◇距離
   第一章  出逢いとは  (sideA)

朝日咲覇さま作


  『もしそれが自分の決められた道ならば、大切な物のために自分を忘れよう。』


自分を犠牲にする言葉。
まるで私に当てはめられたような言葉。
これもひとつの、運命の出逢い・・・





室内にある気温計とは裏腹に、冷たく乾燥した空気が流れる。
吐息は白くなり、その寒さを窺わせる。ふと空を見上げると、一面にちりばめられた星たちが輝く。


一週間ごと交代で、森の見回りがある。今週は私の家がそれにあたる。
今日で二日目。寒さももう慣れていること、といっても今日はいつも以上に冷え込むといっていた。
それに、『森の中』・『夜』とくれば、寒いのは自明の理。
時折り擦り合わせる手も、木々を吹き抜く風と一緒に冷たくなっていく。
その風に、背中辺りで束ねた髪が頬をすり抜けていった。
その感触にはっとし、懐中電灯で身体と共にひと回り照らすと、
足早にその場から立ち去った。





「あかねちゃん、ご苦労様。どうだった?」

声をかけてくれたのはこの村の村長。仲の良い老夫婦としても知られている。
家にあがらせてもらい、冷えた身体を温める。
すぐ側にある灯油ストーブにあたりながら、掘り炬燵に潜り込んだ。
おばあさんはトレイにお茶を満載して、炬燵のテーブルに置く。
一つ礼をすると、どういたしまして、とまた台所の方に戻っていった。

「ええ、今日は何も・・・。き・・・ぁ・・いえ・・。」

何かを言いかけた私を不審に思ったのか、どうかしたのかい?と顔を覗き込んできた。
ちらと台所の方に目をやり、おばあさんが忙しく動き回っているのを見ると、少し小声にして言った。

「・・昨日、東の森の御神木に、これが。」

穿いているデニムのズボンのポケットから取り出した、四つにたたんである白い紙。
所々土が附いて汚れているが、それを差し出すとおじいさんの顔が曇る。
その内容は、多分この村の誰もが知っている事。内容を読んだのか、差し出した時よりも険しい表情。

「やっぱり、あいつらか。」


そう。数ヶ月前から村に対しての嫌がらせをしている人たち。そういうことをして、
この村から追い出したいのか、森に農薬を撒いて枯らしたり・・・。
どうせ土地目的の輩だろう、と皆は言う。
なぜ都会から離れ、店らしい店もあまりないこの土地に目をつけたのかが分らない。
だけど、多分『追い出す』んじゃなくて別の目的・・・があるんだと思う。


「ありがとう、あかねちゃん。気にしなくていいからね。」

軽く頷く。ちらと時計に目をやってから、残りのお茶を飲み干し、失礼させてもらった。







  『皆が悲しんでも、皆が救われるならそれでいい。』


まただ・・・。

小さい頃にお母さんが読んでいた本に書いてあった、私の頭から離れない言葉。
平仮名と漢字が並んでいただけで、ただそれを見ていただけ。幼い私には無関係の本。
最近になって、少しずつ思い出してく。
何で今頃になって思い出すのか自分でも分からない。そう思うたび溜め息が出る。
何かに対しての警告なのか、それとも・・・・






家についたときは、村長の家を出てから十五分が経っていた。
かすみお姉ちゃんが出迎えてくれた。夕食をとり、風呂に入って自室へと向かう。


「あー、寒い!」

自分の二の腕をさすりながら暗い部屋のベッドへと倒れ伏した。
伏している顔をゆっくりと上げる。デジタルの温度計はうっすらと11℃と表示してるのが分かる。

(・・・湯冷めしちゃうかな。)

私は徐(おもむろ)に立ち上がり、天井のから垂れ下がっている紐をカチッと引いた。
二度ほど点滅してから部屋を照らす蛍光灯。それをじっと見つめる。暫くして目が痛くなってきた。
視線を一旦足下に移し、光の残像を消す。

顔を上げて自分の机に目をやると、ひとつの小さなノートパソコン。
お姉ちゃんの友達が新しいのを買うってんで、安く譲ってもらったのが二ヵ月前のこと。
主に私となびきお姉ちゃんしか使っていないこのパソコン。お父さんとかすみお姉ちゃんは機械音痴だから・・・。
なびきお姉ちゃんは去年高校を卒業して、今は事業を興そうと勉強中。多分お金関係だと思うけど。
時々ネットで調べ物をやっているくらいで、殆どは私が使う。だから私の部屋に置かれている。


