◆extra innings(後編)
裏乱馬(うたたね乱馬)さま作


乱馬たちはけっこうな距離を歩いていた。
民家の近くとはいえ過疎が進んだ日本海岸。駅から目的地までが遠いのは当たり前だった。
乱馬にとってはまったく苦でないが、天道家の人たちはちょっと面倒くさがった。
よって乱馬と良牙の見送りは、乱馬の義父(?)早雲、実父玄馬、婚約者のあかね、良牙の見送りに来たあかりちゃん、カツ錦、
その他・・・・・妖怪などだった。
 かすみは、昨日の分のお洗濯も今日まとめて干さないと・・・という理由で来なかった。
なびきはくれぐれも中国土産を忘れてくれるな、と念を押しつつ、玄関先で手を振っていた。
なびきのわざとらしい笑顔が、妙に胸にひっかかっている。
何度も中国へは行ったがそのせいか旅出を軽んじられてる気がする。
昔はもっとこう、なんというか、自分を中心に回ってた気がする。
それはただの気のせいで、若さで目がくらみ、周りが見えなかっただけだろうか。
こういうのを・・・
「(マンネリって言うんだろーな・・・)」
 歩きながらぶらりと見回すと、あかねの姿もない。
ぶつぶつ言いながら来てくれたはず。彼女まで怠惰なナマケ心にかられ、厭いて帰ってしまったのだろうか。
「おじさん、あかねは?」
「あれ、さっきまでいたんだけどねぇ。」
早雲が答える。
そこに知った顔をした良牙が割り込んだ。
「あかねさんなら売店で何か買うから、先に行ってて。って言ってたましたけど。」
「売店?弁当でも買ってんのかな。」
乱馬は後ろを振り返る。民家。民家。道、道、原っぱ。縫うように垂れる電線。小学校。
海岸のさびれた町にはいろんなモノが無作為に並び、見通しは悪かった。乱馬の眼が良くとも、駅からは遠すぎて見えない。
息を切らして追ってくる、見慣れた少女もいない。
 そして乱馬は気づいた。
まだ午前10時30分。舟で出発する予定時刻は11時。
あかねが早雲や玄馬たちと弁当を食べるとしたら、そのあと。つまり出発後になる。
もしかしたらあかねはのんびり弁当を買い、乱馬たちの出航後、きげんよく弁当を持って現れ、ピクニックがてら春の潮の波間を
見ながらシャケ弁つつくつもりかも・・・。
『お父さん、おじさま、あかりちゃん、お弁当買ってきたの。お腹空いたでしょ。何弁当がいい?いろんなのがあるの。
 カツ錦は・・・食べるのかしら。』
乱馬は自分の想像力に驚きながらも、その説を否定した。大きなリュックをゆすり上げた。
リュックの中で、訳の解らないものが互いに揺さぶり、こすり合う音がした。

まさか。いくらなんでもあかねはそんな無神経じゃない。
そう、彼女は根が温かい女性だ。
自分にとって、いつも手触りがよい珠玉のような女性だった。そして手触りが悪いと感じるようなとき、後から思い返してみると、やっぱり自分の手の先の感覚がわがままだったり、彼女の思いやりを逆撫でした時だったのだ。

*   *   *   *   *   *   *
中国への出発を心よく思わない妖怪も、海岸に一匹・・・。
「うぬぅ、しばらく修行のために天道家を空けておったら、乱馬め、男に戻るなどと!」
八宝斎だった。
彼が日本海まで出向いたのは、パンスト太郎に捨てられたとき以来だった。
丸っこいドッヂボールに、ハムスターのように申し訳程度ついた手足。頭。
一言でいうなら”どら○もん”体型の極悪老人は、ふところいっぱいにランジェリー(女性用下着)を忍ばせていた。
入りきらないパンティーが襟元からピンクのレースをのぞかせている。
「女にならぬ乱馬など乱馬ではなー〜〜い!」
独特の高い声でそう言い放つと、八宝斎はクルクル飛んだ。
どら○もん体型でも身軽なのだ。

