◆fly
torinoさま作


「飛ぶぞ。」

 そう、乱馬は言った。
あたしは、乱馬の手を取る。乱馬はあたしの手をしっかり握ってくれた。

 あたしの周りには何も無い。感覚だけが剥き出しで、それはとても心地良い。
乱馬だけを感じてるから、彼の存在だけを体に感じるから、彼の言葉では無い声を聞いたから。


 胸の奥が昂揚してる。どきどきと、鳴ってる。
その感覚が楽しくて自然と笑顔になるのが分かった。・・・こんな時なのに・・・。

 大きく息を吸う。全てが同時に染み渡る。
全身に染み渡ってから、ゆっくりとあたしは頷く。


 あと一歩踏み出せば、ふたりだけになれる。


 何にも束縛されない世界。ふたりで自由に呼吸が出来る世界。
大きく飛べば、きっとその世界に行ける。

 乱馬とふたりっきりの世界。
誰にもはばからず、誰にも見つからない・・・・・

<
 乱馬、あたしの手、絶対絶対・・・離さないでね。






 ぱしって感じで目覚まし時計を止めた。
お陰でパッチリ目が覚めた。変に感謝しながら、見た夢を思い出す。

 変な夢だった・・・。

 良く覚えていないけど、変な夢、だった。
胸がすっきりしてるような、清清しい気持ち。でも、殆ど思い出せないから、正直苛立つ。

 どうしてだか枕を握り締めてて潰してる。絡めたそれから腕を離し、元の形に戻す。
乱馬が出たのは覚えてる。あと・・・、とにかく、色んな人が出てた。
 印象に残ってるのは、崖。いわゆる断崖絶壁。下が海だか、川だか、覚えてないけど・・・。
その先に立ってたような気がする。切り立った崖のその先、に・・・・。

 変な夢、だな・・・。
頭を振って考えを追い出し、ベッドから降りると制服に着替える。
妙に寝覚めが良かったから、元気良く階段を降りて洗面所へと向かった。


 どどどどと乱馬が廊下を走り抜けて行く。
あたしと正面で顔を合わしても 「おはよう」 も無い。ま、いいけどっ。

「爺ぃぃ! 返せっ!!」

 後ろを向くと、八宝斎のお爺さんが、乱馬のシャツ片手に小躍りしてる。

「コレ着けてくれたら、返してやる〜。」

 と、もう片方の手にはブラジャー・・・どっかで見た事あるなぁ・・・

「ああーーー!! あたしのーーーー!!」

 そうあたしが叫んだ時、ちょうど乱馬がシャツを取り返してた。
そして、右手でブラ掴んでる。お爺さんを足の下に敷いて 「へ?」 ってな顔であたしを見てた。

「変態っ!!」

 乱馬の横っ面を叩いて、それを取り返す。
ああー。おニューなのにぃ。もう着れないっ。 「んだよっ!」 と怒鳴る乱馬に怒鳴り返す。

「バカッ! ドスケベッ!!」
「ばかやろう! そんなちっこい下着、興味ねーよっ!」

 と、言い終わらないうちに、乱馬の顔面をグーで殴ってやった。
どすどすと、足音を響かせてその場を去る。後ろから乱馬の悪口を聞きながらだから。更に足音が大きくなる。

 もう! いっつもこんな調子! 大っ嫌い!





「あーーっ! もうっうるさいっ!!」

 あたしは真っ直ぐに前を向き、全力疾走で学校へと走る。
乱馬はフェンスの上を同じく全力で走りながら、朝の出来事の(まだ)文句を言ってる。
乱馬ってば最後の方には、こんなコトを言ってた。

「お前みたいな色気のねー女の下着、触ってやっただけでも感謝しろ!」

 信じられない! もう絶対知らない! 顔も見たくない!




 授業中もずっと乱馬から体を離して、乱馬が視界に入らないように斜めに座る。
クラスの皆はいつもの事か、って感じで見てる。
凄く恥かしいし情けないけど、怒ってるって事をしっかりと乱馬に教えてやりたかった。
 でも、乱馬も 「ふん」 って感じでそっぽを向いてる。みたい。
あたしは全然悪くない。全部乱馬が悪いんだから。



 それぞれが友達と集まって、楽しくお食事・・・て感じにはならなかった。
友人も慣れたもので、あたしと乱馬が喧嘩してる理由は聞いてこない。
 ただ、いつの間にか教室の中に居るシャンプー。
乱馬の膝の上に乗るようにして、箸で摘んだご飯を 「あ〜ん」 と食べさせようとしてる。
その後直ぐに右京も乱入して、その場でお好み焼きを作り、
シャンプーの反対側に行って 「あ〜ん」 って、始めた。
ようするに、乱馬はシャンプーと右京を両脇に従えて、ハーレム宜しくやってるって訳!