「乱馬から来てるかもっ。」

声が弾んでいるのが自分でも分かる。ちょっと前に知り合った、同い年の人とのメール。
なんてったって、初めてのメル友だから。友達のさゆりとかゆかとかともやっているけれど、メル友って感じじゃない。
でも、遠く離れているとこの人だし、男の人のメル友は初めて。
話し易くて、面白い。勉強とかを教えてやったり。・・・言っちゃ失礼だけど、結構馬鹿みたい。
私は『あかり』というハンドルネームで乱馬のメール相手になった。


『あかり』っていうのは、私の家の隣に住んでいる雲竜あかりちゃんのこと。
優しくて、雰囲気がかすみお姉ちゃんみたいで一緒にいると和む子で、
二年ほど前この村に引っ越してきた、ちょっと変ったブタ好きの女の子。
ブタ相撲部屋のカツ錦っていうブタといつも一緒で、ボディーガードみたいな。
あかりちゃんも、私と同じ日に良牙っていうメル友を見つけて、ハンドルネームを私の名前、『あかね』にした。
だって、そのほうが面白みがあるしそれに、初めての人に名前教えるって言うのはちょっと・・・。
でも、意外とそういうことに無頓着なヤツもいるのよね。特に、どっかのボンボンとか・・・。
名前をそれにしたからって、話し方とかは自分流。あかりちゃんはメールの相手にでも敬語を使うけど。

そして驚いた事に、乱馬とあかりちゃんのメル友、良牙君は友達同士だったことを知った。
また、私たちも友達で隣同士だと送ると、向こうも相当驚いたらしい。

それからというもの、お互いどちらかの家に集まって、四人でメールをする時もあった。
私の部屋かあかりちゃんの部屋で、あっちはあっちでどちらかの家に集まってやる。
時々写真交換したり、みんなでチャットを楽しんだりもした。(自分で作れるチャットルームとかでね。)
乱馬と良牙君とは、武道をやっているということで結構気があった。
彼女も良牙君も、どこかズレてるところが似ていて、その二人のメールの内容は面白いものだった。


送られてきた写真を見て、乱馬・・ってお下げしてるんだ、って思った。想像してたのと全然ちがくて、
優しそうで、でもどこか威厳がある。そんな感じがした。


なんだろう・・・この気持ち。なんか、胸にモヤモヤがあるような感じ・・・








それから、数日が経ったある日。
村は皆、あと少しと迫った正月の宴の席を整えつつあった。
年の初めを迎えるにあたり、また一年間の無事を祈るために行われる伝統ある行事。
毎年私の家の道場でやるから、倉庫に閉まってあるお飾りを出したり、それらをひとつひとつ拭いたりと、
地道な作業だけど、誰一人として嫌がる人はいない。みんなここで正月を迎えたいから。


今日もまた、四人でメールをしていた。
まだお昼にはなっていない。今日はちょっと寝坊したから朝ご飯を食べてなかった。
お昼時まであと三十分以上もある・・・。やだ、お腹なりそう。

なびきお姉ちゃんはいつも休日のこの時間になるとネットを使う。
お金好きのお姉ちゃんのこと。そっち系のサイトとかを廻ってるらしい。
特に、「エリート」のつく人たちの集うチャット会にも参加してるとか。そんな人たちと対等になれる、我姉ながら怖い。
だから、今日はあかりちゃんの部屋でやることになった。

マウスを持つのは私。パソコンと向かい合って右側に私。左側にあかりちゃんが座っている。
椅子はないから、ちゃぶ台のような上に載っているパソコンの前で、囲むようにして正座してる。

「あ、来た来た。」

三通目になるかもしれない向こうからのメール。話題は食べ物。特定の食べ物を、どうやって食べるかってこと。


≪良牙: 俺、目玉焼きは醤油かけて食べるぜ。
 乱馬: 俺ソース派!っていうか、お前砂糖かけてるくせに。
 良牙: 黙れ。納豆にマヨネーズ入れるお前の親父の気が知れんわ!!
 乱馬: うるせっ!で、そっちはどうやって食う? ≫


