◇海の守人 6
夏海さま作


 向こう見ずにも水の中に飛び込んだあかね。
 乱馬の声がしたのでちらと水面の方を仰ぎ見た。
 その時乱馬らしき人影が見えたのと同時に、赤いものが海に混ざっていくのを見た。
(まだ完全に止まってなかったのね。)
 あかねはズキズキする尻尾の事を思った。
 銃で撃たれた左足に風穴が開いているのをあかねは知っていた。けれど乱馬には告げなかった。余計な心配をかけるのは目に見えているから。
(海が癒やしてくれるから、大丈夫。)
 動かす度に痛んだが、時間が経つに連れて痛みが薄れる。
 確かに海はあかねの傷を癒やしていく。痛みが引くと共にあかねの泳ぐ速さが増す。
 あかねは海の底にうごめく物を見た。
(あれね。)
 あかねはそれの前に進み出る。
 それは確かにタコだった。だが大きさが尋常ではない。下手すれば島といい勝負である。
 うねうねと海中を漂う足、ギョロリと動く目。
『誰だ?』
『あたしはあかねよ。』
『なんの用だ。』
『お願いに来たの。ここを荒らさないで欲しくて。』
『おかしな人魚だ。人間こそ、この海を始めに荒らし始めたのではないか。それを追い出そうとして何が悪い。』
 大ダコはあかねのまわりをぐるりと回る。
『人間共は魚を喰らう。海の理も知らず、網を仕掛け根こそぎ捕まえて海のバランスを崩そうとしている。』
『魚なら、あたしもあなたも食べているじゃない。人間達にはあたしから、加減するように言うわ。だから、暴れるのは・・・・・・。』
 あかねの言葉を大ダコは遮った。
『海に生きる我らのサイクルの中に人間はいなかったのだ!それが人間が侵入してきた事によって小魚が減り、大きな魚が減り、それを食していた我らが減り・・・・・・。それでもお前は人間を襲うなというのか!わしは伝える!海の怒りを!海に生きる我らの怒りを!人間共は一度これを知った方がよいのだ!』
『だからって人間を殺すの!?それじゃあ、人間達は海に生きる生き物達を恨むようになるじゃない!』
『それならまた報復するまで。』
『ダメ!争いは一度始まれば長く続いてしまう!悪循環するだけよ!それが分からないの!?』
 大ダコは哀れむような口調であかねに言った。
『争いに怯えているのか。人魚達は昔、わしに人間と共に手向かってきた。それも全ては人間共が人魚達をそそのかしたせい・・・・・・。わしはなにもお前に手を出そうなどとは思うておらん。心配するな、我が同胞よ。今その忌まわしき人間共を滅してくれる!』
 大ダコが動き出す。あかねはそれをくい止めようと正面に回った。
『ダメ!やめて!』
 しかし大ダコの八本の足があかねをそっと横にどけて、自分は海上へ。
『ダメだったら!戻って!』
 あかねの悲痛な叫びにも大ダコは耳を貸さない。
 あかねはまだ自分を押さえつける大ダコの足から逃れようとジタバタと暴れ出した。
 大ダコの足はそれを感じ取るとスッとあかねから離れる。
(あの大ダコは本当は優しくて、みんなの事をよく考えてる。けど、そればっかりでまわりの事が見えていない・・・・・・。)
「絶対に止めなきゃ!」
 あかねは大ダコの後を追って、海から顔を出す。
「ぐあああッ!」
「ら、乱馬あぁッ!」
 水面から顔を出したあかねが見たのは、大ダコの足に捕まって締め上げられる乱馬の姿だった。
『乱馬を離してよ!』
 すがるようにあかねは叫んだ。
 大ダコがそれを聞いて乱馬を締め上げるのを一旦中断する。乱馬は大ダコの足に絡まれたままグッタリしていた。
『どうしてやめねばならない?』
『人を殺しちゃいけないわ!』
『何故?』
『人間にもいい人がいるからよ!』
 あかねは大ダコの側に寄り必死に説得する。
『この男が良い人間という者なのか?この男だって漁をするのだろう。』
『そうだけど、でも・・・・・・。』
『それだけで理由は充分だ。』
 大ダコは再び足に力を込める。
「あああああっ!」
 ミシミシと嫌な音がする。
『やめてッ!ねぇ、お願い!』
 大ダコはあかねの声など耳にも入らないと言う様子で、長い足を島の方に伸ばす。
 おもむろに村に足の一本を振り下ろすと、家が二、三件吹き飛んだのが見えた。
 また別の足では森の木を数十本一気に引き抜き投げ捨てるのを繰り返す。
