◇距離
 序章  君は・・・  (side R)

朝日 咲覇さま作


窓から見える風景は、もう見慣れてしまって味気ないものだった。
外では庭師が手を擦りあわせながらも仕事をこなしている。


たった今、親父との稽古を終えたところだった。
運動したこともあり、あまり寒さは感じない。
ぼうっとしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
それから、失礼します、と声がしてドアが開いた。

「乱馬様、会長がお呼びです。書斎の間でお待ちになられております。」

「あぁ分かった。すぐに行く。」

部屋に入るわけでもなく、姿を覗かせると用件を言って
「では。」とドアの向こうに消えた。
正直、親父からの話は大体の見当がつく。
俺は素早く胴着から普段着へと着替えると、
親父の居る書斎の間へと向かった。



俺ん家は結構有名な財閥で、俺の祖父(じい)さんが初代の財閥会長だった。
親父は何年か武道の修行の旅に出て、帰って来た途端に会長にされたらしい。
祖父さんは病気がちで、一人息子の俺の親父に後を託した。
でも、お袋に任せきりで日々ぐーたらな生活をしている。
情けねぇ。でも稽古やってるときは真面目だ。
親父は一応流派も興してるから、俺も継ごうと日々修行。

でも、
あくまでも継ぐのは武道の方。
多分その事での呼び出しだろう。

「おお、来たか。」

皮製の椅子に腰掛ける、いつもの親父が居た。
多分、話の内容は・・・・

「話というのは、お前の将来の事なんだが・・・」

ビンゴ。

「親父。言っとくけどな、俺は好き勝手に決められんのは嫌なんだ。
まだ17だし、俺だってもう少し自由にやりてぇんだよ。
ましてや財閥を継ぐなんて事、一人でできっか!」

最初から言われる事を分っていた俺は、一気に親父に思っていたことを吐き出した。

親父は俺が高校卒業と同時に継がせるつもりらしい。
なんかのパーティーとかに呼ばれると絶対に行く。でも、
それ以外の事には、てんで無頓着。いつも代りをたてて逃げる。
会議という会議には出たことがない。

「ほほう。では一人では無理なのであれば2人では?」

ニヤケ顔で俺の顔を覗き込む。
やっぱり、そう言うと思ったぜ。

「だからってな、結婚はゴメンだぜ。
へんな相手差し出されて、はいはいってOKできるかっ!」

「だが、所詮は遅いか早いかの問題であろう?今からだって良いではないか。
それに、お前ももうすぐ18だ。高校だって卒業する。
そうしたら会長は己だぞ?パートナーが必要であろうが。」

「ははーん・・・・。親父、俺に早く継がせて自分は遊びたいんだろ?」

話を逸らすのも兼ねて、目一杯嫌味を込めた口調。

ギクッ

親父の後ろの方からそう聞こえた。
やっぱり。

「お袋に任せきりの癖して、出張った顔すんなよな。クソ親父!」

「ぬぁんだとう!?馬鹿息子!」

取っ組み合っていると、ドアのノック音が聞こえた後、お袋が入ってきた。
突然の意外な訪問者に呆然とした。
いつもは俺と親父の話の時は邪魔せずと親父の書斎に滅多に入ってくる事の無いお袋が、入ってきた。

「お袋・・・?」

「のどか・・・。」

組み合っていた腕を解き、お袋の方を見た。

「どうしたんですか、いつになく大声で。
執事やメイドさんが驚いていましたよ。」

「いや、いつもの話だ。」

「話は少し聞かせていただきました。あなた、
そんな理由だけでこの子に継がせようとするのはいただけませんわ。
乱馬だって普通の男の子。育ち盛りなんですから、もっと外も見たいでしょうに。
それに、跡継ぎとして板についてきてからでも遅くはありませんわ。」

ちらと俺の方を見た。ちょっと微笑むと、言葉を続けた。

「それに、乱馬にとっては結婚はほど遠いですよ。
まだ恋も知らないような子ですからね。」

・・・・余計なお世話だよ。
すると親父は何やら独りで頷いて天井を見つつ顎に手をやった。

「ま、そりゃそうだな。」

全身から力が抜けた。
さっきまで何のために取っ組んでたんだよ。
ほんとコロコロ変りやすいんだよな。親父・・・。
肩を垂らしてうなだれている俺。すると、親父が視線を俺に移した。

「あー・・乱馬。いい忘れとったが、パソコンを頼んでおいたのでな、
 今日届いたので、後で取りに来い。業者にはもう契約は済ませたから、明日辺り使えるようになる。」

「ホントか、親父!?やった!サンキュー。」


2・3日前に親父に頼んでおいたパソコン。
クラスのヤツはもう皆持ってる。携帯・パソコンその他の機器を持ってないのは俺だけ。
パソコンでメールとかをやりたいんだ。
頭が良いやつとメル友になれば、結構便利だし。・・相手がいればの話だけど・・・。
それに・・・、

・・・いや、ここで言うのはやめておこう。






次の日、早速機械関係に詳しいヤツを呼んだ。
俺とタメで、同じ学年同じクラスの大介。
頼りになる俺の親友。
パソコンは初めてだって言ったら驚いてた。
お前、文字打てる?とか聞いてきた。