「ら〜んま♪」
乱馬は海風の中、八宝斎を無視してリュックを背負いなおす。口をややへの字に曲げて不服そうだ。
続いて良牙もリュックを背負う。
「乱馬〜、お前、また胸大きくなったんじゃろ?女になって見せてくり〜。」
乱馬の眉が苛立ちで引きつった。
「久しぶりに会った師匠にお前の元気なボイン見せておくれー♪」
「やっかましいこのエロ妖怪!いっぺんその下劣な脳みそグッチャグチャににかき回してやろーかっ!」
「おお、出来るもんならやってみい♪」
しわだらけの大きな唇を歪め、八宝斎は満面に笑った。
怒りで頭の血管がゆがむ。良牙はなるべく関わらないようそしらぬ顔をしていた。
乱馬の師匠なのだから、乱馬が処理すべきだ。

(この出発時のややこしいときに・・・)
乱馬はため息をついた。恐れていたことが起き始めている。
女としての時間を長年にわたりエンジョイしすぎたため、女らんまとの別れを惜しむ者が増えすぎたのだ。

が、
「お師匠様。」
玄馬が八宝斎の頭をつかみ、早雲が壺に叩き込み、そしてまた玄馬が縄をかけた。
壺からは、むご〜〜〜ぅぐ〜〜〜〜〜〜〜、と潰れた声が漏れる。
「さ、乱馬くんたち今の内に出発しなさい。」
「おじさん・・・」
視界の隅では玄馬が壺に足をかけている。
「行って来ます」
乱馬は天道家の面々と父親に向かって軽く一礼。
隅で良牙とあかりも別れを告げ、「早く行くぞ」、と良牙は言った。
(あかねは・・・)
遠くを見ると、走って来ている。
「ああ、良かった。間に合わなくなるかと思ったわ。」
あかねは息を落ち着けると、見送りする面々の一番前へ進み出た。そして乱馬に向かって明るく別れを告げた。
「いってらっしゃい。」
「お前、ほんっとにギリギリに来るな。」
「だって買い物してたの。」
明るいあかねの態度に、疑問とも、不満とも、なんとも表現しがたいもどかしさを感じた。
「買いものって・・・」
思ったとおり、あかねは白いビニール袋を腕に下げている。中には薄い長方形の箱が幾つか積まれているのが確認できる。
「買い物って弁当でも買ってたのか。」
「うん。」
弁当なんか出発後でも買えるだろうに。もし間に合わなかったらどうする気だった?
乱馬は不問のまま表情を曇らせた。
あかねは弁当の入った袋の二つの取っ手を束ねると、両手に持ち直し、乱馬の胸の前に差し出した。
ちょうど彼女が両腕を伸ばした高さ。
「はい。」
「え?」
「持って行って。良牙くんとお昼にするといいわ。」
「う、うん。」
乱馬は自分の馬鹿な想像に終止符を打ち、弁当を受け取った。なるほど。乱馬と良牙の弁当なら、出発後では渡せない。
自分の考えがあさはかで、あかねは自分が思っているよりずっと思いやりが深いのかもしれない。
乱馬は苦笑いして、礼を言おうとして、まだ昨夜のことを謝っていないのに気がついた。
「あのう、ごめんな。出発することちゃんと言おうと思ってたんだけど・・・」
「もう気にしてないわ。早く帰ってきてね。」
あかねの声全員によく聞こえた。
「行ってらっしゃい。」
それを合図に”お別れ”は終わってしまったようだ。

 さわやかなあかねの声で、サクッと別れは終わってしまったわけだが・・・
乱馬はまだ迷っていた。やっぱり出発前に言うか否かを悩み、結局言えなかった。
だが今ならまだ間に合う・・・かもしれない。
(やっぱり今言った方がいいか。帰ってからの方がいいか?)
乱馬はむずがゆいような妙な表情で、あかねを通り越して向こうの空を眺めながら、数秒考えた。
あかねは「?」な表情で乱馬を見ている。
 春の海風はまだ冷たい。しかも日本海。雲は灰色。
どこからか演歌が流れてきそうな渋い別れだ。遠くで汽笛も聞こえる。
(今言わなきゃ、しばらくは会えないんだ。でも今みんないるし・・・
 やっぱり帰ってからの方がいい・・・ような気がする。うん、そうだよな。ちゃんと男に戻ってからにしよ。)
乱馬は一人納得し、あえて何も言うまいと、背を向けた。
安堵で胸が軽くなった。あかねはけんかをしてても来てくれたことだし。仲直りもできた。後は帰ってから。
黙ってあかねに背を向けると、後ろ髪を引かれる想いがする。きっと彼女も切ない想いで背中を見送っているのだろう。
「良牙、」
良牙、舟に乗ろうぜ。と言おうとして乱馬の動きが止まる。

