◆暖簾〜のれん〜
ミンミンさま作


 天道家の朝は騒がしい。
 「遅刻しちゃう〜!おねーちゃん、今日ご飯いらない」
 「だめよ、なびきちゃん。きちんと食べないと」
 「ぱふぉ〜」
 「早乙女くんっっ!それは私の目刺しです!」
 「おじさま、おはよ〜」
 「だーかーらー!その格好はやめなさい〜!!」
 「どわーっっ!!」
 最後のは、[その格好]のらんまに飛び付こうとしてぶっ飛ばされた八宝斎の叫びである。
 そして[その格好]・・・つまりまたしても[裸にエプロン]をやらかしているらんまは当然コピーであった。
  
 「おはよー」
 「もう乱馬ったら、なにグズグズしてんのよ!置いてくわよ」
 呑気な挨拶にカリカリとした返答。
 「あ、俺違うよ、あかねちゃん。彼奴声掛けたけど起きないんだ」
 「・・・ああ、コピーなの・・・」
 「ハニ〜!!離ればなれで寂しかったわ」
 「俺もだよ、ベイビー」
 しっかと抱き合う男女のコピー。他の面々はもう呆れる気も失せている。
 「・・・行って来ます」
 そして乱馬はこの日、寝坊して遅刻となった。

 彼はあかねに暴言を吐かない。
 突っかかって来ない。
 からかいさえもしない。
 ・・・用が無ければ話し掛けて来る事もあまり無い。
 笑顔を見せる事があってもそれはただの挨拶。
 親しげに語り掛ける相手は彼によく似た面差しの少女。
 「あかねちゃん、あいつ見なかった?」
 それでも同じ声、同じ顔。
 その相手から問い掛けられるのは、自分以外の女性について。
 「コピーなら・・・。さっきかすみお姉ちゃんと一緒に出掛けたわ」
 「そう、ありがとう」
 にこっと笑い掛けるともうあかねには目もくれず、お下げを揺らして走り去る。
  
 あれは、乱馬では無い。
 たまたま乱馬と同じ姿をしているコピーでしかない。
 それなのに、どうしてこんなに・・・寂しいのか。

 らんまのコピーはなかなか女らしく、よくかすみを手伝っている。
 食事を捧げ持った彼女が暖簾をくぐって現れると、普段は振り回されている男性陣もついついほっとしてしまう。
 ・・・あかねが料理をする為に台所に入らなくなって、久しい。

 「はいハニー、あ〜ん」
 「あ〜ん」
 「おいしい?」
 「ああ、とっても。君が作ったんだろ?」
 「そうよ〜。分かったぁ?」
 「そりゃあ勿論。君の手料理の味を忘れる訳無いもの」
 「きゃー。嬉しい」
 ・・・人前でやって欲しくは無い会話だ。
 だがコピー二人は周りの困惑など眼中には無さそうである。
 「あああ・・・もう!みっともねえ!」
 一番困っているのは言うまでも無くこの人物だろう。
 「おめーら、少しは人目ってもんを考えろ!それが出来ねぇなら、他の部屋に行くんだな!」
 乱馬はわめくが、二人は一向に意に介さない。
 「無視すんじゃね〜っ!!」
 「あんたの方がよっぽどみっともないわよ、乱馬」
 その言葉に乱馬がきっと振り返る。
 あかねは口元に嘲笑ともとれる歪みを見せ、続けた。
 「美男美女のカップル、なんて喜んでたクセに。ほんとは羨ましいんでしょ。混ぜて貰ったら?」
 いつに無く、棘のある口調。
 そう言わせる心理を乱馬がわずかでも理解出来れば、二人の仲ももう少しスムーズに進むのだろうが、
 「・・・ほんっとに可愛くねえ!!」
 まだまだそんな風にしか反応出来ない乱馬だった。