 あかねは思い詰めたような顔をして俯いていたが、やがて顔を上げた。
『島を荒らさないで!その人を離してあげて!海に帰ろう?なんならあたしも一緒に海で暮らすから。ここはあなたが来ていい所じゃないのよ。人間にあたし達は干渉してはいけないのよ!』
 諭すようにあかねが言う。それから、なだめるように歌い始めた。
 しかし、その歌は大ダコが大暴れして立てる音に全てかき消されてしまう。
 どんなに大きな声で歌っても大ダコには全く効果を見せなかった。
『先に干渉してきたのは人間共の方だ。』
 あかねは歌で眠らせる方法をを諦める。
『やられてやり返しての繰り返しじゃ一生争いは終わらない。あなたの憎しみは増すだけよ!』
「あ・・・・・・かね・・・・・・!」
 不意に乱馬があかねを呼ぶ。
 うっすらと苦しげに目を開けて、必死で息を吸おうとしていた。
 話す事でさえ難しい状況だ。
「逃げろ・・・・・・!」
「乱馬を置いて逃げられる訳無いでしょ!」
 涙声だった。
『ねぇ、この人本当に良い人なの!さっきあなたが沈めた船の人間に、あたし捕まってたの。けれどこの人は単身乗り込んできて、助けてくれたのよ!』
『・・・・・・。』
 さすがに大ダコも黙った。
『島の人達の事もね、あたしのお姉ちゃん達が突然やってきたのに優しく受け入れてくれたって、お姉ちゃん達嬉しそうに話してた!それにこの人、あたしが人魚でも不老不死の肉に目が眩んで手にかけようなんて全然考えなかった!信用できないんだったら、後少しだけで良いの!島の人達の様子を見てあげて欲しいの!』
 乱馬にはさっきからなんの話しをしているんだかさっぱり分からなかった。
 ただあかねが声なき声で大ダコに話しかけているようなので、話しをしているのだけはなんとなく分かった。
(早く、こっから抜け出ねぇと。)
 少し緩んできた足から抜け出そうする。
 いつの間にか大ダコは島を荒らすのをやめていた。
『分かってくれたの・・・・・・?』
 あかねの問いには答えなかった。無言で乱馬を岩の上に置く。
「??」
 急に解放されて、乱馬は驚いたように大ダコを見た。
 締め付けられた痕が身体に残り、ところどころ鬱血していた。
(あばらの二三本はやられたか・・・・・・?)
 ひどい怪我だが、こんな大ダコ相手に命があったのだからそれだけですんで良かったと思わなければと思った。
 大ダコの目がギラッと光り、乱馬から矛先を変える。
 突然、大ダコはあかねをヒョイと持ち上げた。足だけで一体何十メートル、下手すると何百メートルあるんだか予想もつかないが、かなりの高さである事に間違いはない。
「きゃっ!」
(あんまりうるさく言ったんで、怒らせちゃったみたい!!)
 下を見て、小さく乱馬らしき人影と大ダコが見えて思わず目眩がした。
「あかねッ!」
 一歩踏み出しただけで、ズキリと胸が痛んだ。
『海の裏切り者が!』
 唸るように言って、大ダコはあかねを高々と放り投げた。
 あかねは乱馬のいる岩のすぐ側に飛ばされる。
「・・・んの野郎ッ!」
 あかねは雲につきそうな程高く投げられ、そのまま凄いスピードで落ちてくる。
 下は海。溺れる心配は全くないが、叩きつけられれば命はないだろう。しかも場所が悪い。この岩の当たりは底が浅く、落ちればほぼ間違いなく海の底に頭をぶつけるだろう。
 乱馬は胸の痛みも構わず、あかねを受け止めようと跳んだ。
「あかねえええッ!」
 落ちてくるあかねを空中で抱え込むように抱きしめる。
 あかねはドンドンと強く乱馬の肩を叩いた。
「バカ乱馬!」
「バカとは何だ!バカとは!」
 あかねの涙が流れる。
「あんたが死んじゃったらどうするの!」
「俺だけ生きてどうする。」
「乱馬・・・・・・?」
「守ってやるって約束した。」
 胸の奥が熱くなって、新たに涙が。
 乱馬はあかねを愛おしげに見つめた。
「守ってやるから。おめぇだけでも、絶対助けてみせるから。」
「やだよ。助かるんなら一緒じゃなきゃ、やだからね!」
 あかねはギュッと乱馬にしがみついた。
「あかね・・・・・・。」
 すぐ下に迫る海。
 二人は強く抱き合い、ギュッと目を瞑った。
(こいつだけは、絶対に・・・・・・。)
(乱馬だけでも・・・・・・。)
 祈るように同じ事を思った。