良牙は雲竜あかりとカツ錦に向かって「あっ、UFO。」と向こうを指差した。
「えっ、どこですか?」
あかりは大きなカツ錦の身体を向こうに向けさせた。
良牙は「あっち、あそこっ。」と追い討ちをかけ、そのスキにあかねへ向き直った。
あかねに別れを告げようと、練習したセリフを振り絞った。
「あかねさんっ、もし、オレが、無事中国から帰ってきて、そのぅ・・・、普通に戻れてたら・・・」
「なに?帰ってきたら?」
あかねは聞き返す。
「か、帰って、その暁には!おれと付!」

ぐしゃ

乱馬は頭ごなしに良牙をつぶした。胸ぐらを締め上げ、小声で問い詰める。
「りょおが〜、あかりちゃんはどーする気だ!」
「あ、あかりちゃんは俺の彼女だ。・・・けど・・・」
良牙は眼を伏せ、うつろに答えた。
「豚じゃなくなったら嫌われるかもしれん・・・」
”普通の男に戻る”という長年の夢を、みすみす逃したりは出来ない。
だが豚体質を治せばいろいろとデメリットも生じて来るのだ。
「あかりちゃんはそんな娘じゃねーだろ。『りょおがさまのためなら、ブタ嫌いになってみせるっ』
 って言ってたこともあったじゃねえか。」
雲竜あかりのセリフだけ妙にカマッぽい身振りをする乱馬。
彼もまた、長年”女らんま”というキャラを演じすぎたのかもしれない。

「とにかく早く行くぞ。日本に長居したらまたじじいみたいに余計なのが来るかもしれないしな。」
「その通りある。これ以上ココに居る、危険。ムースも来るかもしれないある。」
シャンプーが真面目な顔で言う。
「そーだ。だからあかねなんかにヘラヘラ構ってる暇は・・・」
「無いあるぞ。」
乱馬は人差し指を立てて、良牙に言い聞かせた。
「・・・・・・」
しかし、話は止まる。すでに何か”余計なモノ”が会話に侵入している違和感。
「・・・シャンプー?」
「なにある?」
「なんでここにいるんだ。」
「夫旅立つ。そして夫婦は一連託生。私もゆく。」
「来んでいい!」
「ゆく!娘溺泉で猫を治すある!」
乱馬を手放すまいと、シャンプーは両腕で抱きつく・・・もとい、しがみつく。乱馬はのけぞる。
抱きつかれてよくよくシャンプーの背中を見てみると、準備よく旅の荷物を背負っているではないか。
「妻見捨ててゆく、許さない。」
「”許さない”じゃねー。何を勝手なっ」
「乱馬、お願いある。私猫を治したいね。迷惑かけない。
 普通の娘々に戻れなかたら、私、世界一可哀相ね。乱馬は未来の妻が猫娘のままでいいのか?」
「誰が未来の妻だ!」

(連れて行く?シャンプーを、呪泉にか?シャンプーは中国に詳しいし、迷惑かけない程度腕もたつ。でも・・・)
乱馬はチラリとあかねを見やった。
(あかね、気にするかな。)
旅と言っても今回は呪泉郷に行くだけで、強敵もない比較的のん気な旅行だ。
そんな旅行に女連れで行ってあかねは気にしないだろうか。
あかねは乱馬の女房ではないのだから、普段なら彼女の承諾を得るようなことはしないが、
今回だけは・・・この時期だけは誤解を避けたかった。

