと女性数人の声が聞こえてくる。恐らくここに来るだろうと思い、私は咄嗟に個室に隠れた。

「さっき誠二さんとおしゃべりしてたんだけど、やっぱりかっこいいわぁ」

「ほんと。あの時計ってブルガリの特注品らしいわよ。ネクタイもスーツもみんなオリジナルだって」

「流石は大善寺グループねー!ウチのパパももっと早く大善寺に取り入ってくれたらよかったのに」

「私たちじゃ無理よ。なんてったって相手は超がつく一流企業だし。私たちなんて向こうから見たら所詮は三流会社のご令嬢よ。
 でも結婚すればこっちにもおまけが流れてくるわよね。あーあ、おしいっ!」


――― この人たちは他人の価値をお金で決めるの!?なんて貪欲な・・っ。

ずっと拳を握って聞いていた。私は誠二の肩を持つわけでもないのだけれど、
この女性達の話を聞くとやはり私のような田舎者の考えは、それこそちっぽけで古臭い考えなのかな、と思う。
もうこんな話を聞いていたくなくて、私はこの場から逃げ出したくなった。

「でもさー婚約者の『あかね』って言ったっけ?」

はっとする。自分の名を呼ばれて声を出しそうになった。ドアを開けようとした手を止める。
私がどうしたって言うのよ・・

「なんでも、田舎モンなんだって。けど誠二さんはその女に惚れてて婚約したらしいわよ」

「えー!本当!?」

「あ、それ私も少し聞いたわ。最初はそのあかねって人は嫌がってたみたいだけど、
 村がダムに沈むって知ってそれを誠二さんに助けてくれって泣きついて誠二さんが計画を消したとか・・」

「じゃぁあかねって女は嫌がってたくせに誠二さんを利用したってこと?」

「詳しくはわからないけど、私から見ればそうなったのをいいコトに玉の輿に・・ってかんじかしら」

「うわー怖っ!ん、もう始まるわよ。急ぎましょ!」


――― そんなっ・・!


彼女たちの足音が遠くなっていった。
私は必死に涙をこらえていたけど奥から溢れ出してくる。ついには私の頬を濡らした。
部分的には事実だとしても女性達の一人が言っていたことにいいようのない悔しさと惨めさを感じた。
噂はどんどん大きくなって伝わる、というのは本当だったのか。身に覚えのない言われ様に怒りを覚える。
そういえば、パーティーがまもなく始まると言っていた。こうしちゃいられない、会場に行かなければ。
私は誰一人いない気配のなくなったトイレの個室から出た。もう始まるというのに今更トイレに来る人もいないだろう。
だいぶ涙がひいてきたがまだ少し目に溜まっている。ティッシュが置いてないので仕方なく
自分のハンカチを取ろうとするが、このドレスにはポケットがない。部屋に置いてきてしまった。

「仕方がない、どうせそのうち乾くわよね。目がちょっと腫れちゃってる・・」

目元をなぞる。明らかに普段の自分のそれとは違っていた。目を開けていると感じるつっぱり感。
目を閉じると両側から一筋流れた。


『きらびやかで華やかな世界に溺れ酔いしれる』


「なんでこうなっちゃうかなぁ・・・・・・・・・」

考えるのは村の皆だけ。こっちについてから一度も連絡する機会がなかった。
会いたいと思う・・・。恐らく、会えるのは誠二との「結婚式」か・・。
ふと耳を済ませると足音が聞こえる。ここに来るのか・・とりあえずもう会場にいこう。
まだ段取りも聞いていないし宮本さんのところへ行かなくてはならない。目もいつも通りに戻った。


   私もあのようになってしまうのか。お金のことしか考えない愚か者に。


そう思ってしまっていたからか、さっき聞こえた足音の本人がすぐ側にいることに気がつかなかった。
どんっ、と少しばかり強い衝撃の後、私の体は崩れかかった体制を立て直すために反射的に脚が動き、体を支えた。
相手の顔はまだ見ていないけれど、ぶつかった時に感じたもの・・・そうとう鍛えられているかんじ。
でも、しかも男なのに・・

――― まったくっ!なんで男が女子トイレに来るわけ!?なんな・・


私の思考は止る。そこにいたのはよくみたことのある顔で、だけど話したことはない人。
画面上でしか見たことのない、私の一番大事な人の友達で。そんな私に向こうも気付いたのか驚いた表情で私を見下ろす。
ここにいる事が信じられないような顔をしている。その人はゆっくりと口を開いた――・・