 女のコピーはかすみと、男のコピーは乱馬と同室で寝起きしている。
 当然ながらコピー二人は一つ部屋に寝たいと言ったが、天道・早乙女両家は猛反対。
 どうしても言うことが聞けないと言うのなら、問答無用で鏡屋敷に連れて行き封印カーテンが出来るまで監禁、と申し渡され流石の二人も諦めた。
 「まー、それはやっぱり御免こうむりたいよなー。こっちにはいい女がいっぱいいるし」
 らんまコピーほど過激な性格では無いにせよ、スケベなのは同じらしい乱馬コピーは呑気にそんな事を言っている。
 「かすみさんはしとやかで綺麗だよなー。なびきさんも美人だけど、あのがめつさ何とかならないのかねえ?」
 「・・・そのおかげで恩恵をこうむったんだろーが」
 「まーな。あんたハレム状態で羨ましいよ。選取り見取りだもんなあ」
 「そんなんじゃねえよ!!」
 このチャンスを逃すなびきでは無い。彼女はコピーを本物と偽り、シャンプー達から報酬を受け取ってデートさせたのだ。
 コピーも美少女と付き合えると、二つ返事で出掛けて行った。
 ・・・小太刀相手の時だけは這々の体で逃げ帰ったらしいが。
 これを知ったらんまコピーが激怒、ひと騒動あった。
 おまけにその後シャンプーと右京からは、乱馬がいつもあのデートの時みたいだったらいいのにと言われ、彼にとっては甚だ不愉快な事態と相成ったのだ。
「シャンプーちゃんって情熱的だよな。右京ちゃんのさっぱりして姉御肌なとこもいいし・・・」
 肝心の名前が出てこない。
 好意を持たれては困るが、無視されるのも面白く無い。
 「・・・あかねは?」
 「あかねちゃん?う〜ん、顔は可愛いんだけど・・・。あんまり好みじゃ無いんだよなあ。色気無いんだもん」
 自分が散々言ってる台詞なのに乱馬はムカッとした。
 だが生憎それを認めるには、彼の性質はちょこっと曲がってたりする。
 「あー、お前もそう思うかあ?おまけにずん胴だし、素直じゃ無いしよ」
 多分、乱馬の顔は少々引きつっていただろうが、コピーは気付いた様子も無い。
 「まあ、ずん胴の方は成長過程と思えば改善の望みもあるけど・・・。問題は性格の方だよな」
 うんうんと、コピーはひとりで頷きながら続ける。
 「何て言うのかなあ、妙に依怙地なとこがあって・・・。うん、確かに素直じゃ無い」
 「依怙地・・・か」
 「そう。それに不器用なのはしょうが無くても、それ以前に行動がガサツなとこがあるだろ?乱暴だし」
 「そ・・・そりゃ・・・」
 「あれじゃあぱっと見て可愛いなーと思ってもさ、そのうち愛想を尽かしちまうよ、絶対。つまりはあんたがそうなんだろ?」
 「お、俺は別に愛想を尽かした訳じゃ・・・!」 
 そこまで言いかけて乱馬ははっとした。
 コピーがにこにこ笑いながらこっちを見ていたからだ。
 「あんたも素直じゃ無いんだねえ」
 
 からかわれていた事に気付いた乱馬がそれからどうしたか。
 そのまま布団を引っ被って寝てしまったのである。尤も直ぐには寝付けそうに無いが。
 勿論頭には来ていた。だがあのコピーに突っかかったところで
   ―暖簾に跳び蹴り、って事になるだろうしなあ・・・。
 それを言うなら[暖簾に腕押し]である。
 何にせよ、自分と寸分違わぬ姿の者が、あかねを悪く言うのを見るのは鏡に映った自分が ―まさしくその通り― 言っているようで気分のいいものでは無い。
 そう、乱馬が腹を立てたのはコピーに、と言うよりは自分自身にと言った方が良かった。
 コピーが並べ立てたあかねの悪口の殆どは・・・実際自分が彼女に言って来たものだったから。