「乱馬、連れて行ってくれないのか?」
乱馬の視界をさえぎるように、シャンプーが顔をつきつけ、濃紫の瞳で問い詰めた。
水をかぶると猫になるという特異体質の女性の気持ちは、同じく特異体質を抱えた乱馬だからよくわかる。
眼の前の困っている女を置いていけるほど乱馬の性根は冷たく出来ていなかった。
と言うよりも女性から頼みごとをされて、キッパリ断れなかった。
どさくさに紛れて置いて行けたらいいのに。
「ちょ ちょい、ちょい待て。」
舌ももつれ気味にシャンプーを振りほどくと、数歩、前へ出た。
あかねの前へ行く。周囲がみな二人を見る。
「・・・何?」
あかねは乱馬を上目遣いに見上げ、尋ねた。さっきの素直な笑顔は薄れていた。
シャンプーが来たので機嫌をそこねたようだ。
「その・・・」
一度は『男に戻って帰ってきてからにしよう。』と決めたが、もう後戻りは出来ない。
あかねと二人で話をしたいところだが皆に見られて引っ込みがつかない。
自分ひとりが色々なものの板ばさみになっている気がして、乱馬はヤケクソになった。
そうだ。これは勝負なのだ。言わなければ負け。
「いいか、よく聞け。」
「何よ。」
「シャンプーは勝手について来るんだ。」
「・・・」
「俺が誘ったわけじゃねえぞ。無理矢理ついて来るんだ。」
「それで何が言いたいわけ?」
「だから、その・・・」
誤解はするな。と言いかけた。
そこで、はて?と気が付く。
自分は誤解するなと言いたかったのではなく、もっと大切なことを言おうとしたのに、いつ内容がすりかわったのだろう。
どうやら自分はとことん意思表示が下手らしい。
止まってしまった乱馬を前に、あかねは、(何いばってんのよ。)と眉をひそめた。
皆に押されてのこととはいえ、ちゃんと見送りにも来てあげたのに。
単純に見えても乱馬の考えていることはよく解らない。

と、その時。
遠くから声が聞こえてきた。
「シャンプー――――」
独特のナマリで大声。白いシルエットで手を振る彼は・・・
((ムースだ!))
乱馬と良牙は背を向けた。そしてすたすた歩き出した。
「おい乱馬、さっさと出発しよう!」
「ああ。」
「あん。私を置いてゆくのか?」
シャンプーは乱馬の腕に抱きつき、食い下がる。
「解った解った。連れて行くけど・・・」
「大歓喜!!」
シャンプーが、がばちょ、と乱馬に抱きついた瞬間。
「シャンプー!!」
と叫びながら、ムースは乱馬の後頭部を飛び蹴った。いい音がする。
シャンプーは冷めた眼でムースを見た。
「ムース、何あるか。」
「シャンプー、オラを置いて乱馬なんぞと中国へ帰るだか!」
「そうある。」
「認めないだ!せめてオラの、オラの、670回目のプロポーズを正式に受けてからにするだ!!」

(まあ、670回・・・)
かすみは両手の指で数えようとしたが、無理だった。
「(お気の毒ねえ)。」
それはムースが気の毒なのではなく、シャンプーが気の毒、という意味だ。

「シャンプー好きだー!オラの嫁に〜〜」
「お断りある。」
こうしてすぐ670回目のプロポーズの決着がついた。
「何故じゃー、オラのどこがこんなの(乱馬)に劣るというんじゃ〜〜。」
ムースは乱馬の頭を殴る。
二人を見比べながら、シャンプーは言った。
「比べ物にならないある。」
理不尽な扱いに、乱馬はわなわなと拳を震わせた。遊んでいるわけではないのに、どうも緊張感に欠ける。
「お〜ま〜え〜ら〜・・・!」
だがここで怒ってはそれこそ負けである。
呪泉郷へ行くには、色々困難もあるさ。と、乱馬は自分を慰め、落ち着かせる。

とんとん

「ん?」
何かが乱馬の肩をつつく。
振り向くと、そこには、今海から上がってきたばかりのような八宝斎がいた。
頭にワカメをひっかけて、濡れている。潮くさい。
「乱馬〜〜、行かさんと言ったら行かさんぞ〜〜!」
齢800歳とも言われる大妖怪の眼は、本気になろうとしていた。
早雲と玄馬が後ろで叫ぶ。
「お師匠さま!」
「壺ごと海に沈めたというのに、なんという強靭な肺活量!」
早雲は、ぐぬう、と無念を拳で握りしめた。
(いや、肺活量の問題じゃないだろ!?)
乱馬は嫌な予感がして、数歩後退した。

「くらえっ、八方大火輪」
「わっ!」
八宝斎は、小さな身体を回転して距離を取りつつ、懐の特大花火を乱馬に向かって、投げた。
導火線には火がついている!
「わっ、わっ、パスッ。」
乱馬は思わず良牙に花火を投げてしまった。
「えっ、うっ?なんでパスなんだっ!いらーん!」
良牙は2.3度右手と左手の間を往復させると、また乱馬に向かって投げ返した。
「あーーーっ!」
乱馬の手の中で再び踊る爆弾は、種火が根元まで迫っている。
(爆発する!)
そう思ったのは、乱馬だけでないはずだ。乱馬は毛がよだつように身を縮めた。やっぱりおさげは上向きに逆立っていた。
あかねもおもわず耳をふさいだ。
…が、何も起こらない。