「え・・・あかりさん?」








俺は目の前にいる人が本物かと疑った。そこには俺よりも小柄な、見覚えのある人物がいたからだ。
まさかこんなところで会うなんて思ってもいなかった。本当にこの少女がいつかのメールに添付されていた写真の人なのか。

「えっと、良牙くん・・?なんでここに・・・」

「!・・・やっぱり。あかりさん・・いえ、あかねさんこそ!どうしてこのパーティーへ?」

あかねさんは一瞬方をビクっとさせると言葉を選ぶようにして俺に問い掛けてきた。
俺としては、金持ち同士が集まっているこんなところへあかねさんが来ている事自体が疑問だ。

ほんの数時間前まで乱馬の家にいた。
乱馬の話によると、昨日届いたあのメールを見て「あかね」さんと「あかり」さんの事を知り、
また決断とは何かを聞きたかったのですぐにメールの返事を返したと言っていた。
しかし今日になってもメールが来る事もなく。
乱馬に会ってみればあかねさんとの連絡手段を絶たれしどろもどろしている始末。
乱馬の決意を聞き、俺は家に電話してあかねさんが使っているメールの会社へと繋いでもらった。
もうまもなくこの目の前にいるあかねさんの身辺調査書などが乱馬の元に届くだろう。
いくら親友が好きだといってるからといって勝手に身元調べをしている申し訳なさからちゃんと目をあわせられない。

「ちょっと、ね。」

はにかみながら笑うその姿に、俺の心臓の部分がくすぐったくなるような感覚に襲われた。
なるほど、乱馬が惚れた訳が分かった気がする。

(しかしなんでまたこんな場所へ・・・・・)

大善寺家は、表向きは大企業としてはもちろん難民ボランティアの寄付まで行っているが、
裏の部分ではいくつかの組やら政治家の一部らと取引しているという噂だ。
確証はないが親父はここの人間の事を良く思っていないらしい。



「あかね様!探しましたよ、会場に急いでください!」

声のした方を向けば、あれは大善寺会長の側近でたしか宮本といった名前だったか。
なぜこの者はあかねさんの名を知っているのか。客人の一人ひとりの名前を把握しているからなのか。

「あ、宮本さん・・!すみません。今行きます」

あかねさんも思い出したようにしてドレスの裾を摘んだ。走っていくというのだろう。
でもヒールが高い。

「あかねさん・・・ヒールに気をつけてくださいね」

「・・・・ありがとう。あの、あのねっ!・・・・・・乱馬に」

「あかね様、やらなくてはならないことがあるのです。お早く」

今確かに「乱馬に」と言った。何を言わんとしたんだろう。
すこし強引に宮本さんに連れて行かれるあかねさんの後姿に引っ掛かりを覚える。



その時だ、あかねさんが俺のほうをちら振り向いたのだ。ゆっくりと俺の視線とぶつかり合う。
その瞳はなにか言いたげで、向こうは歩いているのでどんどんと遠ざかっていくが、口がうごいたのがみえた。

一文字づつかたどっていく唇。



    ・・・ら ん ま に あ い た い・・・





俺の心臓が大きく鳴った。素直に美しいとさえ思った。
しばらく直立不動な俺だったが慌てて用を足し会場への道を探しに歩いた。

十分後、幾分早く会場についた。自分にしてはあまり迷わずこれたと思う。だがすでに催しは始まっていた。
薄暗い会場の中でステージの方はライトが当たっていてまぶしい。司会の男がなにやら喋りつづけている。
窓には藍色が空を覆っていて雲が多い。きれぎれに見える空には月が見える。

なにやら女性の声が一際大きくなった。黄色い声に俺はステージの方を向いた。
さっきよりも前に歩いていったため、誠二が前のステージに立っているのが見える。

「みなさん今日は僕と婚約者の記念すべきこのパーティーに来てくださって有難うございます。
 急ですみません。なにせ父が『善は急げだ』とかいっているもので」

どっ、と会場に笑いが広がる。誠二がちらと目線をやる。

「今日は呼びたかった方々もいましたが急なことで来られなかったみたいで残念です。
 あ、もったいぶっていてはダメですね。それでは今宵のメインである僕の未来の花嫁――・・」

手を大きく広げて、舞台袖へを目線を誘導するように体を向けていて。
俺はただただ驚くしかなかった。

「天道あかねさんです!」

さっき会話をした少女の姿が見える。
誠二からマイクを受け取って喋りはじめた。

「ただ今ご紹介に預かりました天道あかねと申します。」


――― どういうことだ・・・・?