等々・・・。
台本みたいな書き方。一言二言のやり取りだけど、私もあかりちゃんも笑わずにいられなくなる。


≪あかね: 目玉焼きにお醤油とお砂糖ですか。それも美味しそうですね。
 あかり: そうかな・・。私はソースよ、乱馬と同じ。あかねちゃんもソースよね。
 あかね: ええ。今度お醤油にしてみようかな。あ、私だけちょっと失礼します。≫


あかりちゃんのお母さんが「お昼よー。」って、下から呼んでる。
少し申し訳なさそうな顔をしながら立ち上がったあかりちゃんを見上げた。

「あかねさん、あの、適当に終わらせといて下さいませんか?午後からちょっ出かけてしまうので。」

「ええ、分かったわ。カツ錦病院に連れて行くんでしょう?何回かやったら消しとくから。」

(でも、あんなに大きなカツ錦、どうやって連れてくのかしら。)

「はい・・。お願いします。」



ガチャ、と閉まるドア。急に沈黙が流れる。少しの息苦しさを感じた。

受信メール一件。未だ読まれていない新着メッセージ。
差出人のアドレスは乱馬のもの。向こうは乱馬の家でやってるってことか。

ズキ・・・





≪こっちも良牙が帰っちまったぜ。午後から何かの稽古があるとかって。
 サボろうとして、迎えに来てたやつが引きずってってたし。ったく、あいつってば俺んちの庭走り回ってたし。
 良牙は超方向音痴だから逃げずにそのまま行きゃいいものを、庭で迷子になってやがんの。
 お陰で庭荒らされちまったよ。折角整えたばかりだってのに。≫


長いわねぇー。さっき送ってから二分もしないで来たから、結構打つの速いのかな。

・・・・ん?

(迎え?・・・庭・・・整え?)


え゛


≪ね、乱馬っちの庭に何かある?大きいものよ。≫

≪あ〜・・、柵と池。≫

≪じゃぁ何。あんた、どこぞの御曹司?≫


御曹司・・・只冗談のつもりだったんだけど・・・。


≪正解v≫




は・・・。

ヤバイ・・・。とんでもない人とメル友になっちゃったかも。ってことは良牙君も?
そうよね。迎えってくらいだから、乱馬と同じ・・・。

じゃぁ、乱馬は今まで遊びで私たちとメールしてたってこと?
ちょっと呆然としていると、またメールが届いた。


≪だからって、遊びな訳じゃないぜ。そりゃきっかけはそうだったけど、
 今はそんな事関係ない!≫


きっかけは遊びだった?何それ。でも、なんだか嬉しいかも。
今は・・・ってどういうことだろう。

これ以上やるのはあかりちゃんに悪いから、このメールの返信を最後に終わらせた。




パソコンの電源を消して窓を開けた時、

「あかねー、ご飯だってー。」

なびきお姉ちゃんの声。窓を開けて、こっちの部屋に十分響く音量で言ってる。
パソコンをやりながらなのか、机から身を乗り出して身体は傾いている。そしてすぐに引っ込んだ。

「はいはい。」

皺のついてしまったクッションを伸ばして、ぽんと叩いてベッドに置く。窓枠に足をかけて、いつものように部屋の窓へと跳んだ。
トン・・と足に自分の部屋のカーペットの肌触りを感じる。
振り返り、なびきお姉ちゃんが開けっ放しにしておいてくれた窓を閉める。ちゃんと鍵を掛けるのも忘れない。

「ったく、言ったらすぐに戻ってきてよね。寒いんだから。」

「はいはい。分りましたよ。」

「ん。」

私に掌を突き出す。金よこせ、の意。上目遣いに私の顔を覗き込んでくる。この目には勝てない。

「今月ピンチなのぉー。」

「仕方ない。五百円で良いわ♪」

膨れながらも、お姉ちゃんの手に五百円玉を落とす。

「毎度♪私すぐ行くから。」

(ま、いいや。)

朝食を通さなかった私の胃袋は、お腹に力を入れないとすぐに鳴ってしまいそうなほど空っぽのよう。
ドアに向き直り、ノブに手を掛ける。後ろに聞こえるなびきお姉ちゃんの鼻歌がご機嫌の良さを伺わせる。
かすみお姉ちゃんの作る料理の匂いにつられるように自分の部屋を後にした。