「このキーボードに書いてあるひらがな押せばいいんだろ?」

2・3秒の沈黙の後、大声で笑われた。
なんだよ、初めてなんだからしょうがねぇだろ。
そんなに大声で笑わなくてもいいじゃんか。

「お前、ローマ字打てるよな?基本はローマ字打ちだからな。」

大介はひとつひとつ細かに教えていってくれた。持つべきものは友だな、やっぱ。
まずはタイピング練習、ってことで文章打ちの練習。
意外と文字打つのって大変だな・・。




3週間くらい・・・か。
ちょくちょく大介が来ては教えていってくれて、
人並みには扱えるようになってきた。
メールアドレスも作ってもらったから、やり方を教えてもらった。
何かあったらメールすればいいし。ついでに何人かのクラスのヤツのアドレスも教えていってくれた。
匿名でメールして脅してやれば。って・・、お前結構怖いな。



日曜日に、良牙が遊びに来た。
軽く手合わせをして、俺の部屋に行った。

良牙は俺と同い年で、高校も同じ。周りからは仲のいい兄弟みたい、と言われる。
俺自身、兄弟でもなんでもないと思うが、一番の親友。何でも話せる相手。多分それは良牙も同じ。
俺も良牙も、『財閥の跡取』って看板を背負ってるからかもしれない。
同じくらいから武道をはじめて、ほぼ同じくらいの腕前。
一番安心できるヤツ・・・。・・・変な意味じゃなく。


「で、今日は何なんだ?」

クローゼットの、下の引出しの中からタオルを2枚取り出すと、一つを良牙に投げ渡した。
タオルがうまく良牙の手の中に飛び込んだことに、少し満足感があった。

「大介がな、お前がパソコンでメールが出来るようになったって言ってたからよ。」

大介が?

「お前、メールやってんのか?」

「つい最近・・・つっても2ヶ月くらい前からな。」

ま・・・負けた・・・。
なんか悔しいな、良牙に先越されたこと。まぁいいけどよ。

「ま、そこでだ。」

さっきの手合わせで出た汗を拭いつつも話を続ける。

「勝負しないか?メールで。」

良牙の手が止まった。目線を俺に向けてくる。

「はぁ?」

「ルールは簡単だ。一週間以内にメル友をさがす。勿論知ってるやつじゃなく、知らないやつな。」

一種のゲームってことか。
勝負って名のつくものは必ず勝ってやるぜ。

「よぉし!やってやろうじゃねぇか!」

「ただし、女だぜ?」

「は?」

「男となんてつまらんだろ。」

くそっ、女かよ。
でもま、やると言ったからにはやるっきゃねぇか。
この勝負、ぜってぇー勝ってやるからな。
とりあえず一週間後に、ということになった。
見つかるのか?そんな簡単に・・・





見つかった。

相手は同い年の、勿論女。
まぁ、きっかけは俺のメールの送信ミスで、
偶然そいつのところに送ってしまったのを、むこうが返信してくれたのが。
勝負6日目、ギリギリだった。

次の日、良牙がまたやってきた。
どうだ。と言ってメールアドレスを書いた紙を高々と見せたら、ふん、と鼻で笑いやがった。

「俺だって見つけたぜ。そんな威張るんじゃねぇよ。」

「ちっ、引き分けってことか。」

いすの背もたれに体重をあずけた。

体が吸い込まれるような感覚に、頭がボーっとした。

「なんて名前の子だ?」

良牙も俺と同じく寄り掛かっている。
さっき出された紅茶のカップを手に取り、一・二回口を付けた。

「あかり。」

俺は呟くように言った。

「あかり・・・か、俺のほうも同じような名前だ。」

良牙ってば顔がにやけてる。気持ち悪ぃなあ・・・。

「何?」

「・・・あかね。」

その間は何だよ。
あかね・・・かぁ。ま、確かに似てるな。

「なんか、すっごく感じのいい子なんだよな。同い年だって。」

「俺のほうもだ。。」

「ふーん。・・・案外、近所のやつだったりな、二人。」

「ばーか、年が一緒ってなだけだろ。名前だってちょっと似てるってだけじゃねーか。」


お前って夢ないなー。だって。
余計だ。一言余計だ。


淹れた時よりも幾分冷めた紅茶は少し渋味を増していた。
五時になり、柱時計が鐘をうつ。
最後の鐘が鳴りおわると、良牙が立ち上がった。

「じゃ、もう俺帰るな。」

「んあ、ああ。じゃあな。」

パタン、とドアが閉まるのを確認すると、ベッドに歩いていき、仰向けに大の字になった。

「ふー・・・。」

自分の溜め息を遠くに聞きながら、しだいに視界が暗くなっていった。



つづく




先頃頂いていた同名作品を書き直してくださいました。ということで改めて差し替えです。
お坊ちゃま系乱馬くん?・・・
メールから始まる新感覚乱あ・・・楽しみにしています。
(一之瀬けいこ)


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