 突然グッと、乱馬の足首に何かが巻き付いた。
 と、思ったら次の瞬間思い切り引き上げられる。
「うわっ!?」
「なにっ!?」
 まるで逆再生でもされているかのように、海から二人が遠ざかる。
 今度は二人のお腹の辺りに優しく巻き付き、岩の上にトンッと降ろされた。分かるとは思うが二人を助けたのは、あかねを放り投げた大ダコ自身だった。
 あかねは乱馬にしがみついてなんとか、立った状態を保つ。それに気が付いて乱馬はあかねを抱きかかえた。
 二人ともポカンとしながら、大ダコを見た。
 穴が開くほど見た。
「よく分かった。」
 急に人間の言葉で話し出す大ダコ。
「人間の言葉、話せたの・・・・・・?」
 大ダコは頷いて見せた―――のだと二人は思った。
「長く生きていればこれくらいは話せるようになる。人魚よ、お前の願い聞き入れよう。」
「本当!?」
「そこの人間を試してみて、お前の言う事を少し信じてみる気になった。」
「た、試した!?おい、てめぇまさかその為にあかねにあんな事したんじゃねぇだろうな!」
「そうだ。」
「ふざけんなッ!!」
 いきり立って大ダコに飛びかかろうとする乱馬を、あかねが抱きかかえられたままで押さえにかかる。
「乱馬、押さえて。」
「こいつはおめぇをあんっな高い所から落としたんだぞ!少しはおめぇも怒れ!」
「なにもなかったんだから・・・・・・。」
「アホか!もう少しで死ぬところだったんだぞ!」
「でも助けてくれたじゃない。」
「あ゜〜!このお人好し!助けてくれようがくれまいが、危ない目に遭わされたんだから普通は怒るんだよ!」
 二人の会話に大ダコが口を挟んだ。
「無論、お前が助けずともわしは人魚を助けたがな。」
 それを聞くとあかねはニッコリ笑う。
「ほら、助けてくれるつもりだったって言ってるじゃない。」
「そういう問題か!」
(こっちはおめぇが死ぬかもしれないってんで、ビクビクしてたってのにこの女わ・・・・・・!)
「もうなに怒ってるのよ、さっきから。」
(乱馬が助かって、あたしも助かったんだからいいじゃないの。なにがそんなに不満なのよ。)
 大ダコは二人を見ながら身体を揺らして笑い出す。
 そのせいで凄い風が起きて、危うく二人は岩から落ちそうになった。
「仲がいいな。二人は。・・・・・・人間よ。」
「なんだよ。」
 ムスッとして答える。
「その人魚を大切にするんだな。命を張って助けたのだから、大事に思っているのだろう?」
「な゜・・・・・・。」
 乱馬は見る見るうちに赤面していく。
(なんでタコにまでからかわれなきゃなんねぇんだよ。)
「人魚よ。お前はその人間を大切にするんだ。あれだけ必死に言っていたのだから。」
「うん。」
「何を必死で言ったんだ?」
「お前が・・・・・・。」
「なんでもない!!!」
 大ダコが言いかけたので、あかねは大声を出して遮った。
「なんだよ。気になるじゃねぇか。」
 耳元で叫ばれて、乱馬は眉をひそめる。耳が痛かった。
「気にしないで良いの!ね?」
「言われたくないようだな。お前がそう思うのなら黙っておこう。」
 あかねはパッと顔を輝かせたが、乱馬は聞き出せなくなってふてくされる。どうやら二人だけの会話というのが気に入らないらしい。
 乱馬が機嫌悪そうなのを感じたあかねは、即座に別の話題に入った。
「そう言えば、この後あなたはどうするの?」
 大ダコはしばし黙り込んで、それから重々しく言った。
「わしはこの海にいたいと思う。そして人間という者を自分なりに見極めて見るつもりだ。もしも、目に余る行為が続けば再びこのような事もするだろう。そうでなければ、大人しくしているつもりだ。」
「そう。あたし、時々遊びに行くわ。」
 大ダコは優しい視線をあかねに注いだ。
 相手はたかだかデカいだけのタコである。それでも乱馬はムカッとする自分がいるのを知った。
(押さえろ、俺。相手はたかがタコ。ただのタコ。タコを相手に焼いてどうする!)
 乱馬は自分を押さえようとして、あかねを抱く腕に少しだけ力を込めた。
 しかしあかねはそんな乱馬の気持ちに一向に気が付かない。
 大ダコの方は何となく気が付いたようだが。
 触らぬ神とヤキモチ男にたたり無し。
「わしは海に戻ろう。」
「バイバイ。」
 あかねはにこやかに手を振った。
 それが更に乱馬の怒りを買う結果となり、大ダコはそそくさと海へと戻った。