それから午後はずっとやることがなかった。
乱馬とメールをしようとも思ったけど、なんとなくやる気がおきず、その考えは却下した。
取り合えず、今日一日は稽古に励む事。それだけにした。







冬になると日が暮れるのは早い。まだ五時前だというのに辺りはすっかり暗くなり、
家々の外灯が地面を淡く照らし出している。

「すみません、あかねさん。急に頼み込んでしまって。」

今週はあかりちゃん家が当番の週。昨日まではあかりちゃんとカツ錦でまわっていたけど、
昨日の見回りの際に足を怪我してしまったらしい。あかりちゃんのお母さんは怪我をしたカツ錦の世話で、
おじさんは地方の実家に戻っているらしく、あかりちゃん一人では心配だから。それで、私に一緒に・・と頼んできた。
あかりちゃんに頼まれる前におばさまにも頼まれていたけど、それは言わないでおこう。
なんで怪我をしたのかは分からないけど、何かで切ったような傷らしかった。





「あともう少ししたら終わりだからね。」

やっぱり鍛えた人とそうでない人とでは全然違う。
五時ちょっと過ぎた頃から始めたから、手元の時計はそれから三十分を指している。
ちょっと大きめのトレーナーに、縦に三本ラインの入ったデニムのズボン。片手には借りた懐中電灯が一つ。
この寒さ、寒くないといったら嘘になるけど、私にとっては耐えられる。
あかりちゃんは普通の女の子。寒さに震えながらもしっかりと仕事してるところが彼女らしい。
寒さと少しの恐怖心で強張った気も、今の私の呼びかけで幾らか緩んだ様子。
そう、ほっとした矢先・・・・

「!?」

私は足を止めた。自分でも顔が強張ったのがわかる。あかりちゃんも私の気を察して、ピタッと寄り添う。

(十m・・・、や・・九・・八くらいか・・・。)

私の武道家としての勘が研ぎ澄まされる。気配を探りだす。
今のうちに・・・と、あかりちゃんに密かに耳打ちした。

一通り伝え終えると彼女は静かに頷く。
あとは相手の出方を見るだけ。


丁度私たちのいる斜め左前方あたり、そこに何人かの気配を感じる。恐らく男。
私の心の中に小さな恐怖心が宿る。

二週間ほど前に、町までの買い物の帰りで遅くなった時の事。
いきなり背後を取られて、口に布を当てられた。朦朧とする意識の中で無我夢中でやりあって、
やられるって思ったときにお父さん達に助けてもらった。
それがきっかけで、最近は夜の外出を避けていた。でも、あかりちゃんちの頼みとあらば・・・と引き受けた今回の事。
何もない事を祈ってはいたけど・・・。なる時はなるってわけね。


バキッ


動いた。
予想通り男が数人、低い態勢で向かって来た。
最初に来た男をすかさず交わすと、後ろにいる一人の気配に向かって叫んだ。

「あかりちゃん、行って!誰かを・・・っ!」

そうしてまた目の前の男達と対峙する。
だんだんと彼女の足音が薄れていく。


「大人しくついて来ればいいものを!」

「うるさいわね!言いたいことがあるなら堂々と言えばいいでしょう。こんなコソコソつけた真似はしないで!」

男達とできるだけ離れる。私は続けて言葉を吐き出した。

「いつも森の木を枯らしたり、御神木にあんな紙を貼り付けたりするのはあなた達でしょう?
村の人になんの恨みがあるの!?悪戯にしては度が過ぎるわ!」

そこまで言うと男の一人、この中で尤も偉そうな男が、ふっと口元を緩めた。

「如何にも。村人には恨みなんか無いさ。恨んでなんかいない。寧ろ、・・・俺たちはお前に用がある。」

「え・・、・・・あたし?」

私は怪訝な顔で聞き返す。

「ふん、解らないという顔をしているな。じゃぁ、こう言えばいいか?」

その男は今まで軽く瞑っていた目を開けた。鋭い目線を私に合わせると、じっと見据えて、言い放った。






遠くに聞こえる何かの足音。

「逃げるな。」

いや・・・来ないで!

「お前は・・、俺の物だ。」

いや・・!