 数秒。

何も起こらない。
「ん?」
ぷすぷす…としぼんだ音をたてて、導火線は沈下した。
「不発弾か?」
乱馬はいぶかしげに花火を目線まで上げて、しげしげと眺めた。
じじいは海に沈められたせいで、火薬をしめらせてしまったのだろうか。
 八宝斎は海の方に回避している…ように見えた。
だが八宝斎は、爆発を回避しているように見せかけて、実は”爆発寸前”という状況をごく自然に(?)利用し、舟に近づいていたのだ。
乱馬と良牙の用意した舟はそんなに立派ではない。漁船をそのまま借りただけの、ところどころ赤茶けた舟だ。
雨風をしのげる屋根がある程度。
(これなら壊せるの。)
八宝斎は胸中でそうつぶやくと、ほくそ笑んだ。
「ひゃーっひっひ。馬鹿め!それはオトリじゃっ。」
八宝斎は懐に手を突っ込むと、さっきと同じ動作で、花火を投げた。
1,2,3.という何の工夫もない動作を行った。懐に手を入れ、振りかぶり、投げる。

ちゅどーんっ

良牙の顔が青く冷えていくのが手にとるように解る。
自分もそうなのだから。
「ふ、舟が・・・」
「・・・」
戦争映画のように派手に爆発した舟は、海の藻屑(もくず)。風に舞い上がった部分は微塵(みじん)と化した。
八宝斎は歓喜に狂って爆笑していた。他人の不幸はイイ味がするらしい。とか昔の人が言ってたなぁ・・・。
八宝斎の態度を見てぼんやり乱馬は思った。
(はっ!それどこじゃねえ!)
「くっそじじい〜!!殺すっ!この場で無縁仏にしてやる!!」
「ひゃ〜っひっひっひっひぃ、ひい、ひい。」
八宝斎は笑い疲れてヒョロヒョロと辺りを漂っていた。その笑顔は下品であった。
「むわてーーーーー!」

乱馬は八宝斎を追いかけて辺りを飛び回っている。
良牙は―――やや放心していた。
「良牙さま、しっかりして。」
「ぶぎ」
雲竜あかりとカツ錦は、良牙を慰めた。
「大丈夫ですよ。またきっと機会はあります。」
「あ、あかりぢゃん。」
あかりは胸の前でオズオズと手を組み、ほんのりと桜色の顔で言った。
「それに私、今の良牙さまを好きになったんですもの。」
「あかりちゃん・・・」
「私は今のままの良牙さまといられるだけで十分幸せです。(ってゆーか、ブタ体質の方が好き)」
「そ、そーかな。あかりちゃんがそう言ってくれると気が楽だよ。うん。」
良牙は流されやすい性格だった・・・。

乱馬は飛び回りながら八宝斎を追い詰めていた。
「じじい、今度ばかりは許すわけにゃいかねえぞ!!けっこう苦労して舟用意したのに!」
「わしの知ったことじゃな〜い♪」
コンクリートで固められた海岸の船舶所まで来ると、追われる八宝斎は乱馬へ向き直った。
そして表情を固く結んで、叫んだ。手にはキセルを握っている。
「ぐだぐだと男が済んだ事を責めるでなーい!!!」

(まずい。罠にはまった!)
乱馬がそう思った時は遅かった。
つかみかかった腕を逆手に取られ、体重は力の渦に巻き取られ、空高く投げ飛ばされてしまった。
海へ落ちる。

どぼん

八宝斎は、決闘が終わったガンマンがするように、眼をつぶって渋く決めポーズを取っていた。
「ふっ、未熟者め。」
が、重要な何かを思い出すと、らんまを追って海へ飛び込んだ。
「そうじゃった!ワシはらんまちゃんのバストを確かめるために日本海まで来たんじゃった!」

「げっ、寄るなじじい!」
「固いこと言うな。師弟愛を深め・・・ぐはっ。」
「寄るなっつってんだ。」
「おのれ、師匠に対してその態度、ゆるさーん」
「おまえが・・・・・・!!」
「・・・じゃろ!!!・・・・・・大火輪!!」
「・・・うわっ」