「ふぅ。」
 大ダコが納得して、海に帰って行く様子を見て緊張が一気に解けたあかね。
 それと同時に何故か視界がダブることに気が付いた。
「あれ・・・・・・?」
「どした?」
 尋ねてくる乱馬の表情がよく見えない。ぼやけて、乱馬の影が二つになったり三つになったりする。
「乱馬が二人いる。」
「おい、あかね?」
「三人?二人?」
「おーい。」
 乱馬はあかねに声を掛けるがまともな反応は返ってこない。
(疲れた・・・・・・。水・・・・・・。)
 本能的に水を求めていた。しかし、脱力して身体が動かない。
 乱馬が何か言っているのがぼんやりと見えた。だがあかねの耳に乱馬の声は一向に聞こえてこなかった。
(そっか。意識が朦朧としてるんだ。)
 そんな事を思った矢先、あかねは遂に意識を失った。




(なにあれ。)
 目を覚ました時、あかねの目に飛び込んできたのは天井だった。
「目、覚ましたみたいだな。」
 すぐ隣から、乱馬の声が聞こえた。
 視界に乱馬の顔が入る。乱馬はあかねのすぐ側で頬杖をついて寝そべっていた。
「乱馬・・・・・・?」
「ここ俺達の家だから。遠慮すんなよ。」
「乱馬の家?」
「ったく、おめーいきなり倒れるからなにかと思ったら出血多量、だったか?なんだかよくわかんねぇけど血が足りなくなって貧血起こしたんだぞ。その上極度の過労。お前一体何してたんだよ。」
 あかねは寝起きでボケッとしている頭を回転させて、乱馬の説明を聞いた。
「ああ、そうか。足に穴開いたんだっけ・・・・・・。」
 そんな怪我もしてたっけと思い出したあかね。
「穴ッ!?」
 驚いたのは乱馬だ。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「初耳だ!お前そんな怪我してたのか!なんでもっと早く言わなかったんだよ!」
 怒鳴る乱馬にあかねは目の下まで布団に潜って小さくごめんと呟いた。
「でも、傷跡なんか無かったぞ。血が出てたからって足見たけど。」
「海に入ったらあたしは傷治せるの・・・・・・。」
「それで油断してた訳か?」
「だから、ごめんってば。」
 半眼になって睨む乱馬の視線が痛くて、あかねを完全に布団に潜ってしまった。
 しかし乱馬は布団をめくってあかねの顔を見る。
「あんま心配させんな。疲れもあったせいか、お前二週間近く寝てたんだぞ。」
「二週間も!?」
 乱馬はコクッと頷いた。
「そっかぁ。二週間も迷惑かけてゴメンね。」
 あかねは起きあがって正座をし、乱馬の方に向き直りペコッと頭を下げた。
「どうもお世話になりました。」
「遠慮すんなって言っただろーが。」
「そうだ、乱馬のお父さんとかお母さんにもお世話になったしお礼言わせて?」
「いねぇよ。親父達は別に住んでるから。」
 乱馬の顔が少しずつ赤くなっていく。
 だがあかねは勘違いしてこんな発言をした。
「乱馬一人暮らししてるんだ。すごいね。」
「アホかっ!結婚してねぇ奴は親から離れて暮らしたりしねぇよ!同じ村にいんのにそんな必要があるか!」
(結婚?もしかして・・・・・・。)
「乱馬、結婚してたの?」
 途端にあかねの瞳が潤む。
 乱馬は深々とため息をついた。
「鈍感。」
(鈍感って、知らなかったのかっていう意味?)
 そうとったあかねは膝を抱えてしまう。ポロッと涙がこぼれた。
「〜〜〜〜ッ!」
 泣きだしたあかねを前に、乱馬はへなへなと床に伏した。
(こいつは・・・・・・。)
「泣くなよ。」
 乱馬は座り直してあかねを抱きしめようとする。
「優しくしないでよ!ばかぁ!」
 あかねは乱馬の手を弾いて拒否。子供のように泣きじゃくる。
「ッだー!なんでおめぇはわかんねぇんだよ!ここは俺達の家だって言ってんの!」
「だから乱馬と奥さんの家でしょ?」
「そうだよ。つうか、その予定っつーか。まだ結婚とかちゃんと決まってねぇんだけど・・・・・・。」
 だんだんと声が小さくなっていく。
(これで分かったか?)