 ちらっと斜め後ろを見ると、乱馬、顔赤くしながら 「やめろ」 って言ってた。
そんなに嫌なら逃げれば良いじゃない! 
全く! 腹が立つ! とにかく! 嫌い! 大嫌い!


「あかねぇ〜。良いの? 放っておいて。」
「いいのっ。」
「でも・・・。」
「ごちそうさまっ。」

 そしてお弁当箱を閉じると、机の中から本を取り出す。
「図書館行って来る」 と友人に告げて、あたしは教室を出た。




 昼休みのこの時間。図書館とは思えない程人がいて、大騒ぎする男の子とかもいるのに、誰もいなかった。
おかしいな? って勿論思ったけど、たまにはこうゆうのも良い。ひとりでゆっくり本を探そう。
 一昨日借りていたこの本は、高校の図書館にあって良いの? と聞きたいくらいの悲恋物。
でも、泣いちゃったけど、最後にふたりが手を取り合って空へと飛ぶ。面白いけど、泣いたけど。


 本棚の前で表紙を眺めていると、凄い音を立てて扉の開く音。
本棚から顔を出すと、校長先生がいた。そしてあたしを見ると 「オオノー!」 と叫んだ。

「ミス天道あかねっ。ココは危険でーす。二階から出火しました〜!」

「ええっ?! ら・乱・・・みんなは、無事ですか?」

「勿論無事で〜す! 避難完了です! 残るはミス天道あかねのみっ!
 さっ屋上へ避難です〜!」



 何だかノリノリの校長先生。笑い声まであげて・・・。
あたしが屋上への階段を上がりかかると、校長先生は叫んだ。

「私は校内を見て回りま〜す!」

「あたしも行きます」 は 「NO!」 で遮られた。 「生徒の安全を守るのは校長の役目です」 って。
そんな熱心な先生の言葉で、あたしは頷き大きく 「はい」 と返事をした。
まず自分の安全を確かめなきゃって思った。変に手間を取らせちゃ駄目。


 屋上の扉の前まで来ると、今上がってきた階段の下の方から黒い煙が昇ってくる。
瞬間怖かった。直ぐにでも火に包まれてしまいそう。

 扉を開けて屋上へと出た。
校内の煙が嘘のように、澄み渡った空気。


 校内が火事。皆安全なところに行った。
あたしひとりだけ、屋上? 乱馬は? もう逃げちゃたの?



 早く逃げなきゃいけないのに、あたしはぼんやりそこに立ってた。
屋上のフェンスの手すりに両手を乗せて、下を眺める。

 運動場に全校生徒避難していた。ざわざわとざわついてるように見えるけど、殆ど聞こえない。
高さ的には五階。無事に・・・飛び降りれる? ちょっと自信無いな。3階なら楽勝だけど。
そんな事ぼんやり考えて、黒と水色の制服の中の赤い色を見つけた。

 まだシャンプーがいる。右京まで側に引っ付いてる。


「乱馬の・・・馬鹿。」


 あたし、このままココにいようかな?
なーんて、思いっきり馬鹿な事を一瞬だけ考える。


 さて、と・・・。どうやって逃げよう。
まずフェンスを乗り越えた。片手でフェンスを掴んでもう片方でスカートを押さえて、また下を覗く。

 やっぱり高い・・・。多分きっと怪我をする。
皆の前で、そんな屈辱味わいたく無い。
四階の窓枠にでも下りれるかな? 降りれそうだけど、スカートが捲れるのが嫌。

 灰色の煙が屋上の入り口のドアから、染み出すように青い空へと昇って行く。



 数人の 「あーっ」 って声を聞く。ぼんやり空を眺めてた視線を運動場へ落とす。
何だか全員あたしを見てる。
やだ・・・。恥かしいーっ。逃げ遅れてこんな所にいる何て・・・。

 赤い服がとたとたとあたしの真下まで来た。


「何やってんだーーーーっ?」

 と、乱馬。

「関係無いでしょーーーっ!」

 と、返す。

 シャンプーと右京は乱馬の両脇に行くと 「怖い」 って風にすがりついてる。
乱馬はそれを払いのける事もせず、間延びした声であたしに言う。

「早く、降りて来いよーーー。」


 何? そののんびりした口調。
仮にも許婚の命の危機に、ソレ?? 信じれない! 薄情者って事知ってたけど、ここまでだったとはっ!!


「放っておいてよーーーっ!」

 そう言ってあたしはまたフェンスを乗り越え、屋上へと戻った。
ドアからは相変わらず凄い煙。青い空が汚れていくみたいで、悔しい。
乱馬、しっかり逃げてたんだ。あたしがいないの気づかなかったの? それとも気づいててしらんぷり?