「乱馬ー、良牙君のとこから封筒が届いたぞー」

聞こえてきたのは親父の声だった。ベッドの上で呆けていた俺の耳には少し驚くくらいのボリュームだった。
それくらいならまだ許せるが・・・・・

「部屋に・・・勝手に入ってくんじゃねぇーっ!!ノックくらいしろっこのクソ親父!フラッシュいらず!」

「なにおぅ乱馬!ワシはそんな風に育てた覚えはないぞ!この父に向かって・・フ・・フフ・・フラッシュいらずとはなんだ!!」

「そのまんまの意味でいっ!」

「別にノックをしなければならぬ理由はないだろうが!」

その言葉にどきんとした。パソコンはつけっぱなしで、部屋に機械音が響いている。
親父にあのメールを見られちゃたまんねぇ。
慌てて開いていたウィンドウを全て消すと親父が怪訝な顔をしてこちらを見ていた。どうやらバレてはいないらしい。

「ったく、俺だってそれなりのお年頃なんだよ」

「やましいサイトでも見ていたのか?」

「そ・・そういう意味じゃねーよ!・・・で、良牙からのってなんだ?」

「あぁ、これだ。何時間か前に良牙君がいただろう。もう帰ったのか?」

そう聞きながら大きな黒い封筒を渡してきた。
ここに送られてくるものには一度全てに目を通されている。
もしかしたらこの封筒に入っているものも読まれたか・・。
しかしそれならば親父にも内容が伝わって、聞かれるはずだが・・。

「良牙なら今誠二の野郎の婚約者を見に行ってるよ」

「あぁ、大善寺グループの。だが何故お前は行かんのだ?招待状はもらっておろうに・・。」

「俺は誠二のこと好かねーんだ。アイツとその親父の裏を・・・親父だって知ってるだろうが」

「たしかに数々の娯楽施設を建てたりしておるが、その反面では土地をめぐっての争いが絶えないだとか聞くが・・」

「だからだっ!ほとんど強制的にじゃねぇか。そういうところ、俺はうけつけねぇんだよ。さ、さっさとでてけよ」

親父を無理やり押し出して良牙からのファイルを開けた。紐でとめられており、なかには書類の束。
しかし良く観るとただの見せかけのみの文章でくだらないことばかりが書いてある。
俺は不思議に思っていると封筒の不自然な部分に気がついた。なるほど、良牙にしては気が聞くやり方だった。
本当にほしい情報は手にしている封筒にあった。俺は自分の机に向かうと置いてあったペン立ての中からカッターを取り出す。
そして封筒の一辺と底の部分を切り開いた。すると黒い半紙のような紙が封筒の内側の側面に貼り付けてある。
それを慎重に剥がすと白い紙に文字がかかれているものが現れた。

「これだこれだ・・・、あかね・・やっぱ髪なげぇんだなー」

写真つきであかねのことが其処に書かれている。良牙が頼んだあかねの住所やら歳などと、簡単な身辺調査のようなもの。
俺は電話番号が分かればすぐさま電話をかけようと思っていた。まさか様子見までやらせるとは・・・。
個人的なことで他人のプライヴァシーを侵す行為に俺は悪いと思いながらも一行一行を記憶するように読んでいった。

一通り読み終え、おれはその紙を握りつぶした。なんともいえない気持ちがこみ上げてくる。
文章中に発見した『大善寺』の文字に俺は疑問を感じたが、読み進めるうちにその疑問は解消されていった。


「あかねが・・・・大善寺の、誠二の嫁・・・?」


沸々と湧き上がってくるこの感情をどこにぶつければいいんだ・・・
今日の婚約者ってあかねの事だったのか、あの決断てのはこのことだったのか。
今更になって後悔がにじみ出てくる。

――― くそっ

あの時あかねは止めて欲しかったんだ。なのに俺はあんな・・・
誠二のことだ、ほぼ強制的にあかねを自分のものにしたんだろう。あかねが住んでいたところにまで手を出して。
それをやめてほしい一心で自ら大善寺へ・・・・とにかく一度行ってみよう。


あかねのいた村へ――



つづく




作者さまより

お久し振りです。
梅雨の季節になりましたね。
洗濯物が私の部屋にまで干されてちょっと狭い思いをしている朝日咲覇です。
休載となっておりましたが、中間も文化祭も一段落したので再び動き始めようかと思います。(笑)


 複雑な人間模様がからみ始めています。
 あかねに婚約者が現れて。それが、大企業の御曹司というのですから…波乱の匂いがぷんぷんします。
 さて、乱馬君はどんな行動に出ますのやら?微妙にからんでいる、良牙君とあかりちゃんは?
 続きお待ちしております。
(一之瀬けいこ)


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