 恥ずかしさに頭を掻いて視線を落とす。
「あたし邪魔みたいだから帰るね。」
 ゴンッ!
 乱馬は後ろにひっくり返って後頭部を床にぶつけた。畳なのであまり痛くなかったが。
「鈍感!」
 すぐに起きあがって出て行こうとするあかねの手を掴んで引き留める。
「お前が出てってどうすんだよ!」
「だって、これから結婚するのに他の女連れ込んでたらその人に勘違いされて迷惑かかるでしょ!」
 二度ある事は三度ある。
 その言葉通り乱馬はあかねの手を掴んだままその場に座り込んだ。その上ご丁寧に、床に突っ伏した。
「おめーって奴はハッキリいわねぇとわかんねぇのか。」
「なによ!なにが言いたいのよ!」
「ここは俺達の家なの!」
(俺達の家・・・・・・?)
 すとんとあかねも座った。
 その顔には信じられないと書いてある。
「えっと、ここって乱馬と乱馬が結婚したいって思ってる人の家でしょ。」
「おう。」
 乱馬は顔を真っ赤にした。
 まだ手を離していない。すっかり離すタイミングを失ってしまった。
「やっぱりあたし帰る。」
「なんでそこで帰るんだよ!」
「だから邪魔でしょ!あたしがいたら!女の人は男の人が他の女の人といたら不安になっちゃうよ。」
「どうしてそういう方向にしか考えられねぇんだ!ここはお前の家でもあるの!何度言わせりゃ気が済むんだ!?」
「・・・・・・ッ!乱馬の言ってる意味全然分かんないよ!」
 乱馬はもう一度、深くため息をついた。
「このニブチンが。」
 呻くように言ってあかねの両手を逃げないようにしっかと掴んで、一つ深呼吸してからあかねを見る。
「なによ!」
 ギロッと睨んだあかねを前に乱馬は叫ぶように言った。
「俺はお前と住みたいっつってんだよ!」
「だからどういう意味よ!」
「嫁に来いっつってんのがわかんねぇのか!!おめーは!!!」
 その大きな声にあかねは思わず口をつぐんだ。
 乱馬は少し声のトーンを落とす。茹でたタコといい勝負と言うぐらいに顔を赤くしている。
「おめーさえよけりゃ、俺とけ、け、け、結婚してくれ。」
 キョトンとしながら乱馬を見つめるあかねはやがて乱馬の言葉を理解して、耳まで赤くなった。
「あ、あたし・・・・・・で、いいの?」
「おめーが、いい。」
「・・・・・・。」
 しばしの沈黙の後。
「・・・・・・結婚、する。」
「ほんとか!?」
 あかねが頷くと乱馬は子供のように喜んだ。
「やったーっ!やった、やった!」
 あかねを持ち上げて、クルクル回る。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「もー、ずぇっっっったい離さねぇからなッ!」
「乱馬、舞い上がりすぎ!」
 乱馬をたしなめるがあかねも笑いが止まらない。
「あかね。」
 乱馬はあかねを降ろすとそっと顔を近づける。
 あかねもさすがにフインキを察して目を閉じた。
「お、押すな!」
「わわッ!」
 ガタタタンッ!
 二人は音のした方を見ると固まった。
 そこには良牙・あかり・なびき・かすみ・久能・東風・ムース・シャンプー・右京・小太刀・玄馬・のどかとなんと十二人が山のように折り重なっていた。
「「「あ、あははははは。」」」
 乾いた笑いが響く。
 あかり・なびき・かすみ・東風・のどかはこれから起こるであろう事態から逃れるためにさっさと避難した。
 乱馬は我に返ると、グッと拳を握った。
 耳まで真っ赤になっている。
 そこでシャンプー・右京・小太刀の三人も逃げにかかる。
「乱馬、良かったじゃねぇか。」
 良牙の言葉は乱馬をプツリと切れさせた。
「帰れーッ!!!!」
 そんな乱馬の後ろ姿を見ながらあかねはあでやかな笑顔を浮かべた。
(きっと大丈夫。乱馬がいれば・・・・・・。)
「乱馬。」
「あん?」
 肩で息する乱馬が振り返った瞬間、乱馬の唇に柔らかなあの感触が蘇る。
「考えてみれば、初めてじゃないんだよね。」
 はにかみ笑いするあかねを前に、乱馬は口を押さえて今度こそ完璧に石化した。

