◇距離
  二章  別れに込められた思い   ==1/2== akane-ver.  (no side)

朝日咲覇さま作


―――――・・・じゃぁ、こう言えばいいか?


「我々は、大善寺誠二様の下に仕える者。誠二様が、お前に伝えよと申されたのだ。」

「なっ・・・!・・・大善寺さんが・・?どうして!?」

「分からないか?まだ誠二様はお前を慕っておられるんだ。」


大善寺誠二。日本有数の資産家のトップである、『大善寺グループ』の会長の子息。年はあかねの一つ上で十八歳の大学生。
去年の高校の文化祭であった際に、誠二の一目惚れによるものがきっかけであかねにつきまとっていた。
それからは、高校三年にもなったというのに、わざわざあかねの学校に多額の「金」で編入し、様々なことで、あかねの気を惹こうとしていた。
「惹く」といっても、やることは嫌がらせ。待ち伏せたり、最初はそんな事ばかりで、ちょっと言えば引き下がっていた。
しかし、「好き」という感情が起こす行動は徐々にエスカレートしていったのだ。

誠二の卒業が間近に迫った来た日、突然身に覚えの無い婚姻届が家に送られてきた。
女が書くべき空欄は全て埋まっていて、残すは天道家の印鑑のみ。そこには自分の名と誠二の名。
教えた憶えの無い住所まで書かれていることに、流石にちょっとの注意だけではすまなかった。



「何ですかこれは!こんなことされても困りますっ!」

思い切り睨んだ。あかねの反応を楽しむかのように自分を睨むその瞳を捉える。

「何って・・・婚姻届だよ。ボクと君とのね♪」

「はっきり言って迷惑です!もう止めてください。」


これが初めてではなかった。
赤い文字で「あかね」と書かれた紙が村中の人の郵便受けに入っていたり、あかねのプライベートの写真を送り付けられたり。
その度に、やってないの一点張り。証拠は?と責められて、何もいえないのが口惜しかった。それら送られてきたすべてのものには、
住所も何も書いていない封筒に入っていたのだ。宛先のないことから直に入れられたのは分かったが、それ以上は突き止められなかった。
それから四ヵ月余り。誠二は卒業し、当然ながら金の力で某有名大学に入学。甘やかしっ放しだった誠二の両親も、
少しは次期会長という自覚を持てと通わせ、あかねに付きまとっていた時のことを全て水に流そうと多額の金を払ってきた。しかし、
あかねの父、早雲は「そんなものは要らない。」と受け取りを拒んだ。金は要らないから手を切りたいと言う気持ちで・・・。
その時の誠二の父親の表情は、何か意味深な顔をしていた。

その日以来、誠二とは二度と会わないと思っていた。

でも、金の受け取りを拒否する時の言葉が足りなかったのかもしれない。寧ろ、誠二の我侭を聞くが為に今回、使いを寄越したのかも。


「会長様直々にお前を誠二様の嫁にと仰られているのだ。なんでも、お前の父親があの時断らなかったのは、
娘を誠二に差し出す気があったのではないか、とな。」

金は要らない⇒水に流さない=娘を嫁に・・・、とでも結びつけたのだろうか。あの時の顔はそういうことだったのかと、今更ながらに思った。
続けてこう言った。

「答えは明日中に出すんだな。ま、せいぜいいい結果を出すこった。」

「どうして・・?」

重たい口を開く。聞きたくはなかったが、大体の予想は出来る。聞くことで、現実から逃げようとしている己を引き戻そうとしていた。

「大善寺グループはな、誠二様だけでも大変な権力を持つお方だ。勿論裏でも・・・・・ぉっと。
誠二様の声で、この村を消すことだって出来るんだからな。ま、しいて言えばダムの底・・・だな。」

「・・・・」

声が出せなかった。

―――私だけならともかく、村の皆まで被害が・・・


「俺たちの用件は以上だ。明日の昼頃に家に迎えに行く。」

迎えに、と言われた時点で、もう決められているんだと思った。

(まんまとハメられたわね。)