 それにしてもあかねはコピーにまでそう思わせる態度を取っているのだろうか。
 翌朝珍しく早起きをした乱馬は、ジョギングから戻ったあかねを裏庭に見つけた。
 「あかね・・・ちゃん」
 おずおずと掛けられた声に振り返る。
 「ああ・・・、コピーね。何か用?彼女なら・・・」
 「あ、いや、その・・・何か元気が無いなーって」
 その言葉に一瞬不思議そうな顔をしたが、そのまま俯き
 「・・・そんな事無いわよ、別に」  
 きつい口調では無いのだが、あんたには関係無いわよ、との言外の意を悟った乱馬はひやりとした。
 あのコピーの事だ、あかねに辛く当たったりはしていないだろう。
 ただ、彼にとってあかねが特別な存在では無い・・・身も蓋も無い言い方をすれば[どうでもいい]存在である事は、伝わってしまっているのかも。
 そしてあかねも今はコピーの事をそう考えようとしている。
 その他人行儀を乱馬は先程のあかねから感じ取ったのだ。
 それを今までずっとあかねが感じて来たのだとしたら、
   ―寂しい思いさせちまったなあ・・・。
 コピーが悪い訳では無い。彼はたまたま自分と同じ姿をしているだけで、好きな女性まで自分に倣う必要は無い。
 ・・・それでも。
 「ごめん・・・」
 えっ?とあかねが顔を上げた時には既に乱馬の姿は無かった。
 「コピー・・・?」

その日の夕食時も、人目を憚らずにいちゃつくコピー二名。
 あかねはそんなコピー乱馬と乱馬をしきりと見比べている。
 「・・・何なんだよ」
 「どっちだったんだろ・・・」
 あかねの呟きは乱馬には聞き取れなかった。
 「何で彼奴の事ばっか見てんだよ」
 「あれ?あんたもしかして妬いてんの?」
 人間、図星を指されるとうろたえやすいものである。
 「だだだ・・・誰が妬くか!自惚れんじゃねえー!!」
 真っ赤になってわめいても、説得力は無い。
 「あー妬いてる。妬いてるんだー」
 「うううう・・・うるせええ!!!」
 思わず茶の間を飛び出してしまった乱馬は、コピー乱馬がちら、と自分を見送ったような気がした。
 その眼が微笑んでいるように見えたのは、彼の思い過ごしだったのか。

 今朝もやっぱり騒がしい。
 「おねーちゃん、ご飯まだあ?また遅くなっちゃう」
 「もうちょっと待ってね、なびきちゃん。今・・・」
 「らんまちゃーん。どこじゃー」
 「おじいちゃん、コピーちゃんならコピー君と一緒に鏡に帰ったわよ」
 「何じゃと!?折角高級ブラを用意して来たと言うのに・・。おお乱馬、代わりにお前にやろう。ささ、女になれ」
 「冗談じゃねえ!!」
 「かすみー。ご飯は・・・」
 「みんなー!」
 暖簾をくぐり、満面笑みのあかねが現れた。
 「今朝はあたしが腕によりをかけて朝ご飯作ったのよ。沢山食べてねー」
 ・・・天道家に静寂が訪れた。
 
 コピーはほんの少しだけ腕押しをして行ったのかもしれない。
 暖簾にでは無く、乱馬に。




 完




作者さまより

 いつもは良牙がからまないと話を作れない私が、珍しく乱馬とあかねの話を思いつきました。
 で、無謀かな〜と思いつつも小説にしてみたのですが・・・。
  
 原作での描写の少なさをいい事に、ついついコピー乱馬を便利キャラ扱いしてしまう私。それも出てくる度に性格が違ったりして。
 今回は弥勒様がちょっと入ってるかも(笑)。

 この話が乱あの皆さんに少しでも楽しんで頂けるといいのですが・・・。
 正直とっても不安です。
 もしもお気に召さなくても、多分これから私が乱あの話を作る事は無いと思いますので・・・。笑って見逃して頂けると幸いです。

 BY ミンミン


 ありがとうございました!
 感謝の念に耐えません!
 ミンミンさまの素敵なイラストとマンガを堪能させて頂いている身の上といたしましては、乱×あをいただけただけでもう「うるうる状態」。
 コピー乱馬があかねにうるるんしている話は良く目にしますが、これはそれとは一線を画した作品です。
 ところでミンミンさまといえば、良牙くんと思ってしまう私。ミンミンさまの良牙くんはツボにはまってます!!これは必見かも・・・
 今度は是非、良牙くんの目から見た話を作って欲しいと勝手に思っています。

 どうしても管理人の嗜好が「乱×あ」に傾いておりますので、他のキャラ色が薄いですが、投稿は乱×あ以外でも勿論、らんまであれば受け付けておりますので・・・(って誰にプレッシャーかけているんでしょう?)
 私も乱馬くんを描写してしまうことが多いですが、良牙くんも大好きです。
(一之瀬けいこ)



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