 それから二人がどうも外が騒がしいと外へ出てみると既に村中の人間が集まって、家の前で宴会を開いていた。
「な・・・!」
「乱馬ー、お前かっこいいな。聞いてたぜ、「嫁に来い!」って台詞!」
 驚いていると良牙やひろし、大介などの同じ歳ぐらいの青年がワラワラと乱馬を冷やかしに集まった。
「なんでそれを!・・・良牙てめー!まさか!」
「俺じゃない。お前の声がでかすぎたんだ。」
「そうそう、村はずれまで聞こえたって話だぜ?」
「俺はてっきり行き遅れるかと思ってたんだけどなぁ、乱馬は。」
「村中の女の子の視線集めやがって、その上結婚相手は美少女人魚だぁ!?」
「羨ましいぜ、この野郎!」
「この色男!女泣かせの乱馬君も、人魚には泣かされたってか?」
「いつ俺が泣いたんだよ!」
「ここ最近の乱馬はずーっとおかしかったよな。なー、みんな?」
「「そうそう。」」
 乱馬はひたすら赤くなって冷やかされ続けた。

「あかねちゃん、おめでとう。」
「ありがとうかすみお姉ちゃん。」
「乱馬君に泣かされたら家に来なさい。」
「あはは、そうする。」
「あ、いたいた!」
 かすみ、なびきと話していたあかねだったが、突然村の女達がその周りに集まった。
「あかねちゃん、初めまして。それから結婚おめでとう!」
「さすが乱馬君が溺愛するだけあるわねー。」
「すっごくかわいい。でも人魚って言うのが信じられない。人間と全然変わらないんだもん。」
「あ、あたしゆかって言うの。よろしくね。」
「ずるい、ゆか!一人だけ仲良くなろうとして!あたしさゆりね!」
「ええっと・・・お姉ちゃん!」
 二人に助けを求めたが、二人はニコニコ笑うだけで助けようとしない。
「あかねちゃん、知ってる?乱馬君て村で一番もてたんだから。」
「そうなの?」
「うん、でもね。乱馬君自身は全然女に興味無しって感じだった。」
「それがいきなりおかしくなっちゃって。・・・あかねちゃんの出現があったからなんだよ?」
「あかねちゃんが乱馬君を変えたんだもんね。」
「そんな事・・・。」
 照れるあかねの回りには本当に気のいい者達が集まる。

 ふと乱馬をからかっていた青年の一人があかねを見つけた。
「あれ、あかねちゃんか!?」
「スッゲー!可愛いじゃん!」
 あかねを見た事がなかった一人が思わず声を上げる。
「本当に羨ましい奴だな、お前は!」
「俺、あかねちゃんとお友達になっちゃおーっと!」
「待て、抜け駆けはゆるさねぇぞ!俺だって!」
「こ、こら待ておめぇら!」
 乱馬が慌てて追いかける。が、既にあかねの回りには二重三重の輪が出来ている。
 あかねはすぐにみんなの人気者になっていた。
 乱馬はその人垣をなんとかかき分けてあかねの側に辿り着く。
「乱馬!あのね、みんなすっごく親切なの。」
 嬉しそうに話すあかねに乱馬は不機嫌そうに返事を返す。
 それからあかねに声を掛けようとした男からあかねを庇って言ったのだ。
「おめぇら、あかねは俺のなんだ!手ぇ出したら承知しねぇぞ!」
 その一言がまた乱馬をからかうネタとなる。

「あかねちゃん、こんな旦那様もてて幸せね。」
 さゆりが赤面して、からかわれる乱馬を盗み見ながらあかねに囁いた。さゆりに言われてあかねは自信を持って返す。


                「あたしってとっても幸せ者だわ。」









この作品を読み終えた後にくる、この充実感・・・。何度でも読み返せてしまう長編パラレルです。
人魚姫人間。この組み合わせは「悲劇」になることが多いのですが、乱馬とあかねに置き換えると、ハッピーエンド。とうのが嬉しいではありませんか。


素晴らしい力作ありがとうございました!!
(一之瀬けいこ)




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