「お前の全ては俺のもの・・・。」






「・・・ね・・ん、かね・ん。あかねさん、あかねさんっ!」

「・・・え?」

はっとして、伏いていた顔を上げると、私を囲むように村の人が立ち並んでいた。
あかりちゃんが小声で、

「あの男の人たちは何処へ?ここに来た時、あかねさん一人で呆けていましたが・・・。大丈夫ですか?」


少し理解できた。
あれを言われて、あの人たちが行ったのも分からないくらい呆けてたのね。
でも言われた事、全て理解はしている。自分に置かれている状況も。全て。


「大丈夫、・・大丈夫よ。」

「本当に?大丈夫かい?あかねちゃん。」

私の後ろにいた男の人、東風先生の声。
村に只一人のお医者さん。本当の兄のような存在、本当の妹のように接してくれる・・・私の初恋の人。
でも、東風先生は私の姉のかすみお姉ちゃんのことが好き・・いや・・、ゾッコンね。
二人ともお似合いのカップルだなって、村の人たちは言う。私も・・・そう思う。
初めての失恋で泣いてた時に優しく接してくれたのもこの人。


「はい。・・みんな、心配掛けてごめんなさい。大丈夫ですから。」

曇りのない笑顔・・・と言ったら嘘。不安ばっかりが詰まってる笑顔。なるべく影を落とさずに笑おうと心がける。
「あかね・・・。」と、お父さんの声を聞いたような気がした。



心配掛けてさせてはダメよ・・。



『しかし、失う物が大きすぎて、些細な事に心を揺さ振られてしまう。』




失う物って何?

ダメ、思い出しちゃ・・・・





 『偽りの自分を作り上げて・・・・』




    だめ・・・






家に帰り着くまでの道のりは憶えていない。時々、顔を上げて横を歩くあかりちゃんや、東風先生、
お父さん達を盗み見るようにした以外は、ずっと伏いていた。
ふぅと小さく溜め息をつく。誰にも気付かれないように。でも、気付かれていたかもしれない。

(まさに、生きるか死ぬか・・・って感じ。)



『救うか否か・・・』




頭をよぎったその言葉。
何度も何度も口の中で呟いた。



只何かを考えるわけでもなく、気が付いたらパソコンをつけて、乱馬へメールを送る作業をしていた。

機械的に動く指先。ゆっくりと、確実に一文字ずつ打っていく。
最後に打ったのは、シフトキーとひらがなの≪め≫。シフトキーを押しながら打ったってことは≪?≫ね。
そこでキーボードから画面に顔を上げた。打った文章を見るのはこれが初めて。自分でもどんな文章を打ったのか分からなかった。

その並んだ文字を見て、私はふっと笑った。

すっとマウスのカーソルを「返信」と書かれたテキストボタンにあわせる。
私の指先がカチッと鳴った。




≪もしも、自分は、ひとつの小さな村に住んでいる只の村人だとして、
「不自由なく暮らせる生活」と「今まで通りの生活」、
 どちらかを選択しろって言われたら乱馬だったらどっちを選ぶ?≫




乱馬の答えが私の運命。何故そんな事を他人に託すのか、自分でも不思議に思った。
でも、この答えに否定する意見が欲しかった。それを乱馬から貰いたかったんだ。

それから三十分経っただろうか。乱馬からきたメール。
その内容を見て、私の胸に何か痛みを感じた。きりきりと、それが積もっていくような・・・。

厚めのコートを着て、村長の家に向かった。
歩いていると、頬に冷たい感触。雪・・・?見上げて見ても、一面暗闇。

(涙・・・?何よ今更。)

妙に視界が滲んでて、前が良く見えない。何回も目をこする。あんまりこすると分かっちゃうな。
そうしているうちに目的の家につき、電灯の光が射す戸を叩いた。






≪俺は、不自由なく暮らせる生活かなー。だって、不自由ないことにこしたことはねぇしな。≫



つづく




作者さまより

はい、第一章終わりました。余分なスペースがチラチラと・・・。
設定としては、あかねちゃんは『孤独な少女』と言う事に・・・。それを支えてあげるのが乱馬君というわけで・・・。
こういう出会いがあったらなぁ・・・。と言う私の想像によって描かれた突っ走りモノ。
文章能力ゼロの私の作品について来れるでしょうか・・(謎)。今回から猛スピードで話が進んでいきますよ。ご注意あれ。


 パラレル設定の乱あ。メールという道具を介した二人の出会いは波乱の予感が。
 孤独な少女を支える少年・・・いいですね。続く展開がとっても楽しみです。
(一之瀬けいこ)


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