その後、海の波間では、おさげの女と妖怪の闘いが繰り広げられたらしい。
あかねは乱馬が少し可哀相になって、海を見つめていた。
これでもかこれでもか。と言わんばかりに、乱馬には難関が待っている運命らしい。
(しばらくは、中国行きもなさそうね。)
そう思うと、あかねもちょっと気が楽になったのだった。

*   *   *   *   *   *   *
卒業式からの帰り道で、あかねは自分の少し前を歩いている。フェンスの上から彼女を見下ろすこの道も、今日で最後だ。
乱馬は意を決したように言葉を振り絞ろうとした。
男には戻れなかったが、卒業までのもう一つの目標がまだ残っている。
(今言わなかったらいつ言うんだ!今言わなかったら・・・)
自分を奮い立たせるようにつぶやくと、声をかけた。
「あ、あか・・・」
「乱馬。」
あかねは乱馬に言葉をかぶせ、顔を見ないまま、歩みを止めた。
さらり、と短い髪が風に揺れた。
「焦らなくても、いいからね。」
「へ?」
「あたし、どこにも行かない。」
あかねは振り返った。そして笑顔で言う。
「待ってるから!」
語尾を強く言い切って、あかねはほのかに蒸気し、カバンで可愛らしくリズムを取って走って行った。
卒業前にどうしても女を治したい、と意地を張った乱馬に、一言伝えたかったのだ。
乱馬がフェンスの上に残される。
水蜜桃のような彼女の笑み。幼なげな愛らしい話し方。昔と変わらず自分の心を甘く潤し、満たしていく。
しかし素直に彼女の笑顔を喜べない。釈然としなかった。
「”待ってる”・・・って。」
強がるほど愛しかった彼女の仕草、桜餅や相合傘のことで頬を染めた昔を想いながら、乱馬は今までで一番深いため息をついた。
(んなこと言われたらまた言えなくなっちまったじゃねーか・・・)
昔あかねを見て感じたことを思い出した。
『この女とは根っから相性が悪いのかもなぁ・・・』
今ならそれは違うと言えるが、あまりにギャグなすれ違いに、乱馬の口元は苦々しく緩んだ。
どうやら卒業後、乱馬に待ち受けている難関は、私生活での格闘だけではなさそうだ。

「乱馬!」
あかねは止まってしまった乱馬を遠くから呼ぶ。
乱馬はのろのろと動き、またフェンス上を小走りに進んで行った。
出会った頃と変わらない風が通る。春の香を運ぶ。

延長戦はもうしばらく終わらないのだった。








作者さまより

まず『延長戦』っていう題が決まって、『延長戦は終わらないのだった。』をfinishに書きたいがために
ツラツラツラツラ・・・とえらいことになってしまいました。2年経ってても全然キャラ成長してないですし。
乱馬がちょい柔かくなった程度?・・・結局ギャグやし。なんか目指して書いたのとチガウ(゚ロ゚)
キャラが勝手に進んでゆく〜。裏乱馬を置いて行かないで〜。(涙;


こちらは、当時、まだ中学生だった氏が、「らんま一期一会」開設祝いに送ってくださった貴重な作品であります。
extra inningsとは直訳すれば野球などの「延長戦」です。複数形ですね(^^)
「終わらない延長戦」。
実は私の描いているらんま小説もそうなのです・・・結局すべてここへと向かって行きます。
「終わらない二人のプラトニックラブ」・・・私の頭の中に住んでいる乱馬とあかねの関係も、概ねここに集約されます。
この「原作たちが持つ基本」から外れない範囲で楽しむだけ楽しむ。それが二次創作の基本のような気がします。
人様の描き出すイラストや小説、同人マンガをヘラヘラ読むのが楽しみだった前世紀最後部、そこから発展して自分で話をごそごそ作って書きだして…。
初期の私の同人作品に多大な影響を与えてくれた一人が、裏乱馬さまでした。
中学生だった裏乱馬さまの描く乱馬とあかねは、原作の瑞々しさをそのままに、奔放に文章の中を躍動していて、倍以上年が離れた私も、その巧みさに目を見張りました。
勿論、ハンドルネームを「うたたね乱馬さま」と変えられ、ネット活躍は継続中であります。
(一之瀬けいこ)



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