「お前・・・。何不貞腐れてんだ?」


 すっごくびっくりした。
乱馬があたしの真横に立ってて、顔を覗き込んでる。両腕組んで、ぼんやり立ってる感じ。
何て呑気な奴なの!? フツー火事の学校内へ戻ってくる?? 自信過剰!


「ふ・不貞腐れて何かいません!!」

 そしてそっぽ向いて、あたしも腕を組んで、ぐっと怒りを中に留める。
乱馬は小さく舌打ちして、ぐいっとあたしの腕を掴んだ。

「いいから、来い。」

 軽く引っ張られる。それを投げるように突き放し、怒鳴った。

「放っておいてって、言ってるじゃない!!」

 乱馬は眉をぴくっと動かして、露骨にシワを寄せた。
そして、大きく溜息をついて、あたしを睨みながら言った。

「来てやったんだぞ・・・。」
「頼んで無い!」


「・・・そーかよ。」

 乱馬はすっと、あたしの横を通り過ぎて行った。
またひとりになった。屋上にあたしひとり。扉の奥では多分炎が燃えてる。
 焦んなきゃいけないのに、長く大きい溜息をついた。
やっぱり、まず四階に降りて、そして三階、そしたら飛び降りられる。そう思って振り返る。



「・・・お前が、ココにいたいってんなら、・・いても良いけどよ。」


 乱馬がフェンスの上に立ってて、そう言った。乱馬は不貞腐れた顔であたしを見てた。
あたし、まだひとりになっていなかった。


「皆、心配してっぞ?」

 そして、乱馬は視線を下へと落とす。
あたしは小走りでフェンスに近づき、覗いた。

 クラスの皆や、先生、後輩や先輩も、手を振ってる。 「来い」 って風に。
「あかねー」 って声も聞こえた。


「・・・うん。」

 そしてあたしは、さっきと同じようにフェンスを乗り越えた。
乱馬もひょいっとそこから降りて、あたしの真横に立つ。


 あ・・・・・・・


 目の前には、広い空。青くて青くて、深い空。
視線を下げると人の波。手を振ってくれてる皆は、光る海原にも見えた。


「降りれるか?」

 乱馬の声で我に返る。顔を上げて笑いかけた。乱馬もつられて、でも驚いたように微笑んだ。
そして、どもりながら 「怖かったら、抱き上げてやる」 と呟いた。正直聞き取りにくい、小さい声。

「大丈夫。」

 変な自信を持って言った。
自然と出た言葉。そう言わなきゃいけないような気さえする。


「じゃ・・・、飛ぶぞ?」


 言い方とが違う。 「じゃ」 が余計。
でもあたしは乱馬の手を持った。乱馬は清清しいくらいの笑みのまま、あたしの手を握り返しくれた。

 大きい風があたしと乱馬の正面に迫る。後ろに反りそうなくらいの強い風。でも気持ち良い。
だって・・・・。

 ぎゅっと強く乱馬があたしの手を握る。合図。
うん、分かる。



 ふたり同時に足を踏み出した。何も無い空間へ。
でもあたしの手の中には、乱馬の手。しっかり握ってくれる彼の手。


 長さ的には短いふたりの時間。それでも十分余裕があった。
あたしは捲くれかかったスカートを片手で押さえた。
乱馬は開いた手であたしの腰を掴んだ。ぐっと引き寄せられた。


 何にも束縛されない世界。ふたりで自由に呼吸が出来る世界。
大きく飛んだら、その世界に行けた。

 乱馬、あたしの手、絶対絶対・・・離さないでね。





 大した衝撃も受けず、地面に降りたのに気づく。
腰から乱馬の手の感触が消えた。素早かった。


 正面から、どどどって感じでクラスメイトが集まってくる。
口々に何か言いながら、笑いながら、だった。

 その内容を理解する前に、今だしっかり掴んでる乱馬の手。あたしは、大きく手を開いた。
けど、離れない。あたしのパーの手を乱馬しっかり握ってた。
皆の声をぼんやり聞きながら、また握りこむ。


「あかねーっ。心配した〜。」 ごめんね。ごめんね。
「ひとりで図書館行くから。」 うん。そうだね。心配かけて、ごめんね。

「図書館スピーカー壊れてるんだよ。」 そうだったんだ。知らなかった。

「いくら避難訓練って言っても、やっぱひとりじゃ危ないよ。」 ・・・へ?