目の前は暗くなり、次に光を感じたのはあかりちゃん達が来た時だった。








「どうしたんだい?あかねちゃん。」

尋ねた家の中から出てきたのは、村長夫婦。突然の訪問者に少しばかり驚いた表情を見せた。
中にお入り・・・と勧められるが、用件はすぐ済みます、と断った。

「明日、道場に村の人を集めてください。」

少し顔を曇らせる。

「どうして?」

「お願いします。」

静かな、しかし強みのあるあかねの声が玄関内に響き渡った。あかねは夫婦に向かって頭を下げている。

あかねが生まれた時から、家族同然のように付き合ってきた、まさに自分の娘のように慕ってきた子に頭を下げられている。
それから口を開いたのは、おばあさんの方だった。

「あかねちゃん、わかったわ。明日でいいのね。すぐに皆に連絡しておくから。冷えるといけないから早くお帰りなさいな。」

そう優しく諭す。顔を上げて一言、「有り難うございます。」と静かに戸を閉めて帰っていった。
≪母は強し≫とはよく言ったものだ。あかねの表情から敏感に何かを感じた。それは女性で、母親だから分かること。

「どうしたんだ?おまえは。あかねちゃん、何やら深刻そうな顔をしておったらに。」

「だからですよ。あの子は、何か大きな物事を抱えているような瞳をしていたわ。それは何だか分からないけど、
あの子にとっては今、知られたくは無い事なのよ。」

そういう己の妻の顔は、子供を手放した時のによく似ていた。微笑ましくも優しく見守る母の笑顔。
このときおばあさんは、あかねのことについての大らかな事は読み取っていたのかっも知れない。


村には緊急時用の連絡網がある。もともと百人ほどの小さな村だ。村長であるおじいさんの家を始めとして次々に各家に伝わっていく。
もちろん緊急時以外にも良く使われているが。


「・・・乱馬に返事・・・してないな。」

そこで、ぐっと声を詰まらせた。



『愛しい者に別れを告げて』




(惚れてるんだろうなぁ・・・。)

自分は。乱馬に。

同じ格闘家として・・・

メル友として・・・


  女として・・・・・・・




初めて写真を見たときから、胸に・・・心に残るもの。
時たま送られてくる乱馬の写真越しに見る表情に、あかねはいつしか心惹かれはじめていた。笑っているとつられて微笑み、
怒っていると知らずの内に口がへの字になったり。まさに鏡のようだった。



「あかね。何処へ行っていたんだ。」

家に着く早々、心配そうな顔をした早雲やかすみ、なびきが玄関に立っていた。

「ん・・・。ちょっと村長さんの家。前に行った時忘れ物しちゃったから。」

「そうなの。それじゃぁ、着替えて早く寝なさいね。」

「うん・・・。」

かすみはおっとりした表情で台所へと戻っていく。
残った父となびきの横を通る。自分を見つめているのが嫌でもわかった。

いつ打ち明けてくれるのか―――・・・・

とでも言っているかのような眼差しで。






翌日

昼前にはほぼ全員が集まった。小さな村ゆえ、集まるのは早い。あかねの思っていたよりも早く事が済みそうだった。

道場には微かなざわめき。
そこに主役であるあかねが凛とした表情で、前の方へと歩んでいった。



「今日、皆さんに集まってもらったのは、勝手ながら私個人の事です。」

あかねの言葉とともに、ざわめきが一瞬にして消える。




「前々から、言おうと思ってました。










      ・・・・私、大善寺家に嫁ぎます。  」








シン・・・・



「前から大善寺さん・・・誠二さんからお話があり、私も・・・。それで・・・」



――――声が震える・・・
今の自分は、自分であって自分じゃない。ここを離れることを決めた時からそう思ってた。――――





俄かに騒ぎ出す道場内。
目を瞑ってそれに耳を済ませるあかね。
ふと口を開く。



「村に対しての件は、この場所をレジャーランド化するというような計画があったらしく、
誠二さんを始め、大善寺グループの方達が全て白紙にしてくださったらしく・・・」

敢えてみんなの前ではふせる、「ダム」という言葉。この場においては使えないと思ったために。



そんな語りが五分ほど続いてから、父早雲、かすみとなびき、あかりや東風達を呼び集めた。


――――あぁ・・もうこの場所にはいられないのか・・・・




ずっと住んできた家。あかねは今日発つ。
居間で木製の大きい食卓机を囲み、座り並ぶ。真中にあかね。

「何故父さんに言わなかったんだ?」

「そうよあかねっ。」

「あかねちゃん。」

「あかねさんっ、どうされたのですか?いきなりあのような・・・。」


どれもあかねの心に突き刺さる言葉。仕方がない事。


「ご・・・めんなさい。でも私、誠二さんが好きなの。大好きで・・・、いつも一緒にいたくて。是非私を・・・って。」

努めて「悲しみ」にも似た表情を押し殺す。

「いつの間にそんな話が?それに、前はあんなに・・・」

「私がっ!・・・私がちょっと変だっただけ。それに、考えてみればあんなに私の事想ってくれてるし、村を・・。」

父の言葉を最後まで聞き取らずに遮った。

「村を助けてくれたし、これ以上ご迷惑をかける訳にもいかないじゃない?」

なるべく明るく振舞う。あかねは自分が自分で家族を突き放すように言う。



――――途惑い。


突き放すような言葉は、心の途惑いなのかもしれない。人間は極致に立たされても、
頭の隅の方では決する事が出来ないんだ。とあかねは想う。


ふと、あかねの頭に「バンッ」という鈍い音が響く。それを聞いて、すっと立ち上がる。

「じゃぁ、あたし、もう行くわ。迎えの人も来たし。」

目線をそらしたまま続ける。


「たまには連絡する。」


「心配しないでよ。完全にさようならって訳じゃないんだから。」


「ほら、あかりちゃんも!向こう行ったらメール送るから。」


「東風先生、かすみお姉ちゃんを宜しくね。」


「それから・・・」


そこで言葉を区切ると、改めて父の方へと向き直る。


「あかね・・」

「お父さん、・・・17・・・もうすぐ18だね。今まで有り難う、育ててくれて。私の幸せを願ってくれて・・・。
思い出したらキリがないけど、全部ひっくるめて有り難う。」

「ああ、あぁ・・。」

涙混じりにあかねを抱きしめる。自分の小さな分身、愛しい妻が産み残してくれた大事な子供が、今旅立とうとしている。
あかねもまた、そうした父の心情を察し、目が熱くなる。

「お・・父さん苦し・・・ってば。」

「向こうでも元気でな。いつでも戻って来い。」


テレビで何度か耳にした言葉。これほどまでに心に響き渡るものはない。
それを聞いてあかねの顔が一瞬びくつく。早雲もそれを感じ取ったらしく、腕を少し解きあかねを見下ろす。
そして周りに聞こえないような小さな声で呟く。


「戻っては来ない・・来れないわ・・・・。私が向こうにいない限り、村(ここ)は・・・」


早雲は目を見開く。

(まさか・・)



「あかね様。参りましょう。」

「・・・えぇ。」


男の声が考えを止める。
ゆっくりと離れていくあかねをぼうっと見るしか出来ないでいる早雲を後目に、男はあかねの荷物を持ち、連れたった。


「また・・ね。もう・・・私ここの人間じゃなくなるから・・」


「言う」より「囁く」に近いそれは、
雪のように冷たく残響を残した。



つづく




作者さまより

いや。もぅ迷惑の塊のようなワタクシ。やはり古いからなのでしょうか。
それ以前に私めのマイペースがいけないのですね。テスト前ばかりを狙って投稿しているわけではないのですが。(汗
何事も追い込まれないと出来ない性分なのです、ハイ。


 長編作品を書くとき難しいのは「意識をどう高めて持続させてゆくか。」この一言に尽きます。
 いや、本当に・・・。何かの拍子に一回意識が吹っ飛ぶと、なかなか続きが書けないものです。
 咲覇さまもデータ消滅を喰らってしまわれたそうですが・・・。データー吹っ飛んだまま、私も立ち直れないで全然書いてない作品が数本あります。止まってる作品いくつある?(諦め苦笑い)
 というわけで、学生さま、特に受験生さまは、作品を一本仕上げるにしても、いろいろ制約があり、大変だと思います。
(一之瀬けいこ)


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