「ええっ?!」

 と、仰け反ってから、今の言葉を口にする。


「ひ・避難訓練??」


 屋上を見上げると、いつもハイな校長先生が、ウチワ片手もう片方には七輪を持って、大笑いしてた。
あっけに取られたあたしの顔を、乱馬が覗き込む。

「おめー、知らなかったのか?」 と、言う。
こ・答えたくない! あたし、ひとり騙されたなんて・・・。


「お前っ・・・!」

 と、乱馬半ば怒って言った。すっごい人を馬鹿にした目線に見える!
掴まれてる手を、大きく振って解く。
大声で 「知らなくて悪かったわねっ!」 こう言おうと、お腹に力を溜める。


「バカヤロウ!!」

 と、怒鳴られた。言いかけたあたしの口は、ポカンと開いたままになる。
皆、シーンて感じ黙り、乱馬を眺めてる。あたしも乱馬を見上げた。

 乱馬、凄く怒ってた。
ぎりぎりって歯を噛むように怒りを溜めて、あたしに背を向けて、大きく飛んだ。校舎の奥へと消えた。






 遠くで電車の音。切なくなるような微かなリズム、その音を聞きながら、家へと歩む。
夕焼けに染まる空は、青かった気配すらもう無い。

 すっごく、帰りたく無い。乱馬が怖い。
どうして、あんなに怒るの? そんなに悪い事したかな?


 ふと顔を上げると、乱馬が居た。
斜めに立ってて、あたしの進行方向を塞いでた。そして、じっとあたしを睨んでるように見える。
胸がドキンと鳴って、続けざまに鼓動を早める。顔を下げ、足早に通り過ぎようと、乱馬を避けた。


「あかねっ!」

 びくっと体が震えて、あたしは足を止めた。
真横にいる乱馬を、恐る恐る見上げた。まだ、怒ってるみたい。
また顔を反らして、体を縮めて、待った。怒られるだろう、言葉を。

「・・・お前な。」

 大分穏やかな口調だけど、感情を押さえた言い方の乱馬。
痛みを耐えるように、目を閉じた。乱馬は大きく溜息をつくと。

「訓練だったから・・いーよーなものを・・・。」

 と、言った。
今の言葉を理解する為、乱馬を見上げる。
彼はそっぽを向いて、夕焼けに負けないくらいの赤い顔をしてた。

「ホントの火事だったら、どーすんだ・・・。」

 と、独り言みたいに言った。
さっきまでの怒りは何処に行ってしまったのか、乱馬は寂しそうな顔をしてる。



「・・・ごめんなさい。」

 そう、言えた。
まだあたしの胸の奥では乱馬の意地悪。乱馬と他の女の子の映像が残ってるけど、言えた。

「ごめんね・・・。」

「もうっ・・いいよ。」

 そうぶっきらぼうに返される。
あたしはただ申し訳無くて、何だか悔しくて悲しくて、俯いたまま歩き出した。


 二・三歩歩いて掴まれた。乱馬の左手があたしの右手を掴んだ。
びっくりして顔を見ると、乱馬、真っ直ぐ前向いてた。やっぱり不貞腐れてる顔のまま。


「帰るぞ。」


 と、呟いた。
あたしはその手を握り返す。大きい手をぎゅって掴んだ。

 乱馬とあたしの前には歩きなれた通学路。住宅地の屋根や、電信柱。ゴミ箱まで見える。
赤い空の下、ふたり同じに足を踏み出した。

 そして、気づく。乱馬の言葉を、それは夢の中の言葉と同じだった。
あたしの周りには住み慣れた町内。あたし達の町の匂い。確かな存在感があるあたし達の空間。


 一歩一歩と歩き続ける。家路への道。
繋いだ手にドキドキしながらも、夢の中のような昂揚は無い。それでもあたしは染み渡る喜びに浸ってた。


 何にも束縛されない世界。ふたりで自由に呼吸が出来る世界。
それはあたしの前に広がっていた。同じ方向を向く乱馬の前にも、きっと広がってる。


 乱馬、あたしの手、絶対絶対・・・離さないでね。





-------------おわり





無理矢理、投稿作品として扱わせていただきました・・・(よかったのかな・・・)
みなさんに是非、読んでいただきたいと思いましたので掲載させていただきました。(殆ど強奪だな・・・)

深いです・・・空が透き通るくらいに。青く、そして赤く・・・

torinoさまは一味違う乱あ的世界を紡ぎだされます。きっとファンの方も多いでしょう。
まだホントに開設したてでカウンターが3ケタに上がったくらいの頃見つけて通っていました。
軽い目眩を感じるようなプロットの作品群に、自分もぐいぐい引っ張られていきます。
コンテンツも奥が深く、らんま作品への愛情がほとばしる作品の数々。
愛情がなければあそこまで奥深く作品をえぐり出すことはできないと思います。
それは、この作品を読んで頂いても一目瞭然です。

勝手に貰い受けてしまった作品です。わがままをきいてくださり、本当にありがとうございましたっ!!
(一之瀬けいこ)


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